プロローグ
俺は御剣令示。いわゆる転生者という奴だ。どこぞの逆転検事と名前が似ているが気にしないでほしい。
会社帰りに何者かに背中を刺されてそのまま死亡。で、気が付いたら出産したての赤ん坊になっていた。
こうやって言うとあっさりしているが、実際は気が狂うほどの痛みと苦しみでのた打ち回って死んだ挙句、
歩行も意思疎通もままならない赤子への変化。当時の俺は訳がわからず、わめき散らしていたのだが、看護
師や母親には泣き声にしか聞こえない為、癇癪持ちの赤ん坊扱いされていた。まあ、二、三日で落ち着いたが。
もっとも、喚いても何も解決しないから、落ち着かざるを得なかったんだがな。
数日後、無事(?)病院を退院した俺は母親に抱かれてタクシーに乗り、自宅へ帰ることになった。
(さて、ここは一体どこなんだ? 現代の日本にゃ違いなさそうだが、関東かな?)
退屈しのぎに、窓から街の風景を眺めようと窓へ顔を向けた俺は、自分の目を疑った。
「海鳴市役所」とか、「聖祥付属小学校校門前」とか、「バニングスインダストリー」などといった看板や
案内図を次々と目にしたのだ。
「リリカルなのは」かよ、オイ…
転生先が現代日本のどっかだと思っていた俺は驚きを通り越して呆然とした。が、
(待てよ……これってチャンスじゃねえか?)
脳裏によぎった考えが、飛びかけた俺の意識を引き戻す。
前世の俺の人生はお世辞にもいいものだったとは言えなかった。
二〇代半ばで両親は他界。兄弟姉妹も無い。
死ぬ直前の三〇代半ばで彼女も女房も無しの天涯孤独。
おまけに、最終学歴がパッとしない中の下ランクの高校卒業だった俺が勤めていたのは、これまた中の下レベルの零細企業。
出世や昇給よりも、自分の首の心配をした方がいいといった具合だった。
三〇代にして、残りの人生に諦めしか見出せなかった前世。
だが、今は違う。現時点で俺は高校卒業程度の学力と、社会人としての一般常識、そして「リリなの」の知識がある。
上手く立ち回れば、なのはやフェイトやシグナムといった素敵なおっぱいを我が物とするのも夢じゃない。いや、
SSじゃ俺のような転生者は大抵、なのはと幼馴染フラグが立っている筈だ。
ならば自分好みに育て上げる『プリンセスメーカー』や『光源氏』の真似事も可能! なーに、士郎パパ入院事件
のぼっちなのはに接触すれば簡単だろ。
いやいやいやいや。そんなケチな事で喜んでる場合じゃないぞ。ここまでくれば俺は最初からオーバーSランクの
チートオリ主。なのはだけじゃねえ、フェイトもシグナムもその他諸々含めて俺のハーレムを作ってやるぞ!
そう、「ボクは次元世界の神になる」ってなもんよ!
俺はそこまで考えて月ばりの高笑いを上げたが、母さんには景色を眺めてはしゃいでいるようにしか見えなかった
らしく、「楽しい? 令示」と微笑みながら頭を撫でられた。
それが気持ち良くて目を細めながらも、俺の壮大なる野望の火蓋は切って落とされたのだった。
目指せ、おっぱいハーレム!
……そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました…
現実は甘くない。生まれ変わったアニメ世界、しかもそれに気付いて数分後で、そんな事を思い知らされるとは…
母さんに抱かれてタクシーから降りて目にしたのは、築二~三〇年位の古いアパートだった。
(え? もしかして…)等と考えている内に、母さんは二階角部屋の鍵を開くと、中へと入って行き、
そのまま部屋の奥にある仏壇の前に腰を下ろす。
位牌の隣にある写真立てを手に取った母さんは、白黒の写真に写る線の細い、なよっとした兄ちゃんに語り掛けた。
「あなた、私たちの赤ちゃんよ」
ってオイ! 親父死んでたのかよ!
……入院中一回も顔見てないなって思っていたら、こういうことかよ。
つまり我が家は母子家庭。
↓
住居を見ても経済的余裕があるとは言えない。
↓
私立でエスカレーター方式の聖祥はブルジョアな学校で、当然学費も高い。
↓
聖祥同級生フラグ\(^o^)/オレタ
だが、悲劇はこれで終わらない。
フラグが折れて打ちひしがれそうになった俺はふと、ここまでの道程が脳裏によぎった。
タクシーの窓から見た限り、このアパートは商店街や市内中央の商業地域から離れている。
↓
当然この付近に翠屋は無いし、なのはの家も翠屋から歩いて行ける位、近くの筈。
↓
ついでに言えば、ブルジョアの暮らす地域はもっと閑静な住宅街。こんな住宅密集地な訳が無い。
↓
アリサ、すずかも当然そっち。
↓
幼馴染フラグ\(^o^)/オレタ
あんまりな展開にorzになりかけた俺だが、何とか踏み止まる。まだだ、まだ終わらんよ。
まだ最後の希望、『魔力オーバーSランク、レアスキル持ち』が残っている。
事前交渉のフラグがなくとも、これがあれば何とかなる。
…凡夫がハーレムを得る為には、相応のチートが必要となる。それが、二次創作におけるモテオリ主の原則。
あの頃僕は、それが世界の真実だと信じていた…
一人で出歩けるようになった俺は、半ばストーキングに等しい調査でなのはが同い年であると突き止め、歳離れ過
ぎ系の一発ネタSSではない事に安堵した。
なので、無印開始の正確な日付も知らない俺は、果報は寝て待てとばかりに、淫獣からの念話をじっと待っていた。
が、ある日の下校時。井戸端会議で盛り上がる、おばちゃんたちの噂話を耳にした俺は愕然とした。
曰く、「槙原動物病院が事故でメチャクチャになった」と。
嘘だ嘘だと心で叫びながら、俺は一路、病院へと走った。
辿りついた俺が目にしたのは、まさに噂通りの惨状。
──魔法少女リリカルなのは、始まってました。
…エリ・エリ・レマ・サバクタニ。(神よ神よ、どうして私を見捨てたのですか?)
終わった。何もかも。
『諦めろ。試合終了だ』という、安西先生のAAが何度も脳内でリフレインした。
…ずっと待っていたのに、俺にはユーノの声なんて全く聞こえなかった。
──ああ、認めざるを得ない。俺はオーバーSランクどころか、魔導師の素養も皆無の凡人であると。
こうして夢破れた俺は、しばらくの間塞ぎ込んでいたのだが、その様子を目にした母さんに大変心配をされてしまった。
こんな碌でもない欲望を抱いていた俺を純粋に気にかけてくれる母さんを見て、俺は自分が情けなくなった。
夜遅くまで働きながら育児と家事もして、不平不満も漏らさない母さん。
そんな人に無用な気遣いまでさせて、俺は一体何をやっているのだろうか?
叶わない妄想に時間を費やす暇があるのならば、息子として大切な家族を支えるべきではないのか?
使えない魔法に未練を持ってもしょうがない。ならば母の為に、もっと身の丈にあった夢を追うべきではないのか?。
ここにきて、俺は自分がどうしようもない中二病患者そのものであった事に気が付き、渋面になった。
精神は肉体に惹かれるというが、正にそれだ。いつの間にか、俺は意識まで若返っていたのかもしれない。前世の
自分であれば、こんな妄想鼻で笑っていた筈だ。
こうして、今までの自分を反省した俺は母さんを助ける為、身の丈にあった夢を追うことを決意した。
とは言え、俺にはまだ前世知識と言うチートがある。これを活かさない手はない。
中学を出たら大検を受けるのだ、卒業したら司法試験か、国家公務員Ⅰ種試験をパス。そのままキャリア官僚か、
弁護士にでもなるか、名前通りの天才検事を目指すのも悪くはない。
ま、そこまでは無理でも最低限勝ち組に入って、母さんに楽をさせてあげなくては。
そこまで考えた俺はその週の休日、早速街へ出て図書館や書店を巡り、大検を受ける為の資料集めを始めた。
(大学の授業料は高いからなぁ…やっぱ奨学金借りるしかねえかな? ったく、税金も払わん外人はタダで入学させ
て、散々金を毟り取られてる国民は学費を払わなきゃならんとは…世の中おかしいだろ?)
そんな事を考えながら街を歩いていたその時、目の端でえらく眩しい光が閃いた。
「なんだぁ?」と、首を傾げながら振り向いた俺の視界に入ったのは、十数メートル先の交差点で、スポーツウェ
ア姿の小学生男女一組が光に飲み込まれるところだった。
(あ──)
それは、無印三話のジュエルシード暴走のシーン。何でこんな肝心な事忘れてたんだ!
二人を中心に急速成長する、巨大樹型ジュエルシードモンスターは、轟音と共に大蛇のような根を四方八方へと
張り巡らせる。当然、俺が立つこちらへも高速で迫る。
(やばい!)
気が付いた時にはもう遅かった。トラックにも匹敵する質量を持つ木の根に衝突されたその瞬間、俺は意識を失った。
「ぐっ…ごは!」
一瞬か数分か。全身が砕かれたような激痛に叩き起こされ、俺はうめき声を漏らしながら気力を振り絞り上半身を
起こして周囲を見回した。
「ここは…根っこの上か…?」
大体二階位の高さであろうか、視界の位置と背中の感触から、蠢く木の根に撥ね上げられたと、俺は悟った。
(──って!? この位置はヤバイ!)
この後、なのは初の長距離封印砲撃が来る。このままここにいたら、ジュエルシード封印と同時に足場が消えて俺
は地面に叩きつけられる!
(早く、早く逃げねえと!)
渾身の力で手足を動かし、立ち上がろうとするが、這いずるのが精一杯。動く度に電撃の如き激痛が全身を駆け巡る。
だが、俺に死刑宣告をするかのように、視界の端に映ったビルの屋上で、桃色の光が強く輝いた。
全身が総毛立つ悪寒に襲われ、芋虫のような動きでこの場から離れんと必死でもがく。しかし、そんな努力も虚し
く大砲の如き轟音が響き渡り、桃色の砲撃は無慈悲にも放たれた。
マズイと思ったときにはもう遅い。高速で飛来するソレは、ナメクジのように蠢く俺を嘲笑うかの如く、暴走体へ着弾。
目が潰れそうな程の光の爆発に視界を奪われ、それと同時に全身が浮遊感に包まれたその刹那、俺は地面へと叩きつけられた。
「グッ! ガハァ! ゴブッ!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイ
タイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタ
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいい
たいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!
言葉が出ない。身体がバラバラになりそうだ。
あまりの痛みに転げ回る事すら出来ず、身体をくの字に折り曲げながら、口から大量の血をぶちまけ、呻きを上げる。
しかし、気が狂うほどの痛みの中にありながら、心の奥底の冷静な部分が、自分の状態を正確に分析していた。
自分の身体から温もりが、力が、意識が消えていく感覚が、あの時と──前世で死んだ時と同じなのだ。
だから気が付いてしまった、「もう助からない」と。
「…い゛……や゛……だ……」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
また死ねというのか!?
また苦しめというのか!?
俺が何をしたって言うんだ、ああ、確かになのは達を相手にふざけた妄想をしたり、計画を立てたりもしたが実行
なんてしていない!
前世でも今でもこれという悪事なんて働いてねえ!
だって言うのに死ねって言うのか? これが俺の運命だって言うのかよ!
「あ、はは…ふざ……けんな…」
消えたくない。
死にたくない。
誰か誰か誰か誰か!
悪魔でも邪神でもいい、消えたくない、死にたくない!
「俺」を助けてくれ、「俺」を残してくれ!
筋力を魔力を精神力を耐久力を知力を──力を寄越せ!
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」
叫びを上げたその瞬間、俺の視界は真紅の光に包まれた。
プロローグ END