教室で、すずかとアリサは机で向き合って暗い顔をしていた。
「やっぱり何かがおかしい」
言い出したのはアリサ。すずかもそれに頷く。
アリサがさつきという少女と初めて知り合って早2週間は経った。
何があったのかといえば、何も無かった。
あれからなのはとさつきが会わなかった、という話ではない。
何度かすずかの家で遊ぼうという話になって集まっているし、そうなればさつきも誘って一緒に遊んだ。
ただ、それだけだ。
なのはが探していた子があのさつきであることは、疑いようのないこと。
だというのに、あの2人の間で、何事かの進展があった様子が一切見られない。
「なのはちゃん本人の様子に、おかしいところはあまり感じないんだけど……」
「だからおかしいんでしょ」
「うん……」
以前、悩みを抱えているのがバレバレななのはにアリサが怒りをぶつけたことがあった。
しかし今回はそういう様子も感じられない。
いや、二人とも違和感は感じている。ただ、何に違和感を感じているのかが分からない。
「でも、なのはちゃんらしくないとは思うよ」
「それなのよ」
2人とも、なのはに対して”らしくない”と感じている。
それなのに、なのはの普段の態度に悩んでいるような様子が見られない。
「私も、なのはちゃんにさつきちゃんについて訊かれたりするだろうなぁと思ってたんだけど、何も訊いてこないし」
「さつきから直接聞いた訳じゃないわよね。
そんなタイミングなかったし」
何といっても、アリサもすずかもいつ事体が動き出すのかと気にかけていたのだ。
なのはとさつきは2人きりで内緒で話をするだろう、したいだろうと見守っていたというのに、そのようなタイミングは1度としてなかった。
さつきはすずかの家から出ないらしいので、自分達の知らないところで会っている訳ではない。
ただ、実際にはなのはが2人とも知らないさつきとの連絡方法を知っていて、すずかの家で遊んでいる間以外で連絡を取り合った可能性はないこともない。
「やっぱりなのはちゃん、私達の知らない間にさつきちゃんとちゃんとお話できたんじゃ……」
「だったら私達はこんなにモヤモヤしないわよ。
そんな様子が一切見られないって、すずかも感じてるんでしょ?」
「うん」
しかし、それはないと2人は思っている。
だって、なのはとさつきの距離感が、すずかの家で最初に遭遇した時から一切変わっていない。
近づいた様子も、よそよそしくなった様子も、どちらもだ。
すずかに至っては、自身の秘密について色々と覚悟していたというのにそのような展開が一切なくて拍子抜けどころか混乱しているまである。
またアリサだって、さつきには確かめたいことがいくらでもある。
でもそれは、なのはの問題が解決してからだと思って、待っているのだ。
それなのに、もう自分が踏み込んでも大丈夫と思えるタイミングが、全然来ない。
「さつきについては、すずかは何か事情とか知ってるの?」
「知ってることはあるけど、ごめんね。
ちょっと、私だけの問題じゃなくなるから、それは言えないの。
ただ、それを知っていてもなのはちゃん達の間に何があるのかまでは分からなくて」
アリサは腕を組んでうーんと唸る。
「うーん、あの子からも、なーんか壁を感じるのよね」
「ア、アリサちゃん……」
ともすれば悪口ともとられないことを口にするアリサをすずかが嗜めるが、それを否定はしなかった。
「楽しそうにはしてくれてるんだけどね。
あの子私達と遊んでるときじゃなくてもいつもあんな感じなの?」
「うん、そうだね……。
さつきちゃんから、私に会いに来てくれたことは、無いかな。
気を遣ってくれてるのかなとは、思うんだけど……」
「……これはあの子の方も、結構重症そうね」
時空管理局の本局で、フェイトとユーノはなのはから送られてきたビデオレターを一緒に見ていた。
そこに記されていた内容は、とても嬉しいもの。
弓塚さつきと出会うことに成功したという知らせ。
その知らせにフェイトとユーノも喜びをにじませるが、どうにも戸惑いも感じていた。
「なのは、よかったね」
「うん。さつきが海鳴市から離れてなくてよかった。
会おうと思えば会えるらしいし、僕らに報告してくれたっていうことは、多分本当にもう大丈夫なんだろうね」
「うん……そう、なんだよね?」
歯切れの悪いフェイトの返し。しかしユーノもそれに理解の色を見せる。
「話もできてるらしいし、もう大丈夫とも言っていたけど。
うん、僕もちょっと引っかかってる」
とは言いつつも、ユーノ達はそのままビデオレターで語られたなのはの近況について雑談を始める。
学校でのこと、家でのこと、すずかとアリサと変わらず遊んでいること、そして、その中にさつきも加わることがあること。
なのはに何かしらの緊急事態が起こっているようであれば気が気ではなかったであろうが、そのような様子でもなかった。
ならば、気にはなっても落ち着いて先の未来を楽しみにできる理由が、フェイト達にはあった。
「思っていたよりも凄いスピードで裁判が進んで、終わりの目途がついてきてるし。
まだ先といえば先だけど、なのはに会いに行ける日もそこまでは遠くない筈だ。
クロノに聞いたんけど、どれだけ頑張っても12月まではかかる見立てだったらしいよ」
今が8月の頭であることを考えると、成程凄いスピードである。
ユーノ達には詳しいことは分からないが、クロノが言うにはグレアム提督はやっぱり凄い方、らしい。
ビデオレター越しに感じた引っかかりも、直接会えば解決するか、原因が分かるだろう。
「フェイトの裁判に終わりの目途がついてきたって、なのはにも報告しないとね」
と、フェイトはそこで、ビデオを持ってきてくれたグレアム提督の使い魔である猫耳お姉さんの言葉を思い出した。
「あ、返事だけど、いつも手紙を配送してくれてる人達が少し忙しくなっちゃったみたいで。
少しの間待ってて欲しいって」
「? いつもの人達じゃないとダメなんだっけ?」
「私の場合は……ほら、検閲とかあるから」
「あー……」
有罪になってもいないのにと思わなくもないユーノだったが、下手しなくともいくつもの世界を消滅させかけた事態の実働役である。
日常生活をかなり自由に過ごさせて貰えている手前、その程度はあってもおかしくないかという思いもあった。
ともあれ、今急いで返事の内容を決める必要もなくなった訳である。
時間に余裕が出来たとなると、どういう方向性で返事をするかちゃんと考えたくなる訳で。
そこで不安になってくるのが、やはりお互いに感じていたなのはからのビデオレターで感じた違和感になる。
2人はなんともなしに再びその話題を始める。
「何が引っかかっているのか、自分でもちょっとよく分かっていないんだけど」
「――言ってなかった」
「なにを?」
「なのは、さつきと――」
その一幕の間にフェイトから告げられた言葉に、ユーノがハッとした。
その日、翠屋でケーキとジュースを楽しんでいたなのはは、かけられた声に振り向いた。
「なのはちゃんやん」
「ほえ?」
なのはが振り向いた先には、車椅子に座るはやてと、その車椅子を押すヴィータの姿があった。
「はやてちゃん、ヴィータちゃん」
「よ、なのは」
「こないだぶり」
「うん、こないだぶり」
こないだとは、アリサの家で一緒に遊んだ時のことだ。
すずかの家で遊ぶ時は折角だからとさつきを誘うようになり、アリサの家で遊ぶ時は突発的でなければはやても誘うようになった。
はやてがアリサの家に行く時にはヴィータとザフィーラも一緒になるため、その時はいつも以上の大人数になる。
「翠屋でお茶させてもらお思って来たんやけど、ご一緒させてもろてええかな?」
「勿論いいよ」
なのはははやての提案に了承を返しつつ、椅子から降りてはやてに一番近い椅子に近づくと、その椅子を横に詰めてずらした。
「んっ、と」
「あ、ありがとう」
「サンキューなのは」
礼を言いつつ、ヴィータが開いたスペースにはやての車椅子を入れる。
「はやて! メニューもらってくる」
「ん、ありがとう」
そうこうして2人の選んだメニューが運ばれてくると、出てくる会話は自然と前回遊んだ日のこと。
「こないだのゲームも面白かったよね」
「特にあの中ボス戦は盛り上がったなぁ」
「うん! 続編出たらあのギミックもう一度採用してほしいなぁ」
「続編なぁ……」
と、ここで思案顔になったはやてに、なのはが「どうしたの?」と尋ねる。
「いやな、ゲーム自体は凄い面白かったんやけど、ストーリーにはちょっと物申させてほしくてな」
「ストーリーが?
はやてちゃんが何かにダメ出しするのって初めて見たかも」
「そやろか? ……そうかもな。
これでも文学美少女の端くれやで! そういうのにはうるさいんや」
「はやてはどこが気に入らなかったの?」
ヴィータからの返しに、はやては誰も突っ込んでくれないことに悲しさを覚えつつうーんと言葉を選んで答える。
「魔王だから悪いー! とか、強い力を持ってるから危険だー! とかだけでストーリー進まれるとなぁ。
もうちょい魔王さん側の事情とか深掘りしてほしかったわ」
はやての言葉に、ヴィータは何か思うところがあるのか少し考えこむと、ああ! とピンときたといった様子を見せる。
思い浮かべるのは、時空管理局の奴ら。
時代や相手にもよるが、新しい主の元で発見された途端に攻撃されたことは1度や2度じゃなかった。
当時は別になんとも思っていなかったし、なんなら餌が向こうから来てくれて楽ができたと思った時もあったが、今思うと確かに忌々しいことこの上ない。
したり顔でうんうんと頷くと、ヴィータは目の前のケーキの攻略に取り掛かった。
「相手の事情を知らないまま戦うのって、悲しいもんね」
(お、なのはちゃんいけるクチか?)
やたらと気持ちの籠っている様子のなのはの返しに、はやては乗り気になる。
「なのはちゃんもわかる?
そういう、力とか立場とかでその人の気持ちが何の意味もなくなってまうのなぁ。
ほんま悲しいことやと思うし。下手したら他人事やなくなるかもしれへんしなぁ」
頬杖をつき、咥えたストローをピコピコしながらはやてが言う。
「他人事じゃ……?」
首を傾げるなのはに、はやては咥えていたストローをぽとりとコップに落とすと可笑しそうに笑った。
「わからんよー。
長いこと生きとったら、もしかしたらものっすごい魔法の力に目覚めて魔王さんみたいなことできるようになるかも知れへんよー」
「あ、あはは……」
この中で唯一、ここにいる3人共が魔導師であることを知っているヴィータは、チラリとなのはに視線を向ける。
案の定、苦笑いしながらどう答えたものか困っていた。
「そういやなのは、お前なんか困ってたこと何とかなったのか?」
《はやて》
「えっ、ごめん、また気が散っちゃってた?」
《どしたんヴィータ》
「いんや、今日はその様子が無くなってたからな」
《こいつも魔導師だよ》
「なんやて!?」
思わず叫んでしまったはやてに、なのはが驚いた顔を向ける。
そんなはやてに対して、ヴィータが食い気味にフォローを入れた。
「はやて、もう解決してるみたいだから、大丈夫っぽいよ」
「あっ……、そうか。ごめんななのはちゃん、大声上げてもうて」
《確か皆って、他の魔導師の人達にバレるとまずいんよな?》
「ううん、大丈夫」
《うん、なのはは何も気づいてないけど、魔導師だって知られるとまずいと思う》
「ヴィータちゃんも、ありがとうね。
うん、”もう全部丸く収まったから、大丈夫”」
《先に言うてーな……》
「ん、ならいいんだ」
《ごめんはやて》
ヴィータの謝罪に、はやてはふうと車椅子に体重を預けて飛び跳ねた心臓を落ち着かせた。
あまりの衝撃についぼやいてしまったが、はやては別に隠し事されたとかは思っていない。
魔法と一切の関係の無い、家族としての生活を望んだのは自分なのだ。
特に必要もなく魔法関係の事柄をいちいち取り上げて自分に報告するのは、その意思に反するとなるのは分かる。
実際それを知らされてどうなるという訳でもなかったのだし。
(むしろ今、変に話を広げてまう前に伝えてくれたのはグッジョブなんやな)
伝えるべきだと思ったならちゃんと伝えてくれるのだ。はやてからしたら、特に魔法関係なんてそれが分かっていれば十分だった。
実際、はやては数か月前に海鳴で魔法関係の事件が起こっていたらしいことも守護騎士達から伝えられてはいない。
これについても、はやてが「そういえば前不思議なことがあってなー」とでも話題に挙げれば、「どうやら以前、魔法の世界が関係している事件が起こっていたようですよ」とあっさりと告げられることだろう。
(はー、なのはちゃんがなぁ。
魔法や異世界って案外身近なものやったんやー)
ほえーとなのはに視線を向けていたはやては、なのはからどうしたの? とでもいうような視線を返されて曖昧に笑った。
その日の夜、はやてが寝静まった後、守護騎士達4人は一同に会していた。
集会の理由は、ヴィータから伝えられた、はやてとなのはが翠屋で行ったやり取り。
重要なのは、そこから感じられる、はやての思想。
正直なところ、今回のなのはとのやり取りは改めて会談を行うきっかけにすぎない。
それが無くとも、はやてと一緒に暮らしてきて、その優しい心は十分に知っていた。
その思想も、何をしたらはやては悲しむのか、察することができるようになる程に伝わっていた。
だから、
「今後私達がはやての脅威になり得る者たちを見つけた時の行動も、考え直すべきだな」
守護騎士達は分かっていた。
外敵を問答無用で殺しにかかる行動が、はやてを悲しませるものであることを。
仮にあの吸血鬼が人を襲うことは無いと宣言したとしても、自分達はあの吸血鬼を殺していた。
それは、仮に自分達が人を襲うことは無いと宣言したところで、管理局に発見されれば拘束され、主から引き離されるであろうことと同じこと。
自分達が時空管理局に感じる憤りは、そっくりそのまま自分達に帰ってくる。
分かっている。
自分達が吸血鬼を積極的に排除することと、自分達が管理局に見つかった時に、自分達や主が敵対されてきたことは同じことであると。
吸血鬼が人を襲う生き物というのであれば、自分達も人を襲うための存在なのだと。
もうとても長いこと戦いに身を置いている身なのだから、そのような理屈は当然のこととして分かっている。
客観的に見てどういうことかは重要なのではない。自分達は、はやての味方であるだけなのだから。
だから、例えそのことを持ち出して他者から糾弾されたとして、いちいち心を乱されることなどありはしない。
ただ、主の口から、自分達の吸血鬼に対する行いを認識していない状況でそれを嘆くような話が行われた。
どことなく、はやてに叱られたみたいな気がして、守護騎士達は気持ちがざわついた。
想定するべきは、主に新しい吸血鬼を発見した時のことと、時空管理局に発見された時のこと。
守護騎士達の行動は少しでも、主の思想に寄り添わなければならない。
何かがあって、はやてが全てを知った時。その心に落ちる影が、ほんの僅かにでも少なくなるように。
否、たとえ主が知る可能性が絶対に無いとしても、主の隣で胸を張って生きてゆけるように。
いや、本当は、そんな小難しい理屈なんて抜きにしても。
主――はやて――の未来を血で汚したくないなんていう、これまでの守護騎士達では考えもしなかった感情が、それぞれの胸に確かに芽生え始めていたから。
はやてに降りかかる危険を排除すること自体は辞める訳にはいかない。
今後管理局の人間に見つかってしまった時、戦わない訳にはいかない。
しかし、少しでも。今からでも。
「なぁ、なんか……あったよな? 闇の書の機能の中に……その、相手を殺す訳じゃなくて……なんかするやつ」
「……なんかとはなんだ」
「それがどうにも思い出せねー。最後に使われたの何年前だろ……?
なんかあった筈なんだよ。相手を殺さないでどうにかしたい時に誰かが使ってたの……」
「む……しかし、主はやてとの誓いがある。闇の書は持ち出す訳にはいかんぞ」
「そうよねぇ。確かにわたしもなにか、覚えがあるのだけど」
あとがき
メルブラ、初心者でもエリアルコンボできるようになってて楽しかった
ワクチン2回目接種行ってきます