<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[12668] その27:炎、あなたがここにいてほしい
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:b582cd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/05 14:56
//// 27-1:【特番ドキュメント『ハヴィランド遺跡ものがたり』(Necro Honehone Kyoukaiスペシャル)】

トリステイン魔法学院、コルベールとリュリュの待つ『幽霊屋敷』の裏側……

聖域探索チームのルイズ、アニエス、そして竜騎士の男性が、<ポータル>より転げるかのようにして吐き出されてきた。
彼が通れたということは、『パーティ編成組み換え』が可能となる時間のやってくるのも、どうにか間に合ったようである。
一同涙目で、ほっと胸をなでおろす。必要な時間については最低限で二十四時間、ときにそれ以上長くかからないとも、限らなかったからだ。

白髪の少女は、夜空から一転して降り注ぐ太陽の光に一気に虹彩(こうさい)を縮め、眩しそうに目を細めながら青ざめた顔で、消えてゆく<ポータル>を見つめる。
そして抱えていた『帽子』を置き、震える手で、腫れてきた頬をおさえ、口元からながれる血をぬぐった。行儀悪く、血の混じったつばをはく……ぺっぺ、ぺっぺ。
ようやく、ポーションを飲み下す。怪我が怪我だけに、出血が止まるまでには、ちょっぴり時間がかかるだろう。

そして、ゼロのルイズは炎のゴーレム……だけでなく、剣と盾や戦鎌を手にした大量のゴート・スケルトンたちを、ぞろぞろと引き連れてきている。
すわ何事か、と真っ青な表情のコルベールは、さっき研究室より取ってきた予備の杖をかまえており、リュリュは『帽子』をみたとたん椅子をひっくりかえして頭を打って気絶した。

「な、ななな、な」
「ただいま、ごきげんようミスタ」
「いや待て、そ、それ動いてるのは、骨、ほほ、骨ではないか」
「この子たちは私の操る、心優しいガーゴイルさんたちですわ、ご安心ください」

放心したように土の上でぺたりと女の子座りをしていたルイズがそう言うと、コルベールは冷や汗をながしつつも杖を降ろす。
虚ろな目の竜騎士のお兄さんが、「そうだ、こいつらはガーゴイル、ガーゴイル、そうだガーゴイルだったよな」……と、呟きはじめた。
死にそうなアニエスが「私には最初から、ガーゴイルのようにしか見えておりませぬ」と返す。

「なんと、血が! ああ、きみは怪我をしている! 大丈夫かね」
「かすり傷です、ご心配なく……ポーションで治療可能な範囲です」

ルイズは頬をおさえ、波打つ刃に切れ込みの入ってしまった毒の短剣を眺めながら、ぽつりと呟く。
意表をつくために、飛び道具は使えなかった。腕一本くらいは持っていかれるかと想定していたところを、奥歯一本で済んだだけ、幸せだったのかもしれない。

「はあ……あの王様ってば、ほんと最低……女の子の首に鎖をつけて引っ張るだなんて、変態! 変態!」

苦労人も板についてきた剣士の女性は「待て、それはあなたが自分でつけた鎖だろう」と律儀に突っ込んだあと、がっくりと地面に体全体でつっぷして、もう動かない。
いっぽう流され体質の竜騎士の男性は、呆然と宙をみつめて力なく座り込んでいる。
幽霊が苦手な雪風の少女は、ここにいない。

「ミス・タバサの姿が見えないが?」
「……ああ、タバサ、置いてきちゃった……」

ルイズは自分自身の怪我よりも、もっと重大なことを思い出したらしい。
ぴゅーっと『幽霊屋敷』の裏庭に面した窓から中へと飛び込んでゆき、司教の眠る棺おけへとすがりつく。

「司教さま、……どうしよう大丈夫かしら、タバサ置いてきちゃった……ほっぺいたい、怖かった……」

じゅうたんに血をぽたぽたと涙をぽろぽろとこぼしながら、少女はうつろな目で幼子のようにがくがくと震えていた。
怪我をした頬よりも、いまは胸の奥のほうが痛んで痛んで仕方が無いのかもしれない。
そして、悪魔相手ではなく『敵にまわしてはいけない人間』と戦ったことも、どれだけ恐ろしいことだったろうか……他の人には想像も出来ぬ恐怖が、あったにちがいない。

コルベールとアニエスが窓枠を乗り越えてやってきて、少女が落ち着くまで介抱し、背をさすったり、慰めたりしてやるのだった。

雪風のタバサとあの場で別れざるを得ないことは、解りきっていたはずだった。
それでもいつもいっしょにいた彼女には、納得できない気持ちがやはり、湧いてきてしまうようだ。

これから先のトリステイン王国の戦いに、微妙すぎる立場にいる、あのガリア騎士の少女は参加できない……
もし王の目の前でルイズを追って<ポータル>を潜ってしまえば、その後のいかなる申し開きも効かなくなってしまったことだろう。
なので青髪の彼女は、ガリア王と鉢合わせてしまった時点から、あの場に残ることを決めていたようだ。

敵味方を判別するオーラ<ホーリー・ファイア>に焼かれたのは、彼女が確かにあの時、自身の意思で敵パーティに所属(Hostile)していたからだ。
ひょっとすると、ガリア側が今後ルイズに手出しできないよう説得したり、納得してもらうために、あの場に残ってくれたのかもしれない。
今はただ、大丈夫だと信じ、またすぐに無事に戻ってきてくれることを祈るほかない。

ルイズ・フランソワーズにとって、雪風のタバサは、そばにいてくれることがかけがえのない日常となっている、大切な大切な友だちだ。

「……なんにせよ無事でよかった、ミス・ヴァリエール……状況は、上手くいっているのかね」

リュリュ嬢に薬を飲ませて棺おけのなかに安置し、コルベールは『青と金の帽子』に手を合わせてから、そう問うた。

「ありがとうございます、おかげさまで一定の成果が出ておりますわ」
「それは結構……ところで! 裏庭のアレら……よく見せてもらってもよいかね」
「ええ、お好きなように」

少女のしているごつい猛獣用首輪に一言も触れようとしない中年教師を、アニエスは『流石だ……』と思ったとか。
かたかたと笑うスケルトン軍団を、少し青い顔をしながらも眼鏡をずりあげつつ、その奥の瞳もギラギラとじっくりと観察するコルベール。
ぺたぺたと触ったり、匂いの生臭さに顔をしかめてみたり、ディテクトマジックをかけてみたり。他と様子の違う<スケルタル・メイジ>に首をかしげたり。

「素材は外見のとおりの骨のようだが……、ああ、素晴らしい、見たこともない技術だ……どんな力がどう働いているのか、全く解らない。いったいいつのまに、どうやってこしらえたのかね?」
「それは……努力と勝利と友情で」

窓枠へとアンニュイに頬杖をつきながら、ルイズは答えた。それであながち間違ってもいないらしい……順番的な意味でも。
コルベールは「ほう、ほほう、それは良いことだ」と返し、続いてファイア・ゴーレムへと向かう。

「こちらの情熱的なゴーレムは、ほんとうにミス・ヴァリエールが作ったのかね、うむ素晴らしい、見たまえ、なんと格好良いことか! うわっ、あちちちち!」
「ええ、お熱いので火傷しないようにお気をつけくださいませ、なにしろミスタよりご教授いただいた、100%の情熱で出来ておりますので……さぁて」

裏庭に出てきて、両手を青空に突きあげて干し首盾をゆらし、背筋をぐーっと伸ばし……

「んっ、んっ! さあ時間がないわ、立ってくださいな二人とも! 準備して、行くわよ! ウフフフ……アルビオンの[ピー]連中に、地獄を見せてやりに行きましょう!」

と二人に向かって言った。
骨の軍団がいっせいに笑う……カタ、カタ、カタ、カタ……
アニエスと竜騎士の彼は呆れるほかない―――ああ、もう自分たち二人は、充分地獄を見たというのに、まだこの先があるというのか!!

「あなた『地下水』っていう名前なのね……ハヴィランド宮殿に連れて行ってもらうわよ! さもなくば……って、まあ反対意見はあっても聞いたげないけれど」
『……ぐぎぎぎぎ』
「ウフフフフ……伝説の<始祖のルーン>を、舐めないでちょうだい!!」

勝ち誇る少女にたいし、ナイフ<地下水>は罵詈雑言を投げつける。

『地獄に堕ちやがれビッチ! まな板! つるつる先っぽさくらんぼ! お前の母ちゃんウルトラリスク(Ultralisk)!』
「………」

笑顔のまま、たちまち目のツヤだけが消えてゆき、押し黙るゼロのルイズ。
ああ、『彼』の運命はいかに!

さて、予想されうる大冒険は……

1.海底二万マイル(深度的な意味で)
2.80日間世界一周(周回軌道的な意味で)
3.地底旅行(火竜山脈の溶岩的な意味で)

いったいどうなってしまうのか―――!!

「そーれっ!」
『うわっ、何しやが』

答えは4、ヤバい<キューブ>にIN!!
……そして……宝石の欠片とマナ・ポーションを放り込み、ルーンを通常の三倍ほど煌々と輝かせ、かちゃかちゃかちゃ、ぽーん!! できたわうふふ……
異次元ボックスより取り出されたナイフが、自己紹介をする―――


『やあ、ボクは森の湧き水のようにきれいなもと暗殺者、<地上のおいしい水>ッテイウンダヨ!!』


あまりにびっくりどっきりな出来事に、デルフリンガーはドン退きするほかない……「……マジおっかねェ……」と消えさりそうな声で呟く。
『よろしくそこの長剣のキミ、これからボクたち同僚ダネ! 友だちにナロウヨ!』と挨拶されたが、古い剣はもう、言葉を返してやることができなかった。
インテリジェンス・アイテムの人格改造などが可能だとすると、彼にとっては『自分が知らぬうちにそうされていなかった保証も無い』という切実かつ峰(みね)の寒くなるような問題が露見し、アイデンティティ崩壊の危機へと容赦なく突き落とされてしまうからだ。

「……ああ元気かなあ武器屋のオッサン……俺っち、いまなら胸をはってあそこを我が家だと言っていいのになあ……胸なんてねえがよう」
『冗談だ、真に受けるな』、と<地下水>が突如声色を戻してそう言う。
「ちょ」

どうやら、本当にいまのは冗談だったらしい。
こんな状況で冗談など……やけに余裕ありそうな態度だが、ゼロのルイズに知能でもやられたのだろうか、とデルフリンガーは想像していたのだが……
可哀想に、この国でいちばんやばいやつの捕虜となってしまったインテリジェンス・ナイフにとっては、いっさいの余裕もなかったようである。

『……なあ、そこの同胞よ……いいか? おれはな、たった今な、自分の身に何をされたのか、これっぽっちも解らねえんだ……せめて笑ってくれよ、この哀れなピエロの体を張ったジョークをよう、なあ頼むから……』
「なんだか、すまん……」
『謝るな、笑えよ……』

他人ごとでないデルフリンガーがそんな彼の期待に応えてやれなかったのは、言うまでもない。
ルイズはポーションの小瓶片手に、遠慮なく中毒患者のようにけらけらと笑い、もはや精神的に疲れきった剣士アニエスはなかば絶望的な表情をしている。

「おい、結局私たち三人だけで救出に行くつもりなのか、やはり無謀すぎる、今すぐ考えなおしてくれ」
「三人だけじゃないわよ、ほら強くて立派なスケルトンちゃんたちが、こんなに沢山いるじゃないの……良かったわね、みんなアニエスとお友だちになりたいみたいよ」

ケタ、ケタ、カタ、カタ……

いつも手をかえ品をかえ、アニエスへと『骨になれ』的な意味のことをついつい言ってしまうルイズである。
ばたん、とふたたび地面へとうつぶせに突っ伏した剣士の女性は、顔だけを少女に向けて問いかける。

「……なあミス、あなたはそこまでして私の骨が見たいのか?」

そして少女は、横たわるアニエスのしなやかで女性らしい体のライン、背中や腰やおしりやふとももをじいーっとみつめ、頬を赤く染めて答える。

「……んーっ……うん……見てみたいわ、……ねえ、この辺ちょっぴり切開していい?」
「待て、そんな可愛く言っても無理だ! ええい触るな、ひざの裏の筋をこりこりするな、駄目なものは駄目だあっ!」

そんなほほえましい光景を、苦笑しつつ見ている若い竜騎士の彼が、自分もすでに否応なくこれからの突入メンバーに勘定されていることに気づいて愕然とするまで、あと五分。

「うんしょ……お兄さまお兄さま、こういうの、使ったことありませんか?」
「何だ、これは……でかいな、クロスボウか? いや、さすがにこんなものの使い方の訓練なんて、受けていない」
「そう、残念……これは、『ブリザード・キャノン(Buriza-do Kyanon)』っていうのです」

あと二秒。

―――



そこから先は―――

アルビオン首都ロンディニウム、皇帝の住まうハヴィランド宮殿の様子を、お伝えしよう。

突如宮殿の地下からぞろぞろと湧き出してくる、おぞましきスケルトンの軍団が発見され、上へ下への大騒ぎである。
ダンジョン探索にお約束の『階段』など、ゼロのルイズは使わない―――ズドドドーン!!
地下室の部屋の天井にしかけられて炸裂するは、コルベール謹製の『ハジけるヘビ君Ver.5』。まったくもって文字通り、道なき道を切り開き、止まることなく突き進むのだ。

「―――『ボーン・ウォール(骨の壁召喚)』!! さあ足場が出来たわ、芸術性もばっちり、そこらの彫刻も目じゃないわ! みんな登りましょう!!」

宮殿の者たちは大パニックだ。優雅に午後の茶会を楽しんでいたやんごとなき貴族の女性たちは、金切り声をあげて逃げまどう。
無理もない、地下二階から直接天井に穴をぶち抜き、そのまた天井へと床を突き破って、突如不気味な骨たちが出現し、いっせいに笑い出したのだから。

かたかた……かたかた……けたけた……かたかた……

骨の戦士たちは、片手に白い盾……それも、ご丁寧に作られたときから折れた矢までもがささっている、かなり退廃的なデザインの盾を構えている。
反対側の手に、白い刀身の曲がった剣、あるいは刃渡り一メイルほどの戦鎌を装備している。
これら骨戦士たちの装備は、骨のような金属のような、セラミックにも似た、ルイズが触れて調べても結局のところよくわからない神秘の物質でできている。

それはラズマ守護神獣にして大宇宙を背負う骨の竜『トラグール』の加護により出現した、半現実的な存在らしい。
骨たちを土に返すと、これら装備は消えてしまう―――そして、使役者のスキルレベルをあげて心の力を乗せれば乗せるほどに武器はますます鋭く、盾はがちがちに硬くなってゆくのだ。

「敵襲! 敵襲! ……ぐあああなんじゃこりゃあ!」―――ぼう、ぼうぼうぼう!
「は、反撃しろ! ……うわあ、手が燃えるぁああ!」―――ぼうぼう、ぼぼぼう!

骨戦士を出迎えるのは、対<サンクチュアリ>産モンスターの戦闘にもそこそこ慣れているらしい、レコン=キスタのメイジたちである。
とはいえ、骸骨集団へと接近すると、急に体が年を取ったかのようにうまく動かなくなり、直後炎を身にまとったゴーレムが突っ込んできて、いっさいの例外なく、虚空より出現した炎が自分たちの杖を持つ手や体を包むのだ。

ボウッ、ボボウッ―――!

ひるんだメイジたちへと、スケルトンたちは『メイジ殺し』もかくやというほど俊敏に飛びかかり、ひとりまたひとりと戦闘不能にしてゆく。

「『デクレピファイ(一時老化の呪:Decrepify)』!! もいっちょ―――『ロウワー・レジスト(属性レジスト低減の呪)!!』」

ハヴィランド宮殿にカチコミをかけるルイズたちには、奇しくも魔法学院を襲った『白炎のメンヌヴィル』の傭兵団と、ほとんど同じ戦法が取られていたのである。
とくに建物内では、この戦法にたいする有効な反撃手段も、なかなか存在しない……さもなくば魔法学院に、切り札たる白炎のメイジは送りこまれなかったであろうくらいに。
彼とくらべてこちらは規模こそ小さいが、それを自分たちがやり返されるはめになるとは、まったく想像していなかったようである。

現在『イロのたいまつ』をタバサへと預けているルイズ・フランソワーズは、予備の杖―――仕舞いこんであったかつての愛用タクト杖をひっぱり出してきて、さながらフロムヘル・オーケストラの指揮者のごとく振るっている。
ゼロのルイズを指揮者に据えた、死霊オーケストラの編成に弦楽器や管楽器はなく、奏でられるのは打楽器に爆楽器、斬楽器、炎楽器に毒楽器の入り乱れる破滅のシンフォニー。コーラスは観客(敵メイジときどき仲間)を巻き込んでの阿鼻叫喚といったところであろう。

先頭を突き進むのは、『ファイア・ゴーレム(Fire Golem)』である。近づくあらゆる敵性物体を、容赦なく<ホーリー・ファイア(Holy Fire)>の炎につつむ。
続いてアニエスが、魔法吸収のデルフリンガーを手に、少女の身を守っている。荷物運び兼しんがりに、人生を諦めかけた竜騎士の男性がついてきている。
しんがり、と言っても骨の戦士たちが、彼の背後さえもしっかりとガードしているのではあるが。

古来よりドクロ、ガイコツは、人の逆らえぬ『死』の純化されたイメージとされる……恐ろしい外見のこいつらがひとたび味方につけば、これほど頼もしいことはない。

「……『ボーン・スピアー(骨の爪槍)』!!」

虚空に召喚され、前方へと放たれた強烈な貫通力のある骨のかけら、『トラグールの爪』が、相手メイジの杖をもつ手を刺し貫いてゆく。

『杖を落として勝つこと』―――それこそが、スマートな貴族の勝ち方なのだという。
ルイズ・フランソワーズは、立派な貴族になりたいのだ。
続いて取り出すは、コルベールより借りてきた『やさしい毒ヘビ君』である。ルイズ・フランソワーズは、次姉のようにやさしい貴族になりたいのだ。

ずどん、もくもくもく……アーッハッハッハ!!

「来たぞ、毒ガスだ、吸い込むな!」
「退避! 退避! 風メイジは障壁を張れ! くっ、情けない、こうもやすやすと侵入を許すとは!」

窓ガラスを片っ端から割っていったり、爆破して敵をアフロにしたり、爆笑しながら猛毒をばらまいてしびれさせたり、ゴーレムに殴らせて楽しそうに放火したり、壁や天井を突き破って壷や彫刻やシャンデリアを粉々に砕いたり、マナ・ポーションが気管に入ってけほけほとむせたり、無意味ににやにや笑って全身から霊気を立ちのぼらせたりと、もうやりたいほうだいしているが、そのあたりを気にしてはいけない。
この少女が焦点の合っていない目で見通している自分の人生の道の先、『立派な貴族』というものは、そんな大宇宙のなかの赤色巨星のように小さなことをいちいち気にしない、とても大らかなやさしいものなのかもしれない。

「こっちも壊滅していたか……ええい警備の増援はまだか!」
「つ、通路が謎の物体で塞がれています! 小隊長、我々は隔離されました!」
「なにっ……!?」

ボウッ、ボボウッ―――! ぎゃーっ!

後続を断つため、ルイズは自分たちの通ってきた廊下を、ラズマ<骨・毒>系統の秘術で召喚したナニカの化石のでっかいカタマリ、『骨の壁(Bone Wall)』でガチガチにふさいでゆく。ときにごつごつといろんな骨の飛び出した、その化石ガジェットを足場にしてよじのぼり、天井をつきやぶっては、姫の待つであろう階上へと一直線につき進んでゆく。
ちなみに、姫の監禁されている大まかな場所については……ルイズの懐からちょこんと顔をだしている、やんごとなき姫の畏れ多きドコカの毛を埋め込まれた人探し用の小型魔法人形(アルヴィー)が指し示してくれる。
その魔法人形はリュリュ嬢の伝手で知り合った、魔法工芸の盛んなガリアの古物商から手にいれたものらしい。

「いいか諸君、今回潜入した賊どもの<自動発火>の射程は、『白炎』どのの魔法よりずっと短いらしいぞ、遠くより攻撃せよ! 待ち伏せて一斉射撃だ!」

と、少女たちの進路のちょっと先の広間に、バリケードを築いて集結している、腕利きの一団がいる。
彼らは敵が来たらいっせいに魔法を放ち、大量の『風の刃』や『石の槍』で通路をいっぱいに押し包み、切り刻み刺し貫いてしまおうとしているのだが……

「……来ないな、ええいまだかまだか!」
「おい、やつらは壁と天井を突き破ってゆき、ここは迂回されたらしいぞ!」
「なん……だと……」

そして、上へつながる広間にてルイズたちを待ち受けるのは、土のスクウェアクラスらしきメイジの作ったゴーレム……俊敏に動く巨大なそれに、主一行を守ろうと、果敢に立ち向かってゆくスケルトン・ソルジャーたち。
白髪の少女は骨たちを援護しようと、杖を振って、呪いを降らせたのだが……

ゴ ゴ ゴ ゴ……

「どどど、どうしよう、『アイアン・メイデン(物理ダメージ反射の呪い)』じゃあ、ちょっとパワー不足みたい……」
「なんだって!?」
「このあたりには死体もないし……どうしよう、このままじゃジリ貧どころか、押し切られて全滅しちゃう!」

一同真っ青な顔になるほかない。ずしん、ずしん……少女の大好きなスケルトン軍団も踏み潰され、殴り砕かれ、たちまち蹴散らされて数を減らしていってしまう。
物理ダメージの倍返しをうけてドコン、バコン、とあちこち弾けたりへこんだり砕けたりしたゴーレムの損傷は、たちまち修復されていってしまう。
アニエスは舌打ちをひとつして、デルフリンガーを巨大なゴーレムに向かって構える。

「わ、わ、私がいこうッ! いいか魔法吸収のタイミングを合わせろよデルフリンガー! ミス、私が潰されたら屍は放っておいてくれ!」
「耳だけもらっていい? ……あっ、そうだわ、待ってアニエス!」
「止めるな! 耳は知らんが少なくとも私の骨は、粉々になって台無しとなることだろう、残念だったな、ははは!!」

いつも冷静な女性剣士が少々ハイになっているのは、この一日のうちで何度も繰り返された激戦に嫌気がさしているせいだろうか、それともスタミナ薬の飲みすぎのせいだろうか。

「だから待ってってば! ……私の目の前で許可なく死んだりしたら、直後に蘇生してもっぺん死にたくなるほど恥ずかしいことたくさん自白させる(Account Hack)わよ!!」
「いやっ、おい、あのな……」

全身硬直するアニエスに向かって、ルイズは鞄から石ころをひとつ取り出して見せる―――

「それは……何だ」
「『パーフェクト風石』よ」
「はあ、特殊な風石か? いったいどうして、そんなものを? ……嫌な予感しかしないのだが」
「まあ、ちょっと合成濃縮しただけの、ただの風石なんだけど。……これに秘められた風の力を一気に解放して投げて、暴走させるの」
「は?」
「この場で私たちだけが、ポータルの向こうにね、風の暴走が収まるまでの間、避難していられるのよ……ウフフフフ」
「!!」

瞳孔が拡大し、額の<ミョズニトニルン>のルーンがまばゆく輝き……
迷うことなく採用されたのは『忍法みじん隠れ』……いや『タウンポータルPK戦術(TPPK)』と呼ばれる、Blizzard社からシステム上の制限(Bug Fix)を受けるほどのえげつなさを誇る、忍者的外道式汚い反則行為だ。

ズ ド ド ド ド ド ド―――

対ゴーレム戦闘の常套手段は、制御する術者を、直接に狙うことなのだという。
隠れてゴーレムを操っていた術者ごと吹き飛ばし、ハヴィランド宮殿内を荒れ狂い、烈風カリンの魔法のごとく轟々と破壊の限りをつくす、すさまじい暴風のうず。
時間を置いてポータルから戻れば、そこは廃墟のごとき宮殿のホール。天井のあった場所から青空がのぞき、柱の彫刻も柱ごと、壁の絵画も壁ごと、歴史的建造物を彩っていた高名な職人によるステンドグラスも、もはや粉々だ。

「……ひどいな、これは少々やりすぎじゃあないのか」とトリステイン竜騎士のメイジが呟き、少女は答える―――

「これで充分! 自分だけ安全なところに隠れて攻撃してくるなんて、そんなの卑怯よ! 貴族として人として間違ってるわ!!」
「なん……だと……」

たった今の自分の所業、およびいつも手下や仲間まかせの自分の戦術をまるっと棚の上に置いてなされたそんな主張に、開いた口も塞がらない仲間の二人。
少女は少し青ざめた顔をしている―――額のルーンの力でものを加工するためには、精神力だけでなく別のなにがしかのエネルギーもまた、少々必要となるらしい。
彼女の『黄金の霊薬』の精製作業がなかなか進まないのは、資金の足りないことだけでなく、ルーンの力を使いつづけることにそれだけ疲れが溜まるせいもあるようだ。


さて―――

「……思い返してみれば、私の人生に知られて恥じるようなところなど、無いな。遺体になってから蘇生して聞き出そうとしても無駄だぞ、ミス」
「なな何ですって……!」

戦いの最中、剣士アニエスが突如そんなことを言い出したので、ルイズは驚いた。飛び散ったガラスの破片が、『骨の鎧』に当たって弾かれた。
近くに隠れていた敵メイジたちを、炎のゴーレムが焼いた。ボウボウ!

「ええっ、普通あるでしょう女性なら、その……おねしょを何歳までしていたか、とか……れ、恋愛の経験とか……」
「おねしょは5歳までだ、引き取られた先はしつけに厳しくてな、翌朝自分で布団を干したぞ。初恋は11歳のとき、同じ村の三つ年上の男の子だ、言い出せず終わったがな」

あけっぴろげに語られてしまい、どき、どき、と胸が鳴る。降り注ぐ幾条ものマジックミサイルをスケルトンたちの盾が受け止めて踏ん張り、それを抜けていった風の魔法を、アニエスに振るわれたデルフリンガーがジャストミートで打ち払った。ばしゅううー!

「いいかミス、私はこれまで、私の故郷の村を焼き滅ぼした奴らへの、復讐のためだけに生きてきた。貴族になりたかったのも、ただそのためだけなんだ、あまり平民をなめるなよ。まああなたのようなご令嬢から見ると、きっと多少後ろ向きな人生目標に見えることだろう。が、やはり自分で選んだ人生だ、なにひとつ恥じるところはない」
「……そうなんだ」
「ああ、そうとも」

ルイズは息をついて、少し眉を落として、タクトを振って失敗魔法を放ち、宮殿の壁を豪快にぶち抜いた。ずどーん!
さきほどの交戦でいくつもの魔法を受けて瀕死のファイア・ゴーレムが、スケルトンに燃焼ポーションをぶつけてもらって回復を行っている。

「じゃあ、男性経験とか、<生命の神秘>的な趣味とか、身体のどこが気持ちいい、とか、ひ、ひとりで、その……は?」
「ほう、聞きたいか? ははは、いいだろう。だが残念ながらこの年になって、男性との交際経験はない、遊んだこともない……言い寄られたことは何度もあるが、すべて断ってきた。あまりにしつこい奴は叩きのめしてやったな。趣味は断固としてノーマル、だが可愛い女の子をからかうのは少し好きだ……気持ちいいところは……」

大人の女性剣士は笑いながら剣を振り回しつつ赤裸々に語り、白髪の少女をたちまち真っ赤にしていった。ドクロ兜の内側の耳たぶまで、きっと赤くなっていることだろう。
飛んできた巨大な石つぶてにスケルトンが一体、盾ごと腕を弾き飛ばされたが、みるみる傷が修復されてゆき、顎を鳴らして起き上がる。カタカタカタ……

「どうして、とつぜんそんなこと話す気になったの?」
「死ぬ気で戦ってるからな……思えば、ミス・ヴァリエールとは、共に酒を楽しんだこともない……骨ではないほうの私を、多少は知っておいて欲しいと思った、それだけだ」
「そ、そう……」
「これほど死ぬ気になって守ってやらねばならん誰かなど……たとえ剣士として生きようと、生涯にせいぜい一度ほどしか出会えぬだろう」

しばらくぽかんとしていたルイズは、やがて満面の笑顔になってゆく。そして毒ガス砲を発射し、行く手の通路を緑色のケムリに包んだ。もくもくもく……
アニエスは背後を警戒しながら、『待てよタルブに行く前にもあったな、二度か? いやあれは少し違う、やはり一度だな』と呟いていたが……

「ウフフフ、ありがとうアニエス、あなたのこと、わりと好きかもしれないわ……許可もしてないのに死ぬ気とか、やだからね」

背中にぴとっと体のくっつく感触。女性剣士はふふっ、と笑って―――

「……私をこんなところにまで連れてきた張本人、この無謀娘がよく言う。ところで離れてくれ邪魔だ、戦闘中だぞ……それに干し首が当たっている、気持ち悪いのだが」
「当ててるのよ」
「なんだ嫌がらせか!」

いい話が台無しである。
戦場にそぐわぬ雰囲気につられ、荷物を背負った竜騎士の彼も、ここにきてとうとうナニカを諦めることに成功し、笑い出してしまうに至ったという。


かくして―――


「もぬけの空か……どっちだ?」と剣士が言う。
「いや、あれだけの騒ぎだ、逃げていないほうがおかしいだろう」と竜騎士隊員が言う。

やっとの思いでたどりついた、姫の閉じ込められているはずの場所は、すでに引き払われたあとだった。
ゼロのルイズは……なにもない部屋の中に、じっと目をこらす……

「……あっちよ! まだ近くにいるみたい、急ぎましょう!」

少女がびしっと指をさしたので、剣士は驚いて問い返す。

「本当か、どうして近くにいると解る?」
「王太子殿下がアッチで手まねきしていらっしゃるの、さあこっちにおいで、おいで、って!」

大人二人は、背筋にいやな汗を伝わせるほかなかった。ゼロのルイズの示した方向は……

「窓の外?」
「……追いかけなければならんな、……おれはいいが、きみたちはどうする?」

さて、ここは五階……アニエスもルイズも、空を飛べない。残念ながら、ラズマ秘術に飛行魔術は無く、剣術に舞空術は無いのだ。
窓には頑丈そうな鉄格子、この部屋を袋小路になると見たか、廊下には敵メイジたちが続々と集まってきている……なるほど、さきほどメイジをひとり捕まえて行われた尋問のときは、こうして少女たちを追い詰めることができると解っていたから、あっさりと場所を吐いたのかもしれない。

「壁を破るわ、下がって!」

―――ズドーン!

「空中にいるところを狙い撃ちにされる危険があるぞ、おれは二人もかかえては飛行速度を出せぬ……床を破って降りたほうがいい」
「そんな暇ありませんわ……ミスタ、アニエスひとりを抱えて飛んでいただけます? ……お姫さま抱っこで」
「は? ……あ、いや、おい、きみは?」

たちまち牢の固定化のかかった頑丈な壁にひびが入り、そこをファイア・ゴーレムがブン殴って穴を開ける……浮遊大陸の風が吹き込んできて、白い髪を揺らす。
ルイズはタクトを振って、防御魔術をしっかりと展開しなおし……

「過去に倒れし戦士たちの骨よ、私を守って! ……『骨の鎧(Bone Armor)』! い、い、行くわよ! アン、ドゥ……トロゥワぁっせえーい!!」

たちまち気合一発助走をつけて、ぴょーん、と中空へと飛び出していってしまった。「っきゃああああぁー!!」、とマントと髪の毛を翻してスカートを押さえて絶叫しながら。
大人二人が飛んでくるマジックミサイルに身を縮めながら、血相をかえて壁の穴から身を乗り出し、落ちていった少女の様子を見ると……
少女の周囲を旋回する骨の欠片たちが、着地と同時にタイミングよく砕け散り、小さな体がごろごろごろと転がって盛大に生垣へと突っ込んでゆくのが見えた。

「わわっ、大変だ!!」「ちょ……おいおいおい、大丈夫なのかあの娘は?」慌てる二人。
「娘っ子のやつ、無茶しやがんなあ……まあ今さらだけどよう」とデルフリンガーが言う。

戦闘中に離れすぎた手下を召集する補助魔術が発動し、ゴーレムやスケルトンたちの足元にゲートが現れ、ルイズの突っ込んだ生垣の周囲へとぞろぞろと転送されていった。
ラズマ秘術にとってテレポートは専門外……とはいえ、こういう技術に関しては、無いこともなかったらしい。ともかく使役者は生きている、ということだろう。
生垣へと狙いをつけていた敵メイジたちと、ルイズの<スケルタル・メイジ>たちとの間で、魔法ミサイルの撃ち合いが始まったようだ。

「おれたちも急がなくては……その、お姫さま抱っこは……ちょっとアレだな、背中におぶさってくれたまえ」
「……うむ、……よろしくお願いする……申し訳ありませぬ、その、重くて……」

顔を見合わせて、少々気まずそうに苦笑し、大人の二人は少女を追って目下の庭園へと飛び降りてゆく。



―――

そのころ……
ガリア王女イザベラは、五名の部下をつれ、魔法で眠らせたトリステイン王女アンリエッタを運ばせて、戦場となった宮殿より脱出してきていた。

「ちぇっ(darn)! マジで来やがった……それにしても、半端ない暴れっぷりだなあ……修復工事にどんだけかかんのよ」

青く長い髪の彼女は、さっきまで自分たちの居た場所、屋根と壁のごっそりと吹き飛んだ半壊状態の建物を振り返り、その向こうから差し込む日差しにまぶしそうに目を細めた。
黒いローブのままマントはつけず、背中に一振りの剣、肩からかけたホルスターに戦闘用ダーツを仕込んでいる。

「『屋根まで飛んじまった』とねえ……皇帝陛下も泣くだろうし、王子さまだって起きてたら泣いてたわね、こりゃ……もう瓦礫に埋まってたりして」

後ろ手を組んで髪の毛をふわりとゆらし鼻歌を歌っている彼女へと、ガリア騎士らしきメイジが近づいてきて、報告を行う。

「……殿下、馬が騒動のせいでパニックを……さきに逃げようと慌てたご婦人がたが、どうやら散らしてしまわれたようで」
「んー……西の竜厩に地ドラゴンが居たはずだよ、あそこにも確かあったわよね、馬車。……いや、竜籠もあったかしら? たどり着く余裕はあると思うかね」
「試してみなくては……」

はあ、と肩をおとし、苦々しげな表情をする男性メイジ。ガリア王女はふうん、と鼻を鳴らす。

「そして地竜の馬車は、皇帝陛下が使われるのではなかろうかと」
「なんか先にあっちが襲われてたり、してそうよね」
「賊どもは一直線に、アンリエッタ姫を追ってきているとのことでございます」

地下二階の<ウェイ・ポイント>さえ使用できれば、とも思うが、現在は地下道の崩壊その他諸事情により利用できないのだ。
城下町のはずれのほうにある<ウェイ・ポイント>まで到達できれば、本国ガリアより救援を呼べるはずなのだが。
もし王女の部下<地下水>が用事から戻ってきていたら、アンリエッタの身柄を別の場所へと運ぶことだってできる。

「やっぱ戦うべきか……ところで賊は何人?」
「確認できただけで、人間が、三……そのほかはゴーレムが一体と、スケルトンが七体前後だそうで」
「おいおい、その程度にやられてるのか、アレ……どんだけだい」

王女イザベラの認識のなかでは、スケルトンといえば、山羊男とならんで簡単に蹴散らせる雑魚モンスターの代表格である。
吸い取り(ダメージを与えてライフを奪う)が効かないことと、集団で襲ってくること、魔物の親玉が居れば倒しても蘇生されてしまうことを除いて、とくに恐れるべき点もないはずだった。
そして今の彼女の背中には、対アンデッド用の秘密兵器が背負われている……

「普通に考えれば、もっと規格外なヤツが来てやがるってことよねえ……骨は放っておいて、ほかに腕利きが二名、となれば、ともかく三対五か、いけるか?」
「『白い髪のエレオノールさん』とやらですかな? ……どうやら魔法が効かないそうで、我々が役に立てるかどうかは解りませぬ」
「うん、それそれ、そいつだわ、都市伝説になってる……って魔法が効かないだって!? 私一対やつら三ってことぉ?」

とたん、しょんぼりと青い眉毛を落とすイザベラ。
この怪我の治りきっていない足では、きびしすぎる戦いになるだろう。乗り切れるかどうかは、解らない。

「あぁ、魔法が効かなきゃ、そりゃあ、あんだけやられるわよ」
「宮殿の守護については、大部分を魔法に頼って成り立っておりますゆえ……おまけに<ホーリー・ファイア>を纏ったゴーレムがいるとか」
「やだ、なにそれ……どうしようね、ほんと……」

王女たちは、全耐性75%以上に電撃無効、凍結無効、その他の属性ダメージ低減などの鉄壁の防御力を誇る、黒い甲冑の騎士を思い出す。
(注:ホーリー・フリーズおよびアンホーリー・フリーズオーラによる凍結スロウ効果は、凍結無効の装備を身につけていても防御不可能)
おまけにディフェンス値も高く物理ダメージも3割5分以上低減し、盾による超高速ブロックの成功率も75%、魔物ならではの膨大な生命力に無尽の持続力、壊れない盾以外の部分がどんなに傷ついても時間が経てば回復し(Repairs Durability In 4 Seconds)……

「……宮殿守備隊の幻獣たちは? さっき庭まで来てたでしょう」
「それが、賊どもに近づくなり共食いを始め、あげく使役者にまで襲いかかってきたそうで」

ああ、シャーマン戦車(AC-10)のごとき頼もしいガンダールヴ(偽)、自分の使い魔(仮)の彼がここに居てくれたら……とも思うが、彼は残念ながら姫をさらったりとか、そういう陰謀をいっさい好まない人間(心は)なので、今回は別の任務に当たってもらっている。
王女イザベラには、父王よりも信頼できる味方、彼に関して複雑かつ不器用なオトメゴコロがあるのだ。

「三人を分断できるかしら? スケルトンどもは私がなんとかするよ」
「……やってみせましょう、殿下」
「よし、一人ついてきてくれ、お姫さんは……私じゃ運ぶ余裕がないからさ、そっちにお願いするわ。炎のゴーレムとやらは……どうしようかね」
「そこは……ええ、根性で」
「そうね、根性で、ね……いいじゃないか、根性」

作戦ともいえぬ作戦を打ち合わせ、散開する六人。
アンリエッタを担いだメイジを逃がし、王女は一人の部下とともに庭園の出口に立つ。土メイジの彼は呪文を唱え、たくさんの小型ゴーレムを召喚し……

「いたわ! あっちよ!」

侵入者の少女の声が聞こえ、イザベラはため息をひとつ―――すらりと背中の剣を抜き払った。
手や体を炎が包み、青い髪の毛をちりちりと焦がすが、彼女はゆるがない。
侵入者に向かって歩き出す……黒いローブの内側、イザベラ王女の首もとには『ノコザンの遺品』と呼ばれる、炎レジストを大幅に上昇させてくれるアミュレットが装備されているようだ。

カタカタカタ……

恐ろしい外見のスケルトンが数体、いっせいに彼女を無力化しようと斬りかかってくる。
イザベラは一言。

「ここは通行止めだよ」

炎の中涼しい顔でゆったりと敵へと歩みよる青髪の王女の足元に、たちまち白くまぶしい光が集い―――どどん、どん!
骨の戦士たちは、歩いているだけの彼女に指一本触れることもできず、びきびきと乾いた音とともにヒビが入り、盛大にはじき飛ばされてゆく。

ドン、カシャッ、カシャカシャッ、ビキビキビキッ―――

彼女の纏う白く神々しい光は、『LV18聖域のオーラ(Sanctuary Aura)』……イザベラ王女の片手にぶらさげられた水晶の剣、『RWローブリンガー』の特殊効果によって展開されている、いっさいのアンデッド・モンスターを身辺へと近づけない、神聖なるオーラのようである。

「な、なに!? い、いやーっ! なな何すんのよ! そ、そそそれ反則よ、やめて、やめてーっ!!」

ドクロの少女が目を見開いて頭をかかえ、恐怖の悲鳴をあげた。
無理もなかろう、それはラズマ聖職者にとってのいろんな意味での天敵、『ザカラム聖騎士(Zakarum Paladin Order)』の身にまとうものだ。
突っ込んできたファイア・ゴーレムの大振りな打撃を、身をかがめて回避しざまに、水晶の剣で一閃―――ずばっ、と切れ込みをいれ、強烈な冷気ダメージを叩き込んだが、直後炎に包まれた反対側の腕が振り下ろされ、舌打ちしつつ転がってそれをやりすごす。しっかりとクリティカルに入った斬撃に耐えたとは、どうやらこれはマッスルな見た目どおりの、相当にタフなゴーレムらしい。
おまけにこの『RWローブリンガー(Lawbringer)』に秘められた効果のひとつ、追加ダメージの炎(Adds 150-210 Fire Damage)が、ゴーレムに吸収されて、せっかくの傷をいくぶんか癒してしまったようだ。

なおも無理矢理イザベラへと近寄ろうとしているスケルトンたちは、みるみる体も崩れ去ってゆき、気づいた少女の号令で、後方の仲間たちを守るために、向きを変えて走ってゆく。それでも神聖なるオーラは逃がさずに、そこそこ広い射程内のアンデッドたちを、防御もさせずに叩き砕きねじ伏せつづける。

相手三人を分断しようと、少女の後ろにいる剣士やメイジへと、部下による物量にまかせた小柄なゴーレムたちの突貫が行われている……
イザベラの部下たちはみな、<ホーリー・ファイア>の炎にぼうぼうと身を焼かれているようだが、ここが踏ん張りどころだとばかりに、歯を食いしばって耐え忍んでくれているようだ。
トライアングル水メイジによるうねる大量の水の蛇が、敵集団を襲っている。イザベラは目を見開く。

(なんと、逆だったのかい、魔法が効かないのはこの娘じゃなくて……あっちの剣士のほうか!)

ポジショニングのミスに気づいたが、もう取り返しはつかない。敵の砲より放たれた緑色の毒の霧を、風メイジの魔法が吹き飛ばしてくれる。

こちらは守る側、勝利条件はここを抜かせないこと。
ファイア・ゴーレムさえどうにかして、ちょっとでも時間をかせぎさえすれば、すぐに味方の増援がぞろぞろと来てくれるはずだ。
ゴーレムを倒すには術者から……王女は一気に敵少女のそばへと接近し、剣を振り上げ―――
味方と離された涙目の白髪の少女が、ぽつりと―――

「『アイアン・メイデン』……」

呟き、イザベラの身に降りかかるのは、ゆがんだ色の実体をともなわない運命の火の粉。
とたん、イザベラ王女の背筋にゾクリと壮絶な寒気が走り、下腹がきゅうっと冷え、ローブの内側のなめらかな白い背中にいっせいに鳥肌が立つ。
初めて受けた呪いだが解る、これこそが、紙一重の死の恐怖。慌てる王女の背後へと、すでに部下の土メイジを殴り倒したらしい炎のゴーレムが、ふたたび突撃してくる―――

(斬り払ってはだめだ……やばい死ぬ死ぬ!!)

真っ青な顔で唇を噛み、イザベラは痛む足を押してゴーレムの突進ルートより飛び退り、水晶の剣を利き手ではないほうへと逆手にもちかえ、次の瞬間飛んできた衝撃波をともなう白く輝く魔法の槍をかわして数本の青い髪の毛を宙に散らし、ホルスターから抜き取ったダーツ『デスビット(Deathbit)』を使役者らしき少女にむけて投擲する……

―――投擲武器は、いっさいのダメージ反射の影響を受けない、と彼女は自分に戦闘技術を与えてくれた騎士の言葉を、しっかりと思い返している。

黒い皮製の首輪の上側、ドクロの少女の喉元をしっかりととらえたはずの戦闘用ダーツは、少女の体の周囲を旋回する白い小さな骨のカケラが破砕したとたん、軌道を逸らされてしまった。少女のタクト杖が振り上げられ―――

「『錬金』!」

―――ずどん!

「畜生(Brimir)!!」

ふたたび紙一重、ガリア王女は毒づく。
ああそういえばコイツ、殺してしまっては自分たちにとってかなりマズイことになる相手だったか、やりにくいなあ……と、ようやく大事なことを思い出す。
近くで魔法の一斉射撃をうけている炎まみれのゴーレムをちらと見やり、ふたたびドクロ少女へとバトルダートを投擲する……二度、三度と。
とうとう骨のバリアを貫いて、一本のダートが敵少女の肩に突き刺さり、もう一本がドクロ兜の一部を砕くのが見えた。

(この白髪ッ、ラックダナンを、クスリで釣ってたぶらかしやがった奴……)

ガリア王女の青く小さめの瞳が、ふらついてひざをついた白髪の少女を刺すように睨みつけ、新しいダートを取り出して追撃をくわえようとした瞬間―――

―――ずど どどぉおおーーん!!

「んな!?」

耳をつんざく爆音、側面より襲い来る熱気と、すさまじい衝撃―――ダメージを受けすぎた炎のゴーレムが、倒されたとたんに勢いよく爆散したらしい。イザベラの軽い体は爆風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。いちめんに炎が撒き散らされ、壮麗な庭園を大火災に包んでいく。

「よくも……やって……くれた……わね……」

ふらあっ―――

爆発を予期して伏せていたらしい、煤まみれのドクロの少女が、ゆらりと悪魔の影法師のように起き上がる。

「炎のゴーレムちゃんも……スケルトンちゃんたちも……シエスタのことも……姫さまのことも……この戦争も……」

ぬたり、ぬたり、ぬたり……

「……あんたが……黒幕……なんでしょう……全部、全部、全部全部全部」

顔に不気味な影のかかった、異様きわまる深淵の瞳のゼロの少女が、白くよれよれの髪の毛をゆらして首をヘンな角度でかしげつつ、細い両手をだらんと垂らし、なにやらぶつぶつぶつと呟きながら、倒れたイザベラに向かって、ぬたぬたふらふらと歩みよってくる―――
肩に刺さったダートを抜いて、それが半透明になって消えてゆくのをみると、興味をなくしたかのようにぽいと無造作に放り投げ、タクトを振って新しい骨のバリアを召喚し、だらだらと肩口の傷から血を流し、片手に奇妙な干し首をぶらぶらと揺らし、口のはしを高々と吊り上げながら。
それを見あげて、イザベラは思った。

(はあ、リュティスの都市伝説……赤いおべべに白い髪……なるほどね……まんまホラーじゃあないか)

部下たちの戦場のほうを見やると、敵の女剣士ともうひとりの敵メイジが、全身傷だらけでひざをついているようだ。
しかし、いったいどこから現れたのか、黒と白銀のずんぐりとした体型の金属のゴーレムが、こちらの部下の放ったあらゆる魔法を片手でねじ伏せ、反対側の腕と一体化した剣をふりまわし、黒い騎士とタメをはりそうなほどに見事な剣技を行使して、俊敏に戦っている。
どうやら、温存していた切り札のひとつを、とうとう切ってきたらしい。そして、もう一つ、こちらの想像の上を行く事態が発生している。

ド ド ド ド―――

剣士が『門よ』と唱え、ゆらめく青いポータルが開かれ―――そこから長い杖を手にした赤い髪の少女ひとりと、赤い大柄のサラマンダーが一匹と、なんと一頭のドラゴンが現れて、魔法やブレスを放ったのである。
赤髪褐色肌の女メイジの放つ強烈な炎魔法、そして虎のようなサラマンダー、トリステイン竜騎士隊のエンブレムを身につけたドラゴンの吐き散らすブレスが、部下たちを襲う。
男性メイジが、女メイジを連れてその背中へと乗り込み、力強く羽ばたいたドラゴンは……イザベラがアンリエッタを託したメイジの逃げた先へと、飛び去っていってしまった。

思わぬ巨大な増援にひるんだ部下たちはゴーレムに飛び掛られて、ひとり、またひとりと殴り倒され杖を切り裂かれ、戦闘不能にされてゆく―――
青髪の王女は、乱れた髪をかきあげて汗の浮いたおでこをさらし、大きく息をついた。

(何てこったい、ありゃあ、トリステインの竜騎士だったのか……追いつかれるのも時間の問題かね……駄目だ、詰んだわコレ)

なにぶん少人数の賊の奇襲にたいする建物内での応戦だったので、こちらの竜騎士は呼ばれておらず、誰かが呼んだとしても来るには少し時間がかかる。
もし運良くも、トリステインとの戦争に行っていない哨戒中の竜騎士が居たとして、追いつけたとしても、もう姫は助け出されてしまっているだろうし、相手はそのあとすぐに逃げる手段も確保しているようだ。

どうやら、このあたりが引き際らしい。これ以上は殺す気死ぬ気でやらないと、決着をつけられなくなることだろう。
こちらは体も本調子ではないし、向こうには隠し玉も、まだまだありそうだ。父王や騎士のために殺してはいけない相手へと手加減しつづけるのは、もう無理だ。
イザベラはふらつく体をおこし、拾いあげた『RWローブリンガー』を地面に突き立てて、両手をあげた。

「ああもう……降参だ、目的は果たせたんだろう、さっさと帰っておくれよ」
「…………この女……いじめた……タバサを……」
「え?」

ぶつぶつと小さくも、真冬に雪の落ちる音のような言葉が聞こえ、思わず目を丸くするイザベラ王女。
さきほどと一転して氷のような無表情となった、血まみれ白髪の少女の瞳孔のいっぱいいっぱいに開ききった目と、髪の毛もちりちりのガリア王女の青くするどい三白眼じみた目が―――しっかりと、合った。
しばらく沈黙し、互いの目を見詰め合っていたあと、白髪のほうが一礼し、口をひらく。

「……ガリア王国、イザベラ王女殿下とお見受けいたしますわ」
「ああそうさ……あんたはトリステイン王国、ラ・ヴァリエール公爵家のご令嬢、ルイズさん、でしょう」

ふたたび無表情で見詰め合う、高貴な身分の二人の少女……ルイズ・フランソワーズと、イザベラ・ド・ガリア。
白髪の少女は振り向いて、残っていた仲間の女剣士が怪我の治療を終えるのを確かめ、ふたたび相手へと視線をもどした。
今度は青髪のほうが口をひらく。

「……あんた、あの人形娘のことを気に入って、付け回してるんでしょう? じゃあ、さぞや私のことが憎かったり、するのかしらね」
「別に、そんなことはありませんわ」
「憎んでもいいわよ、少なくとも私は、あんたのことが大嫌い。今すぐそこらへんの木の枝でも、自分の鼻の穴に突っ込んで、私の目の前で死んでくれないかね?」
「いずれ私も、美味しいごはん毎日たべて時が来たらぽっくり死にますので、焦らず気長にお待ちくださいませ」

襲撃者ルイズ・フランソワーズの、どこかうつろな表情からは、何を考えているのかまったく判別がつかない。
イザベラは肩をすくめて苦笑しながら、言った……

「そのせつは、オイシイ卵、どうも」
「いいえ、感謝の気持ちのほうは、大事な卵をわけて下さった極楽鳥さまのほうに、どうぞ直接おっしゃって下さいまし」
「ところで<サモナー>は、どうなったのかね?」
「先ほど、お亡くなりになりました」

ルイズはイザベラの問いに答え……ああそうそう、とぽんとグローブのはまった手を打つ。

「イザベラ殿下、……現在トリステイン王国には『アポカリプス』という魔法がございます、魔法学院にいらっしゃったお客さまの方々は、あっさりと全滅なされました」
「へえ……って、はぁ? ちょ、なんだって!?」

あまりに予想外の知らせに、青髪の王女は、思わず叫んでしまった。
『黙示録』は洒落にならない。そしてもし『あの常勝無敗の白炎の傭兵が敗れた』という知らせを聞けば、レコン=キスタ全体の士気はどれほど落ちてしまうことだろうか。

「<虚無>の魔法もございます、さきほどこちらの宮殿の屋根をオープンに改築いたしましたが、あの道具につきましても、まだまだ在庫がございます。もろもろの致死性の猛毒も、おまけに<火石>という名の、エルフより鹵獲されし『小さな太陽』を作り出すアイテムも……」

一国の王女イザベラ・ド・ガリアは、かつての父王の使い魔<ミョズニトニルン>が何たるかを知っている。
それを敵に回したときに、どれほど恐ろしいことになるかについても、よくよく知っている。

「浮遊大陸各地、およびガリア各地の<ウェイ・ポイント>は、すべて履歴を取らせていただいておりますわ……ソウ、ワタシハイツモ、アナタノウシロニイルノ……」

まさか<地下水>が、とイザベラは身をこわばらせる。いつも魔法も使えないのに無茶をする父王へのお守り刀として、かの部下を持たせたのは、ほかでもない自分なのだ。
ツヤのない瞳のルイズ・フランソワーズは、自分の黒い首輪の内側から取り出した、小さな赤い色の石のついたアミュレットに触れるようなキスを落とし、鎖をいじくりながら、にやにやにやと笑い出す……

「イラヌギセイガ、フエマスワ」

ウフフフフ……


庭園には、続々とアルビオンのメイジたちが遠巻きに集いはじめた。どうやら彼らこそが、イザベラにたいする人質なのであり、その逆ではないらしい。
それだけでなく、アルビオン各地、父や王宮の者たちを含むガリア各地のたくさんの人々の命さえも、いまのイザベラの気持ちひとつにかかっているらしい。
すべての<ウェイ・ポイント>を見張らせても無駄だ……国内に潜入した誰がいつどこで<ポータル>を開き、このテロリストを呼び込まぬとも限らないからだ。

白髪の少女の幽鬼のごとき笑みは、必要とあらば迷わずその赤い石とやらを使うのだろう、と思わせてくれるものだった。




そして―――

アルビオンのメイジたちは、庭園いっぱいに包囲網を形成してゆく。ガリアの姫君がいるせいで、うかつに攻撃できないのだ。
侵入者の少女と幾つかの現状確認の会話をぽつりぽつりと交わしながら、竜の行ってしまった先をぼんやりと眺めていたイザベラ王女へと、女剣士とサラマンダーをつれて、がちゃがちゃと甲冑を鳴らし、黒と白銀のゴーレムが近づいてくる。
ルイズ・フランソワーズが切り出した。

「さて、殿下、あなたにひとつお願いしたいことがございます」
「まあ、そう来るわよね……やっぱり、あんたのとことの戦争を止めてくれとでも、言うつもりなのかしら?」
「はい、どうか心より、お願いいたします」

イザベラは肩をすくめて、何でもないことのように答える―――

「やだね、焼けよ」
「……えっ?」
「さあ焼けよこいつらを、私もろとも、今すぐ。私は、もういい。もう何もかにも、どうでもいい。みんな灰になって埋葬されてしまえばいい。……ただひとつ、なあ、虚無(ゼロ)の死人占い師よ」

少し焦げた青い髪の、顔立ちも美しいガリア王女は、ゼロのルイズの細い体を貫き通すような三白眼じみた目をぎょろりとむいて―――

「私は魔法の才能もない、性根からねじまがったクズだと、よく陰で言われている……それはいいわ、だけどな、この先ずっとあんたにビビりながらこそこそと生き続けるような人生だけは、死んでもごめんだ」

ぐっと顔をちかづけ、獰猛に唇のはしを吊り上げて、不気味に笑った。

ははははは……

……



そしてゼロのルイズは瞳に虚無をたたえ、答える……

「残念でした、死してなお、この私に恐れひれ伏すのよ(Not even death can save you from me)……」

ウフフフフ……

……









//// 27-2:【戦いの終わり、恐怖の始まり―Quest Completed―】

トリステイン王国、軍港のあるラ・ロシェールの街、そしてタルブの村跡では、三日間にわたって、様子を見るような小規模な攻防戦が散発的におこなわれたのだという。
帰還したアンリエッタは、ラ・ロシェールの戦線へと赴き、王家のユニコーンを駆って自ら軍を鼓舞し、指揮を執ったそうな。

魔法学院への襲撃に憤激し、王女アンリエッタの帰還を目にし、トリステイン軍の士気はうなぎ登りである。
大国ガリアは依然として沈黙を保ち、王女帰還の報に泡を食ったゲルマニアが急遽全速で参戦の意思を示し、士気の上昇に拍車をかける……「うちの癒し系王女強すぎる、マジ半端ねえ」と。

いっぽう敵の空軍を奇襲して取り逃がし、連れてきた竜騎士隊の三分の一ちかくを<サモナー>によって使い物にならなくされ、その双方に被害を出すはずの<サモナー>もあっさり追い払われ、魔法学院の人質作戦も失敗し、ハヴィランド宮殿を半壊させられ、アンリエッタ姫の身柄を取り返され、『最強と称される白炎のメイジ討ち死に』という信じられぬ報を受け取ったアルビオン軍の士気は、底辺を突き破るほどに下がってゆくほかない。

あの<サモナー>がとうとうこの世から駆逐されたと知ったアルビオン皇帝は、トリステインとの戦を始めた大きな目的のひとつを達成できたことになる。
ガリア王国にもまた、この戦争を裏で支援する理由が無くなり……国内で旧オルレアン派にかかわるまたひとつの騒動が発生しており、そちらの対処に追われているのだという。

拠点の港町で補給を終えて戦力を取り戻したトリステイン空軍が、アルビオン空軍へと、ちまちまと地味に痛い反撃を加えてくる。
とどめに港町へと進軍したアルビオン地上軍が、突如虚空より出現したゆがんだ恐ろしい色の炎による攻撃で、一瞬にして数百人単位で戦闘不能のプチアフロにさせられてゆくに至って―――これはどう考えても洒落にならぬ、この戦いはワリに合わぬ、との空気が広まってゆく。

あれこそが始祖の与えし<虚無>の炎だ……トリステインには、伝説の虚無系統の使い手が居るらしい……
それは死人を蘇らせ、地獄の炎でおれたちを焼くらしい……それはクロムウェル皇帝陛下の<虚無>よりも、ずっと強力らしい……
ハヴィランド宮殿に、神出鬼没の<虚無の使い手>が攻め込んで、またたくまに廃墟にしていったらしい……皇帝陛下の<虚無>のほうは、そいつに対して手も足も出なかったらしい……

地上軍に防御不能の<恐怖の炎>を放ったのも、あの<サモナー>を何度も退けたのも、伝説にして最強の傭兵『白炎』を倒したのも、『ガンダールヴ』でさえ敵わなかった『ニューカッスルの苦痛の帝王』を倒したのもそいつ、トリステインの<虚無>だ……

そしてトリステインの<虚無>は、アンリエッタ王女に頭が上がらないらしい……
アンリエッタ王女こそが世界最強だ、世界中の何処に何度誘拐されても無傷で生還する、とトリステインの奴らが口ぐちに言っている……

『アンアン王女のアンはアンタッチャブルのアン』

―――手を出した者には、白いバケモノの殴りこみが来る!!
―――俺たちは触れてはならぬものに触れてしまった、さあヤツが来るぞ……いや違う、ヤツハ、イツモオレタチノウシロニイル!!

ああ、はやく逃げないと俺たちはギタギタにされて、出し汁をオーク鬼に振る舞われるらしいぞ……

そんな背筋も凍るような恐ろしい噂が、アルビオン軍全体に急速に広まってゆく。
これは勝利を約束されていただけでなく、圧倒的優位の状態から『確実に楽勝』できるからこそ臨んだ戦だ。
その『確実に楽勝』が無くなっただけで、誰もが『話が違うだろう』と思うに至る。
本来なら、相手軍は『空軍が全滅しゲルマニアも来ず、代わりに<サモナー>が来て国土も荒らされ、王女と学院の生徒たちとを人質に取られて士気も最低、ちょっと脅せばろくな抵抗もみせずに降伏』の予定なのに。

賽を投げればファンブル、ファンブル、ファンブル、ファンブル……
トリステイン王国には、悪魔がついている。『不可能』を攻略できるだけの、こちらの想像を超える、得体の知れぬなにかがある……
目に見えぬそれと相対しつづけることによる様々なリスク、不安と恐怖とが、とうとう戦いを継続することのメリットを確保できる一線を越えてしまうまでに大きくなってゆく。

いちどでも絶対逆転不可能の状況を覆されたとき、攻める側は脆くなってしまう。何度も予想を裏切られたら、ますます「これはだめだ」という気になるものだ。
開戦当初に圧倒的優位にいたからこそ、崩されたときのその落差は、あまりに大きい。
もともと及び腰で、大きな犠牲を払うつもりもなく、危ない橋を渡るつもりもなく、『少しでも負ける可能性のある戦い』をするつもりもなく、自国内にあまり戦を続ける余裕もないアルビオン帝国軍は、決断をせまられることになる。

いまなら泥沼にはまる前に、地獄の釜のふたをあけてしまう前に引き返せる―――
このまま戦を長引かせたら、ゲルマニア空軍がやってくるのは間違いない。
それまでの間に港町を落とせなければ、消耗しきったアウェーのこちらは一気に全滅の危機に追い込まれる……その前にいつ<虚無>の炎で焼かれ全滅せぬとも、限らない。
追い討ちをかけるかのように、『ガリアがアルビオンを見捨て、両用艦隊がトリステイン側についた』とか、『とうとうロマリアが……』などなど、数多くの根も葉もない噂まで流れだしたではないか。

そんなときアルビオン空軍へは、皇帝クロムェルより、『事情が変わった、ただちに退け』、とのお達しが届く。
先の見通しがたたなくなったことと、兵たちの不安を憂慮していた司令官は、これ幸いとあっさりと引き上げを決意する。

アルビオン空軍旗艦の艦長ボーウッド卿は……「トリステインめ、このハルケギニアをどうしようというのだ」と、苦々しげにコメントしたとか。

宣戦布告からたったの三日ほど……そのほとんどが、浮遊大陸司令部との高速伝書のやりとりにかかった時間だ。
かくして『タルブ事変』は、全面戦争に至る直前、諸国上層部の政治的判断により、ゲルマニア空軍の到着する前に、攻めたほうも攻められたほうも微妙にモニョモニョとした気分のまま、終結する―――
アルビオンからの停戦の使者は、『トリステイン空軍より先に攻撃を受けたと記録にのこっている、不幸なすれ違いの結果だ』と言い張ったのだという。

「これほどあっさりと撤退するとは、いったい何のための戦いだったのか」という客人の問いについて、魔法学院長オールド・オスマンは、「人間同士の争いにたいした理由なんぞありゃせん」と飄々とコメントしたのだとか。
ひょっとすると開戦の理由も終戦の理由も、結局のところオスマンの言うように、全くもってどうでもよいものだったのかもしれない。
往々にして現実の戦というものは、物語の中の戦のようにすっきりした形で終わることなど、まずないのだという。
それでもトリステイン王国にとっては、事実上は大勝利といってよい状況である。国の誰もが涙を流し、大いに喜んだのだという。

アルビオン皇帝は、この不安と混迷のはびこった状況を利用し、議会の欲深き侵略戦争推進派の貴族たちを『それ見よ、どこが楽勝だ』と黙らせ、帝国内の安定と国力のさらなる増強を図るつもりらしい。
自分だけ安全なところにいて、いけいけと戦争を推し進める者たちほど、足元を脅かされたときに一転して弱気になるものもいないようだ。

アルビオン中枢の宮殿へと少人数で乗り込み、みごとに姫を奪還してみせた者がいる……そんな事実だけで、帝国の行く末への心配は大きくなってゆくほかない。無理もない、敵がいつどこへ現れてどれだけの被害を残してゆくのか、まるっきり解らない……まるで倒されたはずの<サモナー>の恐怖が、再来したかのように。
しかもこうして、ハヴィランド宮殿の半壊という、それが可能であり、自分たちは防げないのだという証拠を、戦場へ出ない帝国貴族たちの目の前に示されてしまったのだから。

いったんこれを見てしまえば、この国の誰が、前線の兵たちや撤退の判断を下した将を、責めることが出来るのだろう……
今回の賊の目的は、『さらわれた王女の奪還』だった。もしその力がすべて破壊を目的に振るわれたり、だれか一人の命を狙うことに費やされたとしたら……ああ、次はおれたちのうちの誰が狙われるというのだろう!

万が一にも『アンドバリの指輪』を強引に奪われてしまう、そんな帝国にとって致命的な結果だけは避けたい……という気持ちも、皇帝の胸のうちにはあったにちがいない。『あなたが盗っていった指輪を、本来の持ち主、ラグドリアン水の精霊へとお返しください、さもなくば……』という嘆願書が、どうやら皇帝あてに届いたらしい。彼は<地下水>が<ミョズニトニルン>に鹵獲され、国内の<ウェイ・ポイント>すべてが『ガン細胞』のようになってしまったと知り、自分たちがアンリエッタを拉致したようにして、いつか突如トリステインへと自分が拉致されてゆくのではないか、と日々怯え、懐柔策を取ることに切り替えたようだ。

わずかな対価によって<トリステインの虚無>の実力の片鱗を見、穏便な道を選択することができただけで、彼らは得をしたのかもしれない。

アンリエッタ王女およびマザリーニ枢機卿の二人は、アルビオンからの停戦を受け入れ、空軍が去っていったのを確認したあと、ほっと胸を撫で下ろし、涙を流して抱き合ったのだという。この事件に名前をつけようと、国中でもっとも被害の大きかったタルブ村の名が与えられることになった。

かくして―――『タルブ事変』が歴史に刻まれ、それとともに『世界一強い癒し系王女』と、それに従う『トリステインの白い悪魔』の伝説が生まれ、トリステインおよびアルビオンに生きる者たちの間で、恐怖とともにはるか後の世へと語り継がれてゆくこととなる。
王女との結婚を約束していたゲルマニア皇帝は、この一件の顛末にドン退きしており、幸いなことに結婚式も延期になった現在のところ、もう一度身の振り方を考え直しているのだという。

復興のすすむトリステイン魔法学院では、『アルビオン艦隊はゼロのルイズにビビって逃げ出した』などと、あながち間違いでもない噂が流れ出し、生徒たちはますます彼女への恐怖をつのらせているらしい。まったくもって、いつものことである。
前と変わったことは―――ずっとこの学院に蔓延していた『ミス・ゼロ』にたいする恐怖が、少しばかり国境を越えて広がっただけ、ということだ。

幸いなことに、<トリステインの虚無>こと『ミス・ゼロ』の名前や正体については、世間一般にはなんとか謎のままに残されている。
もともと知っていたのはガリア王家などのごく一部のものたちだけであったし、付随するデリケートな機密があまりに多すぎるので、『これまでどおり』の極秘情報扱いをされているからのようだ。

『強大な力というものは、ただ見せるだけで<平和的交渉>に効果がある』とは、今代のロマリア教皇の考えである。
ときに大きすぎる恐怖の前では、『その力が本当に存在するのかどうか』についてさえ、どうでもよくなってしまうものだという。

<トリステインの虚無は邪教徒なりや?>

そんなひとつの噂に関しては、軍事大国のガリア王家より根回しがあったらしく、なんとトリステイン王国とそれに追従するゲルマニア帝国、ガリア王国とそれに追従するアルビオン帝国がいっせいに口をつぐみ、<断じてNO>という立場をとることにしたようだ。
今回の一件について、各国王家それぞれの絡まりあう政治思惑と精妙きわまるパワーバランスが、結局ルイズというひとりの少女の現在の宗教的社会的立場を、実態がどうあろうと<敬虔なるブリミル教徒>であると定義づけてしまったらしい。

どうやら少女の力を切実に必要としているらしいガリア王家は、「私たちには信頼関係が必要です」とのルイズの言葉を、考慮する姿勢をみせているらしい。
噂の虚無と似た<死者蘇生>を己が権威としており、またこれ以上痛い目に合いたくないレコン・キスタ皇帝は、ガリア王家よりの裏から通達をうけ、その判断に相乗りしたらしい。
トリステインの同盟国ゲルマニアについては……考えようによっては同盟国の<虚無>を堂々と利用できる近い位置にいるのだ、きっと諸手を挙げての賛成なのだろう。

強く便利な力がひとつ示されたのなら、それと対立して痛い目に合うよりも、伝説の<虚無>が未解明なことを良いことに、みんなそろって口裏をあわせ「それは正統なものだ」と白を切って証拠を隠し利用しあったほうが、はるかに得だと思われたのかもしれない。

そこには、自分の国に取り込んでやろうという思惑や、『動向のあやしまれるロマリアだけには獲られるな』とけん制する目的も、あったのかもしれない。
いずれにせよ<虚無の使い手>としてのルイズは、失敗魔法以外の一発たりとも<虚無系統>の魔法を放ってはいないというのに、図らずも絶妙のタイミングで上々の戦略兵器的デビューを飾ってしまったらしく、目下腫れ物に触れるようなデリケートな扱いをされているようである。

この決定に関して、とうとうヴァリエール家が動き出してひと騒動を巻き起こすことになるのだが、それはまた後の話―――



…………

ルイズたちの攻め込んだハヴィランド宮殿の庭園にて、何があったのか―――

用事をすませて飛び入り参加のキュルケと、若い竜騎士の男性は、イザベラたちとの戦いの直後に、見事アンリエッタ王女の身柄を奪還して目覚めさせ、ポータルへと放り込むことに成功したのだそうな。

イザベラ王女は、強気な態度を貫いた。彼女は虚勢を張っていたルイズをさんざんにビビらせたあと、不機嫌そうになにやら耳元でぼそぼそと告げ、結局、アルビオン皇帝へと停戦を働きかける役割を受け入れてくれたらしい。
彼女は、ここでルイズに大勢のメイジたちを焼かせ、その後の報復戦争の連鎖、死と恐怖と破壊と憎悪の泥沼へと自国ガリアやこのアルビオン帝国を引きずりこんではいけない、という状況についても、ちゃんと解っていたようだ。

「そういうのを望まない部下がいる」と、複雑そうな心をあらわす青髪の王女の表情が、ルイズの記憶に残っている。
だが青髪の彼女の本当の心のうちは、先ほど切った啖呵どおりのものらしい。

ゼロのルイズは、たったいま自分が新しく背負いこんでしまったものの大きさをじわじわと実感しつつあり、小さな肩をがくがくがくと震わせるほかなかったという。

ルイズはイザベラへと丁寧に頭をさげる。彼女のおかげで、ルイズは沢山の人を幽霊と灰(Ghosts and ashes)にせずに済んだのだ。
知らず知らずのうちにお互い多数の因縁に結ばれていたらしい、この二人の少女は、「詳しい話はまたいずれ会ったときに」と、ここでいったん別れることになる。

青髪の王女は、去ってゆく白髪の少女の後姿に、ちらりと三つか四つくらいの気持ちの篭った視線を投げたあと、がしがしと頭をかいて、やられた部下たちの治療のために、ふらふらと歩き出す……

……

『幽霊屋敷』にて、救出直後のアンリエッタ王女は、信じていたとおり本当に助けにきてくれた幼馴染のルイズとぎゅうぎゅう抱き合って……

「ルイズ!」
「姫さま!」
「ルイズ!」
「姫さま!」

感謝や謝罪の言葉を告げあい、頬にちゅっちゅを降らせあい、そのままあやうく結婚しそうになり周囲から止められて、そのあといっしょにわあわあと大声をあげて、たっぷりと泣いたそうな。アニエス、竜騎士の男性とその愛竜、竜のシルフィード、コルベール、リュリュ、キュルケとサラマンダーのフレイム、ヴェルダンデたちは、「ただいま」「おかえり」と伝え合い、喜びと安堵に胸を満たしたのだという。

王女は、「わたくしは無力でした、何もできませんでした」、と繰り返し叫び、鼻水をだばだばたらして、声を枯らして泣いていた。
彼女は自分自身と魔法の親和性の相当に高い従兄、ウェールズの杖ならすぐに契約できるだろうと思い、相手方と賭けチェスをして勝ち取ろうとしたらしい。
その努力は実を結ばず、ただ裸に剥かれただけで、いいところもなく終わってしまったのだが……つまり泣く理由は、星の数ほどあったようだ。

「まさか……ああ姫さま、おいたわしや、もう全身をぺろぺろと、されてしまわれたのですか?」
「い、いえ……そんなことはありません……ところで、ミス・タバサは、どちらに?」
「あうっ、タバサ……帰ってきてない……ああ、シエスタのお人形さんも、こんなにっ……」

こんどはルイズが泣き崩れ、アンリエッタが慌てて抱きしめて、王宮に報告にいっていたアニエスが呼びに来るまで、ずっと二人で泣き続けることになったのだそうな。

……

タルブ領主アストン伯は、すでに壊滅してしまった村を見て、もはやこれ以上ここを守ることはできぬとラ・ロシェール方面に私兵をまわし、また自らの貯えを放出して、難民たちの全面支援に当たったのだという。ラ・ロシェールにて馬車や食料などの旅の装備を買い込ませ、タルブ難民一行は数日かけてトリスタニアの王都へと向かい、数々の交渉のあと、街のそこかしこへと受け入れられていったようだ。

疾風のギトーは結局そのままラ・ロシェールに残って、学院代表としてオスマン老を『風の隠行』スペルでサポートしつつ、迫ってきたアルビオン地上軍相手に、文字通り疾風のごとく暴れたのだとか。

「やはり『ワールウィンド』は実戦に向かぬ、我々メイジにとってはただの魅せ技だ……もし実戦に使おうとするのなら、すさまじい魔法の集中砲火を受けながら微塵とて揺らがぬ鋼鉄のごとき体と、いつまでも回って居られるタフネスが必要となるだろう」との魔法技術研究者らしいコメントを、のちにルイズに語ったとか。

ルイズたちの危機を救い勝利を決定付けることになった、若い竜騎士メイジの愛騎、あのドラゴンについては―――
<サモナー>との戦いのためタルブ近郊の道すがらに置いてゆかれて、戻ってこない主人を寂しそうに待っていた竜を、シルフィードが『幽霊屋敷』へと連れてきてくれたのだという。
魔道師撃退に成功した竜騎士隊の生き残りたち、そして最後にとうとう王女を助け出し一躍国の英雄となった彼には、近々それぞれ働きに見合った恩賞が与えられるらしい。

シエスタとモンモランシー、ギーシュの三人は事変終結のあとのまだしばらく、トリスタニアの王都に滞在しているのだという。
いろいろ大人の事情により姫の結婚式の巫女の役がお流れになってしまい、一世一代の晴れ舞台を失ったモンモランシーは、ひどく落ち込んでいるのだとか。
また、いろいろ複雑な気持ちゆえ、ルイズに会いたくない、学院に帰りたくないというシエスタは、休暇の期日が終わるまで戻らずに、現在親戚の経営する宿屋兼居酒屋に住み込みでアルバイトをしているらしい。

そして、タルブの村の跡が、いったいどうなってしまったのかについて……誰も知らない。
一部では、『復興は絶望的』と、ささやかれている―――ああシエスタよ、どうなってしまうのか!

……

雪風のタバサは……
騒動が終結してしばらくたってからも、魔法学院に帰ってきてはいない。

ガリア王家からの学院長への通達によると、ラグドリアンにある彼女の実家へと、謎の隕石が落ちてきて跡形もなく焼き払い、母親と使用人が行方不明になったとか。ガリア国王ジョゼフは、この一件に関わったと決め付けたうえで、トリステインとの国境付近に居住する山賊や盗賊を全部捕らえてしばりくびにする、と宣言したらしい。
この事件によりガリア国内は、現王派と旧オルレアン派との間の微妙な緊張状態がぶり返しており、亡き王弟シャルルの娘、シャルロット嬢の身柄の取り扱いが、注目されているという。

一方、ガリア国王も含めて誰ひとり知らないことだが……

ラ・ヴァリエール公爵領より国境をはさんで反対側、ゲルマニアのツェルプストー家の別荘に、ひっそりと居候が二人ほど増えていたのだそうな……
息女キュルケのいくつもの『高価な買い物』、新しい杖のスキルや実家の庭の<ウェイ・ポイント>などが、親友の愛する家族を解放するために、活用された結果のようである。

解毒薬その他を運んだりするために、母のお見舞いに行ったりするために、旧オルレアン公邸と『幽霊屋敷』との間の高速連絡の手段は、確保されていたようだ。
そして履歴をもたぬ<ウェイ・ポイント>のある場所まで飛びたいときには、そこの履歴をもつ他人のパーティに入れてもらい、向こうから開いてもらった<タウン・ポータル>に入るという手段が、<サンクチュアリ>世界においても一般的らしい。
サラマンダーのフレイムや竜騎士の竜のような被使役存在(Minion)は、ポータルの人数制限にかからない。
つまり、再編成後の『幽霊屋敷』パーティ8人のうち、最後の2人は……


……

タルブ事変終結より、一週間ほどが過ぎ―――
ガリアの首都リュティス、初夏の日差し降り注ぐ雄大なるヴェルサルティル宮殿の片隅の庭にて、二人の少女が対面している。

木漏れ日のなかさらさらと、庭園内を流れる小川と、小さな滝の音だけがひびく……

ひとりは、少し強い日差しにかざした白くなめらかな手を透かしている、麗しの無愛想イザベラ王女。
彼女の父親は、ここ近年『おれはひとだ』と書かれた看板片手に熊になって大暴れするのが趣味らしく、人熊状態で<ファナティシズム・オーラ>を纏うと妙に落ち着くのだとか。

そしてもうひとりは国王の姪である、無言無表情のタバサことシャルロット・エレーヌ・オルレアン。
つい先日彼女は、ガリア王宮のいたるところに貼ってある『熊出没注意!』と書かれたステッカーが冗談ではないと知り、愕然としたのだとか。

さて、小さな彼女をしばる人質はもう仇敵どもの手の中に存在せず、彼女の心をずっと閉じ込めつづけていた牢獄―――旧オルレアン邸も、もはや存在しないのだ。
現王派からすると、これ以上シャルロット周辺の状況を刺激しつづけるのは、あまり国内状況的に具合がよろしくないらしい。
この小さな騎士は、彼女の様子を見た誰もから、『母の生存を心から信じており、動じずに、けなげな態度を取っている』との大人の事情のタテマエで評価をされているようだ。大規模内乱勃発の危機は、彼女がガリアに残って大人しくしてくれていたおかげで、防がれたようなものである。

この頃イザベラ王女やガリア国王たちは、国際的にデリケートきわまるゼロのルイズの状況を整理しつつ、いつどうやってどんな風に彼女をガリアへと招待するか、そして何だかんだ言って重要な立場の<地下水>の返還交渉について、内輪の議論をかさねているようだ。
ゼロのルイズの命綱は、『ガリア王の願いを叶えてやれるのが、この世界で彼女だけ』ということだ。彼女を招待し、ガリア王の問いに答え、その他ガリアにとっての必要な仕事をさせて、王がすべての目的を果たしたとき―――危険すぎるゼロのルイズは、必ずや処分されてしまうことだろう。

それについては向こうも良くご存知のようで、どんなに国や実家を通じて正式な招待をしたところで彼女が『安全を確認』して応じることなど、絶対にありえないのである。

たとえルイズ本人を狙い、心を奪う水魔法の毒などを盛っても、触れただけでそれと解る彼女に通じるはずもない。
そういうことをやればやるほど、ますます信頼は失われてゆく。<ミョズニトニルン>は必要なので、万が一にでも亡命されたりしたら、その時点でおしまいだ。
なお、再び少女を拉致し捕らえ拷問にかけたり、軍をうごかしたり、どこのどんな人質を何人取って脅したりしたとしても、そうなると国王ジョゼフの問いに対するゼロのルイズの返答が『真実である』可能性が消えてしまうのだから、もはやどうしようもないのだ。

さらにたちの悪いことに、『私を、心より信じて下さいますか』……とのルイズの脅迫じみた問いかけは、ガリア国王にとっては、ある種の致命的な呪いのようなものとして作用してしまっているらしい。

つまり、ガリア国王自身が、いちどでもほんの欠片でも、少女の答えにたいする猜疑心を抱いてしまえば……心のうちで疑念は生涯にわたってひろがってゆくことになり、彼の満足する答えは得られなくなり、彼の望みは二度と叶わなくなってしまう。
お互いに納得しあえるまで『ゼロからの信頼関係を築く』……ああ、他人を信じることに難のある国王にとっては、どれだけ『難易度の高いゲーム(Hell Mode Quest)』であることだろうか。やる気は充分、さっそく裏から手を回して面白くない戦争を終わらせ、毎日熊になってぐるぐる唸り、壷や樽やその他様々なモノを破壊しつつも、攻略作戦を練っているのだという。

そんな時分にこの寡黙なシュヴァリエは、そのための情報源として、イザベラによって、先の複雑な事件についての長引く事情聴取中の仮住まいより、呼びだされたのである。

「あいにく現状維持が最優先なんだ……お前にはもうすこし、北花壇騎士としての命令に、大人しく従っていてもらうよ」
「わたしは、この国の騎士……ずっと任務を選んでくれていたことに関しては、感謝している」

イザベラの言葉に、眼鏡の少女シャルロットは静かに答えた。従姉はそっぽを向いてぶっきらぼうに鼻をならす。

「ふうん、何のことかしら……思い当たることはないわ、お前に感謝される筋合いもないね」

汚れ仕事専門、北花壇騎士団の団長のほうは、父王が娘の騎士団の団員に直接『ルイズ拉致』の命令を下したことを、騒動が終わるまで知らなかったらしい。

「……先日ようやく、この国とあなたたちのいま置かれている、不可解すぎる状況に気づいた」

青い目の少女たちが、互いに見つめあう。

「過去にわたしの父さまの派閥にいたものたちが、この国でこの先、なにをしようとしているのだろう……それがどうしても、不気味に思えてならない」

穏やかに会話をつづける、この二人の王族の間に、どれほどの愛憎遺恨が渦巻いているのだろうか、過去に倒れた人々の血を吸ったガリアの大地だけが、知っている。
はあそうかいそうかい、と王女は雪風の少女を見つめ、言う。

「それにしてもあんた、ひと昔まえとは、ずいぶん変わったわね……やっぱり『白い髪のエレオノールさん』の影響かしら」
「……」
「なあ、どんな教育を受けたら、あのような娘が育つのだろうねえ」

同じ学校で、同じ教育を受けているだろうシャルロットへと、イザベラは問いかける。背の低い従妹の少女は答える……

「ひとりの教師は、滑りやすい」
「はん?」
「もうひとりも、同じ……」

そこらの教師よりはよほど腕も立ち、幾多の魔法の使い方も心得ているトライアングル・メイジの雪風のタバサ。
彼女が魔法学院の教師について真っ先に思い出す、尊敬できる人物は……ジョークの滑るスクウェアの恩師と、頭の滑る炎蛇のトライアングルの二人だ。
その二人を知らぬイザベラは全く意味が解らず、首をかしげるほかない。

「その心は、つるつるに育ちました、ってところかしら?」
「……」

視線は従妹の平らな胸元へ。雪風のタバサは、ゼロのルイズの胸が自分とおなじくらいにつるつるであると、常日頃より主張している。
ゼロのルイズは『異議あり、私のほうがちょっぴり大きいわよ』と反論するものだ。イザベラは「とあること」に気づいて、タバサを物陰へとひっぱってゆき、耳元へと、唇を寄せて……

「……なあ、それは下のほうもお子様みたいにつるつるってことなのか……あれ? こっちのお毛々のほうも白いのか?」
「……」
「ああ、思いついてしまえば、妙に気になって仕方が無い。なあ教えてくれよ、他言しないからさ。あの埒外娘は生まれつき白髪だったってわけじゃあ、ないんだろう? 人は頭の毛が白くなったとき、あっちのほうは、いったいどうなっちまうものなんだい?」
「……………………」

そんな風に、ひどくいじわるなことを、問いかけた。タバサの青い目が、静かに大きく見開かれてゆく……
ああ、いったいその答えは―――

ド ド ド ド ド……







//// 27-3:【そばにいて】

一方、諸国家上層部からの注目や思惑をよそに……
戦いを終えた後からずっと、ここしばらくゼロのルイズは、身体的メンタル的にも、絶不調の状態が続いているようだ。

タバサが帰ってこない。
こんなとき優しく世話をしてくれるシエスタも帰ってこない……彼女はルイズに会いたくないのだという。
キュルケも実家に呼び出されていってから戻ってこない……実家で秘密裏に受け入れた戦争の火種について、家族ともめているらしい。
モンモランシーとギーシュも王都より戻ってこない……アストン伯と協力し、シエスタその他のタルブ難民の援助をしているらしい。
シルフィードは、使い魔として少なくとも無事であることは感じ取れるらしい主を追って、リュティスへと飛んでいってしまった。
<サモナー>が居なくなり大きな任務を終えたアニエスは、しばらくここには戻らない。
王宮側<ウェイ・ポイント>が一時的に封印され、なお忙しいアンリエッタは見舞いにこれない。
心配性の両親から手紙を受けたリュリュは、……あの『帽子』が相当のショックだったらしく、シルフィードにお願いして『使い魔のガリア側にたいする身分証明』を交換条件に便乗させてもらい、ガリアの実家へと帰ってしまった。
ギトーはまた風のようにどこかへとフィールドワークの続きに出かけている。
オスマンは数々の後始末で忙しく、ここしばらく学院に居ることのほうが少ない。
改造中の<地下水>は<ホラドリック・キューブ>へ、修復中のデルフリンガーは地下室に作られた修復槽のなかに、放り込んだままである。
コルベールには、……あわせる顔が、無い。<火石>を脅しに使った一件を語ったところ、ルイズは彼から笑顔を奪い、その心を深く傷つけたのだ。

ルイズ・フランソワーズと会話することの出来る人間が、いつのまにやら、彼女の周囲から消えていた。
いっそ新しいともだちを作ろうと、頑張ってにやにや笑顔をつくり、クラスメイトに声をかけてもみたものの……どうなったかは、言うまでもない。

さて思い出してみよう、ルイズは自分の<虚無>の覚醒を促すために、『自分がいちばんピンチに追い込まれるであろう場所』を占い、タルブに居座ったのだった。その占いは見事に的中し―――お望みどおりの裏目裏目の大ピンチ、『頼みの綱の<虚無>が覚醒しないからこそのピンチ』へと当然のように追い込まれ―――
ただ人間関係的な意味だけでなく、想像もしえない多種多様な意味でのさらなるピンチへと、事変終結後の今なお、まるで『終わりがないのが終わり』と言わんばかりに、どんどん追いこまれつつあるようだ。
全力で走りぬいてジャンプした先で、顔から着地してしまうかのようにして。

魔法学院がしだいに日常を取り戻してゆくなか―――白髪の少女はひとり、カーテンを閉め切った薄暗い『幽霊屋敷』に、ひきこもるようになってゆく。
何もする気がおきず、頭も体もきちんと働いてくれず、何かを考える気もおきず、気持ちがまったく上を向かず、食欲もなく、体中の感覚が突如うすれたり、急に刺すように頭痛がおそい、全身の筋肉と節々がずきずきといたみ、慢性的なだるさとしびれが取れないのだ。

奥歯を一本なくして、折れた歯がもとに戻るまでしばらくかかるのだが、体中にながれる霊気のバランスがしだいに崩壊してゆき、ひどく乱れてしまっている。
戦闘で額のルーンの力をたくさんたくさん使いすぎたせいか、マナ・ポーションの使いすぎのせいか、精神バランスがくずれ、高ぶった神経も警鐘をならしている。
スタミナ・ポーションその他を飲みまくり酷使しすぎたせいか、体のあちこちにガタがきている。

そして、今回の事件をつうじて、『ルイズの選択と行動の結果、命を落としてしまうことになった』人間たちの亡霊が、彼女の周囲にたくさんたくさん、ものもいわずじっと佇んでいる。この少女がもし、ハルケギニア貴族にとっての正常かつ一般的な倫理観の持ち主、つまり<常人>であったとしたら―――それはまさに、発狂ものの光景だろう。
幸いなのかどうなのか、目下のところ常人の枠から大きく外れつつある彼女は、彼ら亡霊たちを供養(Rest in Peace)しようと頑張ってみたのだが、精神面の不調と、自身の霊脈のバランス崩壊のせいでなんど試しても失敗し、上手く行っていないらしい。

彼女はひとりのネクロマンサー、べつに人死にが出たことに、落ち込んでいるというわけではない。

ただ、「もっと良い決着のつけ方があったのではないか」、という釈然としない想いが、性根の真面目なひとりきりの少女をドツボへと誘い込んでゆく。
彼女の作った<ウェイ・ポイント>の一件については、姫と枢機卿が「もし魔法陣が無くても、誘拐は成立した」との結論をだした。ルイズは二人より「誘拐に竜が使われたとき、その竜をそだてた人を責める人はいません」と言われ、二度とこのようなことを発生させない対策をとることを条件に、不問にされるらしいのだが……やはり、悔いは残っている。

それだけでなく、今回の一件を通じて、自分の占いを根拠に確信を持って行ったはずの、「信じてください」と言ってまで他人を巻き込んだ行動(虚無の覚醒、サモナーへのリヴァイヴなど)が、いくつもいくつも裏目に出てしまったことを、彼女はひどく恥じている。
次姉にも、恩師コルベールにも顔向けできないと、これまでの自信を、もう心が折れてしまいそうなほどに、大きく揺らがされてしまっているようだ。

―――姫を助け出すことに成功し、青い衣の魔道士は打倒され、交渉の末敵が撤退してくれて、比較的平和な結果に終わったのだが……
今日の状態は果たして、自分の望んだとおりのものなのだろうか? 何か、大切なことを忘れてたり、また間違ってたりするんじゃないだろうか?

この先、<存在の偉大なる円環>の生と死とのバランスを崩すにまでに自分の行動がエスカレートしてしまったら、炎で人を焼くことを好まぬコルベールの心をますます裏切るだけでなく、大事な信仰と大いに矛盾することになる。

ルイズへと判断の間違いをつきつけて、力の限界を見せ付けた自称<サモナー>……
ルイズよりひどい、いくつもの取り返しのつかない間違いをおかして、それを悔いているらしきガリア国王ジョゼフ……
ルイズへと真っ向から張り合って、気持ちを叩きつけたイザベラ王女……
ルイズがいつのまにか、やり口を似せてしまっていた恐怖の王ディアブロ……

彼ら彼女らに、とうとうルイズは自らを重ねて見てしまい、ぼんやりと彼ら彼女らの生涯や生き方を、脳裏に思い描いてみたりしている。
もういちど裏庭に首だけ出して埋まろうにも、そのための穴を掘るゴーレムさえ作れなくなってしまうほどに、今の彼女は不調なのである。
ああ、なんという大ピンチか―――今のルイズ・フランソワーズは穴がないので入れない、つまりどんなに深く長く静かに落ち着いてすっぽり埋まりたくても埋まれない、埋まれないのだ!

場の霊気の動きに敏感に反応するコウモリや<エコー>たちは、この幽霊たちの無言の抗議行動がひと段落するまで、ここに遊びには来ないつもりのようだ。
<サモナー>の霊は、いない。

ひとりぼっちのルイズ・フランソワーズは、もうここしばらく、ちゃんとした睡眠をとれていなかった。
昨日の夕食も本日の朝食も、消化のよいものを出してもらったのに、少し食べたとたんに戻してしまい、その申し訳なさにますます落ち込んで―――

マンドラゴラ畑に水を、毒ガエルの住む水槽にエサをやって……とつぜん、ふっ、と足元の崩れるような感覚―――ルイズには、そこから先の記憶がない。

……

……


「……ミス? あの、ミス、いらっしゃいますか、お返事を……」

マルトー氏の頼みで、いつまでたっても取りに来ない食事を運びがてら、様子を見に来たのだろう、使用人のうちから選び抜かれた比較的胆の据わったほうらしい、ひとりのメイドがやってくる……
何度も呼び鈴をならしたのに、不気味な物置小屋の主は、出てこない。異臭がして不審に思い、扉を開けた彼女の、見たものは―――


想像を絶するほどに、凄惨きわまりない光景だった。

「っぐ―――ひいっ!」

悲鳴をあげて口元を押さえ、飛び退ったあげく尻餅をついてしまうのも、無理はない。

薄暗い部屋の中には、がんがんに焚きこめられたお香の煙がもうもうとたちこめ、それに混ざってさえ消しきれない薬や死体の異臭がただよい、いっさい整理整頓されていない脱ぎ散らかされた衣服や下着や洗濯物、大量のゴミや砕けた食器や謎のマジック・アイテム、山と積まれた空っぽの棺おけ、変てこなかたちをした石ころの積まれた塔、小さな歯形のついた粘土、巨大な溶けかけた氷のかたまり、途中まで描かれてびりびりにやぶかれた絵画、ドラゴンやオーク鬼や山羊やヘビやネズミのものらしき骨、ベッドの上にさかさまの野生種火竜の頭蓋骨、短刀に貫かれた干し首、数本の刃物と水桶と砥石、山積みにされ埃をかぶった本、壁の切れ込みに突き刺さったままの血まみれの大きな包丁、黄色いゾンビのようなもの、折れた杖と作りかけの指輪、割れたいくつもの壷や薬ビンや試験管、トリステイン王家の秘宝『始祖の祈祷書』、その他あやしい物体が足の踏み場もないほどに、大量に散乱している。

壊れてもう閉じも開きもしなくなったらしい、地下への入り口の戸が見える。そして何かを煮詰める壷の前、誰かの定位置が、ぽっかりと空いている。

がりがりにやせ細り頬もこけたひとりの白髪の少女が、折れそうな裸体にシーツ一枚をまきつけて、ゴミの山のなかのわずかなスペース、石の棺おけのとなりに死体のように転がって、生気の通わぬ瞳孔の開ききった目で、ほとんどまばたきもせず、ときどきぶつぶつと何事かを、誰も居ない宙にむけてつぶやきつづけている―――

「大丈夫? 何があったんだ、い……」

怯えるメイドへと慌てて声をかけ、中を見るなり絶句したのは、真面目そうな眼鏡の少年、レイナール君である。
学院長オスマンと厨房主任マルトーからなにやら頼まれているらしい彼は、誰もが恐れる『幽霊屋敷』に向かうメイドの付き添い兼用心棒として、ついてきてやっている―――そうでもしないと、使用人たちは誰一人として、この恐ろしいゼロのルイズの世話など、しようとしたがらないからだ。

「た、大変だ! ど、どうして、こんなになるまで、放っておいたんだ……」

彼は血相をかえて叫んだ。
『幽霊屋敷』のなかへと飛び込み、少女の軽い体を抱き起こして様子を見ると、かなり衰弱しているようだった。おでこに触れてみると、熱もある。

「マリコルヌ、彼女を医務室へ運ぶぞ、手伝っておくれ! メイドくん、きみはミスタ・コルベールを!!」

少年は少女を玄関の外に魔法で運び出し、メイドの少女はコルベールの研究室にむけて、転げるように走ってゆく。
それまで小屋にむかって礼拝していたふとっちょの少年が、とびあがるようにして驚いた。

さて―――


ここは学院の医務室、不幸にも昼食の時間で当直はおらず、眼鏡の少年はひとっぱしり水メイジの先生を探しに行っている。
ちびで金髪でふくよかな体つきの少年、風上のマリコルヌの目の前のベッドには、うつうつルイズが横たわっている。
瞳孔をひらいたまま、華奢な体をぴくり、ぴくりとかすかに痙攣させ、薄い胸をかすかに上下させながら。

その片手には、修繕途中のものらしい、ぼろぼろの黒髪の少年剣士らしき人形をしっかりと握り締めており、離さない。
ゼロのルイズに、裁縫や編み物の才能やセンスは、ない。ああ、いったいどうなってしまうのか!!

はあ、はあ、はあ……

マリコルヌの目の前、シーツ一枚の向こうには、痩せこけて弱りきってなお美しい、白髪の少女の体がある。
手を伸ばし、ちょっぴりシーツをずらせば、あられもない部分が見えてしまいそうだ。
さあこの場には二人きり、かたやこの娘に気があるらしいマリコルヌ少年、今ならシーツをずらしてちょっと観察しても、においをくんかくんか嗅いでみても、誰にもバレナイのだ、ああルイズ・フランソワーズ、何という性的な意味での大ピンチであることか!

はあ、はあ、はあ……

さあほとばしる若さをもてあます青少年にとって、振って湧いた幸運か……とも思いきや、どうやらそういうわけでもないらしい。
かといって、様子のあまりにおかしい少女にたいする心配や思いやりが先に来ているというわけでも、なかったようだ。

「ウ、ウツクシイ……」

ああ畏れ多すぎる、鬱の神と交信しておられるのだ、ああ鬱くしやありがたや……と、全身を石づくりの床になげだす―――『五体投地』、を始めてしまった。
どんな状況でも手を出さず踏みとどまれる精神力……他人からよくよく『変態』と評価される彼には、『変態紳士』になれる資質があるらしい。

はあ、はあ、んっ……

ちなみに、さきほどからの「はあはあ」というのは彼の興奮した吐息などではなく、白髪の少女によるものだ……部屋の中から運び出されて以来、呼吸が乱れている。

「ん、ん、……」

少女が呻き、びくびくと痙攣しだした。このときになってようやく少年は、少女にたいする心配が心を満たし、不安におそわれ、顔を青くする。

「どどど、どうしたんだ、ゼロのルイズ、苦しいのかい? ぼぼ、ぼくはどうすればいい? 寒いのか、水が欲しいのか、人間の血がほしいのか……」

すぐさま彼はその原因に、気づいてやることができたらしい。

「わかったぞ、きみは、眩しいんだな!」

あわてて窓際に駆け寄って、カーテンを閉めて、闇の住人たる彼女の瞳孔の開いた目へと、陽の光があたらないようにしてやるのであった。
彼女の呼吸は、しだいに落ち着いてゆき―――安心して息をついた彼は、ずれたシーツをかけなおしてやってから、ふたたび『五体投地』を始めるのであった。


やがてコルベールが来て彼女を見て仰天し、水メイジにより応急手当がなされ、ルイズはしばらく学院の医務室にて過ごすことになる。


この一連のできごとの間、少女の精神のなかで、いったい何が起きていたのか―――

―――……

……

ルイズは夢を見ていた。
夢の中のルイズは、自分の体が骨もなく、半分ちかくぐんにゃりと溶けたスライムのようなものになっていることに、疑問をもっていない。

「がんばれ、がんばれ」

ここは学院の使用人宿舎に近い、以前とあるカップルの真夜中の逢引に使われていた、庭師の小屋。
ギーシュ少年とルイズが、ベッドに横たわった金髪の少女モンモランシーを応援している。

「ああ、痛い、ああ、苦しい……」
「つらいだろう、ぼくたちがついているよ」
「もう少しよ、モンモランシー」

ルイズは自分のどろどろの液体の一部を伸ばして、友人モンモランシーの手をべちゃべちゃと握って、気持ちを伝えようとした。すぽーん(spawn)!

「やあ生まれたぞ、ああ、なんて立派な卵だろう!」

二人の目の前で展開されていたのは、モンモランシーの貴重な産卵シーン。
大事な恋人より生まれた卵を、ギーシュは胸に抱いて喜んだ。ぱんつはいてないモンモランシーも、汗だくの赤い顔で喜んだ。もちろん、ルイズも心から嬉しい。

「きゅい、おめでとうなのね! ルイズさまも、こうやって生まれてきたのよ」

人間形態の青い髪の少女シルフィードが、壷にはいったルイズの背中を、デルフリンガーでぐるぐると混ぜながら、言った。

「おや、孵化するぞ……」

ギーシュの手の中の卵のからに、たちまちヒビが入り……中から、桃色髪の小さなギーシュが出てきたので、一同が目を丸くした。

「ああ、ひどいわ貴女たち、やっぱり浮気して『みかんみかん』してたのね! これ、私の子供じゃないわ! どうみてもルイズとギーシュの子供じゃないの!」
「そ、そんな……そんなはずはない!」

モンモランシーが悲しみに泣き崩れ、ギーシュは慌て、ルイズはぶくぶくと気泡をたて、子(young)ギーシュは頭部と目玉をぐるぐるとさせゲラゲラゲラと笑い……
シエスタとギトーとキュルケとリュリュとアンリエッタ王女が、両親と姉たちが、とてもとても悲しそうな目で、水中のルイズを見ている。
どーん、とイザベラ王女が乱暴に壷を蹴倒し、中身のルイズは地面の下のほうに向かって流れ出す。誰かに、体を運んでゆかれるかのように……

熱い、熱い、熱い……まぶしい、ウ、ウツクシイ、まぶしい……

「おお、ミス・ヴァリエール……とうとうきみも、こんなところにまで、来てしまったのか」

流れ込んだ先は、ごうごうと溶岩の煮え盛る地獄の炎の河―――小さな黒い岩の中州には、翼の生えた悪魔(デーモン)たちが、沢山いる。
ルイズの隣には、ひざをかかえたコルベール。二人の手には枷、足首には鎖のついた重たそうな鉄球が、取り付けられている。

「ミスタは、どうしてここに?」
「私は過去に、たくさんの罪もなき人を焼いてしまった……だから、これから私の骨と魂は、そこの地獄の炉(Hellforge)にて、おそろしい武器に改造されるのだよ」

二人の視線の先には、業火をたたえる炉と金床。この鍛冶場の主、ひきしまった巨躯の高名なる魔界の武具師、ヘファイスト(Hephasto the Armorer)が豪快に笑う。
重たそうなハンマーを振り振り、丹精こめてとんてんかんと、ルイズたちの身と心を、邪悪の軍勢が天界の勢力と戦うためのいびつで醜い武器に造り替えてしまうのだ。

「い、いや……」
「辛いだろうが、怖いだろうが、受け入れたまえ……きみは私の心を裏切って、私の見つけてきた<火石>で人を脅し、本気で焼いてしまおうとしたのだ」

恐怖に顔をゆがめて涙目のルイズへと、責めるような目で、コルベールが弱々しく言った。

「きみは『恐怖の王の炎』を世に解き放たせ、大きな恐怖で、この世界を包んだ……そんなこと、立派な貴族のすることではない」

彼の言うとおり、もっと別のやりようもあったのかもしれない……という気持ちは、ずっとルイズの心のなかに、たしかに負い目として在ったようだ。自分は魔王ディアブロの恐怖の炎、<アポカリプス>と同種の戦略兵器的存在になりたかったのではなく、司教と天使との約束を果たせる、みんなを笑顔にできる、立派な貴族になりたかっただけなのに。

「大いなる邪悪(Prime Evil)、三の一、恐怖のなかの恐怖、ロード・オブ・テラー、私たちの崇高なる闇の君主(The Dark Lord)ディアブロも、きみの魂から作った武器や防具を、とても高く評価してくれることだろう」

そこにもはやコルベールの姿はなく、物語の挿絵から抜け出してきたような、典型的な悪魔の姿そのままのデーモン、『ベノム・ロード(Venom Lord:Megademon)』のひとりが、牙をむき出して、ルイズにむけてそう言った。

―――しまった、とルイズは気づいたが、もう遅い。とても怖い、あまりに怖すぎる―――なにより恐ろしいのは……もう半分以上、自分は悪魔の言葉に納得しかけている!!

これは正真正銘本物の<悪夢(Nightmare)>なのだ。夢の中とはいえ、目の前の悪魔たちからは、隠しようのない真の魔の気配が、ぷんぷんと漂ってきている―――悪魔とは、こうやって弱りきって迷い悩む人間の心の隙間へと、つけこんでくるものなのだという。
壷(Jar)の底はどんどん深くなる、手がとどかない、あっぷ、あっぷ、溺れる、足がつかない……それはルイズ自身の心から染み出した、すべて瘴気の油。細い体中を、地獄の炎が蹂躙し……

「助けて!」

少女は叫んだ……

―――びゅううううー!!

願いは届き、助けは来た。
たちまち吹き荒れる猛吹雪(Blizzard)、視界全てへと叩きつけられる巨大な雹、少女の誇りを汚すあらゆる敵を打ち払い、どんなに恐ろしい灼熱地獄の炎さえも、がちがちに凍りつかせるほどに強烈な―――ド ド ド ド ド……

揺らがず貫き通されるであろう、氷のような心の力を前にして、悪魔は不機嫌そうな表情で、崩壊してゆく『悪夢の世界』から去ってゆく。
その代わりに、ルイズの心を、凍るように冷たくもとろけるように暖かい何かが、包み込んでゆく。

己が使い魔であり半身、白くまばゆくけがれなき魂の炎、『骨の精霊(Bone Spirit)』が、はるか遠くに居る友人の気持ちを乗せて、このときようやく自分の心の中へと、戻ってきてくれたのである……

夢の中で、遠くで長い節くれだった杖を構えている、静かで青い小さなシルエットへと気持ちをこめて「-----!」と叫び、涙の浮いた笑顔で大きく手を振って……
少女たちは自分たちの現実へと、ふたたび出会うために、戻ってゆく。

―――


教師ジャン・コルベールは、目が覚めたルイズ・フランソワーズの肩を、そっと抱きしめてやったという。
彼は王女救出の一件より、彼女が自分の心を傷つけたことが原因で、彼女に微妙に避けられるようになったこと、いちど許したはずなのになお彼女が自分に大きな負い目を抱いていることに、気づいていたようだ。

「きみは若い、まだ十六なのだ。四十二になる私が二十年もの間追い続けてきて、いまだ得られぬ答えだ。そんなもの、今すぐに焦って得ようとするなど不可能だし、必要もないのだよ」

腕の中で震え、泣きながら<火石>の一件について謝罪する少女を、教師は穏やかになだめる。

「ミス・ヴァリエール、きみは私に学んで、それを裏切ったというが、そんなことはない。私のほうがきみに救われ、学ばせてもらったことも、沢山あるのだから」

弱りきった今の彼女にとって必要な言葉を慎重に選び、中年教師は語りかけてゆく。
危機に陥ったとき、相談できる相手もおらず、正しい手段を考える下地や知識や経験が足りなかったとしても、そのときひとはもう、おのが持てる知識だけで判断し、誇りと信念と信仰を貫いて、歯を食いしばって行動するほか、なにひとつ選択肢はないのだと。

命令で『伝染病を抑えるため』と偽りの理由を信じ込まされ、罪なき人を沢山焼いた彼は、それをよくよく知っている。
万が一、あのとき幼いアニエスが、本当に凶悪な伝染病に感染していたら……この国は、彼の選択のせいで、いったいどうなっていたのだろうか。
ルイズは少女だ、世の中に翻弄され業を背負うにはしのびない、それでも運命の大波は死と同じく平等に、ときに女子供にも容赦しないのだ。
そして貴族社会における貴族の子息子女は、貴族となるための教育をうけ、『小さな大人』と見なされるのが通常である。

貴族は命令を、『動く必要』を受けて動くものと言われるが、それだけで行われた悲しい結果は、間違いなのだろう。
貴族は貴族たる前に、心をもった人である。人の心は、理詰めでは、つまりただの『必要性』だけでは、計り知れぬもの。

「きみが誇り高く生きようと望み、日々努力していることを、私はよく知っている……きみは貴族だ。迷いたまえ嘆きたまえ、ひとに相談するのも必要だろう、だが結局のところ心を決め行動するのは、貴族たるきみにしかできない。もしそれが真に、きみの人たる心に、貴族たる熟慮と誇りと信念に従って行われたのならば、この炎蛇のコルベール、誰にも文句を言わせんぞ、ああ言わせないとも!」

先日メンヌヴィルと向き合い、いちどは禁を破ることまで決意し、自分を仇と狙っていたはずのアニエスに助けられ、彼自身もいろいろと思うところがあったようだ。
少女の嗚咽は大きく、すがりつく力は強くなってゆく。教師は微笑んで、ぽんぽん、と細い背中を叩いてやりながら……

「私の力は、きみの力だ。私は杖に誓うよ。きみを教えた師として、ともに悩み、きみが道を踏み外したとしても、生涯きみの心の味方でいよう……安心しなさい、きみが間違えていたら、必ず私が止めよう。そしていっそ、ともに地獄に堕ちようではないか」

戸口で聞き耳をたてていたらしい赤髪の少女キュルケ・フォン・ツェルプストーが、がたん、と扉にぶつかって、へたへたと座り込んだ。
その目にはじわじわと涙が浮かび、唇はわなわなと震えている。

「ぷ、プロポーズ……」

と、一言。コルベールは盛大に慌てた。

「お、おお、違う、違うぞ、そんなつもりはない!」
「そんなぁ……いやぁ……あたしの、ジャンがぁ……よりにもよって、そんなちんちくりんと……」
「ななな、何を言っておるんだ!」

ああ、どうなってしまうのか―――!!

医務室で巻き起こる騒動をよそに、ルイズ・フランソワーズはすやすやと、久しぶりの安眠のなかへと、身をゆだねるのであった。

(炎蛇め、なんとも貴族らしい言い分だが……しかしなるほど、ともに地獄に堕ちよう、か……)

扉の外……剣士アニエスが、胸のうちで呟く。『幽霊屋敷』の<ウェイ・ポイント>でキュルケとばったり会って、一緒にルイズの見舞いにきたらしい彼女は、いまの話を聞いていたのだ。彼女の心のなかで、二十年もの間燃え続けてきた復讐の炎は、そう簡単に消えやしない……だが、いまや確実にその在りようを変えつつもあるようだ。

(……残念ながら、私にはただの気休めにしか聞こえんが、……まあ、いちがいにそう斬って捨てるには、惜しい言葉だな……王宮のやつらの奇麗事よりは、ずっと人間味がある)

先の国を救うほどの働きと功績でシュヴァリエ叙勲を考慮されているらしき平民剣士は、壁を背に寄りかかって体をあずけ、そっと両腕を組んで目をつぶる。

白髪の少女の暮らす『幽霊屋敷』へと、ひとり、ひとりと仲間たちが戻ってくるまで、あと少し。
ひとりの小さな青髪のガリア騎士が、新しい任務を受けて戻ってくるまで、あと少し。
貴族の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに、いつもの笑顔が戻ってくるまで、あと少し。

―――

虚無系統の少女ルイズの背後霊的なものとして憑いている、古き時代のロマリア法王が、新しい亡霊たちに囲まれて、じっと無表情で佇んでいる。
この法王の亡霊は、はるか昔に亡くなってから、現代になって大貴族ヴァリエール公爵とカリーヌ女史との<生命の神秘>によってルイズがおぎゃあと生まれるまでの間、ずっと『天界』のほうに居たようだ。
ハルケギニア世界の運命と行く末とを司る天界の住人たちより与えられた、『見とどけよ』という使命により、彼はふたたび亡霊として世に顕現し、ルイズの生まれたときからずっと16年間、そばにいたのである。

どうしてルイズに、彼のような高位の霊が遣わされたのか……

それは、彼女がいずれ、ハルケギニア世界の運命の流れに大きく関わるであろう<虚無系統>の継承者だから、ということだ。
世界中にいる潜在的な<虚無>の担い手たちには、それぞれ彼と似たような、位の高い霊たちが憑けられているらしい。
この世界に対しては、他世界<サンクチュアリ>からいくつも不可解な干渉があるようで、このところ担当者たちは行く先を憂いているのだという。

さて、天界の住人たちは、みな厳密かつ難解なルールに従わなくてはならない。
地上に生きる人間へと直接に力を貸すことは、どうやっても、その法に触れてしまう。
彼らの法は、人間の目には、ときに不可解きわまりないものとして映るようだ。
<サンクチュアリ>世界の大天使ティラエルなどは、『地上のことに首をつっこみすぎだ』と、他の天界の住人たちから非難されたり、煙たい顔をされたりしているそうな。

古代ホラドリムの末裔、最後の賢者デッカード・ケインは、『人間にとっては、混沌として制限だらけの天界のルールよりも、往々にしてシンプルで自由な地獄のルールのほうが、ずっと理解しやすいものだろう』と述べたという。
だから彼ら『見守るもの』たちは、その他フツーの亡霊たちと同じように、普段より何もしないし、見ているだけで、何もできないのだ。

しかし……

ひとりの虚無の少女、ルイズ・フランソワーズは、虚無の使い魔召喚の際に、天界における誰にとっても予想の斜め上の存在……つまり密林の地下都市のひきこもり魔道氏族<ラズマ(Rathma:ラスマ、ラツマと呼ばれることもある)>の英霊、守護神竜の化身とよばれる大司教トラン=オウルと『縁』をむすぶことに成功する。

かの一族は、あまりに独特すぎて他と一線を画した神秘学と信仰のせいで、『天界』とはそりが合わないことも、多々あるのだ。
あの強烈な『ファナティシズム(狂信)』を身につけたザカラム教徒たちでさえ、その膝を屈し堕するに至った『地獄からの影響』を、ラズマ教徒たちは自力で楽々と跳ね返す。数多の意味で、それは恐るべき信仰である。おかげで彼らラズマ教徒が邪悪に染まることこそなかったけれども、他の種族たちと交流をもったり解り合えたりすることも、滅多になかった。
そんな彼らや英霊たちと少々の付き合いをしている大天使ティラエルのほうが、天界の者のなかでは例外中の例外なのだという。

ルイズ・フランソワーズは、召喚の儀の際に突如<存在の偉大なる円環>の実体ヴィジョンに魂を放り込まれてしまい、大司教より資質と才覚とを認められ、大いなるラズマの叡智と技術とを授けられるに至った。英霊の遺体までもをひっぱりこんでしまうという、向こうの世界にとってはかなり失礼なことをしてしまったが……この世界にとっての幸先は上々、といったところだと、一応のところ評価されている。

この少女は、いつも敷かれたレールのはるか斜め上を、死体燃料ロケットで突き進んでゆく。ラズマ守護聖獣トラグールの加護のせいか、一寸先の予想も出来ぬ毎日だ。
まさか、<虚無の担い手>本人がネクロマンサーの修行を積んで、とうとう亡霊である自分の姿を見てしまうことになるなどと、誰が予想できようか。
亡霊の彼にとっても、幸先のよいことだった。
こうして『天界ルールの抜け道』を見つけ、もうやりたいほうだいに、危なっかしい少女のためにあっちを指差したりこっちを指差したりできるのだ。
かくして、ここにもひとり、理詰めを飛び越えて、いつも少女のそばにいるものがいる。

そして現在、亡霊の彼は、ひどく奇妙な問題を抱えている。

この少女の、フツーのメイジとしての人生と引き換えに与えられたはずの、せっかくの<虚無の系統>の魔法が、なんとなんと、あれだけの激戦と危機とに何度も何度もうんざりするほど直面してきたというのに、『いまだに覚醒していない』のである。
いったい何が原因なのか、天使さま神さま仏さま文殊菩薩さま、誰ひとりさっぱり見当もつかない。
たとえ<虚無>を作った張本人、天界のどこかにおわす始祖ブリミルに訊ねてみたところで、首をひねりはじめてしまうことだろう―――

『確定していない未来』―――すなわち『世界は広がってゆく』を、過去未来現在にわたって己の背中の上に書き連ね続けている、宇宙規模の骨の竜だけが、その理由を知っているのかもしれない……そして、骨は黙して語らない。



//// 27-4:【キュルケさんとルイズさん:その1】

「ねえ、キュルケ」
「なあに?」
「そういえば、あんたって私と学年はいっしょだけどさあ、ひとつ年上なのよね」

ある日の午後、赤髪の少女キュルケ・フォン・ツェルプストーは、白髪の少女ゼロのルイズを連れて、学院近くの森の中の遊歩道をお散歩している。
先日の戦いの疲れが癒えきっておらずあまり歩けないルイズを、<レビテーション>の魔法でふよふよと浮かせてやりながら。
以前より二人きりになることの少ないこの二人組みは、コルベールの一件やタバサが帰ってこない一件についてのちょっとしたいざこざのあと、仲直りをしようとしているのだ。

「まあ、そうね」
「……」
「ちょっと、どしたの? まだこないだのこと、うじうじ悩んでるのかしら?」

木漏れ日の中、麦藁帽子をかぶったルイズは、ぷかぷか宙に浮いていながらもどこか浮かない表情をしている。
キュルケは微笑んで、答えてやる。

「いいかしら? ルイズ、あなたはこんなにちっちゃいおっぱいでも、一応あたしと同じ女の子なのよ」
「わわ悪かったわね! このッ、もいで新型大砲の弾頭にしてやるわっ……きゃああ!」

赤髪少女の豊かな胸へと両手を伸ばしたルイズを、キュルケは指先でつついて空中でくるくると回しながら、所見を述べる。

「女の子はね、人生の選択をせまられたとき、ワガママになっていい生き物だって、あたしは勝手に思ってるわ……手を広げきれないときは、自分の本当に守りたいもの、愛するものだけを見て居ればいいの」
「なななにすんの、とめてとめてえぇ……」

戦いのとき相手に直接かけて使おうとしても、即キャンセルされたり射程が短かったりして無理のある<レビテーション>だが、ゼロのルイズ相手ならこのとおりだ。
見栄や手段にこだわるのは男の人の仕事よ、と女を生きる少女は語る。

「もしこのまま、タバサが戻ってこなかったら、ね……あたし迷わずに、どんな手段でも使って、やつらを焼き尽くしてやるもの」
「うっ……」

当のタバサからは、「こちらは無事、だけど諸問題の解決に手間取っている、もう少し滞在してから帰る」との便りが届いている。
街中シフトキー・カーソルぐるぐる状態から回転をとめてもらったルイズは、ふらふらとしつつも、ぽかんとした表情でキュルケを見ている。

「……た、タバサのこと、そんなに大事なのね」
「ええ、もちろん……この際はっきり言っちゃうけど、あなたのことよりも大事よ、ルイズ……あんまりあの子にひどいことしたら、許さないから」
「ちょ、ちょっと待ってよ、あんた私のこと大事に思ってくれてたの?」

ルイズのそんな一言で、キュルケも目を丸くする。
直後、真っ赤になって黙りこむ二人……

……

……

「あっチョウチョ、ほら見て見てルイズ、あのチョウチョ綺麗よ!」
「毒キノコさんうふふ、ダンゴムシさんうふふ」

お散歩の帰り道は、ちょっぴりへんてこな雰囲気だったそうな。


////【次回:タルブ編エピローグ:そして日常へ……シエスタへの素敵なクリティカル・プレゼント、『お願いルイズもうほんとやめて、シエスタのLPは赤なのよ!』の巻、へと続く】


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.02886700630188