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No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
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[12668] その35:青の時代
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:f581f142 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/28 14:47
//// 35-1:【緑の時のうた】

雪風のタバサは、たまに幼いころの幸せだった日々の光景を、夢に見ることがある。
今見ているのは、父に選んで貰ったリボンを、母の手で髪につけてもらう夢だった。
優しい両親に感謝の言葉を告げ鏡を覗き込めば、そこには父譲りの青く長い髪、青い目もくりくりと愛らしい少女が、恥らって頬をほんのりと染めている。

にーっと笑ってみると、小さなシャルロットも、にーっと笑った。

現実において、今の彼女の髪は短い。
そうなったきっかけは、北花壇騎士としての初任務。試練のドラゴン退治を果たしたあと、ばっさり切ってしまったのである。
復讐の誓いと戦いつづける覚悟、そして過去の自分との決別がその理由だ。
以来、幸せだった少女シャルロット・エレーヌ・オルレアンは、心の壊れた母が腕に抱く人形と立場を入れ替える。
戦う人形タバサ・シュヴァリエ・ド・パルテルが、シャルロットの代わりに復讐の道を歩むことになった。

さて―――始祖ブリミルの聖像は、顔のないローブ姿で現されるものだ。深くかぶったフードの内側には、虚無(ゼロ)の闇ばかり。昔の部屋の天井絵にも、顔の隠れた始祖が描かれていた。夜中目が覚めたとき、見上げるそこに二つの目がぎょろりびかびか輝いているのを空想しては、小さなシャルロットは恐怖に身を震わせたものだった。

幼いシャルロットは、人形のタバサをきゅっと抱きしめる。
人形は怖がらない。泣かない。人形となった少女は、悲鳴をあげることさえ忘れている。
争うことへの恐れも、かつての輝くような笑顔も無くし、口数さえも減らしてゆく。

「大丈夫」
「こわいよ、タバサ」
「大丈夫。ルイズのほうがずっと怖い」

人形はそう言って、怯える青い髪の少女を励ました。すると―――

「……だぁれが『ずっと怖い』ですって? うふふふ……」

気づけば、白い髪の少女がにやにや笑顔で立っていた。だが自分の格好に気づいたとたん、みるみる顔が赤く染まっていく。

「って、ねえタバサ、なんでネコなのよ私。あっ動くわ、このしっぽ。良く出来てるにゃ……って口調まで……」

ルイズは頭に黒いネコミミを生やしていた。
肉きゅうの手、ネコのひげ。黒いつややかな毛皮を白い肌のうすい胸やほそい腰に巻きつけて、しっぽまでついている。
青い髪の少女は、良く似合うそれを見て満足そうに微笑んだ。

「こわくない」
「そ、そう……って、タバサはにゃんで白ウサギさんなのにゃ」
「あなたがウサギのわたしを夢に見て、可愛かったと言っていた。わたしの下着を脱がした」
「……言ったかしら、そんにゃこと。でも白ウサギはやめたほうがいいにゃ。踏み潰したくなっちゃうかもしれにゃいし」
「?? ……可愛い」
「そう。あんまり届かないのにゃ、こっちから都合の悪い話は……」

ごろにゃーと横になって伸びる白黒ネコルイズ。彼女へと手を伸ばし、その頭や喉下をそよそよ撫でる、青い髪のウサギ少女。されるがままのルイズは、この夢の御主人さまのすることに、あまり逆らえないらしい。

「いきなり夢が混線しちゃったと思ったら、こんにゃことになるにゃんてにゃあ……」
「??」
「ま、気にしなくていいにゃ、タバサ。あなたには理解できにゃいことでしょうし……それに目が覚めたら、内容も覚えてないはずにゃ」
「シャルロットって呼んで」
「……あなた、そんな表情もできるのにゃ」

ルイズは目を見開き、たちまち切なげな表情になって、肩を震わせ、そっと目を閉じる。

「私ね、怖いの。今もときどき、あにゃたの初恋を利用してるんにゃにゃいにゃって。怖くてたまらにゃくにゃくにゃ……はう、コレ気を抜くとスグ……喋りにくすぎにゃ」
「安心して。わたしの気持ちは、もう恋じゃないから」
「あなたはそう言ってくれるけど……にゃー」
「寂しくない。こうしてるだけで、幸せ」

なにぶん欲望むき出しの夢の中での話だ。タバサの言は本当なのだろう。好いてくれること自体は嬉しいし、今は怖がられてないのもいいけれど、正直ペット扱いはどうなのかと思わないでもない。膝に頭を乗せられ、喉を撫でられ、ふにゃふにゃとルイズは声をもらす。日によって近づいたり離れたりと、ある意味安定した距離感を保っている現実では、恥ずかし過ぎて出来ないことだ。黒いしっぽがゆらゆら揺れた。

「ごめんね。……ジョゼフ王のこと、憎いでしょうし。あなたの母さまのお薬のことも、あとまわしにしちゃったし」
「?」
「せめて夢のなかでくらい、お返しするべきなのかしら。にしてもコレあなたの夢なんだから、私には何も言う権利ないわね。……もう好きなようにするといいにゃ」

大きく深呼吸して……
黒いしっぽがびしりとまっすぐになった。結局、望まれているだろう言葉を、ルイズは発することができなかった。

「……今はちょっと無理みたい。本当にごめんタバサ。これ『悪夢だから』タマちゃんが繋げてくれたのかも。『守れ』って……けど逆効果だったのかな。だって私の内面って、ちょっぴりあなたには、シゲキ強すぎるみたいだし」

ルイズとタバサは顔から血の気をなくしていた。
いつの間にやら、二人のそばの聖像から、始祖ブリミルが抜け出してきていたのだ。
両掌を前に突き出した格好。全身を覆うローブ姿、フードの下の闇には、ぎょろり光る目玉がふたつ。そこまではタバサの悪夢の枠内だ。だがしかし、タバサの想像をはるかに超えた、さらなる恐怖がそこにある……始祖の額に突き刺さり、ぎらぎらと禍々しくおぞましい光を放つ赤い宝石がひとつ―――

「ひっ……」

青い髪のウサギ少女が怯えの声を漏らした。あまりの恐怖に、かちかちかちと歯をならしている。表情の消えたルイズが、ぽつりと漏らす。異世界の発音で―――

「……<テd゙IィAアBフL゙Oロ>……」

真の恐怖をその身に秘めるローブの男―――<THE DARK WANDERER(闇の放浪者)>。
春先の召喚の儀の際、ルイズはこの男の姿を<存在の偉大なる円環>の中から見たことがある。そのときのトラウマを、ルイズは今もたまに思い出すことがある。もちろん本物ではない。多分ルイズの記憶が流れ込み、タバサの夢の中の恐怖のシンボルと混ざり合って、こんな形を得てしまったのだろう。<真の姿>を現していないぶん、いつぞや悪夢にでてきた<ベノム・ロード>と同程度の迫力ではあるが。
しかし今回は、最初から友がそばに居てくれるせいか、前のように取り乱したりはしない。

「……こ、こんなのが、……あ、あなたの、心の中に?」
「いいえ、これはただの幻。私の記憶のせいで、はっきりした姿を取っちゃってるのね。それにこのお城、なんか『恐怖』の残り香が漂ってるみたいだから……」

ルイズは怯えるタバサの背に手を当てて呼吸を落ち着かせてやる。タバサも怖がってはいるけれど、心くじけるまでには至らない。

「……見たこと、あるの?」
「直接はないけれど。ずっと前から知っていたような気はするわ。時に邪悪と戦う私たちラズマの徒にだって、魔神たちとの遠いご縁は、ないこともないから」
「どういうこと?」
「私たちの崇める始祖ラズマはね、悪魔リリスと大天使イナリウスの息子なのよ。リリスは憎悪の魔神<メフィスト>の娘だから―――つまり、私もこの方の姪孫に連なる系譜ってことになるわ。もちろん敵だけど」

ゼロのルイズは立ち上がり、目のツヤを完全に消し、獰猛に犬歯をむいた。ウフフフフ……

「ええ負けませんとも。張っ倒しましょう、タバサ。一応、恐怖は恐怖だから……放っといたら、いつか本物に利用されちゃうことも、あるかもしれないし」

黒は不吉や死の色、白は清潔や骨の色。骨の鎧が形を成す。ドクロの兜の覆いを降ろし、背には貴族のマントを颯爽と翻す。
まるで一柱の死神が降臨したかのように、ひとりのネコロマンサーがそこにいた。手にしているのは杖でなく、大きな戦鎌だ―――刃の直線的に延びる『なぎなた』にも似た得物を、敵に向かって突きつける。青白い霊気が場に満ちる。

「タマちゃん、来て! 私たちの敵を粉みじんに噛み砕いて!」

頼もしき巨大な白き炎『骨の精霊』がごうと宙を走る。この場は夢。こちらの好き勝手やれるフィールドだ。燃え輝く餓紗(がしゃ)髑髏、その顎が相手をがばりと捕える瞬間、<闇の放浪者>の体は霧のように消え―――いくつもの召喚魔術の光の粒が、あたりに降りそそぐ。黄色く透き通った光の、いびつな魔獣の幼生『フレッシュ・ビースト』が何匹も何匹も現れた。ルイズは目を丸くした。

「えっ逃げた!? ……タバサ!」
「任せて。精神集中、一呪入魂、仇敵殲滅、雪風魔法―――」

戦う人形タバサが動き出す。<思い出>の杖をかまえ、敵の群れに向かって強そうな呪文を唱える。辺りはまばゆい光に包まれて―――

―――……

……

ここはガリア王国、首都リュティスの郊外に位置する、壮麗なるヴェルサルティル宮殿。真夜中、タバサは与えられた部屋で目を覚ました。全身にぐっしょりと汗をかいていた。広く豪華な室内、少々離れたところにあるとなりのベッドでは、デルフリンガーを抱いたゼロのルイズが眠っている。
トリステイン親善大使としてここに来た彼女は、歓迎式典やジョゼフ王との対面に神経を使い、さらに『霊脈が淀みすぎ』とあちこち点検して回っていたため、疲れ果ててしまったようだ。

「おねえさま。夢の中で、いったい誰と逢引してたのね」
「……逢引じゃない」
「解ってるの。ルイズさまが出てきたのね。うなされてたから、解りやすいのよ」
「こんなところで人に化けたら、だめ。見つかる」
「大丈夫。ルイズさまは<ポータル>で従者でもなんでも勝手に呼んでこられるのよ、だから一人くらい増えてても、今更なのね」

青い髪の娘に化けた韻竜シルフィードがごそごそと、すっぱだかのまま、タバサのベッドへともぐりこんでこようとした。ひとりで大丈夫だから、と文句を言ってもスルーだったので、せめて寝巻きを、と頼み込んで渋々ながら身につけてもらう。

「……このお城、精霊の気配がちょっとヘンなのね。おちびのおねえさまが怖がるのも、仕方ないのね」

タバサは優しい使い魔に抱きしめられ、豊かな胸に顔を埋める。暖かい。正直のところ、そのぬくもりにはけっこう助けられている。さっきの夢のことは覚えていなかったけれど、もういちど眠ることに恐れはあった。不安になることが沢山あるから、怖い夢を見たのだろうか。ぺろっ、とほっぺを舐められた。
人の姿でそんなことされると、流石に抵抗がある。かといって竜の姿のときは、涎で頭からぐしょぐしょにされてしまうのだが。

「次こそは愛しのシルフィの夢を見て、たっぷり癒されるがいいのね、ちびすけ」
「……」

返事のかわりに、ため息をひとつ。この従者はいつも主のことを子ども扱いするのだ。タバサはふたたび眠りの中に落ちてゆく。




//// 35-2:【空洞でした】

ある日の森の中。熊さんに出会った。広大なヴェルサルティルの敷地に連なる、夏の花咲き乱れる森だ。昼食後の散歩中だったルイズが王に、城に漂う怪しい気配や昨夜の夢のことを訊ねると……『魔王召喚が中途半端で終わったせいではないか』といった内容の答えが筆談で返ってきた。
思い返せば確かアルビオン王太子の一件のとき、浅黒き肌の魔導師も、こんなことを言っていたものだ―――『降臨の術式を止めたければ、王子どのを殺すがよい。ただし<恐怖>は、我にも予測のつかぬ別の誰かへと向かうだろう』と。
つまり王太子の場合は霊薬で克服できたが、そうでないこちらには、未だ気配として残っているということのようだ。

熊の姿をした王は、余は<虚無>の呪文『加速(Increase Speed)』のおかげで乗り切れたのだ、と過去に彼の身に降りかかった事件の真相を教えてくれた。
<虚無>呪文は最後まで唱えきらずとも、多少の効果を発揮する。<ウェアベア>に変化し魔導師を撃退し、額へと打ち込まれた宝石のカケラを肉ごとそぎ取り、それでも<恐怖>の流入が止まらなかったので舌を毟り取り、ポーションを飲んで止血した。ここまで数秒足らず。幸いウェールズの場合と違って<Uber>のつくほうでは無かったこと、また片刃斧<RW Beast>の<狂信(Fanaticism)>オーラがあったので、心折れずに済んだらしい。

『あの王さま、こっそり精霊を信仰してらっしゃるの。シルフィたちと同じなのね』

タバサの使い魔はかく断言していた。ルイズはなるほどと思う。
ジョゼフ王の<ファナティシズム>に当てられると、ラズマ教徒のルイズでさえ妙に気分が高揚してしまう。このオーラの効いていることこそが、ガリア王が今は<味方>であることの証。もしも王がルイズにたいし怪しい意を抱いたとしても、オーラの変化によって、すぐに察して逃亡できるという訳だ。むろん一時たりともデルフリンガーとポータルの巻き物を離さず、『完璧な風石』のネックレスを身につけてもいるが。

「陛下、私と二人きりで話したいことがあるように、お見受けいたします」

ヴェルサルティルに賓客として招かれているルイズが、タバサを連れずに一人で外へ出て来たのには、そんな理由があった。先ほどタバサはラックダナン卿に呼ばれて席を外した。その隙をついたのだ。巨躯の人熊は鋭い爪の生えたけむくじゃらの手を、青い毛の混じる顎へとやる。

『わがおとうと、シャルルのはなしだ』

やがて王は小さな黒板にそう書いて、ルイズへと見せた。
蝶々が通り過ぎて行く。かりかりと音を立て、筆談はつづく。白髪の少女は焦点の合わぬ目で、黙って彼の書く物語を読み続ける。王は熊化の時間切れが訪れると、即<野獣の斧>で熊の姿に再変身する。一瞬だけ見えた服装は熊柄のパジャマだった。いったいどんだけ熊が好きなのだろう。

『あのまぼろしさえなければ、よもゆだんなどしなかったものを』

ガリア王は<サモナー>反逆事件の際、何者かによる<虚無>の魔法『リコード』をその身に受け、生きていた頃の弟の出てくる幻覚を見せられたのだと綴る。かの魔法をかけた者は、脳裏に直接届く不思議な声で、『物体に秘められた記憶を再生する虚無』だと説明したらしい。
昔に戻ったかのごときリアリティ溢れる幻のなかで、聖人君子だったはずの優しいシャルルは、次代国王に兄が指名されたことを、らしくもなく心底悔しがり妬んでいた。『たくさん裏金まで使って根回ししたのに』という。ルイズは悲しくなった―――なるほど、タバサに聞かせたい話ではない。
ジョゼフは何故か『この幻の内容は本物だ』と直感で『理解』し、心揺らいでしまった。その隙に付け入られ、魔導師の狼藉を許してしまったのだ。

『ほんもの。だと。わかった。からこそ。うたがわしい。くて、ならぬ』

黒板に白墨で書かれた字は汚い。考えながら綴っているせいか文章はとぎれとぎれだ。彼が今どんな気持ちなのかルイズは知らない。でも襲撃時に敵の語ったという<虚無魔法>『リコード』の内容、効果あるいは存在そのものを虚言と推定することは、もっともだと思わざるを得ない。
幻を真実であると信じ込ませることが可能であれば、使われたのが単なる幻覚魔法だとしても実質は同じ。なにぶん対象の心を折ってしまう呪いのごとき術。むしろ相手の意図の判明した今となっては、内容も含め全てを捏造と看做したほうが解りやすい。ルイズを自国へと招致した一番大きな理由は、ほかでもない―――かの幻の内容が真か否かを、確認したかったのだ。

ハルケギニアでそれを確かめられるのは、おそらくルイズだけ。きっと正直に答えたとたん、ルイズは己が身の安全の絶対的保証を失ってしまうだろう。かといっていつまでも待たせ続ければ、この王のことである。いずれ必ず代替手段を見出し、ルイズへの執着をあっさり捨ててしまいかねない。だからこそ、そうなる前に招待に応じなければならなかった。

「国王陛下。あなたはいったい……<サモナー>に何をお望みになられたのですか」

少し青い顔のルイズが問うと、茶と青毛の大きな熊は、獰猛に牙を剥き―――

『なに。ほんものの じごくを みせてくれると いうのでな』

そう書いて、ぐるぐる喉を鳴らして笑った。常人は彼のことを『狂王』と呼ぶだろう。
いっぽうルイズは、この王のことを正気と狂気との瀬に居る人だと考える。彼の背に取り憑く無数の亡霊たちの様子を見るに、狂気や絶望さえ置き去りにしかねない『空虚さ』があったのではないか、と感じてしまうのだ。

「……地獄なんて。陛下は生きながらにそれを、ずっと見てきたことでしょうに」
『こむすめが。じごくをみて じごくとわからぬのでは はなしにならぬ』
「お言葉ですが、少々考え違いをしていらっしゃいますわ。我らが古の大師は秘伝書にこう残しました……たいていの場合『気づかぬゆえの地獄』なのだと」
『そうであれば ますます みなければ ならぬぞ』

現在<ファナティシズム>を纏い歪に笑う王からは、少なくともそれほどの空虚を感じることはない。今は人生に別の目的を見出しているのかもしれない。愛する弟を謀殺してからずっと、ジョゼフの心は空洞だったという。喜びも悲しみも何ひとつ育たぬ、虚無の荒野が広がっていた。しかしまだ余の心には『恐怖』という感情が残っていたようだ。それを確認させてもらっただけ、奴らには感謝せねばならぬな……と王は内心を書き示してゆく。

当時の<ミューズ>や<サモナー>の言によると、ハルケギニアの外には『真の地獄』があるらしい。それを見れば、己の心も痛んでくれるのではないか。なお<宇宙でいちばん美しいもの>を見せてくれるともいう。それを前にすれば、この空虚も少しは潤うのではなかろうか。
<虚無>とやらで自分をどん底に突き落とした始祖ブリミルへの復讐ついでに、この世へと地獄の魔王とやらを呼び込んでやろう―――

「……なんて哀れなひと(My my, what a sad little man)……度し難く愚かな考えです」

ラズマの徒ルイズは怒りのあまり、ついそんな不敬なことを言ってしまった。王がこの程度では怒り出さないだろうという確信もあった。かくも磨耗しきったジョゼフの場合、始祖ブリミルへの復讐というアイデアさえも、人間らしい怒りや恨みから来るものではなく―――結局『そのほうが面白そうだから』なのである。

ルイズは胸のうちが怒りと悲しみで満ちている。一方には、彼が国王でありながら国や他人のことを玩具のようにしか考えていないことに。この男が大切な友タバサにしてきた所業への怒りもあり……他方、自分と似た境遇に置かれ、倍以上の年月を『ゼロ』のまま生きてきた彼には、それ以外の選択肢も無かったのかもしれないと同情しつつ。
どこかで一歩間違えば、自分がこうなっていたかもしれない……そんな風に気持ちの解ってしまう自分が嫌で、この男と取引を続けなければならない自分のことがもっと嫌だった。

『しっている』

王はそう書いた。不気味に笑いながら、おれたち兄弟は国いちばんの大ばか者なのかもしれぬ、と続けた。

『よが にくいか』
「……はい」

目のツヤのないルイズは正直に答えた。『どうしたい』と問われると少女は、やはり本心からの答えが望まれていることを確信する。細く白い両手を胸の前にあげて、かたち作る。

「今すぐ害獣駆除して梱包してさしあげたいですわ。こう……『パケット』に。毛皮、キバと爪、お骨、モツ、お肉。お手てはハチミツに漬けてお土産に。……古人曰く『熊の骸に捨てるところ探知魔法にさえ見つからず』と」

それを聞いた熊の王は実に愉快そうに喉を鳴らし笑った。

『ほう、むのうの おれにか』

なお、彼は『梱包』や『探知魔法』といった言葉も妙にツボに入ったらしい。何故か唐突に『子供のころ弟とかくれんぼをした思い出』を書き綴り始めて、ルイズに読ませてくれたのだという。

―――……

……

逗留先の部屋に戻ったタバサは、待たせていたはずのルイズの姿が無いことに気づいた。テーブルに書置きを見つけた。

『お散歩に行ってきます。そうしろって幽霊(Ghost)が囁くの。一刻くらいで戻るのでどうか心配しないで下さい』

慌ててそこらじゅうを探し回る。先ほどタバサは仕方なく部屋から外に出ていたのだが、この城に居る間はルイズにあまり自分の傍から離れて欲しくなかった。情報の秘匿やら緊急時の脱出しやすさ等々を考慮して、大使と護衛の基本ツーマンセル。母の身柄を親友の実家へと移して以来、タバサは仇敵の理不尽な命令に従う必要は無くなっている。今はもう純粋に、友のために働けるのだ。それでもなお国王や従姉に従い、花壇騎士として活動を続けているのは……報酬、立場上の動きやすさ、旧王弟派の暴走を抑えること、そして……最終的には、力をつけ復讐の機を狙うためである。かの王は油断ならぬ男。ルイズの身に何かあったらと思うとたまらない。

「どこ……」

探し回ったが、見つからない。
部屋に戻ると入れ違いになったのか、青い<ポータル>のゲートが開かれていた。タバサは少々妙な予感がしてそれを潜って『幽霊屋敷』へと飛び―――

「あははは……ははは……」

留守中のお掃除に来たのだろう、シエスタの姿を発見した。床に力なく座り込み、生気の抜けた目で乾いた笑い声をたてていた。彼女は膝に、何か怪しいものを抱いている。「この子はおねむ、育つはよい子……」子守唄のようなものが、唇からこぼれている。

「……よい子はおねんね、しましょうね……」
「!! ―――」

タバサは大きく息を呑んだ。顔が青くなる。背筋に汗が吹出し、胸が張り裂けそうになる。
シエスタが太ももに乗せているそれは、白く長い毛の生えた物体だった。それが何であるかを見たタバサは呆然となり、杖を落とし、ぺたんと腰を抜かした。
ゼロのルイズの生首だった―――脳裏にフラッシュバックするは、青衣の魔導師へと振るわれた熊の爪。

「……ルイ……ズ……」
「ちょっぴり失敗しちゃったわ」

生首が目を開いて喋った。タバサは心臓が口から飛び出しかけた。「ねんねおころり、首ころり……」シエスタは子守唄を口ずさみながら泣き笑いをしている。

「……何……してるの」
「試してみてたの。この中に入ること出来るのかなって」

ばくばく鳴る胸を落ち着かせ良く見ると、ルイズの首から下はあまりに小さすぎる箱の中に、不自然かつすっぽりと収まっていた。見覚えのある箱<ホラドリック・キューブ>である。古代神秘魔術によって、その内部は『全身鎧』が丸ごと入るほど広くなっているという。でも外見だけ見ると、いくら小柄なルイズとはいえ、人の身体なんか到底入りそうに無いサイズなのだから―――これでは生首に見えてしまうのも仕方ない。
小動物は狭い所に潜りたがる……なんてよく言われる話だけれど。「人騒がせなこったなあ」と我関せずなデルフリンガーが呟いた。

「どうして、そんなこと」
「うっ……そのね。ただちょっと、気になっただけよ」

子守唄が効いたのか、眠たそうなルイズ。実のところ、ジョゼフ王の語った思い出話の真似をしてみたくなったのだ。

時は昔。ジョゼフくん(8さい)は、かくれんぼで弟に見つかってしまわぬよう、マジックチェストの中に隠れた。内部が外見の三倍ほどの広さをもつ、魔法大国ならではの品だ。しかし天才のシャルルくん(5さい)。覚えたばかりの『ディテクト・マジック』を唱え、あっさり兄を見つけ出してしまったのだとか。
以来、何ひとつ勝てたことがない。無能の兄の妬みはやがて、弟の完璧さへの憎悪に変わる。兄が次期国王と決まった際も、弟は嫌な顔ひとつみせず祝ったという。ああ完璧超人め、どうしても勝てぬ―――ほんの一度きりでもいいから、あいつの悔しがる顔を見てみたかったものだ。もしその機があれば―――と王は懐かしそうに文字を綴っていたけれど、彼は皮肉にも『リコード』とやらの幻の中で、ずっと望んでいた光景を『罠』という望まぬかたちで見る羽目になった。

その幻の内容の真偽を知ったあとで王がどうするつもりなのか、ルイズ(16さい)は解らない。正直に教えたところで満足してくれるのか、こちらの言を信じてくれるのかも不明だ。結局のところ王弟の件に関しては『ジョゼフがルイズのことをどこまで信頼できるのか』という心の問題に帰結する。つまり、ルイズはそこで『スピリチュアル・カウンセラー』くらいの役にしか立てない。互いにそれは承知の事だろう……それゆえの『信頼関係の構築』なのだから。
最近寂しげな表情ばかりしているオルレアン公の亡霊を眺めつつ、そんなことを考えていたルイズに、しゃがみこんだタバサの顔が迫る。スカートの中の縞々が見える。

「詰まった?」
「うん……シエスタがブラシをぶつけちゃったらしいの。<キューブ>が誤作動してるみたい。この子パニック起こしちゃって」
「フフフ流石わたしのご主人さま、ミス・ヴァリエールです。お体ついてなくても平気だなんて! それに、こうしてみると、ちっちゃくて可愛らしいですネ!」

現実逃避を完了し、不気味に笑うシエスタさん。頭をだっこしてなでりなでり、ほっぺふにふに。白い髪を器用にも、幾本もの房に編みあげてゆく。ルイズは文字通り手も足も出ず。「さあ這いよる練習のお時間です……!!」髪を出せというらしい。なんと無茶な。「胸、大きくしたかったんですよね。ほら、いいんですよ。乗っ取って下さっても。わたしの……首から下……!」限界が近づいている。

「ちょうどよかったわ。お願いタバサ助けて。操作の仕方を教えるから」
「……」

タバサは無表情で立ち上がり、そばにあった筆立てから一本の羽ペンを取った。タバサは根に持つタイプである。

「えっ」
「驚かせた罰」

ルイズの目が恐怖に見開かれた。タバサの青い目がじーっと見つめる。
白い羽の先端が、怯える白い少女の鼻先にぐいと突きつけられ「やだ、ちょ、やめ……」どんどん迫り―――ああ、どうなってしまうのか!!

「ふやぁああああ!」




//// 35-3:【翼のくろにくる】

ガリア王国、ゲルマニアとの国境沿いのアルデラ地方。ここを覆い尽くすほどの深く広大な森は『黒い森(Dark Wood)』と呼ばれている。その一角に、木工に携わる者たちの住まうエギンハイムという名の村がある。この森は上質な木材を産出することで有名だ。ルイズの大好きな立派な棺おけにも、このあたりのライカ欅が使われてたりすることもある。そんな村に騎士タバサは前に一度だけ、『翼人討伐』任務を受けて訪れたことがあった。

「再び来て下さって、ありがとうごぜえやす。いつぞやはお世話になりやした。騎士さまさえ来てくれりゃあ百人力だ、こんな悪夢だって……」

到着した一同を村長の息子のサムが出迎えた。そしてタバサの連れを見たとたん、やつれた顔を強張らせた。

「うわっ、暴走ガーゴイル……いえ、あのときのことは、お芝居でございやしたね」
「きゅいきゅい」

疲れた様子のシルフィードが不満そうに鳴いた。
件の任務で彼女とタバサは、この村の住人たちと森に住まう『翼人』たちとの間の諍いを止めるため、ひと芝居打ったのだ。竜型ガーゴイルの暴走を装い、翼人と協力し合って止め……結果『討伐』依頼は取り下げられ、以来、双方の間には信頼が生まれた。種族を超えた夫婦の誕生もあり、着々と実りある蜜月の関係を築き続けてきたものだった。

「あのときの騎士さまの心遣いも、翼人たちとの共存も、台無しの危機でありやす。どうか今一度、おれたちの村を救ってくだせえ」

風竜から下りてきたのは頼りになる騎士タバサ一人だけではない。青い顔のサムにとっては、彼女の連れてきた奴らが問題だった。

『……解るか、少女よ。我は言い知れぬ匂いを覚えるが』
「はい騎士さま。北北東のほうに少々、魔の気配(Demonic Presence)を感じますわ」

小柄で不気味なドクロの仮面、剣を背負った少女が一人。トリステイン特別親善大使、ゼロのルイズである。
そしてこちらも剣を背負う、巨躯の黒い全身鎧の男が一人。もとカンデュラス近衛騎士団長、サー・ラックダナン。こんな異様きわまるワンマンアーミーを二人も見てしまえば、みな声はかすれ足はすくみ、冷や汗もだらだらだ。

「そ、そちらさんは」
「わたしと同じ騎士。今回は三人で来た」
「はあ、た、頼もしいことで……」

タバサ再訪の理由は、こうだ―――いちど取り下げられたはずの『翼人討伐』の依頼が、また届けられたというのである。
北花壇騎士、団長代理のラックダナン卿は、前回の担当者が『七号』であったことを書類に見つける。
かの『七号』当人は、ちょうどここの城に滞在中。ならばと詳しい事実関係について尋ねたところ、彼女は『わたしも行きたい』と願った。しかし、今の彼女は国賓少女の護衛の任の最中。大いに困っていたところ、護衛対象の『私もついてくわ』、そこに『いってこい』と熊の一筆。かくして三人と一匹は、エギンハイムの地を踏むに至る。

「何があったの」
「とつぜん見慣れぬ『翼人』の集団が現れ、森に入った村人を襲いはじめたのです……もう幾人か、重傷者まで……」
「そう」

村長宅へと移動しながら簡単な事情説明は続く。甲冑の騎士が反応する。

『怪我人がいるようだ』
「……ねえタバサ。提案なんだけど。先にその方々を治療してさしあげましょう」

黒い騎士の言を受け、髑髏の娘はベルトからポーションの小瓶を取り出した。タバサは迷わず頷いた。

さて―――

結果、タバサたちは特上の大歓待を受けることになった。
しかし黒き不気味な鎧騎士は一切の飲食物を摂らず、兜さえ取らず黙ったまま。白き不気味な少女メイジは出された肉類すべてをガーゴイル(仮)の喋る竜に与え、残った骨のほうを愛でていた。そんな二人が視界に入るたびに、村人たちは背筋に寒気を感じたそうな。

「翼人は森に関する叡智を、我々は森では手に入らぬものを。……彼らと協力関係を築いて以来、木材のさらなる上質化が進み、村は活気付き、新しい住民も増えてきておりました。そういう輩が手のひらを返すように『翼人滅すべし』と騒ぎ立てはじめ……」

村長は「何が起きているのかさっぱりわからない」と語る。翼人は温厚な種族である。
ハルケギニアの民が『先住』と呼ぶ『精霊の力』を使う亜人たちは、おおむね人間たちを見下すことはあっても争うことは好まない。けれどこの村の場合、翼人が巣のある木を守ろうとしたこと、および村人が弓を射掛けたことを発端に、当初は双方とも偏見に満ち溢れ、いがみあっていたものだ。
二種族の歩み寄るきっかけとなり、タバサの助力でとうとう結びつけるまでに至らしめたのは―――翼人氏族酋長の娘アイーシャと、村長の息子にしてサムの弟ヨシアの若きカップルの絆である。ことが済んだあと、二人は皆に祝福されて結婚式を挙げていた。
さぞや沢山ちゅっちゅしあい、夜には愛のある『クリエイト・ニューキャラクター』に精出したことだろう。あれから時が経ち……

「見知った『翼人』たちの群れは村に寄り付かず、今はもう連絡さえつきませぬ。卵を産んだ新妻のもとにいる我が息子、ヨシアのことも心配にございます……」

村長は泣いていた。異種族の間に文字通り玉のような子の出来た、めでたい話があったという。しかし前例のないこと―――通常の翼人より生まれが遅く、人間の場合より早かったのだ。若き夫婦は大事があってはならぬと、『先住』の医療魔法を扱える翼人の集落に移住したらしい。その矢先の事件。

「『翼人』が人を襲うなど、何かの間違いでありましょうが、確かめる術もありませぬ。彼らとの絆は、今やこの村に無くてはならぬ大切なもの。力なき我々は、お任せするほかありませぬ。騎士さまがた、お頼み申します……わが息子夫婦を、初孫を……我々だけでなく翼人の方々をも、どうかお救いくださいまし」

最後まで聞き終えて、タバサは頷いた。心より救ってやりたいと思う。
なにせ、かの夫婦はタバサの知るなかで、異教徒同士の結ばれた最高の成功例なのだから。そして今回結成されたタバサパーティ……三人と一匹と一本は、ものの見事に全員の信仰対象がバラバラなのである。始祖ブリミル、ザカラム光神、始祖ラズマ、『大いなる意思』。古き剣は器物ゆえの無信仰を自称する。
異質な者たちがありのまま共に歩む……殺伐とした<サンクチュアリ>では『生き残るため』に良くあるドライな話だが、ハルケギニアではあまり見られぬこと。
かくも奇跡のごとき縁、大切にせぬ道理はない。

(それにしても、様子がおかしい。若い男性が皆、疲れきった形相をしている……)

タバサは村人たちの様子を観察する。

―――……

……

ほどなく騒ぎが起こる。急ぎ向かったタバサたちが到着すると、そこでは一軒の家が、斧やたいまつを持った村人たちに襲撃されていた。

「鳥野郎が一羽隠れてやがったのでさ」

一人が言った。先ほど村長の話にあった、美味しい話に釣られ最近移住してきたという連中の一員らしい。翼人のことは鳥扱いだ。彼らの目の下にも隈があった。家の中から簡素な格好の、翼を背に生やした少々濃い顔つきの男がひとり引っ張り出されてくる。若い翼人だ。彼は悔しげにつぶやく。

「乱暴するな。私はおまえたちに危害など加えていない……」
「嘘をつけ。怪しい術を使っているのを見たぞ」
「何を言う。私はこのあたりの精霊に守護を願い、村に浄化結界を張っているのだ。離せ、維持せねばならぬ」

村人らは翼人の弁明を理解できない。『結界』とはどういう意味なのか。タバサにだって解らない話である。なのでひとまずこの場を預かり、村人たちを下がらせて、事情を尋ねることにした―――しかし。

「ぐぬっ、とうとう来たか悪魔の手先め……ち、近づくな!」

翼人が叫んだ。彼の怯える原因、呪われし黒の騎士は一言『すまない』と場を外そうとする。じじつ魔物の身ゆえ、こういうことには慣れているらしい。するとネクロマンサーの少女が、若き翼人の前に進み出てウフフフフと笑った。尊敬する騎士さまを悪魔扱いされて、カチンと来たらしい。

「精霊の力を感じるわ。『結界』の話は本当のことね。ねえ翼人さん、あちらの騎士さまは味方よ。……事態は一刻を争うのでしょう。一緒に話を聞いてもらうべきと思うのだけど。どうかしら?」
「お、お前は……!」

翼人は息を呑んだ。驚愕に染まる目と、深く焦点の合わぬ目―――数秒ほど、見詰め合う。白い少女はにやりと不気味に笑い―――

「……なぁーに?」

愉しげに問うた。翼人は目をいっぱいに見開き……

「お前は? お……お前、は……!」
「ウフフ、なぁーにかしら? ウフフフ……私は?」
「……何、だ―――!!」

わなわな震えながら、かすれた声を絞り出した。ルイズも負けじと瞳孔をいっぱいに開き、答える。

「あらまあ、『何』ですって? ウフフ私はね……ウフフ……」
「……お、お前、は……」
「何かしら……?」
「……お前は! 何……だ?」
「何、かしら? ……『私』は……何!」
「お前は……『何』! だ……お、前は……?」
「ウフフフフ……『何』かしら……私は―――」
「何だ……お、お……『お前』、は―――」

『何』だ―――!
『何』かしら―――!

会話がループしていた。ああ、ホントいったい何だというのか、さっぱり意味が解らない―――!!

「あなた退場」
「ひやぅ」

タバサは友人の首根っこをひっつかんで下がらせた。時間の無駄である。

「お茶目さん」
「うふふふ」

さて―――

翼人をなだめ落ち着かせ、ようやく語ってもらった事情から、この件には異世界の悪魔(Demon)が関わっている、とタバサたちは断定する。外見も『翼人』とそっくりだという当の魔物どもは、村の人口増加のせいか、人の持つ『翼人への畏怖』を呼び水に引き寄せられたらしい。「……奴らは『夢』を通じ村人の心を襲っていた」と、ひとり村を訪れていて巣に帰れなくなっていた若い翼人は語る。「はるか昔には、そのような種族も居たと伝え聞くが……」邪悪の気配のある以上、異質な別存在に違いないという。
彼は人と共に歩むという氏族の方針に従い、森の精霊の力を借りて魔の影響を緩和し、村人を守ってくれていたようだ。幸い今のところ影響は深刻でもないが、夜が深くなると、今のささやかな結界では持たなくなる危険があるともいう。
「すごいのね、あなた精霊にとても愛されてるのね」と驚くシルフィードには、村に残ってコクのある顔の彼の護衛と手伝いをする役割が与えられた。

「敵の正体、解る?」
「……口にしたくも無いわ」

タバサが問えば、そんなことを言うルイズ。ラックダナン卿が当たりをつける。

『大方、夢魔の類だろう』
「ええ。多分距離を取って魔法を放ってくると思うの。たまに物理打撃の効かない場合もあるらしいけど、そこは私たちにはあんまり関係ない話ね」

結局ルイズが補足してくれた。
かくして夜の森の中を、タバサたちは進む。目指すは村から三十分ほど行ったあたりの翼人たちの住処。連絡の取れなくなったという集落だ。村人の話では、この道中で襲われる者が絶えず、結果道が分断されているようだ。
先ほどいったん<ポータル>を使い、ネクロマンサーの少女は拠点『幽霊屋敷』から五体の骸骨戦士を連れてきていた。土のゴーレムを呼び、先頭に立たせている。

「うふふふ……この感覚、なんか久しぶりだわ」
「……」

タバサは嫌な予感に襲われる。干し首片手にぷらぷら揺らす連れの少女が、やけに楽しそうなニヤニヤ笑顔をしているのだ。ちなみにタバサは、そのきもちわるい干し首に威嚇や趣味以外のどんな理由があるのか、さっぱり理解できない。以前訊ねてみた折には『盾よ』と返答されたものだ。何の冗談か。

『警戒せよ。気配が強くなっている』

虫の声ひびく夜の森。漆黒の鎧騎士は背中の剣を抜く。幻のように透き通る少々幅広の刃に沿って、パチパチと青白い電気の光が走った。
白い少女に背負われたデルフリンガーが、不思議そうに問う。

「……騎士の旦那よ。前のときも気になってたんだがね、そいつぁいったい何もんだい。さぞや名のある剣とお見受けするぜ」
『<位相剣(Phase Blade)>という類のものだ。決して折れぬ剣なり。銘は<雷光>……いや、この話は後にしよう』

鎧の騎士が言った。自慢の剣らしい。タバサが『エナジー・シールド』を張る。ゼロのルイズは久々に手にした『イロのたいまつ』を嬉しそうに掲げて『骨の鎧』を張った。

「ねえタバサ。どうすればいい?」
「まず相手の出方を伺う。対策を編む。実行する」
「うん。それもあるけど、私の聞きたかったのはねえ……」

友の口は薄気味の悪い三日月のようになっていた。タバサは不思議に思う。殺気が通常とくらべ六割増しの気がする……ひょっとして今回の敵に、何か恨みでもあるんだろうか。

「片っ端から滅殺しちゃってオッケーってことよね、そうよね。イイわよね? ウフフほら敵は悪魔だし遠慮なんかひとっカケラも要らないわよね。アハハハ……」
「……」

タバサは言葉に詰まる。人類の敵は倒すべき。しかし幾つも不明瞭な点があるのだ。敵の目的は何? 重傷者を出しつつ死者を出してないのは何故? 翼人と似ているのなら和解できる相手なのだろうか。甘い考え? いや自分には異界の魔についての知識が足りない。答えを決めかねているうちに―――

『人に奴らと語り得た験しなし。地獄の者は滅されることこそ救い。情けは無用なり。これは討伐任務である。構えよ、来るぞ』

深く落ち着いた声で、甲冑の騎士がよどみなく言った。タバサは彼が異世界で騎士団長を勤め『英雄の中の英雄』と称えられたことを、さもありなんと思う。彼の戦いを学べば、自分の力にできるだろう。国王命令『さくっとすませてこい』を受けて彼が共に来てくれて、本当に助かった、とも。
やがて、一行を奇妙な魔法の集中砲火が襲う。ズキュン、ズキュンと重たげな音が鳴り、パーティの先頭に居た土のゴーレムに向かって、いくつもの眩く赤い光の玉が飛来する。着弾―――ばしばし土が砕け散りはじめる。タバサのところにも、赤い光弾がゆっくりと飛んでくる。風の呪文で弾き飛ばそうとし……

「避けて、タバサ!」
「!!―――」

ルイズが叫んだ。……風はするりと透過され、闇にどうと赤い光と白い骨のカケラが弾けた―――スケルトン・ソルジャーが一体割り込み、盾で受け止めたのだ。体勢が崩れる。すかさず二撃三撃と連続で打ち込まれ、タバサは即座に退避し別の呪文を詠唱する。骨たちが防御陣形を取る。
無属性魔法『ブラッドスター(Blood Star)』……風の防壁にひっかからない、不思議な力の塊のようだ。森の深い闇の中、敵の姿は見えない。宙に生まれた無数の氷の塊が今度こそ敵の光弾を相殺する。黒い騎士が大きな盾を構え、宣言した。

『我が突貫する。二時の方向の群れだ。援護を頼む』
「ええ。行きます―――<ディム・ヴィジョン(視野狭窄)>!!」

『骨の精霊』の探知に従い、見えぬ敵へと火の粉が降りそそがれる。鋼鉄の騎士に続き、白く輝く骨の戦士たちもケタケタ大笑いしつつ森へと突入してゆく。
さて、ネクロマンサーの戦術は基本『数による力押し』と形容される―――そしてラズマ秘術『呪系統』はそのどれもが対集団パワーゲームの場において、うまく使えば拮抗する天秤を一気にこちらへと傾ける可能性を秘めている。
中でも使い勝手の良い『視野狭窄』の呪などは、飛び道具主力の敵にとっては、一瞬のうちに無力化されるのとほぼ同義。そこに戦士が飛び込めば、あとは『さくっと』楽な話である。闇に雷光が走り、夜の森に女性の悲鳴がいくつも響く。光の弾の飛来数が減り、やがて途切れる。

「逃げた?」
『いちど戦列を組みなおすのだろう。奴らは戦いを好む性質。全滅させるまで終わらぬ』

数匹倒されたところで、敵の群れが戦線を下げたのだ。

さて―――襲撃がひと段落ついたので、タバサたちは敵の死骸を検分する。

「これは……翼人?」
『否。<サキュバス>という種の悪魔だ。夢に出て男の精気を吸い力をつけ、やがて現実に降りて血をすすり、肉を喰らう』

タバサの言に黒の騎士が答えた。彼に切り殺された悪魔の躯には肉がなく、翼のはえた人らしき骨格しか残されていない。ああ恐るべし、<雷光(lightsabre)>とやらに切られるとこうなるのか、とタバサは緊張にごくりと喉を鳴らしたのだが……どうやら勘違いだったらしい。

「こいつら体が半霊体で出来てるみたい。だから死んだとたん骨だけになっちゃうの。良い心がけね!」

ルイズが明るく言った。何でそんな嬉しそうなのだろう……タバサの疑問はこの後すぐ解けることになる。
騎士として培われしタバサの戦術は堅実なもので、たいてい『後の先』へと力を注ぐ。己を知り敵を知り、相手の出方を見、知恵を尽くし対策を編み、隙を突き迅速に実行し倒すのだ。なので目的の知れぬ敵集団の場合、情報収集のための捕獲も必要となる。だが一方、この白髪の友人の場合は、まるっと異なり―――

「ルイズ。『尋問』お願い」
「解ったわ。えへん……始祖ラズマの教えに従い、ルイズ・フランソワーズの名において、救い無き邪なる魂に功徳をつむ機を―――」

ああなんということだろう、すべては『ブチ殺してから』始まるのである。タバサとデルフリンガーは、呆れるやら感心するやらだ。

「<リヴァイヴ(revive:蘇生)>!!」

杖の先、緑色に輝く宝石が清浄なる光の粒を降らせた。ひゅうと光の螺旋が結ばれ、神秘の奥義に促され、骨だけの躯に生命が満ちる。
たちまち肉を形成し、死から一時的に蘇った『彼女』を見て、タバサは思わず目を見開いた―――

『どうも、ラズマの尼公。お前の召喚にわざわざ応じ、戻ってきてやったわ。ありがたく思いなさい』

憎まれ口を叩きつつ臣下の礼を取るのは、赤く長い髪、背に緑の大きな翼を生やした女性であった。
見れば見るほど、確かに翼人そっくりだ。悪魔の一般的イメージ『コウモリ羽』でもなく、鳥に似た翼を持つ種のようである。……だが、不自然なほどに真っ白な肌をしており、その口には牙がのぞく。翼人の清楚さとは違う『妖しさ』のある面立ちだ。ゼロのルイズはにやりと笑って、彼女に命じる。

「あんたたちの事情を語ってちょうだい。あと二分三十秒以内に。群れの規模、何の目的でこの村を襲うのか、誰の命令でどこから来たのか」
―――了解したわ、ちんちくりん。話したげるから、耳かっぽじって聞きなさい……
「!? ち……」

<リヴァイヴド・サキュバス>は妖艶に笑って答え、赤い髪をふぁさと掻きあげた。いくつも特筆すべきことがある。うちひとつは『超のつくほどの美人』ということである。ルイズの目のツヤが完全に消えた。

―――私たちは群れ全体で23羽。うち夢の外でもファ○ク可能なくらいまで現界できてるのは16羽。さっき私いれて5羽イッたわ……
「何をしに、この村に来たのかしら」
―――決まってる。[ピー:えろくてタバサには聴取不能]してオトコの精気を吸うためよ。夢でキスキス、その後しっぽりぺろんとね……

尋問を見守るタバサは、この女悪魔が誰かに似てると思った。髪の赤いところとか。えろいとことか。

「あんたたち、誰かに命令されてたりするの?」
―――いいや。私ら元々<苦悶>様んとこの下っ端なんだけど。先に主君が還されちまったのか、知らん世界でほったらかしよ。そこの村は苦労して見つけた狩場さ……
「あら、背後関係は無いみたいね。で、村人に死者を出してないのは何故なの?」
―――今の段階じゃ、なるべく生かして夢ん中でちまちま吸ったほうが効率良いからね。全員たっぷり力つけて受肉して<パーティ>すんの、みんな楽しみにしてたよ……

もうひとつ特筆すべきこと……それは彼女が、ものの見事なナイスバディということである。豊満かつ均整のとれた肢体と肌を照れの一つもなく見せる大胆な格好。すごくえろい。男性の理想を体現したかのような。もし事情を知らぬギーシュとかが居たら即タゲを取られちゃいそうなほど、性的な魅力に満ちている。
タバサは今こそ納得した―――どうしてさっきから白髪の友人が、六割増しの殺気と暗い喜びに溢れていたのかを。そして、ああ、悪い予感が……!

「ありがとう。何か言い遺しとくことある? せめて名前とか」
―――ん、特にないけど。下っ端すぎて固有名もないしね……あ、そだ。ねえご主人……
「なぁに?」
―――お前それほんとに胸なの? 大丈夫? ぺたんこすぎやしないかしら。私らにとっちゃ死活問題よソレ。まあそういう趣味の方もいるけどさ……
「むぐ!? …………よ、よけいな、おせわ…………よ……!」

この<サキュバス>という種族、つまり―――でかし。おちち。

『おっと、そろそろ三分経つか。お別れだねご主人、頑張れよ女の子』

にぱっと笑顔を見せ、お喋りな<リヴァイヴド・サキュバス>の姿は煙のように崩れ、物言わぬ骨へと還った。
ルイズはうつろな目でふるふる震えながら、黙ったり笑ったりを繰り返していた。ぎりっと歯のきしむ音がしたので、奥歯はもう治ったのだろうか……なんて逃避っぽく考えていたタバサのところへ、ゆらり白髪を柳のように揺らし近づいてきた。平坦なお乳に触れそうな近くまで伸ばされた手がわきわきと空虚を掴み、その後、きゅっと手を握られた。冷たかった。

「タバサ。私ね、あなたという素敵な友だちがそばに居てくれてること、心より幸せに思うわ。ありがとう……」
「……」

タバサは全身で震え上がる。言葉もない。あんまり嬉しくない。殺気六割増しとは然もあらん―――今のルイズは他でもない、真の敵を前にしているのだ。

「ウフフフフ……敵はおっぱいパラダイスよ。さあ私たち、今宵は夢と希望の使者となりましょう」

……激のつくほど怖かった。ああ―――いったいどうなってしまうんだろう!!





//// 35-4:【もげろ】

やせっぽちなルイズは16歳。美少女だけれど同年代の平均と比べ、女性としての発育が少々足りない。
将来に夢や希望を膨らませたくとも、母親やいちばん上の姉を見る限り、そうもゆかぬが寂しい話。
家族で胸の大きいのは次姉だけ。成長しても彼女のようには育たぬだろうことを、ルイズは薄々自覚しつつある。

「貫けぇ『トラグールのタロン(Bone Spear)』!」ひとつ放てばちちのため……「あはは! これは母さまの分!!」ふたつ放てば母のため……「お次はエレオノール姉さまのぉ!! 『錬金』!!」……どかーん、どかん。

孝行娘である。
さて、恐怖の魔王ディアブロら『三兄弟(Three Prime Evils)』の台頭以前には、『四大悪魔』が地獄を統べていたという。その一柱<苦悶の女王アンダリエルさま(巨乳)>の忠実なる手下に<サキュバス(Succubi)>という女悪魔の種族がいる。同名のハルケギニア先住種とは異なる、地獄の娼婦や夢魔として知られる奴らだ。数々の種類があり、コウモリ翼の種も居れば鳥に似た翼のものも居る。
共通する特徴は鋭い爪や牙をもち、好戦的であること。人間の男性を様々な意味で好んで喰らうこと―――そして、体つきがけしからんというお話で。

「余分な脂肪とか引きむしり合うといいわ! メロン収穫祭よ! アハハいっそたっぷり相死合(あいしあ)っちゃいなさい―――『アトラクト(Attract:誘引の呪)』!!」

そんな胸部の膨らみたわわで豊かな奴らを前にして、恵まれぬ女の子ルイズさんの戦いぶりときたら、それはもう。天高々と『イロのたいまつ』を突き上げて、手下どもに命令を下す。飛んでくる光弾を斜め動きで避け、タバサに対空迎撃を任せ、敵の接近をスケルトンたちに阻ませ、反撃の呪や失敗魔法を放ちまくる……心底嬉しそうに。陶酔しきった笑顔で。

「いいわいいわ絞りつくしなさい! フフフ捻じ切りなさい! 突撃! 『鉄のゴーレム』ちゃん! アーッハハハハハハ!」

寂しいおむねを義憤(?)に湧かし、涙目で大いに笑うお嬢さま。まるで『ちちの仇』かえろい女の『大隆起』こそ人類にとっての害と言わんばかりで。

「ああっどうしようタバサ! 私いま人生スッゴク楽しい―――!」

どうしよう。……それこそ今のタバサの内心である。「それは何より」とか「あなたの笑顔こそわたしの幸せ」とでも返してやるべきなのか。
現在活躍中のゴーレムはデルフリンガーではなく、投擲用ナイフから生まれた『鉄砲玉くん』。用途は使い捨てだ。命じられるままにボディアタック(瀕死の敵のダイナマイトなバディを刃に貫いたまま敵陣に突進という意味で)を敢行する。切り札たる古き伝説の剣のほうは、さっきから白き少女の背中でかたかた震え、もはや声のひとつもなく。
牙をむく<サキュバス>たちも途切れなく反撃を続け、棘の反射で傷つくのも構わずゴーレムをタコ殴りにしていたが、既にその足元には骸という名の凶器があった。固められたのだ。「騎士さま、下がって!」という合図とともに前線にいた黒の騎士が、えぐい大技に巻き込まれぬよう急いで退避してきた。

『これで終わるだろう。ところでシャルロット殿。ひとつ訊ねたいことがある。……我が主、王女の悩みでもあるのだが』
「……何?」
『貴殿の友人は……常々あの具合なのだろうか』

哀愁を帯びた声色だった。ああ、何と答えるべきなのか……

「たまに……お茶目さん」
『……そうか』

二人して空気を持て余す。少々苦しい弁明である。黒い兜に生える四本角も、なんとなくしおしおして見えた。

『……我が魔物の身としての感覚は、彼女の人としての穢れなき魂を、陽光のごとく眩しく捉えている。しかし我が視覚と聴覚のほうは……何と形容すべきか』
「……」
『いや、さぞや他人に誤解され、苦労しているだろうという話だ。貴殿の大切な誇り高き友を貶めるつもりなどない。気に触ったのなら許されよ』
「……大丈夫」

タバサは頷いた。特殊な体をもつ彼の話だ、他人事ではないのだろう。
視線の先、誇り高き友人は絶好調。戦いもクライマックス。必殺技(Breast Fire?)の準備は整った。
ネクロマンサーの杖、緑の石より放たれし<ダメージ増幅の呪(Amplify Damage)>のいびつな光が夜空を泣かせ、未だ現界しきらぬ標的のもつ物理無効の特性さえも、無惨むざんに引き剥がす。白い髪振り乱し笑い、カッと夜の森よりも暗い両の目を見開き、ぐいと足を踏みしめ―――目の前の牛のごとき胸(Exploding Breasts)たちへと極刑の宣告を下す。

「そしてそして、……これは私ゼロのルイズと! 私の大切な友だち、タバサの怒りよ!! 解き放てぇ、胸焦がす炎っ!! 『コープスぅう(Corpse:死体)』―――」

ああ、勝手にわたしの気持ちを捏造しないで欲しい……と青の女の子は涙目である。

さて、あと数秒で女悪魔たちは、夢のごとき究極ダイエットを完了することになる。もう生涯体型を気にせず済むほどに……最期に一矢報いる置き土産とばかりに、牙の生えた口もとを歪め『ブラッド・マナ(Blood Mana)』という呪いを放った。「えっ……!?」ルイズの背筋に悪寒が走る。呪われた! ラズマ秘術の範疇に無い、初見の呪いだった。撃つのは危険と霊感が叫ぶ。でも今すぐ死体爆破の連鎖を始めないと、反撃の光弾で……

『まずい』

黒き鋼の騎士は迅速である。飛び込んでも間に合わぬと見るや否や、盾の内側を拳で叩き、己の身に特性として備わる『物理ダメージ増幅の呪(Amplify Damage)』を、少女に向けて投射する。ルイズは心の中で彼に感謝した。普通、かけられた呪いを瞬時に解く方法なんて存在しない―――しかしなんと騎士は、少女を蝕んでいた恐るべき呪いを『まだマシな呪いで上書きする』という力技によって消去してくれたのだ。

「『えぇくすぅ―――プロージョン(explosion:爆破)』!!」

かくして秘術は解き放たれる―――爆ぜよ胸いっぱいの夢、貧しきは幸いなりと。
天の国は『ちっちゃいものクラブ』にこそ与えられることだろう。

ずどどぉーーーん!!

轟音―――続けて数度、骸の爆ぜる音と、断末魔の悲鳴。どおん、どおん。夜の森が文字通り血湧き肉踊る。闇が恐怖の連鎖に震え、立派なライカ欅が幾本も巻き込まれ、まとめて砕け散り炎上した。緑の羽毛がいちめんに散乱し、煙と埃とナニカの焦げる匂いの漂うなか、スケルトン戦士の盾の陰から小柄な人影が現れる。冥界の女王のごとき少女。女悪魔の返り血をほっぺにつけて、びくびくんと痙攣しながら、感極まったように、アハハハハハハ―――小さな両手の杖と干し首を夜天に突き上げ笑い……

「けふぅ……」
「おい、娘っ子!」

古い剣が叫び、思わず見入っていたタバサも血相変えて駆け寄った。ルイズの細い体がよろめき、いきなり口から血を吐いたのである。
先ほど消滅間際の<サキュバス>にかけられた<ブラッド・マナ>―――かの呪いの効果とは『一定時間、魔法を使うと精神力(Mana)の代わりにライフを消費する』という、対呪文使い用の極悪カウンターだった。既に詠唱を終えていた最初の一撃に関してだけ、上書き消去が間に合わず、ざっくり数割ほどのライフを持っていかれたらしい。
ルイズはタバサに上半身を支えてもらい、震える手でポーションを飲み、おなかの内側の痛いところを癒した。

「終わりましたわ。……騎士さま。危ないところを助けていただきました。ありがとうございます」
『なに。力及ばずに怪我を負わせ、済まないことをした。そなたの<物理反射>と違い、構成上即死することこそなき呪のようではあったが。我が油断したばかりに』

地べたにぺたんこ座りでへたり込み、ルイズは肩をすくめ、申し訳なさそうに鎧の騎士を見上げた。戦場ではどんなに安全策をとっていても、何処かに『初見殺し』が潜んでたりもする。あのとき彼が呪いを上書きしてくれなければ、ほんの数手で詰んでいたかもしれない。

「いいえ、油断したのは私のほうです……ごめんなさい」
『そうか。ならば我は、わが国の民の危機に力を貸してくれたそなたへと、ただ感謝することにしよう』

がらんどうの甲冑に響く声色は、とても優しかった。彼はルイズの意を酌んで同行を止めなかったが、こうして危ない目に遭わせるなど当然本意ではない。だから今回サポートに任ぜられた以上、少女の身にかすり傷ひとつ無しで済ませる予定だったのだが。過去にトリストラム地下迷宮や浮遊大陸にて、彼の戦った<サキュバス>たちは、マナよりライフ最大値の高い者には効かない『ブラッド・マナ』を使ってこなかった。なので、歴戦の彼にとっても未知の呪だったようである。

『しかしこの先、あまり無茶はしてくれるな。そなたにあるのは、もはや我が国との約束。それに……生涯を賭す使命があるのだろう』
「はい。深く心に刻みます」

ヒトダマに照らされ、虫の声途絶え煙くすぶる森の中。青髪の友人に身をあずけ、煤に汚れたドクロ兜の女の子はおくちから血を流しながら、吐息を法悦の余韻に震わせ、とろとろ微笑み続けていた。色んな意味で『平定』を成せて、さぞや満足したのだろう。古来、夜の森には恐ろしいヤツが潜むと人は言う。そして……辺りの消火を終え、みなが落ち着いたあと。来たときよりも増えた手下に謎のお土産包みを運ばせ、翼人集落へと向かう道中。ルイズはタバサに向けて、こう言い放ったのだという。

「楽しかったわ。なのに、どうしてかしら。終わってみたら、なんだかとっても切ないの。胸に……胸が……」
「……」

肩を貸して一緒に歩くタバサの、二の腕に当たる感触は切ない。やわらかくなくもないが切ない。タバサは自分の復讐の人生を再考した。せざるを得なかったのだ。だって『なきちちの仇』を討ったところで、胸の満たされることはないのかも―――なんて実例を、示されてしまったような気がして。(ちょ、あだ討ち、だった……のか?)何となく察したがデルフリンガー君は納得できるはずもなく。

(ちち違い? 違う、おおむね合ってるはず。むねだけに……じゃない。私的な事情にすぎない、という点で……)

タバサは混乱している。ルイズは常日頃、自分の胸のサイズを気にするわりに「これで自然なのよ」という。<存在の偉大なる円環>とともにルイズは微乳である。いつだったか、「気にしなくていい。綺麗だと思う。わたしは好き」と慰めたときは、何故か「わ、わうわう」と威嚇された。悲しかった。どうすればいいのだろう……

ますます平坦な己の胸に物思い、青の少女は夢を描く。……友と一緒に成長していけたら、それは嬉しいことにちがいない。
そして不意にタバサの脳裏をよぎるのは、学院でのおませな級友たちとの何気ない日常会話だった―――『揉めば大きくなる』と。

(生産的な……)

どうなってしまうのか……!!

……。

ふくらみかけの夢がある。―――そんな感じのお話である。



//// 35-5:【もいだ- Quest Completed -】

さて―――

翼人の集落は、精霊の力に守られ無事だった。母なる森からヒワイな偽翼人どもを一掃しようと、若者らによる決死の討伐団が組まれていたところ。不気味な白黒二人の出現のせいで非常に警戒されたけれど、恩人タバサの姿に見覚えのある者が出てきて、騒動はひとまず落ち着いた。

彼らはタバサに「寄っていけ」と誘った。翼人の家は高い木の上にある。飛べないルイズは不要な混乱を避けるため、同じく飛べないラックダナン卿と骸骨たちと一緒に<ポータル>で帰ってしまった。このときようやく『森から魔の気配が消えた』と、翼人たちが安堵していた。あとで数人がタバサと一緒に、この集落に逗留していたエギンハイムの村人を証人として連れ、安全になった夜空を飛んで、事のあらましの説明に行ってくれるという。

残ったタバサは少々複雑な気持ちを抱きながらも、以前知り合った翼人アイーシャに「たまご」を見せてもらった。大きかった。
人間よりも早くおなかの外に出てしまうぶん、抱いて暖めてやらねばならないという。母となったアイーシャの胸が大きくなっているのは、孵化後に母乳を与えて育てるためらしい。ハイブリッドである。じつに幸せそうだとタバサは感じ入る……
でも、生まれてくるのは人間とのハーフ。過去に例もほとんどなく、どう育つかも未知数だ。

「翼人と人間。その狭間にいるこの子の人生には、大変なことも沢山あるのでしょう。私たちは力を尽くします。大いなる意思の導きのもと、この子の未来に、幸多からんことを……」

アイーシャとヨシアの夫婦に倣い、タバサも始祖へと祈った。せめてガリア王国に、この家族を巻き込むほどの災厄が降りかかりませんように、と。

「初めての子供です。蝶よ花よと甘やかし育てることでしょう」とヨシアは父親の顔になっていた。多分殻の中身は女の子なのだろう。二人に笑顔で見送られ、シルフィードを呼んで、タバサはエギンハイムへと顔を出しに戻る。このときのことを、のちに白髪の友人へと語ったところ。

「腸よ鼻よと育てる……いいことね!」

なんて怪しすぎる感想を述べられ、もやもやしたのだという。

さて、時はちょっとだけ戻り―――
夜の『幽霊屋敷』の裏庭では、完全武装のキュルケ・フォン・ツェルプストーが待ち構えていた。

「やっと来た! ねえルイズどこ行くのよ、タバサはいないの? さあ何処でもいいからあたしを連れて行きなさい! どんな敵でも焼き尽くしたげるわ!」

先ほど一旦戻って来たのをフレイム経由で見つけ、戦いの匂いを嗅ぎつけて、慌てて準備を整えてきてくれたのだ。ルイズは骸骨たちへと棺おけで休むよう指示してから、赤髪の友人に向けて穏やかに微笑んだ。

「ありがとキュルケ。気持ちは嬉しいけど、もう終わっちゃったわ。タバサはもう少し向こうに居るみたい。こっちで合流するの」
「そ、そう……何よあたしまた出遅れたの……って」

黒い鎧のラックダナン卿の存在に気付き、キュルケは目をぱちぱちした。

「……あら、そちらの騎士さま、確か前にいちど」
『タルブの戦場にて会ったか。炎使いの少女よ』

ルイズの紹介で二人は名乗りあい、挨拶を交し合った。微熱の少女は強い男に惹かれる。
(あの怖い兜の内側……きっと精悍な……)と興味をそそられたけれど、無いものを見ることはできない。苦労人センサーの極振りに反応する彼女は踏み込まない。ルイズが<ウェイ・ポイント>でガリア王宮へ飛び、そこでポータルを開き……という用心深い手順で、黒の騎士は報告のため一足先に帰還していった。
そのあと、青の少女を待つ間のお話だ。

「もう。いつもお願いしてるのに。戦うならあたしも一緒にって」
「……悪かったわよ」

下着を穿き替えたルイズが裏庭に戻れば、頬を膨らせたキュルケが丸太に座って待っていた。ルイズもその隣に座り、二人でお星さまを眺め、数日ぶりのお喋りをする。キュルケがふと気づけば、じーっとツヤの消えた瞳が自分の胸部を捉えていた。冷や汗が流れる。

「ど、どしたの?」
「ちょっと失礼するわ」

ちょちょん、と自慢の乳房を突付かれて、びくんと震えるキュルケさん。ぷるっと揺れる。じーっと観察され、白い小さな手でもにゅと掴まれ、もみゅん。

「!? きゃっ……やんっ、なな何すんのよヴァリエール」
「いいおちちよね、あんたの。でかくても許したげるわツェルプストー……今の私、けっこう悪くない気分だし」
「……そ、そうなの。何があったのかしら」
「別に。なんでもないわ」
「そう?」

何故かルイズは妙に真剣そうな表情で、キュルケのほどよき弾力のある胸をふにふにしている。いつもと少々様子が違うので、キュルケは拒絶することができなかった。もとより『こいつ女同士でそーゆーことしたいのかしら』なんて思わないし、むしろ珍しいものに興味を持った幼子みたいで、ちょっと微笑ましい。

「楽しい?」
「……うーん」

やがて、ルイズが口を開く。

「ねえ。これってさ、赤ちゃんを育てるためについてるのよね」
「ん? そりゃあそうだけど……でも、そんだけってこともないわよ」

少々困惑しつつ、ほんのり頬の赤いキュルケは思うところを述べてやる。どうやら白い髪の友人は、宇宙的な意味でのおっぱいについて考察しているらしい。存在論的に。

「うん。私もなんとなく、それで正しいって思う。だってキュルケ、シルフィ居るじゃない。あの子もさ、タマゴ生む種族なのに、人のときは胸おっきいわよね。……ただ赤ちゃん育てるためだけの器官なら、あれってすごく無駄よね。なのに自然だから」

宇宙的に。

「? そ、そうね……ねえルイズ、あなた今日はいつも以上にヘンだけど、いったい何があったのよ」

キュルケが恐々と問うと、ルイズはにやりと笑った。……持ち帰った包みから、哀れな犠牲者の一部(Succubus Skull)がちらりと覗いている。これを『盾』に加工しても、技量の足りないルイズには装備できない。飾ると魔除けになるらしいが、結局ただの収集癖である。

「別に。やっぱあんた来なくて正解だったわ、今回は特に。ええ絶対に。だってもし間違っちゃってたら……ウフフフフ」

どうなるかしら―――?
今回『えぐりあい宇宙の刑』とか『ブレストからファイアーの刑』等々に処されたのは『赤髪ナイスバディのえろい女性たち』で―――「知らんほうがいいぜ」なんて目撃者デルフリンガーの弱々しい言が耳に届き、キュルケは心底自分の出遅れた幸運に感謝したそうな。そしてため息ひとつついたあと、勇敢にも幸運ついでに、自分から墓穴へと飛び込んでみることにしたのである。

「……あなたさぁ、あたしがどうなっちゃえば満足なのかしら?」

火遊び大好きキュルケさん。ああ、どうなってしまうのか!!

「うん? ……ウフフ、それはもう、ねぇ……フフフフフ」

ルイズは頬を赤くした。もじもじしながら。ここが、あんたのけしからんコレがね、それにしてもやらかいわね、とキュルケのお胸をつつんとつつき揺らしてから、にたぁーっと笑い。

「……内緒!」

キュルケは満足した。
……赤髪褐色肌の少女は、やがて戻ってきた青髪の親友にも「無事でよかった」と胸をもみゅもみゅされ、目を白黒させることになったという。そしてエギンハイム村の若い男たちは……もう内容も覚えていない夢の中で無意識に刷り込まれてしまったせいか、そろって翼フェチに目覚めてしまったとか。

かくしてヨシア氏が『先駆者』と称えられることになったそうな。




//// 35-6:【アジュール・キングの宮殿(In The Court Of The Azure King)】

ガリア王国に訪れてから、ゼロのルイズは忙しい日々を送っていた。
ヴェルサルティル宮殿―――特にグラン・トロワの歪んだ霊的力場の清浄化とか、魔法人形の解析や、王の話相手などである。
やはり腰を据え顔突きあわせ話さないと、解らないことも多い。手紙では話せぬ裏の事情を、いくつもルイズは知ることが出来た。自宅裏庭<ウェイ・ポイント>を活用してトリステイン王宮と連絡を取り、二国間のみならずハルケギニアの未来のための調整を続けている。

王の望みを測り、どこまで信用しいつどれだけの手札を切り……なんて、明らかに身の丈に合わぬ大仕事。『親善』の肩書きもどこへやら、外交スキルゼロのルイズ。どうせなら本職の外交官に手伝って貰えたらと願っても、結局ジョゼフの望みは少女個人の力であり『ルイズとの直接交渉』というわけで。マザリーニ枢機卿の助言に従い、ルイズは警戒しながらも、小国の平和のため良い条件を引き出そうと、慎重に話し合いを進める。日によってガリア王宮に泊ったり、『幽霊屋敷』の地下施設で作業して寝たり。

ルイズの白い髪は長く、洗うのに手間がかかる。髪や背中をやさしく洗ってくれるシエスタさんをお風呂のたび召喚したり戻したり、ルイズの方から学院に帰ったりしていたものだから、ポータルのスクロール消費量もとんでもないことに。残り僅かになったので、夜なべして作ったり。

そんなある日、ルイズは王からチェスの対戦相手に誘われた。勝てば先代ミョズニトニルンの道具庫を覗かせてもらえるという。
意気込んで挑んだところ、こてんぱんにやられた。完膚なきまでのけちょんけちょんだった。

涙目ルイズは「わわ私はネクロマンサーです!」と取った相手の駒を味方として使った。ウフフフ……
ジョゼフは目を丸くしたが『おもしろくなった』と大層喜んだ。直後にやりと笑い……追い詰められた自陣のキングを木彫りの熊の置物と取替えて、ルイズのタタリ軍団(The Scourge)を蹂躙したという。この後、遊ぶ天才と称される王はいくつもの新ルールを考案し、職人に命じ、旗や向きで敵味方を判別したり、変形したりする駒を作らせたそうな。この新式ストラテジー・ゲームは何度も改良をかさね、ガリア貴族らの間でそこそこのブームを引き起こし、のちの世に根強い愛好者たちを残すことになる。

「どうしたの」
「罰ゲームよ。……負けの代償がこの程度って話だったから、挑んでみたんだけど」

完敗を認めたルイズは、その日じゅう、いつぞやの犬耳カチューシャをつけて過ごしたという。むろん人目の少ない所限定だが。
互いに信用を高めあい、決定的手札を明かしあうに至るのは、おそらく『舌』を完成させてからとなる。今はまだ準備段階。こちらからも信用する姿勢を見せながら、意と状況の確かめ合い。……聖域への道は遠いようだ。

さて―――

内心複雑なのは、ルイズを見守り続けている雪風のタバサ。

(……まるで、お見合い)

だって大切な友人と憎むべき王とが、何度も会見を繰り返してるのだから。―――しかも『互いに歩み寄るため』に。国の大使として礼を尽くしたり一緒に食事をしたり、遊んだり。護衛として一部始終を見るタバサの内心たるや、それはもう。……自分には解らぬ話や感性で一緒に笑ったりされた時とか、正直きつい。

「結局私が相手しなきゃ駄目なのよ……だってあの王さま、放っといたらハルケギニア全土を巻き込んで自滅しちゃうタイプの人だから」
「……」

そんな意見には同意せざるを得ず、やはり仕方のない事だとは思う。

「もし私の訪問がもう少し遅れてたら、多分あの人、私の国かロマリアのどっちかに両用艦隊を攻め込ませてたわ……」

最初からタバサも彼女のそんな状況に納得して、復讐を保留してついて来たのだし。友と王、ときに二人きりの内緒話が必要なのも、同じ境遇『ゼロ』だからこそ本音で語り合えるというのも、理解はできる。しかし、いちばんきついのは……城の貴族たちの間で流れはじめた、かくも恐るべき噂である。

『陛下はトリステインの大使どのを、新たな妃として迎えるつもりなのではないか』

そうなったらタバサは泣く。食事も喉を通らずに、小さな背丈もさらにミニマムになって、誰も知らない所でひっそりと3サントくらいのサイズにまで縮んだ末に、衰弱死してしまうかもしれない。白黒猫の似合うルイズと、熊の王……もしも二人が結ばれたら、白黒熊猫の世継ぎが生まれたりするんだろうか―――パンダ爆誕だ。どうしよう。
そこでタバサはふと思う。従姉イザベラがことあるごとにルイズを敵視するのも、自国王城の『パンダモニウム・フォートレス』化が心底嫌だからなのかもしれない。無理もない話だ。

従姉はあの王を父として慕っている。本来ジョゼフは魅力的な男だったろう。亡命中のモリエール夫人はのろけだすと止まらない。かつて失った心の活力を<ファナティシズム>で補い、ルイズと筆談で会話を続ける今は……傍で見ているタバサにさえ、無能とさげすまれて育ち歪みきってしまう前の、彼本来の性格らしきものが時折見えてしまうのだ。
機知に富み、根も明るく、人好きのする男のように―――そして彼は、かつて父シャルルの愛した兄である。

そんな叔父への深い憎しみの消えるなんてこともなく、タバサは見ているしかない。ルイズは喜んでも怒っても、どっちにしろ笑う……今のあれはどっちの笑顔だろう。タバサには解らない。また、基本変な人に好かれがちな白髪の友は、よく無茶をする。使命のため、国のため……万が一、どうしても必要となれば以前のアンリエッタ姫のように、その身さえも対価に……そうなったらタバサは泣く。泣いて空豆くらいまで縮む自信がある。

(平気……わたしは強い。今のわたしは、自分のやりたいことをしてるから)

タバサの悶々たるや、以前あったモンモランシーとルイズ仲良し事件の時の比ではなく。今すぐ復讐を実行に移せるわけでもなし。他人に任せるわけにもゆかず。友を手伝うのは自分で決めたこと。だから、まだやれる―――と考えていたうちに、犬耳ルイズさんに心配されて、なんでもないと答えたところ。

「夏バテかしら。ならいいけど……いえ、いくないわ。無理しちゃ駄目よ。……何か私に言いたくなったら、いつでも言ってね?」

訝しがりつつも、『お日さま印の白い粉』を処方してくれた。使うと元気が出るらしい。どうしよう。

ルイズが『幽霊屋敷』に用事で戻り、タバサも魔法学院の自室に帰ったときの話だ。
硬い表情のキュルケが、タバサを優しく抱きしめた。母が子に向き合うように穏やかに囁きかける。

「ねえ、あたしの大切なタバサ。お願いだから。今自分が何しようとしてたのか、冷静に考えてみてちょうだい」

タバサは絶句した。自分の手には、白い『石のようなもの』のついた指輪が握られていたのだ。信じられない。ああ―――わたしは今何を血迷ったのだろう、よりにもよってこんなの(Louise's Back Tooth)を装備しようとしていたなんて……!
タバサもキュルケへと、涙の浮いた目を向けた。そして、弱々しく問う……

「わたし、しっぽ生えてくる?」

キュルケは泣いた。

「……タバサ、あなた疲れてるのよ。少し休んだほうがいいわ」
「どうせ生えるなら、ウサギのがいい」
「今すぐ休みなさい」

その夜、キュルケに諭されたタバサはルイズと座して向かい合い、心境を伝え合ったそうな。

「心配かけてごめんね。……あの王さまとだけは、絶対にないから。ええ。私の信仰に誓って」
「そう……」
「ほんと大丈夫よ。だって陛下も『おまえとだけは ごめんだ』とか書いてらしたし」
「………………」
「そ、その気は無いけど、こんな美少女前にして失礼しちゃうわ。出来るなら、一緒に剥製作りしたいわね!」

きっと楽しいわよ! ルイズは笑った。頼もしいにもほどがあった。今の発言はひょっとして、わたしの復讐という生き方を肯定してくれているのか……
ああ、どうするつもりなんだろう……!

(でも、それはわたしの個人的な事情。だから他人の……とくにあなたの手を借りるのは嫌。……ちがう。それ以前の問題。わたしの父さまは……)

『父の無念を晴らすべし』。
自分の娘が何もかもを犠牲にして無念を晴らし、果たして父さまは、本当に喜んでくれるのだろうか。
怖くて問えないことばかりで、話し合った後も複雑な内心はそのままだ。しかし、少しだけ安堵はできた。『ウサギさんは寂しいと死んじゃう』なんて話を思い出し、ため息をつくタバサ。だいたい殆ど一日中一緒に居たというのに、まだ寂しがっていたなんて。

就寝時。うつらうつらしていたところ、ふと懐かしい何者かの存在を感じたような気がした。
傍には眠るシルフィード。裸眼でぼやける天井を眺め、隣のベッドの白髪の友人を見る。涼しい『幽霊屋敷』と比べ、こちらは暑すぎて眠れないのか、ごろごろ何度も寝返りを打っている。やがて諦めたのかその小さな体中から、ゆらゆらと青白い霊気を発し始めた。超怖い。

小さな胸を両手で押さえ、タバサは心を決めていた。この胸の奥、昔と比べて『復讐』の持つ意味がとっくに変質していたなんてことは、解りきっていた話であった。

(昔はこれしかなかった。けれど、今は違う)

潮時が来たのだろう。
……人の心情の吐露を受け止めるのは、昔から『聖職者』の役割とされてきたものだ。どこの宗教かはさておき……

「ルイズ」

呼びかけた。

「……うん?」
「お願い。ルイズ……教えて欲しい……」

怖いけど、勇気を出して、震える声で、

「わたしの―――」


この日の就寝後。雪風のタバサは、笑顔の友人たちと過ごす平穏な未来の日々の光景を、夢に見たのだという。

//// 【次回へと続く】

※D2Xにおける白うさぎさんたちは、雪山でひたすら冒険者たちに踏み潰される儚い存在です。


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