////8-1:【フラグが立ちました】
『土くれのフーケはゼロのルイズに呪い殺された』
『ゼロのルイズは土くれのゴーレムを宝物庫の壁ごと爆破した』
『ゼロのルイズに近づくとあたりに誰も居ないのに男性の声が聞こえる』
白髪のメイジ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールについての学内の噂はエスカレートしてゆく。
微熱のキュルケや雪風のタバサはそれを快く思っていないが、本人であるルイズは気にした風もない。
『ネクロマンサー(Necromancer)』と呼ばれるラズマの聖職者はそもそもが、他の一般人との間に自ら線を引いて生きる、超然たる存在である。
彼らは通常の人とは異なり、『偉大なる存在の円環』のすぐとなりに生きており、そのゆらぎを通してものごとを見ている。
サンクチュアリにおいてさえも一般に忌み嫌われ、畏怖されるラズマ僧は通常の人たちとは異なった倫理のもとに生きている。
だから、ハルケギニアでたった一人のネクロマンサーであるルイズは、多少怖がられたり敬遠されたりしているほうが生活しやすいと、むしろこの状況を喜んでいるようだ。
もともと彼女には友達も少なかったから、噂によるダメージもほとんど無かったという理由もあるが。
『ゼロのルイズはネズミの死体をおやつにティータイムを楽しんでいる』
『ゼロのルイズは死体に性的な興奮を覚える趣味だ』
本人が気にしないからといって、周囲の者たちにとっては、たまったものではない。
キュルケとタバサは言わずもがな、モンモランシーなどは可哀想なほどにそれらの噂を気にしている。
なにしろ彼女の恋人のギーシュがルイズの住んでいる物置小屋、『幽霊屋敷』と呼ばれるそこにしょっちゅう遊びに行っているのだ。
このままでは、ギーシュについてもあまりよくない噂が立つかもしれない。
モンモランシーが彼に何をしているのかを聞いても、あまり詳しいことは教えてもらえない。
もうけ話と魔法の研究だ、今にもっと大もうけするから見まもっていてくれ、という彼の主張を信じるほか無い。
じじつ、最近の彼は妙にお金を稼いでいるようなので、その主張を信じることもある程度出来ないこともないのだが。
ギーシュに貰った綺麗な誕生石の指輪を手のひらで転がしつつ、モンモランシーは今日も彼氏の浮気がないことを祈って悶々としている。
さて―――
今夜はフリッグの舞踏会。互いを想いあっているカップルが一緒に踊れば、将来必ず結ばれるという。
この指輪はちょっとサイズがゆるすぎたのだが、直すには時間が足りないだろう。今夜はこの指輪をつけて、ギーシュと踊ろうか―――
「あっ……」
しまった、とモンモランシーは目を見開く。
手から零れ落ちた指輪は、レビテーションの魔法をかける暇もなく、ころころと螺旋階段を転がり落ちていってしまった。
転ばないようにスカートのすそを掴みながら、あわてて階段を駆け下りる。
「あなたの落し物ですか? ミス・モンモランシ」
「……ええそうよ、拾って下さったのね、礼を言うわ」
「いえ」
階下では、黒髪のメイドが指輪を拾い上げ首をかしげていた。ハルケギニアに黒髪は珍しい。
なので、彼女には見覚えがあった。たしか以前、ギーシュが香水のビンを落としたときに拾ったのも、彼女だったはず。
よくもまあ落し物を拾うメイドだ、とモンモランシーは苦笑した。
「それでは、私はこれで……」
「待ちなさい、ええとあなた確か、ゼロのルイズの」
指輪を返し、礼をして立ち去ろうとしたメイドを、モンモランシーが呼び止めた。ルイズの名を聞くと、メイドの顔がこわばった。
(そういえばこの娘って、『生け贄』なのよね)
周囲から誰もやりたがらない仕事―――ゼロのルイズの世話―――を押し付けられ、ほとんど専属になってしまったメイドが居て、陰では『生け贄』と呼ばれている、と聞いた。
モンモランシーも、『幽霊屋敷』の近くでよく彼女を見かけることがあったのを思い出した。
そんなときいつも、通常平民が貴族を恐れる以上に、この哀れなメイドはゼロのルイズのことを怖がっていたものだ。
なんと不憫な、とモンモランシーはため息をつく。
「お礼をさせて頂戴」
「いえ、私などに」
「構わないから……そうだ、少しお話でもしましょう、お茶に付き合ってくださいな」
モンモランシ家は、とくに裕福といった家柄ではない。むしろ領地の干拓事業の失敗により、家計は火の車である。
なので娘であるモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシも、小遣いなどは自作の香水を売ることによって自分でまかなっている。
彼女の部屋の中は飾り気も少なく、薬品や調合器具が壁の棚を占めている。
「驚いた? 自分でも思うけど、貴族の部屋には見えないでしょう」
「あ、いえ」
シエスタと名乗ったメイドは、恐縮しつつも部屋へと入ってきた。とくに驚いた様子はない。
考えてみれば、彼女はゼロのルイズの世話をしているのだ、あの白髪のメイジの『幽霊屋敷』ほど貴族らしからぬ部屋もないだろう。
モンモランシーは内心苦笑しつつ、シエスタを席に着かせ、二人分の紅茶を淹れる。
「お、恐れ入ります……」
「そんなにかしこまらなくて良いわよ、どうかくつろいで頂戴」
モンモランシーはメイドを労わり、クッキーを振舞い、たくさんの優しい言葉をかけてやった。
メイドは最初は緊張しているようだったが、次第に顔をほころばせ、笑顔を見せるようになった。
しまいには「貴族様にこんなに優しくしていただけるなんて」と涙まで流し始めてしまい、モンモランシーは慌てた。
「……ゼロのルイズって、そんなにあなたに辛くあたってるのかしら、ひどいやつね」
「いえ、そういうことはありませんが……」
メイドはゼロのルイズの話をとつとつと語り始めた。
いわく、近づきがたい雰囲気こそあれど傲慢な振る舞いはしない、むしろ貴族の中ではやさしい部類に入る、と。
では、なぜ涙まで流すのか―――興味を持ったモンモランシーは、ゼロのルイズの生態に興味を持ち、話を聞くことにした。
シエスタが屋敷とは名ばかりの物置小屋に行くのは、午前の授業の時間と、茶の時間と、朝昼夕刻の食事時。
『幽霊屋敷』のあだ名にたがわず、しめっぽくあまり日が差さない。ときに理由も無く背筋が冷たくなる。
夕食は食堂で取れ―――とルイズの素行不良をとがめた学院長秘書のミス・ロングビルは、行方不明になったらしい。
なので『逆らえるものがゼロのルイズ』という称号が追加されたそうだ。
そんなわけで結局ルイズは夕食時も食堂へ向かわず、今までどおりシエスタに屋敷まで運んできてもらっている。
授業のない日のシエスタの出向く時間、ルイズは基本的に屋敷では本を読んでいるか、小さなパズルのような箱をいじくっているかのどちらかである。
とつぜん立ち上がっては机に向かい、すごい勢いで紙にペンを走らせはじめる。
平民のなかでは珍しく読み書きのできることが自慢のシエスタにも読めない、不思議な文字だ。
床に散らばるそういう紙を片付けておくのは、ルイズが授業に行っている間にたいていシエスタがやっている。
不意打ちでどうみても血液にしか見えない液体のしみこんだ紙を発見することがあり、シエスタは悲鳴をあげる。
それがうす暗がりでぼんやり発光していたりなんかして、人の顔らしきものが映っていたりすると、もう逃げ出すしかない。
掃除は大変だ。天井にはいつもクモの巣が張っている。何度とりのぞいても、二、三日するとまたすぐに出来てしまう。
ある日など、こうもりがずらりと並んでぶらさがって居たりして、ばさばさと一斉に飛びたつやいなや、シエスタは悲鳴をあげて逃げ出す。
小屋の裏では毒蛇を何匹か飼っているらしく、いつ逃げ出して自分に噛み付くものかは解ったものではない。
ときどき何の骨だかわからないが、たいていはネズミの骨……とにかくいつも床に骨が落ちている。スリッパ越しでも踏むと痛い。
ルイズが床に寝ることもあるので、シエスタは綺麗に掃除しなければならない。
ある時などは、どこから取ってきたのかオーク鬼の骨がまるごと一体分転がっており、シエスタは悲鳴をあげて逃げ出す。
今日の話だが、誰も居ないのにしくしくと泣き声が聞こえた。男性の声だ。
そこのメイド、こっちに来い、助けてくれ、ここから連れ出してくれよう、といわれ、シエスタは悲鳴を上げ両耳をふさいで逃げる。
部屋の中のものにうかつに触ると危険なのは、身にしみて解っているからだ。
以前などうっかり壷(JAR)を割ってしまったとき、毒の霧が発生してひどいことになったものだ。涙と鼻水で顔中をぬらし、必死で逃げまくった。
あげくの果てには髪の毛と愛用のメイド服に薬品のにおいが染み付いてしまい、厨房の仕事に行ったらメイド仲間たちに嫌な顔をされた。
泣きながら洗濯をしていると、雪風のタバサが現れ、魔法で匂いを取ってくれた。
ゼロのルイズは恐ろしいが、なぜだか『幽霊屋敷』を訪れる者たちは多く、その友人たちはみなシエスタにも気を遣ってくれる、好感の持てる人物ばかりだという。
とくにタバサやギーシュはシエスタに対し、一定の敬意を払ってくれるそうだ。
「……へぇ、ギーシュが?」
「はい、ミスタ・グラモンも御優しい方です……このあいだは重いものを運ぶとき、手伝ってくださいました」
恋人のことをほめられて、モンモランシーはすこし機嫌が良くなる。
ついでとばかりにモンモランシーは気になっていたこと、(実のところは一番聞きたかったことだが)ギーシュとルイズとの関係を尋ねてみた。
が、シエスタから見ても、今のところあの二人にそんな素振りは無く、せいぜい良き友人といったところだそうだ。
(やっぱり……生きている人間相手に性的興奮はおきないのかしら?)
生徒たちの間でまことしやかにささやかれる、『ゼロのルイズは死体に性的な興奮を覚える趣味だ』という噂を思い出す。
いくらあの薄気味悪い白髪のメイジ、ゼロのルイズについての噂とはいえ、そこまで言うのは貴族として、いや人としてどうなのかとモンモランシーも思う。
(でも、万が一そうだったら安心かもしれないわよね……取られる心配しなくて良くなるんだから)
だが少女であり噂好きという点においては、モンモランシーも他の生徒と同様であった。口にこそ出さないので、ただ思う分には自由だろう。
例の噂が事実にせよそうでないにせよ、やはり二人の間に怪しいことがなさそうだと証言が取れたのはモンモランシーにとっては良いことだった。
ただ、モンモランシーの上機嫌も、シエスタの口から次の話を聞くまでだった。
「部屋の中に、大きな棺おけがあって……ミス・ヴァリエールはたまにそこに寄りかかったまま、幸せそうな表情で眠っておられます」
―――マジなのか。
性的な意味なのかどうかは知らないが、マジで死体を愛でる趣味というのは洒落にならない。むしろ、想像したぶんだけ具合が悪くなる。
たった今の今までぬるくなっても美味しいと感じていた紅茶の味も、一気にまずくなってしまった。
そして、悪い想像は、ますます悪い想像を呼ぶものだ。
ゼロのルイズの性癖に関する噂が本当だと仮定して―――
もし、死体しか愛でられないのだとすれば―――
だからもし、ゼロのルイズに気に入った異性が現れれば、どうするのか―――
「あ―――あの、ミス―――」
ギーシュは愛でられてこそいないが、気に入られてはいる―――
今のところギーシュがルイズに気に入られているとはいえ愛でられていないのは、生きているから、すなわち死体ではないからで―――
ゼロのルイズが性欲をもてあましたら、近くにいる年の近い男性はギーシュだけで―――
悪い想像は加速し、とどまるところを知らない。
―――結論。
『ゼロのルイズが性欲を持て余せばギーシュの命があぶない』
いつしかモンモランシーの顔色は真っ青になり、紅茶のカップを持つ手は震え、背筋にはだらだらと汗が流れていた。
悪い思考のドツボに嵌ってしまったモンモランシーには、その場面がありありと想像できる。
『あなたのこと、わりと好きよ……だから、ウフフフ―――ちょっと、死体になって下さらない?』
暗闇に飛び散る血液、錆の浮いた古い剣で胸を突かれて倒れ伏すギーシュ・ド・グラモン、返り血を全身に浴びて高笑いする白髪のメイジ―――
「―――ミス、ミス・モンモランシ、だ、大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」
「はっ!?」
まるで悪夢のような想像スパイラルから抜け出せたのは、シエスタの呼びかけのお陰だった。
モンモランシーは椅子を倒して勢いよく立ち上がると、がしっと目の前のメイドの手を握る。
「大変だわ! どうしましょう!」
事情を説明されたシエスタは、心底ルイズ・フランソワーズのことを怖がっているので、『そんなことはない』とのひとことが言えなかった。
『ギーシュの命を守るため』に結託した二人は、その後半時ほどああでもないこうでもないと相談しあった。
やがて出た結論は、微熱のキュルケ、雪風のタバサの二人に相談し、協力を願おうというものだった。
余談では有るが、学生たちの間では『コルベール死亡説』が根強く噂されているため、彼に相談しようという話はかけらも出なかった。
「早速あの二人を探しに行きましょう、シエスタも付き合ってくださる?」
「ええ、かしこまりました」
二人は紅茶セットを片付け、部屋を出る。
このころにはもう、モンモランシーはこのシエスタというメイドに好感を抱いていたし、シエスタはモンモランシーにある種の親愛の情を抱いていた。
この二人の間には、間違いなく友情があった。
シエスタは先ほど泣いた理由を『こんなに優しい方もいるのに、今まで貴族に良い感情をもっていなかった自分が恥ずかしい』と語った。
それを聞いたモンモランシーは、いたく感銘を受け、思わず涙ぐんだ―――なんて健気な娘なんでしょう、と。
―――心の友となった二人は誓い合う。己の境遇を嘆くだけではなく、積極的に行動しよう、互いに助力は惜しまない、と。
(それでも心配よね……もしギーシュのほうがルイズに惹かれてしまえば……)
恋は障害が多いほど燃えるものだ、と人は語る。命を懸けた恋愛こそ、空想好きの女子の好む話だ。
当事者にとってみればたまったものではないのも、お約束というものだろう。
(いっそのこと……惚れ薬でも作ろうかしら?)
惚れ薬は禁制の品で、作成や使用は犯罪だ。
モンモランシーは『恋人の命を救うためなら、禁制品のひとつやふたつ』と考えた。
―――このときの彼女の着想がのちに、ルイズと仲間たちとの間に大きな騒動を巻き起こすことになる。
いつだか予言された、そのとおりに。
////8-2:【想像せよ(Imagine)!!】
モンモランシーとシエスタが部屋を出たころ……
ゼロのルイズは、オールド・オスマンの部屋を訪れていた。
「『氷の杖』の由来を語れ、じゃと? ……ううむ、どうして君が知りたがるのかを知れんと、話せんのう」
(訳:そちらの情報は殆ど話してくれんくせに、虫がよすぎではないかの……モートソグニルも虐められたしのう)
「取り返したのは私たちですわ、私たちがいなければ、そのままフーケに盗まれていたのです。聞かせて貰ってもよろしいかと」
(訳:このジジイがフーケを秘書として雇ったせいで、実の姉を毒殺しかけたのよね私ってば……思わず埋めるところだったわ)
ルイズとオスマンは、表面上はにこやかな笑みを浮かべながらも、先ほどから何度も噛み合わない話と皮肉の応酬を繰り返している。
オスマンの執務室にはこの二人しかいないが、もしほかに誰かがいたら二人の間に火花が散っているようにも見えたことだろう。
「取り返した礼には、ほれ、シュヴァリエの称号が与えられることになってるじゃろうに……あまり欲張るのはいけんぞ」
(訳:もっと情報を引き出してやらんと、もとが取れんぞい……この絶壁ガキ、もっと胸も尻も大きくなってから出直してこいっつーの)
「それはフーケの捕縛に対する正当な報酬ですわ、オールド・オスマンの個人的な所蔵品を取り返した報酬は頂いておりませんの」
(訳:どうせフーケは逃げるでしょうから、シュヴァリエなんてすぐ取り消しになるんでしょう、んなもん要らんのよスケベジジイ死なないかな)
髭を撫でながら人好きのしそうな笑顔を浮かべるオスマン、額には青筋が数本浮いている。
薄く微笑むルイズの目は瞳孔がいっぱいいっぱいに開いており、ツヤが消えている。
「おっほっほ」
「うふふふふ」
一触即発の空気。空間がぐんにゃりと歪む。
貴族同士の決闘は禁じられているが、いくらでもやりようはある、と言わんばかりだ。
ド ド ド ド ド ―――
ルイズがポケットに手を入れ……そこから、<?ぶき>を取り出した。
それは想像を絶する破壊力を持っていた。
オスマンはそれを見て真顔になり、一筋の汗を流し、ごくりとつばを飲んだ。
いわばIMの呪いを掛けられた状態に気づかずチャージで突撃してしまったパラの心境だろう。
「ぐっ……なるほど、おぬしを部屋に迎え入れた時点で、ワシは既に」
「そう、私の要求を呑むほかなかったのですわ」
ルイズは目を細め、口の端を吊り上げた。
まるで汚いものでも触ってしまったかのように、指先でつまんだそれをオスマンへと放りなげた。
オスマンは満足そうに微笑むと、その布切れを引き出しの中に仕舞った。
「よし、それでは『氷の杖』について話してやろうかの」
オスマンは咳払いをひとつして、話を始めた。
―――さて、そのころモンモランシーとシエスタは、寮の自室へと帰ろうとしているキュルケに遭遇していた。
キュルケは頬を真っ赤にそめつつ、やけに小さな歩幅で、いつもの短いスカートを両手で抑えながら歩いていた。
『もがれる』代わりに『剥ぎ取られた』と、キュルケは語った―――何をか、とはあえてここで説明するまでもないことだろう。
////8-3:【はーとふる】
オスマンから話を聞き終えたルイズは、落胆していた。
ミョズニトニルンの能力で調べた『氷の杖』は、サンクチュアリのアイテムだった。
これまでにルイズが見つけたサンクチュアリの品々は、どうやってハルケギニアに来たのかが不明なアイテムばかりだった。
ルイズのもくろみは、それら品々を持ち込んだ人物と会いたいということだ。
敵対的でなければ誰でもよい、もしもその人物と会うことが出来たならば、ルイズの目的が果たせるかもしれない。
ルイズの目的とは、司教トラン=オウルの遺体をサンクチュアリへと送り返すことだから。
向こうの世界に居たことがあり、<ウェイポイント>を使用したことのある人物と出会うことができ、取引を行えば。
その人物は向こうのウェイポイント履歴を持っている。
その人物は故郷、サンクチュアリへと戻りたがっているかもしれない。ルイズにはウェイポイントの作成技術があり、その願いをかなえることが可能かもしれない。
帰るつもりがなくとも、ルイズには他にも黄金の霊薬など、取引材料はある。
向こうからタウンポータルを開いてもらえば、向こうの世界とこちらとをつなげることも出来るかもしれない。
それが無理そうなら、せめて遺体だけでも向こうの世界へと連れて行ってもらえないだろうか。
そう考えていたルイズは、所詮は皮算用だった、と落胆していた。
『あれはのう、恩人の形見なんじゃよ』
オスマンの言うところの恩人、『氷の杖』の所持者は、とっくの昔に亡くなっていたのだ。
あまりに役に立たない情報だったので、ルイズは『氷の杖』が実は『バリスタ(Ballista)』と呼ばれる弩(いしゆみ、クロスボウ)の一種であったことをオスマンに伝えなかった。
今は弦の部分が紛失しており杖にしか見えないが、修復すればあらゆる敵を貫通する凍結の矢を放つ、きわめて強力な武器となったことであろう。
(ま、持ち主を探すだけ無駄だって解っただけでも収穫か……それにしてもヘンな名前だったわね、『Buriza-do Kyanon』かあ)
ルイズに武器を修理するだけの技術は無いし、いつか修理できたとしても、あれはよほどの経験や膂力、器用さがないと扱えない武器だ。
ルイズは強い興味こそ感じれど、いまのところ手元に置く必要性を感じていない。
ひとつため息をつくと、別の方法を考え始めた。
(……ガリアへ潜入して、タバサの杖を作った人を探すしかないのかしら)
ひどく手間のかかる、危険な方法だろう。
最悪、彼も亡くなっている可能性もある。
そうだったら、地道に野良モンスターや野良アイテムのルーツをたどって、向こうと直接つながっている道を探さなければならない。
それらモンスターやアイテムもただコモン・マジックで召喚されただけ、なのであれば手詰まりだ。生涯をかけて送還魔法を開発しなくてはならなくなる。
(先は長いわね、もうとっくに覚悟は決めている……このくらいで落ち込んでいたらやってられないわ)
大量の魔物たちに襲われるラズマ地下都市の惨状が、ルイズの脳裏にこびりついて離れない。
ただひとつルイズにとって救いともよべない救いなのは、サンクチュアリとハルケギニアが、同じ時間軸を共有していないということだ。
運命の流れが割り込んでしまったこちらから見れば、向こうの時間は、ルイズが遺体を送還するまで凍結されたまま―――しおりを挟まれて閉じられた本のように、物語が進まない。
そのかわりルイズは自らの生涯が終わるまでという猶予のようなものを与えられているのだが……
これから地獄の軍勢と対峙し討ち果たさんとする多くの人々の覚悟を、ルイズの文字通りに小さな肩が、すべて背負っているということになるのだ。
責任はあまりに重い。誇り高いルイズは、そのために自分の命を投げ出したって構わないと思っている。
もちろん、遺体を帰すまでは何がなんでも死ねない、とも思っているが。
髪の毛が白くなろうと、手足をもがれようと、自分がヒト以外の何者かに変わってしまおうとかまわない。
ラズマの秘儀を学び始めて、<存在の偉大なる環>に触れ、霊力に体が慣れてくると、ルイズは自分の体調にじわじわと変化が始まっていることに気づいた。
最近、肉を美味しく食べることが出来なくなってきた。料理を残すことに強い悲しみを覚えるので、無理やり食べているが。
頭髪が細く、光を透過するようになってきた。肌の色素も少なくなってきた。
生理の周期がずれ、痛みがひどく重たくなった。
怒りっぽくなったり、理由も無く悲しくなったり、何もしていないのに楽しくてしかたがなくなったり、感情の触れ幅も激しい。
はしばみ草の苦味が異常なほどに美味しく感じられたこともある。
そんな不安定な内面を抑え、ルイズは強い意志でもって平静を装っている。
(……まあ、いいか)
ラズマの秘伝書にも、生と死との平面に立つネクロマンサーの修行過程では、そういうことが起こりがちだ、と書いてあった。
『存在の偉大なる環』に触れることで、その中の自分の居場所と、自己の肉体および自己イメージとの間のズレの修正が始まったことが原因だという。
ルイズの中にも、どこか落ち着くべき場所へと向かっている感覚がある。自分の体が自分の本来あるべき姿を模索している、副作用なのだろう。
だから、とくに心配はしていないし、自分を軽視しているつもりもない。
左手に秘伝書、右手に『イロのたいまつ』を携え、ルイズは今日もネクロマンサーとしての修行に励む。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは強く誇り高き少女である―――もし他人の目から見たのならば、いとも危うい覚悟に見えるかもしれない。
(そういえば、今夜はフリッグの舞踏会だったっけ)
去年までは楽しみにしていたなあ、意中の相手もいないのに、と思い出す。
(まあ、いいか)
サボタージュを決め込んだルイズは、夜、『幽霊屋敷』にて読書中のところをキュルケによって引っ張り出されることになる。
白髪に合わせて選ばれた血の様に赤いドレスを着て、焦点の合わない目で微笑むルイズは、果てしなく不気味だったという。
ここまできたら仕方ない、パーティを楽しもう。
そう決めたルイズは、自分と踊ろうという度胸のある男が現れたら喜んで踊ってやろうか、くらいの心積もりだったのだが……
結局ゼロのルイズと踊ろうなどという相手はただのひとりも存在せず、バルコニーにてデルフリンガーとのお喋りタイムとなり果てたそうだ。
うふふ、でるりん、うふふ……
よせやいよせやい、おいさわるなよちかづくな……
さておき。
―――時は過ぎ、深夜。
北花壇騎士七号、雪風のタバサはガリアから『任務』で呼び出しを受け、ひとりそっと寮を抜け出す。任務の内容は、まだ知らない。
消費したポーションを補充しなければならない。タバサは震える体をおさえ、すくむ足を必死に動かし、怖い怖い夜の『幽霊屋敷』へと向かった。
そこでタバサは、信じられないものを目にする―――
おそらくあの古いインテリジェンスソードのものと思われる、調子っぱずれの歌声に興味を引かれ、裏庭を覗いたとき。
その光景が
目に飛び込んできた。
二つの月が照らす幽霊屋敷の裏、
明らかにオーク鬼のものだとわかる大柄な骸骨と
手を取り合い
楽しげに
踊る、白髪の少女の姿。
全身をうすぼんやりと青白く発光させ―――
宵闇に舞う赤いドレス、少女の弓のようにつり上がった口、黄昏よりも昏い目、骨のうつろな音がリズムを刻み、楽しげな彼岸の笑い声がひびく。
剣の音程のゆがんだ歌声、骨のネズミが足元をくるくると回り、白い人魂が二人の頭上をゆらゆらふわふわと飛び回り、光の粉を降らせている。
―――ふわふわぱ
くるくるぽん―――
―――ふわらふわり
くるりくるん―――
思わず、タバサは目を見開いてしまう。
あまりに恐ろしい光景であり、同時にこの世のどこにもあり得ないような―――それはもう、幻想的なものでもあった。
―――ああ、なんて美しい。
コレは現実の光景なのだろうか、それともわたしは今眠っていて夢を見ているのだろうか、ああ―――
―――半時、いや実際には数分ほどだったのだろうか、いつのまにかタバサは時間を忘れて、生者と死者との輪廻のような舞踏に見入っていた。
不意にルイズの動きが止まる。
光どころか魂までも引きずり込まれそうなほど深い深い目でタバサを見て、少女は哂った。
にいっ、と耳のあたりまで裂けているんじゃないかと思うほどに高く高く口のはしを吊り上げた。
そして言った。
「―――見たわね」
タバサは気絶した。
////8-4:【振り向けば赤いおべべ】
タバサが呼び出しの時刻に遅れずにプチ・トロワへと出向くことができたのは、以前ルイズがガリア山中との間に開通させたウェイポイントのおかげであった。
よくもまあ取って食われなかったものだ、と目を覚ましたときのタバサは自分の体がちゃんとあることに心から感謝した。
白髪のメイジ、ゼロのルイズは当然のような顔をして、タバサの任務へと付いてきた―――あろうことか、赤いパーティドレスのままで。
いや、『憑いて』きたのかもしれない、と疲れ顔のタバサは肩を落とし、杖をかかえてとぼとぼとリュティスのベルクート街を歩いていた。
上機嫌な笑顔で後ろを歩くルイズのド派手で真っ赤なドレスは、やはり人目を引く。とはいえここは貴族御用達の高級商店街。
案外、浮いていないのかもしれない。となりには『変化』の術で人間の姿に化けたシルフィードも一緒だ。
「ルイズさまは人間なのに、『大いなる意思』に近いところにいるのね」
「うふふ、そうかしら……シルフィ、あなたからはたくさんのやさしい精霊(spirits)の力を感じるわ」
シルフィードが韻竜だということはルイズにも内緒であったはずなのだが、なぜかルイズとシルフィードは普通に会話をしていた。
自分からばらさなくても、ひょっとすると既に気づかれていたか。やはりというか、事情を話してもルイズはまったく驚きもしなかった。
何故かと聞けば、昨晩、『ルイズさま、どうかお姉さまを食べないで! きゅいきゅい』とシルフィード本人が『幽霊屋敷』に乱入したのだという。
タバサは額を押さえた。
悩んだせいか、頭痛がひどい。
今回の任務は身分を隠し、慎重を期する必要がある。
このままゼロのルイズについて来られれば、台無しにされるかもしれない。
「タバサ、今回は何をするの?」
「……非合法の賭博場をつぶす、ただし力技によってではなく、イカサマの種を暴き客へとばらすことによって、という条件がある」
ルイズは笑みを崩さないまま、首を少し傾けた。そのしぐさは、非常に気味が悪いものだと、タバサは思った。
「どうしてイカサマを暴かなければならないの? ……ひとりずつ丁寧に潰してしまえばいいのに―――ほらこう、こきゃっ、と」
―――ほら、来た。
「……貴族の面子を守るのが任務だから。制裁を与えるのは私たちではなく、被害者たちによって吊るし上げられるのでなければだめ」
「なるほどね」
理解してくれたのかそうでないのか、どちらにせよどうかおとなしくしていて欲しい、とタバサは切に思う。
あまり落ち着きの無いシルフィードだけでも何か不都合なことをやらかさないかどうか心配なのに、今回はもっとたちの悪いものに取り憑かれてしまった。
あれが自分の思い通りに動いてくれる保障は無いに等しい。
////8-5:【GAMBLE(がんばれ)】
賭博場では、杖をあずかる規則になっているという。
ルイズは『イロのたいまつ』を、タバサは『メモリー』を預けた。
メイジは杖が無くては魔法を使うことが出来ない。ゼロのルイズはもともと魔法が使えないとはいえ、杖が無くては失敗魔法すら使えなくなるだろう。
体術護身術を鍛えているタバサはともかく、ルイズはただの少女となってしまうのではないか―――いや、そうでもないかもしれない。
タバサはますます不安になる。ルイズのことだ、きっと毒やら何やら物騒なものを持ち込んできているにちがいない。
「この緑色の毒々しい液体は何かね?」
「香水ですわ」
―――ほら、やっぱり。
「こっちの白い粉末は?」
「小麦粉か何かよ」
当然のように、それらは取り上げられ、杖と一緒に預けられていった。
オーナーのギルモアと名乗る男が現れ、二人に名前を尋ねる。
タバサはド・サリヴァン家の次女マルグリットと名乗り、ルイズはその友人エレオノールと名乗った。待て、とタバサは焦ったが、もう遅かった。
地下では、サイコロ、カード、ルーレット、あちこちでさまざまな賭け事が行われている。
当初の軍資金は100エキュー。最低レートは金貨一枚、かなりの高レートのカジノだ。
シルフィードはすぐに小遣いをすってしまったが、タバサとルイズは勝機を見逃さず、ひたすらに勝ち続けた。
ルイズはいつもの焦点の合っていない目で、ここではないどこかを見ているようだ。
薄気味の悪い笑みを浮かべながら、普段はこまかく、ときどき大きく張っては順調にチップを増やしている。
その卓だけ、まわりとの温度差がひどい。ルーレットのシューターは汗をだらだらと流して、頬はひきつっている。
負け分が洒落にならない額になったのと、ルイズのかもしだす雰囲気に呑まれたからだろう。きっと生きながら食われる感覚を味わっているに違いない。
よく見れば、シューターが細工をしかけるときに限ってルイズは動いている。おそらく運命の流れでも読んでいるのだろう、ならばルイズが負ける理由はない。
彼らに同情すると同時に、真面目にやっている自分がばからしくなるタバサであった。
接待係のトーマスと名乗る男が現れて、ひたすらにルイズを警戒の目で見ていた。
あのお嬢様は何者か、とタバサに尋ねてくる。タバサは友人だ、と答えるほかない。
タバサは焦る。ルイズのほうが勝ちすぎて、自分に注目が来ていない。計画が崩れてしまう。
ルイズがド派手なドレスを着ているせいで、向こうが悪目立ちしてしまっている。
夜、顔を青くしたトーマスが、休憩するタバサのもとへやってきた。
他の人には聞かせられない話があるといい、タバサを連れ出した。
「あなたは、シャルロットお嬢様……」
「トマ」
彼は昔オルレアン家でコックをやっていた男だった。手先が器用で、手品が得意だった。小さなシャルロットは、彼の手品が好きだったものだ。
トーマスはタバサの身を案じ、二人分のチップの9割を小切手にして持ってきてくれたのだ。
いわく、ここはカジノの様相をまとった喜捨院だと言い、大勝ちした客はチップどころか財産を含め、身包みはがされる仕組みになっている。
彼の主人は、金は貧しいヒトたちへと還元されなければならない、と言う。
あなたもご友人も勝ちすぎた。
彼女を助けたくば、これを持って今のうちに友人をつれて逃げろ。
お願いです一体なんなのですかアレいろいろとあぶないからどうかはやくあれを連れてかえってください―――
彼は、心よりタバサのことを案じてくれているようだった―――たぶんきっと。タバサはため息をつく。
任務とはいえ、彼と彼の尊敬する主人のカジノをつぶさねばならない。
今は、イカサマの証拠を見つけなければならない。ルイズにうかつな動きをするなと、しっかり言い含めておかなければ―――
部屋に戻ると、ルイズが居なかった。シルフィードがひとりくつろいでいる。ルイズが料理を与えたらしく、お肉をほお張ってご満悦だ。
「ルイズさまはおっきな勝負をしに行ったの」
タバサは頭を抱えた。
////8-6:【フグ刺しよりも美味いのか】
カジノのオーナー、ギルモアの目は血走っている。
体中に鳥肌がたち、心臓はバクバクとなり、額には血管が浮き出て、歯はギリギリと鳴り、鼻息が音をたてる。
手が震え、カードが汗ですべりうまく掴めない。
何故だ―――
このイカサマは、ここ一番の大きな勝負では決して負けないように出来ているはずだ。
なのに、負ける。
イカサマが封殺されている。
『サンク』というゲーム。手札で役をそろえるもので、勝負に乗るか否かは自分で決められる。
相手が自信満々で大きく張ったところを、それより強い役で勝負すればよい。心理戦に見せかけた、出来レースだ。
目の前の薄気味悪い少女の手札は……
おかしい―――
世界に、私と、白髪の少女……たった二人しか居ないようだ。
さっきまでは、ギャラリーが沢山いたはずなのに。
暗い。私は闇の中にいる。世界から自分たち二人以外のすべてが消えてしまったかのようだ。トーマスはどこに?
「どうしたのかしら?」
ふざけるな。
何にやにやと笑っているんだ。それは口なのか。それとも私を喰い殺す宵闇の権化なのか。
ばれているのか。
タネに気づいて、あえて勝負に乗ったのか。
「うふふ……可哀想に、もう賭ける勇気がないのね」
このままのペースで負ければ、破産してしまう。呼吸が乱れる。
「こうしましょう、次の勝負、チップは要らないわ……そうね、代わりに、わたしが勝ったら、今わたしたちの使っているカードと」
気づいていやがる。この勝負に乗ってはいけない。
「その子供たちをいただけないかしら……もうそろそろ、あっちの梱包も終わっているころですけど」
喉がからからに渇き、声が出ない。
この少女、目がやばすぎる。まるで顔の三分の二ほどを占めるような、真っ暗な二つの穴が、ぽっかりと開いているみたいだ。
飲み込まれるな。さあNoと言え、私の口よ。
「――どうして?」
決まっている、理由なんて言えるわけがない、カードがイカサマのタネだからだ。
捕まえるのに苦労した、幻獣古代種の『エコー』。変化の先住魔法で、カードに姿を変えている。
こいつらが居なくなれば、カジノは続けられない。脅して従わせるための人質……『エコー』の子供たちがこやつの仲間のだれかに奪われたというのは、本当なのだろうか。
どくどくどくどく、うるさい、黙れ―――いや、これは、私の心臓の音だった。
ざわざわざわざわ―――うるさい、これは、ギャラリーの喧騒か。
「カードに仕掛けがあったのか」
「イカサマをしてやがったな」
「吊るし上げろ」
うるさいうるさい……なんてことだ、今の勝負を私が断ったせいで、カードに仕掛けがあることがギャラリーにもバレてしまったというわけか。
幻獣古代種の子供たちがすでに救出されていた、というのも―――ハッタリか!!
この手のなかの、カードに化けている『エコー』どもも、それを理解してこの娘のハッタリに乗ってやがったのか、この状況をつくりあげるために。
いざ逆襲だ、と嬉々として協力したにちがいない。破滅してゆく私を見て、さぞかし胸のすくような思いをしているにちがいない。
どおりで負け続けるわけだ……まさか、いや、この赤いバケモノ女の仲間には幻獣の言語を聞き取ることのできる輩がいるとでも言うつもりか、冗談ではない。
いずれにせよ、もうすでに完全に詰んでるのか、私は。ありえない。ありえない。
『だめよ、またあなたは、ひとさまに恥じるような行いをして』
母だ、母が見ている。怒っている。十七年前に死んだはずの母が私に―――
母は、私が悪さをするたびに、ぼくをおおきな箪笥(たんす)のなかに閉じ込めるんだ。この闇は、あの箪笥の中の闇なのか。
「あら、案外男らしいのね……そういうの、嫌いじゃないわよ」
―――気づいたとき、私は勝負に乗っており、敗北していた。
少女は嬉々とした笑顔で、こぼれおちたカード、山にあるカードをすべて回収している。
カードは変化の術が解け、もとのイタチのような姿にもどっている。もう言い逃れはできない。銀行の鍵を持って、すぐに逃げなければ。
「ギルモア様!」
トーマスが飛び込んできた。その後ろに、あのマルグリットとかいう少女の姿も見える。
一足遅かった。立ち上がった白髪の少女の、細く真っ白な手が
ぬうっ―――と、私の顔面に向かって伸び―――
「ママが待ちくたびれてるみたいよ、はやく会いに行ってあげたら?」
その手は、生きている人間のものとは思えないほどに冷たかった。
―――私の意識はそこで途切れる。
////8-7:【おのれ忍者め―Quest Completed】
プチ・トロワに出頭し、任務完了の報告をした。タバサは近くの森で、待たせているルイズと合流する。
二人はトーマスにトリステインへ来ないかと誘ったが、断られた。
『金を貧しい人に分配している』というのが嘘だと知っても、ギルモアのことを捨てられないらしい。
気絶したギルモアを背負って、どこかへと去っていった。いまごろは違法カジノの被害者たちが、取り返した金を分配していることだろう。
タバサは不機嫌だった。最終的には丸くおさまったものの、自分の任務にルイズが出しゃばったのが気に食わない。
やろうと思っていたことを先にやられてしまった、しかも勝手に。
「……たぶん、あなたが出たらギャラリーの前ですっぽんぽんに剥かれてたわよ」
勝負していたのがタバサであったら、たしかに、カードが『生きている』ことに気づくことなどできなかっただろう。
人間には先住魔法は使えない、という思い込みがあった。まさか幻獣を脅して従わせていたとは思わなかった。
ルイズの言うとおり、多くの人々の前で裸にされていたかもしれない。
どこか暗いところへ連れて行かれて、借金のかたとばかりに慰みものにされたかもしれない。
仮に相手がマジックアイテムを使用していたとしても、ルイズなら即座に気づいたはず。
イカサマの証拠を見つける、という任務に、ルイズ以上の適役者は居なかったのかもしれない。
ルイズは杖が無くても、いつでもどこでも、フーケを倒した使い魔のヒトダマを呼び出せる。
だから杖の所持厳禁のあの場では、タバサにとって彼女は最適のボディーガードだったかもしれない。
でも、釈然としない。
あのあとルイズは即座に銀行へと走り、不渡りになる前にいただきましょう、とおどろくほど迅速に二枚の小切手を換金した。
残像が出ているのではないかと思わせるほどに速かった。はいこれあなたの分よ、と金貨の詰まった袋をタバサに手渡した。
今回もたっぷり、なにか面白いものを見つけた、財産を増やせた、といったような顔をしている。
この少女は勝手に乗り込んで、勝手にタバサの仕事を解決して、勝手に得をした。
前回だって、ルイズはタバサの任務についてきたとき、たくさんの掘り出し物を見つけたという。
そんな遊び半分の気持ちで任務についてこられてはたまらない。
シルフィードも似たようなものだが、彼女はタバサの使い魔だ、ついてくる義務がある。
ルイズは違う、まったく関係の無い部外者なのだ。
彼女はなにやらまたひどく怪しいものを作っているようで、希少な素材を買いあさっており、金がたくさん必要なのだといっていた。
何を作っているのかなんて、聞きたくもない。どうせまた呆れるようなものか、怖いものなのだろう。
―――わたしのことが心配だからと言っていたが、まるで心配など二の次で、トレジャーハント(Ninja Loot)が目的のようではないか。
「……そんな顔しないで頂戴」
ルイズは少し、寂しそうな顔をした。
タバサは無言でぷい、と顔をそらす。
もしキュルケが見れば『拗ねている』と判断するだろう表情だった。
「さあ、帰りましょう」
ルイズに手を握られる。異様なほどに冷たい手だった。
帰りは『タウン・ポータル』のスクロールで、リュティスから魔法学院まではあっという間だろう。
タバサはふと気づく。
わたしは、この身を心配してもらえることに、心地よさを感じていたのだろうか。
こんなわたしに、そんな感情は、果たして必要なものなのだろうか。わからない。
いや、必要だろうとそうでなかろうと、関係のないことだろう。
またわたしに何か危険があれば、この薄気味悪い友人は勝手についてくるのだろうから。
嫌だと言っても勝手に付いてきて、勝手に助けてくれるのだろう―――あなたはわたしの母親(Okan)か、それともわたしの大好きな古い絵本、まるで御伽噺の―――
―――やっぱり、迷惑だ。
そんな風に思いつつも、そっと目を伏せたタバサの口もとは、微妙にほころんでいた。
そしてタバサは―――
しだいに笑顔をひきつらせてゆく白髪の友人に向かって、硬そうな杖を振りかぶった――――――やっぱ泣かす!!!
////【泣きました。次回、学院に蔓延するほのぼの闇と狂気、そして嗚呼(ああ)シエスタさん何処へゆく……!!の巻、へと続く】
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※Ninja Lootとは
海外ネトゲ用語で、こっそりネコババすることの意。きたない行為です。
ニンジャイングなどとも言うようです。