「んー」
芝生の上で伸びをしているのは、もうすっかり疲れも取り除いたさつきである。
と、それまで幸せそうな表情で微睡んでいた彼女は、表情を真剣なものに変えて空を見上げる。
考えるのは、これからの日常生活について。
(昨日とか色々超展開すぎて気にも出来なかったけど……やっぱり色々不便だなぁ)
とりあえず、現在解決しなければならない問題点を挙げていくさつき。
(とにかく、まず一番にお金でしょ。今日みたいなのが続くと身が保ちそうに無いし……。ああもう、何でここはこんなに治安いいのよ!)
本当は喜ぶべきことなんだろうけど……と、さつきは溜息を吐く。この体じゃあアルバイトをするわけにもいかない。
(……まあ、それは今日ATMから略奪するからいいとして)
はあ、何かぶっ飛んだ性格になってきたなーと、苦笑しながらも次にすすむ。
(次、衣食住。
服は……まあ、お金が手に入れば問題無し。
食事は……外食ばかりじゃあお金なんてすぐに使い切っちゃうし……それに量も……)
と、考えた矢先にさつきのお腹が鳴った。
「うぅ……」
赤面するさつきだが、幸い誰にも聞かれなかった様だ。それを確認してさつきは安堵の溜息を吐く。
たとえ聞かれたとしても、誰も覚えたりなんかしないだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
(はぁ、やっぱり軽くコンクリ壊しちゃう様なスペックで、大の大人の食事じゃ少なかったか……
でも、あれ以上はちょっと体裁が……)
うーん、とうなるさつき。だが、毎日三回食べるのだ。その度に足りない食事じゃあ絶対に身が保たないと、さつきは今度から周りの目など気にせずに食べることに決めた。
(はーぁ……まあ、量の方はもういいや。で、どっか作れる場所があればいいんだけど……私じゃ簡単なのしか作れないけど)
ああ、もうこんなんだったらもっとお母さんに料理教わっておけば良かった! と、さつきはちょっと後悔し、その後もう会えない母を思い出して少しブルーに突入した。
立ち直ったさつきは、思考を元の路線に戻す。
(うーん、作れる場所も、住がきちんとした家なら問題無いんだけどなぁ……
どっかのアパートかマンション借りる……? いやいや、稼ぎ所が無いのにそんなことしたらすぐお金無くなっちゃうし、
見た目小学生が一人で借りに行ったところで貸してくれるとこなんて有るわけないし……やっぱり、あの廃ビルを住処として機能させよう。
幸いお風呂は銭湯があったし、『アレ』をきちんと制御出来るように練習しないといけないし……)
図らずも自身の身につけた究極の一、その下位に位置する異能は、教わらなくとも比較的簡単に習得できるだろうと聞いている。
だが同時に、制御に失敗すれば暴走して、周りに被害を及ぼすかも知れないとも言われた。
(……で、やっぱり食べ物どうしよう……)
これである。やはり最終的にはこうなる。
家具などは買って持ち込めばいいが、水、ガス、電気はどうにもならない。
考えていても良い案が浮かばないので、その件は解決策が出るまで外食にするということにした。
そして、さつきの思考はまた別の方へ行く。
(うーん、ここって"平行世界"なんだよね? 何かおかしいなぁ……)
"平行世界"、合わせ鏡のように連なる、無限に存在するそれぞれの世界。
だが、その世界同士は鏡のこちら側とむこう側の様にほとんど同じはずなのだ。
勿論、違いはある。例えば、今作でゼルレッチの使った宝石剣、あれは無限に連なる平行世界へ向かって穴をあける事で、その平行世界の"同じ場所"から魔力を持ってくることの出来る魔術礼装である。
だが、それが使われるのは大抵自分の周りの魔力が枯渇している時。と、言うことは、穴を開けた先の世界が全く同じ世界だった場合、当然そこにも魔力は無い。よって、あの礼装は全く使えない一品になるわけだ。しかし、それは起こっていない。何も、全部が全部同じという訳では無いのだ。
だが……
(うーん、魔術習って二日の私が言えることじゃ無いと思うけど……何か違いすぎないかな?
昨日はそりゃ、ああ、ここ別世界だもんなぁ……みたいな感じで納得しちゃうことが多々あったけど、改めて"平行世界"ってのを考えてみると……色々とおかしな気が……
結局、あのフェレットはこの世界の子じゃ無かった訳だけど、それ以外でも……)
さつきは、気が付いた部分を挙げていく。
まず、本屋で地図を見たところ、三咲町、観布子市が無かった。これだけならまだいいかも知れない。
次に、何やら人々の容姿がおかしい。さっき会ったなのはだって茶髪はまだいいにしても目が碧眼だ。その友達のすずかだって、紫色の髪をしていた。染めている訳ではなくて地毛なのは、感覚で分かる。他にも、前の世界でなら奇抜とまでは行かなくとも変わっていると称される様な色の髪や、外国人の様な色の目をした日本人(だと思うけど……)がちらほらと見かけられた。
これもまぁ、理由は分からないが、考えてもどうにもならないし、納得しよう。
そして、この地を管理する裏側の人間も居ないと見ていい。昨日起こった事、あれは控えめに見ても裏側の人間からすれば派手だろう。それなのにそっち関係の人間が出て来なかった。
これはちょっとおかしい。魔は魔によって制するというのが日本のしきたりだ。よって、(さつきもこの間まで全然知らなかったが)土地ごとにその土地を管理する管理者(セカンドオーナー)が居るはずだ。
隠れて出て来なかったというのは考えにくい。様子を見ていたのなら、自分が聞いた話を向こうも聞いた時点で出てくる筈だ。ジュエルシードなんて危なっかしいものがこの地にあると言うのなら、管理者が黙っている筈は無いし、神秘の秘匿も何もあったもんじゃ無い。
もう既に協力を取り付けていた? それこそまさかだ。それならあのフェレットとなのはは事に当たる時は人払いでも何でも結界を必ず張るように言われている筈だ。自分が思い出す限り、そんなものは張られていなかった。
(……まあ、どれもこれも憶測の域を出ないけどね。管理者も、只単に見逃しているだけかも知れないし。
じゃあ、もうそろそろ図書館行きますか。あの子達まだ居るといいけどなぁ……拠点が分かればこれ以降すごく楽になるのに……
あー、何でさっきはそんなことも忘れてこっち来ちゃったんだろう……気力が尽きてさっさと休みたかったにしても馬鹿じゃん……)
と、さつきは先程の追跡の当初の目的を忘れていた事を後悔し始めた。
(うぅ……まあ、過ぎたことはしょうがない! まだ図書館にいるかも知れないし、チャンスはまだまだあるだろうし! 何事も前向き前向き!!)
不安材料がどっと増えた気がしたさつきは、結構無理矢理テンションを挙げた。
兎にも角にも、まずは腹拵えだ。
で、さつきがファミレスでお腹いっぱいになるまで食事して、図書館に着いたとき、もう既になのは達は居なかった。これはまだいい。予想の範囲内だ。だが……
(嘘!? 何で魔術協会も聖堂教会も時計塔も無いの!?)
自分にとってはかなり嬉しいはずの情報に、さつきは大いに戸惑っていた。
元々、魔術教会等を調べるのは、その存在の確認というより、そこらで扱われている情報の入手経路確保が目的だった。
橙子から、そこら辺のやり方は教授してもらった。出だしはパソコンから。魔術に関わる者は皆文明の利器を忌避する傾向にあるが、それでも完全に使われない訳じゃ無い。まずは表層部分から探りを入れて……と思ったのだが、その陰も形も擦りもしなかった。
(ここって、"平行世界"……なんだよね?)
知識も基礎的なものしか持たないさつきでも分かる。ここが平行世界なら、魔術教会、聖堂協会、時計塔。これらが無いのはおかしい。いや、『無くてはならない』。
(うーん、どうなってるんだろう……私の知識って基礎的なのしか無いから、勝手に決めつけるのは魔術師の皆さんに失礼だよね。
うん。何事にも例外はあるんだよ。
とにかく、この調子だとこの世界には魔術師は存在しない、もしくは存在するけど絶対数が少ないみたい。これは凄く朗報かも)
いや、実際朗報だろう。もし万が一、さつきが吸血鬼だとバレても、前のように毎日毎日命を狙われることは無くなる。
こうして一つの不安の消えたさつきは、もう傾いている日を確認し、夕日を堪能しながら帰路に着いた。
…………今夜襲うATMの場所を確認しながら。
少し時間をさかのぼって、さつきが芝生の上で寝転んでいる頃。
《ねえ、ユーノ君》
なのはは手提げ鞄に数冊の本を持って、図書館から帰路に着いていた。
《なんだいなのは?》
あの後、結局何故吸血鬼について知ろうとしたのか思い出せなかったユーノであったが、何故かどうしても調べなければならない気がして、それ関連の本を数冊借りてもらったのだ。
《昨日の女の子の事なんだけど……》
なのはが道を歩きながら念話でユーノに話しかけた内容は、昨日会った不思議な少女について。
《うん》
昨日は色々と謎のまま保留にしてしまい、それから何故かまともに考えていなかった事柄。
《あの子の怪我、ちゃんと治ってたよね?》
やはり、根の優しいなのははその他諸々の事よりもその子の身が心配な様だ。
《うん。昨日見た限りだと、そこまで問題無いくらいになってたと思うから、大丈夫なんじゃないかな》
昨日自分で見ておきながらも、やはりそれでも心配だっだなのはだったが、そのユーノの言葉を聞いて少しだけ顔が晴れる。
《うん。そうだね。
……でも、あの子一体何者なんだろう?》
そして、次に出てくるのはやはりあの不可思議な少女そのものに対する疑問。
ユーノが少女の異常な部分を挙げていく。
《うん……。3メートルにもなるジュエルシードの暴走体を、あんなボロボロの状態で吹っ飛ばす程のパワー、
目を合わせるだけで相手に掛けることの出来る暗示のような魔法、いや、魔方陣が出てなかったから魔法かどうかも怪しいね。
そして"何故か"いつの間にか治ってた怪我。
あの子自身もジュエルシードの暴走体だったのなら何とか説明は付けれたんだけど……》
《…………………………》
頭を悩ませるユーノに、どこか遠い目をするなのは。
そんななのはに気付いたユーノが、なのはに声を掛ける。
《なのは? どうかしたの?》
《え!? あ、ううん。あの子の事をちょっと思い出してたらね……》
と、またもやどこか遠いところを見るような目になるなのは。
《もしかして、心当たりでもあるのかい!?》
そのユーノの言葉に、なのはは目をつぶって首を振る。
《ううん。そうじゃなくて……あの子に暗示を掛けられる直前、あの子の目が見えたんだけど……その目が、ね》
子供故の勘の鋭さというのか何というか、なのははさつきの目の奥にある彼女の本質をほんの少しだけ垣間見ていた。
《?》
だが、それだけの言葉じゃ当然ユーノには伝わらない。疑問の感情を念話に乗せたユーノに、なのはは苦笑して返した。
《うーん、悲しい……じゃなくて……寂しい? でも何か違うような……
うん、空っぽな感じ》
なのはは、自分の感じたままを言葉に乗せる。乗せると同時に、なのはの顔が暗くなっていく。
なのはが思い浮かべるのは、自分の瞳を見つめた、悲しそうな、寂しそうな、それでいて何も無いような空虚な、とても綺麗な深紅の瞳。
なのはの言葉の意味をよく理解出来なかったユーノだが、急にふさぎ込んでしまったなのはに慌てた。
《な、なのは!?》
そんなユーノになのはは笑顔を作って返す。
《にゃはは、ゴメンねユーノ君、変なこと言って。気にしないで。
――それでユーノ君、あの子の正体ってほんとに分からないの?》
本人に気にしないでと言われたらそれ以上掘り下げて聞く訳にもいかないユーノは、なのはの言葉に正直に答える。
《うん。ちょっとすぐには……判断材料が少なすぎるし……。
僕と同じ様に別の世界から来た魔導師って線もあるけど、デバイスもバリアジャケットも無かったし、そもそもハッキリした魔法も使われなかったし、ちょっと線は薄い気がするなぁ……。
それよりもなのはは? この近くで似たような子を見かけたこととか無いの?》
あの身なりならばなのはと同じぐらいの歳だろう。小学校にも通っているなのはの方がそこら辺の子達との接触の機会が多いからもしかしたらという希望もあり、ユーノは逆になのはに質問した。
《うーん、ちょっと心当たり無いかな。
……そもそも、あんな目をした子がいたならそう簡単に忘れないよ》
《そうか……うーん。
―――もしかしたら》
なのはの答えに残念そうに返したユーノだったが、次の瞬間何か思いついたようにハッとした。
《どうしたの?》
ユーノのその反応に期待した目を向けるなのは。
《うん……、いや、まず無いと思うんだけど……
あの子がジュエルシード以外のロストロギアかそれに準ずるものを持っていたと仮定するなら一応無理矢理筋は通るんだけど……》
いや、さすがにそれは無いよなと、ユーノは首を振って自分の考えを霧散させる。
が、なのはは頭の上にはてなマークを浮かべてユーノに訪ねた。
《ロストロギア?》
《え? ああ、なのはには説明して無かったっけ。
『遺失世界の遺産』……って言っても分からないか。えっと……
次元空間の中には、いくつもの世界があるんだ。それぞれに生まれて育ってゆく世界、その中に、ごく稀に進化しすぎる世界があるんだ。
技術や科学、進化しすぎたそれらは、自分たちの世界を滅ぼしてしまって……その後に取り残された、失われた世界の危険な技術の遺産。それらを総称して、『ロストロギア』と呼ぶんだ》
と、そこでユーノが言葉を句切りなのはの方を向くが……
《 ・ ・ ・ 》
当のなのははいきなりスケールの大きくなった話についていけなくなっていた。
《あーっと、なのは?》
《にゃ!? だ、大丈夫だよユーノ君、何とか理解はしたから》
にゃははとなのはは笑いながらまくしたてる。
ユーノも、別に何となくで分かってもらえれば構わなかったのでそれ以上の追求はしなかった。
《で、でも……そんな危険なものをあの子が持ってるかも知れないって、大丈夫なの?》
《ハッキリ言って、全然大丈夫じゃ無い。でもねなのは、ロストロギアは世界どころか、次元空間さえも滅ぼす力を持つこともある確かに危険なものだけど、全部が全部そういうわけじゃ無いし、そもそも僕たちが集めてるジュエルシードだってロストロギアなんだよ?》
《え゛》
ユーノの言葉に、一瞬固まるなのは。自分がそこまで危険なものを集めているという自覚は無かったのだろう。
《それに、魔法の無い管理外世界にそうそう簡単にロストロギアがあるわけが無いし、この可能性はまず無いから安心していいよ》
《う……うん……》
まさか自分が集めているものが世界を滅ぼす力を持っているという、なんだかスケールの大きすぎる話になるとは思っていなかったなのはは、ぎこちなく頷いた。
結局、少女の正体については何にも進展がないまま、今後接触するまで保留ということになった。
そして夜、深夜を過ぎた頃、さつきは夜の街を徘徊していたのだが……
(うわー、警備厳重だなぁ……)
そこかしこに警官がいた。
考えてみれば、昨日の夜も恐らくは前代未聞のとんでもない方法で盗みを働いたのだ。その犯人がまだ捕まっていないとなれば、この厳重さは当然だろう。
こんな時間に女の子が歩いているのが見つかれば100%補導される。
だが今は夜、吸血鬼の時間。表通りは光に溢れてても、裏路地の光の入ってこない場所はさつきのフィールドだ。
警官が歩いてきても、警官に見つかる前にこっちが見つけてやり過ごし、挟まれた時はゲームでよくある壁ジャンプで逃げた。厳密には窓枠とか凹みに足を引っかけて蹴り、登ったのだが(別に純粋な壁ジャンプも出来ないことは無いのだが、壁に足を突き刺す時の音がとんでもないのでやらなかった)。
その後はビルやアパートの屋上を飛び移り、途切れたらまた裏路地へ降り立って、繁華街を抜けたら人通りの無い道を選択して走り、隣町の隣町のまた隣町の隣町まで走ってATMを探した。
昼間にATMの場所は確認していたのだが、あんな風になっているところをまたATMをぶっ壊したりしたら今後動きづらくなるので、出来るだけ遠くで犯行に及ぼうと思った訳だ。
「さて、と」
まわりに人目がない事を確認してから、さつきは見つけたATMの、二つ並んでいるうちの一つの裏側へまわった。昨日と同じ要領で、ただし今回は相手が金属製なので殴って穴を開ける。
ゴガンッととんでもない音がして、さつきの腕がATMのボックスごと本体を貫いた。
警報装置か何かが鳴ったりするだろうかと考えていたが、そんなことは無かった。が、
「っ~~~~~~~~~~」
さつきは自分の腕に電気が流れるあの何とも言えない感覚に見舞われ、腕を引っこ抜いてグッパグッパを繰り返した。
「ふうっ、ふうっ、ふうっ」
ようやくあの感覚が治まったさつきは、ふと自分の手に違和感を覚えた。
「…………へ?」
さつきの手、そこには青い蛍光色のペンキの様なものがベットリと……
嫌な予感と共に、さつきの背に冷たい汗が流れ始める。
「ま、まさか……」
さつきは、恐る恐る自らの空けた穴を覗く。
さて、皆さんは知っているだろうか? ATMには、それを無理矢理こじ開けられた時の防護策があることを。
それは袋に入った蛍光塗料であり、何者かがATMを無理矢理こじ開けようとしたらその袋が破け、中に入っている札を使い物にならなくするというものである。
ここまで言えば分かるだろう。さつきが覗いた穴の向こうには、さつきの手に付いた蛍光塗料と同じものがぶっかけられて使い物にならなくなったお札が……
「そんなぁ~」
どうすればいいと言うのか。取り敢えずさつきは、蛍光塗料の付いた右腕を思いっきり振った。
すると、右腕に付いた塗料が"殴られて"吹っ飛んでいった。
「うーん、どうしよう……これじゃあお金が手に入んないよ……」
OTLの形でガックリするさつき。兎に角塗料を何とかしなければ始まらない。だが、その時さつきの脳裏に閃くものがあった。
「!! ……危険かも知れないけど……でも……やるっきゃない!」
さつきはこれ以上無いほど真剣な表情で、もう一つのATMのボックスに両手を付け、瞳を閉じて集中した。
先程の"殴る"のは前々から無意識で出来ていたが、これからやることはそうはいかない。
――― 自身の魔術回路をONにする。
自らの体を魔力を精製する1つの機関と成し、
――― 対象を決め、
魔術を行使する。
――― ここに神秘を具現化させる。
体の中を魔力という異物が流れ、苦痛を呼ぶ。
――― 難しい筈はない。
間違っても暴走などしないように……
――― 不可能な事でもない。
手応えは、ある。
――― 元よりこの身は、
初めてマトモに意識して使う魔術。想像していたよりも苦痛は大きいが、止めることなど出来ない。
――― その神秘の行使に特化した魔術回路――!
「はあっ、はあっ、はあっ……、ふうー」
魔術の行使が終わり、さつきは座り込んで荒い息を整えた。額の汗を拭う。いつの間にかさつきは汗でベッタリだった。
(何だったんだろ? さっき頭の中に響いてきた台詞……)
あ、それは気にしないで。
「ふう、よしっ! 上手くいっててよ……!」
息を整え終わったさつきは、立ち上がると先程の様にATMをぶち抜いた。と、同時に
「っ~~~~~~~~~~」
またもやあの感覚に襲われるさつき。
急いで腕を引っこ抜き、グッパグッパを繰り返す。だが、その腕には……
「! や、やった……!!」
蛍光塗料は付いていなかった。
腕の感覚が戻った後、さつきは空けた穴を広げて、その中にあったお札を持ってきた鞄に詰め込んだ。廃ビルに捨ててあったものである。別に穴などは空いていなかったので、丁度いいと思い持ってきたのだった。
(ま、取り敢えずはこのお金でしばらく何とかするとして、あとはもう少し魔術の練習しなきゃね……これは早いとこ明日にでも工房作っちゃわないと。
やる度にこれじゃあ絶対身が保たない……)
こうして、弓塚さつきは新しい生活のための資金を手に入れたのであった。
そして、次の日。
さつきは途方に暮れていた。何に対してかと言うと、
「ぐううぅぅぅううぅ……」
これである。ちなみに今は昼過ぎである。昨日は寝たのが3~4時になってしまったので、起きたのはまたしても昼少し前だった。
「お腹へった……」
さつきはすっかり忘れていた。お金があってもどうにもならない事を! 今日が平日で、日中に出歩く訳にはいかないと言うことを!!
何とも今の自分の姿を恨めしく思うさつきであった。
(ご飯食べに行けないし家具も買いに行けない、お腹が減って魔術の鍛錬どころじゃない……)
「ぐきゅうぅぅぅううぅぅうぅぅ」
またもや盛大に鳴ったお腹に溜息をつきながら、さつきは床に突っ伏して小学校の下校時刻を待った。
――――学校の下校時刻を告げる鐘の音が、さつきには天使の鐘の音に聞こえたという。
昨日も行ったファミレスで思う存分ご飯を食べたさつきは(その食べる量のせいでなにやら七不思議扱いを受け始めたらしい。さつきはひっそりと涙した)、午後に家具やに行った。だが、さつきはここでも見落としをしていた。
(……ベッドとかクローゼットとか、せめてソファーぐらいは買いたかった……)
そう、大物家具は運んでもらわないと駄目なのだ。そして今のさつきの住居は廃ビル。運んでもらう訳にはいかない。
別に今のさつきの腕力なら自分で運べなくも無いのだが、大物家具を担いで街を闊歩する小学生……無理があるにも程があるだろう。
よって、さつきが買えたのはヤケクソになって選びに選んだふかふかのクッションだけだった。さつきはその後も色々と買い物をした後、廃ビルに戻って魔術の練習をした。結果は……まあ、元から使えた魔術、それを使うことに慣れるのが当面の目的なので、別に目新しいことは無い。魔術発動までの時間が少しは短くはなったが、慣れるにはまだ時間がかかるだろう。
そして次の日、特に何事も無く夜になり、街を徘徊していると何らかの魔力が解放されたのを感じた。
「この感じ……そう言えばあの時も!」
疲れていて周りに気を向けていなかったため全く気にしていなかったが、先日さつきがジュエルシードの暴走体に襲われた一瞬前、確かにこれに似た感じがしたのを思い出した。
(ってことは、ジュエルシードが発動した!? 急いで行かないと! 場所は……あっち!?)
さつきは向かう。自分の夢が叶う可能性に向かって。
《!! ユーノ君!》
《うん、ジュエルシードだ》
《って、この方角ってまさか!》
白い魔導師も向かう。友達の落とし物を集めるために。
(あの子も……いるかな? いるわけないか。でも……
また、会えるといいな。何でか分からないけど……お話、したいな)
そして、空虚な目をした少女に会いたいという、ほんの少しの期待を載せて。
二人の向かう先……それは、私立聖祥大附属小学校。
あとがき……の前に。
とりあえず、まず質問をば。
フェイトが住んでいたマンションについて、具体的なことを教えて頂けないでしょうか?
確か結界が張られていたなぁ……というのは覚えているのですが、それがどんな結界だったか、他に住人はいるのか、そもそもどうやって手に入れたのか等々を作者は知りません。どうかよろしくお願いします。
あとがき
ようやく書けました。そして自分にほのぼのの才能が無いことを改めて自覚して orz
元々ほのぼの書こうとしてたのに途中で断念して、それでもはちゃめちゃ展開が無いと通常の3倍の時間がかかるって何この設定……;;
これじゃあ尊敬する方々にいつまでたっても追いつけないなぁ……と。
ちなみに僕が特に尊敬しているのは、
今も何処かで小説を書かれていらっしゃるであろう、僕に小説の基礎を教えてくれた
ルウ様。
【まったいら!】
の管理人、平平様。
ここの掲示板に書かれている
【魔法少女リリカルなのはReds】
を書かれているやみなべ様。
某所で
【運命を貫く漆黒の螺旋】
を書かれているクラウンクラウン様。
遊戯王小説では、
【冥界の扉】
の管理人、まは~ど様
ですね。他にも大勢いますが。いやー、ついこないだまったいら! が更新されましたが、やっぱり格の違いを思い知らされますね。
さて今回、やっとさっちんが普通に(笑)日常生活送れる様になってきました。そして平行世界の部分で伏線フラグ立ちすぎな件について。
図書館って言ったらはやて遭遇フラグだろう! と言う方、申し訳ありません。この時点ではやてと遭遇して上手く使える自身がありませんでした。
それにしても……さっちんの"アレ"ここまでして隠す必要あるのか? と書いてて思いました。もうバレバレだし、でもここぞって時にカッコ付けて描写したんですよね^^; 困った作者です。
取り敢えず、次はようやっとバトル入れそうです。ほのぼのよりは幾分か得意なジャンル……一番得意なのは小細工弄してハチャメチャ展開に持ってくことだけどね^^;;
それと、第0話_cの、さっちんの能力の説明の所、元々考えていたのと説明微妙に違ったので修正しました。いや、もうかなり変わってます。細かいとこまで気にする人は読み直した方が良いです。すいません。
ではでは。今回はこれで。
p.s. このところ1話分が短いので次はもうちょい増やせる様にします。