中天に懸かる満月の淡い輝きが、闇を照らして夜道を蒼く染め上げる。
鬱蒼とした森林の中を貫く小道を駆るは、三つの人影。
バリアジャケットを展開した高町なのはは、ユーノ・スクライアとともに先頭を行く御剣令示の背を追う。
三人の目的は一つ。
自分たちと同じように、ジュエルシードを狙う謎の魔導師──フェイト・テスタロッサと会い、彼女の目的を知る事。
だが、それは本来は取る筈の無かった行動──なのはの希望にすぎなかった選択肢であった。
当然だ。如何に日中に新たなジュエルシードを手にし、強化を成したとは言え、封印魔法は令示の命を奪う可能性を孕んだ危険な物
なのだ。彼に対してその魔法を行使するであろう相手に「会いに行こう」等と、言える筈も無かった。
しかし──当の令示自身が、その行動を容認したのである。
本当に驚いた。自分が隠していた気持ちを、彼は見事に見抜いたのだ。
不思議な子だなと、なのはは思う。
二度も命を奪いかけた自分を許し、助け、守ってくれた事。
そしてそれを差し引いても余りあるこちらへの気遣いと優しさ。
とても同い年の少年とは思えぬ程だ。
なのはが知る、同年代の男の子と言えば大声で騒いだり、乱暴な言動をするような子ばかりだ──無論、男子の中にもいい子や
おとなしい子、大木事件の少年のようにませた子もいるが──そうした男子たちと比べて御剣令示という少年は、異彩を放っていると
言える位、大人びた少年であった。
時々、こちらをからかうような言動はあるものの、基本的に女の子に対する気遣いを忘れず、どこか『大人の余裕』すら窺わせる。
そういう点では、性格や見た目は異なるが父や兄に似ているなと、なのはは考える。
そう、昼間転びそうになった時に助けてくれた、令示の言動など特に──
(~~~~~~っ!)
そこまで考えて、なのはは昼間の出来事を思い出し、自分の顔がかあっと熱くなるのを感じた。
抱き止められた時、勢いあまって令示の肩に顔をうずめてしまった事。
傍から見れば、抱き合うような格好ではないか!
なのはは幼少期のトラウマも相俟って、両親にさえベタベタと甘える事を、無意識の内に自重している。
それが血の繋がりも無く、ましてや異性との密着など、経験がある筈も無い。
しかし、たとえ異性とは言えど、これがただの同級生や知り合い程度の関係であれば、あそこまで気が動転する事も無かったであろう。
だが、良くも悪くも御剣令示という存在は、高町なのはの心中で大きなウエイトを占める人物の一人だ。それも、単なる友人とは
言えぬ位、極めて複雑な縁に結ばれた関係である。
──自分が命を奪いかけた被害者。
──それなのに、自分を助けてくれた恩人。
──一緒にジュエルシードを探す仲間。
そうした様々な事情が、なのはの心の中を入り乱れ、複雑な想いとなっていた。
──と、その時。
「…のは! おーい! なのは! 大丈夫か?」
「ふぇっ!? えっ!? えっ!? あ、な、何?」
持て余していた胸中の想いについて考察していたなのはは、前方よりかかった令示の呼びかけに我に返り、素っ頓狂な声を上げた。
「いや、さっきから難しい顔してるからさ、気になってな…大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫大丈夫! ちょっと考え事していただけだから!」
自分の思案を見抜かれるような気がして、なのははわざと大きな声で返事をして、その場を誤魔化す。
「ん~、まあフェイトとの話し合いを前に緊張するのはわかるけど、こんな夜道で足元に注意しないのは危ないから、それだけは
気をつけてな?」
「うん、ありがとう…」
なのはは礼を返しながらも、令示が自分の懸念する事柄を勘違いしてくれた事に、内心で安堵する。
そうこうしている内に視界が開け、日中に訪れた橋が彼女の目に飛び込んできた。
「──ふむ。この辺でいいか」
そう言いながら令示は橋の傍で足を止め、なのはの方を振り向く。
「じゃ、これから俺のジュエルシードを発動させてフェイトを誘き出す。そしたらなのはの出番だ」
「わかったの」
令示の言葉に大きく頷くなのは。
「交渉が失敗して戦闘になったらユーノはすぐに結界を展開してくれ。こんな深夜の山奥を歩き回るような物好きもいないと思うけど、
念には念を入れないとな」
「わかった。まかせて」
なのはの肩の上で、ユーノは力強く答える。
「よし。じゃ、始めるぞ」
言葉と同時に、令示の体から赤い光が溢れて地に落ち、真紅の六芒星を描いていく。
(この気持ちよりも、今はあの娘の事──フェイトちゃんとの事を考えないと。せっかく令示君が作ってくれたチャンスなんだから!)
決意を新たに令示を見ながら、なのはは思考を切り替える。
自分の中のこの気持ちの事も、後で考えよう。これは決して悪いものじゃないのだから。だって──
(令示君──マタドールさんを見ても、もう怖くないもの)
月を見上げる髑髏の剣士を見つめながら、なのはは知らないうちに笑みを浮かべていた。
その視線に恐怖ではなく、信頼の光を宿して。
第五話 魔僧は月夜に翔ぶ 中編
令示視点
魔人化した俺は、遠慮無しに周囲へジュエルシードの魔力を撒き散らす。所謂、『撒き餌』という奴だ。
二つのジュエルシードを手にした俺は、魔力にかなりの余裕がある。これだけ大きな波動を出せば、フェイトたちはすぐに喰い付いて
来る筈。魔力と一緒に感覚を四方に伸ばし、網を張る。人間を遥かに超越する魔人の五感だからこそ出来る技だ。
「──っ! 来た」
三時の方向。風を切り、高速でこちらに迫る物体が二つ。
考えるまでも無くフェイトとアルフだろう。
そのスピードは凄まじく、俺が感知した後に数秒程で、こちらの頭上の数メートル上空にその姿を現した。
「っ!? 貴方たちは…」
「先を越されたみたいだね…!」
驚きの表情を浮かべるフェイトと、憎しみを込めた視線を投げかけてくるアルフ。
「Buenas noches(こんばんわ)月の綺麗ないい夜だな。ニーニャたち」
が、俺は彼女たちの態度を意に介する事も無く、淡々と言葉を紡ぐ。
「そこのおチビちゃんには言った筈だよね? フラフラしてないで、お家でいい子にしてなって…!」
「っ!」
暫し睨みあった後に、怒気を孕む鋭い眼差しをなのはへ向けるアルフ。
「──その台詞、そっくりそのままお返ししよう」
たじろぐなのはを庇うように、俺は彼女たちの間に立つ。
「ついでに言わせて貰えば、君たちのやっている事は拾得物の不正な占有──着服だ。人の行いをどうこう言える立場ではないと
思うがね?」
ちなみに俺の場合は一個目のジュエルシードの時は不可抗力だし、二個目はユーノに了解済みなので問題無し。だよな…?
「ふんっ! 忠告は無視かい。なら、仕方が無いねっ!」
柳眉を吊り上げ、アルフは地面へと降り立ったその時、彼女の長い髪が荒れ狂う波の如く逆巻いた。
次の瞬間、モデルも羨むような彼女の魅力的な肢体は、衣服を裂いて倍以上に膨れ上がり、獣毛に覆われた四足の獣へと変身を遂げる。
変化を終え、天に向かって咆哮を上げるソレは、子牛程の大きさはあろうかという巨大な狼。
「っ! やっぱり…あいつ、あの娘の使い魔だ…!」
「使い魔?」
ユーノの呟きに、オウム返しに問いかけるなのは。
「そうさ、あたしはこの娘に造ってもらった魔法生命。製作者の魔力で生きる代わりに、命と力の全てを賭けて守ってあげるんだ」
しかしその問いに答えたのはアルフ。鉄板でも軽く引き裂きそうな鉤爪を橋の床に喰い込ませながら、ゆっくりとこちらに歩み
寄って来る。
「…フェイトの邪魔をする奴は、あたしの爪と牙で纏めて撃ち砕いてやる!」
そう言って彼女は、狼形態の口端を器用に吊り上げ、笑みを作る。
「──さて、まずは言いつけを破ったお仕置きだよ!」
言葉とともに、橙狼は宙へ跳ぶ。
「ガアァァッ!」
「っ!?」
前足を振り上げその両爪で狙いをつけるは、アルフの行動に驚き、完全に出遅れていたなのは。
イニシアチブを取った、完璧な不意討ちだ。
だが──
「──させぬよ」
カポーテとエスパーダを眼前で交差させ、なのはへ牙が届く前にアルフの巨躯を受け止める。
「クッ! 邪魔するなぁ!」
「申し訳ないが、私も君も今は観客だ。この場の主役は彼女たち、即刻御退場願おう。ユーノ、移送を!」
「わかった!」
アルフの怒声に涼しい声で答えながら放った俺の言葉に応じ、術式を起動させるユーノ。
次の瞬間俺とアルフ、二者の足元にミッド式の魔法陣が展開し、閃光を放つ。
「なっ!? この──」
アルフがその場から逃れようと体を動かすが、時既に遅し。
光に飲み込まれた俺たちは、瞬時に別の場所──森の奥へと飛ばされていた。
魔法陣より排出され、向かい合う俺とアルフ。
「移送魔法とは…やってくれたね…!」
狼が憎々しげに俺を睨みつける。
それと同時に、俺の背後で高まる二つの魔力波動と、それを中心に周辺へ展開、拡大していく感知する。
どうやら交渉は決裂して戦闘となり、ユーノが結界魔法を使ったようだ。
「っ!? フェイト…今行くからね!」
アルフは四足を折り曲げ、力を込める体勢をとる。
俺を跳び越え、主の下へ参じようと考えたのであろう。だが──
俺はエスパーダを振るい、闇を斬りながら彼女の頭部目がけ、閃かせる!
「クッ!?」
アルフはとっさの判断で、横っ飛びにその一撃を躱して事無きを得る。
「つれないご婦人だ…そう急く事もあるまい? 夜は長い、今一時我らの爪牙刀剣が奏でるcapriccio(狂想曲)を楽しもうではないか!」
エスパーダをゆるりと構え直し、その切っ先をアルフへ向けながら、からかうように俺がそう言うと、彼女は苛立ちをあらわに鼻の頭
に皺を寄せ、牙を剥いて呻りを上げる。
「そのふざけた喋り方とイカれた格好…そうか、アンタがフェイトの言ってた変り種の暴走体だね!?」
「魔人マタドールだ。以後、見知り置き願おう」
俺が優雅な動作で頭を垂れると、アルフは口端を吊り上げ不敵な笑みを浮かべる。
「ハッ! 丁度いい! その美味そうな体を噛み砕いて、ジュエルシードを引っこ抜いてやる!」
言葉とともに四足で地を蹴り、巨狼は俺へと迫る。
「クハハハハッ! 何とも情熱的なお誘いだ!」
俺も顎骨を打ち鳴らし、彼女へ向かって駆け出す。
「mujer salvaje! Bajo la luna, disfrutemos durante algun tiempo un baile!」(野生的な御婦人よ! 暫し月下の舞踏に興じようぞ!
)
巨狼は爪を──
俺は曲刀を──
互いが得物を相手目がけて閃かせた。
月明かりの下、二つの影が交錯する。
爪剣が軋り合い、闇に火花が咲いたその瞬間──
俺たちの頭上で、巨大な金色と桃色の閃光が正面からぶつかり合い、衝撃と轟音を周囲に撒き散らす。
…フェイトのサンダースマッシャーと、なのはのディバインバスターか。しかし──
「なのはの魔法…以前より威力が上がっているな」
「大したものだね。けど──」
俺の呟きをアルフは鼻で笑う。
「フェイトの敵じゃない」
彼女の言葉と同時に、鎬を削り合っていた二色の魔力光は、ディバインバスターがその勢いを増幅させ、サンダースマッシャーを飲み
込み、空の彼方まで飛んで行く。
それは、誰もがなのはの勝利を確信するであろう光景。だが、俺とアルフは違う。
俺は原作の知識から。
アルフは主との精神的な繋がりから。
そして何より、常人を越える視力を有する俺とアルフの目は、ディバインバスターを紙一重で躱し、疾風の如く宙を駆り、なのはへ向
かって強襲をかける、フェイトの姿を捉えていたから──
「──勝敗は決したか…我らの勝負は水入りだな。ニーニャたちの下へ戻ろう」
サイズフォームのバルディッシュを突きつけられ、レイジングハートがジュエルシードを排出するのを視認した後、俺はアルフにそう
提案した。
「やけにあっさり負けを認めるね…アンタはあのおチビちゃんの味方じゃないのかい?」
人型に戻った(変身した?)アルフは、警戒心を剥き出しで俺を睨む。
「なのはもフェイト嬢も、その信念故にぶつかり合い、勝負を行った。外野がその結果をとやかく言うのは、無粋というものだ」
俺はそう言ってアルフに背を向けると、なのはたちの下へ向かい駆け出した。
木々の間を走り抜け、再び橋の傍へ戻って来た俺とアルフ。
開けた視界に、たった今戦闘を終えた二人が、対峙を続けながら地へ降り立った。
「なのは! 大丈夫!?」
地面で彼女たちの戦いを見守っていたらしかったユーノが、なのはの下へ駆け寄って行くのを見て俺もその後に続く。
「ふふ~ん、さっすがフェイト! あたしのご主人様だ♪」
敗北した俺たちを尻目に、アルフは尻尾を千切れんばかりに振りながら、嬉しそうにフェイトの傍へと駆けて行く。
「ユーノ君、マタドールさん。ごめんなさい、ジュエルシードが…」
こちらを向いて、俯きながら謝罪の言葉を口にするなのはに、俺はそっと頭に手をやり軽く笑う。
「よい。君に大事が無かったのであれば問題無い、ジュエルシードならばまた奪い返せばいいのだ」
そうだろう? と、ユーノに同意を求めると、彼も大きく頷く。
「マタドールの言う通りだよ。次頑張ればいいんだ」
「うん…」
俺とユーノの言葉に暫し逡巡して、なのはは微笑みながら頷いた。
「次は、貴方──」
そんな俺の背中に、黒い魔導師の声がかかった。
振り返れば、バルディッシュを俺に向け突きつける、フェイトの姿が目に映った。
「前回の雪辱戦と言う訳かね? フェイト嬢」
「言った筈、次は負けないって…」
俺の揶揄するかのような言動に眉一つ動かす事無く、フェイトはその湖面のような静かな瞳をこちらへ向け、淡々とそう言い放った。
「…承知した。お相手仕ろう」
俺は彼女と数秒程見つめ合った後、静かにそう答えて一歩前に出る。
「「マタドール(さん)!!」」
「どの道、再戦は避けては通れぬと思っていた。何、二人とも心配は無用──」
俺の背に憂慮を帯びた声をかける二人へ、力強く答える。
「負ける気は、毛頭無い」
「……今度こそ、貴方のジュエルシードをいただいて行きます」
俺の自信に満ちた答えにフェイトは不満げに眉を顰めながら体をやや半身し、サイズフォームのバルディッシュを八双に構える。
対する俺も、体を斜にしてカポーテを正面に突き出し、エスパーダを大きく後ろに引いた、弓を引き絞るような構えを取りながら、口を
開いた。
「そうか。ならば私が勝った場合はジュエルシードは要らぬ」
「え──」
フェイトが戦闘中だというのに呆けたような声を出し、闘志を霧散させてしまう。
「えっ? ええっ!?」
「ちょっ! ちょっとマタドール! 何言ってるのさ!?」
俺の後方より、なのはとユーノが驚きと抗議の声を上げる。
俺は二人に念話で「まあ、任せてくれ」と頼みながら言葉を続ける。
「その代わりと言っては何だが、私が勝った場合は幾つか質問に答えてもらおう」
どうかね? と問うと、フェイトは俺の意図するところが読めないようで、困惑の表情を作る。
「悪い話ではあるまい? たとえ君が負けてもジュエルシードは失わず、痛みは無い。条件としては破格だと思うがね?」
「っ! …わかった。その条件でいい」
俺が言外に「お前には負けない」と言っていることに気が付いたようで、フェイトはこちらを軽く睨みながら、再び戦意を発する。
やっぱり負けず嫌いなところがあるな、この娘…
「じゃあ──」
フェイトが身を沈めて体勢を低くする。一気に飛びかかり、間合いを詰める気か?
「いざ──」
俺はカポーテに魔力を込め、相手の攻撃に備える。
「行きます!」
「突いて来い!」
飛行魔法で空を走りながら、フェイトは瞬時にバルディッシュを下段へと構え直し、逆袈裟の一撃を俺目がけて振り上げる!
「甘い!」
俺はその攻撃を後方へ一歩退いて躱し、お返しとばかりにカポーテを大きく振り払う。が──
「むっ!?」
こちらも空振り。フェイトは大鎌を振るった勢いにそのまま乗っかって上空へと飛び上がり、攻撃を躱したのだ。
『Device form Setup.』
大きく空へと舞い上がり月を背にした黒い魔導師は、二度目の強襲に備えていた俺へ向ける得物を、大鎌から魔杖へと変形させた。
『Photon lancer Full auto fire.』
直後、バルディッシュの音声とともに、その先端より数十もの金色の魔弾が、流星の如く俺へと飛来する!
(これが効かぬ事はわかっている筈、何故前回と同じ攻撃を…?)
疑問に思いながらも、俺は油断する事無く様子を窺いながらその場でカポーテを振るい、強襲して来る魔力弾を払い落としていく。
軌道を逸らされたフォトンランサーの群れは、俺の周囲の地面へ次々と墜落して土煙を巻き上げ、視界を覆い尽くしていく。
その時──
「っ!?」
俺は何かが空を裂き、地に落ちる気配を察知。
土煙を吹き払い、俺を囲うようにに舞い降りたのは、雷を伴う五つの魔力スフィア──
(固定砲台か!)
前後左右、三六〇度からのフォトンランサーの連続斉射。空に跳び上がって逃れるかと考えるが、即座に却下。上空に待機しているフェイトに、絶好の
的にされてしまう。
ならば強行突破しかない。
周囲を見回して、包囲網の穴──弾幕の隙間が大きい箇所を見い出し、カポーテを振るって身を守りながら、躊躇する事無くそこへ
突っ込んだ。
「──ッ!? これは!?」
しかし、囲いを破ったと確信したその時、俺は五体のみならず、カポーテやエスパーダに至るまで十数もの立方体の枷──設置型バイン
ドによって雁字搦めに捕らわれてしまったのだ。
…やられた。囲みの一部が甘かったのは、そこに誘導する為の罠だったのだ!
「クッ! カポーテ!」
俺はカポーテに意識を集中。バインドの隙間より、紙縒りのように細く引き絞って枝分かれさせ、縦横に閃かせ、拘束を断ち切る。
しかしその間に、上空のフェイトはバルディッシュを構え直し、俺目がけて魔弾の雨を降り下ろす!
「舐めるなっ!」
一部の拘束を解き放ち、上空を見上げながら呼吸とともに全身に力を行き渡らせる。
「雄ォォォォォッ! 血の──」
引き絞った弓を解き放つように、迫り来る魔弾の群れに向けてエスパーダを繰り出した!
「アンダルシアッ!!」
咆哮とともに撃ち出したのはエスパーダの刺突──マタドールの剣技、『血のアンダルシア』。
ゲーム中では敵全体にランダムで小ダメージを与える技で、レベル差や物理耐性、補助魔法があれば特に恐れる程でもない技だ。
──しかし、それは悪魔の規準での話。
実際に放たれるソレは、悪魔の膂力と技巧で以って繰り出される殺し技。
凄まじい速度と力を秘めた連撃は、音速を踏破して周囲へ衝撃波を撒き散らし、その一撃一撃は掠っただけでも骨ごと体を抉り取る
程の威力を持つ。それは現代兵器で言えば、戦闘機に搭載する機関砲に等しい攻撃力を誇っているのだ。
正しく、文字通りの必殺技と言う訳である。
魔弾群を粉微塵にして撃ち落とすと、逆巻く衝撃波によって辺りの土煙は吹き払われて、輝く満月とともに杖身に雷光を纏わせこちら
へ向ける、黒い魔導師の姿が俺の目に飛び込んで来た。
(あれは……サンダースマッシャーか!)
初見ではなかったが故にその魔法を見抜いた俺は、ようやく事此処に至ってフェイトの戦術の全容を理解した。
(これは狩りだ……!)
初手の斬撃はフェイク。
俺と距離をとる為にあえて敵へ突っ込む擬態を以って目的を果たす。が、それは口で言う程簡単な物ではない。
如何にフェイトが近距離戦も得意とする天才とは言え、こちらは悪魔。
それも同輩からも恐れられる死の具現──魔人なのである。
一度刃を交えたフェイトがわからない筈が無い。この魔人の身に宿る膂力と、玄妙なる業の恐ろしさを。
それをやってのけたのは、彼女の並外れた胆力の成せるものか、単なる怖い物知らずなのか。
フェイトのこの行動に俺は、かの関ヶ原の『島津の退き口』を思わせた。
そしてこれが、俺という獲物を狩る為の布石だったのだ。
フォトンランサーが、俺の気を引く為のブラフ──即ち、獲物を追い立てる為の勢子。
囲み込んだ魔力スフィアが、俺を追い込み狙った場所へ誘う駒──即ち、牙を剥いて追って来る猟犬の群れ。
幾重にも張り巡らされた設置型バインドが、俺の体を絡め取る狩場──即ち、獲物を縫い止める罠。
そしてこのサンダースマッシャーが──
(獲物を確実に仕留める、猟銃の一撃か!!)
早く退避せねばならない。
しかし体を拘束するバインドは数が多く、全て処理しきれていない。第二波目に放たれたフォトンランサーの弾群の迎撃に手を奪われ、全て
の解除には至らなかったのだ。
そして、そんな俺の内心の焦りを嘲笑うかの如く──
「貫け轟雷!」
『Thunder smasher!』
右腕に残るバインドを解ききる前に、バルディッシュより放たれた閃光が、これの視界を白く塗潰していく。
「──!」
「──!!」
視界の脇でなのはとユーノが、こちらに向かって何か叫んでいるが、砲音に阻まれその声は俺に届く事は無かった。
(はあ、仕方が無い。諦めるか…)
最早是非も無い。砲撃を見て瞬時にそう判断した俺は、迫る雷光に合わせエスパーダを振り下ろした。
第五話 魔僧は月夜に翔ぶ 中編 END
後書き
また坊主出せなかった…ごめんなさいです。次回こそは坊主を…!
しかし戦闘シーンは書くのが楽しくて、つい悪乗りしてしまいます。少しは自重しないと…
感想掲示板でも話しましたが、なのはとすずかの二人がヒロインとする方向で行きたいと思います。
令示がどちらを選ぶかは、お楽しみにという事で。…ていうか、自分でもどちらにするか決まっていないんですが。
あと、このところなのはのターンが続いてるので、そろそろ次話あたりにすずかを出したいですね。
では、今日はこの辺で失礼します。