第一話 誕生。魔人と魔王と淫獣と。
高町なのはは悔やんでいた。
自分の判断が甘かったばかりに、ジュエルシードを見逃し、街の中心で暴走を引き起こすという、大惨事を招いてしまったことを。
しかし、その悔恨すらも力に変え、砲撃の如き長距離間封印魔法を命中させた彼女は、一路暴走体が出現した場所へと向かい
──蒼白となった。
暴走体の元となった少年少女はいい。気を失ってはいるものの、目立った外傷は無い。
なのはの視線はその先──数メートル程離れたあたりで倒れている少年を見つめていた。
身に着けている服はあちこちが千切れ、ボロボロになっており、そこから覗く肌には目を逸らしたくなるような裂
傷と打撲の跡。更に、多量の吐血の為であろう、口元と上着が真っ赤に染まっていた。
誰が見ても危険な状態の重傷者である。すぐに手当てをしなければ、命に関わる。
だが、命の危機にある人間を目の当たりにして、なのはは完全にパニックに陥っていた。
「あ……嫌……」
いかに魔導師として天才的なセンスの持ち主であるとは言え、高町なのはは数日前までただの一般人、しかも小学生
の女の子なのだ。戦場や災害現場の惨状など、フィルターのかかったテレビ画面越しでしか見たことが無い。冷静に対
処しろと言う方が酷だろう。
「なのは! しっかりして! あの子はまだ生きているよ、早く手当てをしなくちゃ!」
しかし、なのはにとって幸いであったのは、ユーノ・スクライアというパートナーが居たことだ。
「──え。あ…うん、わかったよ、ユーノ君!」
ユーノの言葉で我に返ったなのは。未だ青い顔をしていたが、己の成すべき事を思い出し、決意を言葉にする。
「まずジュエルシードを回収しよう。あの子の手当てをしている時にまた暴走なんてしたら、目も当てられないよ」
「うん! レイジングハート、お願い!」
『Yes, my master.』
なのははレイジングハートを構え、自分を落ち着かせるように深呼吸をして、呪文を紡ぐ。
「リリカルマジカル。封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード封印!」
なのはの言葉に応じて、少年少女の間に落ちていたジュエルシードがふわりと浮き上がり、レイジングハートの中へと吸い込まれた。
「ジュエルシードシリアルⅩⅩ、封印完了!」
「よし、後はあの子だ。急ごうなのは!」
「あ、待ってよユーノ君!」
肩より地に降りて駆け出すユーノを追って、なのはは慌ててそれに続く。
「で、でもユーノ君、手当てってどうやってやるの?」
「大丈夫。応急処置なら僕が出来るし、なのはにも教えられるから」
「そ、そうなの? スゴイね…」
遺跡発掘を生業とするスクライア一族は、その職業上、遺跡内の罠や採掘作業中の事故、盗掘者や強盗、遺跡内部
のガーディアンとの戦闘等、多くの危険が伴う。応急処置を始めとする治療技術は必要不可欠なのだ。
(問題はあの子の怪我が、僕の治療で助かるレベルかどうか──っ!)
なのはに不安を与えぬよう、念話にせずに心中で少年の状態を危惧していたユーノは、眼前の光景に驚き、目を剥いた。
その負傷した少年が、這いずるように無理矢理動き出したのだ。
「なのは! あの子を止めて! 骨が折れていて、それが内臓を傷つけたら大変なことになる!」
「ええっ!? う、うん、わかった!」
ユーノの言葉に、なのはは最悪の事態を想像しぎょっとするも、すぐさま少年の元へと駆け寄り、声をかける。
「あ、あの動かないで! 今動いたら「お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」──って、ええっ!?」
なのはの制止の言葉に重ねるように、少年は絶叫を上げ、力任せに瓦礫を掴んだ手を、高々と天へと掲げる。
その瞬間、なのはとユーノは強力な魔力の波長を捉えた。その震源は──
「あの子…!」
「ジュエルシードを持ってる!?」
二人が少年の手にした瓦礫の中に、青く輝くジュエルシードを見つけたその刹那、宝石が真紅の光を放ち、少年を包み込む。
「いけない、暴走する! なのは、一旦離れて!」
「ふえっ!? う、うん!」
肩に飛び乗ったユーノに促され、なのはは慌ててその場から離れた。
安全圏まで退いたところで、再度少年へと目をやると、放たれた紅光は地へと広がり、円形を作りだして、その
内外に複雑な図形や文字を描いていく。
(アレは…魔法陣!?)
ユーノはジュエルシードの起こした、予想外の現象に目を剥く。
魔力を放出するならば兎も角、理性も意思も演算能力もない暴走体が魔法を発動させるなど、有り得ないことだ。
しかも、その魔法陣は、円を基本とするミッド式とも、三角を基本とするベルガ式とも違う、未知のもの。それは、
円の中心に上下逆の対になる二つの三角形──六芒星を配した魔法陣だった。
ユーノはこのワケの解らない出来事の連続に、頭がオーバーヒートしてしまいそうだった。
ユーノの混乱をよそに、完成した魔法陣が上空へ向け真紅の閃光を放出。
それと同時に紅光の柱を中心に嵐の如き暴風が吹き荒れた。
「きゃぁ!」
「うわぁ!」
吹き荒れる砂塵混じりの旋風に、なのはは顔とスカートの裾を押さえ、ユーノは飛ばされまいとなのはの肩にしがみつく。
その間、時間にして数秒。
吹っ飛ばされるかと思ったほどの強風は、あっと言う間に通り抜け、紅光も消滅した。
辺りが静寂を取り戻したその時、なのは達の前方より、ジャリッ、と靴底で砂を噛む音が響いた。
あの少年だろうか? 二人は砂埃を防いでいた手を除け正面へと目を向け──
「「!?」」
──言葉を失った。
二人の視線の先に在るのは、地に立つ一人の人物。
「ソレ」は、意匠を凝らした刺繍や、貴金属の作られた象嵌で飾り立てた、豪奢な衣装と帽子で身を包んでいた。
左手には、触れただけで、あらゆる物を両断してしまいそうな鋭利なサーベル。
右手には、血で染め上げたような真紅の布。
なのはは知らない。「ソレ」の出で立ちが、遥か西方の情熱の国では、闘牛士と呼ばれていることを。
もっとも、例えなのはがそれを知っていたとしても、気付くことはなかったであろう。何故なら、彼女の目は、「ソレ」
の顔からそれることなく凝視し続けていたからだ。
「ソレ」には、
──目が無かった。
──唇が無かった。
──鼻がなかった。
──耳が無かった。
筋肉も脂肪も皮膚も髪も無く、在るのは白磁の如き頭蓋のみ。「ソレ」は、直立する人骨だったのだ。
「お、おおおおおおおお化けぇぇっ!?」
「違うよなのは! アレはジュエルシードの暴走体だよ!」
半泣きでパニック寸前のなのはを、必死で宥めるユーノ。が、その彼自身も先程から驚きの連続で頭の中がグチャグチャだった。
「で、でもあれ、ガイコツだよっ!?」
「あれはきっとあの子が怪我をしたことで強烈な死のイメージが生まれたのと、死にたくないって気持ちがごちゃ
混ぜになったものだよ──多分」
「言った! 今たぶんって言った!」
ククッ…
「「!!」」
風に乗って耳に届いた笑い声が二人を我に返した。
慌ててガイコツの暴走体の方を見れば、「ソレ」は肩を震わせ笑い出した。
「クククククハハハハハハハハっ! フハハハハハハハハハッ!! 愉快、痛快、爽快!!まさしく快也!!」
「しゃ、喋った…」
「へ? そこはおかしいの?」
呆然と呟くユーノの言葉に、首をかしげるなのは。
「ジュエルシードの暴走体は欲望や願望を肥大化させた存在。意識や知性なんてそれに押さえ込まれてしまう筈なのに…
ああ、もうワケがわからない!」
「えと、大丈夫? ユーノ君」
頭を抱えてしまったユーノに、なのはは心配そうに声をかけた、その時──
「フハハハハハハハッ!」
「あっ!」
「逃げちゃう! って、もう見えない!?」
ガイコツから目を離した、ほんの僅か数秒。その間にそいつは高笑いを上げながら、ビルからビルへと跳び移り、あっと
言う間に逃げ出してしまった。
「「ど、どうしよう…」」
二人は唖然とした表情で、ガイコツの消えた方向を見つめていた。
第一話 誕生。魔人と魔王と淫獣と。 END