(一体何が起きているんだ!?)
黒髪の少年──次元管理局執務官、クロノ・ハラオウンは、今己が目の当たりにしている光景に驚きを禁じ得なかった。
その視線の先──正面の大型モニターには、彼が今搭乗し所属する白い双胴型次元航行戦艦、アースラが向かう先である第九十七管理外世界
──現地呼称地球の映像が映し出されている。
──そもそもの発端は、次元世界の長期巡回警邏中であったアースラのセンサーが、大きな魔力反応をキャッチした事だった。
その波形を調べてみれば、管理局の登録データに無いものであり、十中八九ロストロギアから発せられたものであるという報告が上って来たのだ。
おまけに、その魔力源を巡って二組の魔力保持者──探索者たちが争っている様子まで窺えたのである。
膨大な魔力を持つロストロギアに、管理外世界で違法に魔法を使用してるであろう探索者たちの存在。
更には小規模ながら、次元震の発生まで確認される始末。
そして、ようやくサーチャーを現地へ転移させ現地映像の送受信可能範囲まで来たところで、モニターに映し出されたものに、アースラのク
ルー達は度肝を抜かれたのである。
白と黒のバリアジャケットを纏った少女たち──
これはいい。おそらくはロストロギアを巡って争っていた二組の探索者であろう。
少女たちの傍に居るフェレットと巨大な狼──
フェレットの方は魔力反応からして変身魔法で姿を変えた人間なのだろう。狼の方は真性の魔法生物──使い魔のようだ。
これもいい、先に挙げた二人の魔導師のサポートメンバーだと推測できる。
問題なのはもう一つ、ロストロギアと現地生物と融合した存在──暴走体だ。
だが、クロノたちが見ているのは少女らが取り囲んでいる、樹木と融合した暴走体ではない。
白い少女と行動を共にしている、法衣を纏った木乃伊の如き存在。それが、クロノを含めたアースラの全ブリッジクルーの注目を集めていた。
「暴走体α、同βの魔力数値のおよそ三倍!」
「α、β、二体の魔力波長、完全に一致。最低でもβと同系のロストロギアを三つ取り込んでいる模様」
「αがβに対して放った攻撃ですが、ただの魔力放出ではありません。該当データが無い為断言はできませんが、計測の結果から生物の固有の
能力と言うよりは、我々の使う魔法に近いものだと思われます」
「これはまた…何とも判断に困る相手ね」
ブリッジの最上段の席、腰まで届くつややかな緑色の髪をポニーテイルにした、妙齢の女性が正面のモニターを睨みながら、形良く整った細
い眉を寄せ、呟きを漏らした。
──リンディ・ハラオウン艦長、アースラの最高責任者である。
「状況から判断するに、暴走体αあの白いバリアジャケットの娘に協力をしているようね。となると、彼──って言っていいのかわからないけ
ど──には最低限、意思疎通が可能なコミュニケーション能力があるという事になるわね」
「…彼、もしくは彼女のどちらかが、何らかの方法で相手を操っているというのは考えられませんか?」
「そうね。それも考えうる可能性の一つではあるわ。……どっちにしろ、あの娘たちと接触して事情聴取を行わないと何とも言えないわね」
クロノの意見にリンディはうなずきつつも先入観での判断はせず、落ち着いた眼差しでモニターの戦闘を眺める。
画面の中では、奇しくも競争者同士が手を組んだ共同戦線が張られた事により、戦闘は収束に向かいつつあった。
「ならば結論は一つですね。艦長、出撃許可をお願いします!」
「行ってくれる? クロノ・ハラオウン執務官」
チラリと、リンディは待機状態であった己がデバイスを起動させながら、意見具申をしたクロノを見やる。
「はい。この映像を見ると、先頃感知した小規模次元震も、彼女たちのぶつかり合いで発生したものと考えられます」
あの樹木の暴走体が倒れれば、今度はその核であったロストロギアを巡って二人の魔導師の戦いが始まるであろう。
だが、次元震を起こす程の魔力を秘めた物質の、すぐ傍でそんな事をするなど正気の沙汰ではない。
地球の感覚で言えば、火薬庫の中で火遊びをする位の危険行為である。
即時戦闘停止と、武装解除を行う必要があるとクロノは考え、訴え出たのだ。
「わかったわ、出撃を許可します。彼女たちの戦闘停止とアースラへの同行、よろしく頼むわね」
「はい!」
クロノは己のストレージデバイス──S2Uを起動して転移魔法を展開。
円の中に二重の四角形を形成するミッド式魔法陣がクロノの足元に浮かび、発光しながら術式を組み上げていく。
と、その時──
「気をつけてねー」
「は、はぁ…」
転移が始まる瞬間、ハンカチを振りながら自分を見送るリンディを目にしたクロノは、調子の外れた返事とともに光の粒子と化し、アースラ
のブリッジから跳躍した。
第七話 それぞれの思惑 後編
──アースラでのやり取りから、少々時間を遡る。
(令示視点)
「締めよ締めよ金剛童子、搦めよ童子、不動明王正末の御本誓以ってし、この悪霊を搦めとれとの大誓願也。搦めとり玉わずんば不動明王の御
不覚、これに過ぎず。タラタカンマンビシビシバクソワカ──!」
俺の呪に応じ、樹人の周囲の虚空より十数条の索縄が飛び、その身を縛り上げる。
「ヴォォォォォッ!?」
樹人が苦しげに体を揺らし、術より逃れようともがくが無駄な抵抗だ。
そもそも地力が違うのだ。適正が高い為にたった一つのジュエルシードでも、樹人はバリアが張れたり出来たのであろうが、対する俺はほぼ
完全な適正因子を保有する上、この身に三つものジュエルシードを取り込んでいる。
そんな俺がアルフに使った詠唱破棄の術とは違う、本気で放った呪縛を解き放てる道理が無い。
「──不動金縛りの術。最早こ奴は、枝葉の一つとて自由にはならぬ」
言葉と同時に俺はなのはとフェイトに向け、念話で「今だ」と、合図を送った。
「お願い、レイジングハート!」
『all right.』
「行くよ、バルディッシュ!」
『yes, sir.』
それに応じ、二人は樹人へ向け術式を起動。
高速演算によって構築された魔法が、デバイスの先端に互いの魔力光で魔法陣を描き、準備の完了を告げる。
「撃ち抜いて! ディバイン──」
『Buster!』
「貫け轟雷!」
『Thunder smasher!』
トリガーワードの承認を受け、轟音とともに放出される砲撃魔法。
天より撃ち落とされる桃色の閃光が──
地を這う金色の雷槍が──
縛り付けられたままの樹人へと襲いかかる!
「ヴォォォォォォッ!」
着弾の寸前、樹人はまたもバリアを展開し、直撃を回避する。
しかし、天才魔導師二人の十字砲火を、防ぎ続ける事など出来る筈もなく、僅か数秒で防壁を撃ち破られると、身動きが取れない樹人は、体
を捻って躱す事も、根っこを壁にして直撃を防ぐ事も叶わず、二条の光をその身に受け──
「ヴォオオオオオオオオッ!?」
断末魔の絶叫とともに光に包まれ、その巨体は粒子と化して消滅した。
そしてその後から、水色の菱形──ジュエルシードが顕現し、静かに中空へと浮かび上がる。
「ジュエルシード、シリアルⅦ!」
「封印!」
なのはとフェイトの声に応じるかのように、ジュエルシードは最後に大きく閃光を放った後、淡い光輝かせる小康状態に落ち着いた。
「ふっ!」
フェイトがバルデッシュを大きく振り、ジュエルシードを追って静かに空へと浮かび上がった。
それに対するなのはも、彼女を迎え撃つかのように無言でレイジングハートを構える。
(ふむ…)
俺は今のうちにこの後の展開──不測の事態が発生した場合に備え、一つの備えを行っておく。
その間にも空中で二人の高さが並び、ジュエルシードを脇に、互いの視線が正面からぶつかり合う。
「ジュエルシードには、衝撃を与えたらいけないみたいだ…」
「うん…昨夜みたいな事になったら、私のレイジングハートもフェイトちゃんのバルディッシュも、可哀想だもんね…」
「だけど、譲れないから…」
『Device form.』
改めて意を決するかのように、フェイトはまなじりを鋭く吊り上げ、戦斧の形状へと移行させた己が魔杖を構え直す。
「私は、フェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど…」
『Device mode.』
憂いを帯びた表情のまま、なのはもレイジングハートの形状を変え、迎撃の準備を整える。
「私が勝ったら…ただの甘ったれた子じゃないって証明して見せたら、お話…聞いてくれる?」
真剣な顔のなのはを、フェイトはしばし無言でみつめた後に、無言で頷き了承の意を返した。
二人の間に流れる刹那の静の時間。そして──
「テェェェッイ!」
「ハァァァッ!」
弾かれたように互いが宙を滑り、デバイスを振り上げた。
水平線の彼方へと沈んでいく夕陽の光を浴びながら、袈裟懸けに振り下ろされる二つの魔杖が、噛み合い衝撃を打ち響かせる──
「ストップだ!」
「「っ!?」」
そう思われた瞬間、二人の間に青い魔力光の魔法陣が生じ、そこから現れた金属板で補強された詰襟のコートを身に纏った青みがかった髪の
少年が、互いのデバイスを受け止めた。
「ここでの戦闘行動は危険過ぎる。時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ! 詳しい事情を聴かせてもらおうか」
驚き目を見開くなのはとフェイトの前で、彼──クロノは高らかに名乗りを上げる。
「まずは二人とも武器を引くんだ。このまま戦闘行為を続けるのなら──っ!?」
クロノは二人に停戦を呼びかけながら、地面へと降り立ったその時、上空より数発のオレンジ色の光弾が、クロノへと殺到した!
「ふっ!」
が、クロノ慌てる事も無く瞬時にプロテクションを展開。彼の正面に発生した青い魔法陣が、迫り来る魔弾を弾き飛ばして身を守る。
魔弾の発生源──上空を見やれば、飛行魔法を発動させたアルフが更なる射撃魔法を生み出しながら、クロノを睨みつけていた。
「フェイトッ、撤退するよ! 離れて!」
アルフも執務官相手に、この程度の攻撃が通じるとは思っていなかったのであろう、クロノが魔法を使ったその隙をつき、己が主に離脱を促す。
一方のフェイトはこの怒涛の展開に戸惑ったのか、僅かに逡巡するような表情を作り、俺の方へと視線を向けると──
「アルフッ!」
意を決したかのように眦を吊り上げ、己が使い魔に声を送って自身は空へと舞い上がり、一路ジュエルシードの下へと飛翔。
それに合わせるように、アルフはクロノの足元へ射撃魔法を叩きつけ、爆炎と粉塵を巻き上げて視界を塞いだ。
同時に空中の橙狼は鼻先を俺の方へと向けると、更に数発の魔弾を生み出し、唐突にこちらへと向けて射出してきた!
「む──」
俺は迫り来る魔弾を防ごうと、術式を構成しようとしたが──
弾群はこの身へと向かう軌道を突然変化させ、俺の足元へと着弾。クロノへの次手と同じように爆風を巻き上げ、視界を遮る。
「目くらましか!?」
「もらったよ!」
ようやくアルフの狙いに気が付いた直後、粉塵の壁を突き破り人型へと戻った彼女が、俺へと向かって飛びかかって来た!
突き出されたその右掌中には、魔法陣──封印魔法が構築されている。
意表を突く攻勢に俺は対処が出来ず、アルフの掌がそのまま体に触れ──
俺の体は、痕跡も残さずかき消えた。
「えっ!?」
その結果に、驚きの声を上げるアルフ。
無理もない。普通、封印処理を行った場合は暴走体の核となった存在と、ジュエルシード。もしくはジュエルシードのみが残る。
だというのに、今彼女の目の前には何一つ残っていないのだから、戸惑うのは当然だろう。
まあ、種を明かせば大した事ではないのだ。だって、アルフが封印魔法をぶつけたのは──
「惜しかったのう。それは拙僧の幻影よ」
アルフの数メートル程離れた後方へ姿を現しながら、俺は呵呵と笑いを上げる。
「なっ!? いつの間に!?」
こちらを振り返りながら目を見開くアルフ。
──魔利支天、眩陽の術。
陽炎が神格化した存在で、護身と蓄財の功徳で知られ、戦国期に武士たちの信仰を集めた仏尊、魔利支天の隠行術の応用技だ。
戦闘開始当初、フェイトたちの俺に対する態度がおかしかったので、先程のなのはとの対峙の最中に、念の為この術を仕掛けていたのである。
驚くアルフの後方──ジュエルシードへと手を伸ばそうとするフェイトの姿を視認しながら、俺は更に印を結び、術を放つ体勢に入る。
「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バヤベイ・ソワカ──風天よ来たれ!」
真言とともに放たれた蒼い魔風が、アルフの体を宙へと吹き飛ばした!
「わあぁぁぁっ!?」
「えっ!? アル──」
己の使い魔の悲鳴に気付き、そちらへと目をやったフェイトは、きりもみ状態でになって飛んでくるアルフを見て、驚きの声を上げ──
「きゃあっ!?」
次の瞬間には自身もまた風に巻き込まれ、ジュエルシードまでもう少しというところで、その距離を大きく開いた。
「…くっ!」
身を捻って体勢を維持し、どうにか風から抜け出したフェイトは、ジュエルシードを見つめながら、悔しそうに表情を歪めたその直後──
眼下の公園より、土煙を切り裂いて飛来する数発の青い魔弾が、つい今しがたまでフェイトが浮かんでいた空間──ジュエルシードの手前を
通過して上空へと消えて行った。
「えっ──」
フェイトは驚き、目を見開く。
射出位置へと目を向ければ、デバイスを構えたクロノが、上空のフェイトを睨みつけている。
驚くのも無理は無い。もし俺の放った風天の真言魔術に巻き込まれていなかったら、今のクロノが放った魔法に撃墜されていた可能性もあったのだから。
《早くここから去れ。あの執務官とやらは甘い相手ではないぞ》
《っ!? 貴方、やっぱり…!》
呆けたままのフェイトへ念話で逃げるように促すと、彼女は俺が自分を助ける為に魔法を放ったのだと確証を得たのであろう、こちらを見な
がら念話を投げかけてきた。
《早くせよ。愚図愚図しておれば捕えられるぞ!》
「逃げるよフェイト! しっかり掴まって!」
クロノの次手が来る前に早く逃げろと、焦りの混じった俺の言葉に応じるかの如く、狼形態へと変じたアルフがフェイトの下へと空を切って近寄る。
「…………」
フェイトは数瞬俺を見つめていたが、状況の不利を理解したのか、口惜しそうな表情を浮かべてアルフの背に乗ると脱兎の如く戦線を離脱。
あっという間にその姿が小さくなっていく。
そこへクロノが土煙から抜け出し、フェイトたちへ向けS2Uを構える。
その先端に収束していく、青白い魔力光──用いるは、間違いなく長距離射撃魔法。
しかし──
「ダメーッ!!」
「っ!?」
突如、S2Uの射線を遮るように、なのはが立ち塞がる。
クロノが慌てて魔法をキャンセルした為、その一撃が放たれる事は無かったが……
(全く、肝が冷える…)
(主、もう不動金縛りの術を、解除しても問題無かろう)
内心で安堵の溜息をついたところへ、ナインスターから俺にクロノ対策用に展開し続けていた、魔術のキャンセルを促す。
(そうするか)
俺はその言葉に頷き、樹人の居た周囲の中空に顕現したままの、索縄への魔力供与をカットして消去した。
万が一、クロノの魔法が放たれて、フェイトやなのはに命中しそうになっても、当人たちを引き寄せるなり、魔弾を拘束するなりして命中を
防ごうと考えていたのだが、どうやら杞憂であったらしい。
「君たち…何故あの娘たちを逃がしたんだ…?」
「──む?」
張っていた気を緩め、視線を足元へ下ろした俺へ横合いから声がかかる。
顔を上げてそちらへ目をやれば、クロノがなのはを連れゆっくりとこちらへ歩いて来るところであった。
「さっき君が放った風…あれで目前の使い魔を吹き飛ばして、延長線上に居たその主を巻き込み、あのロストロギアから距離をとらせたな?
僕の魔法の直撃を防ぐ為に」
俺まであと4、5メートル程の所で足を止めたクロノは、油断無く掌中のS2Uの先端をこちらへと向けながらそう詰問してきた。
(やれやれ、気付いてたか…まあ、偶然で片付けるにゃ少し都合が良過ぎるし、仕方が無いか…)
俺は心中で嘆息しながら、しかし表にそれを出す事なく、のんびりと顎を撫でる。
「あの者は、先日の戦闘の際に大きく負傷してのう。その治療を拙僧が行ったのじゃ。それが三日と経たぬ内にまた怪我を負うのは少々気が引けてのう…」
「…? 君たちはあの娘たちと、このロストロギアを巡って争っていたんじゃないのか?」
俺の返答に対して、クロノはわずかに眉を動かして訝しむような表情を作り、更に疑問を投げかけてきた。
「それだけではないぞ? 少々話が込み入っている故、一言では語れぬがな」
「ふむ…わかった、とりあえずその話は後にしよう。こちらも上官への報告がある」
俺の回答に、顎に手を当て思案するクロノだったが、とりあえずこちらの事情は後に回し、アースラに連絡を行う事にしたらしい。
彼がデバイスを振るうと、すぐ傍にあった海への転落防止用の柵の上に、小さな魔法陣が生まれモニターとなる。
「クロノ、お疲れ様」
その中心に、薄緑色の髪をポニーテールにした妙齢の女性が現れ、柔和な笑顔を浮かべながらクロノへ労いの言葉をかけた。…リンディ・ハ
ラオウン。ついにアースラの責任者が顔を出した。
「すみません、片方を逃がしてしまいました…」
「ん~ん。まっ、大丈夫よ。──でね、ちょっとお話を聞きたいから、そっちの子たちをアースラに案内してくれるかしら?」
リンディさんはクロノの謝罪を軽く受け流すと、俺たちへと目を向けてそう言った。…しっかし、彼女に限った事じゃないけど、とても一児
の母親には見ない若々しさだな。
「それは、彼もよろしいのでしょうか?」
クロノは俺へと視線をやりながら、自らの母親へ確認をとる。…まあ、確かに普通に考えればロストロギアの暴走体と、逃げ場のない密室で
同席したいとは思わんだろうなあ。ダイナマイト片手にたばこ吸っている奴の隣に座るようなもんだし。
「ええ。アースラの計器で調べても、彼の魔力をはじめとする各種数値は非常に高いけど、完全に安定しているのを確認したし、先程の戦闘か
ら今現在までの会話までの言動を鑑みても、人柄──って、言っていいのかわからないけど──に問題は無いでしょう」
…既にチェック済みって事か。ま、そうでなきゃ第一級の危険物な俺を、自分の膝下へ招いたりする筈が無いわな。
「了解です。今から彼らを連れて帰還します」
「お願いね、クロノ」
リンディさんの微笑みとともにモニターが消滅すると、クロノはこちらへ振り返り、俺たち三人へと目を向ける。
「今回の一連の騒動について、君たちから事情を聞きたい。ついては管理局の次元航行船、アースラまで同行を願おう」
真剣な表情のクロノの言葉に対する俺たちの反応は、三者三様であった。
なのはは「次元航行船? アースラ?」と困惑気味な顔で首を傾げ、ユーノはそんな彼女に「大丈夫、安全なところだから」と、フォローを
入れつつ、クロノへ頷きを返して同行する意思を見せ、残る俺は──
(任意同行ならお断りだ! 連れて行きたきゃ令状を持って来な! って、言ってみてえなぁ…言える筈もないけど)
などと下らない事を考えていた。
と、んなアホな考えはさておき、いくらリンディさんの言葉とはいえ、反対の一つくらいあると思ったんだけどなぁ。俺に関して聞いたのは、
あくまで確認だったって事か? クロノは何を思って俺をアースラに連れて行っても大丈夫だと考えたのだろうか。…ひとつ、尋ねてみるか。
「──しかし、いかに上官が問題無しと判断したとはいえ、よく現世の理より逸脱した拙僧を拠点に連れて行く気になったものじゃのう?」
「聞いていたとは思うが、ここでの戦闘は一部始終見させてもらっていた。こうして言葉を交わせていた事も確認済みだったし、何よりこうし
て接触して、君が確固たる自我を持って、極めて理知的、理性的に物事を判断できる存在であると確信が持てた。だからアースラに連れて行っ
ても問題は無いと判断した」
もっとも、と言葉を続けながらクロノは己のデバイスを掲げ、俺を正面から見つめる。
「もしこの態度が擬態で、君がアースラの中で何か良からぬ事をしようとするならば、僕の全力持って止める。それだけだ」
「ふむ。なるほど」
ニコリともしない鉄面皮の少年が、理路整然とそう述べるのを聞きながら、俺は表面上は平然と相槌を打ちながらも、内心では眼前の魔導師
の論理的な思考に舌を巻いていた。
(ふーむ、やはり俺の前に居るクロノは、二次創作で見るような肩書きだけの、頭でっかちなエリートじゃないな)
眼前の執政官殿は冷静な情報分析能力と的確な判断能力を持つ、本物のエリートのようだ。
しかしそれも当然か。そもそも管理局の『海』は、百以上存在するという次元世界へ派遣され、活動を行う部門だ。
その中には当然、この世界で言うインドのヒンドゥー教や、中東のイスラム教のような、一種独特な文化風習をもつ場所だって存在する筈。
『海』に所属する執務官ともなれば、対外的には管理局の顔ととられることだろう。
そんな執務官様が派遣先でバカやって、うっかりタブーにでも触れようもんなら国際問題にも発展しかねない。
管理局の上層部や三脳がいくら傲慢な考えを持っていたとしても、自分たちに対して友好的な勢力まで、無闇やたらに敵に回すような行動を
取りかねないバカを優遇する筈ないし、こっちで言うところの司法試験並に狭き門である執務官試験(確か実技と筆記有りで、合格率は十五%
だったっけか?)の合格者が、自らトラブルの火種になるような阿呆では、次元世界はとっくの昔に崩壊している事だろう。
(これだけ冷静なら、クロノもリンディさんも管理局至上主義って線はまずないだろうな…)
二次創作的なせっていだろうから、その可能性は薄いとは思っていたのだが。これならば、闇雲に俺を捕まえようとする事は無いだろうし、
ここはクロノに従っておくべきか。
「であれば、反対する理由もない。拙僧は構わぬが…なのは、ユーノ。汝らは如何する?」
俺はクロノの要請を了承しながら、なのはたちへ問う。
「大僧正さんが行くなら、私も!」
「僕も行くよ。管理局が来たのだったら事情をちゃんと話さないとならないだろうし」
二人は迷うことなく同行する旨を口にした。
それを聞いたクロノは頷きながら転移魔法を発動させる。
《なのは、ユーノ。少し頼みがあるのだが、よいか?》
《どうしたの? 大僧正さん》
自分の足元へ広がって来たクロノン魔法陣を見ながら、俺は念話で二人に話しかけた。
《管理局の船とやらでの拙僧の言動に疑問を覚えたり、拙僧の事を聞かれても何も答えず何も言わず、回答は全てこちらに任せてもらえぬか?》
《? どうして?》
《少し、思うところがあってな…まあ、事情聴取の際に拙僧がその件も含めて話す故、そこでわかるじゃろう》
首を傾げて尋ねるユーノに、俺は言葉を濁しながら答える。
《私は別にかまわないよ》
《うん…まあ、僕もいいよ?》
なのははどうということない、という表情で。ユーノはやや疑問に思うという態度ではあるものの、俺の提案に了承してくれた。
《感謝する》
二人から言質をとり、それに対する感謝を述べたその時、転移魔法が完成して俺たちは足元の魔法陣から生じた光に飲み込まれた。
(さて、俺の説明に納得してもらえるかねぇ…)
ホワイトアウトしていく視界の中、俺はこれから行うハラオウン親子との会談を想像し、心中にて不安混じりの呟きを漏らした。
眼前の光が消えると、俺たちは公園から建物の内部──四方を頑強な金属に覆われれ、非常灯のような淡い光に照らされた天井の高い、薄暗
い空間──空母の中のハンガーデッキのような場所に立っていた。…ここが、アースラの内部か。
「ほほう、これはなんとも…まるで未来世の宇宙船の如き様相よな」
俺は空中を滑りつつ、周囲を見回して感心しながら感想を漏らした。
SF映画の宇宙船内の通路みたいな揺れも騒音も、全く言っていい程感じられない。やはり管理世界の技術は、地球より二世代、三世代は先
を行っているんだろうな。
《ねえユーノ君、ここって…》
《さっき、彼が言っていたけど、時空管理局の…次元航行船の中だね。えっと、簡単に言うといくつもある次元世界を自由に航行する船》
《あんま簡単じゃないかも…》
その後で、不安げにキョロキョロと周囲を見回しながら歩くなのはと、彼女に次元航行船について説明をするユーノが続く。
《えっとね、なのはが暮らしている世界の他にも、いくつもの世界があって、僕たちの世界もその一つで、その狭間を行き来するのがこの船で、
それぞれの世界に干渉し合うような事を管理しているのが、彼ら時空管理局なの》
《そうなんだ…》
なのははユーノの説明に相槌を打っているが、多分ほとんど理解できていないだろう。ちいとばかり難しいしなぁ。
《簡単に例えるならば、いくつもの次元世界とは地球でいうところの大小の国々、この船は飛行機、そして時空管理局とは各国公認の警察とい
ったところか?》
細かい差異はあるが、大まかにいうならこんなところだろう。
《あ、それならわかるかも…》
《そっか、なのはの世界の事に例えればわかり易かったね》
俺の言葉に二人が納得したその時、通路の突き当たりの自動ドアの前に辿り着いた。、
「こっちだ。付いて来てくれたまえ。…ああそれと、いつまでもその恰好というのも窮屈だろう。バリアジャケットとデバイスは解除して平気だよ」
ドアを開き、ハンガーデッキから通路に出た俺たちの前で、先導していたクロノがなのはの方を振り返りながらそう言った。
「あ、そっか…そうですね。それじゃ──」
なのはは自分の姿を軽く見やってクロノの言葉に同意すると、目を瞑って魔力運用をカット。武装を解除し、聖祥の制服姿へと戻る。
「君も、元の姿に戻ってもいいんじゃないか?」
「ああ、そう言えばそうですね…ずっとこの姿でいたから、忘れてました」
「へ?」
そのやり取りに疑問の表情を浮かべるなのはの前で、ユーノの五体が発光して、その体積を十数倍にも膨張させながら人の形を描き──
「ぅえっ!?」
「ふむ」
「はぁ。大僧正にこの姿を見せるのは初めてだったよね? なのはにも見せるのは、久しぶりになるかな?」
驚愕して目が点になるなのはと、事前情報があったお陰で落ち着いている俺の前で、白を基調とした民族衣装(?)に身を包んだ少年の姿と
化したユーノが、肩まで伸ばした淡い金色の髪を軽く振り、ライトグリーンの双眸をこちらへと向けて柔らかく微笑んだ。
が、なのははユーノを指差しながらプルプルと体を震わせていた。
俺がそれを見て、そっと両手で自分の耳を覆ったその瞬間──
「ふええ~っ!?」
なのはは周囲に響き渡る、驚きの声を上げた。
「? なのは?」
「ユーノ君て、ユーノ君て、あの、その、何っ!? ええっ、だって、嘘! ええっ~!?」
キョトンとするユーノの前で、なのははその予想外であった出来事に、わたわたとパニクる。
そんな二人を見ながら、クロノは困惑の表情を浮かべ、俺に回答を求めるような視線を向けてきた。
「君たちの間で、何か見解の相違でも…?」
「多分なのはは、ユーノがあの小動物そのものだと思っておったのであろう」
俺はユーノの頭頂部を見ながら、「ああ、アホ毛はフェレットと同じなんだなぁ」と、益体も無い事を考えながらその問いにのんびりと答える。
「えっ!? あ、あの、なのは、僕たちが最初に出会った時って、僕はこの姿じゃ──」
「違う違う! 最初っからフェレットだったよー!」
俺の言葉に驚いてなのはに確認をするユーノだったが、当の彼女は激しく首を横に振りながらそれを否定。その激しい動きに合わせて、ツイ
ンテールが大きく揺れる。
「ああ、うん…………」
ユーノは首を捻りながら目を瞑り、暫し熟考した後──
「──ああ~っ!」
ようやく自分の勘違いに気付いたらしく、彼は目を見開いて驚きの声を上げた。
「あ、ああ、そうだそうだ…ごめんごめん、こ、この姿見せてなかった…」
「だよね、そうだよねっ! ビックリしたぁ…」
「…ああ、その、ちょっといいか?」
「「えっ?」」
クロノが慌てる二人に歩み寄り、やや苛立ち混じりの声を上げた。
「君たちの事情はわかったが、艦長を待たせているので、出来れば早めに話を聞きたいのだが?」
「あ、はい…」
「すいません…」
クロノに窘められ、シュンとするなのはとユーノ。
俺はというと、これは二人の認識の齟齬を改める為の出来事だと思っていたので、あえて必要以外の事は何も言わず黙っていた。
「では、こちらへ」
クロノにそう促され、再び歩み出した二人の後について、俺はフワフワと宙を滑って追いかけた。
「艦長、来てもらいました」
案内された通路の先──辿り着いた突き当たりの自動ドアを開いて声を上げたクロノに続いて、俺たち三人も次々に入室し──
「わぁ」
「はぁ」
「ほう」
それぞれが感嘆の呟きを洩らす。
そこは、扉一枚隔てた無骨な通路とは完全に異なり、室内にもかかわらず三ツ星ホテルのエントランスのような、噴水や水路が張り巡らされ
た上に、桜の木がおっ立てられて、鹿威しまで備え付けられていた。
俺も前世知識として知ってはいたが、やはりモニター越しと肉眼では印象が全く違うな、純粋に凄い部屋だ。一体いくら注ぎ込んでいるんだ
? ここだけで…
呆れながら横を見れば、なのはとユーノも室内をキョロキョロと物珍しそうに見回し、溜息を吐いている。
(神田明神の境内みたいに、雅楽でも聞こえてきそうだな…)
などと考えながら前方のクロノについて、部屋の奥へと向かうと、
「お疲れ様。さ、三人ともどうぞどうぞ。楽にして」
満開の桜の木の下に広げられた赤い敷物──毛氈の上で正座をした青い士官用ジャケットと白のパンツを身に付けた先程の通信の女性──リ
ンディさんが柔和な笑顔を浮かべ、俺たちを手招きした。
「ふむ。ではお言葉に甘えさせてもらうとしよう」
呆気にとられる二人の前に出た俺は、リンディさんの真ん前に移動し、毛氈の上にふわりと着地した。
「しかし、室内であるというのに、まるで野点のような気分じゃな。何とも風流な事よ」
「ふふっ、ありがとう」
舞い散る桜を見上げ、立派な枝ぶりを感慨深く思いながら口にした俺の感想に、リンディさんは口元に手をやりながら嬉しそうに微笑んだ。
…肝が据わってるなこの人。俺との間が、2メートル位の距離しかないというのに、アップでこのミイラ面を目にして顔色一つ変えやしない。
「えと、失礼します…」
などと、リンディさんの度胸に感心していると、俺の両サイドになのはとユーノがおずおずと腰を下ろし、クロノもリンディさんの脇に控え
るように座る。
これでようやっと司法組織の責任者と、事件の当事者が顔を合わせる事となった。
「さて、それじゃあ自己紹介から始めましょうか。私は時空管理局所属、次元航行戦艦アースラ艦長リンディ・ハラオウンです。よろしくね」
「あ、た、高町なのはです! よろしくお願いします!」
「ユーノ・スクライアです」
「魔人大僧正。以後、見知り置き願おう」
リンディ艦長の言葉に、反射的に挨拶を返したなのはに、ユーノと俺が続くとクロノは片眉をピクリと動かし、口を開いた。
「スクライア…ということは、この世界で騒ぎを起こしているロストロギアは、君が?」
「はい、僕が発掘したこのロストロギア──ジュエルシードが管理局へ輸送する途中、乗っていた次元航行船に起きたトラブルでこの世界に落
ちてしまった為に、それを回収しようとやって来たんです…」
「そうだったの…立派だわ」
「だけど、同時に無謀でもある!」
クロノの言葉に、ユーノ視線を落として力無くうなだれた。
一見すれば辛辣とも言えるクロノの言葉だが、間違いなく正論である。
現地情報、後方支援、自前の戦力等々…その殆どが乏しい状況で、ユーノの取った行動は悪手と言っても過言ではないだろう。
しかし──
「そう責めるでない執務官殿。確かにユーノの行動は無茶ではあったが、その無茶があればこそ、救えた命もあったであろう」
原作の神社に居た、暴走体に襲われかけた女の人とか、あの次点でもしユーノがいなかったら、最悪の結果になっていた筈だ。彼の行動は結
果オーライだったと言うべきであろう。そう考えていた俺は、クロノをやんわりと窘めた。
「そして、ユーノがそういう男児であればこそ、拙僧もなのはも協力を惜しまず事態の収拾にあたろうと思えたのだ」
そうであろう? と、俺はなのはに同意を求めると、彼女はぶんぶん首を縦に振りながら大きく同意する。
「大僧正さんの言う通りだよ。ユーノ君、必死だったもの。だから私もお手伝いしなきゃって思えたし、今もお手伝いしたいって思っている」
「大僧正、なのは…」
自身の行動を、好意的に受け取られていたのが嬉しかったのだろう。ユーノは俺となのはを見ながら顔を綻ばせた。
「──あ、ところで、あの…ロストロギアって、何なんですか?」
三人で暫し笑い合った後、視線を正面へ戻したなのはは、先程の会話の中で使われた、知らない単語についてリンディさんに尋ねた。
「ああ、遺失世界の遺産って言っても、わからないわね…えっと──」
なのはの疑問に、リンディさんは少し困った表情を浮かべながら、言葉を選んで説明を始めた。
「次元空間の中にはいくつもの世界があるの。それぞれに生まれて、育っていく世界…その中に、ごく稀に進化し過ぎる世界があるの。
技術や科学、進化し過ぎたそれらが、自分たちの世界を滅ぼしてしまって、その後に取り残された、失われた世界の危険な技術の遺産──」
「──それらを総称して、ロストロギアと呼んでいる」
リンディさんの言葉を繋ぎ、クロノが口を開く。
「使用法は不明だが、使いようによっては世界どころか、次元空間さえ滅ぼす力を持つ事もある危険な技術だ」
「然るべき手続きを以って、然るべき場所に保管されていなければいけない代物…貴方達が探しているロストロギア──ジュエルシードは、次
元干渉型のエネルギー結晶体。いくつか集めて特定の方法で起動させれば、空間内に次元震を引き起こし、最悪の場合次元断層すら巻き起こす危険物」
「先日、君たちとあの黒衣の魔導師がぶつかった際に、ジュエルシードが振動と爆発を起こしただろう? あれが次元震だよ」
「あっ──」
クロノの発言に、先日の暴走の一件を思い出したのであろう。なのははその言葉に目を見開き、小さく声を上げた。
「たった一つのジュエルシード、全威力の何万分の一の発動でも、あれだけの影響があるんだ。複数個集まって発動した時の影響は、計り知れない」
鹿威しが石の台座に打ちつけられて、高い音が響く中、クロノは説明を続ける。
「…聞いた事があります。旧暦の四六二年、次元断層が起こった時の事を」
「ああ。あれは酷いものだった…」
「隣接する並行世界がいくつも崩壊した、歴史に残る悲劇…繰り返しちゃいけないわ」
そう言いながら、リンディさんは茶碗の中に砂糖を放り込んで一気にあおり──
「これよりロストロギア──ジュエルシードの回収については、時空管理局が全権を持ちます」
空になった器を床に置くと同時に、そう宣言をした。
「あっ…!」
「えっ…!?」
「君たちは今回の事は忘れて、それぞれの世界に戻って、元通りに暮らすといい」
驚くなのはとユーノに、クロノが更に駄目押しをかける。
「……」
「でも、そんな──」
「次元干渉に関わる事件だ。民間に介入してもらえるレベルの話しじゃない」
うなだれるユーノを見て異議を唱えようとしたなのはだったが、クロノは反論を許さず、ぴしゃりと言い切った。
「でもっ…!」
「まあ、急に言われても気持ちの整理はつかないでしょう。今夜一晩、ゆっくり考えて二人で話し合ってみて、それから改めて話をしましょう」
なおも食いつくなのはをそう諭し、宥めるリンディさん。
「──さて、それじゃ大僧正さん?」
「うむ」
ジュエルシード回収云々の話をとりあえず終えたリンディさんは、次に俺へと目を向け口を開いた。
いよいよ議題が自分の事へとシフトしたのだと確信し、俺は姿勢を正して彼女を見る。
「貴方の事について、色々聞きたいのだけれど──」
「その前に、一つよろしいか?」
リンディさんの前にそっと手をかざし、俺はその言葉を遮った。
「ここでの会話は記録されておるのか?」
「? いいえ、ここは私のプライベートな部屋だから、」
俺の質問の意図が読めず、リンディさんはやや首を傾げながら、不思議そうに答えた。
「確かかな?」
「ええ。間違いなく」
更に念を押した質問に、彼女は怪訝な表情を作る。
「うむ。それならばよいか…」
盗撮盗聴の可能性とかない訳じゃないだろうけど(エイミィとかエイミィとかエイミィとか)、こちらの話す『事情』を知れば迂闊に話そう
とは思うまい。
「ここでの言動が、記録されては不味い理由でもあるのか」
「左様、拙僧としても汝ら管理局としても、争乱と言ってもよい程の面倒事が起こるであろう」
横から口を挟んだクロノに、俺はごくごく平然とそう言い放った。
「争乱、とは…穏やかではないわね。一体どんな話しなのかしら…?」
そう言いながら、リンディさんは眼光鋭く俺をねめつけてくる。
さあ、ここが正念場だ。この二人を上手く説得しなくては…
俺は彼女の視線から逃れる事無く、正面から受け止めながら、意を決して口を開いた。
「まず、拙僧は暴走体ではない。ジュエルシードを取り込み、完全に制御下に置いた存在じゃ」
「「っ!?」」」
俺の言葉に、ハラオウン親子はそろって息を飲み、目を見開いた。
「あの膨大な魔力の塊であるロストロギアを、御していると言うのか!?」
「にわかに信じがたい話ね…」
「そのジュエルシードを取り込んだ存在でありながら、こうして汝らと言葉を交わしておるこそ、何よりの証拠であろう。そもそも、少々変わ
り種の暴走体と言うだけでは、拙僧という現象を説明しきれぬであろう?」
からかうような俺の声にリンディさんは唇に手を当て、思案しながら口を開いた。
「…確かに、先程の樹木の暴走体を鑑みても、貴方の今の状態はそんな言葉だけでは名状し難いわ。
でも、それならば何故完全な制御なんていう事が可能なの? アースラで観測された結果から見ても、ジュエルシードの放出する力は、例え
一流の腕を持つ魔導師でも、御した上に操るなんて真似は不可能な筈よ? 貴方は一体…」
「その原因は、拙僧の本体──元の体にある特性によるものよ」
「特性?」
クロノがオウム返しに問いかける中、俺は眼下のお茶を手に取り、一気に飲み干すと空の茶碗を下ろし、視線を正面へ戻す。
「──ジュエルシード適正因子。それがあったが故に、拙僧は暴走体となる事なく、自我を保つ事が出来たのだ。そして、これこそが汝らの世
界に、争乱を巻き起こすやもしれぬという理由よ」
「ジュエルシード適正因子か…確かに凄い能力──レアスキルだ。何故君がそんな能力を持っているのか疑問ではあるが…しかし、それでも危
険視をされる事はあっても、それだけで争乱が起こるとは言い過ぎじゃないのか?」
「そうねジュエルシードの次元干渉を利用したテロ行為や、犯罪組織に捕われたというのであれば、ゆゆしき事態になるとは思うけど…」
俺の言葉に、ハラオウン親子は納得していない表情でそう言った。
ああ、そうか。ユーノはまだ二人に、ジュエルシードの機能を全て伝えてなかったっけ。
「ジュエルシードは、不完全ながら手にした者の『願いを叶える』という形で発動をするロストロギア。その結果が先の暴走体たちであるが…
そんな不完全で傍迷惑な代物が、その『願いを叶える』という機能を、完全に操る事が出来るとしたら…さて、どうなるかな?」
「「っ!?」」
俺のその言葉に、二人は先程以上の驚きを浮かべ息を飲んだ。
「理解したか? そう、拙僧の力を使えば、爆弾に等しいロストロギアがあらゆる願いを叶える至宝となる。余人がこれを知ればどうなる事か
…容易に想像出来るであろう?」
「そうね、間違いなくその力を巡り、争い──貴方の言う争乱が起こる事でしょう…」
じっと俺を見つめるリンディさんの頬を、一筋の汗が伝う。
「ちょっと待って下さい艦長! まだ彼の言う事が真実だと決まった訳では──」
「拙僧の言葉を疑うであれば、ユーノに問うてみるがいい。最初にジュエルシードを発掘し、その危険性を危惧していたのはこの者なのだからのう」
彼女の発言に異議を唱えたクロノの言葉を遮って、俺がそう提案した。
「君、どうなんだ?」
「ええっ!? いや、その──」
俺とハラオウン親子とのやり取りを黙って眺めていたユーノは、突然クロノから、ほとんど詰問に近い語調で話しかけられて驚いたのか、少
々慌てながら口を開いた。
「えっと、現地生物と融合した暴走体は、さっきの木以外にも何種類か見ましたけど大体が凶暴なもので、その他は無自覚に周囲へ被害を撒き
散らすものでした。融合前と変わらない精神構造だったのは、本能で動く動物──子猫だけでしたし、自我を保った上で、暴走や次元震という
歪んだ形で『願いを叶える』ジュエルシードの力を、ここまで自在に引き出せる以上、大僧正の言う事に間違いはないかと…」
「むう……彼の言う通りであれば、ジュエルシード適正因子は、確かに凄い能力──レアスキルと認めざるを得ません。しかし艦長、それなら
ば尚更我々で彼を保護するべきではないでしょうか? 管理局内でも信頼の出来る人間を集め、その一団で彼に関する情報管理を徹底して行え
ば問題ないのでは?」
専門家の言葉に、反論の材料を失うが、クロノは尚も食いつく。
「正直、僕としては彼ほどの力を、この場に野放しにしておく方が危険だと思います」
「クロノ、それは──」
「六〇年──」
リンディさんがクロノの声に答えるのを遮るように、俺は天井を見上げながらそう呟いた。
「え?」
「何を──」
俺の言葉の意味がわからず、ハラオウン親子は戸惑いを見せる。
「我らが住まう国の政治機構、これが大幅な転換を行ってから今日までおよそ六〇年経っておる。この百年にも満たぬ時の中で、どれ程の公権
力乱用や贈収賄等の汚職が摘発されたと思う? たった一国の、僅かな時の間でさえこの有様なのだ。それが数百の世界を束ねる組織となれば、
一体如何程の闇を、歪みを孕んでいるのか…想像もつかぬな」
「僕たちが、管理局が信用ならないという事か…?」
鋭い視線で、クロノが俺を睨みつけてきた。
「否。汝らを信用せねば、拙僧の身が危うくなるような情報を開示などせぬ」
「? 何を言っているんだ君は?」
「──クロノ」
言動が前後不一致だと思ったのだろう、不可解だと言わんばかりに首を傾げるクロノに、リンディさんが声をかけた。
「彼は、私たちは信用出来ても、管理局は信用出来ない。そう言っているのよ」
そうでしょう? と言いながら俺に視線を向けてくるリンディさん。
「如何にも。拙僧と初見の際にも冷静に立ち会った汝らならば、信用出来ると断じた」
これは俺の本音だ。ここに至るまでの言動や、原作知識を鑑みても彼らは十分信ずるに値する人物だと思う。だが──
「しかし管理局の上層部が拙僧の存在を知り、その情報とこの身を寄越せと命じて場合、汝らはそれに抗する事が出来るのか?」
「それは──」
俺の問いかけに、言葉に詰まるクロノ。
そう、これが組織に属する者の弱点。基本的に上の命令に逆らう事が出来ないのだ。
ましてや管理局は司法や軍事を扱う組織。その命令系統は非常に厳格なものとなる。
「だが、さっき言ったように信頼出来る人間たちで、君の情報を隠して保護すれば…」
「無理よクロノ」
「っ!? かあさ──艦長!」
まさか身内から反対意見が出るとは思わなかったのであろう。クロノは動揺のあまり、一瞬公の部分を忘れそうになっていた。
「…時空管理局が生まれて七〇年余り。急速に巨大化した──いえ、今なお成長し続ける私たちの組織は、正直把握し切れないところが有り過
ぎるわ。局の中での完全な隠蔽なんて不可能よ」
「クッ…!」
言い返す事も出来ないくらいに正論だったらしく、クロノは口惜しそうに俯きながら押し黙った。
確かに、いくら信頼できる人間で周囲を固めたとしても、俺を連れ込んだところを部外者に見せずコソコソと何かしていりゃあ、『ハラオウン
の一派が集まって何かやってる』なんて噂はすぐにたつだろう。
ハラオウン親子は管理局でも飛ぶ鳥を落とす出世頭だ。ギル・グレアム中将とは公私でコネクションを持っているし、リンディさんはエリー
ト組の『海』の艦長様。クロノに至っては弱冠十四歳にして執務官である。最早一つの派閥と言っても差支えない勢力だ。
そんな二人とその関係者には、当然やっかみや嫉妬を抱く連中がごまんといる事だろう。
俺を抱え込んで保護なんて真似をすれば、鼻の利く連中はすぐさま異常に気が付き、クロノたちの身辺を探る筈だ。
ましてや、管理局のトップはあの三脳。本局は連中のお膝元である。壁に耳あり障子に目ありって感じで、どこにあいつらの間諜斥候が居る
かわかりやしないのだ。そんなところに行けば、遅かれ早かれ俺の存在は明るみに出てしまう事だろう。
「それで…貴方は、わたしたちにどうしろと?」
リンディさんがクロノから俺へと目を移し、そう尋ねてくる。
「簡単な事だ。上層部には拙僧を保護、もしくは捕獲しようとしたが失敗したと伝えて欲しい。仮にそちらから第二、第三の追手が来ようとも、
拙僧ならば如何様にも対処のしようがある故」
「…私たちに、貴方という存在を黙認しろと?」
「それが現状とり得る、最上の策であると思うが?」
俺とリンディさんは、無言のまま空中で視線をぶつけ、睨み合う。
「……わかったわ。貴方の言う通りにしましょう」
暫し緊迫した時間が流れた後、リンディさんは深いため息とともにそう答えた。
「っ!? 艦長!?」
「クロノ。貴方の言いたい事もわかるけど、彼を本局に連れて行って発生するリスクは、許容できないものだわ。彼の言ったように、現状の維
持が最良の方法なのでしょうね」
押し黙るクロノを一瞥してリンディさんは「ただ」と、言葉を繋ぐ。
「貴方が私たちの保護下に入る事が危険であるという理由で拒否するのは理解出来たわ。そこは譲歩しましょう。但し、今後不用意なジュエル
シードへの接触は控えてもらいます。ただでさえ、貴方の体には三つものジュエルシードがある。これ以上その数を増やされては、貴方を危険
視する意見も増えるでしょう。そうなれば、私も強硬策に出ようとする上層部を抑える事が出来なくなるわ」
「…今後のジュエルシード探索より降りろと、そう申されるか?」
「ええ。今のままであれば、貴方の先程の提案も実行し易いわ」
「ふむ。まあ致し方あるまい。だが、そなたらがジュエルシード探索中に拙僧のすぐ傍、それも街中などで別のジュエルシードが発動した場合
はどうなのだ? 最低限、街や自分を守る為の自衛権は欲しいのだが?」
「…そういう場合は止むを得ないわ。ジュエルシード沈静化の為に、力を発する事を許可しましょう」
「感謝する」
(はあ、何とか上手い事話を纏めた…)
話し合いをどうにか成功させた俺は、心中で安堵の息を漏らした。
光が消え、俺たちの視界にオレンジに染まった空と、臨海公園の景色が飛び込んで来た。
話し合いを終えた俺たち三人は、クロノの転移魔法によって再びここへと戻ったのだ。
「戻って来たね…」
魔法陣から進み出たなのはが、空を見上げながら、疲れたように呟きを漏らした。
「艦長への回答は君のデバイスを通じて行えるよう、通信データを送っておいた。答えが決まったらデバイスに任せれば、こちらに繋がるよ」
「あ、ありがとう…」
後ろからクロノにそう話しかけられたなのはは、慌てて振り向き礼を述べた。
「…それじゃ、僕はこれで──」
俺の方をチラリと一瞥すると、クロノは言葉少なくそう答え、転移魔法を発動させその姿を消し、去って行った。
「さて、我らも帰るとしよう」
「…そうだね」
「…………」
俺は公園から出ようと二人にそう促したのだが、返事が返って来たのはユーノだけで、なのはは元気なさげな様子で俯いていた。
「? なのは?」
ユーノが心配そうに近寄ると。ポツリと、なのはは言葉を漏らした。
「…また、令示君が大変な目に遭うところだった…」
…どうやら、さっきの俺とリンディさんたちとの会話の事を気にしていたらしい。
俺としては、ジュエルシード捜索に手を貸すと決めた時からほとんど決まりだったイベントだった為、対して気にしていなかったが、そうか、
確かになのはにとっては、俺が別の世界に連れて行かれるところだったとなれば、心中穏やかでいられる筈がないないか…
《…なのはよ。このような事態は汝等に力を貸すと決めた時から予測はしていた。汝が気に病む事ではない》
まだアースラの監視あるかもしれないので、俺は念話に切り替えてなのはにそう伝えた
《でも、もしあのまま保護するって事になっていたら、綾乃さんから、令示君を奪っちゃう事になってた…》
俺の言葉にも首を横に振り、なのははその顔に深い影を落とした。
《なのは…》
かける言葉が見つからず、ユーノはただなのはを見つめる。
先程の会話でなのはが何も言わなかったのも、もしかしたら俺の保護の件でショックを受けていたのかもしれない。
さて、どうしたものか…
《……なのはよ。一期一会という言葉を知っておるか?》
《──えっ?》
俺は頭を捻りながらなのはにそう言うと、彼女はこちらへ目を向けた。
《元々は茶の湯の心得を説いた言葉でな、『今こうして出会った時間は、二度と来ない一度切りのものであるから、大切にせよ』という意味合
いの言葉じゃ》
《出会いは、一度切り…》
ユーノがこちらを見上げながら、俺の言葉を繰り返す。
《ジュエルシードがなくば…あの暴走に巻き込まれなければ…拙僧は汝等にも、アリサにもすずかにも出会う事はなかったであろう》
俺が死にかけた事、悪魔化した事…是非はともかく、この結果がなければ俺たちは知り合う事すらなかった筈だ。
《それは──》
《汝は拙僧と出会わなければよかったと、そう思うか?》
口籠るなのはへ、俺は一気にたたみ掛ける。
《そんな聞き方はずるいよ、大僧正さん…》
上目使いに恨めしそうな視線を送りながら、なのはが不満げな声を漏らした。
《カカカ! 舌で仏弟子に敵う筈が無かろう! 諦めよ、汝の負けじゃ!》
俺はそんな彼女を呵々と笑い飛ばすと、それに釣られて二人も笑いだした。
《あ…でも大僧正は、リンディ艦長から『ジュエルシードに関わるな』って言われたから、もう僕たちと一緒に行動は出来ないか…》
《あ、そっか…でも、仕方がないよね》
一通り笑った後、気が付いたかのように発したユーノの言葉に、なのはは残念なような、俺を危険から遠ざける事が出来てホッとしたような、
複雑な表情を浮かべた。
《ふむ、そうじゃのう…まあ、何とかなるであろう》
俺は顎をさすりながら気の無い返事をする。
《何とかって…》
その言葉に、ユーノが呆れ混じりの呟きを洩らした。
《案ずるでないユーノ、考えはある故、な。さあ、帰るとしようぞ》
《あ、待ってよ大僧正さん!》
《て言うか、そのままの姿で帰るのはマズイよ!?》
フワフワと宙を滑り出した俺を、なのはとユーノが追いかけて来た。
《安心せよ。姿を隠す魔術を使う故、周囲には見えぬ。アースラの者たちに拙僧の原体を見られるのは、まだ遠慮したいのでな》
──とりあえず一つの難局は乗り切った。
(さて、管理局の介入でジュエルシードの捜索も加速して行くだろう。次は…事態が大きく動くな)
しかし俺の思考は、既に次の難局へと向いていた。
第七話 それぞれの思惑 後編 END
後書き
どうも吉野です。二ヶ月もお待たせして、申し訳ありません。
会話交渉シーンって、難しいですよね。頭ひねりながらプロットの段階で何度も書き直しましたが、いざ書き上がったものを見ても、もっと
面白くかけたのでは? と思ってしまいます。
さて、次の更新は年明けになりますね。次回はいよいよ新たな魔人の登場となります。
と、言う訳で次回第八話。『地獄の天使は海を駆る』にご期待下さい。
では、今日はこの辺りで失礼します。それでは皆様、良いお年を!
PS リリカルパーティ―Ⅳ、参加してきました! 水樹奈々さんのエロキャラ扱いとか、浅野真澄さんと水橋かおりさんの占いの結果とか、
凄く楽しかったです!