「──イト、フェイトッ!」
(あれ…誰だろう…? これ、雨…?)
自身へと呼びかけられる言葉と、顔に落ちる水滴の感触によって、無意識下に沈んでいたフェイトの意識が浮上していく。
ゆっくりと両目を開けば、そこには青空を背にした己の使い魔が、両目いっぱいに溜めた涙を自分へと降らせながら見つめていた。
「う…アル、フ…?」
「っ!? フェイトぉ!!」
呆然と呼びかける己の主を目にして、アルフはフェイトを力いっぱい抱き締めた。
「気付いたんだね、フェイトちゃん」
横から響いた声に視線を向けると、自分の傍に寄ってくるなのはたちの姿と最初に対峙した公園の景色が目に入る。
「そうか…私、負けたんだ…」
己の胸で泣きじゃくるアルフの頭に手を添え、空を見上げながらフェイトはその事実に気が付いた。自分が敗れ、この場所へと運ばれたのだと。
「ごめんね、大丈夫…?」
「…うん」
心配そうに自分を見下ろすなのはに、フェイトは伏目がちに頷いた。
「私の勝ち、だよね…?」
「そう、みたいだね…」
『──Put out』
フェイトの言葉に応じるかのように、バルディッシュが手持ちのジュエルシード八個を解放した。
「…よいのか?」
「…約束、したから」
マタドールの問いかけに、フェイトは力無く肯定の意を口にする。
《よし、なのは。ジュエルシードと彼女の確保を》
アースラより、クロノの指示がなのはへと届いたその時──
《っ!? 来たっ!》
エイミィの叫びとともに、なのはたちを取り囲むように生み出される、無数のミッド式魔法陣。
「転移魔法!?」
驚くユーノの言葉に呼応するかの如く魔法陣より現れたものは、西洋の甲冑騎士のような姿をした、4~5メートルはありそうな巨人たちであった。
「なに!? なに!?」
「アルフ! これは!?」
「わ、私も知らないよ!?」
慌てるなのはたちの中にあって、落ち着きを払い警戒するように正面の甲冑騎士を窺うマタドール。
しかしその内心は、想定していた次元跳躍魔法による攻撃とは異なるプレシアの行動に動揺していた。
それは時間にして、一秒にも満たぬ刹那の時。
だがその一瞬が──
一瞬で十分だった──
「キャアァァァッ!?」
「フェイト!?」
「フェイトちゃん!?」
わずかな警戒の空白を突き、転送された甲冑騎士の一体がフェイトをその巨大な右手で掴み上げ、なのはたちへ誇示するように高々と掲げると──
『……ジュエルシードを渡しなさい』
フェイトの手より地に落ちたバルディッシュを踏み潰し、冷徹な色を帯びた低い女の声で、甲冑騎士がそう言った。
第十話 絶望への最終楽章か。希望への前奏曲か。
「うああ……!」
「フェイトォッ!」
『早くしなさい。私はあまり気の長い方ではないのよ』
傀儡兵が右掌に力を込め、その握力にフェイトが呻きを漏らした。
(やられた!!)
正面に立つ、フェイトを掴み上げた甲冑騎士──プレシアが操っている傀儡兵を睨みながら、令示は心中で舌打ちする。
なのはの勝利に終わった二人の闘いの後に、プレシアがアクションを取る事は確実だと思っていた。
しかしそれは、『原作』でフェイトを撃った次元跳躍魔法の狙いが、なのはか自分に変わる位かと考えていただけだった。
だから、まさかこうしてフェイトを人質にしてジュエルシードを要求してくるような、強行策を取るとは思いもしなかったのだ。
《プレシア・テスタロッサ! 貴女、正気ですか!? 我が子を人質にするなんて…!》
対峙する令示たちと傀儡兵との間にモニターが生まれ、柳眉を吊り上げたリンディがプレシアに向けて怒声を上げた。
『黙りなさい! 私はあの子たちと話しているのよ、引っ込んでいなさい管理局!』
「っああ!」
心底鬱陶しそうに声を荒げるプレシアの怒りに呼応するかのように、傀儡兵に捕まったフェイトが悲鳴を漏らす。
(…マズイ。あれは相当苛立っている)
『さあ、早くその十六個のジュエルシードを渡しなさい』
「…っ、プレシアぁ……!」
再び令示たちへと意識を向けそう言い放ったプレシアに対し、アルフはざわざわと髪の毛を逆立て己の主を掴む傀儡兵へ、憎悪の籠る眼差し
と呟きを放つ。
《──落ち着け》
「っ!?」
今にも飛びかからん程に激昂している彼女の前に手をかざし、マタドールが念話で諌める言葉をかける。
《何で止めるんだい!?》
《こんな強引な手を使うという事は、プレシア・テスタロッサは精神的に相当追い込まれている可能性がある。下手に動けばフェイト嬢の命に
関わるぞ?》
《うっ…》
抗議の声を上げたアルフに現在のプレシアの危険性を説くと、渋々ながら怒りを収めて攻勢を解いた。
しかし、プレシアがこんな強硬策に出た理由、それは──
(十中八九、俺のせいだろうな…)
なるべく手を出さないようには気を使ってはいたのだが、常になのはの後ろに令示が──魔人たちがが控えているという状況は、いざという
際には魔人たちがジュエルシード回収に乗り出すかもしれないという危機感を、プレシアに抱かせていた可能性が高い。
(しかし、わからないのはプレシアの本心だ。本気でフェイトを盾にするつもりなのか?)
劇場版のラストでフェイトに見せた憐れむような、悲しむような表情。
あれは親としての情の表われなのではないのか?
そう考えると、この人質作戦自体、嘘であるという可能性も出てくるのだが──
(とは言え、強引にフェイトを助けようとするのは危険過ぎるな…)
対価はフェイトの命である。思いつきで賭けるにはリスクが高過ぎる。
なのはとフェイトの闘いでも精神擦り減るようなプレッシャーを感じていた令示にとって、一日に何度も人の命を天秤にかけるような真似が
出来よう筈がなかった。
そうなると、取れる手は一つしかない。
「…なのは、ジュエルシードを。フェイト嬢の命には変えられぬ」
「うん…」
『Put out.』
傀儡兵を睨んだままのマタドールの言葉に、なのはは硬い声で答えながらレイジングハートからジュエルシードを排出した。
フェイトから受け取った八つと合わせ、合計十六個のジュエルシードがなのはの掌中へと集まった。
『それをこちらへゆっくり飛ばすのよ。その娘以外は動かずにその場に立っていなさい。──特に、完全適合体の貴方はね』
マタドールを指差し、彼を完全適合体と呼ぶプレシア。ジュエルシードを完全に使いこなしていると見えるが故の呼称か。
「承知した。私はここから動かぬ。それでいいのだな?」
『ええ』
「それじゃあ、今渡します…」
短いやり取りの後、なのはの手から離れた十六のジュエルシードは、空中でクルクルと円を描きながら傀儡兵の元へと飛んで行った。
傀儡兵が空いている左掌を差し出すと、ジュエルシードはゆっくりとその上へと降りていく。
『フフフ…フフフハハハハハハッ! 十六のジュエルシード! これだけあれば必ず辿り着ける!』
望む数を揃えたのであろう、傀儡兵のカメラ越しに掌中のジュエルシードを見下ろし、プレシアは狂気を孕んだ高笑いを上げた。
「大願成就を前に笑いが止まらないかね? しかし油断大敵だ」
『…妙な考えは起こさない方がいいわよ?』
マタドールの忠告に、笑いを止めたプレシアが警戒を含んだ言葉を返す。
「無論、約定は守るさ。私は動かぬよ。『私』はね?」
「ナウマク・サマンダボダナン・ベイシラマンダヤソワカ──毘沙門天、夜叉走牙!」
笑い混じりのマタドールの言葉が終わるや否や、傀儡兵の背後──公園の植え込みより真言がこだまし、鬼面の光弾が群れを成して傀儡兵たちへと殺到する。
『なっ!?』
予想もしていなかったであろう方向からの攻撃に、プレシアが驚きの声を上げた。
その僅かな隙をついて、鬼弾の群れはフェイトを拘束していた傀儡兵の腕を食い千切り、その身を解放する。
第一の目的を果たした鬼弾たちは牙を鳴らし、周囲に立つその他の傀儡兵たちへと向かっていく。
「──油断大敵。他者の諫言には素直に耳を傾けるべきじゃのう、お若いの」
植え込みの奥より、結跏趺坐のまま中空を浮遊する木乃伊の僧侶──魔人大僧正が姿を現し、呵々と笑いを上げながら、プレシアへ揶揄を含
む言葉をかけた。
『二人!? どういう事!?』
『令示』と背後の大僧正へ、何度も傀儡兵のカメラを向けながら、プレシアが戸惑いの色を帯びた叫びをあげた。
種を明かせばどうという事はない。不測の事態に備え、先日アースラから下りた方の『令示』をそのまま維持し、なのはとフェイトの決闘前か
ら公園内に隠れて待機させていただけである。
「アルフ! フェイト嬢を!」
「あ、わ、わかったよ!」
この急展開にプレシア同様に呆然としていたアルフが、『令示』の言葉に我に返ると、他の傀儡兵へと飛びかかる鬼弾群の合間を縫って地を駆
け、フェイトの元へと向かう。
「フェイト! 大丈夫かい!?」
閉じられた鋼の掌を無理矢理引き剥がし、ぐったりとしたフェイトへ呼びかけながら抱き上げるアルフ。その無防備な背中へ攻撃を加えよう
とする傀儡兵もいたが、飛び交う鬼弾がそれを阻み、守る。
『くっ…! まあいいわ、ジュエルシードがあればもう用はない!』
プレシアは数瞬程傀儡兵の周囲を舞う鬼弾と、突然現れた『俺』へ怒りの感情を向けるが、それよりも目的を達するべきとジュエルシードへ意識を移す。
おそらくは転移魔法を発動させようとしているのであろう。が──
「そうはさせん!」
『令示』はその足元に転移用の魔法陣を展開し、ジュエルシードを持ち逃げしようとする傀儡兵へ向け、エスパーダを投げつけた。
魔人の膂力で投擲されたそれは、狙いを外す事無く白銀の閃きと化して、ジュエルシードを握っていた左腕を、付け根部分から斬り飛ばした。
回転しながら宙に舞う傀儡兵の腕より、ジュエルシードが零れ落ち空中にばら撒かれる。
「『私』はこの場より動いておらぬ。問題はないだろう?」
『──くっ! 屁理屈を!!』
『令示』の揶揄混じりに言葉に、プレシアが怒声を上げる。
だが、流石は大魔導師。マルチタスクで転送魔法を発動させたらしく、地面へ落ち行くジュエルシードの落下地点へ魔法陣を展開した。
しかし『令示』も黙って見ている筈がない。
投げつけたエスパーダに指示を送り軌道を修正。空中で反転したエスパーダが転移用魔法陣へと落ちていくジュエルシードへ向かって飛び、
十六個の内、その射線上にあった三つを吸収。
更にはジュエルシード同様地面へと落ちていく傀儡兵の左腕を弾き飛ばす──ボリーングで言うところのスプリットで、もう二つを転送の範
囲外へと突き飛ばした。
『くっ!? …限界か。ここまでね』
歯噛みしながらも、傀儡兵たちも纏めて転移させ、撤退をするプレシア。狂気に憑かれているかと思えば、引き際を見誤らない。掴み辛く、
やり難い相手である。
《君は! またジュエルシードを取り込んで──》
「緊急事態だ。いた仕方あるまい」
傀儡兵が完全に消え去ると同時に、脳裏に飛び込んで来たクロノの怒鳴り声を『令示』は一言で切り捨てる。
「そのような些末事より、早く我らをアースラへ転送してもらいたい。今更第二波が来るとは思えぬが、油断は出来ぬ故な」
先程の傀儡兵の襲撃を振り返っても、転移魔法を多用と『原作』の病気の状態、そしてその『原作』以上に手にしているジュエルシードの個
数、以上の点を考えれば再攻撃よりも手持ちの札で目的を達成しようとする公算の方が高い筈だが、一〇〇%安全と言い切れない以上、さっさ
と拠点へ戻るべきだろう。
《…了解した。すぐ転移の準備をする》
『令示』の言葉に渋々応じるクロノ。
《だが! 戻ったら二体に増えた事についてキッチリ説明してもらうぞ!?》
大声でそう宣言すると、クロノは念話を切った。
『令示』は『令示』と顔を見合わせると、溜息まじりに肩をすくめた。
アースラへ戻ると、数人の武装局員を連れたクロノが転送ポートの前で仁王立ちをしていた。
「──さあ、説明してもらおうか」
「時間が惜しい。簡単に説明するぞ?」
『令示』は仕方なしにかいつまんで説明を行う。
以前の海上戦で手に入れたジュエルシードによって同時召喚と言うか、分裂同時変身が可能になったという事。
そしてアースラから(昨日の内になのはの後についてコッソリと)降りた時から既に召喚していて、今回『は』なのはとフェイトの闘いの際
の緊急事態に備える為に、公園内に密かに待機させていた事などを話した。
(…嘘はついていないぞ? 全部を語っていないだけで)
別にクロノとリンディへの嫌がらせではない。彼らが令示の情報を管理局に報告しなければならない以上、必要な措置なのだ。
報告書は令示の能力の危険性故に、彼が狙われないよう改竄を行った上で、上層部へ報告を上げなければならない。
もしその嘘が明らかになった場合、ハラオウン以外の派閥や奸物どもがここぞとばかりに鬼の首を取ったが如く騒ぎ立てるであろう。
だから、クロノたちが令示に関して知っている事は、少なければ少ない程よい。いざという時、「知らなかった」と言い切れるのだから。
「大筋の事は把握した。けれど、今後は勝手な行動は慎んでくれ。それと、何か新しい能力が発言した時はキチンと報告する事」
説明を聞く内に、目に見えて渋い表情となっていったクロノが、皺の寄った眉間を押さえながら言葉を吐き、釘を刺してきた。
「了解」
「委細承知」
令示としても二人の魔人を目撃されれば、クロノやリンディから何か言われる位の予想はついていたので、マタドール、大僧正ともに大人し
く頷いておいた。むしろ、この程度の口頭注意で済んで僥倖と言うべきだろう。
「さて、こちらの話は済んだところで──フェイト・テスタロッサ、その使い魔アルフ。君たち両名を時空管理法違反及び、その他の容疑で拘
束させてもらうよ。彼女たちに手錠を」
クロノは改めてフェイトたちへ目を向けそう言うと、背後に控えていた局員たちが二人の手に枷をはめた。しかし、元々こうなることを想定
済で管理局へ下ったアルフはともかく、フェイトは抵抗する素振りも見せず、唯々諾々と局員たちの行動に身を任せる。
無理もない。まさか母親に人質にされるとは考えもしなかったのだろう。
《執務官殿。先程のやり取りを見ていたのであれば手枷はいるまいよ。今のフェイト嬢に抵抗する気力はないだろう》
その痛々しい姿を目にして、『令示』は思わずクロノへ念話を送った。
《…君の気持はわかるし、僕も同意見だ。しかし僕らは組織だ。毎回毎回特例や超法規的措置など出来ない。集団のルールが瓦解してしまうからね…》
そう言われると反論も出来なかった。本来ならば、ハラオウン親子の対応ですら『甘い』と言えるのだ。
海上でフェイトを確保しようとした時も、捕えるつもりではあってもキチンと保護する気だったであろうし、条件付きとはいえ令示のような
な特S級の危険物を自由にさせている所等、下手に外部に知られれば批判や罵詈雑言の槍玉に上げられかねないギリギリの行為である。
(まあ、リンディさんなら笑顔でそれも「些末事」と言い切っちまって、やり過ごしてしまうような気がするんだが…)
むしろ言葉をかけ、丁寧に説明した上で手錠をかける分、良心的だろう。
「とりあえず、ブリッジに行こう。艦長へ報告がある」
クロノはそう言って令示たちを従え、通路を歩き出した。
「艦長、只今戻りました」
自動ドアを開きながらクロノが声を上げると、艦長席から立ち上がったリンディがなのはたちの元へと歩み寄って来た。
「お疲れ様。それから──」
なのはたちへ労いの言葉をかけた後、その目を俯いたままのフェイトへと向けた。
「フェイトさん? はじめまして。」
「…………」
リンディの挨拶にもフェイトは無言のままで顔を上げる事無く、大破して待機形態になっている掌中のバルディッシュを見つめていた。
その様子を見たリンディは、再び正面のモニターへ目を向けると同時に、なのはへ念話を送って来た。
《母親が逮捕されるところを見せるのは忍びないわ。なのはさん、彼女をどこか別の部屋へ》
《あ…はい》
今のフェイトの精神状態を危惧していたなのはは、その提案に了解の意を返す。
「フェイトちゃん、よかったら私の部屋──あ」
フェイトを自室へ誘ったその時──
「総員玉座の間に侵入。目標を発見!」
ブリッジ正面のメインモニターが武装したアースラの局員と対峙する人物を映し出した。
「母さん…」
玉座に座る黒髪の女性をみつめ、フェイトはポツリと呟いた。
「プレシア・テスタロッサ! 時空管理法違反! 及び管理局艦船への攻撃容疑で貴方を逮捕します!」
突入班の隊長らしき人物がそう言いながらプレシアへデバイスを向ける。
「フッ…」
剣呑な気配が漂う中、プレシア・テスタロッサは椅子に座したまま頬杖を突き、薄笑いを浮かべながら扇状に自分を半包囲し、口上を述べる
局員を見つめる。
隊長が片手をプレシアへ向けると、その掌より光が生まれ中空に文字を──恐らくはミッドチルダの言語であろう──を生み出した。
「時空管理局司法部より発行された逮捕状です。現時刻を以ってこの時空航行船内にある全ての物品は、証拠物件及び裁判資料としてさせても
らいます。以後、当局の許可が出るまで一切の物品に触れる事を禁じます。──おい!」
隊長が部下たちに呼びかけ、部屋の脇──プレシアの私室と思われる場所を視線で示す。
『ハッ!』
数名の局員が返事とともにその部屋へと入っていく。
先程隊長が言っていた証拠品の確保の為であろう。
アースラへ映像を送るサーチャーもそれについて室内へと入り──
「こっちを固めろ!」
「奥に何かあるぞ!」
「うっ!」
「あっ!」
「こ、これは…」
扉を開いて侵入し、奥の間に安置されていた『ソレ』に目を奪われた局員たちの姿を映し出した。
「──え」
モニターに映し出されたモノに、なのはは言葉を紡ぐ事が出来なかった。
アースラのブリッジに居たその他の人間も同様で、その場に居た全ての人間が言葉を失っていた。
「あれは…」
「なんと…」
二人の魔人たちですらその反応は周囲と変わらず、モニターから目を逸らせず釘付けとなっていた。
無理もないだろう。それほどまでになのはたちが目にしたモノの姿は衝撃的であった。
細長い部屋の奥に設置され、液体で満たされた透明のシリンダーの中に膝を抱えたままゆたい、眠るように浮かぶ裸体の少女の姿に、誰もが
目を奪われ絶句していた。
「──フェイト、ちゃん…?」
かすれる声で、なのはは言葉を絞り出した。
何よりも驚いたのはその容姿だ。円柱のシリンダーの中に居た少女は、なのはの隣に立つフェイトに瓜二つと言っていい程、酷似した姿をしていた。
「あ、あ…」
それに対し、最たる反応を示したのはフェイトであろう。俯き、暗いままであった表情は誰よりも驚きに満ち、揺れる瞳をモニターから逸らせずにいた。
「一体これは…」
モニターに映る局員の一人が我に返り、戸惑いの表情を見せながらも、シリンダーへ近付こうとしたその時──
「私のアリシアに…近寄らないで!」
「ぶっ!? ぐあぁぁぁっ!!」
叫びとともに横から伸びた手がその局員の顔面を掴んだ。
必死でもがき、叫びを上げる武装局員の抵抗に構う事無く、顔を掴む腕の主──プレシアは、他の局員たちを遮るかのようにシリンダーの前
へと立ち塞がる。
先程の冷笑とは一転し、狂おしい程の怒気を滲ませてるプレシアは、武装局員たちを睨みつけ、無言のまま掴んでいた局員をゴミでも放るが
如く、軽々と投げ捨てた。
「グアァッ!?」
硬い床に叩きつけられた局員が悲鳴を上げる
プレシアの発する気迫に、局員たちは一瞬たじろぐものの『武装』の枕詞に偽りはない。
「撃ぇー!!」
素早く横並びに整列すると、隊長の号令とともにデバイスから一斉に魔力弾を撃ち出し、プレシアを無力化しようとする。
しかし──
構えすら取らずに彼女の前面に展開された不可視の障壁が、魔弾の斉射を完全に防ぎ切る。
「五月蠅い…」
鬱陶しげな呟きとともに、プレシアが正面に左掌を突き出すと、空間を歪めるほどの膨大な魔力が渦を巻く。
「っ!? 危ない! 防いで!」
『ぐあぁぁぁぁぁっ!?』
モニターへ向かってリンディが叫びを上げたその瞬間、紫電の槍が降り注ぎ、武装局員たちを木の葉のように吹き散らした。
「フフフフ、フハハハハハ…!」
ブスブスと衣服や皮膚の焦げる煙の中、プレシアは傲然と倒れ伏す局員たちを見つめたまま、笑いを上げる。
「いけない…局員たちの送還を!」
「り、了解です!」
リンディの命令に応じ、慌ててコンソールを叩き出すエイミィ。
「アリ、シア…?」
食い入るようにモニターも見つめたまま、フェイトは呟きを漏らした。
「──座標固定、〇一二〇五〇三!」
「固定! 転送オペレーションスタンバイ!」
光に包まれて局員たちが送還されて人気の無くなった室内で、ゆっくりとシリンダーへ近付いたプレシアは、壊れ物を扱うようにそっとその
表面へ指を這わせた。
「もう、時間が無いわ…十一個のロストロギアでは辿り着けるかわからないけど…」
アースラへ中継しているサーチャーに気付いていたのであろう、シリンダーに縋り付きながら、後方を振り返り、プレシアは言葉を吐き続ける。
「でも、もういいわ…終わりにする。この子を亡くしてからの暗鬱な時間も──この子の身代わりの人形を、娘扱いするのも」
「っ!?」
母の言葉に、フェイトは目を見開き息を飲んだ。
「──聞いていて? 貴方の事よフェイト。せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない、
私のお人形…」
「……最初の事故の時にね、プレシアは実の娘──アリシア・テスタロッサを亡くしているの…彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異
なる、使い魔を超える人造生命の生成…」
「なっ!」
「えっ!?」
エイミィが俯きながら漏らすその事実に、アルフとユーノが驚きの言葉を漏らす。
「そして、死者蘇生の秘術。『フェイト』って名前は、当時彼女の研究につけられた開発コードなの…」
「…よく調べたわね? そうよその通り。だけど駄目ね、ちっとも上手くいかなかった…作り物の命は所詮作り物。失ったモノの代わりにはな
らないわ」
シリンダー越しに眠る少女──アリシアを見つめながらそう呟いた後、プレシアは後ろへと目をやる。
「アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ。
アリシア時々我儘も言ったけれど、私の言う事をとてもよく聞いてくれた…」
プレシアから叩きつけられる口舌の刃に、フェイトの顔色は沈んでいく。
「やめて…」
その様子に耐えられず、なのはが小さな声で哀願する。
「アリシアは…いつでも私に優しかった…」
しかし、プレシアはそれに構う事無く声を発し続ける。溜まり続けた鬱積の念を吐き出すかのように。
「フェイト…やっぱり貴方はアリシアの偽物よ」
シリンダー越しに愛娘を撫でながら、プレシアはサーチャーの方を睨みつける。
「折角あげたアリシアの記憶も、貴方じゃ駄目だった」
「やめて、やめてよっ!」
「アリシアを蘇らせるまでの間に、私が慰みに使うだけのお人形…」
再びこだますなのはの声にも、プレシアの言葉は遮られる事無く紡がれる。
「だから貴方はもういらないわ…何処へなりとも消えなさい!」
完全なまでの拒絶の意に、フェイトは視線を床へと落としたまま涙を浮かべ、体を小刻みに震わせた。
「お願い! もうやめて!」
繰り返される母から娘への否定の言葉に、なのはは叫びを上げる。
物心ついたばかりの幼い頃の、父親の怪我による入院によって噛み締め続けた孤独な日々。
──自分は必要とされているのか?
──本当は要らない人間なのではないのか?
ガランとした家の中で、なのははいつも寂しさに耐えながら、勝手に心の中に浮かぶその疑問を振り払い続けていた。
真正面から「不要だ」とは言われた事など無い。
居ない者として扱われていた訳でもない。
家族を守る為に、みんなが必死だった事は理解しているし、仕方のない事だったと思っている。
しかし、幼いなのはの心はいつか家族から、そうした言動を向けられるのではないかという恐怖を抱いていた。
だから、わかる。わかってしまった。
最愛の母に明確な拒絶の言葉を投げかけられたフェイトが、どれ程の絶望と悲しみに捕われているのかを。
かつて自身が感じたものよりも、ずっとずっと強い恐怖に、心が締め付けられているであろうという事に。
だが──
「ハハハハッ…! フフ、アハハハハハハハハッ!!」
口角を吊り上げ狂笑を響かせるプレシアに、なのはの懇願の叫びが届く事はなく、
「フフフ…いい事を教えてあげるわ、フェイト」
プレシアが笑みを浮かべながら、優しい声色で語りかける。
「貴方を造り出してからずっとね…私は貴方が──大嫌いだったのよ!」
「──っ!?」
無慈悲に紡がれたその一言を引き金にして、力を失ったフェイトの手から待機状態のバルデッシュが滑り落ちる。
口舌の刃は、ボロボロになっていたフェイトの心を切り裂いた。
床に衝突したバルデッシュが、甲高い音ともに破片を散らすと同時にフェイトの瞳から一筋の涙が伝い、糸の切れたマリオネットの如く、彼
女は崩れるようにしてその場に倒れた。
「あっ!? フェイトちゃん!」
「フェイト…!」
なのはとユーノが駆け寄り、アルフも必死に呼びかけるが、心を打ち砕かれた彼女の目は光が失せ、反応はない。
「全ては愛故、か…」
「マタドール、さん…?」
呟きとともに、魔人の一方がなのはたちの脇を通り、モニターの正面へと足を運ぶ。
「プレシア・テスタロッサよ、貴女はこれまでの時を薄なった我が子を取り戻し、愛を注ぐ事だけに全てを費やしてきたというのか…?」
モニターを見上げるマタドールのその問いかけに対し、プレシアは一笑して「当然でしょう?」と、言い放った。
「いつも仕事ばっかりで、アリシアには少しも優しくしてあげられなかった…仕事が終わったら…約束の日になったら…! 私の時間も優しさ
も、全部アリシアにあげようと思っていた…!
なのに! そんな失敗作に注ぐ為の愛情なんて、ある訳がないわ! ある訳がないじゃない!!」
「──憐れ也。プレシア・テスタロッサ」
もう一人の魔人、大僧正もまた中空を滑りモニターの前に進み出て声を上げた。
「狂気に憑かれたが故に視えぬか。汝の傍らにて滂沱の涙を流し続ける己が娘の姿に」
「…娘? 娘ですって!?」
その言葉は、プレシアの逆鱗に触れたのだろう。目を見開き、怨敵へ向けるような殺意のこもった視線を大僧正へと叩きつける。
「そんな人形! 娘の訳がないでしょう!? 私の娘はアリシアだけよ!! 今もこれまでもこれからも!!」
「…是非も無し、か」
激昂するプレシアとは対照的に、大僧正は憐憫の色を窺わせる呟きを漏らした。
「…局員の回収、終了しました」
オペレーターからの報告を受けながらリンディが、モニターのプレシアと魔人たちのやりとりをみつめていたその時──
「大変大変! ちょっと見て下さい!」
エイミィの慌てる声がブリッジに響き渡る。
「屋敷内に魔力反応、多数!」
「何だ!? 何が起こっている!?」
クロノが声を荒げて睨みつけるモニターに映し出されたものは、次々とプレシアの居城の床から浮上して来る様々な西洋甲冑姿の巨人たちだ
った。先程臨海公園でなのはたちを取り囲んだのと、同じ形状の物も見られる。
頭部の覗き穴から光を発して、巨人たちは隊伍を組み動き出していく。
それと同時に時の庭園全体が振動を発し、唸りを上げる。
「庭園敷地内に魔力反応! いずれもAクラスの傀儡兵です!」
「総数六〇、八〇…まだ増えています!」
「プレシア・テスタロッサ…! 一体何をするつもり!?」
ブリッジに警報が鳴り響き、オペレーターが次々と報告を述べていく中、モニターの中の大魔導師へ向けリンディが問いかけた。
プレシアはアリシアの眠るシリンダーを魔法で浮かび上がらせると、そのまま自分の後ろにつけて揺れ動き、天井から瓦礫が落下してくる中
をゆっくりと歩き出す。
「私たちの旅を、邪魔されたくないのよ…」
そう呟きながら広間へ出るとプレシアは大きく手を広げ、十一のジュエルシードを顕現させる。
「私たちは旅立つの……忘れられた永遠の都──アルハザードへ!」
狂気で輝く瞳を中空で回転するジュエルシードへ向け、笑みを浮かべるプレシア。
「──まさか!」
その狂態にクロノが目を剥く。
「この力で取り戻すのよ……全てを!!」
その叫びとともに回転を止めたジュエルシードがモニターを埋め尽くす程の輝きを発した。
その瞬間、アースラのブリッジまでが振動し、レッドアラートが鳴り響く。
「次元震です! 中規模以上!」
「振動防御、ディスト―ションシールドを!」
「ジュエルシード十一個発動! 次元震、更に強くなります!」
「転送可能距離を維持したまま、影響の薄い空域に移動を!」
「りょ、了解です!」
リンディが矢継ぎ早に指示を飛ばすその後ろで、なのはは力無く倒れるフェイトをそっと抱き締めた。
「波動係数域拡大! このままだと、次元断層が!」
「アル、ハザード…」
「馬鹿な事を…!」
怒号が飛び交うブリッジの中で、ポツリと呟いたエイミィに対し、クロノは怒りを露わに吐き捨てると踵を返して駆け出す。
「クロノ君!?」
「僕が止めてくる! ゲートを開いて!」
エイミィの問いに短く答え、クロノはブリッジを飛び出して行った。
「アハハハハハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
「──っ!」
光を失った虚ろな瞳のフェイトを抱き締めるなのはが、モニターの狂笑を上げるプレシアを睨みながら立ち上がった。
「私とアリシアは、アルハザードで全ての過去を取り戻す! アーハッハッハッハッハッハッハッ!!」
「私もクロノ君と一緒に行って来る! アルフさん、フェイトちゃんを…」
「わかったよ、気を付けてね?」
「はい!」
壊れ物を扱うかのように、そっとフェイトの体をアルフに預けると、なのははクロノの後を追って駆け出した。
「なのは! 待って!」
「私たちも行くか」
「うむ」
なのはの後を追い、ユーノと二人の魔人もブリッジから退室した。
通路を駆けながら、クロノは先程のプレシアの言葉を思い出す。
「失われた都アルハザード…最早失われた、禁断の秘術が眠る土地…そこで何をしようっていうんだ? 自分の無くした過去を取り戻せるとで
も思っているのか?」
待機状態の己が魔杖──S2Uを取り出しながら、クロノは一路、転送ポートへと走る。
「どんな魔法を使ったって、過去を取り戻す事なんて…出来るものか!!」
激情のまま、クロノは叫びを上げた。
その時──
「クロノ君!」
「っ!? 君たち」
背後からかかった声に足を止めたクロノが振り返ると、なのはとユーノ、そして二人の魔人が駆け寄って来る。
「クロノ君、プレシアさんの所に行くの?」
「ああ、直接現地へ向かう。元凶を叩かないと…」
「私も行く!」
「僕も!」
「私も同行させていただこう。このままでは我らの世界もただでは済むまい?」
「左様。他人事では済まされぬ故な」
「…わかった」
四人の顔を見回し、クロノは大きく頷いた。
《クロノ! なのはさん! ユーノ君! マタドールさん! 大僧正さん! 私も現地へ向かいます! 貴方たちはプレシア・テスタロッサの逮捕を!》
『了解!!』
連れだって駆け出したなのはたちへリンディからの指令が届き、五人は声を合わせて返事をした。
後に残ったアルフは、自らの腕の中のフェイトをそっと抱き締め、五人を見送った。
転送ポートを抜けたその先に待つは雷が閃き鳴り響く、時の庭園の入り口たる大門。
巨大な門の前には無数の傀儡兵たちがなのはたちの幾手を遮っているのだが…
「いっぱい居るね…」
「まだ入り口だ。中にはもっと居るよ」
確かに多かった。なのはたちが知る由もないが、それは令示が知っている『原作』の傀儡兵よりも。
『原作』ではせいぜい十数体居るか居ないか位であったが、今彼女たちが目にしているのは明らかに三〇体以上。
「どう考えても私たち、魔人対策であろうな。これは…」
なのはの隣で、マタドールが呟きを漏らした。
臨海公園での傀儡兵の襲撃といい、プレシアの令示たちに対する警戒レベルの高さが窺える。
「クロノ君、公園でも見たけど、この子たちって…」
「近くに居る人間を攻撃するだけの、ただの機械だよ」
傀儡兵が一歩踏み出し、なのはたちを排除しようと動き出す。
「そっか、なら安心だ」
「この程度の相手に、無駄弾は必要ないよ」
どこかほっとした表情でレイジングハートを構えようとしたなのはを、クロノが右手で制した。
「──えっ?」
疑問の表情を作るなのはに対し、クロノが己のデバイスを傀儡兵へ向けようとして──
「待たれよ執務官殿」
更にマタドールがそれを止めた。
「敵陣を突破し目的目標を押さえるには、無駄な魔力消費は極力避けるべきであろう? ここは私にお任せ願おう」
そう言いながら、三人の前に出る。
「しかし、どうやって?」
「御照覧いただこうか。先程取り込んだジュエルシードの力を」
クロノの疑問に答えながら、マタドールは傀儡兵に向かってゆるりと歩み出す。
同時に、彼の接近を感知した傀儡兵たちが得物を構え、目標を取り囲もうと動き始めた。
魔人はそれに構う事無く足を踏み出す。朗々と召喚の呪を紡ぎながら。
──秋の日のヴィオロンの 溜息の身にしみてうら悲し。
──鐘の音に胸ふたぎ色かへて 涙ぐむ過ぎし日のおもひでや。
──げにわれはうらぶれてここかしこ さだめなくとび散らふ落葉かな。
傀儡兵に包囲されると同時に、呪は完成を迎えた。
「あれ…楽譜?」
同時に、なのはたちの目に映ったのは、マタドールの前方、数メートル先の地面に浮かび上がったサークル状の特殊な楽譜──円形楽譜であった。
その円形楽譜の形を取った魔法陣より噴き上げるマガツヒの赤光が、周囲を紅く照らし、サークルの中心に新たなヒトガタを生み出す。
「フフフ…この最高の舞台で私の演奏を披露できるとは…楽師として、無上の喜び」
空中に散華するマガツヒの中より現れ出でたのは、羽付きの赤いベレー帽とシャツ、紅白縞の半ズボンという、道化師の様な出で立ちの髑髏。
その左手には、深い飴色に輝くヴァイオリンが握られていた。
「紳士淑女の皆々様、お初にお目にかかります。私は魔人デイビット。しがないヴァイオリン弾きにございます」
弦を弾く弓を持ったままの右手を胸に当てると、なのはたちへ向けて楽師の魔人は恭しく頭を垂れる。
『令示』が唱えたのは一八六六年、ポール・ヴェルレーヌが発表した詩、『秋の歌』の邦訳だ。
デイビットを召喚するモチベーションを高める為、何か良い呪文の代わりになるものはないかと図書館のインターネットコーナーで検索して
いた時に発見したのだ。
秋の日耳に響いたヴィオロン──即ちヴァイオリンの音色によって哀しい記憶に囚われて帰らぬ過去に想いを馳せ、今の自分の零落ぶりに、
まるで風に吹き散らされる落ち葉のようだと嘆く詩文である。
過去の妄執に憑かれたプレシアを相手取る魔人を召喚するに相応しい呪文であると言えた。
「──っ!? 危ない!」
だが、優雅に挨拶をするデイビットの背後、彼へと近付く傀儡兵を目にしたなのはが叫びを上げた。
意識も感情も持ち合わせぬ傀儡兵が、デイビットの口上など知った事かと言わんばかりに、大上段に構えた戦斧を彼目がけ振り下ろした。
「──おやおや、せっかちなお客人だ。楽師の弁など面白いものではありませんが、そう急くものではありませんよ?」
だが、デイビットは余裕を滲ませた声色のまま、ふわりと前方へ跳躍して巨兵の轟撃を軽く躱した。
攻撃を回避された事に、デイビットに対する危険の認識を改めたのであろう。他の傀儡兵も連動し、新たな魔人を殲滅せんと動き出す。
「ほう、退屈な口上はもう要らぬようですな。なればお望み通り、我が奏曲をご堪能いただこうか!」
魔人は軽く笑い、弓をバイオリンの弦へ当てる。
傀儡兵たちの中心で、デイビットは緩やかな、しかし滑らかな動作で優雅に舞い踊りながら傀儡兵たちの攻撃を悉く躱し、バイオリンを奏で始めた。
巨兵たちの狭間で鳴り響く音楽は、体の芯にまで届くような勇壮さを感じさせ、聞く者の心を奮い立たせるような響きがあった。その曲名は
なのはも知らないが、テレビなどでよく耳にするものだ。
そしてその刹那──
「なっ!?」
「えっ!?」
デイビットを中心に銀色の旋風が巻き起こり、驚くなのはたちを尻目に四方八方へと閃光が走った。
次の瞬間には、デイビットを取り囲んでいた傀儡兵たちの次々と腕を断たれ、頭部が砕け、胴体が泣き別れとなり次々と崩れ落ち、地へと伏した。
「──リヒャルト・ワーグナー作曲、『ニ―ベルンゲンの指輪』より『Ritt der Walküren』…」
吹き抜けた銀色の魔風が、弓を止める事無く呟く楽師の元へと舞い戻り、地面へと降り立つ。
デイビットを守るかのように彼の周囲に現れた疾風の正体は、赤駒に跨り白銀の戦装束に身を包む美しくも凛々しい、九騎の金髪の麗人たちだった。
「さあ、今宵も美しく舞いなさい。私の戦乙女たち」
『Jawohl!』(了解!)
タクトのように弓を振るうデイビットの声に応じ、麗人たちは両手に握る双剣を構えると、彼女らが跨る赤毛の馬も高らかに嘶きを上げて飛
び立ち、傀儡兵へと踊りかかった。
(上手くいったか…)
傀儡兵たちへと襲いかかるヴァルキューレ──悪魔ヴァルキリーたちを目にしながら、『令示』は内心で安堵の息を漏らす。
『ハーメルンのバイオリン弾き』よろしく、デイビットの奏でる魔曲を召喚魔法のように使えないかと考えていたのだ。
が、別に漫画の真似だけでイメージを働かせて、当てずっぽうにやった訳ではない。大僧正の真言魔術と同様に、キチンとした裏付けの下に行っている。
──そもそも、歌や踊り、音楽といったものは神代の時代から神魔と縁が深い。
天岩戸の前で裸身となり、神楽を舞ったアメノウズメ然り。
タルタロスの番犬、魔獣ケルベロスを竪琴の音色で手懐けたオルフェウス然り。
「真・女神転生ストレンジジャーニ―」の中でも、歌で悪魔を苦しめる呪歌と言うべきものも存在した。
ましてや、アマラ深界に通じ、稀代のヴァイオリン──魔器ストラディバリを擁する音楽の魔人たるデイビットと化した令示であれば、出来ない筈がない。
とは言え、対魔人用の傀儡兵の数はまだまだこんなものではないだろう。
「拙僧も負けてはおれぬな」
『令示』もなのはたちの前に出ると、印を組んで呪を紡ぎ出す。
「ナウマク・サマンダボダナン・エンマヤ・ソワカ──閻魔天、鬼軍招来!」
発せられた地獄の支配者、閻魔大王の真言に応じ、『令示』の前に渦巻く火炎が立ち昇り、幾つもの巨大な異形が顕現する。
「召喚に応じ、馳せ参じました」
「おう! 獲物は何処だ!?」
馬頭の巨人が恭しく頭を垂れ、牛頭の巨人が豪快に大声を上げる。
地獄の獄卒、馬頭鬼と牛頭鬼だ。
「御苦労。敵はあの魂無き傀儡共じゃ──エン!」
更に閻魔天の種子を唱えると、彼ら二人の背後に赤い肌の巨漢──十数体の鬼たちが召喚される。
「防御陣を喰い破り、血路を開け! 突撃!」
『ヴォォォォォォォォォォッ!!』
牛頭馬頭を先頭にして、鬼たちが雄叫びを上げて傀儡兵の軍団へと突っ込んでいく。
しかし狙いは彼らではない。その後ろ──時の庭園内部へと続く大門。
進路上に居る傀儡兵たちを撃ち壊し、それぞれが手にする槍、戦斧、鉄棒が大門へと叩きつけられ粉砕される。
轟音とともに粉塵が舞い上がる。
「今だ! 行くぞ!」
エスパーダの切っ先を正面へと突きつけ、『マタドール』は声を上げ、生じた突破口へ向けて駆け出す。
「はい!」
「あっ! 待って!」
「こら! 勝手に行くな!」
その後を追い、なのは、ユーノ、クロノが続く。
砕けた大門をくぐり城内へと侵入した途端、粉塵を割って姿を現した傀儡兵が、大剣を振り上げ襲いかかって来た。
「──ぬるい」
『令示』はその呟きとともに地を蹴り跳躍。瞬時に傀儡兵との間合いを踏破
し、エスパーダを二度、三度と斬り返してその巨体を三つに分断。
着地と同時に『令示』が血振りを行うと、その背後で斬られた傀儡兵が爆散する。
「駆け抜けろ! 先は長いぞ!」
煙を割って後に付いて来たなのはたちへ振り返り、声をかけながら通路を走る。
「マタドール! あちこちから増援が来てるよ!?」
ユーノの言う通り、周囲へ目をやれば長い通路の柱の影や脇道から次々と傀儡兵たちが姿を現す。
「この先で待ち構えるであろう者たちと合わせ、挟撃にして我らを数ですり潰すつもりだろう」
おそらくは、城内に製造プラントがあるのだろう。
「だが問題は無い。我らがこの通路を通り過ぎた後に、大僧正とデイビットが悪魔を率いて防壁陣を築く手筈になっている」
「それで挟撃を防ぐという訳か…ところでマタドール、ヘルズエンジェルはどうしたんだ?」
『令示』の横に並んだクロノが、返事をしながらそう尋ねてきた。
「──別件でアースラに待機中だ」
──アースラ内の医務室。
ベットに横たわったフェイトの虚ろな表情に変化はなく、アルフはその脇で沈痛な面持ちのまま彼女の事を見守っていた。
彼女たちの背後の壁にはモニターがあり、そこでは庭園内の戦闘が映されていた。
「あの子たちが心配だから、あたしもちょっと手伝って来るね? …すぐ戻って来るから。それで、全部終わったら……ゆっくりでいいから、
あたしの好きな本当のフェイトに戻ってね。これからはフェイトの時間は、フェイトが自由に使っていいんだから」
アルフはそう言って優しくフェイトの髪を撫でると、部屋を飛び出して行った。
「…………」
一人残され天井を見つめる彼女の脳裏で、先程のプレシアの言動がぐるぐるとリフレインする。
「母さんは私の事なんか一度も見てくれなかった。
母さんが会いたかったのはアリシアで…私はただの…失敗作。私…生まれて来ちゃ、いけなかったのかな…?」
一人で、どの位考えていたのであろうか。何気なしにゆっくりとモニターへ目をやれば、なのはたちに合流するアルフの姿が映る。
「──アルフ。それに、この娘…タカマチナノハ…」
ゆっくりと身を起こしながらモニターを見続けるフェイト。
「何度ぶつかって…私、酷い事したのに、私は名前もちゃんと呼んでいないのに…話しかけてくれて、私の名前を呼んでくれた…何度も、何度も…」
幾つものなのはとの邂逅を振り返り、フェイトはその暖かさに涙を滲ませた。
その時、部屋の片隅でバルディッシュが光を放ち、主に呼びかけた。
「バルディッシュ…」
ベットを降りてゆっくりと歩み寄ったフェイトはそっと両掌にとった己のデバイスに語りかける。
「私の、私たちの全ては、まだ始まってもいない…」
掌中で閃光が生まれ、待機状態からデバイスモードへと変じるバルディッシュ。
しかし、その全身には罅が走り、フレームは歪み、正しく満身創痍と言うが如き姿であった。
だが、バルデッシュはコアを明滅させながらもギシギシ金切り音を響かせながら己が身を変形させ、戦斧形態へと変化させる。
『──get set』
いつでも行ける。そう主へと語りかける。
「…っ!? そうだよね…バルディッシュも、ずっと私の傍に居てくれたんだものね…」
愚直なまでに主を気遣う己が魔杖の優しさに、溢れ出た涙がフェイトの頬を伝い、零れ落ちる。
「お前もこのまま終わるのなんて、嫌だよね…?」
『yes sir』
唇を真一文に結び、心を切り替えたフェイトは、掲げたバルディッシュを振り下ろし、青眼に構える。
「上手く出来るかわからないけど…一緒に頑張ろう」
フェイトはそのままの姿勢で目を瞑り、己が己が双掌より光を──魔力を生み出し魔杖へと流し込んでいく。
バルディッシュがフェイトの魔力光に包まれ、閃光を発した次の瞬間──
『Recovery complete.』
光が消え、傷一つ無く元通りに修復したバルデッシュが、高らかにそう宣言した。
「私たちの全ては、まだ始まってもいない…」
バルデッシュを握り締め、呟くフェイトの肩に中空に生みだしたマントが巻き付き、身に着けていた衣服が光とともに消え失せ、バリアジャ
ケットへと変ずる。
「だから…『本当の自分を始める為に』──今までの自分を終わらせよう…!」
生気を取り戻した少女は、決意を新たに中空を見据え、己が覚悟を口にしたその時──
「よう、やっと目を覚ましたかい。お姫様」
「っ!? ヘルズエンジェル!?」
突然背後からかかった声に驚き振り返ったフェイトの目に、部屋の入り口に腕を組んで寄り掛かるライダースーツの魔人の姿が飛び込んで来た。
「どうしてここに…?」
マタドールたちと一緒に居るものだと思っていたフェイトは、疑問を口にする。
「はっ! 決まってるだろう? 寝ぼすけのお姫様を送り届ける為に待っていたんだよ」
そう言いながらヘルズエンジェルがドアを開き廊下へと出ると、彼の愛車が響き渡る重低音のエグゾーストノイズの猛りとともに、
フェイトを出迎える。
魔人はそのままひらりとバイクに跨ると、親指で後部のタンデムシートを指し示す。
「行くんだろ? お袋さんの所へ。乗りな」
「えっ…でも」
その提案に驚き、戸惑いの表情を浮かべたフェイトに、ヘルズエンジェルは軽く笑いながら言葉を続ける。
「いいから乗って行け。さっきの決闘のダメージだって回復し切っていねえんだろ?」
「う……それじゃ、お願いします」
数秒程思案した後、フェイトは遠慮がちにハーレーのタンデムシートへ跨り、ヘルズエンジェルの背をおずおずと掴んだ。
「遠慮すんな。そもそもだ──お姫様をお城に連れていくのは、御者の役目だぜ!」
叫びとともに握り込んだグリップに応じ、発せられる鋼鉄の咆哮。
それを合図にして、ハーレーは風を巻きアースラの通路を走り出した。
『何やってるのヘルズエンジェルさん!? アースラの中でバイクなんか乗って!!』
疾走するハーレーの爆音と魔力を、ブリッジで感知したのであろう。バイクと並走する形でエイミィがヘルズエンジェル達の横に空間モニター
を展開し、どアップで声を上げた。
「硬ぇ事言うなよ、エイミィ嬢ちゃん! これから時の庭園に乗り込むんだぜ? こういうのはなぁ、『ノリ』が大事なんだよ!」
通路上の直角を、壁を走る事でスピードを落とさず曲がり切り、ヘルズエンジェルは雄叫びを上げる。
「YA-------HA--------!! この調子でハンガーデッキまで突っ込むぞ! しっかり掴まってなベイビー!」
「は、はいっ!」
軽快な口調にやや辟易しながらも、服を掴むだけの体勢からしっかりと己の体に抱きつき返事をするフェイトを横目にして、魔人は、軽く笑
ってエイミィへ語りかける。
「エイミィ嬢ちゃん、俺たちゃこのまま転送ポートに乗るぜ。時の庭園までの道を作ってくれ」
『ええっ!? 急にそんな事言われても──』
「早くしてくれよ。このままじゃ部屋の壁ぶち破ってアースラの風通りが良くなっちまうぜ?」
『ちょっ!? ちょっと待ってーー!?』
ヘルズエンジェルのからかう様な声に、慌ててコンソールを叩き出すエイミィ。
その直後、二人の乗るハーレーがハンガーに到着すると転送ポート目がけ一直線に疾駆し、跳躍。
空中で弧を描いて転送ポートの真上へとさしかかり、そのままハンガーの壁面に衝突するかと思われた刹那──
『座標固定完了! 転送開始!』
エイミィの声が響き、転送ポートから伸びた光がヘルズエンジェル達を包み込んだ。
『ま、間に合った…』
アースラから転移する直前、彼女の疲れ切った呟きが二人の耳に届いた。
「グォォォォォォォォッ!!」
鬼が咆哮を上げ、大上段に構えた鉄棒を傀儡兵へと叩きつける。
人外の膂力によって振り下ろされた鉄塊は、傀儡兵の頭を粉砕し、胴体の半ばまでめり込んだところでようやく動きを止めた。
「消え失せろ!」
鬼が叫びとともに前蹴りを放ち、残骸と化した傀儡兵を前方より迫る新たな一段へ向かって吹き飛ばした。
何体かの傀儡兵はその残骸の飛礫を浴びて動きを止めるが、その間隙を縫うその他の敵機は得物を振り上げ、スキを見せた鬼へと襲いかかって来る。
「やば──」
「憤!」
が、横から現れ立ちはだかった牛頭鬼が、手にした戦斧を横一線に薙ぎ払い傀儡兵の一団を斬り飛ばす。
「Marsch!」(行進!)
『Jawohl!』(了解!)
それに続いて、天馬を駆って宙を舞うヴァルキリーたちが双剣を振るってすぐさまそのサポートに入り、リーダ格の一人の指示で数人が傀儡
兵たちへ空襲をしかけ、これを押し返した。
「援護します。牛頭鬼殿」
「すまねえ、恩に着るぜ嬢ちゃんたち。──気を付けろ! 相手は雑魚だが数が多い、油断していると囲まれて殺されるぞ!」
「へ、へい…すいやせん、姉御方、牛頭鬼の兄貴…」
申し訳なさそうに鬼が頭を下げた。
「しかし、本当に多いですね。十や二十程度ならどうという事はありませんが、このままでは数に飲み込まれます」
横で槍を振るう馬頭鬼がぼやきを漏らした。
──時の庭園。入り口の大門内部通路の突き当たり、第二の門。
大僧正とデイビットはこの内門で防御陣を敷き、後方から次々と現れる傀儡兵の迎撃を行っていた。
先行しているなのはたちの後ろを守り、大軍による挟撃を防ぐ為に殿の役目を負い、大僧正率いる牛頭馬頭と鬼たちが壁となって門の前に立
ちはだかり、デイビット率いるヴァルキリーたちが遊撃隊となって門の周辺に集まっているものや、飛行型の傀儡兵を討ち取るという役割分担
で、効率よく撃破をしているものの、倒しても倒しても雲霞の如く湧き上がる敵の集団に、流石の悪魔たちも些か疲れの色が見え始めていた。
このままではジリ貧だと、悪魔たちが考え始めた。
「鬼軍、左右へ散開! 敵には構わず移動せよ!」
「遊撃隊もです! 上空へ退避!」
──その時、突然二人の召喚者が命令を発した。
「防衛線を突破されますぞ? よろしいのですか?」
「よい。愚図愚図していると巻き込まれるぞ!」
(巻き込まれる?)
馬頭鬼はそう進言するが、答えながら退避を開始する大僧正を見て、疑問に思いながらもその命に従った。
刹那──
「──Lucifer's Hammer」(──悪魔の鉄槌)
風に乗ったその呟きが悪魔たちの耳にハッキリと届き、通路の後方──入り口の大門より鼓膜を劈くような轟音が鳴り響く。
『っ!?』
慌ててその方向へと目をやれば、通路を埋め尽くす程溢れ返っていた傀儡兵たちが、後方より次々と吹き飛ばされて宙に舞い、爆発四散していく。
「YA-------HA-------!!」
戦車が障害物を踏み潰して突き進むように。
無人の野を行く騎馬のように。
炎の双輪が唸りを上げる鋼鉄の妖車を駆る魔人が傀儡兵たちを蹂躙し、ウォークライを上げながら内門へと向かって突っ込んで来る。
「──よう! お姫様をお連れしたぜ!」
妖車の騎手──ヘルズエンジェルは他の二人の魔人の前でハーレーを止めると右手を上げて挨拶をする。
その後ろには、戸惑いの表情で鬼たちやヴァルキリーたちを見る少女、フェイトの姿もあった。
「うむ。本命が来た以上、早々にここは引き払い攻勢へと転じよう。早くフェイト殿を御母堂の元へ」
「OK! 先に行ってるぜ!」
大僧正の言葉にヘルズエンジェルが頷くと、再び爆音を張り上げ、ハーレーを発進させた。
「さて…大半は今の一撃で消し飛んだようですが、いくらか生き残りがいるようですね」
通路の先を眺めながらデイビットが呟く。
彼の言う通り、ヘルズエンジェルの攻撃を避けた傀儡兵たちがこちらへと迫って来ていた。
「最後に一当てし、ヘルズエンジェル達の後を追うとするか…」
「ならばこの場は私が。飛行する者は厄介、優先的に討っておきましょう」
迫り来る傀儡兵たちの前に立ち、デイビットが弓を向ける。
「さあ、カーテンコールです! お受けなさい、ヴァルキュリア!」
その命に従い、ヴァルキリーたちが再び宙を舞う。
背後の防御を二人の魔人と、それに従う悪魔たちに任せたマタドールたちは、通路上に展開された傀儡兵たちの防御陣を突破し、突き進む。
「っ!? 次の広間の入り口だ!」
「あのホールの先の部屋から下層に行けるよ! プレシアは最下層に居る筈だ!」
走りながら、視線の先に捉えた新たな門を指差したユーノに、隣を走る狼形態のアルフが捕捉説明を行う。
「ならばここが、彼女にとっても防御の要になる訳か…君たちは離れて! 扉の裏の敵ごと吹き飛ばす!」
クロノが声を上げ、腰溜めに構えたS2Uを前方へ突き出す。
『Blaze Cannon』
デバイスの先端から放たれた青白い魔力の砲撃が瞬時に門を粉砕し、クロノの宣言通りにその後ろに居た傀儡兵たちの何体かを巻き込み、扉
内部の反対方向にある壁面までその残骸を吹き飛ばした。
砕かれた門から一行が内部へ侵入すれば、そこは円筒状の構造をした空間だった。
壁面に設置された螺旋階段が、遥か上層部まで伸びている。
そして、クロノの予想通り、部屋を埋め尽くす大量の傀儡兵の群れが、一斉に侵入者たちへと目を向けた。
同時に、上空から飛行型の傀儡兵の一団が翼をはためかせ、強襲を仕掛けてくる。
「やらせるか! チェーンバインド!!」
なのはたちの前に出たユーノが魔法を展開、彼の足元の魔法陣から縦横に緑色の魔力光で紡がれた鎖が伸び、空襲をしかけてきた傀儡兵たち
を次々と縛り上げ、その場に釘づけにした。
しかし、縛鎖を躱した一体が宙を滑り、ユーノに向かって剣を振り上げ迫る。
その時、ユーノの脇を橙狼が駆け抜ける。
「ガァァァァァァァッ!」
大気を震わす咆哮を放ち、バインドの戒めを逃れた傀儡兵へ飛びかかるアルフ。
魔獣の顎がまるで紙細工のように傀儡兵の頭を容易く噛み千切り、アルフは相手の体を足場にして再び跳躍。
巨狼と思えぬ、猫科の禽獣の如きしなやかな身のこなしで着地すると、咥えたままであった傀儡兵の頭部を放り投げた。
それと同時に、頭を失った傀儡兵が小刻みに震えて爆発。
だが敵は機械の群れ。恐れも迷いも存在しない傀儡兵たちは爆炎を突き破り、大剣を振り上げ突出したアルフへ殺到する。皮肉にも、彼女が
倒した相手の爆炎が目眩ましとなってしまったのだ。
「ッ!?」
アルフが身を強張らせ、相手の攻撃に耐えようとする。しかしその時──
『Divine Shooter』
『Stinger Snipe』
彼女の左右より、無数の桜色の魔弾と長い尾を引く水色の魔弾が脇を抜けて閃いた。
強襲をしかけた飛行型傀儡兵たちは、あるものは桜色の魔弾の釣瓶撃ちによって撃墜され、またあるものは貫通性に特化した水色の魔弾によ
ってその中枢部を纏めて穿たれ、その活動を停止する。
「大丈夫!? アルフさん!」
「一人で前に出過ぎるな! 狙い撃ちにされるぞ!」
なのはとクロノ、二人の魔導師がアルフをカバーするように前へ出て来た。
「悪いね二人とも、助かったよ!」
礼を言いながら、アルフも二人とともに並び立つ。
そこへ陸戦型の傀儡兵たちが三人を囲む包囲網を敷き、大盾を前面に構えながらジリジリとにじり寄って来る。
「っ! 来るぞっ!」
振り上げられた幾本ものハルバードを目にして、クロノが警戒の叫びを上げた。
だがその時──
「──風に舞え。赤のカポーテ!」
呟きとともに濃緑と朱色、双色の尾を引く一陣の旋風が三人の周囲を駆け抜けた。
その刹那、なのはたちを取り囲んでいた傀儡兵たちが次々と
大盾を両断され──
ハルバードを打ち砕かれ──
その身の装甲ごと、縦に横に斜めに両断されその場に崩れ落ちていく。
「私を忘れてもらっては困るな。血沸き肉踊る狂乱のカルナバルこそ、闘牛士の見せ場ではないか!」
旋風の正体──マタドールは半身の構えでなのはたちの前に立ち、貴婦人を誘うが如き優雅な動作で、エスパーダの切っ先を傀儡兵の一団へと向けた。
──赤のカポーテ。
素早さを大幅に上昇させ命中率と回避率を底上げする技である。
正確無比にして疾風の如きマタドールの斬撃は、この技能によって更にその鋭さを増し、最早閃光と呼ぶにふさわしいレベルにまで引き上げ
られたのだ。
「この身にも大分馴染んだ。故に、どれだけ動けるか試させてもらおう!」
叫びと同時に、マタドールが地を蹴り陸戦型傀儡兵への軍団目がけ、一人駆け出す。
直後、彼の体が驚異的速度によって、マタドールの後に付いて走る残像が生まれる。
「行くぞ!」
先頭を走る本体の声を合図に、同時に散開する魔人とともに二つの残像が正面に立つ傀儡兵たちへと迫り──すれ違い様に三条の銀線が閃いた。
それぞれ袈裟懸け、唐竹、逆袈裟の軌道で断ち斬られた三体の陸戦型傀儡兵が、ガラガラと耳障りな音を立てて地に伏す。
「偽・残像剣!」
傀儡兵たちの背後へ駆け抜けたマタドールがその言葉を発すると同時に、彼の残像が消え、崩れ落ちた敵機の残骸が衝撃と閃光を放ち、爆炎を
巻き上げた。
──偽・残像剣。
元となっているのは、令示の生前の記憶に有ったTVゲーム「ロマンシング サ・ガ3」で使われていた「残像剣」と言う名の剣技である。
令示はそれを魔人の身体能力に物を言わせ、力技で無理矢理再現したのだ。
「地に居る敵兵は私が引き受ける。貴公らは上空よりの攻撃に対処せよ!」
燃え立つ炎に照らされ、茜色に染まる体をなのはたちへと向け、マタドールが口を開いた。
「うん!」
「わかった!」
「任せるよ!」
その言葉に頷きながら、三人は飛行魔法を展開して上層部より次々と舞い降りてくる傀儡兵たちの迎撃へと身を投じた。
「てええいっ!」
飛行型が滑空しながら突き出してきた大剣を体を斜にして躱したクロノは、気合いとともに空を切って飛びS2Uを相手の頭部へ叩きつけた。
『Break Impulse』
デバイスの音声と同時にその先端より生じた振動波が、傀儡兵内部の駆動機関を徹底的に破砕する。
関節部より白煙を噴き出して落ちていく敵機から跳び退き、壁面の階段へ着地するクロノ。そこへ、増援の飛行型傀儡兵三体が攻め寄せて来る。
(くそっ…! まるで虫の大群だ、キリがない!)
S2Uを構え直し、内心で苛立たしげに毒を吐きながら、クロノは膝を沈め再び飛行魔法で飛び立とうとする。
「させないよ!」
「!?」
クロノが床を蹴ろうとするのと同時に声が響く。
それに応じて緑色の魔力鎖が数条、クロノに向かっていた傀儡兵たちへ絡みつき、その体を締め上げた。
「クロノ! 今の内に!」
階下より、飛行魔法でユーノが顔を覗かせる。
「わかった!」
その声に応じて、クロノは緊縛された傀儡兵へと魔杖を向ける。
『Stinger Ray』
連続して発射された三つの魔弾は、身動きの取れぬ傀儡兵たちの胸部──動力部の核を精確に撃ち抜き、仕留めた。
「よし、次!」
クロノにとどめを刺された敵機の停止を確認すると、ユーノはその残骸の戒めを解放し、他の三人の戦域へ向かおうとする他の傀儡兵たちへ、
新たな魔力鎖を走らせる。
アシストと言うポジションの為、前線の魔導師のような華やかさこそないが、この場で一番活躍してるのは間違いなくユーノであった。
戦闘と言う点でこそなのはに劣るが、援護、防御と言う点に関しては一流であり、魔導師としてのベクトルこそ異なるがユーノもまた、なの
はやフェイトと比肩しうる才能の持ち主なのである。
しかし──
ユーノは苦しげな声を漏らしながら、新たに飛来した数体の傀儡兵をチェーンバインドで拘束する。
現在、ユーノが捕縛している傀儡兵は計十八体。
他の四人が隙を見て破壊してくれてはいるものの、それを上回るペースで現れる敵の増援に、流石に疲労の色が隠し切れなくなっていた。
──無理もない事だった。ユーノはマルチタスクを駆使して、戦いの空間を俯瞰で捉えつつ数十条のチェーンバインドを同時展開、操作、維
持して頭上を飛び交う厄介な飛行型傀儡兵を拘束し、かつ、隙を見て他の四人に襲いかかる敵機を止め、締め上げるという、この大量の敵で犇
めく場所にあって、なくてはならない「要」ともいうべき役目を負う事となり、その疲労は他の四人に比べて頭一つ抜きん出ていたのである。
そしてそれは──
「っ!? マズイ!!」
集中力の低下による、魔力鎖の構成に甘さが生じる結果となった。
バインドによる拘束を力尽くで破った飛行型の一体が、手にした大剣を大上段に振り上げ、なのは目がけて飛翔していく。
「なのは! 逃げて!」
「え──」
ユーノの声に驚き、後ろを振り返ったなのはであったが、魔法を放った直後で対処を行えず、見開いた両目で迫り来る傀儡兵をみつめたまま、
完全に硬直していた。
「クッ! 今行くよ!」
「待て!」
四肢に力を込め、なのはを助けるべく駆け出そうとしたアルフを、マタドールが右手で制した。
「何で止めるんだい!?」
「問題無い。たった今援軍が到着した──行けい! ヘルズエンジェル!!」
「YA--------HA--------!!」
マタドールが、アルフの抗議に涼しい顔で答えた刹那、轟音とともに壁をぶち抜いて雄叫びを上げる黒い塊が、なのはの元へ向かおうとして
いた傀儡兵に体当たりを仕掛け、そのまま反対側の壁面へ叩きつけてプレスする。
「Good night, junk bastard!」(おねんねしな、ガラクタ野郎!)
黒い塊──妖車に跨るヘルズエンジェルが、嘲りを込めた言葉を吐きながらグリップを握り込むと、炎の双輪が唸りを上げてギャリギャリと
傀儡兵の装甲を焼潰す。
突如現れた思いもよらぬ援軍に、意思を持たぬ傀儡兵たちと、ヘルズエンジェルと意識を共有するマタドール以外の四人は驚きの表情を浮かべる。
だが、当のヘルズエンジェルは呆気に取られるなのはたちに構う事無く、背面のタンデムシートへ顔を向けて口を開く。
「Let's your turn Princess! Please let cool boogie!」(アンタの出番だぜ、お姫様! イカしたブギを聞かせてくれ!)
「──はい!」
返事を発して、タンデムシートより飛び立つ小さな人影。
舞うかの如く宙で体を捻り、黒いマントを双翼のように風に靡かせるは黒い魔導師──フェイト・テスタロッサ。
『Thunder rage』
バルデッシュの声とともに、フェイトは中空で魔法陣を展開。
そこを中心にして放射状に雷が発生し、八方の傀儡兵たちが魔雷の蔦に捕われていく。
「サンダァッ……レイジッ!」
気合一閃。
フェイトが己の魔杖を足元の魔法陣に突き立てると轟音が空気を震わせて、勢いを増した幾条もの稲妻が全方位を舐め尽くし、三〇体以上は
居るであろう傀儡兵たちを撃ち抜いて、悉く爆散させていく。
「フェイト…?」
突如現れた己の主を見つめ、アルフが呆けたような声を漏らした。
フェイトはバルデッシュのフレームに溜まった熱気を排出すると、眼下のなのはの元へと滑空しその目前へと立つ。
「…………」
「…………」
何を口にすべきか互いに考え思い悩んでいるのか、しばし二人は無言で向き合う。
「…あ ──っ!?」
それでも、その想いをなのはが口にしようとした瞬間、耳に叩きつけるような破砕音とともに壁面が崩れ、なのはたちが相手にしてきた傀儡
兵のゆうに三倍はありそうな巨大な敵機が、空に浮かぶ二人を捉える。
「大型だ。防御が硬い」
「うん、それにあの背中の…」
新たに現れた巨大傀儡兵が両肩に搭載された巨大な二門の大砲を向けるのを見下ろしながら口にしたフェイトの言葉に、なのはが警戒を孕む
固い表情で頷いた。
「だけど…、二人でなら──」
「えっ? ──…うん、うんっ、うんっ!」
チラリと自分を見ながら紡がれたその声に、一瞬浮かべた呆けた表情をすぐに崩して満面の笑みにへと変え、なのはは何度も頷きを返した。
「行くよ、バルディッシュ…!」
『get set』
フェイトが後方へと飛び、戦斧から魔杖形態に移行したバルデッシュを巨大傀儡兵へと向ける。
「こっちもだよ、レイジングハート!」
『stand by ready』
なのはもまた身を捻って己の相棒を構え、語りかける。
巨大傀儡兵の二門一対の双砲に魔力が収束していくの同時に、二人の魔導師も足元に魔法陣を展開し、二つの魔杖の先端にも魔力の光が灯る。
双方が魔砲を放たんとするその最中──
「っ!? また増援だ!」
「危ないっ! フェイト!」
クロノとアルフが、上層部から再び飛来する二機の飛行型傀儡兵を捉え、警戒の声を上げる。
「っ!?」
「クッ…!」
なのはとフェイトもそれを視認するが、砲撃魔法の発動寸前となっている二人は身動きが取れず、襲い来る敵機を見つめる事しか出来ない。
傀儡兵の凶刃が、二人に迫る。しかし──
「──necio. Por favor, no le quitan la diversión」(愚か者。興を削ぐな)
右の傀儡兵は、地より跳んだ魔人の侮蔑の言葉とともに一刀の元に斬り伏せられ──
「──Read the vibes」(空気読めっつーの)
残る左も、壁面より唸りを上げて飛来した魔人の嘲りとともに妖車に粉砕された──
「やっちまえ Baby!」
「うんっ!」
「はい…!」
ヘルズエンジェルがなのはとフェイトにサムズアップを送ると二人は大きく頷き、眼前の敵機に意識を集中する。
「サンダー…」
トリガーワードを唱えながらフェイトは大きく振りかぶり、左の手の甲に浮かんだミッド式魔法陣を空に投げた。
拡大した魔法陣が空中で停止し、そこへフェイトが空を駆りバルデッシュを突き立てる。
「スマッシャー!!」
空気を震わす咆哮を伴い、金雷の魔砲が巨兵へと向かって撃ち出された。
同時に、巨大傀儡兵の双砲も衝撃とともに射出。二者の砲撃が正面からぶつかって鎬を削り合う。
だが、フェイトの魔法は相手より威力が劣るのか、徐々に押され始める。しかし──
「ディバイーン…」
そこに桜色の魔環を三重に纏ったデバイスを、巨兵へと突きつける白き魔導師が立つ。
「バスター!!」
フェイトの横より放たれた桜色の魔砲が、金雷の砲撃と混じり合い巨兵の砲撃を押し返していく。
「「せーーーのっ!!」」
威力で逆転した二人は掛け声を合わせ、己の魔杖へ更なる魔力を送り込み、魔法の威力を増大させる。
勢いを増した桜雷の二色の砲撃は、巨兵を抵抗すらさせず一気に飲み込み、塔の壁面をも撃ち抜いて相手を完全消滅させた。
砲撃魔法によって生じた熱をデバイスから放出しながら、二人はゆっくりと塔の底部へ降り立った。
「フェイトちゃん…」
「ん…」
小さく呟き見つめ合う二人。互いに万感の思いを抱き、微笑みを浮かべた。
「フェイト…! フェイトぉっ!!」
と、そこへ上ずった声を上げたアルフが人型へと変じて駆け寄り、フェイトにしがみ付き泣きじゃくる。
「アルフ…心配かけてごめんね。ちゃんと自分で終わらせて、それから始めるよ。本当の私を…」
「うん…うんっ…!」
涙流しながら主の言葉に頷くアルフ。
なのははそれを暖かい目で見守っていた。
「みんな!」
そこへ、クロノが部屋の奥の扉を見ながら声を上げた。
「ここから先は二手に別れる! なのは、ユーノ、君たちはこの先のエレベーターから駆動炉へ向かって、その停止を頼む!」
「うん!」
「わかったよ! クロノ君はどうするの?」
「当初の予定通り、下層部のプレシアの元へ行く。フェイト・テスタロッサ、アルフ、君たちもそうだろう?」
なのはの問いに答えながら、クロノがフェイトたちの方を向く。
「はい。私も、母さんに会わなくちゃ、言わなきゃいけない事があるから…」
「フェイトが行くなら、私もついて行くよ」
「よし。──君たちはどうするんだ?」
フェイトたちの言葉に頷き、クロノは残る二人、マタドールとヘルズエンジェルに問いかけた。
「俺の役目はお嬢ちゃんをお袋さんの所に届ける事だからな。最後までついて行くぜ?」
「なれば私は、なのはとユーノを手伝うとしよう。こちらが片付き次第、執務官殿たちの援護へ向う」
「──決まりだな。時間ももう少ない。各自、最善の尽くしてくれ!」
クロノの言葉に、全員が力強く頷き、全員が動き出そうとした、その時──
「フェイトちゃん!」
なのはの呼びかけにフェイトがその足を止め、振り向いた。
「…フェイトちゃんはお母さんの所に行くんだよね…?」
フェイトの目を見つめながら、なのはは改めて彼女にそう問いかける。
今しがた、フェイト自身がプレシアの元へ行くと言ったのは聞いたものの、アースラで彼女が倒れた事を考えると、確認せずにはいられなかった。
「…うん」
短く、だがハッキリとした肯定の言葉。
「私…その、上手く言えないけど…」
それを聞いたなのははレイジングハートを瓦礫に立てかけ、フェイトに近付いて行く。
「あ──」
そして、バルデッシュを握り締めるフェイトの右手にそっと上から己の両手を当て、それに驚き振り返った彼女の顔を見つめてながら、口を開いた。
「頑張って…」
「…………」
フェイトはその行動にしばし呆気に取られたかのように固まっていたが、ふっ、と微笑みを浮かべると、残る自分の左手をなのはの手の上に
当て、「ありがとう」と、小さく答えを返した。
「よっし、急ぐぜ嬢ちゃん! 早く乗りな!」
「あ、はい…!」
ヘルズエンジェルに促され、フェイトは再びハーレーのタンデムに跨る。
「…なのは、ユーノ。我らも参ろう」
走り出した妖車を尻目に、マタドールが二人を連れ、駆動炉へと駆け出す。
──それぞれが己の役目を果たさんと動き出した。
目的階層──駆動炉への到達を告げるチャイムが鳴り、エレベーターの扉が開く。
なのはたち三人が外に出て眼下を見やれば、駆動炉を守る傀儡兵の大群が映った。
先程の円塔部や、入り口通路に勝るとも劣らぬ軍団が編成され、待ち構えている。
それらを掃討すべく前に出ようとしたなのはを制し、ユーノが正面の傀儡兵の一団を睨みながら口を開いた。
「…防御は僕がやる。なのはは、封印に集中して!」
「なれば攻撃は私の役目だな、駆動炉までの血路も私が開こう!」
ユーノに続いて、一歩前に出たマタドールがエスパーダを眼前に立て、高らかに宣言する。
「うん。…いつも通りだよね」
自分を守るように前に立つ二人の背中を、なのはは笑みを浮かべて見つめる。
「え?」
「む──」
「ユーノ君も、マタドールさんたちも、いつも私と居てくれて、守っててくれてたよね」
言いながら、なのはは二人の横に並び立ち、レイジングハートを起動させる。
『Sealing mode』
「だから、戦えるんだよ。背中がいつも、暖かいから…!」
言葉とともに、なのはの周囲に生み出される、無数の桜色の魔弾。
「私も二人を援護してから封印に行くね。…行くよ、ディバインシューター、フルパワー!!」
気合一閃。なのはが勢いよく振り下ろした魔杖の動きに従い、無数の魔弾が傀儡兵たちに向かって飛んで行く。
次々と着弾し爆音を上げる中、なのはが飛行魔法を発動し、一路駆動炉へと飛ぶ。
「…さて、ユーノよ。ああ言われてはなのはに傷一つ負わせる事など出来ぬな?」
二人は顔を見合せて笑い合う。
「だね。僕らも行こう、マタドール!」
飛び上がってなのはを追うユーノを見ながら、マタドールは笑いを上げた。
「クハハハハッ! 貴公も「男」だなユーノ! 共に参ろうぞ、マハザン!」
魔人もまた魔法で足場を造り、宙を駆け傀儡兵の群れに斬り込んで行く。
「チェーンバインド!」
空中のユーノが魔力鎖を走らせ、なのはに襲いかかろうとした傀儡兵たちを次々と縛り上げていく。
「一斬必殺仕る!」
マタドールがユーノのチェーンバインドの上に降り立つと、流水の如き澱みない動きで走りながら敵機へ向かって吼える。
捕縛された傀儡兵の胴体を横一線に薙ぎ払い、上下両断。
「uno!」(一つ!)
途端、緩む魔力鎖より跳躍し別の魔力鎖へ着地。そこへ戒めを免れた飛行型が彼の背後より襲いかかる。
しかし、マタドールに焦りはない。彼は腰を捻ってカポーテ振るい、後方の傀儡兵の頭部に巻きつけると、それをワイヤーの如く扱い、弧を
描くようにして横に跳んで斬撃を躱しながら、そのままエスパーダを前方に突き出し、相手の背中から胸部を刺し貫いた。
「dos!」(二つ!)
剣を引き抜きそのまま敵機の背を走り前方へ跳躍。
彼の目に駆動炉に辿り着き、封印を始めようとするなのはの姿が目に映った。
同時に、その彼女の背後に忍び寄る戦斧を振り上げ構えた、陸戦型傀儡兵の姿も捕捉する。
だが、その行動は更にその背後から飛来した、緑色の魔力鎖の捕縛によって阻まれる。
「マタドール!」
「応! マハザン!」
陸戦機を縛り上げたユーノの呼びかけに応じ、マタドールは再び衝撃魔法を放つと、それらを使って縦横に蹴り飛び加速。疾風の如く敵機に迫り──
「──tres」(──三つ)
相手の脇を抜けると同時に呟きながら振るった袈裟懸けの一刀で、陸戦型を切り捨てた。
「二人とも、ありがとう…!」
マタドールとユーノに助けられたなのはが、後ろを振り返り礼を述べる。
「気にしないで!」
「Defender a una mujer es el honor de un hombre.」(女性を守るは、男子の誉れよ)
それに対し、二人は軽く答えつつも更に迫り来る傀儡兵たちの大群を睨みつけながら、なのはを守るようにその前へと立ちはだかった。
──時の庭園最下層。
プレシアはシリンダーに保存された愛する我が子とともに、十一のジュエルシードの連動励起の見守っていた。
「──っ!? これは…」
しかし、彼女は次元震による振動が想定より弱い──いや、弱くなり始めている事を感じ取り、疑問の声を漏らした。
《──プレシア・テスタロッサ》
その時、彼女の脳裏に凛とした女性の声が響いた。確か、あの管理局の船の艦長だった筈だと、プレシアは記憶を反芻した。
《終わりですよ。次元震は私が抑えています。…駆動炉は、じきに封印。貴女の元には執務官が向かっています》
話を聞くだけでどんな人間にも、プレシアは完全に「詰み」である事が理解出来る状況であった。普通の人間であるならばなるべく好条件で
の投降を考えて落としどころを模索するであろう。──普通の人間であるならば。
《忘れられし都アルハザード…そしてそこに眠る秘術は、存在するかどうかすら曖昧な、ただの伝説です!》
「…っ! 違うわ、アルハザードへの道は次元の狭間にある。時間と空間が砕かれた時、その狭間に滑落していく輝き…道は、確かにそこにある…!」
狂気に正気のルールは通用しない。両者の主張は平行線を辿るばかりだ。
《随分と、分の悪い賭けだわ……貴女はそこに行って、一体何をするの? 失った時間と、犯した過ちを取り戻すつもり?》
「そうよ。私は取り戻す…私とアリシアの過去と未来を…!」
言いながら、プレシアはシリンダーの表面を指先で優しくなぞり、狂気と慈しみが入り混じる視線を愛娘へと向ける。
「取り戻すの…『こんな筈じゃなかった』、世界の全てを…!」
その時、轟音とともに蒼い閃光がプレシアの頭上を閃いた。
「っ!?」
砲撃魔法の発射源──壁面に開いた風穴へと目をやれば、もうもうと立ち昇る黒煙を裂いて黒衣の執務官が現れ、頭部より流れる血にも構わ
ず、キッとプレシアを睨みつけた。
「世界は、いつだって………『こんな筈じゃない』事ばっかりだよ! ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ!!」
「……アッ!?」
壁面を粉砕し、轟音が再び響き渡った。
鉄の妖車が耳を劈く咆哮を上げ、睨み合うプレシアとクロノの間に飛び込んで来た。
勢いよく着地した直後にブレーキをかけてサイドターンで弧を描き、床の敷石を抉りながら旋回、停止。
「──到着だぜ、お二人さん」
止まったハーレーに跨る騎手、ヘルズエンジェルがタンデムシートに目を向け、プレシアを顎でしゃくった。
「ありがとう」
小さな礼とともに、二つの人影──フェイトとアルフが床に降り立った。
「…『こんな筈じゃない』現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは個人の自由だ!
だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間を巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!!」
「…熱いじゃねえか、クロノBoy」
母の元へと歩いて行くフェイトを見送り、クロノの言葉を耳にしたヘルズエンジェルは彼を見上げてポツリと呟いた。
それは、アニメで何度も聞いた台詞だ。
しかし、こうして轡を並べ戦う事になり、彼という人となりに触れてから耳にしたこの台詞に感じる思いは、モニターの向こう側で見ていた
時とは大きく異なった。
──クロノ・ハラオウン。
十年前の『闇の書事件』によって父親を失った時から、弛まぬ努力と鍛錬の積み重ねによって、執務官にまで駆け上がった努力の秀才。
恨み事だってあっただろう。理不尽な現実に怒りを抱いた事もあっただろう。
だが彼は負けなかった。『こんな筈じゃない』現実に真っ向から立ち向かい、戦い続けてきたのだ。
なのはやフェイトには、天然の宝石の如き煌びやかさ──『華』がある。
対するクロノは鉄のようだと、ヘルズエンジェルは思う。
そこに宝石のような華やかさはない。だが、折れず曲がらずのクロノの信念のあり方は、まさに熱し、叩き、鍛え、研ぎ澄ました日本刀のようだ。
この台詞は、そんな生を歩んで来た彼だからこそ許されるものだろうと、改めてそう思う。
ヘルズエンジェルは、そんなクロノの姿に敬意と眩しさを覚えた。
「うっ!? ゴフッ!」
「っ!? 母さん!」
プレシアの吐血に、現実に引き戻されたヘルズエンジェルが駆け寄って行くフェイトへと目を向ける。
「何を、しに来たの…?」
「………」
威嚇するようなプレシアの視線に、フェイトは思わず足を止める。
「…消えなさい。もう貴女に用は無いわ」
再び母親より叩きつけられる拒絶の意。
「…貴女に、言いたい事があって来ました」
しかし、フェイトはそれを受け止めたまま穏やかな湖面のように澄んだ瞳をプレシアに向けて静かに、だがハッキリとそう言葉を紡いだ。
その場の誰もが、黙ったまま彼女の次の言葉を待つ中、フェイトはゆっくりと口を開く。
「私は──私はアリシア・テスタロッサじゃありません…」
胸に手を当て、目を瞑りながらフェイトは粛々と己の思いの丈を言葉に乗せる。
「貴女が作った、ただの人形なのかもしれません…」
目を開き、正面に立つ母から目を逸らす事無く見つめながら、フェイトはそっと小さな笑みを浮かべた。
「だけど私は──フェイト・テスタロッサは、貴女に生み出してもらって、育ててもらった…貴女の娘です!」
「……フッ。フフフフフ…アハハハハハハハッ!」
プレシアは、フェイトの言葉聞いて暫し沈黙をしていたが、何がおかしかったのか彼女を見下し高笑いを上げる。
「だから何? 今更貴女を、娘と思えと言うの?」
「貴女が…それを望むなら…」
嘲笑するように口端を吊り上げた笑みを浮かべるプレシアを見据えたまま、フェイトはそう答えた。
「それを望むなら、私は世界中の誰からも、どんな出来事からも、貴女を守る…」
「ぁ……」
真摯な眼差しで自身を見つめるフェイトの姿に、プレシアは目を奪われ呆然とする。
「私が、貴女の娘だからじゃない…貴女が、私の母さんだから…!」
そう言いながらフェイトはプレシアに向け右手を差し出した。
「フッ…」
プレシアはその動作に表情を崩し、フェイトに向け一笑し──
「くだらないわ」
「っ!?」
たった一言でフェイトの決意を切り捨てた。
母を見るフェイトの瞳が、その拒絶の言葉に激しく揺れる。
プレシアが手にした魔杖の石突で床を叩くと、十一個のジュエルシードが激しい光を放ち、時の庭園の揺れが一層激しいものとなる。
『艦長! 駄目です、庭園が崩れます! クロノ君たちも脱出して! 崩壊まで時間がないよ!』
天蓋部分までもが崩れ出し、人の大きさを越える瓦礫が次々と落下してくる。
「了解した! フェイト・テスタロッサ!」
エイミィからの通信を耳にして、クロノは即時脱出の意思を固めると、母を見つめたままのフェイトへ声をかける。
しかし、彼女は母からの拒絶に我を失ったのか、その呼びかけに反応を示さなかった。
「フェイトッ!!」
怒鳴るように、クロノが再度フェイトへ怒鳴る中、プレシアは覚束ない足取りでアリシアの眠るシリンダーへと歩み寄って行く。
「う、ああ…私は行くわ…アリシアと一緒に…」
「母さん…」
取り残される幼子の泣きそうな表情で自分を見るフェイトへ、プレシアが視線を向ける。
しかしそこには、アースラのモニターで見たような狂気はなく、ただ憐憫を誘う哀しげな色があるだけだった。
「…言ったでしょう? 私は貴女が、大嫌いだって…」
フェイトがその言葉を耳にした直後、プレシアとアリシアの足元が崩れ、二人は足元に広がる漆黒の闇──虚数空間へと落下していく
「母さん! アリシア!!」
フェイトが声を上げ二人を救出しようと駆け寄るが、その前に崩れた柱の塊が落ち、その行く手を阻まれた。
フェイトは巻き起こる粉塵の隙間より、落ちて行く二人の姿を眺める事しか出来なかった。
「アリシア…」
虚数空間へと落ち行くプレシアは、シリンダーで眠り続ける我が子を見ながら、在りし日の記憶へ思いを馳せる。
「アリシア、お誕生日のプレゼント、何か欲しいものある?」
「う~んとねぇ…あっ! 私、妹が欲しい!」
「ぅあっ!? ええ!?」
「だって妹が居たら、お留守番も寂しくないし、ママのお手伝いもいーっぱい出来るよ!」
「そ、それはそうなんだけど…」
「妹がいい! ママ、約束!」
「フ、フフッ…」
「──いつもそう…」
花畑の真ん中で、アリシアと約束をした思い出を噛み締め、プレシアはゆっくりと呟きを洩らした
「いつも私は…気付くのが、遅過ぎる…」
《──いや。そう思えたんなら、まだ遅くはねえさ》
「──え?」
誰に言った訳でもないプレシアの呟きを、何者かの念話が否定した。
フェイトが断崖へ駆け寄り虚数空間へ飲み込まれて行く二人に向かって手を伸ばす。
「ッ…!アリシア、母さんっ…!」
「フェイトっ…!」
身を乗り出そうとするフェイトをアルフが抱き締め、止める。
「…っ!」
届かなかった手。
耐え続けていた想い。
万感の思いがフェイトの胸に去来し、両の目から零れ落ちた。
その脇を──
「YA--------HA--------!!」
「っ!?」
「ヘルズエンジェル!?」
エグゾーストの猛りとともに、鉄の魔獣を駆る魔人が虚数空間へと飛び込んだ。
驚くフェイトとアルフを尻目に、ヘルズエンジェルは天蓋から落ち行く瓦礫を足場にして次々と飛び移り、プレシアの元へと向かって行く。
その姿は、まるで暴れ馬を巧みに操るカウボーイ。
「貴方──正気?」
自ら虚数空間に飛び込み、己へと近付いて来た魔人の狂気の沙汰にプレシアは大きく目を剥き、驚きの表情を作った。
「アンタに言われたくねえ、よっ!!」
答えながら、ヘルズエンジェルはプレシアを猫のように掴んで自分の膝元へ乱暴に乗せると、今度はアリシアのシリンダーを掴んで力いっぱ
い上方へと放り投げた。
「受け取れ!」
ヘルズエンジェルが誰もいない天井部分へそう叫んだ刹那──
幾つもの銀線が走って天井部分が斬り裂かれ、人が通れる程の風穴が生まれる。
「了解した。──ユーノ!!」
「うん! チェーンバインド!」
直後、その通り道より、斬り裂き落ちた瓦礫に混じってマタドールがその姿を現し、彼に背負われたユーノが幾条もの緑色の魔力鎖を、眼下
より迫り来るシリンダーと、ヘルズエンジェルの乗る瓦礫に向け空を切って走らせる。
「Beautiful catch! よくやっってくれたユーノ! 恩にきるぜ」
魔力鎖がシリンダーを掴み、足元の瓦礫にチェーンバインドが絡まるのを見て、ヘルズエンジェルはユーノのアシストに絶賛を送った。
「みんな、大丈夫!?」
ユーノとマタドールに続き、彼らの通った穴からなのはも飛び出して来た。
三人は駆動炉からの道を、壁を抜いて最短距離でここまでやって来たのだ。
四体の魔人は思考を共有している。故に、マタドールたちの接近を感知していたヘルズエンジェルは、瞬時に互いの間でプレシア、アリシア
救出の手筈を整え、即実行したのである。…それでも、結構──いや、かなり危険な賭けではあったのだが。
(とは言え、「あんな事」を知ったからには、是が非でも生きて聞いてもらわねーとな…)
自分の膝の上に乗せたプレシアを見下ろしながら、ヘルズエンジェルは心中で呟いた。
「ヘルズエンジェル! 早く上がって! 下に落ち過ぎるとバインドの魔力も無効化されるよ!」
「──OK、んじゃさっさと逃げんぞ!」
ユーノ警告に我に返り、彼が繋いでくれている瓦礫に絡みついたチェーンバインドの橋へと機首を向けて、迷う事無く一気に駆け上がる。
「待ちなさい! 私は──」
「後にしな! 今は脱出が先だ!」
膝の上で暴れるプレシアを一喝し、彼女に構わずバイクを走らせる。
「ああ……アルハザードが…」
遠ざかる虚数空間を見つめながら、プレシアが呆然とした表情で呟きを洩らす。
「…さっきも言っただろう。気付けたのならまだ遅くはねえってな」
「っ! 貴方は何を──」
知っているの? と、そう尋ねようとしたのだろう。
しかしプレシアのその声は、更に大きくなった震動によって阻まれた。
「チッ!? なんだコリャ!?」
「ヘルズエンジェルさん!?」
「母さん!!」
地の底から鳴動しているかの如き激しい縦揺れに、ハンドル操作を誤りそうになりながらも、力技で機体を制御して声を上げるヘルズエンジェル。
二人の窮地に、なのはとフェイトが断崖より下を見ながら悲鳴を上げる。
「クッ! なんかマズイよ、急いで!」
「わかった! 一気に行くぜ!」
床に膝をつき、バインドと姿勢を維持しながら警戒の声を上げたユーノに同意し、ヘルズエンジェルはグリップを握り込み、タコメーターが
振り切れんばかりにエンジンの回転数を急激に上昇させ、瞬間加速させた機体を一気に時の庭園へと押し戻した。
仲間たちの元へと戻ったところで、震動は小康状態となり、小さなものへと変じていた。
「お待ちどうだクロノBoy。ほらよ」
仲間たちの前でヘルズエンジェルは機体を急停止。膝の上に乗ったままのプレシアを降ろして、クロノへと引き渡した。
「黙っていたって連れて行くんだろ?」
「当然だ。どんな事情があろうとも彼女は犯罪者だからね。プレシア・テスタロッサ、貴方を逮捕します」
クロノが硬い声でそう答えながら、プレシアにバインドをかけた。
精も根も尽き果てていたのか、プレシアは既に気を失っていた。
「母さん…」
「フェイトちゃん」
「フェイト…」
助かったものの、虜囚の身となった母親を見て、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。フェイトは複雑な表情を浮かべ、なのはとアルフもま
た、そんな彼女を心配そうに見つめていた。
《みんな! 大変だよ! 脱出急いで!》
その時、全員にエイミィからの悲鳴寸前の大声での警告が届いた。
「わかっているよエイミィ。震動が緩やかになったとはいえ、ここは危険だ。全員でこれからすぐにアースラに戻る!」
《そうだけど! そうじゃないの!!》
「? 何を言っているんだエイミィ? もっと簡潔に喋ってくれ」
普段は年上の姉貴分を気取る同僚の慌てっぷりに、クロノは訝しみの表情を浮かべる。
《十一個のジュエルシードが、相互干渉によって想定以上の魔力暴走を引き起こし始めているの! さっきの大きな震動はその前兆! 今の小
康状態はエネルギーを溜め込んで暴発寸前になっているんだよ! このままそこに居たら大規模次元震に飲み込まれちゃうよ!》
「何だって!?」
エイミィの言葉に驚きの声を上げ、クロノは空中で回転しながら不気味に鳴動する十一個のジュエルシードへ目をやった。
「待て、それでは我らの世界は──」
《…想定されるこの規模の次元震は、世界そのものを飲み込んでしまいます。だから九七管理外世界は…》
マタドールの上げた声に、苦渋の混じる声色でリンディが答えた。
「つまり、地球は崩壊するという事か…!」
「そんな──」
なのはが血の気の引き、蒼白となった顔で震える呟きを洩らした。
《ジュエルシードの数があと三つ、いえ、二つでも少なければ…》
(最後の最後でこれかよ!『原作』との相違がこんな結果になっちまうなんて…!)
マタドールはエイミィの声を聞きながら内心で頭を掻き毟った。
何もしなければよかったのか。より良い未来を目指したが故にこうなってしまったのか。
足元が崩れ落ちるような絶望感、自身の行動に対する悔恨、運命の理不尽さが相まって、思考がグチャグチャになり考えが纏まらない。
そんな最中──
(落ち着け主、方法はまだある。我らが、我らだけがジュエルシードを止める事が出来る)
救いの一手は、己の胸中からもたらされた。
第十話 絶望への最終楽章か。希望への前奏曲か。了
後書き。
どうも吉野です。更新遅れまくって申し訳ありません…理由を述べれば、水樹奈々全国ツアーとか、夏の祭りの三日目とか色々ありまして…
さて、今回は四体目デイビット登場となりました。技のモデルは『ハーメルンのバイオリン弾き』なのですが、音楽と神魔、魔術の関係は結
構ホントだったり。
後、彼がドイツ語を喋るのは、モデルとなった人物がドイツのヴァイオリニストだったという話を聞き、「ワーグナーの曲弾くし丁度いいや」
ってな軽い感じで決めましたw なお彼を召喚する際唱えていたポール・ヴェルレーヌ氏の詩は、死後五〇年(近年、七〇年制にするかを検討)
以上経過しているので版権フリーとして使用しています。(日本語訳をした上田 敏氏の同様)
しかし、今回は疲れた…前回のなのはVSフェイトが自分の中で最高に盛り上がったので 傀儡兵が相手ではどうも物足りない感じがして。
あ、でも巨大傀儡兵登場のシーンは好きなんですけどね。劇場版の弾幕回避シーンもいいけど、デザイン的にはTVのガンキャノン(笑)の
方が好きだったのでこちらを採用。
後は魔人無双オンリーにならないようにと、ユーノやクロノにも出番が欲しいと思って色々書いていたら、こんなに時間がかかってしまいま
した…あ、これも更新遅延の原因ですね。とは言え、それでも魔人がかなり前面に出てしまいましたが。
さて、今回デイビットの出番が少ないと思われた事でしょうが、彼は次回に見せ場があるのでそれまでお預けという事で。
次回、いよいよ無印ラストとなります。前回、今回と張られた伏線の回収、エピローグ…一体この先どうなるのか?
「第十一話 Voyage」にご期待下さい。
では次回更新にお会いしましょう。