<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[12668] その28:君の笑顔に、花束を
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:b582cd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/05 17:30
//// 28-1:【キュルケさんとルイズさん:その2】


「……まあきれいなお花、ほらルイズ、いい香り!」
「やめてキュルケ、花ってば植物の生殖器なのよ恥ずかしいわ」
「その発想は無かったわ」

もうすぐ、剣士アニエスが実年齢24歳になるらしい。
『最凶のテロリスト』、『ひとりサイレント・マジョリティ』こと白髪の少女ルイズ・フランソワーズ(このたび前科255犯)と、隣国からの留学生キュルケ・フォン・ツェルプストーは、先の国を揺るがした一大事件にて幾多の功績をあげたアニエスの、『誕生日おめでとう、そしてシュヴァリエ叙勲決定おめでとう』パーティの打ち合わせを行っている。

本日の授業は午前中で終わり、現在二人の居るのは『幽霊屋敷』の玄関前にしつらえられたオープン・テラス、大きめのパラソルの下だ。
ここや裏庭でパーティなどやると、ゲゲゲ的な意味でおかしなことになること間違いなしなので、会場はもちろん別のところを借りることになっている。
先ほどの発言は、飾り付けその他のために取り寄せた、ペリカンの運んできたサンプル花束をめぐってなされたものである。
キュルケは疲れきった表情で、広げられたカタログの上に突っ伏す。

「あーあ、こういうことヴァリエールに相談しようだなんて、さっきまでのあたし、いったい何考えてたのかしら……」
「なによ? あんたそういうの慣れてるんでしょうけど、人前でくんかくんかすることもないでしょう……花なんかより骨よ、さあ骨でおどろおどろしく飾りましょう!」
「ほうら、こうなるの解ってたはずなのにぃ……」

タバサ、シエスタ、リュリュは事件終結から二週間たち、授業も再開された今、まだ帰ってきていない。
箱入り育ちのリュリュ嬢にとっては、ルイズが聖域より持ち帰ったあの夢の詰まった『ヘンテコ帽子』が、相当にショックだったようだ。
モンモランシーとギーシュはいちど学院に顔を出し、一日だけ滞在し、休学の手続きをとってから、再び王都のシエスタのもとへと戻っていった。
コルベールとギトーは居たが、彼らは教師。ルイズの近くに居てくれる友人(と呼べる人間?)は、今のところキュルケだけである。
赤髪の彼女は、いちど荒れに荒れ果てたルイズの住居の片づけを、渋々ながらも、なんと手伝ってくれたのだ……すぐに飽きて投げ出したが。
白髪の少女はにこにこと宣言する。

「レッツ・パーティよキュルケ、アニエスを血に染めてやらないで、いったい誰を血に染めるのよ!」
「血に染めないわよ! せっかく戦争も終わったんだから!」

いろいろモニョモニョな戦争が終わり、この国には怪しい平和が戻ってきている。
アルビオン帝国とトリステイン王国では、不可侵条約の再締結の内容、および賠償金のあれこれについて、大もめにもめている最中だとか。
今回の複雑な一件について、先に王宮にて、事情を知る一部のものの間で秘密裏におこなわれたルイズの事情聴取では、爆弾発言「うふふワタシ宇宙まで行ってきたの」が論議を呼んだのだという。聴取に同席したド・ゼッサール氏などは、「そうかそうか、まだ帰ってきていないようだな」と顔をますますしかめていたそうな。

結局アンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の婚約はお流れになり、王女は安堵半分、「しばらく二人の王子さまには会えませんね」と残念半分だったそうな。
それでも軍事同盟の継続は、これまで以上に強い結びつきをもってなされるそうで、この国の民としては万々歳である。
これを機に王女は『トリステイン王国アンリエッタ女王』としての戴冠を決意し、枢機卿とともに着々と準備を進めている途中だとか。
戴冠式ともなると、果たして数々の疑惑の中心ロマリア教皇が来るのか否か……と、緊張を大きくしているという……が、今はあまり関係の無い話だ。

「ああ、ここにモンモランシーが居てくれたら……」
「ん……あの子たち、元気かしら? 二人らぶらぶでやってるのかなぁ」

金髪のモンモランシーは、結局流れてしまった結婚式の巫女の役の代わりに、戴冠式にてちょこっとだけ魔法学院代表の挨拶を述べる役を得たそうな。
もともと目立ちたがり屋の彼女である、とても喜んでいたのだという。たちまち詔を書き直し、翌々日には枢機卿直々にオッケーも貰ったとか。
現在はタルブの村を復興させようと、ギーシュと二人で頑張っている。それを手伝いたいと申し出たルイズは断られてしまい、学院にて寂しい日々を送っている。

「こないだ街で会ったけど、相変わらず元気に悶々としてたわよ、でも驚いたわ……あれだけ一緒にいて、まだえっちしてないんですって」
「えっ、そうなの? てっきり産卵シーズンだとばかり……あたっ、何すんのよ!」
「……自覚しなさいよヴァリエール、半分くらいはあなたのせいなんだから」

ルイズにでこぴん一発、キュルケは頬杖をついてため息をつく。サラマンダーがきゅるきゅると鳴いた。
先の指名手配犯<サモナー>撃退戦や魔物退治に参加したことで、王宮から勲章を授与された根っからのお調子者のギーシュは、それはもう得意満面であった。
行く先々で見せびらかしては女の子たちにきゃあきゃあ言われ、ますます調子にのって、とうとう恋人から白い目で見られたらしい。
そして……ルイズ・フランソワーズとの『あの場で見たものを他言しない』という約束を、もともと多くの事情を知る恋人に対しても守ってしまい、あげく『ルイズのおっぱいに触った』ことがばれて、さあ大変だ。

「はあ、あんなにかっこよかったのにね……」
「まあね、確かにあのときはイイ男だったけど……そんなに勲章が嬉しかったのかしら……ところで、ねえルイズ、触らせたって本当? あなたひょっとして彼に気があるの?」

今のところ、ギーシュよりも、キュルケの得た勲章のほうが、質量ともに桁違いである。
参戦の遅れたゲルマニア帝国が、当初より一人だけ参加していたキュルケに目をつけ、なかば英雄のごとく祭り上げているのだとか。
ツェルプストー領の実家には毎日のようにお見合い資料と肖像画が届き、いまのところ結婚願望の無い彼女は、もううんざりらしい。

「気なんて無いわよ、これ本当。ギーシュが皮鎧のうえから勝手に触ったのを、怒るのも馬鹿らしかったから流しただけ。なのにモンモランシーってば、信用してくんないんだもん」

ルイズはぷんすか頬をふくらませている。
この『タルブ事変』最大の功労者というべき白髪の少女への褒賞は、ルイズたっての希望で、全額をタルブ村への復興資金に回されることになった。
<ウェイ・ポイント>が王女誘拐に使われた一件については、その後にあげた『敵を脅迫して戦争を止めた』という大きな功績で、埋め合わせることができるという話だ。
いっぽう、キュルケは呆れ顔で、ルイズの胸へと手を伸ばす……ふにふに。

「本当よね、こんなの揉んでも面白くないでしょうに……ねえ、きちんと食事してるの? また痩せたんじゃないかって、マルトーさんも心配してらしたわよ」

ふにふにふに……ツヤの消えた目をしたルイズは、テーブルの下で指をぱちんと鳴らす。

「……『アイアン・メイデン(Iron Maiden:物理ダメージ反射)』」
「あひゃんっ……!」

倍返しの感覚に、びくんと肩が跳ねて、思わずヘンな声が出るキュルケ、制止する時空。そして一分ほど後……

「……」
「……」
「……ごめんなさいルイズ」
「こ、こっちこそ、ゴメン……」

これは倍返しの呪いである……つまりキュルケのたった今受けたセブンセンシズの半分くらいは、外見は平然としてみえた白髪の少女も……というわけだ。
そんな気まずすぎる事実に気づき、双方共に相乗効果の多大なる精神的ダメージ(Mana Burn)を受けた二人は、真っ赤になって謝りあった。

「ヴァリエール、あたしどうしてその呪いが『鋼鉄の処女(Iron Maiden)』って名前なのか、たった今、ようやく解ったわ……もともとは貞操を守りたい尼僧が、男に向かってかける呪いだったのね……」
「なんとも諸行無常な時代ですこと、ミス・ツェルプストー」

重々しい言葉、真剣な表情で見詰め合う二人。

「まあ、なんて恐ろしい時代ですこと……目覚めちゃうのね、その、殿方が、後ろの」
「それだけじゃ済まないわよ、倍返しですもの、ウフフフフ……」

ああ、いったいどうなってしまうのか―――!!







//// 28-2:【デルフリンガー救出作戦】

「ところで、あなたのナイトのデルりんは? もうずっと見てないんだけど」
「……それがねえ、ま、見てもらったほうが早いわ」

キュルケが、まだ本調子でないルイズをフレイムの背に乗せてやり、案内されるままに連れてこられたのは、うすぐらくじめじめした地下通路の一角……
以前来たときよりずっと湿気が多いわね、と思いきや……

「なにこれ」
「見てのとおりよ、絶賛ウォーターワールド中なの」

どうやら、学院の広場に落下したあの隕石(LV48メテオ)の衝撃が、水の国特有の豊富な地下水脈の一角を崩し、ここ二週間のうちにルイズの地下迷宮の大部分を、しだいに水没させていってしまったらしい。
きゅるきゅるサラマンダーの背にちょこんと腰掛けたルイズは、はぁ、とため息をついて、力なく水に満ちた階段の下のほうを指差す。

「デルりん、この奥にいるのよ……」
「ちょっとあなた、『霊薬』は大丈夫なの? 地下で作ってたんでしょう」
「ポーション研究施設は大丈夫よ、真っ先に確認したもの。頑丈に作っておいてよかったわ、目隠しして捕まえてきたミセスにがちがちに固定化かけてもらって……」

キュルケは物騒な台詞を聞き流した……トライアングルの赤土ミセスはさっき地上で生徒と会話しているのを見かけた、無事なことはわかっているので、心配する必要はない。
しばらく、目下の光景を呆然と見ていたが、やがて慌てたようにルイズに向き直る。

「ど、どうして二週間も放っておくのよ、デルりんあんなに頑張ってたのに、可哀想じゃない」
「どうすればいいと思う? 私、いま調子悪くてあんまり歩けないし、水泳なんて論外。排水工事したくても、ゴーレムひとつ作れないのよ」
「……さっきあたしを呪ったでしょう、あんなふうに出来ないの?」
「呪いはかろうじて発動するんだけど、毒や骨、交霊召喚の呪文はちょっと難しいわ……身体の霊気の乱れが、まだおさまんないの」

ぎりぎりタマちゃんは出せそうだけど、と残念そうに言うルイズをキュルケはじっと見つめていたが、やがて察したように頷く。

「ふーん、来ちゃってたのね」
「昨日終わったわ……あの絶不調のときに来なくて、ホント良かった……追い討ちで来てたら私、死んでたかも」
「重たいもんね、あなた」
「うん」

ルイズは、白くちいさな手でそっと下腹を押さえる……そこは体内の霊気の巡りと大きく影響しあいやすい、女の子の大事な部分。
元来、男性よりもはるかに『生にむかう力』のほうが強いという女性が、ラズマのネクロマンサーの資質をもち修行を積むということは、一族のうちでもそうそう多い話でもなく……ルイズにとっての先輩にあたる、過去に大成したラズマ尼僧(シスター)たちも、男性の場合予想もされえぬこのような苦難に、みなそれぞれ耐えてきたのだという。
キュルケは下唇にひとさし指をあて、考える。

「水メイジなら、水中呼吸の魔法で……ああ、モンモランシーは居ないし……ヴェルダンデは……ギーシュのとこよね、タバサも居ないし……そうだわ、ミスタ・ギトーに頼むのはどうかしら? 風の魔法で気泡をつくって潜るのよ」
「ミスタ・ギトーは昨日から学院にいらっしゃらないわ、用事でアカデミーのほうに出かけたの……あの様子だと、たぶんあと一週間は帰らないと思う」

疾風の教師は、ラ・ロシェールの戦場での働きを認められ、褒賞としてアカデミーの外部秘資料閲覧の許可を得たとか。
『アカデミーには負けん』が口癖のスクウェアの彼ではあったが、昔なにかアカデミーといざこざがあって、学院の教師をやっているらしい。
研究方針などの食い違いはあれど、資料は必要……今頃きっと国内一の図書館にこもり、一心不乱に蔵書を読み漁っているのだろう。

「排水ポンプとか作れないの? あなたそういうマジックアイテムの製作、得意でしょう」
「私は無理よ、体が本調子にならないと……だから今、ミスタ・コルベールにポンプ製作を頼んでるんだけど、男の方ってほら、凝り性だから……」
「ああ……ミスタがここ数日作ってるアヤシイ物体って、それなのね」

額のルーンの力をモノの加工に使うと、ますます体の回復も遅くなる……なので、霊薬の精製も泣く泣く中断している彼女である。
地下迷宮の秘密はあまり広まってはならない、頼れる者は居ない……キュルケはふと思いつき、ぽん、と手を叩く。

「あれは? ……<地下水>ってあったじゃない、名前からしてこの任務にぴったりだと思うんだけど、どうかしら?」
「駄目、いまの私があいつに触ったら、たぶん逆に乗っ取られて、この国もろとも爆発するわ」
「……じゃあ、どうすんのよ」
「お手上げなのよ」

それでもデルフリンガーが可哀想だ、なんとかしてやりたい、というキュルケの切なる主張により、教師コルベールをまじえての救出作戦が企画されることになる。

さて―――


初夏のぽかぽかとしたお日様のもと、水泳のシーズンにはちょっと早くとも、水着の一同が集っている。
地下通路を満たす水の中へと潜ることになったのは、麦わら帽にレモン色フリルのルイズでも、巨乳ギリギリ白ビキニのキュルケでも、羽織り白衣に情熱ブーメランパンツのコルベールでもない。どうして潜らない三人までもが水着になっているのか……救出作戦にノリノリのキュルケが着せたのである。

「私に任せておけ、幼いころは海沿いに住んでいた、泳ぎは得意なほうだ……それに、デルフリンガーには世話になったからな」

サルベージ担当は、ついさっきたまたま学院にやってきた、ぱっつん前髪の女性剣士、歴史的シュヴァリエ候補のアニエスである。
橙地に黒のセパレートの水着を身につけて、若く鍛え抜かれた健康的で美しい体のラインを、少女たちの目の前に照れもなく晒している。
今回の任務にぴったりの鋼のごとき心臓の納められた、彼女の胸のサイズはモンモランシー以上シエスタ以下、いわゆる標準といったところだ。

「そーれ、いち、に、さん……」
「わん、つー、すりー」
「あん、どぅ、とろぅわ」

冷たい地下水の中へと潜るのだ、体に不調を起こして溺れぬよう、せっせとアニエスは真顔で準備体操をする。
ルイズとキュルケとコルベールも、せっかくだからと一緒に体操に付き合う。体調のせいであまり運動のできないルイズは、フレイムの背中のうえでうんしょうんしょと、上半身だけの参加だ。アニエスは目元にコルベール謹製のゴーグルを装着し、背には製作中の排水ポンプの試作品を流用して作られた、酸素を詰めた重たいボンベを背負う。

「お願いするわ、道は解んないでしょうけど、タマちゃんに導かれてムコウまでついていけばいいから」
「なんだその怪しい言い方は」

ルイズが顔も真っ赤にうんうん唸りつつ、なんとか霊気をちょびっと搾り出して構成した<ボーン・スピリット(Bone Spirit)>が、地下迷宮の案内をしてくれるらしい。
一同は地下通路をちょっと歩き、潜水ポイントまで到着し……

「気をつけてね、ルイズの作った地下通路なんだから、何が出てもおかしくないわ」とキュルケ。
「きみの安全が第一だ、もし潜水装備に不調が起きたら、ただちにポータルを開いて脱出したまえ」とコルベール。

炎蛇の教師と女性剣士の間には、過去の因縁の判明したあの一件からこちら、いろいろと話し合ったりすることもあったらしい。
完全和解とまではゆかずとも、あだ討ちの権利をあずけるところまでは、至ることができたらしい。
アニエスのための祝賀会に、コルベールが参加することはないのだろう……

「了解した、……では、またのちほど裏庭で」

とアニエスは三人と一匹の見守るなか、魔法レギュレータを口にくわえ、軽く手を振って、ほの暗い水の底へと潜ってゆく……

ぶくぶくぶく……

ばたあし剣士の行く先、白いヒトダマが、地下水道をゆらゆらとおどろおどろしく不吉に照らす……

(水中でも消えぬ炎とは……いや、炎ではなかろう、何なのだろうなコレは……)

短い髪を冷たい水の中にたゆたわせ、アニエスはゴーグルの内側から、行く先の骨の精霊を眺める。
ぼこっ、と気泡が天井へと向かい、この世のものでない白い炎の光を透過して、奇妙な影のコントラストをあたりいちめんに投げかける。
地下の、しかも水中ということで、ここの妖しさ不気味さは常日頃の数割増しだ。体中の血管が縮まってゆき、感覚が鋭敏になる。

(予想以上に水が冷たいな、それに嫌な予感がする……あのゼロの子に関する嫌な予感だけは、九割当たるからな、気をつけねば……)

数々の人生経験を積んでもはや慣れつつあるアニエスは冷静に、呼吸リズムを乱さないように、慎重に慎重に進んでゆく。
ルイズの説明によると、潜水タイム自体はそうそう長くないはずだ。
後もう少しで水のない場所へと上がり、ちょっと歩いてまた潜り、また上がった先の部屋でデルフリンガーを回収し、直後<タウン・ポータル>で戻る、というのが今回のミッションの全貌である。

さて―――溜まった水は、陰の気を集めやすいという。

もともとあまり陽の差さない『幽霊屋敷』の地下、ひょっとすると、やばいナニカが居たりするのかもしれない。
数多の激闘をのりこえ、『幽霊』さえも焼き払い、王国の歴史上なかなか例を見ない平民からのシュヴァリエ叙勲という輝かしい未来を約束されし、鉄の心の剣士アニエスは……
たとえエルフを前にしたとしても、相手が敵意を抱いていないなら、怖がることはないのだろう……

そしてこれまでは、魔法学院内にながれるゼロのルイズの噂について、その殆どが勘違いだったり大げさなものである、という認識をしていたのだが……
ぞぞぞっ、と背筋に鳥肌、目を大きく見開き―――

(まずい今何か触った何か触った何か触った……やばいやばいやばい! 待て待て気のせいだ気のせいだ)

ごぽごぽごぽ……

(いま水着引っ張られた、……気のせいだ……この助べえが助べえが、誰だ、いや、ああ、よせやめろ、いや気のせいだ、何もイルハズガないではないか)

ごぽ、ごぽ、ごぽ……ごぽごぽごぽ!!

(あははは、『あなたもこっちおいで』なんて聞こえなかったぞ、水中で人間の声が聞こえるハズなんて、ないからな、あははは)

ゴーグルの下も涙目で、必死に内心の恐怖を押し殺しつつ、震える体にむちうって心細さに耐えつつ、冷たい水の中を進んでゆく……

(なんかもう、勘弁してくれ、心臓発作を起こせというのか私に)

『オコシテネ、サビシイノ』

(……聞こえん! なんだと貴様、寂しいだと!? ふざけるな、そっちにいっぱいいるだろうが! ……いやいない、ダレも居ない、いないからな!)



やがて―――

「かっはっ! ……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

長く長く感じられた水の中から上がり、どうにか浸水していない地下通路へと出た。
ルイズの使い魔『タマちゃん』の白い灯りが、はりついた髪や全身から水滴をおとすアニエスの水着姿を、ぼんやりと地下迷宮のなかに浮かび上がらせる。

「……寒い」

<スタミナ・ポーション>を身体に補給し、歯をがちがち鳴らし呼吸を整えつつ、重たい荷物を背負いなおし、不気味なヒトダマの先導に従って、ぺたぺたと通路を進む。
ここの通路は浸水していなくとも、レンガの敷かれた床はぐっしょりと濡れ、いたるところに水溜りができている。
風が通っていないのだろう、空気はよどみ湿っぽく、異様なほどに寒く、一刻もはやく通過しないと具合が悪くなってしまいそうだ。

ぺた…… ぺた…… ぺた……

己の足音さえも、ひどく気味悪く反響して聞こえる。

『……これ…………そ……よ……』

―――ぞくぞくぞくっ!!

(ななななな何か居るのかこんなところに)

全身がこわばり、真っ青のアニエスは、気づいてしまった。少し先、『骨の精霊』に照らされた通路の途中に、鉄格子のはまった地下牢らしき場所がある……
明らかに、何かの気配……寒さ心細さに歯をがちがち鳴らしつつ、アニエスは声をかけてみる。

「おい! そ、そこに、誰か居るのか? ……で、デルフリンガーか?」
「ちがう、デルフリンガーでは、ない」

びくん、ぞくぞくっ……アニエスは震える。低くつぶれたような男性の声で、たしかに返答があったのだ。
心臓がばくん、ばくん、ばくんと鳴る……

「き、貴様は、……ひょっとして<地下水>とやらか?」
「ちがう、チカスイ、では、ない」

アニエスは泣きたくなった……いま確かに、そこに……しかもよりにもよって『牢の中』に居るのは、自分の知らない相手らしい。
そんな話聞いていない、誰が居る? 『幽霊屋敷』の中と水の中を通らねば誰も来られないここに、少なくとも二週間以上? 何のために、何でこんなところに? 誰によって? あの白髪の少女、ゼロのルイズが閉じ込めたのか?
剣士の女性を底知れぬ恐怖が襲う……いったいそこにいるのは、どこの誰なんだ!?

「―――き、貴様は、誰だッ!!」

女剣士は自らの体を抱き、牢を睨みつけ、叫ぶように問うた。
動く気配、鉄格子を内側から、ぐっ、と握り締める手、ぽた、ぽたと水滴が落ち、ぐいぐいぐいぐい―――と鉄格子の隙間へとソイツの顔面が押し付けられ……とうとう、ぐにゅん、でろでろと黒と黄色の顔の半分が眼球ごと外へとはみ出し、むき出しの歯の一本が鉄格子にかつんと当たってぽろんと床に零れ落ち……

「ワタシデス」

アニエスは目を大きく大きく見開き、叫んだ―――「いぃやあああぁああ!!」―――……

―――……

……

「? あら……今、悲鳴が聞こえなかったかしら」

キュルケがふと顔を上げた。今日も感度絶好調の苦労人センサーが、びきびきと反応している。
ゼロのルイズの住居『幽霊屋敷』の裏庭にて、アニエスの帰還を待ちつつ、ぽかぽかと水着で日向ぼっこをしている二人である。
ここはふだんは学院の塔の日陰となり、日の長い季節でも、わずかな時間しか日の差さない場所だ。
本日のお日さまは、太陽の光の苦手なルイズにも、キュルケに手伝ってもらって体中に対アラノック砂漠戦用の強力日焼け止めをぺたぺたぬりぬりしたので、ほんの短時間だけならちょうどよい加減らしい。

「ねえ、ちょっと、ルイズ、……ほんとに大丈夫なの?」
「へ、何が?」
「だからアニエス一人で行かせて、本当に大丈夫なのかって話よ! なんか嫌な予感がして仕方ないの!」

キュルケが真っ青になって叫び、本を読んでいた麦わら帽子のルイズは、寝そべっていたチェアから不機嫌そうに顔をあげる。

「大丈夫よ、地下の住人ってば、気のいいヒトタチばっかりだし……ときどき、ちょっと寿命を吸い取るお方も居たりするけど」
「!!」

赤い髪の少女、キュルケ・フォン・ツェルプストーは、剣士アニエスに降りかかる災難を思い、真っ青になって口元を押さえた。ああ、どうなってしまうのだろう!!



やがて―――


み゙ょっ、わあああーーん……

裏庭の定位置に、青く暗い光のゲート、<タウン・ポータル(Town Potal)>が開かれる。

「―――っあッ!!」

どすん―――
キュルケとルイズの見守るなか、びしょぬれで髪を張り付かせたアニエスが叫びながら飛び出してきて、背中のボンベを地面に叩きつけるようにして放り捨てた。
きらきらと水滴を振り撒きゴーグルを脱ぎ捨て砕き、一本の古いさびだらけの長剣を、……『幽霊屋敷』の壁に向かって思い切りブン投げる……「あああッ!」

「わ、ちょ、ちょっ、おい姉ちゃん、俺っちが何したっていうんだ!」

ぐるぐると飛んでゆくデルフリンガーが叫び、キュルケは驚いて口をぽかんと開けていた。
アニエスは顔に影を落とし、髪を顔に張り付かせたまま、肩をわなわなと震わせ、のしのしのし、とルイズへと近づいていった。
白髪の少女は、その迫力に息を呑む。太陽を背負った剣士の黒い影が、チェアに寝そべっていたレモンの少女へとかかった。

「お、おかえりアニエス」

アニエスの上半身、濡れた水着の肩紐が片方思いっきりズレており、もうすこしで形の良いおっぱいの先っぽまで見えてしまいそうだ。
彼女の表情は蒼白を通り越して土気色、このぶんではきっと先っぽのほうも、そういう色になってしまっているにちがいない。
力なく落ちた肩、だらんとたらされた両拳だけがぐっとにぎりしめられ、ふるふると震えていた。

「ミス・ヴァリエール……」

ちいさくちいさく、生気の無い声である。若き女性剣士は、よくよく見ると、目じりに涙が浮かんでいるようだ。

「な、なんだ、あいつは……なんで、あんなヤツが……」
「まあ、お会いできたのね、『ブラック・デス(Black Death)』さまに……とても名誉なことよ。ねえ、あの方は元気に腐敗していらした? 寿命どのくらい吸われたの?」
「……」

ゼロのルイズが何事でもないように言ったので、アニエスはルイズの耳元へと、血の気の抜けきった唇をよせ、ぼそぼそとつぶやく。

「……た、確かに伝えたからな、いいか?」
「そういうこと……ん、解ったわ、ありがとうアニエス、お礼を言うわ」

にっこりと不気味に笑うルイズから離れ、アニエスはいちばん日当たりのよい場所にチェアを占めたキュルケのもとへと、ふらつきながらやってきた。
そして、無言でへなへなと座りこみ、キュルケの膝元へと突っ伏した。キュルケの日に焼けた太ももには、ひんやりと氷のような感触。

「……あの……大丈夫、かしら?」
「……」
「……さっき、寿命がどうとか……ねえ何があったのよ?」
「……」

誰よりも胆と根性の据わっているはずの大人の剣士が、少女のように震えていた。
何があったのか訊ねても、「黄色いのが……」と言ったきり、もう歯をかちかち肩もがたがたと震えるだけで、何も言わなかった。
キュルケは肩ひもを直してやり、その冷え切った背をさすり、「もう大丈夫よ」と繰り返してやるほかなかった。

「へぁぷちっ! ……ぐすん、失礼」

褐色肌のふとももに鼻水がついた。
壁に刺さったデルフリンガーが、「抜いてくれよお」と呻いていた。
ルイズが「ああっ、おかえり私のデルりん!」といちめんの喜び顔になって、小さな手をちぎれそうなほどにぶんぶんと振っていた。
大釜製のお風呂の準備をしていた教師コルベールが、アニエスを呼びに来た……そして、震える剣士を見て驚き、原因もわからず首をひねった。



地下に何が居たのか、地下で何が起きたのか―――剣士アニエスはその後いっさい、この一件について口を閉ざし、誰にも語ろうとはしなかったそうな。







//// 28-3:【キュルケさんとルイズさん:その3:恋愛談義:WHO'S BAD】

かぽーん……

女性剣士が水着のまま裏庭の大釜風呂につかり、芯から冷え切った体を情熱パワーで温めている最中のことだ。
ルイズはコルベールにデルフリンガーを壁から抜き取ってもらい、半分ほど鞘に入れ、抱きしめてほお擦りしている。

「ああっ、デルりん、私の剣、私の素敵なナイト……会えなくて寂しかったわ」
「よせやい、よせやい……俺っちも会いたかったけどよう、さっそく深淵に引きずり込もうとするのはやめてくれよう」

そんな微笑ましい光景を眺めていたキュルケが、寝そべっているチェアのうえに頬杖をつく。

「こうしてみると、あなたたち両想いみたいね」
「ええ愛し合ってるのよ、ねえ、私を守ってくれる、素敵なデルりん、むちゅーっ」
「……」

アイテム相手にはカケラほどの照れもしないルイズである。キュルケのほうが照れてちょっぴり頬を染めた。

「……ねえルイズ、あなたって本当のところ、誰のことがいちばん好きなのよ? 一応釘さしとくけど……これ、生きてる人間限定の話ね」

ルイズはきょとんとした表情を見せた。
それは、キュルケが気になって仕方のないことである。白髪の少女は、麦わら帽のリボンをいじりながら……

「私? うん、みんな大好きよ……一応、あんたのことも、うん、前よりは嫌いじゃないわ。今は、そうね……好きの範疇に入れといたげる」
「あ、ありがと、でもそういうのじゃなくてさ、こう……いちばん大事な人とか居ないの?」

赤髪の少女はますます照れて、頬をぽりぽり掻きつつ、促し……ルイズは即答する。

「ちい姉さま」
「そういうのじゃなくて……」
「じゃあ、姫さま」
「……あなたのお姫さましゅきしゅきについては、ほんと良く知ってるわ、いますぐにでも結婚できたらいいのにね」

キュルケははあ、とため息をつき、核心に迫る。

「気になる異性のこととか……」
「ミスタ・コルベール」
「!!」
「の生え際が気になるわ、見ててはらはらするの」
「そうそうあたしも気になって仕方ないのよね……って、わざとやってる?」
「ごめん、でも居ないもの、気になる殿方とか……将来、誰かと結婚して赤ちゃんを産んでる自分とか、ぜんぜん想像できないの」

どうやら、そこは本当のことらしい。
ちょっぴり、ルイズの深刻な悩みへと踏み込んでしまったようだ。

「あなたが春先に死体じゃあない誰か、スケベな男の子でも召喚して、ラブえっちにロマンスする人生とかも、どこかにあったりしてね」と、キュルケ。
「ないない、人生は一人につき一つだけよ、だからこそ、かけがえのないものなの」と、白髪の少女の信仰は、かくも絶対である。

塔の影が伸び、ルイズの居場所を日陰にしていった。
信仰は絶対でも、彼女にも悩みはある。
自分の運命については、解らないことばかり……『遺体召喚はあきらかに大事故だった』のに、そのおかげで自分は幸せでいられるのよ、と。

「でも、あなたも年頃なんだし、少しは恋愛も経験しとかないと損よ……まああなたの恋愛とか、想像してみると、いろいろ怖い気もするけど」
「おばさん臭いわキュルケ……で、怖いってどこがよ?」
「刺したり刺されたり、おなか切開したり、骨にしたりしそうだもの」
「それのどこが怖いのよ」

全身に鳥肌が立ち、絶句するキュルケ。一分ほどの沈黙のあと、慌ててがばりと起き上がり、叫ぶ。

「そそ、そういうの、されるほうの側にもなってみなさいよ! ほら、怖いじゃないの!」
「……た、たしかに、ちょっと怖いかも……」

と、答えは返ってきたのだが……

「怖くて、たくさん勇気のいることだわ、だって、とってもロマンチックなんだもん……死さえ二人を分かたずに、『ホネまで愛して』くれるなんて……」

なんとこの白髪のルイズ、ほっぺを真っ赤に染めて、もじもじとし始めたではないか。「もう、キュルケのえっち、やっぱあんたには負けるわよう」とまで。
照れのせいで高速で弄られたデルフリンガーが「おいおい、よせ、そこをいじくるな、あっあっあっ」と慌てだした。
ああもうどう頑張ってもこのコは脳が手遅れなのね、とキュルケは涙ぐんで、ぐしぐしと鼻をすすった。

「……ねえ、タバサを刺したり、あの白くてすべすべのおなか切開したりしたら、いくらあたしでも怒るからね」
「ちょっと、なんでそこで同性? しかもタバサ? ……ていうか、相手が異性でも開腹プレイなんて、しないわよ」

ルイズの瞳から、ツヤが消える。今すぐにも呪われそうな勢いだ。女性だけに『デクレピファイ(一時老化の呪)』だけは勘弁である。
雪風のタバサの親友を自認するキュルケは、慌てて言葉をつづける。

「いえ、こないだのあなた、ひどかったじゃない……あれってひょっとして、タバサが居ないから、ああなっちゃったのかしら、って」
「……どういう意味よ」
「あなたたち見てるとね、ときどき心配になるくらい、仲が良かったりするから」
「悪い?」

低いドスのきいた声だった。キュルケはびくりと震え、言葉につまる。どうやら、ルイズはいきなりご機嫌ななめらしい。
サラマンダーのフレイムの尻尾が、ぴくぴく、と震えた。しばらくの静寂……フレイムがのっそりと起き上がり、主人の水着姿を覗きにきていたモートソグニルを追い払った。

「……」
「……」
「……悪かったわね、八つ当たりしちゃったわ……はあー……その、いつも、なんかごめん」

やがて、ルイズは寝返りをうち、そんな風に謝って、大きくため息をついた。
デルフリンガーの柄に巻かれた布をいじくりながら、言葉をつづける。

「うん……タバサのことは好きよ、居なくて寂しいの……でも言っとくけど、あんたの色ボケ脳が心配するような、恋愛感情とかそういうのは、無いからね」
「ないわよね、はあー、もう色ボケ脳でいいですよーだっ」
「あんたは色ボケてるのがね、……私からは、おっきな流れのなかで、すごく自然な生き方に見えるのよ。ずうっとそのまま、えっちでいて頂戴」
「言われなくても、おばあちゃんになっても頑張りますことよっ」

キュルケはぐたーっと伸びをしながら、そう言葉を返した。ルイズは話をもどして、ぽつりぽつりと続ける。

「私もあの子も、より深い絆を求めてるような気は、するわ。でもね、ときどき、お互い求めてるものが微妙にすれ違ってる気も、しないでもないの」

白髪の少女はすこし寂しげに、そう心情を述べた。
赤い髪の少女が、焼け落ちる前の旧オルレアン邸から、老執事のアドバイスで持ち出したもの……そのうちの一つは、子供向け騎士物語の本だった。
それに出てくるお姫さまが、今ここにいない青い髪の少女の憧れる、自身のあり方……とまでは断定はできなくとも……気にはなる。
とくにキュルケは、応援してやりたいと思う。
あの親友、恋愛に慣れていない、世界中で誰よりも祝福を与えられるべきあの女の子は、よりにもよって自身とルイズとの関係に、その物語を重ねて見ていたような気がする。
だが、お姫さまが二人だけでは、その物語は成立しないのだ。

キュルケは視線を建物の影の伸びてきた地面におとし、自分の髪の毛の先をいじっている。フレイムがきゅるきゅる、と鳴いた。
女の子同士の会話が、ちょっと続く。『幽霊屋敷』の裏庭に涼しいそよ風が吹いたので、ルイズはおなかを冷やさないように、タオルをとってもらった。

「とまあ、正直のところ、……そんな感じなのよ……私も甘えてるところ、あるけど」
「ありがとう、ルイズ……ちょっと安心したわ」
「いつもお世話かけるわ、キュルケ」

キュルケはますます狭くなる日向を追いかけてチェアをずらし、ルイズへと少し近づいてきた。
ルイズはデルフリンガーを抱きしめて目をつぶり、途中からもはや日陰浴をしている。

「ま、今のあなたには恋愛してる暇も、なさそうよね」
「そうね、運命の導くまま、ありのままに、思い切り泣いたり笑ったりして……信仰に生きてるのよ、私は……それだけで充分に、幸せよ」

その後、そっと微笑んだルイズは、小さく小さく、「でも、まだまだ未熟な私……みんながいてくれたら、もっと幸せ」と言ったとか。


……

「おーい、加減はどうかね」
「……いい湯だ」
「うむ、それは良かった良かった……タオルをここに置いてゆくぞ、使ってくれたまえ」

そのころ、アニエスは大作戦の疲れを癒していた。暖かく薫り高い湯に浸かり、ようやくひと心地ついている……

(コレは誰の趣味だ……いや、聞かなくとも、見れば一発で解るが……まさか、私にコレで遊べというのか?)

浴槽内の剣士の目の前には、木製の骨アヒルのおもちゃがぷかぷかと浮かんでいた。






//// 28-4:【やっと知り合いになれたよ】

「おおい、ごめんくださーい」

と、学院の生徒にして眼鏡の少年レイナールが、『幽霊屋敷』へとやってくる。
どうやらオールド・オスマンのもとに間違って届いた、ルイズ宛ての王宮からの封書を、わざわざ届けにきてくれたらしい。
ちりちりと呼び鈴を鳴らしても、反応がない……むしろ裏庭のほうから、女の子の声がする。

(ここの裏庭もまた、ヘンな噂ばっかりなんだよなぁ……ガイコツが出たとか、ヒトダマが出たとか……誰も足を踏み入れない魔空だって)

ごくりと喉を鳴らし、ぞろりと並ぶ棺おけを迂回し、まあ昼だから大丈夫だろうと、恐る恐る裏庭のほうへと歩みを進め、ちょっとした物陰に目をやると……

「おや」
「あっ」

ひとり前髪を切りそろえた若い大人の女性が、なぜか水着姿で、タオルでぐしぐしと髪を拭いていた。
思わず見とれてしまう、レイナール少年。女性が口を開く。

「きみは、確か」
「わわっ……あ、怪しいモノでは……そのッ、と、届け物を、ミス・ヴァリエールに……」

真っ赤になって慌てる純情そうな少年を見て、その女性はしばらくぽかんとしていたが、やがてふふっ、と笑う。

「では、私が受け取っておきましょう」
「あのっ、で、ですがコレ、王宮からの……」
「なるほど、承知いたしました。とはいえここの裏にはあまり行かぬほうがいい、受け取るのが私であれば、問題もないでしょう……まあアニエスに渡した、と言えばよいのです」

首からタオルをさげた、その女性……剣士アニエスは、少年へと身分を明かし、自己紹介をする。少年もあわてて自己紹介を返す。
少年は、何度か見かけたことのある彼女がメイジではなかったこと、そして使用人たちの間で噂の『世にも珍しい非メイジ平民出身シュヴァリエ候補』、その人だと知る。
以前より、かっこいい人だなあ、美人だなあ、と思っていた彼である。知り合いになれて嬉しかったり、恥ずかしかったり。

「あの、ぼくに敬語は必要ありません……貴女は立派な手柄をたて、もうすぐ、貴族になられるのでしょう」
「……そうか、では、お言葉に甘えて、そうさせていただこう……きみも、なにも緊張する必要はないぞ」

アニエスはそう言って笑うが、少年が緊張しているのは、堅苦しさのせいではないのだった。水着のせいだ。

「あ、貴女はいち学生のぼくなんかよりも、ずっと貴族たるべき貴族じゃあないですか……この学院のために、国のために、姫殿下のために、命をかけて」
「やあよしてくれ、最近は、キミたちのほうが凄いと思うんだ……誇り高く、貴く生きること(Nobleness)がどういうことなのか……私のような平民が、私なりに満足のゆく答えを出せたのは、つい先日のことなのだから」

腕を組んでうんうん、と首を縦にふるアニエス、ぽりぽりと頭を掻く少年。

「いえ、そんなことは……ぼくを含めて、みんな考えなしの、へたればっかりですし」
「いや、生まれてから死ぬまで、国のため皆のため、真に貴族たる道を歩まねばならん運命……そういう人生もまた、尊敬されるべきものだろう」

しばらく常識人同士の、なごやかな雑談が交わされ―――

後日、彼はキュルケから『アニエスの誕生日&シュヴァリエ受勲おめでとうパーティ』への招待通知を手渡されたとき、内心ガッツポーズをしていたとか。
それが、ルイズ的な意味での深淵への片道切符であることに、気づかぬまま。






//// 28-5:【えっ、うそ、ライバル?】

剣士が眼鏡の少年へと、『裏にはあまり行かぬほうがいい』と言ったのには、理由がある。
この『幽霊屋敷』の裏庭では、いつもたいてい常識はずれの光景が繰り広げられているからだ。

「もう大丈夫、です! 何を見ても気絶したり、逃げ出したりはしませんから!」

裏庭にポータルが開き、三人目の少女がやってきている。彼女が小脇に抱えているのは、立派で精巧な造りの人体模型だ。
それはまごうことなき魔法大国ガリア産のマジックアイテムらしく、とつぜん夜中に動きだしたり……も、するのかもしれない。

「私……三日間、死体洗いのアルバイトしてきたんです」
「あら、素敵なおしごとね」
「ええ、ルイズさんが、その筋のお仕事をなされている方だとは、考えもしませんでしたから……その節は、ご迷惑をおかけしました」

おうちにたくさん棺おけがある時点で気づくべきでした、と語る彼女は、ちょっとおつむに天然の入ったガリア貴族の娘、頑張り屋のリュリュ嬢である。
ルイズは「そ、それ私にくれるの?」と期待を込めて言ったが、「ごめんなさいコレは私のなんです、慣れるために普段から持ってるんです」と返され、凹んでいた。
「良く見たら微妙に荒いつくりね、……やっぱホンモノのがずっと良いわ」との拗ねたルイズの一言を、キュルケは華麗にスルーした。

「いろいろありましたけれど……でもおかげで、『命にたいする切実な気持ち』を学ぶことができました。あんなに辛かったり、悲しかったり、怖かったり……」

ルイズはにやにやと、キュルケはちょっと呆れ顔で、コルベールは腕を組んで頷いている。

「放浪娘の私が、あんなにおうちが恋しい、と思ったのも、何せ生まれて初めてでした……火竜山脈で監禁されたときも、これほどではなかったんです」

彼女は、実家を飛び出してこのかた、美食を求めての世界放浪の旅の途中であった。
両親の反対を押し切っての家出にもかかわらず、心配する両親からの仕送りを、ずっと受けつづけていたらしい。
今回の一件でとうとう、久々に自分を生んでくれた両親の顔が見たい、という気持ちになり、久々に実家に帰っていたのだそうな。

「ミスタ・コルベール……これ、正式な留学のための書類です、サインを頂けませんか」
「おお、よいとも、きみのような優秀なメイジなら、大歓迎だとも!」

彼女は両親と話し合い、トリステイン魔法学院に教師コルベールの助手兼特別実習生として、このたび正式に研究留学を決めたのだという。
大喜びに喜ぶコルベールを見て、キュルケはひとり、自分がいつのまにかモンモランシー的な気持ちを抱いていることに気づき、愕然としていたようだ。

「というわけで、みなさん、また宜しくお願いいたしますね」

素敵な笑顔でぺこりと礼をするリュリュは、翌日、女子寮の空き部屋―――つまりキュルケの部屋の隣、昔ルイズの部屋だった場所に、引っ越してくることになったのだという。

「ほら、パーツを外したら声が出るんです」
『アア目(Eye)ガー、脳(Brain)ガー、心臓(Heart)ガー……トラナイデクレヨー』
「!!」

ルイズ物欲センサーが反応を示した。






//// 28-6:【ルイズの穴(Louise's Pit)】

その日の夜、裏庭にポータルがひらき、ひとり金髪縦ロールの少女モンモランシーが、『幽霊屋敷』へとやってきた。
窓のカーテンの隙間から、灯りが漏れていることを確認する。彼女のお目当ての友人、ルイズ・フランソワーズはきっと、在室しているのだろう。
<レビテーション>の魔法で持ち上げた重たい重たい荷物を、せっせと額に青筋たてて、必死に運んでいる。

「……」

夜のこの場所は、相変わらずおどろおどろろしさも特上だ。日々高くなってゆく初夏の夜の気温も、ここだけは春先と変わらずうすら寒く感じる。
ごそっ、と何かが動いた気配がしたので、驚いてそちらを見やっても、闇に紛れてなにも見えない。

「な、なにもいない、なにもいないわ……わんわん、わんわん……」

もう見てはいけない。ナニカが居るのは間違いないからだ。いたとして、あれは子犬にちがいない。
可愛い子犬のことを考えながら、杖をにぎりしめ精神力を限界近くまでつぎこみ、思わずすくんでしまう足を押して、表の玄関のほうへとまわる。
呼び鈴を鳴らし、はーいどうぞ、鍵は開いてるわ、勝手に入ってーっ、と聞こえたので、ドアを開ける。

「こんばんは、お邪魔するわん、……じゃなかった、お邪魔するわ、ルイ……わゃわべっ!!」
「ああっ、モンモランシー!」

*おおっと*

モンモランシーは真珠色の液体まみれになった。


……

ルイズの級友、涙目のモンモランシーは、小柄なルイズより10サント以上背が高い。
彼女がまみれる『べとべとした液体』は、希釈する前の『スタミナ・ポーション』の原液らしい。
もし昼にここへと来ていたら、地下へと潜る役は彼女になっていたにちがいない。無害なべとべとで済んだだけ、彼女はアニエスに感謝するべきなのかもしれない。

「……お、怒らないわよ……いろいろ大事な話があって、来たんだから」
「ごめんね、ちょっと失敗しちゃったわ」

白髪のルイズは、ぷるぷると肩を震わせる友人モンモランシーへと、頭を下げる。
長さ2メイルほどの、その名もずばり『マジック・ハンド』の先っぽが、がちがちと鳴る。
体が本調子でなく、モノの溢れた部屋の内に足の踏み場もなく……つまりあまり動けないルイズは、横着してソレで棚に収められたモノを取ろうとして、つるりと滑らせわっとっと、ぽーん、と……失敗したらしい。

「洗面器、鏡……あとタオルとシャツ、借してね……って、なによこれ通れない、ひどいわっ……うっわ、これお香? また死体? なんか臭いしっ……!」
「ウフフフ、……これは一見雑然としているようにみえて、素人(Nub)にはわからない実用性ばつぐんの、最適の空間配置になってるのよ」
「……ねえルイズ、人を信じる私はソレを信じていいの? いいの? それあなたの司教さまに、胸を張って同じこと言える?」
「ごめん、実はただの強がりなの……片付ける体力とか気力とか新鮮な死体とか、無いのよ」

以前、泊り込みでルイズの看病をしたこともあるモンモランシーは、必要なものの収納されている場所を知っている。
ぐるりと荒れ果てたゴミ屋敷のごとき室内を見渡し、どうしたものかと肩を落とす。どうやらシエスタが居ないと、ここまでひどくなるらしい。
危ないものもある、だから以前はすべてシエスタに片付けさせていたというわけでは、もちろんない。要は余裕ときっかけの問題だ。
……シエスタが驚いて泣いたり逃げたり怖がったり泡を吹いたりして、ようやく忙しいルイズはおうちきれいきれいにしようという気になるのだ。
そしてルイズの共同研究者たる教師コルベールは、ルイズ以上に、部屋の片付けというものが大の苦手なのである。

ちなみに、リュリュ嬢は寝る場所が無かったので、来たときに開いたままだった<ポータル>をくぐり、また実家に戻っている。
もうそろそろ、和解した両親と川の字で寝ていたりも、するのかもしれない。

「……このなんか……その、……アレな液体、あなたいつも飲んでるの?」
「ええ、ちょっぴりお湯に溶いて、お砂糖いれて、シナモン棒でまぜまぜして飲むのよ……飲みすぎると体に負担がかかるし、眠れなくなっちゃうけど」
「ふーん」

とりあえず幸いにもモンモランシーは、ルイズと出来ちゃった婚をするようなことにはならないようだ。

「なんかもう、怒る気も完全にうせたわよ……あっ、デルフくん、ごぶさたね」
「おうおう、久々だなお嬢……いろいろ災難だったなあ」

モンモランシーはつんとおすましをして、金色の髪からするりと汚れた赤いリボンを抜き取り、ハンケチで顔をぬぐいはじめた。



さて―――

「素直に言うわ、ごめんねルイズ……いくつもひどいこと言ったし……なんだか、ずっと気持ちの整理がつかなくて」
「こちらこそ、ごめんね……その、いっぱい怖がらせちゃったり、シエスタのおうち焼いたり、ギーシュを戦いに巻き込んだり、他にもいろいろ……」

モンモランシーが室内では落ち着かないというので、二人は外に出てきている。
最初は敷地内を散歩でもしようかと思ったのだが、ルイズはほとんど歩けないらしく、玄関を出て数歩ほどでへばってしまった。
なので、昼から出しっぱなしのオープン・テラスで二人、冷たい椅子に腰掛けて、半分くもりかけた空を眺めている。星はあまり出ていない。双月は雲の向こうだ。

「貴女がね、……やったことや方法はともかく、……私やシエスタのこととか、本気で助けようとしてくれてたのは……うん、すごく嬉しいわ」

ここは天下一不気味な『幽霊屋敷』、夜間には誰ひとり近づくものはいない。なにかあれば『タマちゃん』が反応してくれる。
女の子ふたりだけの、ひみつのお話である。
モンモランシーは、タルブから脱出してからこれまでの話を語る。ルイズはじっと聞いている。

家をなくしたシエスタが、とうとうルイズへの憤りもあらわに、おお泣きに泣いたこと。
あの日の王都へ向かう道中一日目、シエスタは両親と、モンモランシーはギーシュと寄り添って寝たこと……
疲れ果てていた彼はすぐに泥のように眠ってしまい、何もなかったが、心は満ち足りていたこと。
その寝言にルイズの名前が出てきて、たちまちひどい不安に襲われたこと。

あの場で何があったのか、ギーシュに問い詰めても、詳しい話は教えてくれなかったこと。
この国や、姫殿下は無事なのか、友だちの誰かが死んでしまったのではないか、不安で不安でたまらなかったこと。
トリステイン竜騎士のひとりが、タルブ難民たちに終戦を告げに来てくれて、誰もが喜んだこと。

王都でも、たくさんのどたばたがあったこと。

ここ最近ぐんぐんと上り調子のグラモン家が、タルブ難民の全面支援を約束したこと。
大好きなギーシュと、シエスタとずっと一緒に暮らせて、悶々としつつも幸せだったこと。
何度も何度も、暴れる大悪魔のごとき悪い悪いゼロのルイズが夢に出てきて、たくさんうなされたこと。タマゴを生んだ夢を見たこと。
そして、モンモランシーの心の友、家を焼かれた当人たるシエスタが、ルイズに対しては自分よりも複雑な気持ちを抱いていること。

「そんなに悶々としてたのね、モンモンがモンモンモンになる勢いで」
「……その例えは解らないけど……うん、まあいいわ、とてもつらかったのよ……今度はルイズのお話、聞かせて。王女さまに許可は取ったから」
「あら、国家機密もたくさんあるから、他言無用でおねがい」

ルイズは友人の身に危険のおよばない、語れることだけを語る。
ときおりあったかいお茶を補給したりもしつつ、ひみつのお話は続き、モンモランシーは……

「空、飛べたのね」
「うん、あんたのギーシュに助けてもらったのよ……とってもかっこよかったわ、恋人のあんたのことが、ちょっと羨ましくなるくらい」
「……おめでとうルイズ、私のほうこそ、滅多にないかっこいいギーシュを見られたなんて、あなたのことが羨ましいわ」
「なんか、ごめんね」
「あのさ、私さ、あなたに対しては借りてることのほうが、今でも多かったりするのよ? ……だからね、いろいろ考えたけど結局、嫌いになんてなれなかったの」

ときおり相槌をうち、泣いたり笑ったり青くなったり、ちょっぴり頬を染めて、二人でそっと指を繋ぎあったりしつつも、仲直りの時は和やかに過ぎ……

「あら、ルイズ、おねむなの?」
「……うん、ちょっと、最近すぐ疲れるから」

モンモランシーは、こんな荒れ果てた巣穴(Louise's Hole)みたいな室内で寝たら、ますます体に悪いでしょう、あとで私の部屋に泊めたげるわ、と言った。
王都のほうで何かがあったらしく、今夜は学院のほうに泊まって行くつもりらしい。

「まだ寝ちゃだめよ……実は、ここからが本題なんだから」
「明日にしてよ」
「困ったことが起きたの。シエスタの話だから、真剣に聞いて」

もうすぐ、夜中の零時くらいになるだろう。でも、こちらの気持ちを伝え、ルイズの気持ちを聞いて、ようやく本題を告げようと決心したのだ。
ルイズが眠そうにしていたので、モンモランシーはほっぺをぺちぺち叩いて起こす。

「ねえ、あなた今回の働きの褒賞を、たっぷりとタルブ難民支援と村の復興費のほうに、まわしてくれたでしょう」
「う、うん」
「あなたが、大切なお薬のために大金を必要としてることは、解ってるわ。身を切るような思いをして、お金をだしてくれたことも……少なくとも、村の方々は喜んでたし、私も嬉しかった」

モンモランシーは真剣な表情で、呆然と聴いているルイズに、悲しい事実を告げる。

「でもね、それがね、トドメを刺したのよ……シエスタに」

薄暗いランタンの灯りが、金髪の少女の目にうかぶ涙を、きらりと光らせた。
ルイズは眠気が吹き飛んだ。

「ど、どういうこと、なの?」
「いい? ルイズ、ちゃんと覚悟して聞いてちょうだい、そばで見ていた私にとっても、信じられない話なんだから」

ルイズの小さな手をぎゅっとにぎりしめ、モンモランシーは震える声で語り始めた。

……

……

黒髪の少女シエスタさんは、いつも魔法学院にて『幽霊屋敷担当』のメイドとして目以外の部分は元気にウゴウゴ動いて……いや、働いていた。
今は、長期休暇の真っ最中だ。
彼女は家族とともに、愛する故郷タルブ村を(悪いルイズによって)焼き出され、現在はトリステインの王都に住まう親戚のもとに滞在している。

シエスタは、怖い怖いゼロのルイズのことを、少なくとも嫌ってなどはいない。
ルイズの心のうちに、自分に対する優しい気持ちがあること、そして結果はともかくそういう態度を見せてくれていることを、常日頃より怯えつつも、そこそこ嬉しくは思っていたという。

だからこそ、『幽霊屋敷担当』はシエスタにとって、少なくとも働き甲斐のある仕事だとは感じられていたようだ。
友だちに囲まれて、自分のことを好いてくれる人間(?)のために働き、そして確実に役に立っている、他の誰にも出来ない仕事……その内容や実態はともかく、本来世話好きの少女にとって、どれほど充実した日々だったことだろう。

彼女はルイズのことを『悪魔』や『鬼畜』などとは決して……たぶん呼ばず、『こころのやさしい、おに』だと形容していた。
シエスタは他の誰よりも、ある意味で悪魔や鬼畜よりたちの悪いルイズのことを、日々体を張って理解しようとしてくれていた……そんな風にも、言えるのかもしれない。

さて、先日彼女は、ほかでもない故郷の村で、洒落にならない大ダメージを負う事となった。
自分の大事な生家を焼き払うアイツ―――ルイズ・ヘルレイザー・ル・ブラッディー・ラ・セノバイト(シエスタ談につきモンモランシーはうろおぼえ)の降臨と襲撃のせいで、黒髪の少女はその大きめおっぱいの内側の心に、深い深いトラウマを負ってしまったようだ。
生け贄にして人柱たる自分だけが犠牲になるなら、まだ良い……だが主人ともいえる闇の化身は、自分ひとりのみならず、愛する家族に対しても、ここまでの害をなすものだったのか―――と思い知らされ、彼女はずいぶんと悩んだらしい。
ルイズが何故そういうことをしたかについては、納得がいっているし、そこについては恨んでもいないし、助けてもらったことについては感謝している……だが、それでも、『ルイズの近くにいると、不幸に巻き込まれる』という、ある意味正鵠を射た経験則が最大の問題なのだ。

魔法学院の職を辞することも、何度も考えていたのだという。
そして、『ゼロのルイズからは逃げられない』という真理(?)のせいで、もうどうしてよいのか解らず、大きく迷っているのだという。
離れようとすればするほどに、ますますひどい目に会うような気がして、仕方ないのだ。

「私にもね、前からシエスタとあなたについては、一緒にいないほうが良いって思ったことが、たくさんあるわ」

モンモランシーはそう語った。
そして、かつて、『この国でわたしにしかできない仕事です、みんなのために働きたいんです』、と果敢にルイズという名の死亡フラグへと挑んでいたシエスタのことを、なかば呆れつつも優しく見守っていたのだという。
さて、ここからが『一大事』の顛末に入る。

「シエスタには夢があったの、知ってた?」
「しし、知ってるわよ、ブドウ畑の下に埋まって、草原の千の風になる……」
「ちがう、そうじゃない」

お金をためて故郷タルブ村に土地を買い、ブドウ畑をつくって、優しい旦那さまとふたりで美味しいワインを造ってのんびり暮らす、というささやかな夢だ。
今回の『タルブ事変』のせいで、夢は遠く遠くなった。まずは自分の生家を建て直さなければならない。村を復興させなければならない。

「あの子ね、まるで新しい生きがいを見つけたみたいに……素敵な笑顔を振りまいて、ここ二週間はそれはもう必死になって働いて、お金を貯めてたの」

家族に関すること、夢に関すること……ここでルイズにだけは頼ってはいけない、どうされるか解らないから……と思うところのある彼女は、そう決心していたようである。
もう魔法学院の職もやめて、今後一切ミス・ヴァリエールと縁を切ろう……寂しいけれども、夢のため家族のために、そうするほかない……
モンモランシーも相談をうけつつ、その判断に乗り、彼女を助ける毎日を送っていたのだという。

王都に住む親戚の経営する宿屋は、一階に居酒屋が併設されているのだという。シエスタはそこで酔客相手に働かせてもらって、もりもりチップを稼いでいたらしい。
もともとは、宿と厨房の勤務だった。フロア接客担当に関しては、心配する両親の反対を押し切ってまでついたのだという。
酔うと暴走するシエスタのことだ、必死に自制し、何度も脱ぎそうになったり、泣いて絡んだり……そこもまた可愛いと、人気が出てきたそうな。
故郷の村の滅亡の話も噂でひろまり、「同情はいりません、一緒に笑ってください! みなさんの笑顔が欲しいんです!」と澄んだ瞳でがんばる、そんなひたむきでけなげすぎる彼女には、みるみるうちに根強いファンや常連客が多数ついたらしい。

「よよ、夜のお仕事……」
「いまのところは大丈夫よ、お持ち帰りされそうになったときは、店長さんや私やギーシュ、イトコの女の子が止めてたから」

このまま誰かお客さんと出来ちゃった婚でもしたほうが、あの子にとって幸せなのかもしれないけど……なんだか悲しいし、ご両親も悲しむだろうし、お店の風紀にもかかわるのよ、と遠い目で呟くモンモランシー。
シエスタの両親や弟妹たちは、その宿ではなく、別のところに居を借りて暮らしているらしい。
両親……とくに怖い父親が店へと様子を見に来るたびに、モンモランシーはその辺りをちゃんとフォローしてやらなければならないのだった。
このとき、ルイズはもう涙目だ。自分がシエスタを、そこまで追い込んだようなものである。

「……そっか、そこで私のお金が行ったから……」
「ええ、あなた『弁償する』とは言ったけど、家一件ぶんには、あまりにも多すぎたわ……あなた自分への褒賞のぶんだけでなく、実はこっそり自分の貯金まで足してくれたんでしょう? 村人たちは万々歳で補助金を受け入れたから、もともと集まってた寄付や、国やグラモン家からの援助と合わせて……シエスタの頑張りは、たちまち空回りになっちゃったの」

その『いきなりの目標金額達成』の知らせに、自力でそれを達成するという生きがいを失い、呆然とし、心に大きな穴が開き……
これもまた、悲しいすれ違いなのであった。モンモランシーはシエスタの気持ちのために、ルイズからの復興手伝いの申し出を断った。
それをルイズは『直接的な助力の拒否』ととらえ、ならばせめて、と王宮のほうにお金をあずけ、くれぐれもよろしくと頼み、結果……姫の善意で、それをルイズへの褒賞分と合わせて村の難民へ、そしてシエスタの家族へと優先的に回されることになった。ルイズもそれを喜んで了承したのだ。

「で、でも、お金があるなら、ないよりは……」
「私は嬉しかったわよ、ルイズ。でも案外、あなた平民のこと知らないのね……まあいいわ、大金の寄付があったときには、貴族の面子を立てるためにね、そのお金で買ったものには大抵、お金を出してくれた貴族の名前が付けられるものなのよ」

ルイズ・フランソワーズ通り、ルイズ・フランソワーズ共同井戸、ルイズ・フランソワーズ出荷場、ルイズ穴、ルイズ装置、などなど……タルブの村はルイズに侵略されてゆく……(と、シエスタはモンモランシーに熱弁した)。そして、『もう二度とミス・ヴァリエールの影からは逃げられない』、と嘆き、昼間から自棄酒を飲んで暴走した黒髪の少女の、とった行動は―――ああ、いったいどうなってしまったのか!!

「ねえルイズ、こういう経緯をたどって突然浮いたお金で、大事な夢のためのブドウ畑とか、買うと思う?」
「……そうして欲しいわよぅ……も、もう、私なんかのこと、忘れて……さよなら、して……」

モンモランシーは、弱りきって鼻をすするルイズの手を握り、優しく優しくあやしつつ、残酷な真実をつげる。

「そうだったら、ほんとうに、良かったわ」



さて―――ルイズ・フランソワーズにとっての『タルブ事変』、最大最凶のピンチが、とうとう幕をあける……!!

「シエスタは、ひとつの買い物をしたのよ」

神妙な表情で語るモンモランシーに、ルイズは恐る恐る、問い返す……

「な、何を?」
「『始祖の祝福を受けた聖なるハンマー』よ、ぐすん……ルイズ、あなたを倒せる唯一の武器っていう噂の、ソレを、……昨日いきなり買ってきたの」
「!!」

涙目のルイズは、わなわなと震えだした。モンモランシーも肩を震わせ、すでに泣いている。

「そ、そんなもの、あるわけないじゃない……『ブレスト・ハンマー』は、実体のない、ザカラム聖騎士の聖魔術なんだから……」
「解ってるわよ、私もそこはなんとなく覚えてたわ! もちろん、ニセモノよ! だけど、酔っ払ったあの子が、それを理解できるとでも思う?!」

ルイズがふらりと倒れそうになったので、モンモランシーが慌てて抱きとめた。

「だ、騙されて……」
「そうよ! うさんくさい闇市で、『始祖の祝福を受けた聖なるハンマー』だと思い込まされたソレを、現金一括購入してきたのよあの子は!!」

その金額を聞いて、ルイズは泣くほかなかった。明らかに、一介の平民の簡単に出せる額では無かったからだ。
そしてなんとなんと、あの不憫な少女は、自分の夢のためにこれまで爪に火を灯すようにして貯金してきたお金までも、そこで使い果たしてしまったらしい。

「ななな、何でそんなこと……」
「知らないわよ! ずっとそばにいた私だって、あの子がなんであんなことしたのか、今でも信じられないんだから……っ!」

シエスタや、ああシエスタや、シエスタや……その正気に戻ったときの絶望の大後悔時代たるや、どれほどのものだったろう!
少女たちは、しばらく抱き合って、天下一不憫な黒髪の少女のために、声をからして泣いた。

「……今日のあの子、お店にも出てこないで……ずっと死んだような目で、筋トレしてたのよ……ねえルイズ、私の気持ちわかる?」

白いヒトダマに反応はなく、『幽霊屋敷』に双月は出ていない。

……

……

……

―――ここでピンチが終わってくれていたら、ルイズにとっては、どれほど幸せだったことだろう。

「馬車まで呼んで、怖そうな男の人が三人がかりで、運んできたのが、……コレ」

布に包まれて玄関先に転がっているのは、その『ハンマー』とやらである。
包みを開いてみると、傷だらけさびだらけで、ぼろぼろで、やけに古いもののように思われた。
どう見ても、『始祖の祝福を受けた聖なるハンマー』というイメージからは、あまりにもかけ離れている。そして、かなり大きい。

ただハンマーと言うよりは、巨大な戦大槌と呼んだ方がよいだろう。山奥の洞窟に住む強力な亜人、オグル鬼などが使いそうだ。
確かに、見た目は相当強そうに見えなくもない。あからさまに異様な雰囲気のソレを見て、ルイズは嫌な予感がした。

「……こ、こんなの装備できる人なんて、少なくとも、この国には居ないわよね」
「ええ、シエスタ一人じゃ振り回すどころか、持ち上げることも、動かすことさえもできなかったから……ある意味で、ソコは安心してるんだけど」

モンモランシーは、モノの価値のわかるゼロのルイズに、一応のところ見てもらおうと、こうして預かってきたらしい。
借りている部屋から持ち出したり、手放すのを嫌がるシエスタを、魔法で眠らせてまで。
あきらかにニセモノ、だが平民にとっての大金を払っただけの価値は、あって欲しいような、ないような……
ごくり、と喉が鳴る。

「一応だけど、ディテクトでヘンな魔力のようなものは、なんとなく感じとれたから……ね、ルイズ……悪いけど、調べてちょうだい」
「解ったわ……でも怖い……お願いモンモランシー、手、握ってて」
「うん」

二人は覚悟を決める。
涙目のルイズは、金髪の友人の手を握り、反対側のぶるぶると震える手を、その『ハンマー』に触れた。
額の<ミョズニトニルン>のルーンが、ぼんやりと発光する。こうして調べるだけなら、たいして体調にかかわるような力を使うことはない。

そして―――

うつろな目が、みるみる見開かれてゆく。硬直……

「モンモランシー」
「な、なあに?」
「私ね、大好きなのよ、みんなのこと……シエスタのことも、あんたのことも、みんな大好きなのよ……」
「……なっ? なによ、突然……」

数秒の沈黙のあと、ルイズはモンモランシーの片手を掴んだままバンザイをし、喉もはりさけんばかりに絶叫するほかない。

「わぎゃあーー!!」

無理もなかろう。生半可の覚悟など甘かったのだ。そこには、最大最凶のサプライズが、待っていたのだから。
そのハンマーの名前こそ……

- - -

―――『シエスタ最後の希望』……

- - -

……

びくりと震えるモンモランシー、ワンス・アゲイン、ぐわっと目をむいて絶叫するルイズ・フランソワーズ。

「ひぎいぃやゃーーっ!!」

びんくびくんと痙攣するルイズの表情は、赤くなったり青くなったり黄色くなったり。
ショックのあまり目の前が暗くなったり明るくなったり、赤緑黄のフラッシュ、がはっと血を吐き、とうとうおもらしまでしてしまう。

- - -

『シエスタ最後の希望』(Siesta's RW Last Wish)
ジャー・マル・ジャー・スル・ジャー・バー(Jah + Mal + Jah + Sur + Jah + Ber)
ソケット6使用済:ルーンワード発動済サンダーモール(Thunder Maul)
装備必要レベル:65 装備必要筋力:253 耐久値:8/60 射程:3
両手持ちダメージ:156‐855(+375% 強化ダメージ込み)
被弾時に6%の確率でレベル11『フェイド(防御魔術)』発動
打撃時に18%の確率でレベル18『ライフタップの呪』発動
攻撃時に20%の確率でレベル20『チャージド・ボルト(電撃)』発動
装備時にレベル17『マイト(Might Aura:ダメージ増加)』のオーラ展開(+200%ダメージ増加)
ターゲットの守備力を無視(Ignore Target's Defense)
命中時に70%のチャンスで壊滅打(Crushing Blow:かすっただけでも一定割合のライフ削りダメージ上乗せ)発動
敵の治癒を妨げる(Prevent Monster Heal)
打撃時に敵を一時盲目にする(Hit Blinds Target)
装備者のレベルに比例して+0.5%のマジックアイテム入手の確率上昇
……
『しえすた』と可愛い文字で、丁寧に丁寧に、現在の所有者の名前が書かれている
- - -

「ちょ、ちょっと、ど、どうしたのよ!?」
「ひ、ひ、ひいぃい……司教さま、司教さま、あわわわ……」

モンモランシーは慌てるほかない。もうどうしてよいか解らず、びくびくがくがくぶるぶるのルイズの細い肩を、そっと抱きしめてやる。

「お、落ち着きなさいよ、な、何があったのよ、こここ、こっちまで不安になるじゃないの」
「たたた助けてよぅ、シエスタ怖い、ひい怖い、ここ怖いよう」

なんてことだろう、ああ―――ただ強いどころではない、異世界サンクチュアリにおいても史上最強クラスのアイテムではないか!!
その強さは……あのアニエスも真っ青の巨大な血まみれ肉斬り包丁『ブッチャーズ・ピューピル』の17倍くらいは、余裕で越えている。
これのほんのひと撫でを受けるだけで、小さな小さなルイズ・フランソワーズは、……夢のカケラ希望のカケラをきらきらと撒き散らすどころか、体中の水分や、骨のひとっ欠片すらも残らないだろう……そう、ルイズはゼロに、胸のサイズどころか身長さえもゼロの、押し花になってしまうのだ!!

……しかも6つのソケットに埋め込まれた全ての石が、ルイズにとってはうつろな目玉も銀河の果てまでスタークラフトしてしまうほどの、いわゆる超高級『ハイ・ルーン(High Rune)』である。これを製作するための値段を正直に述べでもしたら、……ヴァリエール公爵領くらいは、買えてしまいそうな勢いなのであった。

「やあー!」
「ああルイズ、落ち着いて、叫んじゃだめ、今は真夜中なのよみんなすやすや寝てるのよ!」

ああ、ここに居ない不憫な少女シエスタよ―――ただルイズから自分の身を守るため、そのためだけに、こんなものを闇市から掘り当てたとは、なんとも恐るべき執念であることか!!
それとも、これはひょっとすると、地獄の牧場のカリスマ・オブ・スタミナ、マキシマムのホルモンに満ちたもう、偉大なるモーモー大王さまが、不憫なる彼女の心からの祈りを、聞き届けた結果なのかもしれない……

「埋めて、埋めてぇ」
「えっ? これ埋めちゃうの? だ、だめよそんなことしたら! あの子死んじゃうから!」

まがりなりにも、これは文字通りにシエスタにとっての最後の希望、無くなってしまっては、もう彼女は生きてゆけない……
モンモランシーは朝になるまえに、滞在先の借宿に開かれたままの<ポータル>でいったん戻り、こっそりシエスタのそばへと返しておかなければならないのだ。

「ちがうの、今すぐ私、じっくりと裏庭に埋まりたいわ、百三十五年くらい反省するのよ……お願い、穴を掘って、ソコに私を入れてぇ、もういっそ埋葬してよぅ」
「なな何言ってるのよ! ねえ、これそんな凄いアイテムだったの?」
「ふ、二人だけの内緒よっ、もういっそ、お墓の中まで! これがもし、し、し、シエスタに知られたら……」

ド ド ド ド ド……

このときルイズのアレな脳裏にありありと浮かんでいるのは……世にもおぞましき想像である。

『ミス・ヴァリエールって、世界一可愛いですわね、信じられない……まるで神が自らノミを振るわれた、芸術品のようですわ』

毎日一万回の感謝の筋トレおよびフライパンの素振りを繰り返し、重く凶悪きわまる『ハンマー(笑えない)』を振り回せるまでに成長し、―――デルフリンガー・ゴーレムを初球打ちでレフトスタンドに運び、次に友を守らんと勇敢に立ちはだかる雪風のタバサを一撃のもとに地面の下へと沈め、とうとうか弱いルイズを一撃で十二回押し花にせんとせまり来る、バーバリアンのごときレベル65オーバーの黒髪メイド少女……少女?

『ミス・ヴァリエール、デザートは……わたしです……よぉく味わって……食べて下さいね』

なんという許せないデザート、はちきれんばかりのエクストララージサイズのメイド服、あのやわらかかった大きなおっぱいもいびつに肥大した大胸筋の奥に吸収されてしまい、いまやもとの身長の数字は肩幅へ、そして首から上、つまり笑顔だけは昔の可愛い少女のまま、死んだような目で……ルイズが必死にかけた『アイアン・メイデン』の反射も効かない、そこにいるのは背中に哀と悲しみと哭鬼を背負い、ハイパー化級のオーラの力(Might Aura)たくわえて、サイゴノキボウをその手につかみ、夢幻無我の境地に到達せし『バーサーカー(狂戦士:Berserker:魔法ダメージ主力Barb)』……

『さあ、永遠の午睡(Siesta)のお時間です……!!』

ああ、どうなってしまうのか―――!!

「みんな大好きなのにぃ、私もみんなのために必死に頑張ってきたのにぃ、なななんでこんなことになっちゃうのかしら、……きっとぜんぶ私が悪いのよぉ」
「な、何だかわかんないけど、だだ大丈夫よルイズ、あなたが頑張ってることは、前から知ってるから! とりあえず落ち着いてちょうだい!」

錯乱し目のツヤも完全に消え、腕の中でじたばた暴れるルイズを、モンモランシーは支え損ねて、二人重なるように草の上へと倒れた。
ボーン・スピリットが、くるくると警戒信号を発しはじめた。

「ああ、モンモランシー、一緒にお墓のなかまでっ……大好きなの、好き好きぃ、いますぐ穴に、穴にぃ」
「ルイズ、ああもう、私もすっ、……好きだから、これでいい? ルイズ! ……ああっ、やだ、なにこれ、ぐっしょり……やだっ、私までっ……」

怪しい言葉を連呼する白髪のルイズに抱きしめられ、やわらかな草の上に押し倒している金髪のモンモランシーの図。そろそろ恋と繁殖と情熱の季節、夏である。
このとき、ひとりの背丈の低い青髪の少女が、『幽霊屋敷』の玄関前にぼんやりと立っていた。
その夏には消えてしまいそうな雪のように儚い雰囲気をただよわせる少女は、以前と変わらずの無表情で、眼鏡の奥の青い目からじっとその光景を眺めていたが、草の上に折り重なったままの二人の少女を指差して……

「けだもの(Feral Rage)」

と一言。

「……知らない。わたし、帰る」

と呟き、続いてちょっぴり震える小さな手を唇へ、ぴゅーっと口笛を吹く。
たちまちやってきた、そよ風のような竜の背に飛び乗って、きゅいきゅいと、ヨゾラノムコウへと飛び去って行った。

この騒ぎに驚いてやってきたコルベールが見たのは、草の上に並んで正座しつつ、呆然とタマシイも抜けたように曇り夜空を見上げている、金髪と白髪の二人の少女であった。






//// 28-7:【地獄の妖怪亭】

さきの『タルブ事変』にて故郷の村を焼きだされた難民、黒髪の少女シエスタが、カーテンも閉め切った薄暗い部屋のなかで、無理な筋トレの果ての全身筋肉痛でぼんやりとひざをかかえて古びた巨大なハンマーを死んだような目で見つめながら、両親や弟妹や仕事仲間や叔父スカロンや従妹ジェシカの必死の呼びかけにもろくな返答もせずに体育すわりで小さく小さく滞在しているのは、トリスタニア王都の宿屋兼居酒屋、宇宙の運命の流れのなかではもうすぐゼロのセノバイトが招来され爆発する予定の『魅惑の妖精亭』である―――ああ、いったいどうなってしまうのか!!






//// 28-8:【インベイダー(Invader:侵略者)】

翌日、『全トリステイン・シエスタを守る会』……今ここに、ふたたび迫りくる危機に立ち向かわんと、トリステイン魔法学院『幽霊屋敷』のオープン・テラスに集う。
迫る危機とはほかでもない、『シエスタのハイパー化』……そんな悲しすぎる未来の到来を阻止せんと、目下緊急の会議の途中なのである。

やっぱ二人だけの秘密では無理、と判断した会長モンモランシーは、副会長キュルケ・フォン・ツェルプストーとともに、被告人ゼロのルイズ(前科255犯:目下カンスト中)を証人喚問するのだ。……ちなみにスポンサー兼一般会員ギーシュは実家、沈黙の弁護士タバサは行方不明、名誉顧問アンリエッタ・ド・トリステインは多忙により出席していない。

「ひょっとしてシエスタってば、もうルイズを殺して自分も死ぬつもりなんじゃないかしら」
「……それだけはないわよ、大貴族の娘にそんな危害を加えたら、責任は家族にまで及んじゃうもの」
「じゃあ、なんであんなもの買ってきたのよ」
「たぶん、ココロの平穏のためなのよ……そこまで追い詰められてるの」

キュルケの疑問に、モンモランシーは寂しげに答えた。
しゅんと縮こまった少女ルイズは、うつろな目でぼんやりとしている……昨日のショックが抜けきっていないのだろう。
犬耳カチューシャつきの白い髪の彼女の細い首には、いつかのごつい皮製の黒い首輪、鎖つきのそれが、はめられている……他人とのかかわりに不器用な彼女は、残念ながら、こうする他に他人へと心からの反省を示す方法を、いっさい思いつけなかったのだろう。
キュルケは呆れ顔で言う。

「ヴァリエール、やっぱりあなた、一度はあの子ときちんと仲直りするべきだと、あたしは思うんだけど……」
「わん」

少女のプライドはずたずたのようだ。無理もない、昨夜は可哀想に、おもらしまでしてしまったのだから。
モンモランシーとキュルケは、『不謹慎かもしれないけど、なんかちょっと可愛いわよね』とゆるむ頬をおさえつつ視線で会話しあった。
ともかく会議では、『シエスタとルイズの仲をいったん修復しない限り、わだかまりを貯めたままのさよならでは、お互いに不安をエスカレートさせあい、不幸へと一直線』……との、結論が出される運びになった。

「でも、方法がね……」とモンモランシー。
「そうよね……正直、またひどいことになりそうな気がして、仕方ないんだけど」と、苦労人センサーの警告へとすみやかに従うキュルケ。
「わんわん」と、ちょっこりおすわり首輪のルイズ。いったいどこから取り出したのか、ほんのりと頬をそめてためらいつつも、ナニカの骨をその口にくわえた。

さて―――

以前のシエスタの心の拠りどころだった、あの『黒髪剣士の人形』の話になった。
ルイズがそれを燃える村のなか、拾って預かり、修復していたということを聞き……さあ今すぐ出して、となるのは必定であった。
シエスタ本人に渡す前に、検閲しておかなくてはならない。……かくして、いくつもの惨劇をのりこえた二人に、隙はなかった。

そう、ゼロのルイズに裁縫や編み物のセンスなど存在しない、存在しないのだ、ああ、いったいどうなってしまったのか―――!!

「わん」
「……」
「……な」

二人は絶句。
ルイズ自身はにこにこと、うまくやったつもりらしい。
心を込めて、ひと針ひと針、丁寧に丁寧に修理したのだ……実はベストのうちに入れたまま戦闘して、ぼろぼろにしたのもルイズなのだが。
がくがくと震えるモンモランシーは、キュルケの肩に顔をうずめた。

それは、確かに見事に、きれいきれいに修復されていた、のだが―――

四本に、なっていた。腕が。

「わんわん」

訳すれば『どう、強そうでしょう、かっこいいでしょう』と、しっぽがついていたら振らんばかりの、自慢げなルイズの笑顔。
剣士人形の四本の腕には、それぞれ一本ずつの剣……そしてなぜか、黒髪の頭からも、にょっきりと一本の剣が垂直に生えている。
計五本の剣、ただ剣を五本持っているということではなく、五本の剣を多彩なワザで使いこなす、『五刀流』なのだろう……たしかに強そうとは、言えなくもない。

彼女はシエスタが、自分だけを守ってくれる強くて優しい存在の象徴として、その黒髪剣士の人形を大事に大事にしていたことを知っていた。
だから、もっともっと強そうにかっこよくなれば、シエスタはぜったいに喜んでくれると信じて、誰が想像するよりもずっと純粋で、あふれんばかりの優しい気持ちから、犯行に及んでしまったのだろう。

始祖のルーンを身につけて以来、ものづくりに器用になった彼女だが……どうやらマジックアイテムではない普通の裁縫には、<神の頭脳>の補正もほとんどきかないらしい。だから、大好きなシエスタのために、その心を救わんがために、彼女は体調のすぐれぬ中、<ミョズニトニルン>にも頼れず、せいいっぱいの心を込めて、不慣れで得意ではないゼロからの大仕事を、必死に必死に頑張ったのだ。
努力家な彼女のことだ、具合が悪く眠いなか、夜なべをしたことだろう、やり方やコツを本で調べたことだろう、間違えないように、何度も練習したことだろう、何度も手を縫ったことだろう、何本ものポーションを消費したことだろう。

被害者と被告人、双方の気持ちのわかる赤髪の裁判長と金髪の検事は、抱き合ってわあわあと泣いた。
青髪の弁護士はいないが、たとえ出席していても、きっと何も語らなかったことだろう。
いっぽう白髪の少女は、二人がその素晴らしい出来栄えに感激しているのだと思ったらしく、笑顔で目じりに涙をうかべ、大きな仕事をやりとげた感慨にひたっているようである。

ああ、もっと早く、自分たちが気づいてやれたら良かったのに……と、友人二人の心を切ない気持ちが満たす。
シエスタもルイズも、二人にとっては大切な友人であることに変わりはない。

(ねえモンモランシー、……あたしどうしたらいい? ルイズに正直に、これはないわ、って言ったほうがいいの?)
(わ、私に聞かれても困るわよ……)

それでも、少なくとも、本来の持ち主へと手渡す前に発覚したことだけは、大きな幸運のようであった―――

そしてとうとう正直に「これではシエスタの趣味には合わないのよ」ということを伝えたところ、話せば解る白髪の少女が、やはり落ち込みつつも「ありがとう」と大人しく受け入れてくれたのも、幸運なことなのだろう。

……キュルケは、このときそっちの幸運にひたっていたせいで、自分の苦労人センサーの別のかすかな反応を見送ったことを、後に後悔することになる。





//// 28-9:【ただいま】

翌日―――そろそろ、ルイズはゆっくりなら、誰かの肩を借りずともひとりで歩けるくらいにまで、回復してきたようだ。

「ただいま司教さま、ただいまデルりん」
「よう娘っ子、お客さんが来てるぜ」

授業から帰ると、ゴミに埋もれた『幽霊屋敷』のなか、窓際の薬品壷のとなりのぽっかりと開いた専用読書スペースに、いつの間にか、置物のような雪風のタバサの姿が戻っていた。
ひょっとすると彼女の言動もまた、恩師たる疾風のスクウェアと、どこかしら似てきているのかもしれない。
そして、ルイズの心に大きな安らぎが戻ってきた。

「おかえり、タバサ」
「ただいま」

仲の良い二人の、久々の再会は、そんな風にとてもとてもいつもどおりの、あっさりしたものだった。
挨拶のあとは、まったく以前の日常と変わらないようにして、タバサはたまに火にかけた薬の壷をかきまぜつつ、無言で読書をはじめるのだ。
ルイズはルイズで、司教の棺おけのとなりで、いつもどおりに体に霊気をめぐらせ、日課の瞑想タイムへと入ってゆく。
もしその場面をキュルケが見ていたら、「どれほど心の底のほうで繋がりあってるのかしら」と、さぞかしやきもきしたことだろう。

ガリア北花壇騎士たるタバサは、国王と上司より「ルイズ・フランソワーズの監視および護衛」という任務を受けて、ルイズのそばへと帰ってきたのだった。
あの大国ガリアじゅうのどこを探しても、拉致任務と同様に、この任務にたいする彼女以上の適役を、見出すことはできなかったようだ。
タバサはもちろん、その任務内容を、『幽霊屋敷』の主へと告げた……

「そう、教えてくれてありがとう、歓迎するわ」
「よろしく」

こうして彼女は、いつかの「監視の任務が来たら真っ先に教える」という約束を、確かに守ってくれたのである。
ほんの短時間、内輪のごたごたで終わってしまったあの「拉致任務」に関しては、事情を知るものたちの間だけの、内緒とされることになった。

キュルケはタバサを見るなり目を丸くして、ぎゅっと抱きついてほお擦りをした。タバサはいつもどおりの無表情で、すこしくすぐったそうに身をよじった。
タバサは一言、「ありがとう」と告げ、キュルケは「いいのよ」とやさしい笑みで、親友を強く強く抱きしめた。
いつもどおりに、三人でお昼ご飯を一緒に食べて、三人そろって午後の授業に出て、……教師コルベールと、一緒に来たリュリュ嬢もまた、タバサとの再会を大いに喜んだ。

先日の問題解決のために、再びやってきたモンモランシーは、ちょっと気まずげに挨拶をした。
金髪の彼女は、惚れ薬の一件からこちら、ちょっぴりタバサのことが苦手なようである。

モンモランシーがおずおずと問うた、先日目撃した一件については……

「……ルイズは誤解されやすい行動をとる人間」

と、一日置いて出した結論らしきその一言で、あっさりと片がついたようだ。
……青髪の少女が、あの直後に事実を確認しようと王都にいるはずのギーシュのもとを訪ねて行き、会えずに空振りに終わったことは、内緒である。


そして―――

沈黙の凄腕弁護人タバサは、『全トリステイン・シエスタを守る会』の集会にて、驚くべき提案をした。

「文通! ……ああっ、確かに、いいかもしれないわね」と、頷くキュルケ。
「……そう、それなら、大きな危害もおよばずに、気持ちを伝えられる」

タバサは、ひと呼吸置いて……

「……ただし、ルイズの言葉は誤解されやすい。通訳が必要」と、冷静に条件をのべる。
「ああ、直接会わせることばかり考えて、すっかり忘れてたわ」と、モンモランシーは、以前自分とギーシュとの間にあったことを思い出していた。

以前より人付き合いに、あまり関心を示さなかった孤独な少女……そんなタバサから、効果の出そうな提案の出たことに、キュルケとモンモランシーは驚き喜んだものだ。
伝えられたルイズは、それはもう大いに張り切ったものである。

「ありがとう、頑張って書くわ……そうだ、こういうときこそ、とっておきの魔獣の血のインクを使うべき場面よね」
「ルイズやめて、いったいシエスタに何を召喚させるつもりなの!」と、モンモランシーがすかさず止める。

そしてルイズ・フランソワーズは、シエスタへの謝罪と、『寂しい、また仲良くしたい、お世話をしてほしい』という気持ちを、便箋の上につづる。
字は綺麗でも、文才もなく、話はまがりくねり、内容は宇宙の彼方へと銀河鉄道のごとく脱線し、大きなおっぱいを爆破したりとホラー小説も真っ青になってゆき、鼻血のあととか、どくどくゾンビ大決戦のクライマックスを経て、それでも素直に素直に、せっせと何枚も何枚も書いた。

友人たちは、それをシエスタへと渡す前の検閲をしたがった。しかし、ルイズが「みちゃだめ!」と怒ったことで、それは取り止めになる。
「ま、それがルイズの生のままの気持ちなんだから……受け止められるかどうかは、シエスタの体力精神力に任せるしかないわよね」と、キュルケは渋々許可をした。
満場一致で『通訳』に選出されたのは、白髪の少女の理解者の一人にして六千年の常識剣、デルフリンガーである。

「おう、俺っちにまかせときな、しっかりと通訳して誤解のないようにしてやるぜ」

頼もしい彼は、モンモランシーに背負われて、<ポータル>で王都へと飛んでいった……

―――……

……

手紙を受け取ったシエスタは、それはそれは喜んでくれたものである。
黒髪の彼女の心のうちにも、『いつかは、ミス・ヴァリエールときちんと向き合わなければならない』という気持ちも、あったらしい。

果たして、手紙の内容は……

『焼け落ちるシエスタのおうち、とっても綺麗だったわ……何度でも見たいくらい! あれは他の人のおうちじゃだめね、是非また見せてちょうだい!』

シエスタは十三回ほど泡を吹き、モンモランシーとデルフリンガーを何度も何度も慌てさせたという。
モンモランシーがどんなにフォローしても、デルフリンガーがどんなに通訳しても、ルイズ・フランソワーズの脳はそれをあざ笑うがごとくに、ハイエンドだったようだ。

『ツェルプストーがね、あなたがシエスタに優しくしようとすると、ますますシエスタがひどい目に会う、って言ってたから……戻ってきてくれたら、徹底的に厳しくしたげるつもりよ!』

ゼロのルイズの言動には、ただの『誤解されるようなもの』だけでなく、大型地雷のようにして、たまに誤解の斜め上をゆく、恐ろしい真実が混じっている。
剣士アニエスなどは、先日の地下へと潜水した一件で、それをよくよく実感したものだ。
つまり、とてもとても悲しいことに、たとえ誤解がなくとも……白髪の少女は、もはやどこか大切なところが、根底からしてズレているようなのであった。

……とうとう両親からタオルが投げ入れられ、『死の手紙』は丁寧に丁寧に、焼却処分されることになる。
シエスタはとうとう寝込んでしまい、それをきいたルイズは悲しくて悲しくて、人目もはばからずびいびいと泣いた。

「うわーん!」
「……失敗」

やはり、ルイズ同様に人付き合いの苦手なタバサである―――せっかくの提案は、上手くゆかなかったようだ。

「こんなとき、どういう顔をしていいのか解らない」

全くである。その日の間じゅう、雪風のタバサは少しだけ落ち込んだ様子を見せていたのだという。

そして翌日―――事態は、思わぬ展開を見せた。

玄関先のオープン・テラスにて、今後のことを相談していたキュルケとモンモランシーは、やってきた彼女を見て、飛び上がるようにして驚いたものだ。

「こんにちは、ご無沙汰しておりました……ミス・ヴァリエールはいらっしゃいますか?」

そこにいたのは、すこしやつれた様子で微笑む、黒髪の少女。
なんとシエスタ本人が、モンモランシーの借りていた部屋の<ポータル>をくぐり、『幽霊屋敷』へと乗り込んできたのである。
モンモランシーにとっては、パーティを組んでいた(同行の意思を確認した)ような気は、しないでもない、といったところだという。
昨日シエスタが、両親や従妹と交代で彼女の看病についていたモンモランシーと交わした会話―――

『いっそ学院に顔を出してみる?』
『そうですね、そのうち……』
『ルイ……いえ、あのルで始まってルで終わる名前の子も反省して、寂しがって悲しんでるわ、できたら会ってあげて欲しいんだけど』
『ルシフェル(堕天使)……!』
『ちがうちがう、ああもう、……その、ルイズが会いたがってるのよ』
『そうですか、……はい、たぶん、そのうち……』との会話が、それだったようだ。

いったいどんな心変わりがあったのか、とモンモランシーが問えば……

「やっぱり、わたしが頼んだことなんです……村のみんなの命を助けてくださった、そのお礼を、いまだにしていませんでした。これだけは、きちんと面と向かって、言わないと……」

黒髪の彼女は、夜中に目が覚めて、いろいろと考えをまとめ……そして昨日、ルイズのことを『白い悪魔』とだけ認識している父親が、せっかくルイズから届いた、自分への優しい気持ちのつまった手紙を焼いてしまったことを思い出し、深い深い悲しみを覚えたというのだ。
そして、「たとえ解り合えなくとも、根気強く向かい合おう」、という心を決めたシエスタは、とうとうルイズと再会を果たした。
ルイズはシエスタを見るなり、顔をくしゃくしゃとゆがめ、ばっ、と飛びついた。そして、叫ぶ―――

「シエスタ、ごめんね、ごめんね、会いたかった!」
「ああ、ミス・ヴァリエール……わた、わた、しも、……会いたかったです! 会って、ちゃんとお礼を、あ、あ、あり……」

言葉は、そこまでしか出てこなかった。白髪と黒髪の二人は抱き合って、しばらくわあわあと泣いていた。
デルフリンガーを持ってきたタバサ、そしてキュルケとモンモランシーは、安堵半分、どうなることかと不安にも思いつつ、もう運を天に任せるほかない、と覚悟を決めるのだった。
涙と鼻水をながししゃくりあげながら、ふるふると震えるルイズの背を、おなじく涙を流しつつ、シエスタはさすってやりながら―――

「―――わわわわたしのおうち焼いてくださいましてっ、本当にありがとうございましたーッ!!」

と、誰にとっても信じられないようなことを言った。

「うん、うん、何度だって焼いたげるわっ! シエスタのためなら好きな温度と焼き加減、お好みでトッピングもつけてっ! 百回でも二百回でもっ!!」

と答えるルイズの言葉も、ギャラリーたちにとっては、レベル7超脳力の仕業のごとくワケがわからない。

「あ、あなたが助けてくださった命です! ですから、こ、このたびはっ、いえ、今後のタルブに関しましては、どどど、どうか、このわたしの命ひとつだけで、どうかご勘弁をッ!」
「ほんと? 戻ってきてくれるの?」
「はいッ、喜んでっ! 戻るのは、休暇明けになりますが……また、よろしくお願いします!」

キュルケ、モンモランシー、そしてタバサには理解のできない、背筋の寒くなるような、前後の繋がらないかみ合わない会話が交わされていた。
実のところ……これ以上の故郷の村への、そして家族にたいするルイズの被害を防ぎ、最小限度に押さえるために、この日―――これまでは他人より陰で『生け贄』と呼ばれてきた黒髪の少女シエスタは、とうとう自らの意思で、真の人身御供となることを決意していたようである。

「なにこれ……」
「……ねえキュルケ、結局、こんな非常識なわけわかんないのが、あの子たち二人の関係だったのかもね」

今までのは徒労だったのかしら、と呆れるキュルケに、モンモランシーはちょっと疲れたように、母性すら感じさせる優しい笑みで、そう返した。
ひとは、どこで袖摺りあうか、どこで恨みを買うか、どんなきっかけで仲良くなるか、どんなきっかけで好きになるのか、複雑に絡まりあったココロとココロ、そのすべてを『利』や理詰めでは、決して図りえない―――それが『縁』というもののようだ。

「なあ、赤髪の嬢ちゃん……ひょっとしてお前さん、あの黒髪の娘っ子のことを、自分みてえな『常識人』だと思ってたのかね?」

デルフリンガーの一言に、キュルケはもう、ぐうの音も出せなかった。確かに、他から頭一つ飛びぬけたルイズを見ていたせいで、そう考えていたところもあるのかもしれない。
いっぽう、ゼロのルイズは、多段ロケットのブースターを切り離して火星まで飛びぬけんと加速に入るがごとくに、致命的な切り札を切ろうとしていた。

「そうだわ、シエスタに、渡さなきゃいけないものがあるの……それとね、ウフフ……もうひとつ、それとは別にプレゼントがあるのよ、はい、これ!」
「な、何でしょう」
「開けてみて、私のね、とっても大切な宝ものなのよ、……どんなにお金をだしても買えないものを、お詫びの気持ちとして……特別に、あなたにあげる……」

小さな箱が、シエスタへと手渡された。それを開いたシエスタは……

「まあ、指輪……ですか? 可愛い……」
「ありがと、そ、それはねっ……」

頬をほんのりと赤く染め、ルイズはシエスタの耳元へと、口を寄せた。

「しまったぁ(omfg)!! おい、あ、アレだけはガチでやばいぞ、止めろォ!」とデルフリンガーが叫んだ。

おすまし顔のモンモランシーはブーッと冷茶を噴出し、キュルケは胸の谷間より杖を取り出していたが、モンモランシーのアークティックにブラストした茶の直撃を顔面に受けた。タバサはすでに走りだしていた。

ああ、どうなってしまうのか―――!!






//// 28-10:【ルイズの大切な宝物:プライスレス:だって友だちなんだろう】

結論から言うと、タバサは間に合った。
シエスタが、その指輪にあしらわれた白い石のようなものの何たるかを知る前に、大切な白髪黒髪二人の友人の笑顔と心を守るために、速さに定評のあるクールビューティな雪風の少女、タバサは間に合ったのだ。

「えっ?」
「な、何すんのよ!」

シエスタは驚き、ルイズが叫び、無表情のタバサは奪い取ったそれを、ポケットの中にしまった。

「これは、わたしが貰う……ルイズ、いい?」
「!! ……あ、あなたが?」
「シエスタ……あなたには近いうちに、別の指輪をひとつあげる……どうか、これだけは、わたしに譲ってほしい」

それを聞いたルイズはなぜか、大きな衝撃を受けたかのように、はっ、と真顔になる。

「や、やだ、そ、そんなに欲しいの?」
「とても欲しい、心から欲しい、お願い」
「……なっ、なんで?」
「他でもない、あなたのだから」
「!!」

ルイズはびくりと硬直し、そのツヤも完全に消えた目を、大きく大きく見開いていった。

「……そそっ、そこまで言うなら……し、仕方ないわね……うう、べべべ、別にた、たたた、タバサにあげてもいい、いいいいわよ、ほっほホント仕方ないわ……」

あまりにも、様子がおかしい……しだいに照れるように頬をそめてゆき、口元はあわあわふにゃふにゃ、とうとう両手で顔をおさえ、もじもじとしはじめるルイズ。
いっぽう、シエスタのほうも、首をかしげつつも了承し……

「わ、わたしは、構いません、どうかこれは是非、ミス・タバサに……」
「ごめんなさいシエスタ、そ、そういうことでお願い……もう、タバサが、どーしても欲しいっていうから……ホント困った子だわ……」

タバサが居なければこの場で起こっていたであろう悪夢は、こうして未然のうちに防がれたのであった。

「そ、それ、大事にしなさいよお……ほ、欲しいっていうから、仕方なくあげたんだからねっ……すっす、捨てたり、他人にあげちゃったりしたら、承知しないんだからぁ……」

ルイズはタバサに向かってそう言って、両手で真っ赤な顔を覆ったまま、びゅーっと『幽霊屋敷』へと駆け込んでいってしまった。そろそろ体のほうも、ずいぶん元気になってきたようだ。




さて―――

その日の夜、……魔法学院女子生徒寮、キュルケ・フォン・ツェルプストーの部屋に集う、三人の少女の姿。
部屋の主キュルケ、その親友タバサ、そしてモンモランシーである。
三人の注目を浴びるのは、テーブルの上に広げられたハンケチ、その上に乗せられたひとつの指輪である。シンプルに可愛く、小さな白い石が、あしらわれている。

「これが、ルイズの『大切な宝物』なのね……ちょっと地味だけど、そこそこ、綺麗な指輪、かしら」

流行り物好きで審美にもうるさいキュルケが、感想を述べた。
あの小さな箱に入っていたのは、伝説の<ミョズニトニルン>ルイズ・フランソワーズが、かなりの手間をかけて作ったものなのであろう、それだった。
ゼロのルイズの騎士にして少女たちの盾、ほかの誰よりも頼りになる伝説の漢デルフリンガー曰く、「ワカラナイホウガイイ」。

「あんまりにも畏れ多すぎて俺っちの口からぁ言えねえよ……慎重に慎重に扱えよ、素手で触れるな、まあどうしても知りてえなら仕方ねえ、しっかり覚悟しとけよ。たぶん一人じゃあ耐えきれねえぜ……巻き物で調べたら、ソイツのガチ怖さが解らあね」ということだ。

「……ちょっとだけ、なんだか嫌な気分を覚えるわ」

と、水メイジのモンモランシーが、神妙な表情で言った。

「ねえキュルケ、他でもないルイズのことだし、やっぱりソレ、骨かなんかじゃないの?」
「ありうるけど……じゃあ何の骨なのよ、あの子にとっての、お金じゃ買えない『大切な宝物』って」

三人の背筋に、嫌な汗が伝う……キュルケの苦労人センサーは、まだまだ強烈に反応している。
誰もが不安に思う、そして今のところ最大の可能性は……「じ」で始まり、「つ」で終わる不吉な四文字の言葉……その二文字の間に「ん」と、「こ」が入る。

「調べる……覚悟して」
「オッケー、お願い、アー、始祖ブリミルよ、あたしに強いココロを……なむなむぅ……」
「……が、頑張るわ、こないだの、ホラ、『サイゴノキボウ(笑えない)』のこともあるし、その、あんまり頑張っていられる自信ないんだけど」

とうとう、クールなタバサが、サバトの開始、悪夢を覗くことを宣言する。友人二人はごくり、と喉をならした。異様な緊張感は、嫌がおうにも高まってゆく。
『識別のスクロール(Identify)』の、封がちぎられる……

「『調べよ』」と、タバサは低いながらも凛と透き通るような声で、口語呪文を唱えた。

ド ド ド ド ド……

そして、それが何たるかを知った三人は―――

みるみる青い顔になって口元をおさえ―――

腰を抜かすほどに、ドン退きする、ほかなかった。

たちまち後悔が襲い来る―――かつて狂人ザール(Zhar The Mad)は言った、<好奇心は猫を殺す>と―――ああ、どうしてわたしたちは、コレを調べてしまったんだろう!!

「ぴゃあーーっ!!」
「きゃーーっ!!」

モンモランシーとキュルケがどんがらと椅子から転げ落ちつつ叫んだ。タバサは眩暈がして床に座り込んだ。
三人が三人、いっせいに全身にぞぞぞぞっと鳥肌をたてていた。




- - -
ルイズの奥歯(Louise's Back Tooth)
ユニークアイテム:リング
装備必要条件:レベル3
-1 周囲の明るさ
+5 バイタリティ
+1 体力回復促進(Replenish Life)
+10% 耐毒物レジスト

ゼロのルイズによって製作された
友だちへの深い愛情が込められている
- - -

「いつも元気で、笑顔でいてね」という純粋なお祈りと、優しさの込められた指輪である。装飾控えめだが女の子らしいデザインも、悪くないといえないこともない。
ただひとつの問題は、モノがモノだということだ。
きっと猫にゃんだってショック死へとまっしぐら、もしコレをプレゼントされたのがシエスタであったなら、きっと彼女もマッシヴへとまっしぐらになってしまったにちがいない。

「なな、何でこんなのシエスタにあげようだなんて……」と、頭を抱えるキュルケ。
「ルイズはシエスタの大切な生家を焼いた、だから、……きっと、それと釣りあいの取れそうなものをあげようとした」と、タバサは推測する。

「ただ、……それが自分の奥歯というのは、わ、わたしにも予想外」

と、目じりに涙をたたえ、けっこう具合が悪そうでもある。

「キュルケさん、いまなんか大きな叫び声が聞こえましたけど、大丈夫ですかー」と、隣室に住まうリュリュ嬢が、ドアをノックした。
キュルケは慌てて、「だ、大丈夫ですわよー、なんでもありませんわー、ごめんなさい、おやすみなさいませー」と答えた。少なくとも大丈夫ではない。
いっぽう、これまでタバサのことをちょっぴり苦手に感じていたという、モンモランシーは……

「タバサ、ほんとグッジョブよ……ありがとう、ありがとう、あなたは貴族のカガミよ! 『全トリステイン・シエスタを守る会』を代表してお礼を言わせてもらうわ!」

ここにきてとうとう感極まって、目に涙をうかべて、青髪の彼女に抱きついて、何度も何度も感謝の気持ちを述べた。

「……えーと、どうしたものかしら」

そしてキュルケは、これを奪取する過程で、タバサがルイズに対して取った言動について、嫌な嫌な予感を覚えていた。

「ねえタバサ、あなたは、コレを大事にしなきゃだめなのよ、捨てても駄目、誰かにあげても駄目なのよ……」
「!!」
「あの子の、その、あ、……愛情? みたい、だし……っ」

微熱の少女はぺたんと座り込み、とうとうぐすぐすと泣き出してしまった。モンモランシーの表情も、たちまち真っ青の冷や汗だらだらになってゆく。
雪風の少女の青い目が、じわじわと真綿で首を締め付けられるようなすさまじい恐怖に、静かに静かに、大きく見開かれてゆく。

「どうしよう」

タバサは犠牲になったのだ。ああ、いったいこれから、どうなってしまうのか―――!!



さて―――

「もう笑いましょう」

と、ますますどういう顔をしていいのか解らない様子のタバサに向かって、キュルケがその危険物をもとの箱へと厳重に封印……いや仕舞い込みつつ、穏やかに言った。

「ヴァリエールはね、誰にも理解されないけれど、とっても優しくてピュアな子なのよ、そして可愛い子なの……あはっはは」
「そ、そうね、……わ、私も、あの子のことは、嫌いじゃないわ、うん、あの子は愛されるべき。他人に迷惑をかけない程度に幸せになって欲しいわ、あはは」

涙を浮かべつつも笑うキュルケに、モンモランシーが追従して笑い出した。呆れごとを言いつつも、間違いなくこの二人……そして、シエスタもタバサもリュリュも……『幽霊屋敷』に集う皆が、ルイズ・フランソワーズのことを体を張って理解しようとしてくれている、優しくかけがえのない友人たちのようであった。

「あの子はいい子だからね、『みんな一緒にずっと笑顔で』って誓いをね、だ、誰よりも一途に、追いもとめてくれてるのよ、だから笑いましょう、あっはっは」
「解ったわキュルケ、『誰よりも優しい子だった、こんなことをするはずがない』ってね、ああん、そのまんまじゃないのよう、あはははっ」

モンモランシーの笑えないジョークに、キュルケは泣き笑いしながらも、もう生きているうちには二度と手に入らないであろう、亡きタルブ村の特上ヴィンテージ・ワインの栓を、すぽーんと開けた。

「ほら、飲んで飲んで」
「わあ、キュルケってば太っ腹ね……あら失礼、あなたのウエストは、素敵に締まっていらっしゃるわ」
「ダンケ、モンモランシーも、すらりと綺麗な体のラインしてるわよね……ほら、タバサも、グラス出して、笑って笑って」
「……」

涙目のタバサは二人にほっぺをむにむにとされ、無理矢理に笑顔のようなものを作らされた。キュルケが音頭を取る。

「あの子たちの幸せに、みんなの笑顔に、乾杯!」
「乾杯!」
「……乾杯」

この先どうなってしまうのかは解らないけれども、彼女たちはきっと、どんな困難に立ち会おうとも、ずっと互いに支えあいながら、『笑顔の誓い』を全力で守ってゆくにちがいない。

「あっ、このワイン、アニエスへのプレゼントにしようと思ってたのに、忘れてたわ。あらどうしましょう、あはは」
「忘れましょう、そして笑いましょうキュルケ、にーっ」
「にーっ、ほらほら、タバサも可愛く笑って、にーっ」

そして宴は、途中うるさくて眠れないと文句を言いに来たリュリュ嬢……(※美食家:ワインを見たとたん目を丸くしてたちまち陥落)までをも巻き込んで、夜明けまで続いたのだそうな。



……

黒髪の少女シエスタは、気持ちを整理したこと、ルイズと再会して気持ちを伝え合ったこと、『ナイトさん人形』が無事に戻ってきたこと、そして周囲の優しく根強い説得により、もう無理な筋トレをするようなことは無くなったのだという。
あまりに厳しすぎる装備条件のせいで、この国でも誰一人装備できないであろう『最後の希望』は、きっと黒髪の少女の生涯をともにありつつも、また静かに静かに、置物としての運命を受け入れ続けてゆくことになるのだろう。

獅子奮迅の活躍をした『全トリステイン・シエスタを守る会』は、こうして見事に『シエスタのハイパー化阻止』というレベルSミッションを、大成功のうちに終えたのだそうな。







//// 28-11:【Mi・Light-Quest Completed:おめでとう:愛と友情の爆発オチ】

『幽霊屋敷』の仲間たちをふくむ、内輪で行われるアニエスへのお祝いパーティは、シエスタの厚意によって、なんと『魅惑の妖精亭』にて行われる運びとなった。

―――だが、それがいけなかった。

仕方のないことなのかもしれない……もともと貸切を予約していた、とあるアニエス行きつけの居酒屋を経営していた家族が、このたびタルブワインの値段の爆発的高騰と重税に耐えかねて、夜逃げしてしまったらしいのだから。
不当な重税を課していると噂の役人チュレンヌの名が、『幽霊屋敷』に集う一同の脳裏に刻まれた……彼がこの先生きのこれる人間なのかどうか、それともきのこ人間にされるのかどうかについては、また別の話である。

もともとは休店日の予定の日、警備の都合上の貸しきりには、非常に都合がよい。
本日はなんとスペシャルゲスト、お忍びにて、戴冠をひかえしアンリエッタ王女殿下とマザリーニ枢機卿、この国のトップ二人が参加しているのだ。
首輪と鎖と犬耳のついた白髪の少女、ゼロのルイズも大人しく、宴もたけなわである。
マッチョにダンディーなオカマというインパクトばつぐんの店長スカロン氏、および店の可愛い女の子たちは、張り切って給仕をしている。
当初、スタッフの女の子たち数人は、とつぜん休店日に呼び出されて戸惑い、あまりにあんまりなスペシャルゲストに腰を抜かし、またルイズを見るなりぶるぶると怯えていたけれども、店長が平気そうなので、なんとか頑張れているらしい。

「そーれっ、トレビヤン!」
「うふふふ、トレビヤン! ほら、デルりんも一緒に!」
「……とれびやーん……もう勘弁してくれよう」

ゼロのルイズとスカロン氏は、出会った当初より、妙に意気投合している。まるで妖怪コンビのようだ。
たちまち彼へと懐いてしまったルイズ曰く、「素敵! こんなに清らかで自然な運命の流れに生きる人、これまで出会ったことがないわ!」だそうだ。少なくとも、只者ではないらしい。
従姉シエスタのために、これまではルイズを敵視していた黒髪のジェシカ嬢は、やさしい父親の『人を見る目』を信じることにしたらしい。

「なにかこのお店で問題を起こしたら、相手が貴族であろうと、パパの『ばくれつけん(Exploding Palm)』が炸裂するからね、そのつもりで楽しんで」

と、ルイズに怖い笑顔で釘を刺していた。『反省してます、大人しくします』との意思の表明なのだろう、犬耳首輪のルイズは「心にとめますわん」と神妙に答えた。
彼女はひとりのネクロマンサー、べつに人間と比べてその他の生物を卑下しているわけではない。ただ人間に大人しく従う身近な動物のイメージが、犬だったらしい。
キュルケとタバサは呆れ顔、シエスタは「なんだかちょっと可愛らしいですね」と笑顔、モンモランシーとギーシュも笑顔を見せ、質の良い美味しい料理を前にリュリュ嬢も満面の笑顔、若く美人の奥さんを連れてきた疾風のギトーも不気味な笑顔だ。
フレイムやヴェルダンデ、人間バージョンのシルフィードが、ごちそうを振舞われている。
謎のイタチのような生き物が十匹ほど、ルイズとともにクックベリーパイの山へとまっしぐらに挑んでいる。

「もう、ルイズってば、ほんと子犬みたいね」
「彼女はネコのほうが似合うと思う」

モンモランシーの感想に、タバサが静かに答えた。
シルフィードが「じゃあおねえさまがタチなのね」とぶっちぎりに危険すぎることを言い、タバサは首をかしげ、キュルケも意外にも解らなかったらしいが、アンリエッタとモンモランシーが真っ赤になって顔を覆った。
枢機卿と歓談するオスマン老人が、スタイルの良い女の子にチップを山積みにしつつ、「あまり見栄えのせんコンビじゃの」と言った。

先日の、いっそ火竜山脈の火口へと投げ込んでしまいたい『あの指輪』に関する一件よりこちら、ルイズ・フランソワーズは、雪風のタバサとちょっぴり不自然に距離を置いている。
キュルケには解る。あれは何かを微妙に意識していて、気まずいのだ。いつかニューカッスルの一件の前にも、いちどあの状態のルイズを見たことがある。
だがそれを指摘するのは、地雷原に足を踏み入れるようなもの。何をされるか解らないので、冗談でも口には出せないのだが。

(あたしとは何度気まずくなっても、すぐ元に戻るのに……いったい何なのかしら、この違いって……)

キュルケは雪風の少女のことを心配に思い、やきもきした気分である。
いっぽうマッスルインパクトオカマ、国のツートップ、犬耳ルイズ、突如動き出す料理のイワシの骨、都市伝説にして学院七不思議のひとつギトーの美人妻、リュリュの抱える動く人体模型、おめかししてドレス姿のアニエスなどと信じられぬものばかりを見てしまったレイナール少年は、女の子にかこまれ、静かに緊張しつつ、もはやお酒の味も解らないようだ。彼に頼み込んでついてこさせてもらったマリコルヌ少年は、ここが天国かと夢心地のようだ。
レイナール少年はキュルケと親しくアニエスとも知り合いだし、マリコルヌも先日『危険な状態だったルイズを助けてくれた』ということから、このたび参加を許されたのだという。

酔ったギーシュは、同性の級友二人へと盛大に自慢話をしつつ、モグラのヴェルダンデをひたすらに愛でている……もうこの店にいるのは顔なじみの女の子たちだ、モンモランシーへの配慮もあることだろうし、勲章を自慢する相手も、もはやこの辺りには見つからなくなってしまったことも、あるのだろう。
隅っこのほうでは、キュルケへの配慮でアニエスに招待されたジャン・コルベールが、ひとり静かに酒をたしなんでいる。

「……本心を言えばな、シュヴァリエの叙勲についても、辞退しようと思っていた」

パーティの主役アニエスは、いつもと雰囲気のまるっきり違う女性らしいドレスに身を包んでおり、それをプレゼントしてくれた赤髪の少女へと、そうしみじみと語った。
即位後の女王直属の、新設近衛部隊の隊長として、王女直々に就任を請われ、迷っているのだという。

「あらどうして? この国の平民なら普通、一生に一度もないはずの、名誉なことなのに」
「もうあの一日だけで、一生分戦った気がしないでもないからな……いっときは、今回の褒賞で海沿いの土地でも買って、若隠居しようとまで考えていたよ」
「……ま、確かに、それも素敵だけどね……ところで、誰かと恋愛はなさらないの? こないだの竜騎士のお兄さまなんて、カッコよかったじゃないのよ」
「火メイジは好かん」
「あら、そう、勿体無いわね」

並んで座る火メイジのキュルケと、剣士アニエスは、いつのまにかお互いに、心からの親しい友人となりつつあったらしい。
そしてあの事変以来、アニエスの抱える『燃え尽き症候群』は、ちょっぴり深刻なようでもあった。
……彼女が胸のうちに秘めた、復讐心については……王女アンリエッタに対しても、内緒にしていたのであった。
それを打ち明けた相手は―――戦闘中に聞かれ、口外せぬと誓ってくれたあの竜騎士は別として―――当事者にして詳細を知るコルベールと、あまり詳しく知らぬルイズ・フランソワーズ……そしてアニエスが自分から打ち明けて相談に乗ってもらったキュルケ・フォン・ツェルプストー嬢の、たった三人だけである。

「誕生日とは言ってもな、本当のところはわからぬ、自分で勝手に決めた日だというのに……こうして祝われてみると、感慨深いものだ」

アニエスはふふっ、と笑って、宴を楽しむ一同を見渡した。

「生きていて、良かった……当分ホネにはなりなくないな、私は幸せものだよ」
「そうね、生き延びておめでとう、また宜しくね」

キュルケとグラスを打ち合わせ、優しく微笑みあった。
マザリーニ枢機卿は人間型シルフィードに「おじいちゃん」とまとわりつかれ、「実は私の年齢はですね……」と衝撃の真実を告げたのだが、王女を含めだれひとり、信じるものはいなかったそうな。

集った皆から、アニエスへのプレゼントが渡されることとなった。
代表は、アンリエッタ王女だ。スカロン氏とゼロのルイズの共謀により、魅力を高めるマジックアイテム『魅惑のビスチェ(イシリアル)』を身につけている。誰もが、ルイズの<ミョズニトニルン>の力で最大限に増幅されたその輝かんばかりの可憐さ美しさに、息を呑んだ。見とれるギーシュ少年の足を、モンモランシーが踏みつけた。
まごうことなくこの国でいちばんの可憐さをそなえたアンリエッタによって、アニエスへとプレゼントの目録が手渡され、ねぎらいの言葉がかけられた。
雪風のタバサは、眼鏡の奥の青い目から、アニエスへの花束(植物の生殖器束)を手渡すルイズのほうを、じぃーっと見ていた。彼女はひょっとするとマリコルヌ少年とおなじく、今は王女の装備しているそのビスチェを装備した妖しく美しいゼロのルイズの姿を、脳内に思い描いてみたりもしているのかもしれない。
アニエスは照れて頬を染め、涙ぐみ、皆へと鼻声で心からの感謝の言葉を告げた。皆が盛大に拍手をした。このとき、皆がたしかに幸せで―――皆がたしかに、笑顔だった。

―――のちに、貴族の少女ルイズ・フランソワーズは、『実はあの時になってようやく、ひとつの勝利を実感できたのよね』、と、胸のうちを友人に語ったのだという。

キュルケは、「そういえば、ルイズからのアニエスへのプレゼント、検閲してなかったわ……」と呟き、モンモランシーともども真っ青になった。


さて―――

「ちょ、シエスタ、あんたお酒飲んじゃったの?」

ジェシカの悲鳴が聞こえた。

「ああ、なんてこと!」
「信じられない! シエスタにお酒飲ませたの誰よ!」
「わ、わたくしです……」

モンモランシーとジェシカが額に青筋をたてて怒鳴ったが、アンリエッタ王女が手をあげていたので絶望した。ついでに世の中にも絶望した。
そこから先は、さあ、もはや見えている破滅へのカウントダウンだ。キュルケのガイガー苦労人カウンターの針が、びきびきびきと振り切って、たちまちレッドゾーンへと突入してゆく。

「ミス・ヴァリエールぅ……みんな優しくて……わたし、やっぱり、幸せです……お金のことも、ナイトさんのことも、ありがとうございます……」

ぐでんぐでんに酔ったシエスタは、黒髪剣士人形(検閲修正済)を抱きしめて、もはやタコのようにぐにゃぐにゃと、ルイズへと繰り返し礼を言っていたのだが―――

「ウフフフ、このお店、もうすぐ壊滅するわ」

王女とシエスタに飲まされてスイッチの入ったにやにやルイズの一言で、地獄への片道切符が切られた。
無表情のままドリンクを口からだばだばとこぼすタバサ、愕然とするキュルケとギーシュとモンモランシー、もはや台無しとなった大事な大事なパーティに、とうとうしくしくと泣き始めてしまう可哀想なアニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン(予定)。
真っ青になったシエスタはおぼつかない足取りで走り出して、ぶつかったテーブルをひっくり返した。どんがらがしゃん。
酔ってちょっぴりヒトダマもはみ出した、白髪の薄気味悪い少女、ゼロのルイズは止まらない。

「爆発するのよ」

ド ド ド ド ド―――

たちまち凍りつく空気、警備のものたちに危機を告げてから、「御代はいずれ必ず」とポータルで脱出するロイヤルゲスト二人。
ギトーは妻をお姫さま抱っこで連れて風のように去り、青い顔のモンモランシーとギーシュは、しっかりとオプションの黒髪人形と『サイゴノキボウ』も忘れずに、シエスタを運びだす。
キュルケは、泣いて座り込むアニエスをあやしつつ立たせてひっぱってゆき、女の子たちは硬直し、レイナールとマリコルヌは呆然と立ち尽くしている。

「逃げて、大至急……命が惜しければ」

雪風のタバサが言い、コルベール、ギトーの『遍在』と協力し、厨房のものやフロアの女の子たちを外へと逃がし始める。本日は貸切り、階上に宿泊客は居ない。
アニエスへのプレゼントの山を、レイナールとマリコルヌに『レビテーション』で運ぶように指示する……お気に入りの料理の大皿を数枚ほど器用に抱えているあたり、もうタバサもこういうことには慣れつつあるようだ。
使い魔や幻獣たちが出てゆき、外にいた警備の方々が、ぞろぞろとなだれ込んでくる。

「な、何よ、何をするつもりなのよルイズちゃん!」

慌てた店長のスカロン氏が、オカマ言葉でルイズへと問い詰め……ルイズは警備兵のひとりをすっと指差した。
これら警備兵は、ワルド子爵による誘拐の一件のあと、王女の身辺警護を強化するために新設されていた、女性メイジで構成された一団のようである。

「私に聞かれても、解りませんわ……その質問は、そこにいる……誰だっけ……」

指差された女性警備兵は、びくりと震え……オスマン老人が、こほんと咳払いをひとつ。さわさわ、とセクハラをし……

「おお、この尻のさわり心地は、ミス・ロングビル! 間違いないぞい。元気だったかね? 優秀な秘書のおぬしが逮捕されてから、執務が大変でのう」
「―――『土くれのフーケ』ッ!!」

警備のメイジたちの杖が、いっせいに慌てるそいつへと向けられた。
どこかの勢力から依頼でも受けたのか、ここ最近は妙に金になるトリステインの国家機密を調査しようと、この国上層部のリッシュモン卿か誰かの手引きにより、王女の警備隊に紛れ込んでいたようだ。高度な変身魔法を秘めた希少なマジックアイテムかなにかで顔を変えていた、もと盗賊『土くれのフーケ』である……とはいえ、どんなに顔を別人へと変えていても、ぞろぞろと連れていた同じ顔ぶれの幽霊さんたち、およびお尻の弾力までは、ごまかせなかったらしい。

「杖を捨てて手をあげろ!」
「な、何てこった……身元の偽造も変装も完璧だったのに、どうしてだ、何故バレた!」
「その尻がいかんのじゃよ、尻が。いかんいかん、まったくもって、トレビヤン……いや、けしからん尻じゃのう」

オスマン氏が余計な一言。
曲者は額に青筋をたてて、みるみる巨大なゴーレムを製造し、逃走劇をはじめる……放り投げるのは、このたび新しく拓かれた鉱山から盗んだものらしき、コルベール製の炸薬『ハジけるヘビくん』。
盛大に悲鳴を上げ、慌てて脱出する一同、および警備メイジたち。
花の王都トリスタニア、都会のオアシス『魅惑の妖精亭』は、ああ、ああ―――どうなってしまうのか!!

再び刻の涙をだらだら流し、声をそろえて絶叫する、シエスタとモンモランシー……『ら、らめえぇええぇえぇええ!!』

ず ど ど どどぉ ……


その頃、ラ・ロシェール軍港の執務室において、トリステイン空軍の長ラ・ラメー氏が、たった今誰かに呼ばれたような気がして辺りを見回したが、やはり気のせいであったと思いなおし、ふたたび書類へと目を落とすのであった。



さて―――

結局フーケは逃げきって、会場の『物理的お開き』とともに、宴は終わり……
「ま、明日があるさ」というデルフリンガーは、フレイムが運び出してくれなければ、今ごろ*がれきのなかにいる*ところだったろう。

「ああ……ジェシカのおうちが、叔父さんのお店が……あはははっ……どうしよう……わ、わたしのせい、これ、わたしのせいですよね……」

トレビヤンに半壊した『魅惑の妖精亭』を指差して、シエスタは死んだような目でぷるぷる震え泣き大笑いをしていた。
呆然と口をあけるスカロン氏とジェシカ嬢、抱き合って泣く女の子たち、ひきつった笑顔で立ち尽くす一同、衝撃のマリコルヌ。何だ何だと集まってくる野次馬たち。

泣きながら大笑いをしていたシエスタは―――やがて「はっく」と呻いたあと、そっと地面によこたわり、そのまま安らかに安らかに……静かに、動かなくなった。
きっと起きたら何もかもが元に戻っている、ただの怖い怖い夢であると、信じていたいのだろう。モンモランシーが血相をかえて、駆け寄ってゆく……
リュリュ嬢におんぶされ、うつらうつらと幸せそうに、夢うつつで船をこいでいるルイズは、シエスタを指差して―――

「ミスタ・コルベール、……シエスタ、壊れやすいです」

と、言ったそうな。教師コルベールはリュリュ嬢の大事な人体模型を抱えつつ、どうしてよいのか解らず、もう途方に暮れるほかなかった。
タバサは無言で、持ち出した料理をフォークでもぐもぐと口に運びながら、ときどきルイズの安らかな寝顔を見ている……タバサもまた、祝い酒に酔っているのだ。

「あーもう、だめだわ、こりゃ……さあ、さっそく次の人生目標に目を向けましょう!」

そんな風に、キュルケがせいいっぱいに明るく、皆へと励ましの言葉をかけたのだという―――「もうなんか、生き延びてすまん」と泣き崩れるアニエスの肩に、手を置いてやりながら。
ここにいる一同はみな、夢と希望と子犬を胸に、きっと誰もが笑顔となれるアカルイミライに向けて、力強く歩んでゆくことだろう……ぜったいそうに、ちがいない。


―――皆の助力によって、一週間という早さでリニューアルオープンした『魅惑の妖精亭』は、『世界最強の癒し系姫殿下がお忍びで来店し爆発したお店』として広く知れ渡り、なぜか前にも増して大いに繁盛するようになったとか。

めでたし、めでたし。

//// 【夏休み劇場版大長編ド・グらもん:ゼロの死人占い師タルブ編『ぼく、モンモランシーのなんなのさ』(了):次回へと続く】

- - -


『最後の希望(RW Last Wish)』=ゴルディオンハンマー的なもの。
イベント魔王三匹(通常ラスボスよりはるかに強い、ゲーム中最強ボス)を高笑いしながら収穫するための武器です。

※2010年8月10日、まことに勝手ながら、本文の一部を修正改訂させていただきました。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.06269383430481