極彩色が渦巻く高次元空間内。
なのはや令示の世界の技術では、通行どころか観測すら出来ないその異空間に浮かぶ、雷光を纏った岩船の如き巨大建造物──時の庭園。
その艦橋部分のように船体より突き出た巨塔内部の深奥、巨大な扉の内側より風船を割るような破裂音と悲鳴とが、断続的に響き、漏れ出していた。
「たったの五つ…? これは、あまりにも酷いわ…」
広間の奥、椅子に腰かけた黒衣の女は形の良い眉をひそめ、静かに、だが明らかな苛立ちを込めた言葉を口にした。
「はい…ごめんなさい、母さん…」
天井より伸びる縄状のバインドに両手首を拘束され、宙吊りにされた上に、擦り傷と痣だらけの満身創痍となったフェイトは、目を伏せ、正
面の母──プレシア・テスタロッサに弱々しく謝罪の言葉を述べる。
「いい? フェイト」
椅子から立ち上がったはプレシアは、その魔女の如き闇色の衣装とは対照的な、病的に白い肌を照明にさらしながら、フェイトの下へと近付
いていく。
「あなたは私の娘。大魔導師、プレシア・テスタロッサの一人娘」
「あっ…」
喋りながら、プレシアは娘のおとがいに手を当て、自分の方へと視線を向けさせる。
「不可能な事などあっては駄目…」
「どんな事でも──そう、どんな事でも成し遂げなくてはならない」
「はい…」
「こんなに待たせておいて、上がってきた成果がこれだけでは、母さんは笑顔であなたを迎える訳にはいかない…わかるわね? フェイト」
「はい、わかります…」
「だからよ。だから、覚えて欲しいの…もう二度と、母さんを失望させないように…!」
プレシアの目に危険な光が宿り、手にした杖状のデバイスが、鞭へと変化する。
「っ!?」
フェイトの顔が恐怖で歪む。
そしてまた、広間の中に破裂音と絹を裂くような悲鳴がこだました。
「ロストロギアは、母さんの夢を叶えるためにどうしても必要なの…」
「はい、母さん…」
フェイトは輝きの消えた瞳を床に向けたまま、機械的に返答をする。
「特にあれは──ジュエルシードの純度は、他の物より遥かに優れている。貴女は優しい子だから、躊躇ってしまう事もあるかもしれないけど
…邪魔する者があるなら潰しなさい! どんな事をしても! ……貴女には、その力があるのだから」
デバイスを鞭から杖状に戻し、同時にフェイトの両腕を拘束してたバインドを解除する。
力無くその場に倒れ伏すフェイトの傍に立ち、プレシアは傲然と彼女を見下ろす。
「行って来てくれるわね? 私の娘──可愛いフェイト」
「はい…行って来ます。母さん…」
フェイトは額に脂汗を浮かべて全身に走る激痛に堪えながら、健気に笑みを作り、プレシアの要求に答える。
「しばらく眠るわ。次は必ず…母さんを喜ばせて頂戴…──それと、さっきの見たアレも、忘れずに連れ帰りなさい…」
目も合わせず、プレシアは踵を返す。
「はい…」
「…………」
フェイトの返事を聞くと、プレシアはそれに答える事無く、無言のまま歩き出した。
(全く、本当に使えない…!)
心中で自らの娘を罵りながら、プレシアは長い通路を一人歩く。
彼女は不機嫌だった。理由は大小様々ではあるが、やはり一番大きいのはフェイトに任せたジュエルシード探索の成果が、たったの五つであ
った事だ。
──しかしそれも、最悪という程ではない。
通路の途中で足を止めたプレシアは、デバイスを起動し、先程フェイトより報告とともに受け取った動画データを開いた。
彼女の眼前──中空に、複数のディスプレイが表示され、一斉に再生を始める。
そこに映るものは、マタドールと大僧正──魔人たちが縦横に飛び回り、剣を振るい術を放つ姿であった。
常人を超越する身体能力
驚異の復元再生。
デバイス無しで行う強力な魔法。
そして、フェイトの体を完全に回復して見せた、凄まじい回復魔法。
最初にフェイトより、コレの報告を受けた時は、何を馬鹿な事を言っているのだと思ったが、バルディッシュの記憶領域より抽出されたこの
動画データを目にした時は、久しく忘れていた驚きという感情を味わう事となった。
変わり種の暴走体? これはそんな陳腐なものではない。ジュエルシードを完全に支配下に置いた、完全体、完成体とでも言うべき存在だ。
「これよ…! これがあれば、確実に届く…あの場所へ……っ!? ゴホッ!!」
呟きとともに、画面に手を伸ばしたその時、突然プレシアは体を「くの字」に折り曲げ、激しく咳き込んだ。
よろめき、倒れそうになる自分の体を杖で支え、どうにか姿勢を保つ。
ゼエゼエと激しい呼吸をする彼女の口端より、零れた数滴の血液が開いた胸元へと落ち、豊かな双丘の間を赤い蛇の如くぬるりと伝う。
だがプレシアはそれにかまう事無く、眼前の動画を睨み、震える左手を伸ばす。
「この力があれば、ジュエルシードを完全に制御する事も、夢じゃない…!」
──ジュエルシードの完全制御、それは彼女の『目的』に必要なものではない。
しかし、これがあれば成功率は九割を下回る事は無いだろう。
決して失敗の許されないこの『目的』を果たす為の、強力な一手になる事は間違いない。
だからフェイトに命じた。ジュエルシードの捜索と並行して、この「完成体」を捕えろと。
「待っていてね。もうすぐ、もうすぐ迎えに行くから……」
二体の魔人を見つめるプレシアの目に、母親らしい優しげな笑みを浮かべるが──
「フフッ…フフフフ、アハハハハハハッ!!」
それはほんの一瞬に過ぎず、すぐに三日月のように口の両端を吊り上げると、彼女は天を仰いで高笑いを上げる。
その瞳には狂気の光が、熾火の如く妖しくゆらめいていた。
第七話 それぞれの思惑 前編
(なのは視点)
駅前商業区域での戦闘より、一夜明けた翌朝。
レイジングハートのメンテナンスをユーノ任せ、いつものように登校したなのはであったが、教室に近付くにつれ、段々と足取りが重くなっ
ていき、自分のクラスの入り口前で、完全に足が止まってしまった。
原因は言うまでもなく、先日のアリサを怒らせてしまった一件である。
令示が取り成してくれたとは言え、やはり昨日のやり取りが尾を引き、顔を合わせ辛い思いがあった。
とは言え、いつまでもこんな所で立ち尽くしている訳にはいかない。
意を決して、なのはが扉に手をかけようとしたその時、入り口が内側から開き、中から見るからに機嫌が悪そうなアリサが現れて、二人は真
正面から顔を合わせてしまった。
「あっ…」
「えっ…」
互いに数瞬程驚きの表情を浮かべた後、アリサは顔を逸らし、なのはは俯いて、二人は視線を正面から外した。
「………」
「………」
気まずい沈黙が、二人の間を支配する。
(えと、えっと、どうしよう…)
なのはは内心で言うべき言葉を考えるものの、突然の対面に焦ってしまい、一体何から話すべきか混乱をしてしまい、頭の中でぐるぐるとま
まらない考えを巡らせる。
「で? いつまでそんなところに立っているつもり?」
「ふえ?」
突然、自分に向かってかけられた声に驚き、慌ててなのはが顔を上げると、仏頂面のままではあるが、アリサがこちらを真っ直ぐに見つめていた。
「そんなとこに居ると、他の人の出入りの邪魔でしょ? 早く教室に入りなさいよ」
「う、うん…」
踵を返し、スタスタと歩いて行くアリサの後について教室へと入ると、彼女は自分の席ではなく、真っ直ぐなのはの机の方へと向かって行った。
不思議に思いつつも、なのははそのままアリサの後について行くと、自分の席の隣に立っていたすずかの姿が目に映った。
「おはよう、なのはちゃん」
「すずかちゃん、おはよう」
自分の到着を待っていたのであろう、すずかがこちらへ笑みを向けてくると、なのはもそれに答え、朝の挨拶を交わした。
「………」
と、そこで振り返ったアリサが、無言でなのはを見つめてくる。
「ア、アリサちゃん…?」
教室の入り口での緊張感が再び込み上げ、表情を硬くするなのは。
「アリサちゃん、ほら」
しかしその時、横からすずかに促され、アリサはわかっているわよと答えながら、おずおずと口を開いた。
「……悪かったわよ……」
「え?」
ばつが悪そうに、若干目を逸らしながら放たれたアリサの一言に、なのはは目を丸くした。
「親友だからこそ話せない事もあるってわかっていたのに、頭に血が上っていて、すっかり忘れてた…ゴメン、なのは…」
チラリとすずかを一瞥して、アリサはなのはに頭を下げた。
「アリサちゃん…ううん、私が悪かったの。心配してくれていたアリサちゃんにちゃんと向き合わなかったから、真剣に話そうとしなかったから…
アリサちゃんが怒るのも当然だよ。だから、私もごめんなさい」
そう言って、なのはも頭を下げる。
と、そこで始業のチャイムが鳴り、二人は同時に視線を戻した。
「なのはちゃん、アリサちゃん、また後で──お昼にでも三人でちゃんと話そう?」
「うん」
「そうね」
すずかの提案に同意した三人は、互いに微笑み合うとそれぞれ自分の席へと向かった。
──昼休み。
いつものように屋上にて弁当を広げたなのはたち三人は、互いに話せる範囲での情報交換を始めた。
「そっか、それじゃその『落し物捜し』は、まだ時間がかかりそうなのね?」
「…うん。だからしばらく遊べなくなっちゃいそうなの。ゴメンね、アリサちゃん」
アリサの「あとどの位かかりそうか?」という質問に、明確な日時を答えられず、なのはは申し訳なさそうに俯いた。
「それじゃ仕方がないわね。もうちょっと待てってあげるわ。その代わり、全部終わったらきっちり埋め合わせしてもらうわよ?」
あっちこっち引っ張り回してやるから覚悟しておきなさい、と言いながらアリサは不敵に笑う。
「にゃはは、がんばるの…」
なのはは冷や汗とともに、乾いた笑いを上げた。
「それにしても、なのはちゃんが令示君の事──マタドールさんの事を知っているなんて、驚いたよ」
そこへ、話題を変えるようにすずかが口を開く。
「うん、私も。令示君から聞いてびっくりしたの──って! そうだ!」
その言葉に相槌を打とうとしたなのはは、はっとして慌てた声を上げた。
「アリサちゃんとすずかちゃんが、誘拐されたって本当!? 大丈夫だったの!?」
先日、令示から聞いた二人との出会いの経緯を思い出し、親友たちに詰め寄るなのは。
「大丈夫よ。大体、私もすずかも普通に学校にきてるでしょうが。何かあったとしたら、こんなにのんびりしていないわよ」
アリサは苦笑を浮かべ、なのはを宥める。
「あ、そう言えばそうなの…」
正論の回答を受け、なのははそう呟きながら安堵の息を漏らした。
「──あの、なのはちゃん…」
「え?」
と、そこへ、おずおずとすずかが話しかけてきた。その瞳に、不安の色を湛えながら。
「その、令示君から、誘拐された時の私の事とか…何か聞いた?」
「──ううん」
怯えるような態度でそう尋ねる彼女に対して、なのはは首を横に振って否定の意を示す。
「令示君からは、すずかちゃんには人には話せない大きな悩みがあって、でも必ず私にうちあけてくれる時が来るから、それまで待ってていて
欲しいって、それだけしか聞いてないよ」
「そ、そう…」
なのはの答えに、すずかは安堵の表情を浮かべるが、それは刹那の時でかげり、苦渋に満ちた顔で俯いてしまった。
「ごめんなさい、なのはちゃん…私、ずっと隠し事していたの。本当は言わなくちゃいけないのに、勇気が無くて、ずっと黙ってた…」
「気にしてないよ、すずかちゃん。それに私だって二人に隠し事しているんだし、これでおあいこ」
ね? と、言いながらなのはは、すずかの手を取った。
「っ!?」
手の平に伝わるなのはの体温に、すずかは一瞬体を震わせた。
そして、恐れるかのように、彼女がゆっくりと顔を上げると、その目に、いつもの微笑みを浮かべるなのはが映る。
「なのはちゃん……ありがとう」
すずかは、その優しい親友に心の底からの感謝と、礼を述べた。
互いを思い、見つめ合う二人だったが、その時不意に、すずかが再び視線を落とした。
突然の行動に、不思議に思うなのはとアリサだったが、それは数秒のことで彼女はすぐに顔を上げて、目線を戻す。
その顔には笑みは無く、意を決した真剣な表情で、すずかは口を開いた。
「なのはちゃん。私、頑張るから。なのはちゃんに、本当の事が言えるようになるから、だから──」
待ってて、くれる…?
──怯えるように。
──恐れるように。
すずかは震える声で、最後の一言をしぼり出した。
「……うん。私待ってるよ。すずかちゃんが話してくれる時を」
突然のすずかの言葉に、一瞬きょとんとしたなのはだったが、彼女の言の意を汲み取ると、力強く頷きながら、肯定の意を返した。
「私も色々な事整理が出来たら、ちゃんとすずかちゃんとアリサちゃんに話すから…」
「うん…待ってるね」
「さっきも言ったけど、私もちゃんと待っててあげるから、さっさと片付けてきなさい」
三人は顔を見合わせて、笑い合う。
先日からのわだかまりはようやく無くなり、いつもの三人に戻ったのだった。
「──ところで、かなり危険な事が多いらしいけど、大丈夫なの? …まあ、令示が居れば大抵の事はどうにかなりそうな気がするけど…」
「マタドールさん、強いものね」
「うん、マタドールさんも大僧正さんも凄く強くて優しいよね…」
空を見上げながら、先日の市街地での大僧正とのやり取りを思い出したなのはは、二人の言葉に相槌を打つ。
「──って、ちょっと待った。大僧正って誰よ?」
そんななのはの呟きに、アリサはピクリと片眉を動かし、問いただしてきた。
「へ? マタドールさんとは違う、令示君が変身した悪魔の人(?)だよ? こう、お坊さんの格好したミイラみたいな感じの」
アリサちゃんたちはまだ会っていないのかなぁ? と、思いながら、なのはは大僧正の容姿について説明をした。
「へぇ~、初耳ねぇ。アイツ昨日会った時に、そんな事何も言わなかったわ…」
アリサが笑いながら答える。
いや、口は笑っているが、目が笑っていない。
不機嫌。明らかに不機嫌である。
(あ…もしかして温泉旅行から昨日まで、令示君とアリサちゃんたち会っていなかったんじゃ…?)
もしそうであれば、アリサが大僧正の事を知らなかった訳で──
「悪魔の事に関しては、『答えない』とは言われていなかったわねえ…すずか、今度あいつを締め上げに行くわよ!」
「うん! 私も大僧正さんの事聞いてみたい」
(あうう…なんか大変な事になっちゃったかも…ごめんね令示君)
目の前で不敵に笑うアリサと、妙にやる気を出しているすずかを見ながら、なのはは胸中でここには居ないもう一人の友人へ、謝罪の言葉を送った。
(令示視点)
「──っ!?」
のんびりと給食を食っていた俺は、突如背筋に走った悪寒にぶるりと体を震わせた。
「こんな暖けーってのに、一体なんだ?」
四月の麗らかな快晴の中に居るというのに、訳がわからない。
妙な感覚に首を捻るも、今はそんなものに構う余裕が無い為、俺は早々に思考を切り替える。
今現在、目下最大の懸案事項──アースラ対策についてだ。
イレギュラーが無ければ、今日の夕方に現れる筈。その際どういうスタンスを取るべきかと、俺は思案していた。
(確かあの樹の化物を倒した後、なのはとフェイトの一騎打ちに乱入してくるんだよな…)
ビニールに入ったソフト麺を箸箱のふたで四分割にして、その一つをアルミ椀の中の中華スープに放りこみ、俺は考えを巡らせる。
(クロノにしろリンディ艦長か、俺を見れば絶対どっちかがこの体について突っ込んでくる筈…)
変身した姿とか見せんでも、アースラのセンサーとかで、俺の体から出るジュエルシードの反応を感知してバレる可能性が高いし。
さて、ではどうやってこの身の秘密を守るべきか? 正直、管理局に俺の体の事を知られるのは、御免こうむりたい。
願いを叶えるなんて能力持ちという、存在自体がロストロギア級の俺が、他人の目に触れればどうなるか、火を見るより明らかだ。
主にスカとかスカとか脳髄とか。
(おまけに逃げ切れる筈が無いし)
相手は百以上の次元世界を股に掛ける巨大組織。片やこちらはしがない小学生である。比べる事すら馬鹿馬鹿しい。
一人で海鳴から出る事すらままならない状態なのに、そんな連中に網を張られたら逃げ切るなんて不可能である。
(一騎当千の古兵であるヴォルケンリッターでさえ、何度も捕捉されてたしな…結局直接交渉で上手い事やるしかないか)
まあ、リンディ艦長もクロノも悪い人間じゃないから、どうにかなるだろう…
二次創作とかでよくある、なのはをスカウトする為にあれこれ画策するような人間ってのは考え過ぎだろう。
つか、本気そう考えていたんなら、もっと根回しと外堀埋めを完全にこなしている筈。
管理局で海千山千の奸物や、古狸を相手にした事だってあろう人間にしては、あまりにお粗末なやり方だ。
クロノにしたって、多少堅物のきらいはあるが、全く融通が利かないって訳じゃないし。
(こっちのカードを小出しにして、上手い事やらにゃあならんなぁ…)
放課後に起こるであろう戦いに備えるべく、俺はソフト麺をかきこんだ。
そして、その日の夕刻──
「っ!?」
放課後、いつもの通り一度帰宅した後に、なのはたちとの待ち合わせ場所に向かう途中、俺は肌を打つ不可視の力の波動に襲われた。
この大規模な魔力波動は、間違いなくジュエルシードの発動だ。
《令示君!》
それを悟ると同時に、俺の頭になのはからの念話が届く。
《ああ。ジュエルシードの発動、こっちでもキャッチしたよなのは。こりゃ予定を変更して現地集合にした方がいい》
《うん。それじゃ後で!》
短い打ち合わせの後、念話を打ち切ると俺は周囲を見回し、隠れて変身出来るような場所を探す。
「この奥なら大丈夫かな?」
狭い路地裏に目を付けた俺は、そこに駆け込んで悪魔へと変じる呪を紡ぐ。
真紅の魔力光──マガツヒを身に纏い、魔人大僧正へと変じる。
「では参るか。──オン・マユラ・キランテイ・ソワカ」
俺は孔雀明王の真言を唱えて空へと舞い上がると、ジュエルシードの波動を感じる海の方向へと、孔雀の双翼を向けた。
茜色へと染まる空を走る俺の眼下の景色が、あっという間に後方へと流れていく。
そんな高速の飛翔で風を切り進む俺の視界に、沈む夕日に照らされた海鳴臨海公園が映った。
「ヴォオオオオオオッ!」
そこから発せられる魔力波動の中心部へと目を向ければ、ジュエルシードモンスターと化した動く樹木──樹人とでも言うべき怪物が不気味
な咆哮を上げ動き出したところだった。
「封時結界、展開!」
同時に現場へと駆けつけたユーノが結界を展開。地面に浮かんだミッド式魔法陣から生じた光が、世界が青く染めていく。
更に樹人の進行上に、バリアジャケットを纏ったなのはが、レイジングハートを突きつけ立ち塞がった、その時──
──なのはの後方より飛来した十数条の金槍が樹人へと叩き込まれた。
しかしそれらは、樹人が展開した薄水色の障壁に阻まれ、全て消滅する。
意気揚々といった様子で更に叫びを上げる樹人。
…しかし、たった一つのジュエルシードで、何だってあんなタフさを持っているのだろうか。素体となった樹木と相性が良かったのか?
「オオゥ! 生意気に。バリアまで張るのかい」
「うん…今までより、強いね。それにあの娘も──タカマチナノハも居る」
「あっ!?」
なのはが後方──金色の魔弾の発生源へと目を向ける。視線の先には狼形態のアルフと、円柱の上でバルディッシュを構えるフェイトの姿。
二者の視線が交錯する。
…全員集合か。
そこで俺も現場へと乱入せんと、急降下。なのはたちとフェイトたちの間に降り立つ。
それと同時に飛行術を解除。孔雀の巨体とスピードによって生じた風が、その身より解放されて、四方八方へと撒き散らされた。
「きゃあっ!? 何、何!?」
突然体に受けた強風と砂塵に、驚きの声を上げるなのは。
「拙僧じゃ、なのはよ」
「っ!? 大僧正さん!」
彼女は土煙の隙間から現れた俺の姿を目にすると、戸惑いから安堵へと表情を変える。
「大僧正…」
柱の上のフェイトも、俺を見て若干眉をひそめ、そう呟いた。
それは、怒っているような悲しんでいるような、何とも形容しがたい表情だった。
(ふむ。何か俺に対して含むものがあるという事か……?)
まあ、プレシアとの会談の後と考えれば、何となく想像はつくが。
「ヴォオオオオオオッ!」
その時、気色の悪い雄叫びとともに樹人が地面を砕き、一抱えもあるような三本もの木の根を正面に突き出した。
「ユーノ君! 逃げて!」
攻勢に出た樹人を警戒し、なのはがユーノに退避するよう促す。
踵を返してユーノが茂みに逃げ込むと同時に、大蛇の如き木塊が振り下ろされた!
「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バヤベイ・ソワカ──薙ぎ払え、風天刃!」
その瞬間、俺は盾になるようになのはの前に立ち、風天──ヒンドゥー教の風神ヴァーユの真言を唱え、風の刃を一閃。迫り来る木の根を斬り飛ばす。
瞬断された三本の根は、斬られた勢いで回転しながら宙を舞い、鈍い響きを立てて地に落ちると、グネグネと真夏のアスファルトの上でのた
くるミミズのように這いうねる。気持ち悪い光景だな、おい。
『Flier fin.』
と、その時、俺の背後でなのはが飛行魔法を発動。
両の踵に桃色の翼が展開され、宙へと浮かび上がる。
「飛んで、レイジングハート! もっと高く!」
『All'right』
主の願いに応じ、レイジングハートは双翼を大きく羽ばたかせると、トップギアに切り替え飛翔。
樹人に対してイニシアチブを取るべく、その頭上へ飛ぶ。
「アークセイバー…──行くよ、バルディッシュ」
『Arc saber.』
一方のフェイトは柱の上より跳躍して地に立つと、バルディッシュを大鎌形態に移行。光刃を展開させ、大きく振りかぶる。
「セェェイッ!」
気合一閃、袈裟懸けに振り下ろされた大鎌の軌跡に沿って生まれた三日月型の光の斬撃波が、回転しながら樹人の周りを囲う木の根を切り裂
き、その本体へと叩き込まれる!
「ヴォオオオ……!」
が、樹人は再び障壁を展開してその一撃を防ぎ、苛立たしげな呻きを漏らした。
ふむ。ここまではほぼ原作通りか。
若干フェイトの動きや魔法のキレが鈍い気がするが、回復したとは言え昨日怪我を負ったばかりだし、おそらくはプレシアからの虐待もあっ
たであろう事を考えると、無理もないか。
オフェンスを任せるには問題は無いとは思うが…勝率を上げる為に一つ手を打っておくべきだな。
俺はそう考えると、周囲へ念話を発した。
(フェイト視点)
《なのは、フェイト殿、これより拙僧があの暴走体の動きを止める故、汝らは砲撃魔法にて挟撃を行うのだ》
樹人に対し、次手を打とうとしていたフェイトは、全方位に発せられた大僧正の念話に目を丸くした。
《私に、協力しろというの…?》
毎回毎回、遭遇する度に予想外の行動を取る相手ではあったが、流石に驚きを禁じ得ない。
昨夜、大怪我を負った自分を治療したのも彼らだとアルフから聞いたのだが、互いがジュエルシードを奪い合う敵同士であるという事を、
わかっているのだろうか?
《ジュエルシードを奪い合うのは、彼奴めを討った後でもよかろう。共同で事に当たった方が互いに消費が少ない。合理的であろう?》
確かにその通りだ。
どの道タカマチナノハとは、ジュエルシードを巡って戦わねばならない。そう考えればその提案はフェイトにとっても、理にかなったものだ。
「…………」
チラリと、大僧正の方へと視線をやる。闇色の双眸と乾いた顔からは、彼の考えは窺いしれない。
《アルフ、どう思う?》
フェイトは己の使い魔に意見を求めた。
《ん~、今までの感じからすると、乗ってもいいと思うけどねえ。なんだかんだ言ってもあの連中、約束は守るし》
《うん、そうだね…》
アルフの考えには反論する点もなく、フェイトは肯定の相槌を打つ。
──デメリットも無く、断る理由も無い。ならば答えは一つだ。
《…わかった。私はこのまま正面から魔法を撃つ》
『Device form.』
バルディッシュをデバイスフォームに切り替え、その砲門を樹人へと向けながらフェイトは大僧正の提案に、是、と答えた。
《決まりじゃな。なのはも異存は無いか?》
《うん。大丈夫だよ! 頑張ろうね、フェイトちゃん!》
弾んだ声色で返事をしながら、上空より自分へ向けて笑みを浮かべる白い少女。
「──っ!」
それを目にしたフェイトの胸に、締め付けるような苦痛と不快感が生まれ、思わず視線を逸らし、俯いた。
《? ……フェイトちゃん?》
《…何でもない。戦いに集中して》
訝しむようなタカマチナノハの声に、感情を押し殺して答えを返す。
《うん!》
自分の様子の異変に気付く事無い、彼女の元気な返事に再び胸の奥を走る不快感。
やめて欲しい。
そんな笑顔を向けないで。
優しい言葉をかけないで。
だって私は──
怪我を治してくれた彼を──
あなたの仲間を──
大僧正を母さんの下へ連れて行かなくてはいけないのだから──
金属を掻き毟るような心中の軋み──罪悪感を無理矢理捻じ伏せ、フェイトは正面の樹人へと意識を集中した。
第七話 それぞれの思惑 前編 END
後書き
給食のキング・オブ・キングスはカレー、次点でソフト麺。異論は認める。
どうも吉野です。今回は短めですいません。
アースラ登場は次回の後編になりそうです。
それにしても、アルカディアさんで拙作を投稿をさせてもらうようになってから、もうじき一年になりますね。
未だに無印も終わりそうもない、こんな遅筆な作品を応援していただき感謝の言葉もございません。
では、次回更新時にまたお会いしましょう。
追伸
リリカルパーティーⅣの先行予約、気付いた時には予約期間過ぎていました。
私はいつもそう…いつも、気付くのが遅過ぎる…!