「…………」
「…………」
俺と忍さんの間に、何とも言えない不穏な空気が流れる。
…何か、前にもこんな事があった様な気がするな。
「お姉ちゃん…令示君…」
「忍お嬢様…」
そんな俺たち二人の間に交互に視線をやりながら、不安げな声を漏らすも、どうにか出来る筈もなく、ただただ逡巡するのみの、
すずかとノエルさん。
二人の言動を見るに、どうやら「コレ」は忍さんの独断専行ということか。
さて、どうするか。これは予想外の展開──いや、予想は出来たか。
すずかの正体を口にした時点で、こうなることは予想出来た筈。
つまりは、俺の読みが甘かったということか、糞。
…悔やんでも仕方がない、当面の問題をこなす方が先決だ。
さて、じゃあ『俺=誘拐犯を叩きのめした奴=吸血鬼の事を知っている奴』という図式のソースはどこから得たのか?
まあ、これは考えるまでもないか、あの現場に居たアリサとすずかの二人だろう。
すずかが吸血鬼の膂力を発揮したところをアリサ(と俺とチンピラの親玉)に見られている訳だし、証拠隠滅、口裏合わせ等、
月村家当主としてチェックすべきところはいくらでもある。恐らくは、その時のすずかたちの証言と、今まで何も接点がなかっ
た筈の御剣令示という男を、お茶会に呼んだことから上記の図式が成り立ったのであろう。
(じゃあ、この質問はカマをかけて真偽を確かめようってことか?)
俺が悪魔化出来る様になったのは、ほんの数日前。
俺を、「御剣令示」をいくら調べてみたところで、魔人マタドールに辿り着く筈がない。
埒が明かなくなり、直接問質すことにした。まあ、こんな流れか?
第四話 愚者の英断、臆病者の勇気。(中編)
では、この質問にどう答える?
カマかけである以上、すっとぼけて切り抜ける事も不可能ではないだろう。
だがそれは、結局忍さんの警戒心を残したままにするという事だ。後で利息付のツケを支払わされる可能性がある。
…ここはさっさと片付けちまうか。
だから俺は──
「すずかから聞いてませんか? 悪魔に変身出来る俺は、人には見ることの出来ないものを『視れる』って」
「っ!? 令示君!」
バカ正直に質問に答えることにした。…まあ、すずかたちに話したのと同レベルの解答だけどな。
「……驚いたわね。シラを切るものだと思っていたのに」
俺の答えに、すずかも忍さんも目を丸くして驚きの声を漏らした。
「ここで嘘をついて逃げたとしても、後で面倒な事になるのは目に見えてますから。だったら今、変な誤解を解いておいた方が
いいでしょう?」
「誤解ね…それじゃあ確認するけれど、すずかたちが誘拐された場所に現れた、髑髏の剣士は貴方が悪魔の姿になった者という
事でいいのかしら?」
「ええ。マタドールという名前の悪魔です」
しれっと答えた俺に、真顔になって新たな疑問を投げかけてきた忍さんに、俺は頷きながら補足を加えた返事をする。
「そう…それじゃこれが最後で一番重要な質問。あなたが誘拐の現場に居たのは、計画の内?」
「あの、言っている意味がよくわからないんですが…?」
首をかしげてそう言うと、忍さんは数秒程うつむいた後、厳しさを伴った視線を俺に叩きつけながら口を開いた。
「…それじゃ、ざっくばらんに言わせてもらうわ。貴方がすずかを助けたのは、信頼を得てこの家に入り込みやすくする為ではなくて?」
「!? お姉ちゃん!」
月村家を、『夜の一族』を狙う為に妹を助けたのだろう? という、忍さんの問いかけの意味を察したのだろう、すずかが怒り
混じりの大声を上げた。
それに対して俺は──
「まさか。俺が本当にすずかや貴方を狙っているんだったら、そんな無駄な事しませんよ」
平然とそう言ってのけながら、小さく呪を唱え──
「無駄な事?」
「ええ、無駄です。だってやろうと思えばいつでも──この様に、いつでも貴女の後ろを取れる故に」
「「「!?」」」
魔力運用の効率化によって、瞬時にマタドールへと変身したその刹那、忍さんの背後に回り込み、俺はそう答えた。
「忍お嬢様っ!」
三者が(忍さんの顔はわからないが)目を見開き、驚きの表情を浮かべる中、最も早く俺に反応したのは、やはりノエルさんだった。
主の危機と判断し、瞬時に戦闘状態へ移行したのであろう。一足で俺との距離を詰め、左腕に仕込んでいたブレードを装着。
つい先程までの優しさなど一片も見せず、ノエルさんは俺を脳天から唐竹割りにせんと、鉄の刃を大上段から振り下ろしてきた!
その思い切りの良さは、まるで示現流の二の太刀要らず。しかし──
「悪魔を相手にするには、力不足!」
言葉とともに、俺は両手からエスパーダとカポーテを消去。
ノエルさんの方へ半身で踏み込んで斬撃を回避し、ブレードの間合いの内側へ入り込む。
同時に彼女の左肩に右手を押し当てながら、両足を右足で刈り払う──柔道で言うところの、大外車に近い投げ技。
「な──」
支えを失ったノエルさんは、俺の投げの勢いで仰向けに倒れていきながら、呆然とした表情で空を見上げていた。
この技はこのまま頭から地面に叩きつければ、脳震盪か、下手をすれば死亡するほどの威力がある──相手が人間ならば。
戦闘機械である彼女に、これがどの程度の効果があるかどうかは知らないが──
「──No es mi aficion para romper una flor bonita」(美しい花を手折るのは、私の趣味ではない)
俺は中空のノエルさんの背中と、両膝の下に両手を差し込み彼女を抱き止めた。
「──え?」
何が起きたかもわからない内に俺に抱えられて、困惑の表情を作るノエルさん。忍さんもすずかも同様だ。
まあ無理もない。『夜の一族』を上回る身体能力を持つノエルさんが、それを凌駕する力によって僅か数瞬で抑えられたのだ。
この俺の、悪魔の力によって。
「理解したかね? 私が言った「無駄」という言葉の意味を」
忍さんの方へ顔を向け、俺がそう言ったその時、
「──くっ!」
抱き上げられたままの体勢で、ノエルさんがブレードを薙いで俺の頸骨を狙う。
「む──」
俺が背骨を反らしてその一撃を躱すと、ノエルさんは両足を高く振り上げて反動を生み、勢いよく俺の腕より跳び上がって逃れる。
スカートを空中ではためかせ、その隙間からすらりと長く、均整の取れた白くまぶしい両足を、太腿まで覗かせながらノエルさん
は地へと降り立った。
間髪容れず、彼女はブレードの切っ先を俺に向けて構え、両膝を深く曲げる。…突撃(チャージ)をかますつもりか? ならば──
「ノエル! もういいわ!」
俺がノエルさんの攻撃に対応するよりも速く、忍さんの声が彼女の行動を押し留めた。
「忍お嬢様!? しかし!」
「ダメよ。やめなさい」
構えを解くことなく俺を睨みつけながら、抗議の声を上げるノエルさん。しかし忍さんはそれを許さない。
「っ…」
数秒の俺との睨み合いの後、ノエルさんは目を伏せ、ブレードを下ろして構えを解いた。
「私はともかく、ノエルまで子供扱い…貴方の言う「無駄」とはこういう事?」
「然り。貴女らの力では、私を止める障害足り得ぬ」
そう言いながら、笑う俺。
蒼空の下、カタカタと顎骨を鳴らして笑う骸骨の姿は、さぞかしシュールなことだろう。
「──つまり、貴方がその気になればこの屋敷を力で制圧して、私たちを殺す事も攫う事も、容易だった…。つまり信頼を
得ようなんて、考える必要すらない。だから「無駄」、そういうことね…」
忍さんはこめかみに手を当て、深い溜息を吐いた後、
「ゴメンなさい。完全に私の早とちりね…月村の当主として謝罪します」
佇まいを直し、俺に向かって深々と頭を垂れた。
「ただ、ノエルの事は悪く思わないで欲しいの。この子の行動は、私を守ろうとしてのものだから」
「御安心を。元より我が潔白を晴らす為の行動故、そのような思いは皆無──いや、主を救わんと一命を賭け私に向かって
来たその胆力。敬意すら覚える」
「──えっ? あ、ありがとうございます…」
斬りかかって褒められるとは、思ってもみなかったのであろう。ノエルさんは目を丸くする。
そして、使用人としての条件反射的な行動であろう。俺に頭を下げ、礼を口にした。
「──それで、俺への疑いは晴れたと思っていいんですか?」
俺は人の姿に戻りながら、忍さんの方に向き直りそう尋ねた。
「ええ。さっきも言ったけど、貴方の力があれば計画を立てる意味が無く、こんな無駄話をする必要も無い。それを目の前で
証明されてしまったのだもの。何も言えないわ」
「それじゃ、お茶会を始めても問題ないですよね?」
「えっ?」
俺が大きく安堵の息を吐いてそう言うと、忍さんはしきりに目をしばたかせて、きょとんとした表情を作った。
「えっと、参加、するの? お茶会…」
「えっ!? やっぱダメですか!?」
「違うの! そういう意味じゃなくて!」
やっぱり疑われているのか!? と、よくよく考えてみれば怪しさ400%の自分の立場に頭を抱えそうになったその時、
忍さんが全力でそれを否定する。
「その、アレだけ不愉快なことをして、怒るのならともかくまさかお茶会だなんて、言うとは思わなかったから…」
ああ、そういうことか。
「まあ、気にしていないって言ったらウソになりますけど、すずかのお姉さんの立場を考えれば、仕方の無い事だと思いますから」
「そう言ってもらえると、助かるけど…」
口ごもる忍さん。しかし、こちらとしてもあまりこの会話は引き伸ばしたくない。
俺の悪魔化によって発動したジュエルシードの反応を、こちらに向かっているなのはたちと、フェイトが感知した筈だ。
元の姿に戻ったから、今のところフェイトにみつかる恐れは無いが、なのはたちは驚いていることだろう。さっさと覚えたての念話
で問題ない事と、すずかたちを誤魔化す、打ち合わせの件を伝えなくてはならない。
だから、俺は忍さんの声を遮るようにして、恐る恐る要望を口にした。
「あの、すいません。ちょっとトイレに行きたいんですけど…」
「さてと。初めてだからな、落ち着いて──」
《おーい。高町ー、ユーノー、聞こえるかー?》
屋敷内のトイレに案内された俺は便器に腰掛けると、胸のジュエルシードに意識を集中して、こちらに向かっているで
あろう二人に念話を送った。
《ええっ!? 念話!?》
《えっ、えっ、誰!?》
突然の念話にびっくりしたのであろう、二人の驚きの声が伝わってくる。
《俺だよ俺、俺! 御剣令示!》
《ええっ!? 御剣君!?》
《なんで君が念話を使っているんだ!?》
《まあ落ち着け。念話はナインスターに教えてもらったんだよ》
《《ナインスター?》》
オウム返しにそう言う二人が、首を傾げる様子が目に浮かんだ。そう言えば、この二人にはまだ伝えてなかったっけ。
《仮想人格のことだよ。いつまでもコレじゃ呼びにくいから名前をつけたんだ》
《そうだったんだ…って! それどころじゃないよ! 少し前にジュエルシードの発動があったんだ!》
《あー、スクライア。それ俺だ》
《へっ?》
《いやー、トイレで何気なく天井を見上げたら、張り付いていたゴキブリが俺の顔めがけて降って来てな。びっくりして変身
しちまったんだ。あ、ちなみにゴキブリはちゃんと避けたからセーフだぞ?》
《そ、そうだったんだ…》
《ひ、人騒がせだなぁ…》
暴走体の事件ではなかったことに、なのはとユーノは安堵の息を漏らした。
《…アレ? でも、ジュエルシードの反応があったのは、御剣君のお家とは反対方向だよ?》
《ああ、今友達の家だ。お茶会に誘われてな》
《へ? あの…それってもしかして、すずかちゃんのお家?》
《ん? なんだ高町、すずかやアリサと知り合いか?》
俺は知らんぷりして、不思議そうな声色でそう尋ねた。
《アリサちゃんもすずかちゃんもお友達だよ! 今日のお茶会にも呼ばれてる──っていうか、なんですずかちゃんと御剣君
がお友達になっているの!?》
おー、混乱してる混乱してる。まあそりゃそうか。自分の交友関係が知らないところで繋がってたんだからなぁ。
と、感心してる場合じゃねえか。いつまでも便所にこもってらねえからな。
《えっ!? 高町もすずかの家に来るのか? ん~こりゃマズイな》
《マ、マズイって何が?》
《いや、俺と高町が知り合いだってわかったら、すずかたちにどこで会ったのかとか聞かれるだろ? どう答えようかと
思ってな》
変な事言えないし、聞かれないようにしないとな、と言葉を続け、俺はなのはに同意を求める。
《そ、そっか…そうだよね》
これから起きる事態を考えたのだろう、なのはは真剣な声で呟いた。
《で、だ。すずかたちにはこう伝えたらどうかな?》
そう言って、俺は自分の考えを披露した。
「ふー」
なのはたちと、対すずか・アリサ用カバーストーリーの打ち合わせを終えた俺は、溜息を吐きながら手を洗い、トイレを後にした。
「お待たせしま──」
俺は少し離れた通路で待ってくれていた忍さんたちに、声をかけようとして、それを止めた。
凄まじく空気が重いのだ。忍さんとすずかの間に険悪な気配が漂っていて。
え? え? なにこれ? 少し離れている内に一体何があったんだ!?
混乱して、周囲を見回すうちに、二人の間合いの外で困った顔をしているノエルさんを見つけた俺は、傍によって、事の次第を尋ねた。
「あの、忍さんとすずか…何かあったんですか?」
「令示様。…実は、先程の忍お嬢様の言動に、大恩ある令示様に向かって、とるべき態度でない無礼な行いだと、すずかお嬢様が
大変お怒りでして…」
「へ?」
ノエルさんの言葉に、俺は改めて二人へ視線を送った。
成る程。言われてみれば確かに、視線に怒気を込めているのはすずかの方で、忍さんは気まずそうに目を伏せているだけだ。
…そうか、すずかは俺の為に怒ってくれている訳か。
正直その気持ちはすごく嬉しい。
嬉しいがその反面、俺は忍さんの気持ちもわかってしまうのだ。
月村家は吸血鬼の家系だ。内に外に、多くの敵を抱えている。
そんな一族の当主ともなれば、僅かに気を抜くことも出来ないだろう。
僅かな油断、僅かな隙がダムに穿かれた蟻の一穴の如く、一族全てを崩壊させる致命的な悪手になりかねない。
だから、不確定要素の塊である俺を見過ごす事は出来なかったのだ。…妹を守る為にも。
(今後の姉妹関係をギクシャクさせる訳にもいかんからなあ、つーか原因は俺だし、やっぱ俺がすずかを説得するしかないか…)
なんか動く度にドンドン深みにはまっているような気がするぞ、俺。
そんな益体もない事を考えながら、俺はすずかを宥めるべく歩き出した。
第四話 愚者の英断、臆病者の勇気。(中編)END
心理描写は難しい、なかなか話が進みません…
ゴメンなさい、今回もフェイト出せませんでした。
あと、四話が終わったら正式なタイトルを決めて、とらハ板に移動しようかなと思うのですが、どうでしょうか?。
とりあえずタイトルは『偽典 魔人転生』にしようと思っています。
追伸
令示の話していたGの話は自分の実体験だったりします。便所じゃなくて風呂場でしたけどw