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No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
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[12668] その36:子犬のしっぽ的な何か
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:528c8cb7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/11/24 17:52
//// 36-1:【あなたのペットは…… a.犬だ! b.猫だ! c.クマだ! d.少女だ!】

「お尋ねいたします。正直なところをお教えください。陛下は……どうして、その方を取り戻したいと願うのです」
『よにも わからぬ』
「<ミューズ>の力、ですか」
『Y。だが、それだけでもない』
「……虚無の使い魔は強力です。どうしても私の国の者たちが、不安と恐れを抱いてしまいます。なので……私の立場では、もし陛下が試行の末、新しい使い魔を召喚なされたとしましても、その方とのコントラクトまでは、お手伝いしかねるのですが」
『K。かまわん』
「……本当に、ただ消息を知ることが目的なのですね」

かつてガリアの王さまジョゼフには、人間女性の使い魔がいた。ハルケギニアでは珍しい黒髪の彼女は<ミョズニトニルン>。シェフィールドという名の彼女が出張先のアルビオンで行方不明になって以来、国王は使い魔不在のまま、彼女の残したものをやりくりしつつ暗躍し、とうとう<サモナー>へのリベンジを果たすに至ったという。

「愛していらしたのですか」
『N。あやつの さいごに いわんとしていた ことばが きになった』

とある湿度の高い早朝。見るだけで暑苦しい金と青毛の熊はどこか遠い目をして、見るだけで涼しくなりそうな薄気味の悪い白髪少女へと文字を示す。巨躯の野獣と幽玄の少女―――ゆらめく橙の光の靄、回る骨の螺旋。大国ガリアの壮麗なる王宮の一角、隠された庭での密会の光景は、霧のなか斜めに差し込む朝日に照らされ、まるで過去に異端の天才と称された絵本作家の描いた一場面のようにファンタジックであった。ぶっちゃけシュールともいう。二人が会見を始めた日から、しばらく経ったころ。王弟シャルルの件はひとまず置き、『新しい舌』の製作も進み、それに関する王の望みの真意を、少女が問うたときのお話だ。
かつて、王はシェフィールドを『余の愛しいミューズ』と呼びおだてながら、一貫して便利道具扱いしてきたという。

『こんな なりだが よは ひとだ。こんどこそ、ひととして。もういちど、まえにしたとしたら』

……心痛むのか、喜びを抱けるのか。それは後悔か、希望なのか、はたまた只の好奇心か。さて、その使い魔はどこに消え、生死はどうなのか。

『なぜかはしらぬ が あゆみを とめることだけは できぬ らしい』
「……」
『たしかめたい だけだ。まったく ひとのこころというのは、はかりしれぬ』

この世界では例を見ない本格派ネクロマンサー、ゼロのルイズは愛用の日傘を揺らしながら考える。相手は普通なら到底許せそうにない前科だらけのジョゼフだ。心配するタバサに今度こそきちんと了承を取り、一対一で会うのも何度目かになる。彼がこれほどあけすけに胸のうちを語ってくれるという事実は、ルイズにとって驚くべきことだった。
むろん警戒は解けないし、嫌な感情を抱くことはあるけれど、あくまで取引として、こうして多少の人間らしさの伺える望みについては、誠意を持って手伝うべきなのかもしれない……と、この頃のルイズは思うようになっていた。

どこの世でも、どれほど他人に憎まれる罪人にさえ救いの手を差し伸べるのは『聖職者』の役割とされる。ルイズが王の背に憑く数多の亡霊のなかを探しても、黒髪女性の姿は見つからない。なお、ジョゼフ王は何度も使い魔の生存を匂わせる夢を見たという。これら状況証拠は、彼女生存の確率を高めている。

「本当に、生きていらっしゃいますと?」
『しらぬ。こころのいたむことも、ない。だが、きにはなる』

その疑問を解く近道は、舌を復活させ<サモン・サーヴァント>を行うことだ。通常すでに使い魔をもつ場合、召喚の魔法は発動しない。使い魔が死ぬと再び別の個体を呼ぶために、発動するようになるらしい。王が唱えてゲートが開いたなら、シェフィールドの死は確定と見てよい。

『あやつは ししてのちも、よの』

ぱきり、軽い音を立てて白墨が折れた。熊の王は長いほうの破片を長い爪で器用に挟み、黒板へと下手な文字で続きを書き綴ってゆく。

『そばにいる と、いいのこした はずなのだ』

魔法を唱えられず、彼女の生死を確認出来ないジョゼフは、こう推測した―――『シェフィールドは敵の策謀によって、こちらに新しい使い魔を呼ばせぬため、何処かで生きながら監禁されているのでは』。おそらく自決さえ封じられて。もしガリアに<サモナー>を捕獲できる余裕があったなら……宮殿地下ポータルからの悪魔の侵攻、および世界各地の魔物の発生を止めるため、召喚士を倒す以外の手段を見出せていたなら、……ジョゼフもそうしていたにちがいない。
けれど虚無とその使い魔については、解らないことばかりだ。どんな推測も、どこかで無理が出てくる。

なにしろ別の疑問も多くあるのだ―――<ミョズニトニルン>は複数同時に存在できるか、等々。シェフィールド生存を前提とし、今ここに別の<ミューズ>のルイズさんがおっぱいちっちゃくても確かに存在している以上、可能性はある。が、推測は穴だらけ。『四つの四』という言葉がある。虚無の担い手、使い魔、ルビー、秘宝……『四』というのは種か個体数か。

便宜上シェフィールドを『先代』と仮称するのは、時系列的に彼女が命を落として<ルーン>を失ったせいで、ルイズが代わりに<ミューズ>の座を得たのかもしれないからだ。普通、使い魔は死ぬとルーンを失う。倒された<サモナー>からも<ヴィンダールヴ>のルーンは消えていたという。<始祖の使い魔>だけの特性もありそうだ。ガンダールヴの盾剣(Derfflinger)なら知ってるんじゃ……なんて期待もされたが、彼は記憶がはっきりせず。『契約させねえってのは俺っちも賛成だ。万が一、そいつの胸にルーンが出たら……また悲しいことが起きちまう』と言うだけだ。

他にも謎は多い。<ルーン>掛け持ちは可能か、担い手一人に一種きりか。始祖は四の使い魔を同時に従えてたらしいのに、何故、自分たち現代の<担い手>は複数同時に使役できないのだろう。第一に、どんな仕組みでルーンや使い魔となる存在は選ばれるのか。
間違いなくロマリアが<虚無>の情報の独占を目論み、秘匿している―――とジョゼフは考えているらしいが―――すべて真実は闇の中だ。

(そもそも、私の呼んだ司教さまって、生きてなかったのになぁ……)

どこの国でも、いちばんの不思議生命体(ファンタジーさん)はゼロのルイズのようである。そこはさておき、先ほどの王の話で、ひとつ気になることがある。死してのちも相手のそばに居る方法、……それは、必ずしも『幽霊になる』ことだけでもなさそうだ。

「国王陛下、ひとつ提案があるのですが……」
『K。きこう』
「何か手がかりが見つかるかもしれません。陛下の装備している品々を、調査させて下さいませんか」

熊の王は、しばらく感情の抜けた青い瞳でルイズを見つめ―――

『N。きょうは おわりだ』

と書いた。小さな黒板を小脇に抱え二足歩行でのしのし去ってゆく大柄な獣の背中を眺め、少女はため息をついた。
次にこうして二人で会えるのは何日後になるだろうか。
踏み込みすぎたかなぁ、とルイズは反省する……王宮内にも彼の潜在敵は多いようで、隙を見せないため、互いのスケジュールの合間を縫っての密会となる。かくもジョゼフがウェアベアに変化し続けている理由の内には、周囲やこちらへの警戒もあったにちがいない。大きく生命力の上がる人熊モードで居れば、多少の攻撃の直撃くらいでは絶命せず、むしろ敵をグリズることができる。それはもうぐりぐりと。片刃の斧<RW Beast>は、彼にとっての生命線。簡単に触れさせてもらえるはずもなかった。

(やりにくいわ……他人を信じきれない、臆病な方みたい)

ルイズはそんな印象を受けた。王の態度に、慎重さと投げやりさの両極端なものを感じてしまうのだ。交渉は一見順調だが、いつ投げ出されてしまうかと冷や汗ものなのである。この先この国や世界にどんなことが起きようとも、あるいは彼の知ったことではないのかもしれない。
ふと独り言がこぼれる。

「いったいどれだけの信頼を得たら、許可して下さるのかしら……」

そう、少女の目的、聖域への探査行を―――

「……壷とか樽をたくさん壊す遊び。……楽しそうなのになぁ」

いや違った。背中の剣が「そっちかよ!」と突っ込みを入れる。少し楽しみにしてたのに、爆発したら危ないからと参加させてもらえないらしい……

「樽にガイコツ詰め込む役でもいいのに」
「ちょ」

ズレてるとか言うなかれ。どんな状況でも楽しみなことを見出せる、前向き少女なのである。
さて、時刻は進み―――

「私のさしあたってのお仕事は、王さまのお怪我の治療ってことになるのよ」
「ふーん、そうなんだ……ねえ、それ私が聞いても大丈夫な話なの? 狙われたりしたらイヤ過ぎるんだけど……」
「大丈夫よ。もうどっちの王宮の人たちも、だいたい知ってることだし」

心配そうな金髪の女の子は、ルイズの学友モンモランシーさん。いつもの髪型の縦ロールの隙間に、金毛犬型の垂れ耳が覗く。犬の鼻頭、鎖に首輪までつけて、愛らしいわんこスタイル。犬耳ルイズとは色と種類違いながらのペアルックで、コッカー・スパニエル的な何かだ。二人並んで行儀よくお座りして会話しているのは、ルイズとタバサの逗留するヴェルサルティルの迎賓室……の隅っこに置かれた犬小屋である。

「でさあ、……どうして私までこんな格好しなきゃなんないのよう」
「うふふふふ……」

モンモランシーが頬を染め弱々しく問うが、同じくほっぺの赤いルイズは空虚に笑うだけ。部屋の中央のテーブルでは一人だけ普通の格好のタバサが我知らずと本を広げ、静かにお茶を飲んでいる……ぷいぷい拗ねた様子なのは、先ほど学院でそこそこ久しぶりにルイズの姿を見つけたモンモランシーが駆け寄って「お姉さんのこと、おめでとう!」突如抱きついてキスしたからかもしれない。ほっぺを狙ったはずの祝福は、驚いたルイズが振り向いたせいで唇の端っこにむちっと当たり、二人して気まずさにへたり込み「うぐぐぐ」唸りまくったという。そのときタバサはU○のペーパードールっぽい濃ゆいポーズで硬直していた。

「……そういえばモンモランシー、何で居たのよ」
「い、居ちゃ悪い?」
「えっ? ううん、会えて嬉しいけど……とっくに学校、夏休み入ってるじゃない」
「嬉っ? ……えっ、あ、うん……聞いてないのかしら。私だけスケジュール前倒しにして、一昨日まで実家に帰ってたんだけど」
「そういえば、シエスタが言ってたかも……って、また授業休んでたってことよね?」

呆れたようなルイズの問いに、すっかり休学ぐせのついてしまったモンモランシーは恥ずかしそうに頬を掻いた。あなた人のこと言えないじゃない、と思いつつ口に出さず。

「まあね。ミス・リュリュと臨時講師のモリエール先生が、休んでた分の補習を受け持って下さっているわ」

なら単位は安心かしら、と納得するルイズ。かの亡命貴婦人は逗留中の魔法学院にてハイレベルなニートっぷりを発揮し、ルイズたちの知らぬ間に経費を食いつぶしていたそうな。送還したくとも死相の浮きかけるのが頭痛の種。今は持てる美貌と魔法の腕をオスマン氏に見込まれ、夏期休暇中における居残り職員のバイト中である。

「でも、どして? ギーシュも実家帰っちゃったんでしょ」
「どしてって……もうすぐ姫さまの戴冠式だからよ。その関係で、ちょくちょく王宮に行く用事もあるの。ほら、学院なら王宮に近いし。まあ……彼が居ないのは寂しいけど、シエスタが居てくれるわ」
「へえ……あんた好きよね、シエスタのこと」
「ん? ええ、もちろん大好きよ。あの子は私の親友だもの、すごく心配なのよ。……またあなたにヘンなことされてるみたいだけど」

恐々とした目で見てくるモンモランシー。ルイズは頬をぷくんと膨らませる。

「何よヘンなことって。してないわ」
「嘘でしょう。何なのよ『死体ごっこ』って」
「? ごろごろ転がって一緒にお昼寝しただけよ」
「そーなの? ……確かにあの子、お昼寝するのが趣味だったけど」

ピコーン。シエスタさんのプロフィールが更新されました。今後誰かに趣味を問われたとき、ぐるぐる目で「死体ごっこです!」言い放つ不滅のメイドさん、そして伝説へ。今日は絶好のお昼寝日和ですね、との意味を込めたお昼の挨拶も「死ぬにはいい日ですネ!(It is a good day to die!)」。まるでプロトス族の戦闘機パイロットみたいだ―――もっと仲良くなりたいルイズが『たまにはシエスタと趣味を分かち合ってみよっかな』と、わくわくしながら行動した結果のモン&スタ・ハンターランク上昇である。
ちなみに黒髪メイドさん、この城に徘徊する熊と初エンカウントした際、迫真の『死んだふり』を披露したとかしないとか。ご主人さまに「あとは生命活動が止まってたら完璧ね!」と褒められて嬉しかったとか、ああ、どうなってしまうのか……

「いいじゃない。……べつに髄液まぜまぜごっこも遺伝子複合ごっこもしてないんだから」
「ひ、ひいっ!?」

何故か瞳を異様に暗くしたルイズは、怯えるお友だちへと、恥ずかしそうにうつむいて、言った。

「……する?」
「!!」

戦慄するモンモランシー。ああ、ど、どうなっちゃうというの……?
ド ド ド ド ド……
件の『事故ちゅー』の後、ルイズに生け捕りされた金髪少女はポータルで連行された。「ヴェルサルティル観光したいって言ってたわね」と畏れ多きガリア王宮をあちこち引っ張りまわされ見物したあとは「気が散るから喋んないでね」なんて理不尽なことを言われ、ルイズ対ナゾの熊さんの異次元チェス(DotA)を観戦させられた。……あれよあれよという間に、ルイズと一緒のわんこセット装備フルコンプ状態にされてしまったのである。そんな格好で人目の多い場には出されず、安全も確保してもらってはいるが。

「……やめてよもう。久しぶりなんだし。はぁ……私もあなた達に会えて嬉しいわ」
「ありがと。うふふふ……」
「こちらこそ。貧乏伯爵家の娘の私じゃ、ガリアの王宮なんてなかなか来れないとこだから。観光させてもらえたぶん、良しとしないとね。けど、ここの豪華さを見ちゃったら、今のトリステイン王宮が……」
「こないだのツェルプストーと同じこと言わないでよモンモランシー。姫さまは倹約家なの。そこはトリステイン貴族として誇るべきことだわ」

苦笑するモンモランシーさんにも、キュルケと似てミーハー気質がある。セットボーナスにラブリィ値ブーストされた格好のせいか、満足そうでなによりだ。そして照れ照れ二人が互いを「可愛いわ」と仲良く褒めあいじゃれあって、くんくん「新作の香水、いい匂いね……」「なによ、そんな嗅がないで……」と犬度なつき度その他を上昇させてゆくたび、ネコ派筆頭騎士タバサの機嫌は砂時計(Hourglass Pointer)の砂のごとく下降してゆく。ゲームDiablo流行初期の夜23時以降の通信速度もかくや。

「ルイズ」
「な、何? タバサ……」
「あなたはもう少し、その物欲をどうにかするべき」

気付けば部屋の空気、さながら凍てついたツンドラ(Frozen Tundra)。耳で釘が打てそうだ。

「欲張るからそうなる」
「し、仕方ないじゃないの……」
「適切な理由があるなら言って」
「うぅ……」

青い護衛少女の不機嫌には、そんな原因もあった。
国王との『先代ミューズの道具庫』の入室権を賭けたチェス勝負で、ルイズは連戦連敗中。犬耳、首輪、しっぽ、鎖に骨と日々負け犬オプションが充実してゆき、それも限界に達し、豪華な部屋の隅っこに犬小屋が置かれた。次は『おて』や『おかわり』に、あえて漢字で書くと『鎮々』のあれ。……タバサはルイズのそれを見て同時に五つくらいの感情を抱いたというが……流石のジョゼフもいい加減飽きたのか『さんぽにゆくぞ。よつんばいになれ』なんて際どい要求を増やすようになった。

さあどうする―――しかし人の尊厳を知る少女、ゼロのルイズはくじけなかった。果敢にも、わんこの数を増やすことで対抗したのだ……!
画期的戦術っ……! が、ここの宮仕えたちにとって王の奇行は慣れたもの。たまに運悪く目撃されても『フランソワーズの犬』に『名犬ランシー』の揃い踏み大作戦さえ、「また動物か」と生暖かい視線で受け入れられている。なんと侮れない……きっと野性の本能溢れる前例があったにちがいない。シェフィールドさんとかモリエール夫人とか。
余談だが、タバサ(王族)は内戦の火種になりかねないので犬化できず、もう一人は『偉大なる竜族のシルフィが犬ころ扱いなんて嫌なの!』と逃げたそうな。モンモランシーはタバサのつんけんした様子を見て、たらり冷や汗を流す。なにこれ。みんないったい何と戦ってるんだろう……じゃなくて、こうだ。

(うわ、この子たち、また飽きずにケンカしてるし。今回もいらない気を使い合って、すれ違ってるんでしょうね……)

実際、彼女の推測は当たってたりする。ルイズがムキになって挑む目的は『タバサの母さまに使われた毒薬の手がかりが欲しい』……霊薬よりも専用解除薬のほうが、ずっと安く簡単に調合できそうだからだ。でもタバサの母の件はシェフィールド登場以前の出来事なもので、手がかりのある可能性も低く。下手に期待させたくないと、ルイズは内緒にしている。タバサはその類の隠し事をされるのを嫌がって、悪循環もぐるぐるめぐる。そこでモンモランシーは空気を変えようと、タバサに話しかけてみた。

「ミス・タバサ、その本お気に召したの? 面白いかしら」
「それなり」

タバサの返事に「え、何でよ!」カチンとくる子がいる。

「それちっとも信憑性ないのよ? 占いたいなら本なんかに頼んないで、私に任せてくれたらいいのに!」

猛犬ルイズがきゃんきゃん吼えても、タバサは鎖の届く範囲外。手にした『動物占い』の本はモンモランシーの持ち物で、だいぶ前ルイズが占い師デビューした頃のクラスで流行ってた一冊。試しに自分を占えば『ウサギさん』が出て、タバサはちょっと興味を引かれてしまった。白ソックスの両太ももの微かにもじもじしているのは、こんな記述のせいだ―――『ウサギは繁殖力の非常に強い生き物です。えっちなことに興味津々』。どうせよと。

(ルイズの場合、猫と犬どちらにも該当する……合成獣『ネヌ』? ……『得体の知れないものの象徴』?)

案外正確なのか……そんな可能性を前に、ごくり喉を鳴らすタバサ。だって、もしこの本が学院での評判どおりよく当たるというのなら―――『年中よく発情します』と書かれたウサギさんのわたしは、ああ、いったいどうなってしまうんだろう!
先日自分の使い魔に「おねえさまのお名前シャルロットの語源は『男らしい』って意味の古語だから何の問題もないのね」と言われたのを思い出す。諸事情でルイズの胸部オブジェクトの体積増加プロジェクトが初回で頓挫したときのことだ。あれは世界平和のためで、やましい気持ちなんてなかったのに。今は散歩に出ているおしゃべり竜が戻ってきたら、どうしてくれよう……

「もうやめてよタバサ、……それ、いちいち記述がエロっちいでしょう? ワイヒーよワイヒー。持ってるだけで脳のツェルプストー汚染係数も危険域まで上昇しちゃうわ!」
「だ、誰の脳が汚染済みよ! ルイズあなたのほうがよっぽどでしょう!」

ここで怒る購入者モンモランシーさんもさりげなく酷い人だ。そこにルイズの突飛な一言。

「誰がエロのルイズですって!?」

金髪少女は怒りから一転、ぷぐふ、と噴出しそうになる。

「い、言ってないし……でもルイズ、私リュリュさんに聞いたわよ……あなたの医学図鑑借りたら、『生殖』についてのとこばっか何ページも付箋(Hotkeys)ついてましたって」
「ち、違がっ、ネクロマンシーの修行のためだもん!! <生命の神秘>は基礎中の基礎なんだからぁ!!」

顔をかあーっと真っ赤に染め慌てるルイズさん。人体のふしぎに無駄に詳しそうだ。爆笑しそうなのをこらえて震え、涙目のモンモランシーさん。

「ルイズって、すごくえっちよね。いつもさらっとドエロいこと言って、私とギーシュの仲を煽ってくるし。……そんなに羨ましいの?」
「羨ましくなんてないわ! 信仰に生きる女なのよ私は!」
「ねえ……やっぱさ、あなたもなるべく早めに、誰かいい殿方見つけて、……って、ごめん、なんか無理ぽい……」
「い、いらないもん! なによ失礼だわ!」

そこは気高き信仰者ルイズ。宇宙を背負う守護神獣さまと、司教さまが居てくださるんですもの―――なんて大いなる勝利宣言を始めたとたん、とある可能性に気付いたモンモランシーの顔色は青くなっていった。感情豊かな子である。

「……ちょっと待って! ルイズ、さ、さっき私、あなたと事故で、その、唇が……けどそれって、もしかして……」
「え?」
「私、その司教さまと、かか『間接的』に? ……な、な、なんてこと……」

言うまでもなく『司教さま』はヒトの遺体なわけであり、

「!? ―――」

何故かタバサの顔色までも青くなる。アレが契約時の一回きりで、信心深き少女が畏れ多き御方の寝込みをぶっちゅぶっちゅ襲うなどありえないが、二人の知るところでもなく。モンモランシーは口元を抑えるタバサを見て、まさか、といった表情で目を丸くした。

「えっ? あなたたち……え、嘘……」

何か誤解を重ねちゃったようだ。自分たち少女三人を順ぐりに指したひとさし指が、虚空をゆらゆら彷徨う。
怒れるルイズの白い髪がばさっと翼のように広がった。

「むがう!」
「ひきゃあ! いたっ、ややややめっ、どこかじってんのよう!!」

先制、おしりかじるいず。
肉を食べられない彼女は僧職系女子である。どたん、ばたん。ゼロの少女が互角に取っ組み合える友人は、体躯の細いモンモランシーくらいのものだ。

「あははは! モンモランシー!! あなたのしぼり汁ちょーだいっ!! リュリュに東方のヨーグルト飲料作ってもらうわぁ!」
「やぁっ、駄目っ! ななななんか洒落になんないわやめてルイズ!! 出ないわ、出ないから! あぁっ!」

奇ゃっ忌ゃ。
う訃ふ。

―――……

……


幸い『間接ちゅー』と『救命措置』にまつわる誤解は解け、新商品『モンモラッシー』も実現せずに済んだ。守護霊のご先祖さまのおかげかもしれない。そして夜も深くなり、魔法学院の自室にて、ちょっと眠たい金髪娘は、納期の迫る内職に励む。

(それにしてもルイズってば、困った子よね。……なんか甘えてくるし……ああもう、わんちゃんの格好、すごく可愛かったし。また急におかしなこと言うし……陰謀だわ。きっと子犬好きの私を悶え死にか笑い死にさせて愛でる計画の全力遂行中なんだわ。そういえば、私のあげた香水、使ってくれてたなぁ……)

楽しかった今日のこと、久々に遊んだ友だちのことを思い出しながら、芳香を調整する新式ラインスペルをじっくりじわじわとかけ、高価な材料のふんだんに使われた液体をくるくるかき混ぜていたのだが。

(そっか。考えてみたら、同い年の同じ学級で、同じ女の子で、同じ国の出身……あの子にそういう友だちって、私しかいないのよね。大事にしたげないとね……)

ほわほわ、ぽやぽや。夜更かしとスタミナ薬のせいで奇妙なテンション。近頃は風味魔法の第一人者に学び、嗅覚に優れ才能に溢れた金髪少女は、状態変化のイメージへと、たっぷり雑念ばかり混入させてしまっていたようだ。やらかしたあまりにしょーもない失敗に、ドン退きすることになった。

「どうしよう…………ルイズの匂いの香水が出来ちゃったわ」

大変だ。まだ時間をかければ修正可能なのに、なんかもう四つくらいの意味で取り返しつかないくらい大変だ。
しかし彼女は真剣な表情で、その偶然の産物(Essence)の入った試験管を見つめている。脳裏に浮かぶのは、丸っこい影。
貧乏貴族の娘モンモランシーは、ごくり生唾を飲み込んだ―――あっ、これ……売れるし。

(……マジどうしよう)

どうなってしまうのか……!





//// 36-2:【we do not live by blade alone:ネクロ巣の要塞】

ある日のこと。雪風のタバサは頼れる仲間をひとり連れ、暗くて湿っぽく、うっすらとカビの匂い、たまに死臭さえ漂う石畳の道を歩いていた。

ここは魔法学院の地下迷宮(ルイズダンジョン)、人呼んで魔空の迷宮。人を襲うダークサイドモンスターこそ出ない……きっと出ないといいなあ……と思われるこの通路に、タバサは一人で挑もうと思うほど勇者ではない。残念なことに超イーヴァルディ人化とかもできない。しかし、いつもの相方ルイズはおなかの痛みでごにょごにょ。ガリア行きもお休みにして『幽霊屋敷』のベッドでシエスタとリュリュのお世話を受けている。うかつに自作治療薬に頼ったらまた霊気の巡りや精神バランスがひどいことになっちゃうらしく、多分シエスタも犠牲になっちゃうので、鎮痛剤だけ飲んでゆっくり休むしかないという。
学院は夏休み。キュルケも留守だったので、タバサはちょうど同じ所に用のある女剣士アニエスに来てもらっていた。最近アニエスは研修期間として先任達に混じり、非正規ながら王女の護衛を勤めている。今日は久々の非番らしい。

「そうだな、確かに復讐への想いは、私にとって二十年の間、生きる力の根源だったとも。しかし……」

なお彼女は、親友キュルケから推薦された人生相談の相手でもあった。

「いや。正直なところ私も、今は扱いかねているよ」

二人てくてく歩きながら、タバサはエギンハイムの一件から起きている心境変化について、相談に乗ってもらっていた。『復讐の人生』という点で、自分たちは似た境遇にあるという。

「私の場合、全てを果たせたわけでもない。見つけた三人の仇も、うち一人は倒せたが、一人は別件で法に裁かれ、最後の一人は自ら罪を深く悔い、償おうとしていた」
「……そう」
「今はもう、多少気も楽になってはいるがね。……空しさの残るという話も、よく理解できる」

修羅の道の先達であるアニエスは、貴族でもメイジでもなかった。なのにタバサの何倍にも及ぶ年月を、くじけず戦ってきたのである。
いちどがっつりくじけてホントノワタシ探しにランナウェイもしたが、言及しないのが優しさだ。

「しかし、まったく……ここは一人では来たくないところだな」
「……道、合ってる?」
「ああ。今のところ地図どおり進めている。……何度も確認しているとも。私も叙勲直前に、こんな陰気な所で遭難したくない」

カンテラを手に数歩先をゆく剣士の背中は、タバサの目に頼もしく映る。たとえ怖いおばけが襲ってきても『怨霊逃散洗礼光弾(Holy Bolt)』とか出して追っ払ってくれそうな気さえする。

「尊敬する」
「おや……よしてくれミス・タバサ。そう言って頂けるのは光栄だが、別に大したものでもないさ」

この迷宮は『大司教の遺体』の築いた清浄な霊脈の効果を、学院全体に巡らせる目的で作り上げられたという。壁際に石棺の並ぶ不気味な通路を歩く。二人とも、それを開けてみようなんて間違っても思わない。このまま何事もなければ、まもなく目的地に着けるだろう。先ほど一度だけ出くわしたスケルトンは、こちらが会釈すると片手を挙げて返礼し、陽気にケタケタ骨を鳴らし去っていった。今のところ『黄色い御方』とかは見ていない。

「……謙遜」
「いや、倒せた一人というのも、本当に私自身が果たせたか怪しいところでな……」

胸の奥がもやもやするタバサ。歩幅を合わせてくれるアニエスは穏やかに言葉を続ける。

「無かったんだ。復讐の実感が、無かった」
「……」
「思えば、奴とまみえたのも偶然で、討ったのも差し迫った命の危機ゆえだった。……そのせいかも知れん」

タバサは想像してみる。たとえば……もし偶然にも誰かに刺された叔父が……いや、ルイズにおしりを開発されたりして弱りきった国王陛下が、謝罪しながら目もシエスタみたく虚ろに『王冠をやる。さあ殺せ。死にたい』なんて言ってきたとしたら。その時点で、タバサの意思に基づいた復讐は不成立となる。性的な意味で。
もし友人がキングベアに襲われたら、すぐそうなるかもしれない。復讐もただの殺意に変わり果てそうで、ないと信じたいが。

「僥倖だった?」
「ああ。思い知らされた気がしたよ……あれほどの運命のいたずらの前で、私の執念の介在できる余地の、なんと小さなことかとな」

やはり自分たちは似てる、とタバサは思った。自力で達成することに意義を見出していたのだ。
復讐者であることを誓っても、処刑人になるつもりはない。仇といえ人の不幸を心底願い喜ぶのも、何か違う気がする。だから万が一、自分の知らない所で仇敵が勝手に滅びたとして、ざまあみろとは思えるだろうが……終わったあとの空虚さは、さらに増してしまうのではないか。

復讐それ自体よりは、何かを目指す意思の強さこそが、空っぽだった自分たちにとって、生きるため必要だったのかもしれない。……運命を価値あらしめるのは、いつも人の意思と気持ち、のようで―――なので、タバサは答える。

「違う。必然だった。努力がなければ、僥倖もなかった」
「……優しいな、貴女は」
「あなたは強いひと。戦う理由を『私怨』と断言できる。わたしは弱い子ども。……そうするべきと解ってたのに、徹底しきれていない」

ぷきぃ、怪しい音がしてアニエスは一瞬悲痛な表情になる。何か生々しいモノを踏んづけたのか、顔をしかめて首をふる。

「買い被りさ。私だって幾度、世の理不尽を呪い、奴らに始祖と神の正義の鉄槌あれと願ったことか」

スルーした。真面目な会話を続けたいらしい。狭い通路の床を半分ほど埋めていたネズミの巣塚(Rat's nest)を、慎重に迂回して歩く。
さて、宗教庁公認の『始祖の祈祷書』には『復讐は始祖と神霊に預けよ』とある。真作が別にある以上、世に流通する書はもちろん偽物。だが六千年の社会の礎、知恵の集大成ともいえる。この社会で、復讐は法の歯止めをかけられる。それは私的報復の際限なさから秩序を守るため……とみるのが普通だが、アニエスは少し踏み込んで哲学的なことを考えているようだ。ばさばさばさ。コウモリの群れが頭上を過ぎ、そろってびくり肩をすくめる。

「確かに誇らしくはあるし、後悔も無い。……しかし今は復讐そのものが、本来は人の身の丈に合わぬ生き方だったのかもしれない、とも考えているよ」
「……それは、実践教義?」

断固として真面目な話を続けたい二人である。やけに意味深にひとつだけ置かれた壷(Evil Urn)が異様な存在感を放っている。視野に留めずスルー。

「そうかもな。従来の国教では神と始祖の権限を教会が代行し、諸王権と国法を支え、社会正義を実現する……ということに、なっている。だがあのゾンビより腐った汚物どもが、この私怨を預かってくれるはずもない。ゆえに私は復讐を選ぶほかなかったのだろう。……まあ私の場合、奴らこそ元凶なのだが」

お互い深入りを避けながら、九つほど年の離れた二人は少しずつ事情心情を明かしあい、今や一緒に悩んで支えあう仲間となる。アニエスは新教徒。教会に聖典解釈を委ねる通常のブリミル教徒とは、多少考え方が異なる。現実主義的で、『鉄の塊』と呼ばれるわりに柔軟になってきた彼女は、タバサにとって話しやすい相手だ。
普段無口なタバサだが、今は何か会話してないと、骨まで凍えてしまいそう(This place chills me to the bone...)……というのも、あるかもしれない。

「なあミス・タバサ。現実と違い、物語の中の復讐者たちは輝いて見えるだろう? あれも、人には到底届かぬようなことを成し遂げるゆえに……ではないか、と思うんだ」
「? 物語、読むの……」
「ふふっ、実は最近ようやく物語本の愉しさを知った。宜しければ今度、お勧めを教えておくれ」
「わかった」

わたしに兄が居たら、こんな気分だろうか……タバサは何となく嬉しく思う。年下の女性に慕われるアニエスは、王宮にて第二のイケメン(固有名詞)扱いされそうになるほど魅力的な人物。本気出せば普通に何人か落とせてしまいそうだ。王宮や学院の使用人の内にも、彼女にぞっこんな人が男女問わずいたりする。
ここまでの成長、名声、地位、財産、絆、友人、新たな生きる道―――得たものすべては、彼女の努力と執念の副産物。猛毒のような私怨だって、薬にならないこともない。やはり人生何が正解となるか、解らないものである。

「わたしは……」
「ん?」
「わたしたちにとって、復讐が……治療薬に似た働きを、成していたように思えた」

タバサは静かに、これまでの経験やここまでの会話で得た着想を述べる。

「理不尽の病巣にたいし、もし公的な裁きが下されていたなら。……多分、ここにいない。わたしも、あなたも」
「そういう捉え方もできるのか。そのほうが解りやすいかもしれん」

アニエスはあっさり自説を片付けて頷いた。タバサと同じくらい短い髪をさらりと揺らし、微笑む。

「もし奴らが裁かれていたら。今ごろ私は膨らんだ腹をして、漁師の旦那の夕食の支度でもしているかもな」
「わたしは母さまの病気を治す方法を探して、旅のさなかにいる」
「そうか……早々に見つかって何より」
「何より。わたしは幸せもの」

気持ちを言葉にしてゆくだけで、心はわりと楽になるらしく、そして……

「……薬か。人の身に合わぬと言うよりは……薬は健康な体にとって、ときに毒となりかねん。となると、やはり今の私には、必要ないのだろうな」

一人の知人の人生の大きな節目を、タバサは見届けた気がした。
『物語の復讐者』も、個人的かつ社会的な病巣と戦い、読む人の共感を得る。生きてゆく限り、どんな過去や生き方も無駄にならないのかもしれない……と、この頃のタバサは思うようになっていた。アニエスが新設近衛隊のオファーを受けたのは、復讐の次に大切なものが『王女への忠誠』だったから。過酷な人生の培わせた『不正を憎む心』もきっと、今後のトリステイン新女王のもと、腐敗という病への抗体として、大活躍してくれるにちがいない。

「ミス・ヴァリエールなら、また違う意見を言うだろう。……終わった後の空しさまで含め、なお良しとか言われてしまいそうだ」

苦笑するアニエスに、タバサはぽつりと返す。

「少しだけ」
「訊いたのか」

驚いて足を止め、振り返るアニエス。タバサは頷いた。

「そう」
「どうだった」

少し考える様子を見せ、答える。

「憎しみと悲しみの連鎖、自滅も含め。なお良し」
「おおぅ……」

唸るアニエス。薄ら寒い地下の空気の中、二人で黙り込む。異教の見習い司祭曰く、例え悲劇的なものであれ、そういう運命の流れもあって然るべき。それが『痛くなければ覚えませぬ』的なお話なのか、死体の増えるのが嬉しいのか。どっちだろう。

「……おっかないな」
「同感」

希代の女傑にこう言わしめるルイズやっぱ怖い、とタバサは思った。ラズマの徒は、あれで『本質的な意味での現実主義者(Pragmatists in the truest sense※取説訳文ママ)』らしいのだから、素で軽々と人智を超える。実に油断できない。

「どうした? そんなに私を見つめて」
「好みのタイプ……漁師?」
「は? いや、さっきのは単なる物の例えだが。海沿いの出身だから」
「よかった」
「えっ」
「……?」

いつも一言足りないのよ、と親友によく言われるタバサさん。おばけの出る迷宮は怖く、距離的にかなり近くまで寄ってきている。ずずいずい。

「年下、眼鏡のひとは?」
「な、何の話を……」
「タイプ」
「……」
「……」

―――ちなみにアニエスは目の前の年下の、眼鏡をかけた青髪美少女の好みのタイプが『イーヴァルディの勇者』という話を聞いたことがあり、

「……いや待ってくれ。ああ、嫌いだとかそういうことはないが、でもな……」
「そう……」
「なあ、どういう意味なのかな今のは」
「聞いただけ。……忘れて」

無表情無感動な少女の意図、読み取れず。笑顔のひきつる剣士さんは前代未聞の出世頭。平民の知人に「まるでイーヴァルディみたいね」と祝福されたこともある。内定先は女ばかりの近衛隊。近頃はおかしな噂もたてられ、事実言い寄られたりもして、ウンザリもする。
その気疲れのせいで、考えが非常識な方に飛躍しちゃうのも仕方ない。

(まさか、……ミス・ヴァリエールを巻き込んだ三角関係……だと? ありうるのか? ……ははっ、そんなことが……しまった生き延びる自信がない)

ぜったい勘違いだ―――ノーマルを自認するアニエスは精神安定のため、そう信じ込んで思考を打ち切る。
一応『勘違い』で正解だったので、このすれ違いもほぼ後を引かず終わる。……とある眼鏡少年の頑張りにどう影響するか、誰も知らない。恋に初心でその辺の機微に疎いタバサは、なぜ急に警戒と戸惑いの入り混じったような視線を向けてくるんだろう、不思議……と、首を傾げるのであった。

―――……

……

たどり着いた二人の目的地は、最深部に存在する、小さな地下礼拝堂だった。
四方にはちろちろ不気味な炎の灯るかがり台。祭壇にはロウソクの灯。奇妙な香りも漂うが煙たさはなく、きちんと換気されているのか、空気も清浄だ。地上の幽霊屋敷の室内から消えていた『火竜の頭蓋骨』が、どんと鎮座している。世界儀を支える竜翼のレリーフの扉。あたり一面何かの骨で装飾され、床のそこかしこには怪しく乾いた謎の染み。
アニエスは異教徒の祭壇というものを、初めて見る。

「これは、……何という趣味全開な場所だ」
「『機能美』、らしい」
「参った。言葉がない」

とことこ……呆然と立つ二人の足元へと、一体の少女型人形が走り寄ってきた。
二人にも馴染み深い外見のそれは、魔法学院の大食堂に飾られているもの。夜に踊りだすことで有名な小型魔法人形(アルヴィー)だ。しかしその背には、あの剣を背負う人形『ナイトさん』のように、一本のナイフが取り付けられている。無表情の人形は宝石の瞳で二人を見上げ、ひょいと小さな片手をあげる。

『やあ、こんなところに客人ですかね』

人形から放たれた低いオッサン声が、可憐な見かけの印象をぶち壊した。ドレスのスカートの端をつかみ、丁寧にお辞儀する。ナイフの鞘の先がすっと石畳の床を掠めた。

『地下納骨堂(Chamber of Bone)へようこそ―――我が同僚の七号どの。それと、凛々しき女剣士どの』

少女人形の体を借りた『彼』は、ガリア北花壇騎士団所属のインテリジェンスナイフ。名を<地下水>という。
囚われの彼は根っからの退屈嫌い。ルイズは彼に人間と同じように、条約上の捕虜待遇を考えた。結果、一歩も動けないのもどうかと、元々意思を持っていたアルヴィー(改造済)をお目付け役に、ここの墓守を手伝う代価として、そのボディに便乗できるようにしたそうな。<神の頭脳>の力で『リミッター処置』を受け、一定エリア内に限り、ある程度の自由を許されている。人の身にあらぬ彼はいつの間にか、幻獣やアルヴィーや地下の楽シいナカマたちとずいぶん仲良くなってたとか。
―――ああ、やはりこの迷宮には沢山居るのか。来客二人は今更ながら背筋が寒くなる。

『まだ入居者も少ねえが、ここには貴女さま方にとって、見知った方々もお休みになってございます。気が向いたら線香をあげて、祈ってやってくだせえ』
「線香?」
『そんな珍しいもんですかね、単に練った原料を延ばして固めたお香でさ』

アニエスが首をかしげると、<地下水>は白い骨の祭壇の下から三十サントほどの紫色の細い棒を取り出す。ロウソクの炎にかざすと辺りに心地よい芳香が漂い、雰囲気が微妙に変化する。

『よっと……炎が消えて煙が出たら、この台に立てる。人や霊の気持ちを安らげる香りらしいですな。ナイフの俺や人形のこいつには鼻がないもので、雰囲気しか解らんですが』

人形の体を借りても魔法を使える訳ではなく、脱走もできないようだ。ぱちん―――魔獣の革靴を履いた剣士が宙に指を弾き、自分で香へと火をつける―――なんとまあ、彼女もずいぶん炎の扱いに慣れたようだった。二人はバイト墓守の彼に作法を習い、略式の礼拝を行う。ここに眠る誰かのうち、三つほど心当たりがある。うち一人はルイズに部分的にお持ち帰りされた、名も知らぬ青衣の魔導師。もう一人は、最近この国に秘密裏に預けられたらしき、金髪の王太子。
残る一人は……アニエスと深い縁のある男だ。

「そうか。ここに、あの盲目の傭兵が居るんだな」
『<白炎>どのか? ああ、確かに骨はそこの扉の奥にありますぜ。まあ霊魂のほうはネクロマンサーどのが、地上の人間に憑いてるのを見たとか言ってらしたもので。ここに居るかどうかは知らんです』
「地獄に堕ちはしないのか」

篝火が女剣士の顔に影を作り、人形は他人事のように軽い声で答える。

『さあ。そのうち堕ちるんじゃあないですかね。気い長く待つのが吉でしょう。何せ暇と執念だけは腐るほどあるらしいですからよ、幽霊ってヤツは……』

けたけたけた。低いオッサン声で少女人形が笑った。超ホラーである。
アニエスは不機嫌にもならず、

「……そういうものなのか。よく解らんが、気長に待つとしよう」

平然と受け止めた。その様子に、タバサは改めて物思う……身近なネクロマンサーは自分たちに、どれほど多くの影響を与えたのか。死は終わりじゃない……『倒した仇はどうなるか』の漠然とした想像に『今まで考えてたのとは違うらしい』との視点を足すだけで、慎重な復讐者は従来の人生目標を、良かれ悪しかれ修正(Version Update)せずにいられないようだ。

さて―――本日のタバサの目的は、前からこの礼拝堂に来たがっていたアニエスを連れてくるだけではない。盗み聴きや邪魔のない場所で<地下水>に会うことだ。決まった日時に彼がここに出勤するのも、都合は良かった。墓参りを終えた剣士がポータルで去ったあと。協力して欲しいと単刀直入に切り出すと、

『はい、何でもお申し付け下さい七号どの。ガリアの国益に反さなけりゃ何をお手伝いしてもよいと、イザベラ総ちょ……っと、もとい姫殿下に言われておりますんでね』
「……総……長……?」
『いえ、お気になさらず』
「……そう……」
『はい』
「………ちょう……」
『いえいえいえ。団長の間違いでさ。どうぞお気になさらずに』

すぐ了承を貰えた。
<虚無>や大切な人を守るため生きるデルフリンガーと違い、<地下水>の存在意義は『退屈しのぎ』。国随一の個性派ルイズとの交流は、いくつも新鮮な体験を彼に与えてくれたようだ。そして<地下水>はトリステインに対するガリアの優越を台無しにした原因でもある。その帰国後の境遇について、力添えすることを対価に……なんて取引を考えていたタバサだが、必要なかったようだ。欲するのは―――情報である。

「道具による魔法の効果。とくに<スキルブースト>と<オースキル(O-Skill)>について。詳しく教えて」

タバサの今いちばん知りたいことが、それだ―――ジョゼフやアニエスを見、ルイズに父の霊の話を聞き、明確な形を成した気がかりである。聞くのにかなりの勇気を要し、残酷な話を掘り起こしかねない疑問だ。魔道具はルイズの領分だけれど、タバサの内心に関わるので、あまり相談したくないことでもある。

地上に戻るという<地下水>と共に、出口に向かいつつ会話を続ける。<地下水>とアルヴィーは全長40サント弱のカエル型ガーゴイルの背に乗って、タバサの隣を進んでいる……異界の湿地の王子さま『フロッグ・デーモン』の外見を模したというこの木製カエル玩具も、地下の住人だそうな。ルイズが勢いで作ったはいいが性能も微妙で出撃もなく腐りかけていた霊柩車『ミート・ワゴン』君のコアを、……厳密にはコアの中の人を緑色でろでろゲルへと詰め替えた、省エネ待機モードらしい。
いつかキュルケの使い魔フレイムにかけっこで勝ってルイズを喜びのあまりネクロちゃん踊りさせるのが、低級霊である彼の夢だとか。サラマンダーよりずっと遅いので、死霊の盆踊り大会も今シーズンは無理そうだが、ともかく。

『……おお。それなら、よく知っておりますぜ。俺の体にも似たようなのが備わっておりまして。さて、どこから話せば良いですかね』
「概要から」

違和感を抱いたきっかけは、タバサの愛用の杖<RW Memory>。叔父と父に関わる因縁の一端が、この疑念の先にありそうな気がする。というのも、サンクチュアリ式アイテムには、職業(クラス)や技量などの条件こそあれど、<RW Beast>のように、魔法を使えない者にさえ魔法の技を与えうるものがあるらしい―――そして、長らく『無能』に悩み苦しんでいたジョゼフがそれらの存在を知ったのは、おそらく<ミューズ>シェフィールド召喚以降のこと。
……父の形見<タバサの杖>の製作されたのは、そのかなり前の出来事だ。

『<スキルブースト>は名のとおり、元来身についている、あるいは使用可能なスキルを強化する特殊効果(Mod)でございます』

例えば<RWメモリー>のエナジー・シールド、スタティック・フィールド。<RWリーフ>の炎スキル、他。

『<オースキル>はオウン・スキル(Own-Skill)の略でして、本来身につけられないはずのスキルを、装備者の誰にでも行使を可能にするもので』

挙げられた例は<RWビースト>の『人熊(werebear)』『獣性(lycanthropy)』のみ。……身近にある他の例<骨竜の化身>のことを、一人と一本は知らない。これらスキルブーストとオースキルは『魔力装填(例:黙示録の杖)』『装備時効果展開(例:イザベラの剣)』や『スキル投射(例:アニエスの靴)』などとは原理から異なるという。

(違いは精神力の消費。そのスキルが、心から身についた力となる……)

タバサは不安を募らせる。この杖は、父が依頼し作らせたもの。既に亡くなったという作り手の詳細は知れず。杖にはメイジにのみ作用するスキルブーストがついており、<ルーンワード>発動可能となるソケットまでもがついていた。ルーンワードは様々な魔法効果を発現し、中にはオースキルを秘めたものもあるようだ。
それら技術は―――『ゼロからの脱却』を可能とするのではないか、とタバサには思われた。

さあ、考えてみよう……次期君主候補を『無能』のままに据えおくことが、王家として、そもそもありうる話なのか。せめて外面だけでも取り繕う様子、そのひとつさえ見られなかったことには、『誰か』の意図があったのではないか。
別の線……読むと魔法を覚えられるマジックアイテム<魔道書(Books)>に関する疑念は、前にルイズから聞いた話で推理し、ものの希少さ、使用可能クラスの制限、翻訳の困難さ、一度読むと崩れる、などの理由で既に消えている。今聞いた話ではスキルブーストも個人の技能に依存するらしい。しかし魔法発動の特殊効果やオースキルの宿るアイテムのほうは―――その存在へと、父はジョゼフより先に、たどり着いていた可能性が高く、つまり……

(父さまは、これらの情報を知りつつ、秘匿していたのだろうか。……あの男の心に『無能』の劣等感さえ無ければ。すべての悲劇は、起きなかったかもしれないのに)

人の心には闇があり、優しかった父にも……ということを、今のタバサは知っている。もちろん、その血を受け継ぐ自分にも。存命中の父シャルルは『無能』と蔑まれる兄を傍で見続け、どんな気持ちでいたのか。ジョゼフは本当に、旧王弟派の言うような『簒奪者』だったのか……王冠の行き先を定めたのは、先王だという。

『ところで七号どの。ひょっとして、……お父上のことをお調べですかね』
「……」
『貴女さまの手にある、その杖のことですな?』

<地下水>が問うてきた。タバサはしばらく迷った末に、彼へと打ち明けてみることにした。
友人の切り札がどうやらこの種の情報のようで、わたしの行動は交渉の妨げにならないか……との懸念も最初はあった。けれど当の友人は捕虜のナイフについて「私の邪魔とか出来なくしちゃったから、好きにさせてるのよ。もし楯突いたら……うふふふ。もうできないのが残念ね」なんて危ない目で言っていた。
父さまのことを調べたい、とルイズに相談したとき「あいつなら内緒話しても大丈夫よ」とも。

「知ってるの?」
『ええ。その杖に関しては、そこそこ調査済みですぜ。そりゃ怪しかったもので』

やはりというか、当事者の王はこの疑念を見落としていなかったようだ。
ならば今の叔父は、より確定的な情報をルイズに求めているのだろうか。国の中枢に近い<地下水>の言も、ルーン石をくれたのがガリア側だったのも、それを裏づける。一応口止めするが、一旦ナイフを取り外して『お目付け役』アルヴィーに尋ねてみると『彼女』は小さな両手でマルを作る。『彼』にもカエルにも口止めを破るつもりは無く、信用してよさそうだ。今行っているこれは、タバサが自分の気持ちに決着をつけるためだけの、極めて私的な調査である。果たして―――

『考えすぎでしょうな。七号どのは規格外の<神の頭脳>を間近に見続けたせいで、感覚がズレちまってるんだ』

ナイフの彼は、陛下の結論も『白』でしたがね、と疑惑を否定した。態度で予想できていたが、結論への筋道が欲しい。

『思うほど簡単なことじゃございませんよ。その杖を製作した職人のことは、存じておりますがね。家の秘伝の製法を忠実に再現して、ソケットをつけたのでしょう』
「……<Memory>の発動は、製作依頼当時の意図ではなかった?」

彼女の身長より大きなこれは、もともと父の杖。彼は短いものを好み、余ったこちらを気に入っていた娘シャルロットへと譲られた。……最近になってルイズがより詳しく調べたところ、先祖伝来の逸品が製作素材だったそうな。なんとまあ。

『そう考えたほうが自然ですな。職人は大抵、ソケットの使い道に関知せぬもので』
「……布が巻かれていた」
『一度なにか埋めちまうと取り出せねえのは、当時も知られてました。間違って埋めたのが宝石ならともかく、要求技量(ReqLv)もハイなルーン石と来た日にゃ』
「わたしが使えなくなる?」

ソケットは道具の将来性。下手に使うと、むしろ道具の価値を下げるそうな。娘の未来のため、開くだけに留め置かれたのだろうか。

『おお、その通り。流石、理解が早い』
「……この四つの石は、どこから来たの」
『後になって集まったもんでさ。俺やイザベラ殿下の拾ったのも、混ざっておりますぜ』

これを発動した時の、ルイズの意味ありげな視線について考える……<思い出>の力は、生者の手を介した死者からの贈り物だった、ということだろうか。わからない。

『おっと、石ころを渡した理由については、姫殿下に口止めされてますんでね』
「……」

……ばればれ。と思いつつ会話は続き。そして、タバサは得た情報を整理する。
やはりオースキルを宿すどころか、異世界アイテム自体も、ルーン石もあまりに希少が過ぎるようだ。
<ミョズニトニルン>の居ない時代は『識別の巻き物』からしてレア。識別できる人も、既知のルーンワード・レシピも、扱える者も稀有。仮に入手できてもひどく厳しい装備条件の壁があり、ようやく発現するスキルも魔法と呼ぶに微妙なのばかり、らしい。たとえ存在を知るにせよ研究は手探り。山ほどの失敗の果て、知識も極めて限定的となる。
当時からこのようなものを『ゼロ』からの脱却の希望と看做せるかというと、……少々無理そうにも思える。<地下水>は続ける。

『オースキルに注目するより一般のサンクチュアリ魔法効果を秘めた道具のほうが、ありそうなもんですがね……その線も薄いでしょうな』
「……なぜ、薄い?」

タバサの問いに、強い装備ほど装備条件も厳しくなるもんで、と彼は答えた。今ほど技量も高くない当時の叔父に扱える程度の品では、『どうやっても弟のスクウェアの才に届くはずもない』らしい。そして彼はタバサの疑念を、前提からおかしい、と言う……

『たとえ道具の恩恵を得ても、人のプライドっつのは他人が思うよりずっと複雑なもんでしょう。そんだけで劣等感を覆せるかってのも、また大きな問題なのではありませんかね』
「それは……」

確かに。判らない。模範たる国王が、道具に借りた力を始祖の奇跡『系統魔法』と示し、世を欺いたりできるのか。現にアルビオン皇帝がそうしてるから……、とさっきまでのタバサは考えていた。が、改めて考えると浮遊大陸の場合とは、だいぶ事情の違うことに気付く。

『まあ<ゼロ>の気持ちです。トライアングルの七号どのには、解らずとも仕方のないことで』

ぐさ。ナイフの言葉が胸を刺す。今のは魔法の才に乏しき従姉の気持ちの代弁だろうか。

「……借り、ひとつ。あなたに」
『はあ、どうも』

タバサは口を閉じ、暗くしめっぽい迷宮の出口を目指す。身近な『ゼロ』の少女と触れ合うなかで、気付けたことを思い出す。この魔法主義の社会では、自分の魔法の才無き原因を己以外のところに求める、という思考からして、まずないことだった。……従姉イザベラも『才能なし』の謗りを受け入れているものだ。

(彼の言ったとおり。わたしは『ゼロ』の気持ちを理解できていない。もし『無能』を道具で取り繕ってみせる発想が当時の王家にあり、かつ許されるとしたら……ガリアは魔法技術の先進国。先にハルケギニア産マジックアイテムへの着目が、ないのはおかしい。そういう話もない、ということは……)

タバサは肩の力を抜いてゆく。口元まで埋まりかけた暗い思考の泥沼から、足首あたりまで抜け出せた気がした。

(安心していいのだろうか……わからない。『とてもうまくやった』のもありうる。でも、少し楽になれた?)

……真に『意図』があろうとなかろうと変わらない、というのは解った。
今日の結論は『かなり白に近いグレー』。疑念を薄めても、もともとぜんぶ状況証拠と憶測でしかなく。故人の不作為における悪意の立証なんて、まさに『悪魔の証明』だ。疑えばきりがなく、また人は自分の信じたいことだけを見、信じてしまうもの。疑心あれば、暗がりに『おに』もルイズも出る。ただ、オルレアン公という人物のことを、もっと深く知ってゆきたい―――今のタバサと仇敵ジョゼフの心は奇遇にもその点で、ほぼ同じ方向を目指しているようだった。
大きな変化だ。切っ掛けは……

『わたしの父さまは、復讐を肯定してくれるのだろうか』
―――あの晩、タバサは勇気を出してネクロマンサーの友人に訊ねた。でも友人の答えは、なんと、

……解んないわ。

だった。うそだ。あなたは見ているはず。人の魂の奥底まで見透かして暴いてしまいそうな、その虚無の瞳で。タバサの胸を悲しみが満たし―――しかし続く言葉で、その『解んない』もすっかり印象を変えてしまう。曰く、幽霊はよほど特殊な例でない限りハッキリした言葉を持たないらしく。さらに、

「人の心とか気持ちって、……白か黒かで表せちゃうほど、単純じゃないから……」

タバサは言葉をなくした。人の心は、うつろいゆくもの。
現世に残る父の思念の内には、自分を殺し家族を苦しめた男への無念もあり、そうでない心もあり、繋がっていて切り離せないのだ。戦う愛娘の成長を喜んだり、傷つくことを悲しんだりもしただろう。心は様々に表現できても、心そのものを完璧には塗り分けられない。とくに死者は語らず。すべて推測して、折り合いつけてゆくほかない。戸惑うタバサに、友は瞳に深淵を湛え……

「けれど、いつもあなたの幸せを願ってる。それは確かなことよ」

と言った。直後に寝た。すやすや。彼女の寝顔の見える位置に移り、タバサは自分の心を確かめた。
わたしも幸せになりたい。
今だって前よりずっと幸せだけど、もっと幸せなわたしを、父さまに見てほしい。大好きな皆と一緒に……それは、素晴らしいことだろう。
最近のわたしは友人たちに心配をかけ、何を急いでいたのか。あの男を間近に見て、ただ焦っていただけ……との反省が、すとんと腑に落ちた。捨てきれない復讐についても、今までと同じペースで向き合ってゆけば、いずれ『なるようになる』はずだったのに。

ルイズとの会話の翌日、タバサは幽霊屋敷の裏庭で疾風のギトーと出くわした。アカデミーに向かうらしく大量の本を抱えた彼は、愛弟子の無表情にひそむ憂鬱を、なんと驚きの風マスタリで読み取ったらしい。そのときの師の言葉は、気分をちょっぴり楽にしてくれたものだ。曰く、しけた顔をしているな。きみが何を悩んでいるか知らぬが、我が校有数の風使いが情けない。ふん、そうか。きみはこのことわざを知らんようだな―――

「明日は明日の風が最強だ」
「……」

知ってるわけがなかった。けれど、

「最強……」
「然り。運河に吹き大海へと抜ける風のように生きたまえ。きみはその力を得ることができる」
「……わからない」
「ふむ、説明してやろう……古人いわく、風と女は閉じ込められぬ。そして水は敵に回せぬ、ともいう。……よって風と水の女メイジであるきみは、世の誰よりも自由である」

レベルは上がった気がした―――かーん!
新たなステイタス[+]。新たなスキル[+]。
……妙な高揚感が去ってから思い返すと、ただからかわれただけのような。でも悪い気はしなかった。あるいは彼なりのジョークの進化形だったのか。異界のバーバリアン一族は、叫び声で似たような効果を起こすという。

こうしてタバサの冒険は次の幕(act)を開け―――
けれど、いざ歩き出せばさあ大変。そこは複雑な、前より深い心の迷宮だった。出口の存在も怪しい。
いらいらして、ルイズとまたケンカもして……回想を終え、タバサは息をつく。先は暗く、長そうだ。

(人の心と同じ。過去の『真実』を追い求めても、めったに正しい答えは出ない。立場や気の持ちようひとつで、評価も解釈も変わるから)

でも、それでいいとタバサは思う。どんな結果が出ても受け入れるほかないのは、もとより承知済。
気持ちは複雑とかいうレベルじゃない……けれど不思議なことに、今はそれさえ誇らしかったりする。
両親への想い、叔父への復讐と憎しみは変わらずとも、人形のようだった昔とは、こんなにも違うのだ。

夢や希望に満ちた友と並んで歩いてゆきたい。彼女やギトー先生みたく、これと決めた何かを信じるのも、強く生きるため必要なことだろう。
ルイズの顔が見たくなる。
ふと黄の毒々しい蛍光色の人影が視界の端を掠めた気がしてタバサは震え上がり、見なかったことにした。
かくも人は見たいものだけを見る。が、しかし。

『おお、今のは<くろきし>どのですな』
「!? ―――」
『普段はどこぞの棺で眠っておられますもんで、姿を現すのは珍しい。どうやらあのお方が、ここのヌシのようでしてね』

折角だし挨拶にゆきましょうぜ。嬉しそうに声に畏敬を滲ませて<地下水>がいらないことを言った。ぐこぐこカエルが鳴く。それもいらない。たしかルイズも『ガリアには素敵な黒騎士さまがいらっしゃるけど、こっちにもいるのよ。うーふふふ』と超いらない自慢をしてたものである。<黒き死(Black Death)>……それが何なのかどこから来たのか、黄色は全身タイツか地肌なのか。趣味は、好きなおやつは。ネクロマンサーの少女以外、誰が知ろう。

ベルトに手をやり後悔する。何とうかつ。
ポータル巻物の補充忘れほど精神的にクるものはない。アニエスは先に帰してしまった……今、この迷宮に『生きている人間』は、わたし、たった……ひとり。

『おや匂いが気になりますかね? すいません、ナイフの俺や人形のこいつには鼻がないもので』

<地下水>が言った。
真綿で首を絞められるような恐怖。ぞぞぞ。血の気が引き、周囲は急激に暗さを増し……そんな錯覚に包まれて、両膝もがくがく大笑いだ。

……これは失礼。ワタシにも昔はあったんですがね、鼻。

おねがいカムバックアニエス。タバサはそっと、かけていた眼鏡を取った。現実逃避だった。見えなくなるかと思ったのだ。
でもますます怖くなったので超震える手でまたかけた。無意味だった。

(!? あれは……)

そいつの『金色の髪』とその『髪型』に、タバサは見覚えがあった……

―――……

……



//// 36-3:【すめるず・らいく・ぼーん・すぴりっと】

そのころの幽霊屋敷。窓のカーテンも締め切られた室内。ゼロのルイズは古い剣を抱きしめて、ベッドの上でぼーっとしている。
寝起きのとろんとした目つきのまま、デルフリンガーに白いほっぺを寄せて、言った。

「デルりん、ぺろぺろさせて……」
「はぁ? な、何だぁいきなり」
「鉄分が足りないの」
「って何ィ!?」

んーっ。小さな舌を伸ばし、ぺろっ。

「うおぃひ!?」
「……んっ……デルりん……すっごく美味ひいよぅ……」
「ひっ、ひいぇえーっ!!」

ふーふー。切なげで艶やかに乱れる吐息。こいつ興奮してやがるッ……恐怖にカタカタ震える錆びの浮いた刀身を、少女はそっと撫で、囁く。ありがと。ね、もうちょっと、欲しいの……甘えるように小さな声。おいよせやい体悪くすんぞと注意しても、「平気よおでこの力使ってるし」ときたものだ。なんという伝説の無駄遣い。

「よ、よせ! やややべえとこに引きずり込まれちまうぅ……」
「うふふ、私もよ。……美味しすぎて、おかしくなっちゃうかも」
「いや待て、娘っ子ってとっくの前からおかしくね?」

遠慮なさすぎる一言に、白い髪の美少女はにたぁーっと笑い、答える。

「うん? ……そうだよ。だって私、あなたにいかれちゃってるんだから」
「何だと!? いや、おい、いくら貧血だからって、おい、んな……」

いやらしいぞ、とか俺っちのせいかよ、とか野生動物じゃねえだろ、などデルフリンガーは頑張って突っ込みまくるが、動けない彼はまな板の鯉。いや、まな板よりちょっとある。そんな魔性の毒牙にかけんと、ルイズは気にも留めず妖しく甘い誘惑を続ける。

「想像してみてよ。ほら……デルりんの成分が、私のからだのいろんなところを、ぐるぐる巡ってゆくのよぉ……」
「怖っ! それ怖っ!! おい、ひっ、よせっ! だ、だ、誰か助けてくれぇー!」
「そんな嫌がらないでよもう……」

ふわぁ、とあくびひとつ。もうぺろぺろしないわ、と鞘入りの剣を抱きしめて軽くキス。ちゅっちゅ。

「で、娘っ子よ。また怖い夢でも見たのかね」
「ううん、怖くないけど。実家に帰ったときの……あの塔(Tower)の上にいたわ」

そして何もなかったように素に戻る一人と一本。ご主人がこう限界ギリギリにじゃれてくるのは、剣の彼にとってわりかし大切な日常のひとコマだったりしないでもない。

「閉じ込められたのか」
「違うの。そこから矢を射つのよ。……すぐ目の前の道を通り過ぎてく羊の大群を、ただ延々とやっつけ続けてるだけの夢だったわ」
「……何だそれ」
「知らない……」
「いや、それ充分怖えだろ……」

さっき眠る前に羊を数えてたせいだろうか。羊を一轢、羊が二挽……羊のぉ……惨劇ィ………
呪的女祭司(mojo priestess)の女の子は、猟奇羊の夢をみる。ルイズはその夢に『沈黙の羊たち』とタイトルつけて満足した。

「そう? ちょっと楽しかったけど。まあいいわ……おやすみ、デルりん」

目を閉じてすぐ眠りに落ちる。女の子の仕様上の不安定なせいだろうか、あるいは宇宙のどっかから何の役にも立たない電波でも拾ってきたか。

(甘えたかっただけかね。ちいと申し訳ねぇけどよ、やっぱおっかねぇんだもんよ……)

寂しがりなご主人の腕の中、こんな感じで誰よりも遠慮のない付き合いの彼は(ま、ほっときゃ数日でいつもの調子だろがね)とあたりをつける。その外れないのがまた、彼女のよき理解者であり、騎士たる古き剣デルフリンガー君なのである。

―――……

そして見ちゃった侍女のシエスタさんは、貴族の友人モンモランシーにしがみついてプリンのようにぷるぷる震え、

「はい。スゴク怖かったんです。……今は寝ちゃってますけれど。さっきのルイズさん、おでこと髪の毛が、なんかぼんやり銀色っぽく光ってましたし……」

かく語る。事情を聞いているのは、ガリア娘のリュリュさんである。突発ごとに弱いモンモランシーは、どうにかシエスタを慰めようと、

「だ、大丈夫よルイズのことだし。ほら、……暗がりで意味もなく発光とか、よくあることじゃない!」

よくあることじゃない……!
―――言ってスグ後悔する。やっちゃった。シエスタの目は死んだ。

「ソウデスネ……!」

ヨクアルコトデスネ……!
はい。よくあるのが問題なのでした……モンモランシーの目も死んだ。慰めにも励ましにもなってない。
一方リュリュはこんなときでもマイペース。視線をやると、なぜか目に生気たっぷりで―――奇抜なアイデアとおかしな着眼点に定評のある美食家さんは本日もたった一言で、場の空気をカオティックに染めるのだ。そう、こんな風に……

「デルフリンガーさんって……美味しいんでしょうか?」
「ええー」

いつものごとく斜め上。ちょっぴり天然気質、年上なのに普段から誰にでも敬語を使う彼女へと、近ごろ勉強を見てもらってる立場のモンモランシーも、つい敬語になってしまう。

「そ、そんなわけありませんわよ、ミス・リュリュ。だって……その、錆びた鉄の味って『血の味』ってことでしょう?」

そんなのまるで『吸血鬼(Vampire)』みたいじゃ―――続けそうになった言葉を、金髪少女は喉の奥へ飲み込んだ。
ありえない。なぜってあの子、お肉食べらんないもん。(あれっ肉はダメでも血ならオッケーって可能性は……えっ、ちょ、本当に大丈夫、なの、かなぁ?)……大丈夫だったらいいなぁ、いいのになぁ……(おしりかじられたし)不安でいたたまれなくなってきて、腕の中のシエスタの暖かさに救われる。事実ネクロマンサーは『食事よりスマートにパワーを補給する』手段に豊むらしく、洒落にならないのだ。きゅっとなるモンモランシーのおしり、どうなってしまうのか。
……ほんとの所はミミズ汁でも『ぞわぞわ』なっちゃうルイズなので、今のところ吸血とかフガフガ(Hunger)の心配もないのだが、さておき。

「それはそうかもしれませんけど。……いいですかモンモランシーさん、よく考えて下さいな」

ふと我に返ると、何故か呆れたような表情のリュリュに、肩へ手を乗せられていた。

「デルフリンガーさんは世にも貴重な喋る剣なんですよ?」
「ごめんなさいぜんぜん解りません」

釈然としないモンモランシーはとりあえず謝ってみる。リュリュはため息をついて続ける。

「はあ。六千年のインテリジェンスソードさんに、人間の常識を押し付けても駄目ってことです。ほら、ひょっとすると、舐めたら甘い味がするかもしれないじゃないですか!!」
「ええー……」

リアクションに困るモンモランシー。食わず嫌いしてばかりじゃ人も文化も成長できませんよ、なんて言われても困る。非常識な発想ばかりの人から非常識扱いされてる愛すべき伝説の常識剣に、心底同情してやるほかない。何よ甘い味のする剣って。ソケットに飴ちゃんでも詰めたのかしら。クリーム塗ったとか。
伝説の……オートクレール(Haut-Eclair:高級エクレア)なーんちゃって。
疾風先生のよりフリーズドライぽいダジャレを思いつき喜んでる自分に気付き、モンモランシーは眩暈がした。
いっぽうシエスタは復活して早々、おずおず片手をあげて意見を述べる。

「あのぉ、ミス・リュリュ。血の味で正解です……」

―――舐めたのか。いつ何のために。モンモランシーは全身から汁が出かけた。

「そのぉ……さっきルイズさんが……美味しいって言うので……」
「まあ、そうですか……解ります。気になっちゃいますよね」
「はい。ですよね。やっぱり気になって……」

リュリュは残念そうだ。モンモランシーは別の意味で残念な気分がすごいことになってたまらない。シエスタは自分のちょっと赤い両頬に手を添え、

「デルフさんより、きっとわたしのほうが……」
「へ?」
「ルイズさんはわたしのこと、笑顔で褒めて下さったんです―――『シエスタの生命力、とっても美味しかったよ』って……」

お肌もつやつやになるんですよょよよょ……と誇らしげで儚い目のメイドさんは、自分の使命を『ルイズさんのために美味しい非常食になる!』と思い込んで譲らない。頭を抱えるモンモランシー。どうしてこうなった、かというと―――シエスタは以前いちど『ボーン・スピリット』で生命力を吸われたことがあった。
恐るべき捕食者ルイズは感謝の気持ちを容赦なく言葉にしたのだ。ああ、なんてことしてくれるのよ! 鬼ですか!
と憤りかけ、とある事情に気付きフリーズする。

(……あれ? もしかして、その一言のおかげで、……ルイズの許可なしにシエスタが自滅しちゃうパターンとか、防がれてるんじゃ……)

いざというときのための非常食。―――そうである限り生け贄は、自分自身を大事にし続けなければならないのだ!

(これ、ひょっとしてわざとやったというの……?)

それとも災い転じて福となす、なのか。どっちにしろ宇宙怪獣の首魁オーバーマインドの導きのごとくうまいこと回ってる関係に呆れつつ、モンモランシーは感心していた。のだが。口は災いのもと、というもので……さあ大変。今まさに目の前に居るのは、学院一のくいしんぼさんであった。

「ああ、何てこと。流石ルイズさんですね……その発想はありませんでした」

なんてぶつぶつ呟きだした彼女のシエスタに向けた瞳に、好奇の光が、光が!

「シエスタさん、……あなた、美味しいんですか?」
「はい! 健康には気を使ってますから!」
「やめたげてぇー!!」

飛び上がるモンモランシー。
さあ人間の体で『吸うところ』とは、どこでしょう? ―――どうなってしまうのか、と思いきや。

「冗談ですよ。もちろん人間の味とかそういうのは、ちょっとアレですよね。……あはは……なんだか危ない人みたいですし」

リュリュは赤い頬を押さえ「ねー」と笑う。ふふ、わたしも冗談です。味見はご遠慮くださいな、とシエスタも笑った。仲良しだ。
しかしこの場に居る全員、今の会話の暗黙の『ルイズさん危ない人』を総スルーでもにょもにょ。女の子の会話に悪気はない。そんなあの子の近くに居て、今までの充分危ない言動から、ミス・リュリュはもうコルベール先生より手遅れなんじゃ……と女の子の会話で心配されてたけれど。紙一重のところで踏み留まってくれてたようで、モンモランシーは安堵する。だが、

「ミス・リュリュ。もしお召し上がりになりたいのでしたら、ルイズさんの許可を貰ってきてくださいね」

シエスタは眩しいほど真っ直ぐに手遅れだった。

「だってわたし、ルイズさんに捧げられた身なんですから……フフ……ヘルシーなシエスタ……略して、ヘルシエスタ……なーんて。フフフ……」
「……」
「……」

フリーズドライな二人をよそに、素敵な笑顔。シエスタは果物ナイフを操り、リンゴをおっかないドクロ彫刻にカービングしてゆく。いつもルイズを喜びのあまりネクロちゃんスマイルさせることに積極的な、ご主人さま想いの娘である。

「お砂糖、スパイス……すてきな………『ナニカ』……!」

ああ、なにかとは、いったい何だったのか……
わらべ歌だと女の子はそういうので出来てるというが、ルイズは火と鉄と血と土で出来ていると主張して譲らない。譲れない何かがそこにあるのだ。

……

―――……

ここ数日姿を見せなかったキュルケは、コルベール先生と一緒に出かけていたらしい。帰ってきた親友に会うなりタバサは、黙って手にしていた袋を押し付けた。その中身を見て、キュルケは目を丸くする。

「まあ、ミスタ・コルベールの『かつら』じゃないの。研究室に置きっぱにしてたら、あの大雨でどっかに流されちゃった、って言ってらしたけど」
「……」

大きな金髪のかつら―――以前ジャン・コルベールが王女との謁見に被っていこうとして、みんなに止められたことがある。
普段とのギャップ、あまりの似合わなさ滑りやすさに、タバサもその形状をハッキリ覚えていたものだ。

「タバサ、これどこで拾ったの?」
「預かった」
「えっ……誰に」
「黄色かった」
「……」

がくがく震えだすタバサの唇は蒼紫色。察した親友キュルケは抱きしめて、落ち着くまで暖めてやるのであった。
立派なかつらを拾ったのでつい被ってみたくなった、と『デス様』にはお茶目なとこもあった。趣味は詩作、好きなおやつは『寿命』だとか。タバサは落し物のかつらと、地下に迷い込み気絶中のモートソグニルを預かり、水魔法で丹念に洗浄した。

別に亡国の王子が蘇って魔法学院の地下迷宮を徘徊してますとかそういう事実もなく、『くろきしサマの正体なんぞ気にするだけ無駄ですぜ』と言う<地下水>とは出口で別れた。彼と散歩にゆくらしい魔改造アルヴィーは、お目付け役の対価に昼も活動可能にしてもらったのが嬉しいらしく、ギヴ&テイクの関係だそうな。

―――……

……

なぜ『憎しみと悲しみの連鎖、自滅も含め』、復讐を肯定できるのか。どうしても気になったタバサは、当人に直接訊ねてみた。
白い髪のルイズは、ちょっと困ったように微笑んで、

「あら、誤解させちゃった? べつに肯定してるとか、そういうわけじゃないけど……」
「?」
「運命の流れは、もともと沢山あるのが自然なの。私たち人間にとって大事なのは、選びとること、勝ち取ることだもの」

優しい声で言った。タバサは頷いた。
宗教上の理由で『受け入れること』も大事にするルイズは、過去の『もし』の話をあまり好まないのだが。あえて『もし』タバサが杖に関して、<地下水>より先にルイズに相談していたら。今頃、別の答えを得ていたかもしれない。……白髪の少女の背後、スタッシュの中には『スル(Thul)』のルーン石ひとつ。
それに触れた彼女は知っているが、四つ穴の杖で発動する別のルーンワード……<思い出>より強力なレシピも、ひとつ世には在るそうな。

仮にどっかに石が揃ってたとして、先にそっちが発動されてたら。必要技量を満たせず、タバサはその杖を装備できなくなり……
<メモリー>の力も、なければ今までの戦いを乗り切れなかったろう。
先にルイズでなくアニエスや<地下水>、デス様と会話したおかげで、何を知っても揺るがない樫の木(oak)のような心の下地が、育ち始めたのかもしれない。

一期一会―――人の心は時とともにある。『知る順序の問題』が、生涯に渡るほど大きくなったりもする。ジョゼフがその例だ。『むかし何があったか』に拘るなら、『むかしを知ることやその過程で何を得て、どうなってしまうのか』も大切だったり、するのかもね……と、ルイズは先日の占いに従って行動した結果、彼女自身も把握できない『選ばなかった運命』との差分を、そんな感じに想像してみる。

「選びとる……」
「うん」

タバサはアドバイスが欲しそうだ。でもホントに欲しいのは、何でもいいから勇気付けてくれる言葉なのだろう。
頼ってもらえて嬉しいルイズは自分の胸に手を当て、張り切って答えた。

「選べるのはあなただけ。答えはいつも、心のずぅーっと奥のほうにあるはずよ」
「……」

うふふふ、とひとさし指でタバサの胸をちょん、と突いた。ぴくっ。
でも今のは『心の最奥を通じて外界の真理に到達する方法』……つまり『信仰』だよ、というお話なのであんまり役に立たない。
タバサは両手で胸を押さえつつ小さくなった。ルイズは慌ててフォローしようと、拳を握って頑張った。

「わ、私は……もし、それがあなたにとっていちばん自然なことなら、復讐でも何でもガンガンやるのがいいと思うわ!!」

タバサは目を見開いた。きらきら眩しく見えたのだ。ルイズは眩しい使い魔をふわっと出していた。

「ほら……『ボーン・スピリット』ちゃんも、復讐に燃える魂(vengeful revenant)だもの。見て、キレイでしょ……ウフフフ、復讐……」

タバサはルイズの好意だけありがたく頂くことにした。
優しくて大好きな友だちだけど、よく深淵(acheron)がおいでおいでしてるので、やっぱこういう相談は用法用量をよく守って、なのである。

……

―――……

なお、夏休み中の学院には、何故だか風上のマリコルヌ少年ほか数名も残っていた。
彼らは隕石の衝撃による崩落で他の部分と切り離された地下迷宮の一部屋を、ひっそり秘密基地に使ってたりする。ガチのアングラ組織……ではなく真夏でも涼しいココを居残り連中が溜まり場にしてるだけである。高級香水の納期を半ばデスマーチで乗り切ったあと、勢いのまま意気揚々とちょっと怖いそこまで出向き、例の大変な香水を売りつけようとしたモンモランシーは……

「……十三点。百点満点のうち十三点だ。この香水は出来損ないだぜ」
「ええっ? な、何でよ!」
「何でよだと! じつに失礼だなきみは。同志と思ったのは間違いだったか? ……おっと本当に何がいけないのか解らないのか……これほどとは……」

哀れみの視線まで向けられてしまった。ぐぬぬ、モンモランシーは悔しさを顔に滲ませる。

「ん? なんだね。……言っておくがその程度、ぼくにとって容易なことだぜ」
「は? ……え、なに……」
「嗅覚の鋭いきみなら、解るだろ?」

風のスペルでさらっと実演までされたら「うえぇん!」泣いて逃げ帰るほかない。高いプライドもずたずた、悔しすぎる敗走。「宿題にしておくよ」やる気なさげな言葉を背に受け、

(こ、こ、こうなったらっ……あ、味も……みとくしか……ないというの?)

なんて思いつめ常識もかなぐり捨て、涙目に真っ赤な顔で杖を片手に『幽霊屋敷』を急襲したが……
部屋の主ルイズは「ウフフフ、復讐……」ちょうどヒトダマの使い魔を呼び出していたところであった。

「あらモンモランシー、いらっしゃい。どしたの、目が赤いけど、泣いてたの?」
「あ、うん……なんでもない」

危なかった―――『タマちゃん』で逆に味見されるところだったわ、と、幸運にも我を取り戻し、金髪少女は自省する。

(なんかテンパるといつもドツボにはまって、やらかすわよね、私……これじゃ『危ない人』みたいじゃない……)

頑張ってもなかなか変わらない性分のようだ。しゅんと肩を落とし、そこにいた雪風のタバサに頭を下げてお願いする。

「頭、冷やして下さい」
「? ……なぜ」
「ちょっと反省したいことがあるの……暑さに茹ってきてるみたいだから」
「??」

タバサは首を傾げつつも頼まれたとおり呪文を唱え、霜が降るほど冷やしてあげた。
―――ぱきん。

「あ」
「……」

冷やしモンモランシーの手にはひんやり金色の筒。何となく万華鏡みたいに覗いてみると向こう側で青い顔をしてるタバサとルイズが見えた。

「……あなた、それ……」
「……折れた……いっぽん……たて、ロール……」
「……やりすぎた」

気まずいとかいうレベルじゃなかった。どうなってしまうのか―――!
やることなすこと裏目に出、はらはら涙を流すモンモランシーと似て、タバサも予想外な事態への対応が苦手だ。けれどゼロのルイズはこういう土壇場に強かった。

「紫ポーション飲んで! 直後なら髪の毛も治してくれるわ!」
「え、うん。………………わっ、ほんとだぁ、治ったぁ……」

モンモン巻き、復活。みんなで手を取り合って喜んだそうな。
なお、この一件のおかげで……

「ごめんなさい」
「あ、ううん。いいのよ、私がヘンなこと頼んだから……こちらこそ、イヤな思いさせちゃってごめんなさいね」

日が落ちて並んで歩く、珍しい組み合わせ。実家も国境の湖を挟んで近いとこにあった二人の少女。
ラグドリアン湖畔で笑顔を誓った四人のうち、惚れ薬事件をずるずる引き摺り、いろいろあってお互いちょっぴり苦手さの消えないモンモランシーとタバサ。

「ねえミス・タバサ、……た、たまには、もうちょっと二人でお話しとか……どうかしら」
「わたしと?」
「うん」

今までキュルケやルイズを介さないとろくに会話もなかった距離が、ほんの少し縮まったとか。
なお口下手なタバサは、最近気がかりなことばかりでタイミングを逃し、ゼロのルイズに任務その他のお礼を言うことも、あまり出来ていないらしい。

「へえ、ルイズに何かお礼したいんだ」
「相談に乗って」
「うん。私でいいなら、喜んで」

―――……

……

ちなみに風上の『宿題』の答えは……「ただよく似た匂いがするだけのまがいもので、このぼくが満足するとでも思ったのかね?」
―――丸っこい彼が筋金入りの本物でした、ということだ。
例えるなら『ルイズ味のレモン』と『レモン味のルイズ』……別に究極の選択でもなんでもない。彼なら迷いなく後者を選ぶだろう。

どうでもいい話すぎて、損した気分のものすごいモンモランシーは、会いに来てくれた恋人の男の子に泣きついて、甘えさせてもらったそうな。
占いによると『スペシャルにロウな運勢』だけど、けっこう毎日いい笑顔である。

アンリエッタの戴冠式の日取りがこれほど延びに延びたのは、とつぜん教皇の出席を表明してきたロマリア、ぴりぴりしているガリアとの交渉のせいもあったりするのだが……わりとタフになってきたモンモランシーさんなら、その場で何が起きても、みんなの助けで乗り越えて、強く生きてゆけるにちがいない。

「『幸せ、なにそれ美味しいの』ですって? 美味しいに決まってます。幸せとは、みんな元気で美味しいものを食べることですよ」

補習を見てくれて合間におやつもくれるリュリュの言葉に、モンモランシーはつい頷いてしまったりする。美味しいものも仲良しな友人たちと一緒に食べると、ますます美味しくなるようだ。

//// 【次回へと続く】

2011 11 22 6-4の一箇所修正。感想でのご指摘ありがとうございました。

2011 11 24 その36、部分修正。
キュルケの<メテオ>は<Leaf>でなくベース杖のModです。


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