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(……怖くない)
嘘である。
『ゼロのルイズが召喚に失敗して幽霊にとりつかれ、とうとうおかしくなった』
雪風のタバサは、キュルケの友人である。
だからキュルケのライバル、ゼロのルイズとはほとんど接点が無かった。なのだが、
昨日から学院内ではタバサの内面をかき乱す、おそろしい噂が飛び交っている。
『ゼロのルイズが学院のはずれの幽霊屋敷に住み着いた』
『ゼロのルイズの幽霊屋敷のまわりにはヒトダマが飛び回っている』
『ゼロのルイズが生き血の入った小瓶に頬ずりし、月夜に笑いながら踊り狂っていた』
『ゼロのルイズは死体といっしょに住んでいる』
『ミスタ・コルベールはルイズに殺され、ルイズの血を飲んで蘇り、ゼロのルイズの眷属にされてしまった』
こんな噂が流れてしまっては、もう無視したくても無視できない。耳をふさいでも、アノときの光景が目に浮かぶ。
(怖くない……怖くない)
ガイコツのヒトダマ、わたしは恐ろしいアレを、ルイズの使い魔に近寄り、見て、目が合ってしまった……
きっとアレにとりつかれて、可哀相なルイズは人ならざるものになってしまったのだろう……
…
…
まさか、いつか、わたしも?
サーッと体中の血が引き、目の前が暗くなる。
「~~~~~っううう!!」
雪風のタバサは幽霊話が大の苦手である。
昨晩はひとりで部屋にいることに耐えられず、キュルケの部屋に泊まらせてもらった。
キュルケのボーイフレンドたち(11人いる!!)には丁重にお断りして出て行ってもらったが、悪いことをした。
トイレにも一人で行けず、眠たげなキュルケを起こして着いてきてもらい、
『……いる?』
『ここにいるわ、タバサ』
『……オバケ、いない?』
『大丈夫よ、タバサ』
とキュルケの所在を確認しつつ用を足したりなどと、多大なる迷惑をかけてしまった。
それでも下着を汚してしまい、シエスタという平民のメイドに助けてもらった。いつかかのメイドには借りを返さなければと思うが、ともかく―――
雪風のタバサにとって、目下もっとも苦手とする人物は、同級生のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだ。
なので朝食に現われなかったルイズを起こしにいこうとキュルケが提案したとき、タバサは愕然とした。
しかし一人でも行くというキュルケに、一人になることに耐えられないタバサは怯えつつも同行することにした。
雪風のタバサには、キュルケ以外の友人が居ない。
一人にならないためには、恐怖の元凶たるルイズのもとへ行かなければならないという矛盾……もはや、本末転倒であったが。
キュルケの召喚した使い魔、サラマンダーのフレイムも同行し、主の後をのそのそとついていった。
タバサもあわてて、その後をついていった。
「あれ? あなた何してるの」
「わ、わわ私はミス・ヴァリエールの昨晩の食事の後片付けに…」
道すがら、メイドの少女シエスタが物陰から『幽霊屋敷』とよばれるルイズの小屋を震えながら眺めているのを、キュルケが見つけた。
話を聞くに、平民の使用人たちも皆ルイズのことを怖がってしまい、シエスタに世話を押し付けたというのだ。
「何でルイズを呼ばないの?」
「そ、それがミスタ・コルベールも中にいらっしゃるようで……」
「ちょ、ちょっと何よそれ、ルイズ!! 入るわよ!!」
―――あのルイズに男!? しかも相手は冴えない中年の変人教師ですって!?
キュルケが慌ててドアを開けて中に入ると、中は幽霊屋敷の名に恥じぬ、混沌の世界だった。
「あっはっはは、これは素晴らしい、素晴らしい発想ですぞミス・ヴァリエール!! あーっはっはは」
「ぐーぐーすやすや」
「カタカタカタ」
「フヨーン」
まず目に飛び込んできたのは、
ギラギラと目をピカピカと頭頂部を光らせ、実験用の白衣を真っ赤な液体で染めた姿で、謎の液体を弄繰り回すコルベール。
ホラーである。
次に目に飛び込んできたのは大きな棺桶、その蓋は少しズレて開いており、死体の足が見える。
その棺桶によりかかって、白髪の少女が毛布にくるまって幸せそうにすやすやと眠っている。
床には動物のものだろう骨、骨、骨が散らばっている。
どう見ても骨だけのネズミが数匹、床をカタカタ音をたてて走り回り、天井付近をヒトダマが飛び回っている。
「……ひっ!!」
キュルケが思わず喉をひくつかせると、『幽霊屋敷』の奇妙な住人たちはこちらに気づいたようだ。
「おお、ミス・ツェルプストーではないか」
「ん……おはようキュルケ、おはようございますミスタ・コルベール、おはようございます司教さま」
キュルケはドアをバタンと閉めた。背筋には嫌な汗。
開けなければよかった、とキュルケは後悔する。背後にいるタバサにこの光景を見られてないことを願う。
(……司教さまって何?)
気になるが、知りたくは無い。知れば後悔するに決まっているからだ。
しばらくして満足げな表情をしたコルベールが出て行き、やがて寝ぼけ眼をこすりながらルイズが小屋から出てきた。
白髪は昨日のまま、手には緑色の宝石のついた短い杖、年月を経た何かの皮で装丁された厚い本。
「おはようキュルケ……二度寝したら寝過ごしてしまったわ」
「る、ルイズ…」
「ウフフ、どうしたの? ……あら、サラマンダー? 素敵な使い魔を召喚したのね」
キュルケはルイズを見て戦慄する。
―――やばい、目がイッてる。ここじゃないどこかを見てる。
「触らせてもらってもよろしいこと?」
「え、ええ……」
フレイムを撫でるルイズ。フレイムは撫でられて気持ち良さそうに、キュルキュルとのどを鳴らす。
あ、フレイムとルイズがふと何かに気づいたように、同時に何も無い中空の一点を見た。
そのまま一人と一匹の視線が、そろってすすすーっと空中を移動する。
「な、何よ今の!? 私に見えない何かが空中にいたみたいじゃない! あ、あなた何か見たの!?」
「なんでもないわウフフフ、あらサラマンダーくん、あなたご主人と視覚の共有は出来てないのかしら?」
―――視覚の共有は出来る、もちろんやろうと思えばできるわ、でも今だけは頼まれたってしたくない!!
キュルケは冷や汗をダラダラと流しながら、心のなかで突っ込みをいれる。まかり間違って『何か』が見えてしまったら洒落にならない。
向こうの建物の影、タバサがぶるぶると震えてシエスタに抱きついているのが見えた。
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ルイズは本を一冊持っていて、移動中も授業中も、片時もそれを手放さなかった。
キュルケが覗き込んでみても、何が書いてあるのか見当もつかない。どう見てもハルケギニア語で書かれた書物ではない。
それもそう、ラズマの古語で記された、ネクロマンサーの秘術の本である。
ルイズが夢でかいま見た『存在の偉大なる環』、あれと共に生きることが、ラズマ信徒にとっての最大の、そしてたったひとつの喜びである。
あれを前にしたら、たかだか6千年の歴史のブリミルの系統魔法など、もはや児戯に等しい……
なんて、もはや完全に異端の考えに到ってしまっているのだが、ルイズはラズマの宇宙観に深く深く熱中していた。
教室に入っても、ルイズの周り半径5メートルほどは空席となっていた。
ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら読書を続けるルイズを、直接に揶揄するものは居ない。
ときおりヒソヒソと噂話の声が聴こえるが、ルイズは本に熱中しており、意に介した様子もない。
『練金』の授業でミセス・シュヴルーズに注意され、嫌々なそぶりで本を閉じて授業を聞く。
ルイズにとってはこんな基礎の授業など時間の無駄。内容などすべて一年次に頭に入れてしまっているのだ。
早起きして睡眠不足なのだろう、やがてルイズはうつらうつらと船をこぎはじめた。
ああ、宇宙(そら)が広がってゆく……!
「――ではミス・ヴァリエール、前に出て実技を行なって下さい」
「私の魔法は大きな爆発を起こしますわ、それでもよろしくて? ミセス・シュヴルーズ」
いいところで睡眠(本人は瞑想と言い張るが)を妨害され、ルイズは不機嫌な声でそう言い放った。
危険です、やめさせてください、と声があがり、のれんに腕押しの問答が続き、根負けしたシュヴルーズは渋々となりの生徒を指名した。
昼休みになるとルイズは厨房でシエスタを見つけて、二人分の食事を自分の小屋へと運ぶように言いつけ、早々に戻ってゆく。
ルイズが『幽霊屋敷』に戻るとコルベールがやってきて、満面の笑みで迎えた。
小屋の外に引っ張り出したテーブルについて、暖かな日差しの下でオープン・テラスとしゃれ込み、やがて運ばれてくるであろうランチを待ちながら、例のポーションについての議論をする。
『神の頭脳』とマッドな教師にとっての、ひとときの至福の時間であった。
「どうかね? ミス・ヴァリエール、試しにいくつか作ってみたのだが」
「……まだちょっと効果が強すぎますわ」
「そうか、治癒効果が強い分には問題ないと思うのだがね…」
「いいえミスタ・コルベール、『通常の薬よりちょっとだけよく効く』、というのが良いのですわ」
「ふむ…これ以上希釈するには、水のメイジの協力が必要ですな、誰か信用の置ける人物をひっぱりこまないと」
「希釈するのは量を増やし、製法を秘匿する意味もあるのです……違和感なく世間に溶け込ませないとなりません」
現在二人が目指しているのは、平民の購買層をターゲットにした『安価で通常のものより効く薬』の開発である。
水の秘薬とメイジに頼るまでもない傷病にたいする、はるかに安価な薬を開発すれば、飛ぶように売れるだろう。
何をするにも資金が必要だ、でもこれからのことを考えるとワクワクがとまらない。
「それにしても食事はまだかな? そろそろ次の授業の時間に入ってしまうよ」
「遅いですわね……何をしているのでしょう?」
コルベールの分と自分の分、頼んでおいた食事が運ばれてこない。これは何かトラブルでもあったのだろうか。
「ちょっと食堂を見てきますわ」
「すまないねミス・ヴァリエール」
ルイズは席を立ち、食堂へと向かった。するとなにやら食堂の隅のほうで喧騒がきこえる。
行って見ると、真っ青な顔をした平民のメイドを取り囲む、貴族の子供たちが見える。
見覚えのあるメイド、シエスタを庇うように立つのは背の低い青い髪のメイジ、雪風のタバサだった。
ルイズはずかずかと人を押し分け、メイドのもとへとやってきた。
「ちょっとシエスタ、私たちの食事はまだ? 朝ごはんも食べてないから、もうぺこぺこよ」
「ミ、ミス・ヴァリエール!!」
「………」
数秒の沈黙、あたりには緊張した空気がただよう。
「うわあっ、ゼロのルイズだ!!」
「ゼロのルイズが出てきたぞ!」
「腹を減らしてる! 取って食われるぞ!」
タバサが目を見開き、見物人と貴族の少年少女たちがざわざわとする。
「何があったのかは知らないけど、この娘借りていくわね」
ルイズはあえて空気を読まず、シエスタの手を引いてそこから連れ出した。
「……ちょ、ちょっと待ったゼロのルイズ!! 僕は彼女に説教をだね!!」
金髪の男子生徒、趣味の悪い服を着たギーシュ・ド・グラモンが、慌ててルイズの後姿に呼びかけた。
「いいけど後にして」
「………」
ルイズはただ無表情、焦点の合わない瞳でじっと見つめるだけ。
「うっ、わ……わかった」
ルイズの視線を受け、ギーシュは引き下がった。
見物人たちも興がそがれたように、三々五々と引き上げていった。
「シエスタ、私とミスタ・コルベールの食事を用意して頂戴、すぐ食べられるものを」
「は、はい」
「あ、それとティーセットもよろしく、急いでね」
さすがプロのメイドである。シエスタは即座に頭を切り替え、自分の仕事を果たすべく厨房へと走っていった。
ルイズは去り行くメイドの後ろ姿を眺めたあと、タバサのほうに振り向き、じっと見つめた。
タバサはビクッと身をすくめたが、すぐに表情を普段どおりに戻し、ルイズの視線を受け止める。
「………」
「ええと、あなたはたしか雪風のタバサだったわよね、いつもキュルケと一緒にいる」
「そう」
「ふーん、けっこう見所あるじゃない。あれだけの人数を相手にして、平民のメイドを庇うなんて」
タバサは必死に怯えた色を隠し、無表情を装っていたが、少しその目が見開かれる。
「借りがあった」
「借り?」
「……」
それだけ言って、黙ってしまうタバサ。『借り』の内容はどうやら口に出せないようだ。
「……はぁ、事情はいいわ、どうせギーシュのことだし。聞くだけ時間の無駄だわ。ところであなた、水の魔法も使えるわよね、秘薬調合の知識はあるかしら?」
「?……少しなら」
ルイズはタバサを値踏みするような目で眺めてから、満面の笑みになってタバサの肩に手をおいた。
再びビクッと硬直するタバサ。目の前のルイズの笑みは同性のタバサから見ても、妖しく美しい魅力に満ちていた。
「気に入ったわ! どう、これから一緒にティータイム……といっても、時間は少ししかないけど」
数秒か数分か……の沈黙の後、タバサは決意する。
「……行く」
「じゃあ決まりね、急ぎましょう。場所はわかるわね」
「今朝も行った」
「そう、『幽霊屋敷』なんて呼ばれちゃってるけど……ここだけの話、私その呼称ちょっと気に入ってるのよね」
おっかなびっくり、タバサはルイズの後についてゆく。
雪風のタバサは幽霊のたぐいが大の苦手である。だが、タバサはゼロのルイズという人物に、少しだけ呑まれていた。
タバサはとなりを歩くルイズを観察する。
ルイズ自身も気づいてはいないと、タバサは思うのだが、彼女はあの場で最善の行動を取っていた。
ギーシュが平民のメイドを責めたのは一時の激昂によるものであり、少し時間を置けば自らの愚を反省するに違いなかった。
あのときはギーシュもタバサも、ただ落としどころを計りかねていたのだ。
突然のルイズの横槍は、一触即発のあわや決闘!という雰囲気を、一撃のもとに葬り去った。
雪風のタバサはこの計り知れない少女に、少しだけ興味を持った。
「ちょっとタバサ!! 大丈夫? さっきの騒ぎはどうなったの?」
キュルケが小走りでやってきて、タバサに問い詰めた。タバサはふるふると首を振った。
「解決した」
「…先生を呼びにいっていたんだけど、無駄になっちゃったみたいね。でも、何事もなくてよかったわ」
「ふむ、無駄な手間をとらせて…まったくガキはこれだから駄目だ」
キュルケの後ろからやってきたのは、風の魔法の教授のギトーである。
風の魔法に絶対の自信をもつ彼は、つまらない授業と『思ってもいわなくてもいいことを言う』性格から、生徒に嫌われていた。
連れてきたキュルケも彼のような先生は御免であったが、一番近くにいたのが彼では仕方ない。
ちなみにタバサを招待した午後のティータイムは、招かれざる客ギトーによる風系統の自慢話で台無しになってしまった。
口角泡飛ばし風の魔法のすばらしさを謳いあげるギトーに、ルイズ、タバサ、キュルケ、コルベールは心底げんなりとした。
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ルイズの朝は早い。
夜が明けると目が覚める。司教の棺に向かって朝の挨拶をすると、顔を洗ってから、動きやすい服装に着替える。
軽くストレッチをしてから、筋力をつけるためのランニング、筋トレを行う。
サンクチュアリの装備には、使用するために筋力や敏捷性が要求されるものが少なくないので、少しでも鍛えておきたいのだ。
朝の適度な湿気を含んだ空気は、とても気持ちがいい。
また、存在の偉大なる環(Great Circle Of Being)を覗き見たルイズには、いままでとは世界が違って見える。
草の一本一本が、花の一輪一輪が、木々が、鳥たちが、虫たちが、すべてがルイズには生命力に輝いて、美しく見える。
まだおぼろげではあるが、通常の人々には見えないものも、ルイズの目には見えるようになってきた。
いわゆる死せし生き物たちの霊魂である。色とりどりの影としてルイズの目に映るそれらが、世界を彩る。
ラズマの秘術は大いなる運命の流れを読むことを基本中の基本としており、
それを学ぶルイズにも、少しずつだが、霊魂たちが語りかけてくれるようになってきたのだ。
語りかけるとはいっても、喜びや悲しみ、怒りやとまどいといったような色彩として見えるだけではあるが。
ランニングの途中、顔見知りになった幽霊に挨拶をすると、幽霊はその色を綺麗なものに変えることで応答してくれる。
なかには恨みつらみの色をした霊魂もいることにはいるが、たいがいの霊魂は、大いなる愛を持って学院を見守ってくれているのだ。
彼らはただそこにいるだけだし、何もしないので恐れることはない。
ルイズ自身には、落ち着いた雰囲気の初老の男性がついている。
どこかで見た顔だなあと思っていたら、なんと教科書に載っている肖像画の主、十代ほど前のロマリア教皇さまだ。
キュルケの友人、雪風のタバサの背後にはいつも、優しくりりしい風貌をした青い髪の男性の霊魂がついている。
おそらく親族かなにかであろうが、ルイズは多少気になりこそすれ、無理に事情をきくつもりはない。
タバサは幽霊の類が苦手だと言っていたし、わざわざ告げて怖がらせることもないだろう。
使い魔召喚を境に、ルイズを取り巻く世界は大きく変わった。ルイズはその喜びをかみ締める。
「……ああ」
歓喜が、あふれる。
―――ああ、世界はこんなにも美しい!!
今まで気づきもしなかったこの当たり前の事実に、ルイズはご満悦である。
次は魔法の練習。『幽霊屋敷』の裏で、杖を取り出し、ラズマの経典を開いて呪文を唱える。
目の前にはネズミの死体が置いてある。厨房のネズミ捕りにひっかかっていたものを貰ってきたものだ。
『レイズ・スケルトン(Raise Skeleton)!!』
神聖な生命と死の絶妙なバランスを把握し、その境界の制御を行なう『降霊』の術のひとつである。
ネズミの死体に周囲から雑霊が集まってきて、ルイズの導きにしたがって憑依してゆくのが見える。
死体がやぶれ、骨が集い、一匹のネズミの骸骨が立ち上がる。ルイズの目の前にちょこんとお座りをすると、カタカタと顎をならす。
そのまま呪文を唱え続けると、次々とスケルトン・ラットが生み出され、総勢五匹がルイズの目の前に整列した。
「……まだネズミとニワトリしか試したことはないけど、今はこんなものね」
修練度をあげれば魔法を使えるガイコツも生み出せるようになるのだが、まだルイズの技量はそこまで至っていない。
「よしよし……気をつけ、……礼! 解散!」
ルイズはガイコツたちへの制御を手放し、目の届く範囲で遊ばせる。
こうすれば、雑霊たちは遊びを目当てに、勝手にルイズのもとへ集まってきてくれるようになるのだ。
『幽霊屋敷』にもどり、ガイコツネズミたちを室内で遊ばせると、使い魔の『ボーン・スピリット』を呼び出して飛び回らせる。
本来は最上級秘術の『ボーン・スピリット』召喚であるが、ルイズは自身に憑依させるという変則的な方法で一匹なら使役が可能だ。
「タマちゃーん」
―――フワン
ヒトダマなので『タマ』と名づけられたそれは、ルイズによく従い、『幽霊屋敷』周辺の見回りなどによく働いてくれる。
時々学院長の使い魔、ハツカネズミの『モートソグニル』が覗きにくるので、それを追い払うのもタマちゃんの仕事だ。
15分ほど瞑想する。意識を広げ、存在の偉大なる環(Great Circle Of Being)に触れ、体に霊力をみちあふれさせる。
この瞑想はネクロマンサーにとって欠かせない、大事な日課である。
呼吸を整え、徐々に体を慣らすのに三分、その状態を五分ほど維持し、またゆっくり意識を覚醒させていく。
瞑想が終わったら、ルイズはあくびをひとつして、心地よい疲れを感じるからだを休ませる。俗にいう二度寝である。
しばらくすると血走った目をした徹夜明けのコルベールが勝手にポーションをいじりにくるので、好きにさせる。
コルベールの研究者としての血は、最高の研究対象を前に、人生最大の喜びに滾っているのだろう。
やがてキュルケとタバサ、シエスタが起しにくるので、ガイコツたちを戻してから身だしなみを整えて『幽霊屋敷』を出る。
もちろん杖と本は忘れずに、だ。
ちなみにルイズの手にする杖は、緑色の宝石が先端についており、魔物の骨で小奇麗に装飾されている。
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イロのたいまつ(Torch of Iro)
ユニークアイテム:ワンド
片手ダメージ: 2~4 必要レベル: 5 耐久性: 15
攻撃の際に5-9の火炎ダメージを追加
+1 ネクロマンサーのスキル
+10 精神力上昇
マナ回復率上昇 5%
6% 攻撃がヒットした際にライフ吸収
+3 周囲を明るくする
- - -
持っているだけで勝手に技術や精神力を底上げしてくれる、便利なアイテムである。
振れば火がでるし、魔力を通せば緑色の綺麗な光で周囲を照らしてくれる、ルイズのお気に入りの杖である。
この杖を自分が使えると分かったとき、ルイズは頬ずりして喜び、三十分間は飽きずに振り回して火を出して遊んだものだ。
系統魔法にもこの杖を対応させるため、契約に少し手間取ったが、そんなことは苦労のうちに入らない。
これは天使の贈り物だ。それまでの愛用のタクトに代わって、『イロのたいまつ』はいまや立派なルイズの杖となっている。
ルイズは練習と勉強をかかさないが、相変わらず系統魔法は爆発しかしないとしても、へこたれない。
午前中の授業が終わると、昼食後はコルベール、タバサ、キュルケ、そしてなぜかギトーとともにティータイム。
最初こそはギトーに嫌悪感を隠せなかったルイズであったが、慣れればその人柄が言われるほど悪いものではないことを知る。
話は論理的だし、弱点やその克服の仕方も認知しているし、そしてなにしろ、ギトーの風系統最強説には確固たる根拠がある。
ギトーの説を裏付けるのは、トリステイン魔法衛士隊の歴史が誇る伝説のメイジ『烈風カリン』の存在だ。
通常の三倍の速度で動くマンティコアを駆り、『偏在』で七人に分身し、戦艦すら削り飛ばす竜巻を連射する。
ルイズ以外は誰も知らぬことではあるが、『烈風カリン』は誰あろうルイズの母親カリーヌ、その人の変名である。
火の系統のメイジであるキュルケは始終いい顔をしなかったが、
スクウェアクラスのギトーによる実技をまじえた風の課外授業は、タバサとルイズには得るところが多かったようだ。
ちなみにギトーが『風の力が気象に与える影響とその効果』という本の著者本人だと判明したとき、
タバサはヒーローを見る目でギトーのことを見ており、キュルケは冷や汗を流した。
引きつった笑顔のシエスタの淹れる『東方のお茶』は薫り高く美味であり、皆の心と体を温めていた。
本日はそこに珍しい客、ギーシュ・ド・グラモンがやってきた。
「や、やあルイズ、そしてみなさんごきげんよう」
「あらこんにちはミスタ・グラモン、私に何か御用かしら?」
「ああ、ルイズ、君にも用はあるのだが……まずそこの二人にね」
ギーシュはつかつかとタバサに歩み寄ると、がばっと大きく頭をさげた。
「先日は済まなかった、ミス・タバサ。あれからずっと考えていたんだ。このギーシュ・ド・グラモン、君に謝罪するよ」
「……」
一同、驚きのあまり声が出ない。
「メイドをかばった君の行動は、非の打ちどころもない立派なものだ、僕が愚かだった」
「……いい、許す」
「君は立派な貴族だね、僕も君のあの行動を見習って生きることにするよ」
あっけに取られる皆の前、次にギーシュは、ティータイムの給仕をしていたシエスタに歩み寄る。
「君にも変な言いがかりをつけ、怖がらせてしまった、心から謝罪するよ」
「そんな!いえ、いえいえいえミスタ!! 頭をお上げください!!」
「家名にかけて、二度とあんなことはしないと誓うよ、許してくれるかい?」
「も、もちろんです!」
らしくないギーシュの行動である。キュルケとルイズはぽかんと口をあけた顔を見合わせた。間抜け顔、と互いに思う。
ギーシュはギトーとキュルケ、ついでにコルベールに頭を下げたあと、ルイズに向き直る。
「ルイズ、君には感謝しよう、僕の愚かな行動を止めてくれたのは君だ」
「そ、そう? ……あ、あれはお腹がすいていたからで、別にあんたのためじゃなかったけど!!」
「ははは、何はともあれ君のおかげさ」
「あ、あははは、そうかしら? ウフフフフ」
自分の行動を褒められることに慣れていないルイズは、思わず赤面した。
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