ファリンがなのは達を連れてくるタイミングに合わせてさつきを部屋に呼んだ少女、すずかは、ファリンとなのはの反応を見て疑惑を確信に変えた。
(やっぱり……)
――『――さつき、ちゃん?』
あの破壊された道路を見に行った時、なのはがふとこぼした名前。すずかも、それを忘れてはいなかった。
確証があった訳ではない。
しかし、これまで自分の周囲で起こっていることに対して感じていた予感。
そしてそんな中現れた、近頃の事件に関わっているらしき弓塚”さつき”という女の子。
数ヵ月前からなのはが探していた、ユーノ、フェイトと共に紹介できなかった3人目こそが、この女の子なのではないかとすずかは思い至った。
そして仮にそうだとした場合、忍は何らかの理由があって、さつきをなのはから隠しているのかも知れないということも。
その理由まではすずかには分からない。今自分たちの周りで何が起こっているのかもさっぱり分かっていない。
なんだったら、なのはがどんな困難に合っているのかも、恐らくはアリサの方が知っているのだろう。
だから、すずかは自分のやろうとしていることがどういう意味を持つのか、実のところ何も分かっていなかったのだ。
それでもすずかは、自身の抱いた予感から、今回の行動に出た。
だってすずかは、なのはの友達だから。
アリサが、このことで深く悩んでいることを知っているから。
それが少しでも解決に向かうかも知れないのであれば、すずかは忍やさつきよりも、なのはのために動くことを選んだ。
その結果は、ビンゴだった。
さつきを見て口をパクパクさせているなのはに、明らかに慌てているファリンを見れば、すずかは自分の予感が殆ど当たっていたのだと確信できた。
何でさつきのことをなのはに知らせてあげていなかったのか、その理由は知らない。
もしかしたら、自分はとんでもないことをしてしまったのかも知れない。
でも、なのはが、とある女の子をずっと探していたことは知っている。
恐らく、これでなのはは、夜の一族や月村家について多かれ少なかれ知ることになるのだろう。
その最中で、自分の正体についても知られてしまう可能性はとても高いのだろう。
それに思い至っていて、それでもすずかは、この選択をした。
ファリンが扉を開けた途端に流れた異様な雰囲気と、なのはから呟かれた名前に、アリサはある程度の事態を察する。
アリサがすずかへ視線を向けると、見事なすまし顔。
(全くこの子は……)
思わずこぼれそうになった笑いを堪えて、アリサはすずかに望まれているであろう問いを投げた。
「来たわよすずか。それでそっちの子は、どちら様?」
「お姉ちゃん達のお客さんなんだけど……なのはちゃん、知り合いだったの?」
いけしゃあしゃあと……と、アリサの呆れた視線がすずかへ飛ぶ。
アリサには、すずかがその返事として顔の裏でペロリと舌を出したのがハッキリと見えた。
「あ、う、うん」
アリサ達のそんなやり取りには気付かずに、すずかの問いかけになのはが何とか返答を返す。
「なのはちゃん、久しぶり。
すずかちゃんごめん。それじゃわたしは席を外すね」
そしてさつきは、そんななのはに一声かけると、そそくさとその部屋から出て行こうとする。
アリサ達にはその動きは、できる限りなのはに近づくことのないようなルートを選んでいるように見えた。
「待って!」
そして部屋を出ようとするさつきに、それまでの様子が嘘のような思い切りの良さでなのはが駆け寄り、その片腕を両手でつかんだ。
さつきが信じられないとでも言うような顔でなのはを見る。
そのまま、両者の動きが止まった。
さつきのよそよそしい様子から、掴まれたなのはの手を振り払うような行動もアリサ達は想像していたが、そんな様子は一切ない。
おとなしく、なのはに腕を掴まれている。
すずかとアリサは一度顔を見合わせる。
どうやらこの二人の間柄、相当にこじれているらしい。
すずかはアリサに手招きして、なのはとさつきにも呼び掛けた。
「2人とも、とりあえずお茶にしない?」
だが、すずかとアリサの予想を裏切って、その日は何事もなく終わった。
最初にさつきがなのはに何事かを謝り、それになのはが慌てて謝り返して。
さつきがしばらくすずかの家に居ることを知ると、それ以降踏み込んだような話題はされず。
それどころかさつきとすずかの関係についてや、さつきが何故月村家にいるのかという質問すら出てこない。
知り合いと、友達の家でばったり会っただけとでもいうようなやり取りで終わる。
そのまま4人でお茶とお菓子を楽しみ、さつきも誘って4人でゲームをし、何事もなく、別れた。
なのはとさつきの遭遇について学校にいる間に知らせを受けていた忍は、その、何事もなく普通に遊んで別れたとの報告に困惑した。
どういうことなのか、一体2人の間には何があるのかということの説明をさつきに求めても、「なのはちゃんから話されるまで話せない」と頑として話してくれない。
すずかが意図的に2人を会わせたことは状況的に察せたが、これについては強く怒ることはできなかった。
そもそもとして、さつきの扱いについて誤魔化して伝えていたのは忍側なのだ。
なのはとさつきを会わせないようにということを意図的に伝えていないのに、それについて責めるのはいささかお門違いだろう。
一方の恭也は、高町家に戻りなのはの部屋へ向かっていた。
「なのは、入っていいか」
「お兄ちゃん」
なのはのから了承を得た恭也は部屋に入ると、勉強机に座っているなのはに向かって床に座り、頭を下げた。
「すまなかったな、なのは。
なのはの探していたさつきちゃんが、忍の家にいることは知っていたんだが」
「ううん、いいの。
昨日の朝のは、そういうことだったんだね」
恭也は下げていた頭を上げると、バツが悪そうに、ああ、と頬をかいた。
なのはの様子はとても落ち着いているように見えた。
探し人にやっと会えて大喜びしているようでも、恭也達に対してむくれている訳でもなかった。
「実は今な、さつきちゃんの周りで、ちょっと危ないことが起こっているんだ。
それが解決するまで、さつきちゃんが忍の家にいることはあまり人に知られたくなかったし、今会うとなのはもそれに巻き込まれる危険があったから。
黙っていた理由は、こんなところだ。すまなかった」
「……危ない、こと?」
「ああ。誤魔化さずに言えば、今は忍のところでさつきちゃんを匿っているところなんだ」
「…………うん」
恭也の予想とは違い、なのはは詳しいことを尋ねたりはせず、相槌を返すだけ。
違和感を覚える恭也だが、さつきちゃん本人から何か聞いているのかも知れないなと考えた。
「……あー、それでなんだが、なのは」
と、恭也は意を決してなのはに問いかける。
なのはがさつきと出会った今となっては、質問の仕方に気を遣う必要もなくなった。
「うん」
「なのはが秘密にしてることをバラすことになるからって、さつきちゃんが話してくれない事情がちょこちょこあるんだ。
それで……『魔導師』って何のことか知ってるか?」
「――うぇえ」
てっきりさつきとの関係とかを問い詰められると思っていたなのはの口から変な声が飛び出した。
だが恭也は別に、なのはの隠していることを全部暴きたい訳じゃない。なのはがしっかりした子だということは十分知っている。
数ヵ月前だって、隠し事があることは察した上で、決意に漲っていたなのはの背中を押したのだ。
恭也が確認したいのは、今現在起こっている何事かに、人死にが出てもおかしくないようなそれに、なのはが既に巻き込まれたりしていないかということ。
「なのはの秘密を全部話してくれなくてもいい。
ただ、さつきちゃんはその『魔導師』が原因で話してくれないみたいで。
今回さつきちゃんが巻き込まれたことに、『魔導師』っていうのは関係しているのかだけでも判断したいんだが」
「あ、それは無いと思う」
恭也の言葉に、なのははあっさりと答えた。
あまりにそのことを確信しているような様子に、恭也の肩の荷が少し降りる。
「さつきちゃんが巻き込まれていることが”吸血鬼”に関係することなのは分かっているんだけど、それでも関係なさそうか?」
「うん。魔導師に関係のあることは、リンディさん達が帰った時に全部終わっているから」
一応確認した内容についても、問題なさそうな回答が返ってきた。
なのはからしたら、吸血鬼関係であるならむしろ完全に魔法と無関係なのが確定である。
あまりにあっさりと話が進んだ恭也は、それならばと、持っていた鞄から数枚の紙を取り出す。
それは、さつきから内容を聞き出せなかった事件たち。
「じゃあ、ここにある出来事について、なのはの知ってる内容があったら教えて欲しいんだけど、いいかな」
言って、恭也はなのはに向けてその資料を差し出した。
なのはが受け取って確認すると、そこにはここ最近の不可解な出来事がいくつも並べられていた。
それを見てなのはは納得した。恐らくさつきもこれらについて尋ねられて、答えに窮したのだろうと。
そこにあるのは、全部が全部ジュエルシードが引き起こした騒動だった。
(さつきちゃん……)
言っても信じられないだろうということもあるかも知れないが、その内容は、別にさつきからしたらバラしても問題ないことの筈だ。
それを、なのはのことを考えて秘密にしてくれていた。
なのはは胸の奥が、すっと軽くなった気がした。
「うん、全部知ってる。
リンディさん達が頑張って解決した事件なの。なのはもそのお手伝いをしていたから。
さつきちゃんと出会ったのもその最中で、だからさつきちゃんも黙っててくれたんだと思う」
一方、どれが今回の事件に関わりのある内容なのかを確認しようと思っていた恭也は、その予想外の回答に驚愕する。
「全部!? なのは、本当に全部か?」
恭也の様子に、なのははもう一度資料を確認した。
アースラが地球に到着する前になのはとユーノで解決したものもあるが、
高町家ではなのははリンディのお手伝いで何らかのお仕事に関わっていることになっているためこの言い方で問題ない筈だ。
やはり、なのはに心当たりの無いものは1つも無かった。
「うん。全部、リンディさん達が解決したよ」
「全部、終わった事件なんだな?」
「うん」
「…………そうかぁ」
恭也は今度こそ、安心して脱力した。
自分達の集めた情報のいくつかに、なのはが関わっている可能性があると判明した時は割と気が気ではなかった恭也だったが。
この様子だと、本当にもう問題ないことのようだった。
更に、詳細の全く分からなかったいくつもの出来事が今回の事件や月村家と無関係であるということも判明した。
それはとても大きな収穫であった。
「よし、ありがとうななのは。
これで色々と、かなり楽になったよ」
恭也はなのはから返すように差し出された資料を受け取り、それをしまいながら言葉を続ける。
「さつきちゃんのことは、しばらくは忍の家で問題なく会えると思う。
ただ、くれぐれも他の人には秘密にしておいてくれないか」
「うん。会いに行ってもいいの?」
「ああ、さつきちゃん自身が忍の家から出なければ大丈夫だろう」
「うん、ありがとう」
なのはは確かに、嬉しそうに笑っていた。
その翌日、学校が終わった後に恭也と忍は月村邸に集合していた。
さつきとの話し合いを詰めるためである。
2人の間では学校にいる間にいくらでも話せたため、後はさつきと話を合わせるだけであった。
忍達が予定の部屋に行くと、既にさつきは紅茶とお茶菓子を前に待っていた。
「お待たせさつきちゃん」
「あ、いえ……」
二人がさつきの対面に座ると、ノエルが二人分の紅茶も手際よく用意する。
そしてさぁ話し合いの続きだという雰囲気になったところで、さつきが声を上げた。
「でも、私が話せる内容ってもうそんなに無いですよ……?」
恭也がなのはの兄であることを知った今となっては猶更であった。
これ以上の話となると確実に魔法のことが絡んでくるため、なのはのためにも言うつもりは全くなかった。
しかし、そんなさつきの思惑も恭也の言葉で覆される。
「ああ、実はあれからなのはにも話を聞いたんだ。
それで、こっちの確認したかったことは大体解決した」
目をぱちくりとするさつき。
あ、言ったんだ。と。それなら話は大分変わってくる。
「だから、まぁ、いくつか質問するから、それにだけ答えてくれればいい。
もちろん、答えたくないことなら答えなくていいから」
もしなのはが魔法に関することも全部打ち明けていた場合、なんならさつきは襲撃者に関する情報もあらいざらい説明してもよくなったのであるが。
とはいえさつきにはなのはがどこまで打ち明けたのか分からないし、もしかしたら誤魔化して説明しているのかも知れない。
ここら辺は確かめようもないし本当に判断に困るところである。
とりあえず魔法関係のことは濁しておけばいいだろうと判断して、さつきは頷いた。
「とりあえず、襲って来た人がどんな人だったのかは教えてもらえないかな」
さつきとしても、自分達を狙ってくるかも知れない人物達の容姿を知っておきたいというのはとても理解できる。
それを知っているか知っていないかで、心構えや対応に天と地程の差ができるだろう。
「わたしが知ってるのは4人だけです。
男性が1人と、女性が3人で、男性は白髪で背が高いです。
女性の方はピンク色の髪の人と、金髪の人と、オレンジの髪をした子で、オレンジの子はわたしよりも背が低いです」
ひとまずさつきに伝えられるのはこのくらいであった。
流石に1ヵ月以上前に遠目に確認した人物の容姿を詳細に覚えてはいないし、絵心だってある訳じゃない。
少しばかり詳しく伝えられそうなのはつい先日会ったばかりのハンマーを持った幼女だけである。
しかし恭也達としても、彼らから見たら小学生相手に詳細で分かりやすい容姿の説明まで期待してはいなかった。
いざ何事かがあった時に、『さつきちゃんの言っていた奴らはこいつらか』と判断できるような情報が欲しかった訳だ。
そう考えれば、いくらでも染めれるとはいえそれだけ特徴的な髪色をしているというのは十分な情報だった。
というより、ピンク色の髪の女性というと、ズバリ恭也やノエルの遭遇したあの女性だろう。
それだけ分かれば十分である。
「体型とかって覚えてるかしら? 太型とか瘦せ型とか」
「太っている人はいなかったと思います。それ以上はちょっと……」
一方さつきは、続く忍からの質問に答えながら少し安心していた。
このくらいの情報でよいのであればいくらでも答えられる。
こちらから能動的に探すには明らかに足りない情報だが、何事かが起こった時にはそうだと判断できるくらいの内容だろう。
「うん、じゃあ……これ以上は大丈夫、よね? 恭也」
「ああ。それでさつきちゃん、さつきちゃんはこれからどうする?」
さつきは拍子抜けする。本当にこれだけで質問が終わるとは思ってなかった。
ともあれこの話はさつきにとってもしっかり決めておかなければならないことだ。
さつきは姿勢を正した。
「わたしが、ここに閉じこもらせてもらうか、出て行くかってことですよね」
忍が頷く。もう3日も泊めてもらっている身として、さつきは割と頭が上がらなくなっている。
さつきの本音を言うと、外に出ればいつ見つかるか分からない現状、屋敷内に匿ってくれるという話は単純に物凄く有難いことだった。
しかし心情的な部分だと、これ以上世話になることは避けたかった。
さつき視点から見て、月村家は本当に関係ないこととか。
人間に守ってもらうなんてことの情けなさとか。
すずかに悪いとか。
そういうのも勿論あるけれど。
これ以上、忍達にほだされないうちに、この二人からは距離を取りたい。
だって。
人間と自分との間で”何か”があった時、忍達が味方につくのは人間側なのだから。
(この2人が、死徒になってくれるのなら……)
そんな考えが過ってしまったのを、必死に頭の隅に追いやる。
また、志貴の時と、同じことを繰り返しそうになる。
心を開きそうになると、その考えが浮かんでしまう。
(……やっぱりわたしは)
口を噤むさつきに、忍達が声をかける。
「私たちの迷惑とかは、考えなくていいわ。
勿論、家の中に閉じ込めるみたいなことになっちゃうからそれは申し訳ないし、それが嫌だっていうのも分かるけど」
「でも、また襲われて血が必要になったってなるのもあれだし、狙われてるっていう子をまた一人にするのは俺も心配だ。
だから、忍の家にいてくれると俺も嬉しい」
忍と恭也の言葉に、さつきの思考が引き上げられた。
さつきは問題となりそうな要素を探す。
だが実際、さつきが一切外に出なければそれ以上は巻き込んでしまうことも無いだろう。
問題があるとすれば、それがいつまでになるのかということ。
さつきは忍達があの魔導師達と話を付けることができるとは思っていない。
それどころか、関わり合いになることもまずできないだろうと考えている。
住む世界が違う。持っている技術も違う。向こうから接触してくるなら話は別だが、あちらは恐らく夜の一族のことなんて知らない。
となると、さつきが隠れている限り延々とこの事態は解決しない見立てである訳で。
だが結局、それはさつき側の問題でしかなくて。
さつきが申し訳なく思うということ以外に、この提案自体を断る理由が出てこない。
「なのはは会いに来たがっていたから、そういう意味でもここに居てくれるのは嬉しいんだけど」
悩むさつきに対して、恭也が更に告げる。
確かに、さつきが外にいてはいつ危ない目に合うか分からない現状、なのはの安全を考えるとそうなるだろう。
だがさつきは、それ以前にその言葉そのものが聞き逃せなかった。
「……それ、なのはちゃんが?
――なのはちゃんの方から、そう言ってたんですか」
「ん、ああ。なのははさつきちゃんにまた会いたいって言っていた」
「……なんで……」
その後、さつきは月村の家で世話になることを決めた。
あとがき
遂にメルブラ来ますね。
月姫リメイクやれてないので、知らないキャラとか色々いるんだよなぁ。