ギル・グレアム提督という人物がいる。
彼は時空管理局顧問官であり、クロノの恩師。
フェイトの裁判に尽力してくれた人物であり、フェイトの保護観察官。
そして……八神はやての現在の保護者。
父母を亡くし天涯孤独となった八神はやてを引き取り、遺産の管理等を一手に引き受け、
必要とあらばあらゆる支援を行いはやての生活を支えていた、グレアムおじさんその人だ。
彼は、はやてが闇の書を所持していることを知っていた。
知ったからこそ、彼女を引き取ったと言ってもいい。
ギル・グレアムは、11年前の闇の書事件の担当者だった。
当時の彼にはクライド・ハラオウンという名の部下がいた。
クロノ・ハラオウンの父、そしてリンディ・ハラオウンの夫である。
彼らは艦長としてそれぞれ艦を率いて事件に当たった。
そして、確保した闇の書を厳重に封印の末、クライドの艦で護送していたところ、闇の書が艦の機能を乗っ取り暴走したのだ。
闇の書の暴走はそれだけでも次元世界の危機だ。
それに加え、艦の主砲・アルカンシェルは百キロ単位の地区を巻き添えにする反応消滅砲である。
艦の機能で次元跳躍攻撃として使用されては、その被害は計り知れないことになる。
クライドは艦の乗組員を避難させた後、一人コントロールルームで闇の書の妨害をしていた。
ギル・グレアムは、通信の切れたクライドの艦に向かって、自身の艦に搭載されているアルカンシェルを打ち込み、その全てを消滅させるしかなかった。
その後、グレアムは闇の書を完全に封印する方法を探し出すことに腐心した。
そして、遂に見つけ出したのだ。
闇の書がその頁を埋め、暴走を開始するその瞬間。
その瞬間に、”主ごと”凍結封印を行えば、闇の書の転生機能は働かない。
闇の書の転生を防いだ上で、封印することができると。
八神はやてを、闇の書の最後の犠牲者にする。
せめて永遠の眠りにつくまでは、幸せな時間を過ごして欲しいと、できる限りの支援をして。
何も知らないまま、自分のことを慕う少女に心を痛めながらも。
その決意が揺らぐことは、なかった。
そんな彼女が住まう世界で、ロストロギア事件が発生したと聞いた時、彼は肝を冷やした。
管理局は当初、そもそもロストロギア事件だという認識すらなかったため、グレアムに情報が届くのも大いに遅れていた。
全く想定していなかった事態だったため、手回しすることもできなかった。
事態を解決した提督が旧知の仲だったというのもあり、詳しく話を聞くと、保護した少女の裁判が終わり次第地球に戻り、何者かを探すという。
はやてが覚醒する前ならまず問題はないが、覚醒してしまってからだと問題だ。
守護騎士とその主が在籍している世界で、管理局員が何者かの捜索をするなどということは極力防ぎたい事態だった。
万が一の可能性も十分あり得る上に、確実に守護騎士達を不必要に刺激することになる。
八神はやてがいつ魔導師として覚醒するか分からない以上、できるだけ早く件の少女の裁判を終わらせようと力になった。
その一月後、はやてが魔導師として覚醒した。
せめて、守護騎士達が蒐集活動を始める前にと、更に頑張った。
予め把握していた弓塚さつきの居場所を捜索が広がる前にそれとなく伝えれば、特に問題はなくなる筈だった。
いつの間にか高町なのはと守護騎士が顔見知りになっていた。
フェイトの裁判終了祝いとして高町なのはも含めてミッドチルダ旅行をプレゼントすることで何とかしようと計画した。
弓塚さつきが守護騎士に殺されてしまった。
リンディ達の弓塚さつきの捜索に終止符を打てなくなった。
計画が崩壊した。
弓塚さつきが生きていた。
計画が復活した。
よりにもよって、裁判を終えたフェイト達が地球に到達するその日に、守護騎士が守護騎士としての姿をなのはの前に表した。
現場の使い魔の機転も、無駄に終わった。
そして、闇の書がアースラに捕獲された今。
彼らは、強攻策に出る必要に駆られていた。
はやてが目を覚ますと、そこは自分の家ではなく、しかしどこか見慣れた場所だった。
「ここは……?」
「海鳴大学病院です、主はやて」
気だるい体に、霞がかった思考で出た疑問の声に、返事があった。
「シグナム……」
その声の主であるシグナムの姿を見て、はやては思い出す。
「!? 皆は!? 管理局は!?」
慌てるはやてだが、その声も、その動きも弱弱しく。
そんな主を落ち着くように押しとどめ、シグナムは空中に視線を向けた。
その先では、管理局がアースラでこちらの様子を見ている筈だった。
はやてが目を覚ましたと連絡を受けた看護師が、病室から退出して少しした頃。
はやての病室に来客が訪れる。
緑色の髪をした、長髪の見知らぬ若い女性。
はやての緊張と不安の合わさった視線を受けて、その女性は柔らかな物腰で話始めた。
「八神はやてさん、こんにちは。
私はリンディ・ハラオウンと言います。
今地球に来ている時空管理局員の中では、最高責任者にあたる人間よ」
「管理局の……」
慌てて体を起こそうとしたはやてを、リンディが止める。
「無理しちゃ駄目よ。寝たままで、ね?」
そう言われてもと困るはやてに、シグナムがベッドの背を軽く立たせた。
はやてがそれに背を預けると、リンディはベッドの脇の丸椅子に座る。
まずはやてにとって一番気がかりであろう部分から、リンディは話し始めた。
「ヴィータさんとシャマルさんは、闇の書の中に還ったわ」
「そんな……」
ただでさえ悪いはやての顔が、更に青くなる。
はやては慌てて口を挟んだ。まだ残っている者達だけでも、どうにかして護ろうと。
「この子達は、この世界では何もしてないんです!
ただ、皆で暮らしてただけなんです!」
「ヴィータさんとシャマルさんのことは、こちらにとっても想定外のことだったの。
シグナムさんとザフィーラさんについても、今すぐにどうこうしようという意図はありません」
そう言いつつリンディが手のひらを返すと、空中にモニターが現れた。
そこに映るザフィーラは、清潔感のある部屋でこちらを心配そうに見つめていた。
「ザフィーラ」
≪主はやて、我らは大丈夫です≫
名前を呼ぶはやてに、ザフィーラからの思念通話が届く。
はやてがシグナムに視線を向けると、シグナムも頷く。
はやての張りつめていた緊張が、少しだけ緩んだ。
「ただ、闇の書については、私達も見逃す訳にはいかないの」
しかし、続くリンディの言葉にはやてを再び不安が襲う。
そんなはやてを落ち着かせるように、リンディが告げた。
「八神はやてさん、今は体を休めてください。
近日中に、然るべき場を必ず用意します。
時空管理局の提督として、今代の闇の書の主であるあなたとの話し合いに応じましょう」
リンディの言葉に、シグナムが続く。
「主はやて、既に、彼女とは幾度か言葉を交わしております。信用してよいと、私は感じました。
私も、主が体を休めている間に、取り返しのつかないことにはさせません」
その言葉に、はやては不安は消えずとも、一先ずは落ち着く。
「わかりました」とはやてが返したところで、リンディが次の話題を切り出した。
「はやてさん、もしよろしければ、私達の艦の医療施設に移っていただけないかしら。
あなたの病気について、魔法技術の観点からも力になれるわ」
「……監視しやすいし、いうことですか」
不信感いっぱいのはやての返しにも、リンディの表情は揺らがない。
「心が休まらないというのであれば、拒否していただいても構いません。
ただ……申し訳ないのだけれど、この病室も、艦の方でモニターさせてもらっていたわ。
監視という観点では、そう違いというものは無いわね」
むしろ監視していることを暗に認めていた。
リンディははやてに対し、真摯に嘘偽りない対応をする心づもりだった。
彼女の体の真実については、今の状態の彼女に話せるような内容ではないが。
はやての体が回復してから、用意した場で、それらの情報も伝えることになるだろう。
はやてはシグナムに視線を向け、再びシグナムが頷く。
「……分かりました。お世話になります」
はやてを病院からアースラに受け入れるための手続きを終わらせた後、リンディはフェレット状態のユーノを伴って高町家に訪れた。
なのはの家族へ挨拶をするためだ。
訪問の予定はなのはを通して伝えてある。
なのはは昨夜、朝日が昇る前に家に帰されたため、結局詳しい話を何も聞けていない。
倒れてしまったはやてのことも含めて色々と気を揉んでいる筈なので、そちらについてもリンディのやるべきことだった。
リンディがチャイムを鳴らすと、その機械から返事が来るよりも早く、念話が飛んできた。
≪リンディさん≫
≪なのはさん、お待たせしてごめんなさいね。
一先ず、はやてさんは大丈夫よ。詳しい話は後ほど、アースラでしましょう≫
チャイムの向こうから桃子の声が響く。
「はーい」
「失礼します、高町さん。
リンディ・ハラオウンです」
チャイム越しにリンディが桃子との会話を始めると、なのはとの念話をユーノが引き継ぐ。
≪なのは、僕も来てるよ≫
≪ユーノ君!≫
≪僕も把握している程度のことなら、少しだけどリンディさん達の話の間に伝えられるから≫
≪うん、ありがとう。
昨日も、助けに来てくれて≫
≪ううん、いいんだ。間に合ってよかった≫
そうして始まった高町家での歓談。
士郎、桃子、恭也、リンディで話をしている間に、なのは、美由希、ユーノは別の部屋で遊んでいるという形になった。
美由希が久しぶりに会うユーノに夢中になって、
ユーノがもみくちゃにされながらもなのはに念話で現状を説明していった。
≪フェイトとさつきだけど、二人ともまだ眠っているよ。
危険な状態ではないんだけど、二人とも、消耗が相当激しいって。
あと、フェイトにはリンカーコアの縮小が見られていて、暫くは安静だってさ≫
そんなユーノの報告に、なのはは予め聞いていたリンディの見立てが合っていたことに安心しつつ、それでもやっぱり2人を心配したり。
ロストロギア闇の書とその守護者について、少しだけ詳しい話を教えてもらったり。
≪666の頁を、魔力を奪って、集める……≫
≪うん、そして守護者は、そのサポートプログラム≫
≪でも、ヴィータちゃんとシャマルさん、あの時……≫
―― 闇の書が、勝手に頁の蒐集を!
―― なっ、それは駄目だ!
≪……残りの守護者は、今はアースラに居るから。
彼らからも、話を聞ける筈だよ、なのは≫
≪うん……≫
そうして、ユーノにメロメロな美由希がユーノに頬ずりをしたり抱きしめたりグルグルしたりとやりたい放題な間に、なのははアリサとすずかにメールを送る。
『さつきちゃんとはちゃんと会えたよ。
今度こそ本当に大丈夫。
ちゃんとお話しできると思う。
それと、フェイトちゃんとユーノ君がこっちに来たの。
今、フェイトちゃんが体調を崩しちゃってお休みしているんだけど。
元気になったら、二人も会ってあげてほしいな』
やがて大人組の話も終わり、リンディとなのは(とユーノ)を見送りに全員が玄関へと集まった。
なのはは体調の優れないフェイトの傍にいてあげたいという理由で、リンディのところに泊まらせてもらうと皆に伝えてある。
「それでは、リンディさん、なのはのこと、“くれぐれも”よろしくお願いします」
「はい、必ず」
「……?」
やけにかしこまった様子の士郎とリンディのやり取りに、なのはが首をかしげる一幕もあり、
「なのは、頑張ってこい」
「いってらっしゃい、なのは。フェイトちゃんとユーノ君によろしくね」
「うん!」
恭也と桃子の見送りの言葉に、なのはが元気に返して、
「ユーノぉ~。また来てねぇ~」
「きゅー……」
美由希の名残惜し気な声に、ユーノが困ったように鳴いて。
「じゃあ、行ってきます!」
なのはは高町家を後にして、再びアースラへと向かった。
アースラに着いたなのはは、人の姿に戻ったユーノと共にリンディとテーブルを囲っていた。
「改めて、色々と説明が遅れてしまって、ごめんなさいね」
「いえ……大変なことが起こっているんだって、分かってますから」
「ありがとう……。特に闇の書となると、ちょっとね。
それではなのはさん、昨晩話せなかったことと、新しく分かったこと、なのはさんにも伝えさせてもらうわね」
リンディが伝えるのは、管理局の把握している闇の書のデータと、八神はやての現在の状況。
はやてと守護者達と顔見知りであったなのはには、知る権利があるとリンディは判断して、それらを伝えた。
はやての命が今現在も危険にさらされていると、そう聞かされて、当然ながらなのはは動揺する。
「そんな、はやてちゃんが……」
「幸いにも、はやてちゃん本人と守護者に積極的に闇の書を完成させる意思がないから、今すぐにってことは無いけれど。
でも、闇の書の呪いからはやてさんを救う方法は、まだ見つかっていないの」
「……そう、なんですか……」
「ごめんなさい、なのはさん。
はやてさんを救う方法は、今全力で探してもらっているわ」
リンディの言葉に、なのはは頷く。
今ははやてもこの艦にいるということから、後で会いに行こうと考えて。
「あとは、なのはさんから尋ねたいことはあるかしら」
一先ず伝えなければならないことは伝えたようで、リンディはなのはにそう振った。
振られたなのはは、疑問に思っていたことを口にする。
「あ、ヴィータちゃん達の使う魔法、ちょっと変だったと思うんですけれど、あれは……?」
「ああ、あれは古代ベルカ式の魔法ね」
「古代、ベルカ式?」
オウム返しにしたなのはに、今度はユーノが説明を加える。
「僕たちが使っているのが、ミッドチルダ式って言われている魔法体系。
ベルカ式は、遥か昔ミッドチルダ式と勢力を二分していた魔法体系なんだけど、今は廃れちゃっているね」
続きを、リンディが引き継いだ。
「アームドデバイスと呼ばれるデバイスそのものを武器とする、対人特化の魔法体系。
その中でも優れた使い手は騎士と呼ばれるわ。
だから闇の書の守護者達には、ヴォルケンリッター……守護騎士って呼び名があるの。
遠距離や広域攻撃をある程度度外視している分、取り回しの良さと近接戦闘における強力さは先の戦闘の通りよ。
どうしても物理攻撃になってしまうから、非殺傷設定が使えないのよね」
そして、ユーノが捕捉を入れる。
「その最大の特徴は、カートリッジシステム。圧縮魔力を込めた「カートリッジ」をデバイスの中で炸裂させるんだ。
それによって瞬間的に圧倒的な魔力と破壊力を生み出す。
デバイスであり武装でもあるアームドデバイスだからこそ組み込めるようなシステムで、
もしミッドチルダ方式のデバイスに組み込んだら、余程繊細な魔力操作で制御しないとデバイスが内側から破壊されかねない危険なものだよ」
それらをへーと感心した様子で聞いていたなのは。あのガシャコンはそういうことだったのかと納得顔。
なのはは次いで、もう一つ気になっていたことを尋ねた。
「それと……あの、さつきちゃんの創った空間は……」
あの、胸が締め付けられるような、哀しい世界。
さつき本人から聞く前に、何か聞けるだろうかと尋ねた結果は、ある意味予想通りだった。
「……ごめんなさい、まだ何も分かっていないわ」
「そうですか……」
そうして、話があらかた終わった頃、リンディの眼前にモニターが現れる。
モニターにはエイミィが映っており、リンディに用事があるようだった。
『すみません艦長、今よろしいでしょうか』
「ええ、いいわよエイミィ」
『フェイトちゃんのデバイスの修理パーツ、届きました。
それと、それらを運んできて下さったのがグレアム提督で。お話がしたいと』
「あら、来てくださったのね。
ええ、お通しして」
エイミィの映るモニターが消える。
リンディは「じゃあ自分達はそろそろお邪魔しようか」といった雰囲気を出しているユーノ達を制止した。
「なのはさんも、一度会っておくといいかもね」
「へ?」
「グレアム提督、今回のフェイトの裁判で凄く協力してくれた人なんだ。
それで、今はフェイトの保護観察官でもある。
クロノからは、歴戦の勇士だって聞いてる」
「へぇー」
そういうことならと、なのは達がその場で待つことしばし、立派な口ひげを蓄えた壮年の男性が2人の使い魔を連れてその場に現れた。
素体が猫であろう女性の使い魔2人を、ユーノが≪リーゼロッテさんと、リーゼアリアさん≫となのはに念話で紹介する。
リンディはその男性、ギル・グレアムを席を立って出迎えた。
「駆け付けてくださり、ありがとうございます」
「フェイト君の保護観察官だからね、私は」
重みのある、優しい声音の男性だった。
「それにこの地球は、私の故郷だ」
「そうでしたね……」
「そして、闇の書ともなれば、飛んで来ない訳にもいかん」
「はい……」
「……すまない」
「いえ。……因果なものですね」
「ああ……。本当にな」
神妙な顔で話す2人。
2人の邪魔をしないようにと大人しくしていたなのはとユーノに、グレアムが顔を向ける。
「それで、そちらの彼は……ユーノ・スクライア君だったね」
「お久しぶりです、グレアム提督」
「ああ、久しぶりだね。
それで、そちらのお嬢さんは……?」
「初めまして。高町なのはです」
「ああ、君が。話には聞いているよ。よろしく」
グレアムが手を差し出し、慌ててなのはが握り返す。
力強い、がっしりした手だった。
とある一幕。
「あっ……、」
「高町なのは、この度はすまなかった」
「シグナムさん……いえ。事情は、教えてもらいました。
護りたかったんですよね、はやてちゃんのこと」
「………」
「えっと……それと、ザフィーラちゃ……ザフィーラさ……」
「……できれば、ちゃんはよしてもらえると助かる」
「あ、はい」
あとがき
なんかいきなり寒くなったんだけど秋お前どこ行った……?