「カポー、テ…?」
フェイトは油断無く俺を見つめながら、僅かに首を傾げた。
「言葉を話す…でもこの反応は──」
彼女が訝しげに俺を眺めていると──
『Master.』
バルディッシュが明滅しながら、フェイトに話しかけた。
『The reaction of the jewel seed was confirmed from a new target. 』(新たな目標より、ジュエルシードの反応を確認しました)
「じゃあ、やっぱりあれは…暴走体?」
『That's right. 』(その通りです)
…どうやら俺が暴走体か否かで悩んでいたらしい。
助言で迷いが消えたフェイトは、キッとまなじりを吊り上げると、俺に向かってバルディッシュを構え直し、口を開いた。
「ロストロギア、ジュエルシード…」
『Scythe form Setup.』
彼女は言葉とともに、死神を彷彿とさせる大鎌と化したバルディッシュを、大きく振りかぶり──
「回収します!」
漆黒のマントをはためかせ、少女は魔風の如く俺へと迫る!
第四話 愚者の英断、臆病者の勇気。(終編)~令示の悔恨~
閃光のように、袈裟懸けに振り下ろされる光刃。
「フッ!」
呼気とともに俺は、その一撃を受け止めんとエスパーダを振り上げる。
接触した刹那、周囲にこだますは、耳を劈くような金属音。
そして次の瞬間には、耳障りな虫の羽音の如き響きを伴い、互いの得物を通して魔力がせめぎ合う、鍔迫り合いが始まった。
しかし──
「ムンッ!」
「っ!?」
今現在の魔力量はともかく、膂力に関してはフェイトは俺の足元にも及ばない。
俺は力任せにエスパーダを振り払い、その勢いでフェイトを弾き飛ばす。
小柄な少女はその力に抗えず、ボールの如く放物線を描いて宙に舞う。
「くっ!」
が、流石は魔導師。飛行魔法を行使して己の体を制御。くるりと回転して勢いを殺し、空中にて停止した。
俺はその隙に背後のなのはの方を向き──
「今解放する。そのまま動かずにい給え」
「へっ?」
「えっ?」
素っ頓狂な声を上げるなのはと、その肩に乗っていたユーノ。
俺は彼女を拘束するバインド目がけ、エスパーダを閃かせる。
縦横に走る数条の銀光が、両手足を縛り付けていた魔法の枷を瞬断し、なのはを解放した。
「え? え? あれ?」
「アレ? 今、え?」
剣閃が速すぎて知覚できなかったのであろう、二人は訳がわからずキョロキョロと自由になった手足を見ながら、疑問の声を上げた。
俺はそれに構わず振り返り、上空へと目をやる。
フェイトは不動のまま、俺を見下ろしていた。
「二人とも、下がってい給え。彼女の相手は私がしよう」
俺はなのはたちの返事を待たずに両足を折り曲げ、高く跳躍。針葉樹の天辺に飛び移り、フェイトと視線を合わせる。
「背後より斬りかかることもできたであろうに。 私を待っていてくれたのかね?」
「…バルディッシュ。フォトンランサー、電撃」
『Photon lancer Full auto fire.』(フォトンランサー、フルオート射出)
俺の問いかけに答えることなく、フェイトはバルディッシュより数発の魔力弾を撃ち放つ!
「甘い」
俺は再びカポーテを振るい、迫り来るフォトンランサーの弾群を弾き飛ばしながら、木々を跳び移ってフェイトに肉薄──
「ハァッ!」
「くっ!?」
逆袈裟の一撃が、彼女のマントのみを斬り裂いた。
フェイトは俺の間合いから離れんと、上空へと逃れてこちらの様子を窺う。
…同じ物でも、先程の魔法より軽い。
恐らくは牽制か。カポーテの性能を確かめる為の。
(実生活じゃ素直そのものだが、こと戦闘に関しては結構したたかだな…)
新たな敵性存在の戦力分析と、状況判断。
なるほど、魔導師として一流というのは伊達ではないようだ。
髑髏面のせいでこちらの表情は読めないであろうが、俺は内心で舌を巻いた。
「…ただのジュエルシードモンスターじゃない。一体何者…?」
フェイトがこちらを睨みながら、ポツリと呟いた。
「ふむ。そう言えば、貴女にはまだ名乗っていなかったな…ならば──」
俺は彼女に一礼すると、眼前にエスパーダを立てる。
「お初にお目にかかる。我が名は魔人マタドール! 鮮血と称賛に彩られし最強の剣士!」
そこで言葉を切り、俺は再びエスパーダの切っ先をフェイトへと向ける。
「異界の魔導師よ、今の一撃は忠告だ。これ以上敵対行動をとるのであれば、このマタドールが…全力を以って貴女を排除する!」
なのはを襲った一撃を弾き飛ばした時と同じく、俺は自らを奮い立たせるような台詞を吐き、マガツヒを活性化させる。
中二的な台詞も、この身には武器であり防具だ。言霊は闘志を滾らせ、より強い自分を、より強固な自分を意識させる
重要な因子となりうる。
悪魔とは精神体。その身は五体はおろか、装備すらも物質ではない。全ては強固な意志より生じた、イメージの産物。
ならば己の意志一つ、想像力一つで自身を強化、変化させることも可能。
幸いにも俺はゲームやアニメ、アニメやラノベ等々…様々なネタ元を知識として保有している。アイディア、台詞にはこと欠かない。
──そう、先程のカポーテを使った防御法。あれは俺のオリジナルではない。
『ドラえもん』のヒラリマントや、『ストZERO』のローズのソウルリフレクトを模倣したものだ。
即ち、強い意志があれば──
マガツヒさえあれば──
イメージの大元となる知識があれば──
俺はどこまでも強くなれる!
『Sealing form, set up.』
フェイトは沈黙を保ったまま、バルディッシュをデバイスフォームへ変化させる。…接近戦は不利と判断したか。
「忠告は聞かぬか…だが、待ち給え」
俺はそんな彼女の動きを片手で制し、言葉を続ける。
「貴女も戦士であるならば──覚悟ある者ならば、名乗り給え」
その声に暫し逡巡した後、
「……フェイト。フェイト・テスタロッサ」
フェイトは小さくも、はっきりとした声でそう告げた。
「Gracias(ありがとう)貴女の心遣いに感謝する。いざ──」
「…………」
「参る!」
俺の声を開始の合図に、両者は動く。
フェイトは俺を誘うかのように飛行高度を樹木の高さに合わせ、後方へと飛びながらこちらへ魔力弾を撃つ。
俺はそれをカポーテで流すか、エスパーダで斬り落として木々を跳び、その姿を追う。そこへまた放たれる魔力弾。
(……妙だな)
同じ動きを繰り返す彼女に、俺は違和感を覚えた。
(動きが単調すぎる。それに速度と命中率はともかく、こんな威力の魔法じゃ俺の防御は貫けない)
何を考え──って!
「っ!? これは!?」
新たな木に跳び移ったその瞬間、俺は両手両足を、半透明の黄色い立方体の枷に捕らわれていた。
(設置型バインド! 狙いはこれか!)
「これなら、もう防げない…」
フェイトの策に気が付いた時、その彼女の声が頭上から響いた。
上方へと目をやれば、バルディッシュを構えたフェイトが、その銃口をこちらに向けていた。
彼女の滾る魔力がバチバチと雷の蔦を生み出し、黒い杖身に絡みついて収束していく。
「貫け轟雷!」
『Thunder smasher!』
フェイトの呪に応じ、初撃のフォトンランサーを上回る轟音を響かせ、バルディッシュより金色の雷砲が、俺目がけて撃ち放たれた!
だがその時──
「ダメーッ!!」
『protection.』
「なのはっ!?」
「っ!? ニーニャ!?」
叫びとともに、なのはがサンダースマッシャーの射線上に飛び込み、防御魔法を展開。俺へと放たれた雷撃を、真正面から受け止めた!
なんて無茶を! 樹上の俺も、地面で待機していたユーノも、その無鉄砲な行動に驚きの声を禁じえなかった。
確かになのはの膨大な魔力を以ってすれば、低位のプロテクションでも堅牢な防壁となることだろう。
しかし、現時点での彼女は素人と言っても差し支えない、魔法初心者だ。
効率的な魔力運用を覚えた一期後半ならばともかく、既に一流の領域にいるフェイトに対し、力まかせの防御魔法など、無謀すぎる。
まずい。このままでは彼女は防壁を撃ち破られ、砲撃に身を晒すことになってしまう。
「う、ああっ……!」
防御障壁がギシギシと軋み、御しきれぬほどの振動になのはは呻きを漏らして──
俺の予想通りに、なのはのプロテクションは限界を告げるかのような大きな亀裂が走り──
崩壊した──
フェイト視点
破砕音を響かせ、白い魔導師のプロテクションを撃ち破ったサンダースマッシャーは、その勢いを殺すことなく直進し、地表へ接触。
大量の土砂を巻き上げ土煙を生み出し、その役目を終えて姿を消す。
その直後に、バルディッシュの先端部より一対の排気マフラーが迫り出し、大規模魔法使用によって生じた熱気を、スチームのように
排出。それはまるで主の為に勝ち鬨を上げているかのようだった。
その瞬間、フェイトは己の勝利を確信した。
(それにしても、変な暴走体だった…)
──マタドールと名乗ったあの暴走体。人語を理解し、確固たる自我まで持ち合わせていた。
通常の暴走体とは、明らかに異なるイレギュラー…
もっとよく調べてから封印するべきだっただろうか?
フェイトの脳裏にそんな疑問がよぎったが、すぐにかぶりを振ってそれを否定した。
自分が命じられたのは、ジュエルシードの回収。
それが優先事項であり、余分、余計、無駄だ。
こんな出来事は、ジュエルシードを持って行く時にでも、ついでに伝えればいいような些末事なのだから。
そう結論付け、フェイトがジュエルシードを回収せんと、サンダースマッシャーの衝撃で未だ巻き上がる土煙の中へと進もうとした
その時──
『Master! The jewel seed monster's reaction was confirmed! enemy is still alive and well!』(マスター! ジュエルシード
モンスターの反応を確認しました! 敵生体、未だ健在!)
「!?」
バルディッシュの発したアラートに、フェイトは即座に戦闘体勢へとスイッチを切り替える。
油断無く魔杖を構え、周囲へ視線を走らせてマタドールの姿を探す。
どこだ? どこにいる?
こみ上げてくる焦りと苛立ちを抑え、彼女は周辺を見回すが、もうもうと立ち込める土煙がそれを阻む。
フェイトはバルディッシュを己の正面に構えつつ、ゆっくりと慎重に煙の中へと踏み入った。
その瞬間──
「──マハザン」
耳に馴染みの無い言葉とともに、淡緑の魔力光を帯びた十数もの衝撃波が、フェイトの脇を通り抜け、粉塵を吹き払った。
土煙の隙間──幾分かクリアになった視界の先には、あの暴走体が一本の木の上に立ち、こちらを見つめていた。
「私をお探しかね? フェイト嬢」
こちらをからかうような、余裕すら窺えるその言動にフェイトは驚きを禁じえなかった。
しかし、驚嘆すべきはそれだけでない。
彼の右手に握られた布──カポーテが元の面積よりも大きく、ゆうに二倍は巨大化し、揺りかごのような形で固定化していた。
そしてその中には、先程プロテクションを展開した白い魔導師が優しく抱きとめるような姿でおさまっていた。
気を失っているのか、白い魔導師は瞳を閉じて身動きも無い。それはつまり──
「あんな僅かな時間で、バインドの解除だけじゃなく、あの娘を助けてサンダースマッシャーを回避した…でも、一体どうやって…」
マタドールの想像を絶する回避行動を前に、フェイトは即座に攻勢に出ることを躊躇った。
謎の回避法、先程の未知の魔法(?)…敵の戦法、手札がまるで読めない。
(どうする…?)
バルディッシュを握る手に、無意識に力を込め思案するフェイト。
そこへ──
「しかし、先程のバインド…どうやら貴女は勘違いをしているようだな?」
(勘違い…?)
どういう意味だ?
「フェイト嬢。君が私の両手を拘束したのは、彼女のバインドを破壊したようにして逃げられぬよう、手段を封じる為だったのだろう?」
言いながらマタドールは、カポーテの中で眠る少女を顎で示す。
…その通りだ。攻撃、防御の両面を塞いだ後に、大威力の砲撃魔法での封印。
作戦には何の問題も無かった筈だ。カポーテも剣も使えなければ、マタドールは打つ手が無い。
その筈なのに──
「そこがそもそもの間違いなのだよニーニャ。そもそも、私が身に付けている服も、カポーテも、道具ではなく私の体の『一部』
なのだよ。このように──」
マタドールの言葉に応じるかのように、カポーテの端が僅かに枝分かれして鞭のようにしなり、土煙と同様に宙に舞う木の葉を、
両断して見せた。
「手足の延長、武器としての応用も可能という訳だ」
得意満面といった様子で説明するマタドールに対し、フェイトは苦々しい表情を作る。彼女は失念していたのだ。
意思疎通が可能であった為に。
人骨とは言え、人型であったが為に。
先入観にとらわれ、無意識の内にジュエルシードモンスターではなく、人を相手にするような戦法を取ってしまっていたのだ。
「ところで、フェイト嬢。今のこの私の『手』を見て、何も思わないのかね?」
「手…?」
言われてフェイトは、くゆる土煙の隙間から覗くマタドールの左手を見やり──
(……無い!?)
それを認識した瞬間、背筋に走った悪寒に全身が総毛立つ。
「気付いたかね? そら、後ろだ。気を付けたまえ」
『Master!』
嘲るようなマタドールの声と、バルデッシュの警告がフェイトの耳に響く。
しかし、それよりも速く彼女は動いていた。
積み上げた知識が──
重ね上げた経験が──
彼女の才能が──
フェイト自身が考え、動くよりも速く、最良の行動という解をはじき出していた。
「はあぁぁっ!」
フェイトは瞬時に腰を捻り、サイズフォームへ切り替えたバルデッシュを、後方へ向け横一閃に薙ぎ払う。
その刹那、柄を通して両腕に伝わったのは、痛みにも似た衝撃と硬い感覚。そして同時に、耳障りな金属音が鳴り響いた。
彼女の大鎌が、背後から迫った「なにか」を弾き飛ばしたのだ。
両手両耳を襲った不快感に、僅かに顔をしかめるも、フェイトは攻撃を防いだ飛来物の行方を追う。
(っ!? やっぱり、さっきの剣…!)
空中で回転し、弧を描いて飛ぶ「なにか」──マタドールの剣を目にし、己の予感が正しかったことを、
フェイトは改めて認識した。
「戻れ、エスパーダ」
マタドールの呼びかけに応じ、剣──エスパーダは慣性も重力も無視し、大きく不自然な軌道で宙を舞って己が主──否、『本体』の
元へと飛び、天へ掲げられたその左手へとピタリと納まる。
(やはり、アレも体の『一部』…でも、まさか遠隔操作まで可能だなんて…)
「良い反応だった。術師の類は総じて白兵戦を苦手とするものと考えていたが…認識を改めねばならんようだな」
感心の声を上げながら、マタドールは楽しそうにカタカタと顎骨を鳴らして笑う。
「さて、まだ続けるかね? ニーニャ」
片手をふさがれているというのに、マタドールは余裕の色を滲ませ、フェイトに問う。
(…どうする?)
そう自問し、フェイトは思考を巡らせる。
マタドールはあの白い魔導師を抱えたまま──つまり、カポーテは封じられた状態ということだ。
防御が手薄になっている今ならば、封印も容易なのでは? と考えるが同時に異議も出る。
(あの余裕は何? まだ何か隠している技や能力がある…?)
嘘(ブラフ)なのでは? と考えマタドールを見つめるが、人あらざる骨面を窺ったところで、虚実を見抜くことなどできようも無い。
(…ジュエルシードは一つは確保できた。無駄足じゃない)
まだ未回収のジュエルシードもある。ここは戦力を整えて出直す方がいい。
考えをまとめたフェイトの行動は迅速であった。
「次は、負けない…」
そう言い残して斬られたマントを再構築。それを翻しながらマタドールたちに背を向けると、自身のホームへ帰還する為に、市街地の
方へと飛び立った。
令示視点
「退いたか…」
彼方へと飛び去って行くフェイトの姿を見ながら、俺はポツリと呟いた。
「れ、マタドール! なのはは大丈夫!?」
木の下よりユーノの声が、俺の耳に届いた。
カポーテでなのはを包み、抱えたままで、俺は樹上より跳び、ユーノの前に降り立つ。
「安心し給えニーニョ。彼女は気を失っているだけだ、大事は無い。この程度で済んだのは僥倖であろうな」
「そ、そっか…よかった」
俺の言葉に安心したのか、大きく息を吐くユーノ。
「そういう貴公こそ怪我は無いのかね? 先刻の砲撃魔法は、地面を抉る程強力な一撃だったが?」
「あ、うん。僕の居たところには届かなかったから、問題無いよ」
ユーノも大事は無いということで、とりあえず俺は安堵した。
…正直、綱渡りのような戦闘だった。
なにしろ、悪魔の攻撃には非殺傷設定などという、「生ぬるい」機能は存在しない。その殆どが殺し技だ。
それ故に、手加減、力加減を僅かでも誤ればフェイトを殺しかねなかった。
マントを斬った一撃は、正真正銘の警告だったからよかったものの、エスパーダの遠隔操作は、はっきり言って冷や汗ものだ。
一歩間違えれば、フェイトを串刺しにしてしまうような危険な一撃だった為、刃の方ではなく、柄の方を彼女に向け射出。
更にはその前に、後方から攻撃が来ることを匂わせ、直撃は避けられるように配慮もした。
それとは裏腹に、こちらが手加減しているとは悟られないよう、余裕を以ってフェイトに相対し、彼女を試すような言動で立ち
振る舞わねばならず、胃袋が痛くなりそうだった。
しかしまあ、その甲斐もあって、どうにか原作に近い形で戦いを終わらせることができた。
さて、では残った問題は一つ──なのはと、俺のことだ。
…正直、どうしたらいいのか、皆目見当もつかない。
そもそも、俺はこの娘とどういう関係を結ぶべきなのだろうか?
友達? 仲間? 他人? 敵? それとも──
「あの…どうしたの?」
「ん? ああ…すまぬ、少々考え事をしていてな」
なのはとどう接するかという、思考の海に埋没していた俺は、ユーノに話しかけられ我に返った。
…まずはなのはの手当てが先だ。俺は頭を切り替え、カポーテの中で気を失ったままの彼女に向けて手をかざし、意識を集中する。
「──メディア」
言葉に応じて顕現した、白く柔らかい光が俺たち三人を包み込んだ。
「これって回復魔法!? こんなものまで使えるなんて…」
「ふむ。やはりできたか」
ユーノの驚きの声を聞きながら、俺は一人納得の呟きを漏らす。
本来の魔人マタドールは回復魔法を持っていない。
俺が『真Ⅲマニクロ』の邪教の館で生み出した際、合体継承でメディアを所持していたので、「ひょっとしたら」と思い、「できる」
という意志を以ってやってみた結果、上手くいったという訳だ。
もっとも、非殺傷設定の攻撃でのダメージである為、これがどの程度の効果があるかは未知数なのだが…
「う、ううん…」
「っ!? なのは!」
程なくして光が消えると、効き目があったのか、なのはが寝返りをうって声を漏らす。
それに気付いたユーノが、慌てて彼女の肩に飛び乗り、声をかける。
「ん、あ…アレ? ゆーの君?」
彼の呼びかけに反応し、ゆっくりと眼を開いたなのはは、眼前に居るパートナーの姿を捉えて不思議そうに首を傾げる。
…どうやらまだ現状を把握できていないらしい。
「眼が覚めたかね? ニーニャ」
俺はなのはから見て、なるべくこちらの顔が見えないように気をつけながら話しかけた。
寝起きに髑髏面のドアップは、小学生女子には刺激が強すぎる。
また気を失ったり、パニックになられても困るので、こうした配慮をした次第である。
「マタドール……さん? ──っ!? けがは無い!? 大丈夫!? あ、あの娘は!?」
俺を見て数瞬の後、我に返ったなのははカポーテのゆりかごから飛び降り、俺の傍に寄って矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。
「まずは落ち着き給え。──順を追って説明するからさ」
俺は彼女を片手で制して宥めつつ、変身を解除。元の姿に戻った。
「さて、どこから話したらいいものか…高町はどこまで覚えている?」
「えと、あの娘の魔法を防いだところまで、かな…」
「じゃ、そこから説明しよう。あの時、俺はカポーテを使ってあの娘のバインドを破壊、そのまま目の前の高町をかっさらって、
砲撃魔法の射線上から逃げたんだ」
その言葉に、なのはは表情に不可解の色を滲ませた。
「え? でも両手とも動かせなかったんじゃ…?」
「カポーテはただの道具じゃない。マタドールの体の『一部』、手足の延長のようなもんだ。手元を封じられた位じゃ、動きの阻害にも
なりゃしない。本気で捉えるつもりなら、カポーテ全体を捕まえなきゃ止めることなんて不可能さ」
「そう…」
「で、あの娘もとりあえず今回は俺のジュエルシードを諦めたようで、そのまま帰ったみたいだ──って、どうした、高町?」
一通り経緯を説明したところで、俯き沈黙するなのはの異変に気が付き、声をかける。
「私、全然駄目だね…御剣君を、マタドールさんを助けるつもりだったのに、また迷惑かけて死んじゃうような危険な目に遭わせた…
ほんと、何やってるんだろ…」
それは、まるで自分自身に言い聞かせるかのような呟きだった。
その表情に感情の色は無い。しかし俺には、なのはが泣いているように思えた。
「なのは…」
心配そうに見つめるユーノも、どう話しかければいいかわからないようで、口を噤み、押し黙ってしまった。
(強迫観念か…)
──それは、俺が利用しようとしたなのはのトラウマ。
孤独の中から生まれた、過剰なまでの自分自身への戒め。
「いい子」でいなければいけない。
今は家族みんなが大変なんだから。
一人きりでも我慢しなくちゃいけない。
彼女の中に意識レベルで刷り込まれたその想いは、「殺人」という人として最大級の禁忌を犯しかけた自分を、今まで以上に強く
縛り付けているのであろう。
お茶会の席での強い拒絶。
己の身を省みないフェイトとの戦闘。
しかしそれでも、結局また俺を巻き込み危険にさらしてしまったと考えて、なのはは更に大きな自責の念に駆られているのだろう。
だが──
「そんなことはないさ」
俺は彼女のそんな思考を、真っ向から否定した。
「──えっ?」
俺の言葉に驚き、顔を上げるなのは。
「あの時、高町が砲撃魔法を防いでくれたから、俺はその隙にバインドを破壊して逃げられたんだ。全然、駄目なんかじゃない」
俺はなのはを正面から見つめながら、そう断言した。
「で、でも! 私が防いだのなんて、何秒か位だよ!? そんな短い時間じゃ意味が無いよ!」
が、なのはは俺からの評価に納得いかないようで、強い語調で食い下がる。
「その何秒かのおかげで助かったんだよ。戦場じゃたったの数秒が生死を分け、勝敗を決する。たったそれだけの時間を稼ぐことは大変な
大仕事なんだ。もしあの時に高町がいなかったら、俺は焦ってまともにカポーテを動かせなかったかもしれない」
これは、俺の偽らざる本音だ。
如何に魔人の力を持つとはいえ、俺にはまともな実戦経験がない。(これまでの変身の際のものは、そもそもレベルが違いすぎるか、
俺に戦闘の意志が無いものだったので、実戦とは言えない)不測の事態に陥った際、十全に力を発揮できるかと問われれば、俺は「YES」
とは答えかねるだろう。
この程度のキャリアしか持たない俺が、フェイトのサンダースマッシャーに単体で対応できたか、甚だ疑問である。
だから思う。あの時に──
「あの時に高町が守ってくれたから、俺は助かったんだよ。だから、ありがとう高町。君のおかげで俺は、御剣令示は命を救われた」
そう正直な気持ちを込めた言葉とともに俺は襟を正し、なのはに深々と頭を垂れた。
「あ──」
吐息とともに漏れた声が一つ。
頭を上げた、眼前の少女へ目をやると、呆けたように俺を見ていたその双眸から、堰を切ったようにポロポロと大粒の涙が
零れ落ちていく。
「う、ああ…うっ…あり、ありが、とう、ありがと、う……!」
両手で顔を覆いながら、なのははつっかえつっかえに感謝の言を口にする。
それは、誰への謝辞だったのであろうか。
対面しているのは俺だが、その言葉が単純に俺に向けられたものだとは、思えなった。
しかし俺にはなのはのその声に、自分の行動が決して無駄ではなかったという事実への、喜びがあるような気がした。
「ご、ごめんね二人とも、急に泣き出したりして…」
時間にして数分程だろうか。
一通り泣いて、落ち着きを取り戻したなのはだったが、泣き止んだら泣き止んだで今度は恥ずかしくなったようで、やや頬を紅潮させて
俺とユーノに謝罪をする。
「なのは、僕たちは気にしていないから。ね?」
「ああ。だから高町も気にすんなって」
俺もユーノも、互いの意見に頷きながら言葉を返す。
「…うん。二人とも、ありがとう」
そう言ってなのはは俺たち二人に向け、陰の無い、向日葵のような暖かな笑顔を向けた。
(うっ…)
しかし、その魅力的と言える笑みに対して俺が感じたのは、何とも言えない気まずさだった。
少し前まで「アレ」や「コレ」を考えていた相手に、そんな含む物のない無防備な姿を見せられると、どうにもなのはの顔を直視する
ことができず、俺は頬を掻きながら彼女から目を逸らし──
「…なあ高町、スクライア。提案があるんだが…」
その場の空気を換える為、新たな話題を口にする。
「ジュエルシードの回収、俺も参加させてくれないか?」
「──っ!? ダメ!」
俺がその希望を口にした途端、なのはは笑みを消し、眉を吊り上げ、拒絶の意を叫んだ。
「危ないよ御剣君! またさっきの娘が来たら、今度こそ封印されちゃうかもしれないんだよ!?」
「ちょ、ちょっと待て高町、俺も考え無しでこんなこと言っている訳じゃないんだよ、話を聞いてくれ!」
「……う~…」
なのはは渋々、本当に渋々といった具合ではあるが、どうにか引き下がって俺の言葉に耳を傾ける態勢をとってくれた。
「高町の言った通り、俺の体はジュエルシードで維持されている。封印魔法を喰らえばひとたまりも無いだろうよ」
「? じゃあなんで協力なんて言い出すんだい? そんなことをすれば余計に危ない目に遭うのに…」
腑に落ちないといった感じでユーノは首を傾げる。
「回収の駄賃代わりにジュエルシードをいくつか──二つか三つ位貰いたいんだよ。俺自身の強化用に」
「そんな! これ以上強くなってどうするつもり!?」
『語弊があったな。主の言う強化とは保険のことだ。一つのジュエルシードが封印されても、残りの魔力供給で命を繋げることができる。
現状、綱渡りに等しい主の生命活動には、予備のジュエルシードはなくてはならないものなのだ』
驚き、疑問の声を上げたユーノに答えたのは、俺ではなくナインスター。
『それに、フェイト・テスタロッサは主へ「次は負けない」と宣言した。彼女との再戦の確率が高い以上、それに備え弱点の補強を
行うは定石であろう』
「フェイト・テスタロッサ…?」
顔に疑問の色を浮かべるなのは。ああ、そう言えばまだこの時点じゃ名前を知らないんだっけ。
「あの黒い服の魔導師だよ。さっき戦った時に、お互いに名乗った」
まあ、俺は本名じゃなくて悪魔名なんだが。
「で、でもやっぱり危険だよ! 変身しなければジュエルシードの反応は出ないんだから、人間の姿のままでいれば、あの娘──
フェイトちゃんにだって見つからないし、安全だよ!」
確かにそういう考えもあるだろう。しかし──
「まあ、誤魔化すことはできると思うけど、何かの拍子で──事故とか事件に巻き込まれて変身しちまって、感知される可能性もあるし、
あの娘が俺を探し出す為に、強行策を取るってこともありうるぞ?」
「それは……──っ! じゃ、じゃあ私が持っているジュエルシードを御剣君に渡せば──」
「それはダメだ」
名案とばかりに喜色を浮かべるなのはの提案を、一蹴する俺。
「えっ!? ど、どうしてっ!?」
「ジュエルシードを貰おうとしている俺が言うのもアレだけどさ、それは高町が苦労して回収した物だし、第一スクライアの物だろう?
それを君の一存で渡していいのか?」
「そ、それは、そうだけど…」
なのはは俺の言葉に反論できず、助けを求めるかのようにユーノへ視線を送る。
「う゛っ……」
懇願するかの如き彼女の視線に、フェレットは気まずそうに後ずさる。
まあ、そりゃいくらなのはのお願いでも、折角拾い集めたジュエルシードをあげよう、なんてすぐ言える筈無い。
とは言え、なのはも危険を覚悟で回収作業を手伝ってくれてる訳で、ユーノとしても頭ごなしにその希望を断るのも、
気が引けるのであろう。
「それに、仮にここでジュエルシードを貰っても、俺は二人を手伝うぞ?」
義務と恩義の板ばさみになっているユーノが気の毒なので、俺は助け舟を出した。
「ええっ!? どうしてっ!?」
それじゃ意味が無いとばかりに噛み付いてくるなのはに、俺は笑いながら返事をする。
「さっきの砲撃魔法で、この前の『貸し』を返してもらったんだ、この上苦労して手に入れたジュエルシードを貰っちゃあ、そのまま
「ハイさようなら」なんて言えないだろ? 今度は俺が貸しを作っちまったことになる」
「あ──」
先日の家でのやり取りを思い出したのか、なのはは目を丸くして、俺へ詰め寄っていた動きを止める。
「で、でもあれは──」
「高町は『俺がヤバイ時とか、困っている時に助けてくれ』って言ったあの時の約束をしっかり守ってくれただろ? 自分の体まで
張ってさ。だから、この場でジュエルシードを渡すって言うのなら、報酬の前払いってことで手伝うぞ、俺は」
なのはに二の句を言わせず、俺は自分の意を通す。
「…わかった。手伝って貰うよ」
「っ!? ユーノ君!?」
俺の頼みを聞き入れたユーノに、なのはは非難混じりの声を上げる。
「なのは。どう言っても令示は僕たちを手伝うつもりだよ。…彼をこんな体にしちゃったのは僕の責任だ。そのせいで死ぬ危険が
あるって言うのなら、何とかしなくちゃいけない…」
「ユーノ君…」
俯き、重い口調でそう告げるユーノに、なのはは反論することができない。
「それに、連日の回収でなのはも疲れが溜まっている。正直、彼が手伝ってくれるというのなら、こちらも助かる」
「それは……」
完全に逃げ道を封じられたなのはは、沈黙をする。
…これでいい。これでナインスターが当初言っていた『原作への積極的関与』が容易になったか…
身の振り方や保身が、重要であるという考えに変わりは無い。
しかし、原作には無いイレギュラーが、『俺』という因子が生み出したイフが、この娘を危険にさらすという可能性がある。
先程のフェイトとのやり取りが、正にそれだ。…下手をしたら最悪の事態もあり得る。
そうならないように、気を付けなくちゃならない。もしなのはが死亡するなんてことになったら、罪悪感で死にたくなる。
「決まりだな。それじゃ、今後ともよろしく──」
「御剣君っ!」
経緯や今後のことはさて置いて交渉は成功した。そう思い、二人に改めて挨拶をしようとしたその時、なのはが俺を見つめながら
叫びを上げた。
「な、何?」
その有無を言わせぬ気迫に、思わずたじろいてしまう俺。
「そ、その…無理しちゃダメなんだからねっ!」
「お、おう…」
「約束…だよ?」
言いながら、なのはがこちらへと歩み寄り、俺の右手を自身の両手で包み込んで俺を見つめる。
直接触れられたうえに、本気でこちらを案じる視線を向けられた俺。うう、居心地が悪い…
「じゃ、じゃあそろそろアリサたちのところに戻るか。あそこで気絶している猫を、ユーノとなのはが見つけたってことにすれば、
不自然じゃないよな?」
俺は、自分を心配してくれる彼女のその視線から逃れるように、ゆっくりと距離を取り、少し離れたところで気を失っている子猫の方を
向きながら、話題を変えるつもりでそう言った。
しかし──
「えっ? 今、「なのは」って──」
「っ!?」
しまった! なのはに触れられて気が動転した!
「わ、悪い間違えた! 急に名前で呼ぶなんて失礼だった! 気を付け──」
「い、いいよ! それで、「なのは」でいい!」
慌てて謝罪をして、その場を取り繕おうとした俺の言葉を、なのはが遮った。
「みつ──ううん、私も令示君って呼びたい…」
ダメ、かな…? 少し怯えるような口調でそう言いながら近付く彼女は、再び俺の手を握る。
──そんな風に言われて、断れる筈が無いだろうよ…
「…ダメな訳無いだろ? じゃ、俺もなのはって呼ぶな?」
「うんっ!」
「っ!? …それじゃ、スクライアもユーノでいいかな?」
笑顔で頷くなのはを直視できず、俺は誤魔化すかのようにユーノへ話題を振る。
「うん。僕もそれでいいよ。よろしくね、令示!」
「んじゃ二人とも、『コンゴトモヨロシク』だ」
二人に笑顔を向けながらも、俺はこの後も後ろめたさというか、馬鹿な黒歴史を思い出して──いや、『対象』となった本人と行動を
ともにする訳だから、常に頭抱えて転げ回りたくなるようなハメになるんだろうなぁと、心中で嘆息した。
第四話 愚者の英断、臆病者の勇気。(終編)
後書き
中二的な台詞は心が昂ぶりませんか? どうも吉野です。
戦闘シーン、なんかやりすぎちまった感があります。(ちなみに今回のマタドールの『今の一撃は忠告~』の台詞は『ARMS』の
新宮隼人の騎士、初覚醒時の台詞を参考にしました)
今までちゃんとした戦闘シーン書けなかったので反動が出たかもです。
戦闘シーン書きたかったんですよね。虚淵先生みたいなスタイリッシュなバトルに憧れます。
さて、ようやくキャラの下地というか、ストーリー開始の為の準備が整ったという感じになりました。一つの節目を迎えた形ですかね。
いよいよ次回の更新よりとらハ板に移行します。
以前にお伝えした通り、タイトルは『偽典 魔人転生』へ変更になりますので、ご注意下さい。
そして次は、温泉の回になります。新たな魔人も登場する予定。
第五話タイトルは『魔僧は月夜に翔ぶ』
読者諸兄、マガツヒを滾らせてお待ち下さい。
では、次回の更新で。失礼します。
追伸
劇場版『リリカルなのは』、あと『Fate UBW』観てきました。
『Fate UBW』はストーリーのカットが多くて、ちょっとダイジェストみたいだったのが残念。
『なのは』の方は、二時間で上手く詰めたなあと思いました。プレシアの心情や過去を、詳しく描いていたのも良かった…
でも、時の庭園でのクロノの名言が無い! 戦闘シーンも話の流れも良かっただけに、ここがちょっと不満でした。
プレシアのエピソードを今後の執筆で生かせたらいいな…