クロノが外の兵士達を一掃し、いざ庭園へ乗り込もうとした時、彼らの傍に魔方陣が現れた。
魔力光は黄色。その色に3人はハッとして立ち止まる。
まさか、と3人ともが困惑する中、はたして、転移によってそこから現れたのはアルフとフェイトの2人だった。
「フェイトちゃん!?」
そこにいるのは、確かについ先程まで崩れ落ちていたフェイト。
しかし今彼女は、連れてこられた訳ではなく、自分の意思で来たと証明するかのように二つの足で立ち、前を向いている。
「諦められる訳なんて無いし、捨てちゃえる訳なんて、もっとない。
君が言った言葉だったよね」
なのはの驚きの声に応えるように、そうフェイトが言った。
その言葉に身を固まらせるなのは達を見て、彼女は更に続ける。
「敵対しに来たんじゃない。ただ、どうしても母さんに伝えたいことがあるから」
ひとまずはホッとした様子を見せるなのは達に、歩み寄るフェイトとアルフ。
それを見ていたクロノにリンディから通信が入った。
《クロノ! 今フェイトさん達が転送魔法でそちらに……》
「ええ、来てます。どうしますか?」
《……まぁ、今は一刻を争いますし、敵対の様子がないようであればそちらの判断に任せます》
「了解です」
どうやらフェイト達は勝手にこちらに跳んできたらしい。
予想していたクロノは手早く返事を返し、リンディは自分も出る為の準備に戻るため、最低限だけ言葉を交わして通信を切った。
「自分の体が作り物だってことはショックだったし、この記憶も、貰い物の贋物かもしれない。
それでも、君が気付かせてくれた思いだけは、私自身の想いだって思うから。
あれだけハッキリ捨てられた後でも消えない、この想い。それを伝えたい」
もし自分の心までもプログラムされた、誰かに造られたものだとしたらフェイトは耐えられなかっただろう。
いや、フェイトでなくても耐えられまい。それは自己の崩壊だ。
自分というものが分からなくなる。自分の考えだと思っていたことが、誰かの想定通りに組まれたパターンから出力されたものだという現実。
自我の否定、仮にその事に絶望したとして、その今正に生み出されている感情も、自分本来のものではなく誰かの思惑通りの反応であるという恐怖。
普通なら発狂ものだ。
例外などさつきの知り合いであるとある人物くらいのものである。
だが、フェイトにはそうは思えない程強い、自分自身のもだと確信を持てる程に強い想いがあった。とある少女の言葉で気付き、心の中心に据えていた。
真実も、母の本音も知った。だから今度は、その真実を知った上での自分の本音を知って欲しい。それがフェイトの目的。
しかしそれを聞いたなのはの顔は曇る。
「フェイトちゃん……でも、それって」
「確かに、私はまだ、母さんに縋りついてる。
でも、このまま終わりなんて嫌だから。このままじゃ、新しい自分なんて、始めれないから」
用は、けじめの問題。このまま、何も成さないまま全てが終わってしまっては、ずっと前になんて進めなくなってしまうから。
フェイトは新しい自分を始めようとしている、それを知って、なのはは安心したように微笑んだ。
「すまないが、今は時間がない。揉めている時間もだ。
だから付いて来ることは構わないが、こちらの指示に従ってもらおう。
さあ、行くよ!」
脇にそれた空気を、クロノが強引に纏め上げる。そのまま先導して扉を開け、庭園内に突入した。残る者達も再度空気を引き締め、それに続く。
その先の所々に巨大な穴の開いている道を、みんなで駆け足で抜けていく。
「その穴、黒い空間がある場所は気をつけて!」
「へっ?」
「虚数空間、あらゆる魔法が一切発動しなくなる空間なんだ」
「飛行魔法もデリートされる。もしも落ちたら、重力の底まで落下する。
二度と上がってこれないよ」
「き、気をつける」
知識の乏しいなのはに、クロノ達が忠告する。
やがて辿り着いた巨大な扉を開けると、そこの大広間にはまたもや大量の甲冑の兵士達が待ち受けていた。
「ここからふた手に分かれる。
君たち2人はプレシアとさつきのところに行くと聞かないだろうから僕に付いてきて貰おう。
ユーノとアルフは最上階にある駆動炉の封印を!」
クロノは奥に見える階段を指し示して指示を出す。
「今道を作るから、そしたら!」
「うん」「分かった」
「ユーノ君、ごめん、気をつけてね」
「アルフも」
皆が互いに短く言葉を交わし、クロノがS2Uを構える。魔力がチャージされる。
《Blaze Cannon》
そして放たれる、砲撃魔法。なのはのディバインバスターをも僅かにだが上回る威力を持つそれは、階段までの兵士達を一気になぎ払った。
ユーノとアルフはその隙を突いて飛んでゆく。
2人が無事階段の向こうへと見えなくなったところで、さて、と再度クロノがS2Uを構えなおした。
「よし、僕らはこっちだ。言っておくけど、頼りにさせて貰うよ。
さっきの戦闘での消耗があるし、僕は君たちみたいにとんでもない量の魔力を持ってる訳じゃないからね。
魔力の回復はできたかい?」
散々なのは達を巻き込むことに反対していたクロノが頼ると言葉にして言ったのだ。心の中ではこれからのことに結構冷や汗をかいているのかも知れない。
先程の手際からいって個々、少数なら簡単にねじ伏せそうなものだが、それ程までに消耗が大きいのか。
いや、フェイトのジュエルシード暴走体などという規格外相手に3人がかりとは言えしっかりと魔力を温存していた方が凄いのかも知れない。
「ちょっと厳しいけど……援護くらいなら」
クロノの問いに、なのはは険しい、しかしやる気に満ちた表情で返した。
クロノがそれによし、と返そうとすると、予想していなかった答えがフェイトから返ってきた。
「あ、私、魔力なら……一回ジュエルシードを取り込んだから」
「へ?」
フェイトは思わず声を上げたなのはに微笑みかける。彼女の口から出た言葉は、ついこないだまでなら考えられないようなものだった。
「1人じゃ厳しくても、3人なら」
「うん……、うん、うん!」
呆然と、理解して、力強く。表情をころころ変えながら、胸がいっぱいになりながらなのはは最後に弾けるような笑顔を咲かす。
《Divide Energy》
まるでいつかの再現のように、フェイトからなのはへ、そしてクロノへと魔力が渡される。
それだけの行為に、それ以上の意味があった。なのはだけでなくクロノさえも、気力という名の見えない力が満たされるのを感じた。
クロノ達は自分の魔力が回復するのを感じ、その表情に自信を漲らせる。
「よし、これなら!」
クロノの言葉になのはも頷いた。
そしてクロノに続いて残る2人も前へ出て、甲冑の兵士達相手にデバイスを構える。
「2人とも、行くよ!」
庭園の、否、次元空間の揺れは段々と増大していた。このまま時間が経てば、いずれ次元断層が起こる。それこそが彼女の旅の始まりの合図。
ただ、娘と2人でその時を迎えたいという彼女の願いは叶いそうになかった。
「……来たのね」
プレシアの元へ、次元震以外での振動が伝わる。震源は遠くない。
そのことに眉を潜めた矢先、今度は次元震が段々と収まりだした。
「――!?」
流石にこれには眉を潜めるだけに止めるわけにはいかず、慌てて周囲を見回すプレシア。
ジュエルシードも確認するが、今だしっかりと発動している。
『プレシア・テスタロッサ』
そんな彼女の元へ若い女性の声が届いた。それは、念話を遮断している彼女へ届かせる為魔法によって庭園内全体に響かせた声。
『終わりですよ。次元震は私が抑えています。
駆動炉もじき封印、貴女の元には執務官が向かっています。
忘れられし都アルハザード、そしてそこに眠る秘術は、存在するかどうかすら曖昧な、ただの伝説です』
「違うわ。アルハザードへの道は次元の狭間にある。
時間と空間が砕かれる時、その狭間に滑落してゆく輝き――道は、確かにそこにある」
『随分と分の悪い賭けだわ』
聞く耳を持たないプレシアに、リンディは切り捨てるように言う。
『貴女はそこに行って、一体何をするの?
失った時間と、犯した過ちを取り戻すの?』
「そうよ、私は取り戻す。私とアリシアの、過去と未来を。
取り戻すの。こんな筈じゃなかった、世界の全てを!」
「世界は、いつだって……こんな筈じゃないことばっかりだよ!
ずっと昔から、いつだって誰だって、そうなんだ!」
プレシアの言葉に返したのは、新しい第三者の声だった。
プレシアが声の聞こえて来たエレベーターの方へと目を向けると、天井の穴から見えない床に乗って降りてくる3人の男女の姿。うち一人は彼女のよく知る顔で。
「こんな筈じゃない現実から、逃げるか、それとも立ち向かうかは個人の自由だ!
だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間まで巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!」
エレベーターで降下しながら、クロノがプレシアを糾弾する。いや、訴えかける。
やがてエレベーターが地に着くと、なのはが倒れ伏す人影に気付いて叫び声を上げた。
「さつきちゃん!」
なのはのその声に振り向いたクロノ達も、その影がさつきであると気づく。
フェイトは息を呑み、なのはは急いでさつきに駆け寄る。そしてクロノは状況の把握に努めた。
(ここに近づいてからこっち、ここから争っているような音はしていなかった。
彼女のレアスキルならもう回復しててもおかしくない筈だが……)
今のさつきは、見るからにボロボロだ。
(なのはも、魔力はまだしも体の方が限界に近い)
考え、クロノはさつきの傍らまで駆け寄ったなのはに指示を出す。
「よし、君は彼女をアースラまで連れて帰ってくれ」
「う、うん! フェイトちゃん、私、上手く言えないけど、頑張って!」
なのははそれだけ言うと、さつきの方へと向き直った。
なのはの言葉を受け取ったフェイトは、それに目を瞑って一つ頷くと、プレシアへと歩を進める。
と、それを冷たい目で睨みつけていたプレシアが、いきなり咳き込んで血を吐き出した。
「母さん!」
「何をしに来たの」
「っ!」
思わず駆け寄ろうとしたフェイトを、プレシアがその言葉と眼光で止める。
「消えなさい。もうあなたに用は無いわ」
『……そう、貴女がさつきさんを巻き込んだ理由は"それ"ですか』
プレシアの容態を悟ったリンディが、疑問に思っていたことの答えに気付いた。
今さらさつきを味方に付けて、何のメリットがあるのかと考えていたのだ。
「ええそうよ、貴女方も気付いているのではなくて?
あの娘のレアスキルである身体状態のセーブ。それをトレースすることが出来れば」
『……身体状態の、セーブ。まさかそんなレアスキルが……。
――しかしプレシア、それを今の貴女に適応したところで、病が治る訳では……』
「何を言っているのかしら? 死ぬことがなくなればそれでいいのよ」
『……永遠に病に苦しむ体になってまで、ですか』
真剣な声でリンディが問うが、プレシアは動じない。それがどうしたと言わんばかりに不適に笑みを浮かべてみせる。
そのやり取りを聞き、そんな彼女を見て、プレシアの想いを再確認したフェイトは意を決してプレシアへと語りかけた。
「あなたに言いたいことがあって来ました」
笑みを一瞬で引っ込め、一転、プレシアは不快げな顔でフェイトを睨みつける。
「私は――私は、アリシア・テスタロッサじゃありません。
あなたが作った、ただの人形なのかも知れません」
フェイトは止まらない。
「だけど、私は――フェイト・テスタロッサは、あなたに生み出してもらって、育ててもらった、あなたの娘です」
その言葉を受けてプレシアは、本当に可笑しそうに笑った。
「はっ……ふふふふふふふ、ははははっ、はははははははははっ!
――だから何? 今更あなたを娘と思えというの?」
「……あなたが、それを望むなら」
フェイトは伝える、自分の思いを。
「それを望むなら、私は、世界中の誰からも、どんな出来事からも、あなたを守る。
私が、あなたの娘だからじゃない」
現実《しんじつ》を突きつけられても消えなかった、自分の中の本当《しんじつ》を。
「――あなたが、私の母さんだから」
それが、フェイトの想い。
それを聞いたプレシアは、しばし確かに呆然とした様子を見せた。
「……――ふっ、くだらないわ」
がしかしそれも数瞬、我に返ったプレシアの口から告げられたのは、そんな一言で。
話はこれで終わりだとでも言うように、彼女は杖を掲げた。
―― どうして、こんな風になっちゃったんだろうなぁ……
身を包むのは倦怠感。ぼうとした意識の中で、さつきは思った。
―― 覚悟なんて、何もできてなかった。その結果、だよね……
『覚悟は、出来てます』体を人間のものにするか橙子に訊かれたとき、さつきが言った言葉だ。
さつきはあの時、手術をするか否かといった感じの問いかけだと思い、軽い気持ちで返事をしてしまった。
今なら分かる。あの問いかけは、そんなものではなかったのだ。橙子は、例えもう一度吸血鬼になる運命だとしても一時の幸福を手に入れたいかと訊いていたのだ。
―― そんな事にも気付かないで、浮かれて、恐れて、しがみついて……
もう全てを投げ出してしまおう、そう思考が働いた時、さつきは声を聞いた。
「さつきちゃん、さつきちゃん!」
自分の名前を呼ぶその声に、さつきは埋没していた意識を覚醒させゆっくりと目を開けた。
霞む目で見えたのは、こちらを覗き見るなのはの顔だった。
「あ、なのはちゃん……」
「さつきちゃん、大丈夫!?」
体を起こそうとしてさつきは、何故なのはが自分の体に手を伸ばしながらも一切触れようとしていないのかを知ることになった。
「あっ……ぁあーッ!」
鈍痛が激痛となって襲い掛かってくる。
下方にある部位が痛い。上に持って行きたい。それだと上方にあった部位が痛くなる。
動いても痛みは増さない。動かなくても痛い。自分の心臓の音が痛い。
―― この痛みを和らげるには……
さつきの視線が再びなのはへと向く。その目は獲物を見る目だったろう。
どうせ過去に2度も血を吸っている相手じゃないかと、さつきの暗い部分が囁く。
しかしそこにいるのは、今まで幾度となく自分に呼びかけてくれた少女で、今まで幾度となくその気持ちを踏みにじってきた少女で、
……そして、今さっき最悪の裏切りをした少女で。
「さつきちゃん、大丈夫!?」
「くぅっ……ぅあっ!」
「急いでアースラに……手当てして貰わないと! ど、どうやって……!」
「何……で、わたし、君の世界を……」
「そんな事言ってる場合じゃ! それに、知らなかったんでしょ?
さつきちゃんがそんな酷いことしようとする筈ないしね」
「………」
さつきは泣きそうになった。
だってさつきは、迷ったのだ。なのは達の世界が消えてしまうと聞いても。
望みが殆どないということが判明しなかったら、どっちを選んだか分かったもんじゃなかったのだ。
今だって、まだアルハザードに賭けてみたいと少なからず思っているというのに。
今だって、今直ぐに彼女の血を彼女が干からびるまで飲み干したいとすら思っているというのに。
それなのに、この少女は……。
もう、無理だった。これ以上は耐えられなかった。
この綺麗な目で見つめられるのが耐えられなかった。もう楽になりたかった。
だから、その選択をした。もう何もかもがどうでもよかった。
いや、一つだけどうでもよくないことがあったか。
―― 止めなきゃ
さつきの目が紅く染まる。
「いいよ、"思い出して"」
彼女を気遣っていたなのははその目を直視し、そしてその指示通りに……
思い出した。あの夜――さつきと彼女が始めて出会った時の記憶を、全て。
――"思い出して"
その言葉と共に、なのはの頭の中に忘れていた情景が蘇った。
別にその時の映像がいきなり頭の中を流れたり、衝撃や頭痛と共に思い出した訳でもない。
何故今まで忘れていたのか分からないくらい、さつきの顔から自然とあっさりと連想して思いおこされた。
さつきと出会って、逃げられて、帰るまでの間に抜けていた情報。
レイジングハートによって映し出された、自分の首筋に噛み付く目の前の少女の映像を。
そして、そこから更に連想して思い出す。
目の前の少女の正体を。毛布にくるまって震えた夜を。
自分の体が未知のものに変貌してしまうのではないかという、あの恐怖を。
「―――!!」
我に返ったのは、さつきから離れるかのように一歩下がってしまった後だった。
「――ぁ」
はっとするが、もう遅い。その一歩は、屈めていた身を起こしてまでの一歩は、恐怖と共に動いてしまった一歩は、致命的だった。
なのはは、恐怖とは別の理由で恐る恐る再度さつきを見やる。
「そう……わたしは吸血鬼。
人の血を……命を、奪わないと生きていけない化け物」
痛みに耐えながら、わざわざそんなことを言うさつきの顔は、もう伏せられてて。
なのはは気付いていた。自分の反応が、さつきをどれだけ傷つけたのかを。
一人ぼっちの寂しさを知るなのはだから、気付けてしまった。
「っ……くうっ……」
さつきが立ち上がる。プレシアを見つけると、ゆるゆるとそちらへと歩を進める。
なのはは、さつきに手を伸ばすことも出来ない。
―― 多分あの娘、その理由を言っちゃうと自分にとって何か悪いことが起きちゃうって思ってるんだ。
言える訳ないじゃないか、こんな事。その結果なんて、目に見えている。
―― 言えないって事は、どういう形であれ、私が信用されて無いってこと。
信用されてなくて当たり前だ。
現に今、自分はよりにもよって、さつきの恐れていた、最悪の反応をしてしまったに違いなかったのだから。
「じゃあね、なのはちゃん」
さつきから言葉をかけられたことで硬直から解けたなのはは、無理をしているのが明白な彼女を、無意識のうちに追おうとして……
見て、しまった。なのはから隠すように背けた、その顔を。なのはの体を後悔の冷たい衝撃が襲い、彼女はさつきを追うことも引き止めることもできなくなってしまった。
庭園内で足元に巨大な魔方陣を展開させ、背中からは光の羽を出現させて佇むリンディが、現地から送られてきた映像を見ていた。
「エイミィ、至急"吸血鬼"というものについての情報を地球から調べ上げて」
《結構大変だと思いますよ》
リンディの指示に声を返したのは、エイミィではなく魔力炉へと急いでいるユーノだった。
彼も映像こそ見ておらずとも状況は把握していた。さつきの台詞から得た情報により、彼にかかっていた拙い魅了も解けている。
「あら、何故かしら」
『な、なにこれー』
ユーノからの返事を待つよりも早く上がったのは、エイミィのうんざりしたような声。
どうやら早々に調べを開始したらしいことが分かるが、何故そのような声を上げるのか。
同じ道を歩んだことのあるユーノが説明する。
《情報が見つからない訳じゃないんです。むしろ多すぎるんですよ。
どうやら"吸血鬼"っていうのはなのはの世界ではかなりポピュラーな架空の生物らしくって、設定が何通りもあるんです》
「架空の……?」
《ええ、一般的には架空の生物ということになってます。
なのはも実在するとは思ってなかったようでした》
モニターの向こうで、後ろから追ってくる甲冑の兵士達から逃げながら、ユーノが何らかの魔法を発動させた。
《僕もなのはも、彼女に記憶操作か何かをされていたようです。
それでも完全なものじゃなかったのか、僕は吸血鬼というものに興味を持って色々と調べてました》
リンディのもとに、ユーノの調べた内容のまとめたデータが送られてくる。
《人の血を吸うというものから、別に吸わなくても問題ないというものまで。
太陽の光が苦手、というものから、触れたら即灰になる、怪我や火傷をする、別に問題ないというものまで。
水が苦手、ニンニクが苦手、人の血が苦手、十字架、銀が苦手というものから、何の問題もないというものまで。
霧になれる、蝙蝠になれるというものから、姿かたちが変わることはないというものまで。
血を吸われた人間は傀儡になるというものから、血を吸って殺した死体を傀儡にする、蝙蝠を傀儡にしているというものまで。
倒されたら灰になるというものから、霧になる、エレキギターになる、蝙蝠になる、土になる、幻魔の扉に吸い込まれる、果ては跡形もなく消えるというものまで、有名すぎて情報が溢れかえっているんです》
「これは……なんとまぁ……」
それを見たリンディも思わず声を上げる。そこには、今ユーノが上げたもの以外でも食い違うどころではない内容の情報がいくつも羅列されていた。
しかもその内容が色々とおかしい。
とそこで、現地でプレシアが杖を掲げた。とは言ってももう彼女は詰みの状況の筈、その認識が甘かった。
何をするつもりかと見れば、リンディの周囲に無数の巨大な魔方陣が輝き始めた。
慌ててももう遅い。魔方陣から現れたのは、例によって大量の甲冑の兵士達。
「まだこんなに……!」
《すいません、僕達の方はあらかた潰していたのですが、ユーノ達の方が》
《しょうがないだろ! 数が多いんだ!》
主戦力である3人が全員プレシアの方へ言ってしまったため、ユーノとアルフは甲冑の兵士達から基本的に逃げの手を打たざるを得なかったのだ。更に言うと彼らはそのせいで今だ魔力炉まで辿り着けていない。
ユーノのバインドであれば数機ぐらいは足止め出来るし、アルフのパワーも相手を粉砕するには十分だったが、何分数が多すぎた。
これはマズイと、リンディは歯噛みする。
「これは少々……厳しいわね」
『位置を特定するのに時間がかかったけれど、これでもう貴女は妨害できない』
次元震の抑圧、そのような大それた魔法が片手間で行使出来る筈も無く。
プレシアの言葉と共に襲い掛かって来た兵士達に、リンディは魔方陣と羽を消して対処することを強いられてしまった。
それは、ある日の話。
そこには、ベッドに横になっているプレシアと、その横に付き添っているリニスがいました。
しかし、その2人の間に流れている空気は穏やかなものではありません。
「見たのね」
「貴女が行ってきた研究と、今、捜し求めている技術についても」
プレシアの、ただの確認である問いに、リニスは答えます。
しかし、事態はそれだけでは済まされませんでした。
「プレシア、どんなに願っても、死者は還りません。失った時間も同じです。
アリシアの事故は悲しいですが、今の貴女には、フェイトが……」
「――!」
プレシアも、小言を言われるだろう事は分かっていました。
しかし、彼女にとって聞き逃せないことをリニスは言いました。プレシアはリニスに掴みかかります。
「っ!?」
「あなたに一体何が分かるの! 私とアリシアの、何が分かるって言うの!」
「何も分かりませんよ! 忘れさせたのは貴女じゃないですか!
だけど、山猫生まれの使い魔にだって、分かることがあります!」
2人は、遂に言い合いを始めてしまいました。
「今ならまだ、引き返せます」
「――! うぅあ!」
激昂したプレシアが、遂に手を出してしまいました。
リニスは魔力弾で吹き飛ばされて、壁に叩きつけられます。
プレシアは肩で息をして、顔を両手で覆いました。
「いつも仕事ばっかりで、アリシアには少しも優しくしてあげられなかった……。
仕事が終わったら、約束の日になったら、私の時間も優しさも、全部アリシアにあげようと思ってた! なのに!!」
プレシアの慟哭が、ずっと心の中に溜め込んでいたものが、寝室に響きました。
「あんな失敗作に注ぐための愛情なんて、ある訳がないわ! ある訳がないじゃない!」
――――――
(そうよ、何を今更確認する必要があるの……)
振動する庭園の中で、プレシアは思う。
(私の娘は、アリシア一人なのよ!)
優しすぎたお母さんは、もう戻れない。
「くそっ!」
再び振動を始めた次元空間に、クロノはS2Uを構えて飛び出した。このままでは次元断層が起こってしまう。
リンディの方は心配ない。仮にも一艦の艦長だ。あんな玩具に遅れは取らない。
「無駄よ」
クロノが魔力弾を撃つ前に、プレシアが動いた。
放たれる電撃、さつきと同じくスペック任せ力任せの攻撃だが、それとは幾分か勝手が違った。
「くうっ!」
何せ、武装隊の面々を一瞬で倒した"上空から"の"面"での攻撃だ。避けるなんて出来る筈もなく、クロノはシールドを張って防御する他ない。
苦し紛れに撃った魔力弾も、ことごとく彼女に届く前にかき消されてしまう。明らかにジュエルシードのバックアップを受けていた。
同じくその攻撃に巻き込まれたフェイトもプレシアに必死に呼びかけるが、彼女は耳も貸さない。
プレシアの狂ったような笑い声が庭園内に響く。
クロノ達の焦りが加速する中、事態は更に急変した。
「――渇いて」
次元震の進行が、止まった。
「!?」
異常に気付いたプレシアが慌ててジュエルシードを確認する。
ジュエルシードは確かに発動していた。だが、
(何で、放出されている魔力がこんなに微弱――違う、放出される瞬間はちゃんと莫大――
霧散して――違う。私のところまで魔力が来ない――一体何が!?)
その理解不能な様子に様々な思考が頭の中を流れるも、結局分からないまま。
その為プレシアの考えは早々に『何が起こっているのか』ではなく『誰が起こしているのか』へと移る。
周囲の人物を確認する。執務官はこちらの攻撃を防いでいるだけで何も出来ていない、フェイトも論外、そして次に目を向けたところに……
居た。いつの間に覚醒したのか、さつきと呼ばれていた少女が立ち上がってこちらを向いていた。
"自分の理解の外にある現象"、そしてこの状況から、プレシアは直感的に理解する。
その顔は伏せられているが、彼女が何かをやっていることは明白だった。
「あなた……!」
◆◆◆◆◆
――ああ、そっか。これだったんだ……
体中の魔術回路に生命力が駆け巡り、魔術の発動する感覚を得ながら、さつきは悟る。
さつきはその身に宿る異能を発現させる時、何故だかムラがあった。
上手く発動することもあれば、うんともすんとも言わないことも。
魅了の魔眼や復元呪詛等、吸血鬼としての固有の能力は特に問題なく使えた。
ただ、彼女が宿した1つの異能、彼女の心象に大きく関わっているある異能だけは、どうにも持て余していた。
――そっか、これが、わたしの……
そして今、時の庭園にてプレシアの周囲に対してその異能を使用している彼女には、"枯渇"を使うことのできる条件が整っていた。
ただ、それだけのことだった。
◆◆◆◆◆
「あなた……!」
――何をしているの
とは、言わなかった。プレシアはすぐさまさつきに雷を撃ちこんだ。
既にボロボロなさつきの体、そこに容赦なく電撃が襲い掛かる。
「うああああああああああ!」
「くっ! 止めろぉ!」
2つの要因で密度が薄くなった雷撃の中、クロノがプレシアへと魔力弾を放った。
ジュエルシードからのサポートが望めないプレシアは全ての攻撃を中断、シールドを作成しようとする。
「「なっ!?」」
驚きの声は、クロノとプレシア2人のもの。
クロノの魔力弾がプレシアに接近した途端、その密度が急激に薄まった。
プレシアが盾のベースとなる魔方陣に魔力を流し込んだ途端、その魔力が消滅した。後に残ったのは、希薄で虫食いのようなシールド。
その2つが接触すると、魔力弾は紙風船のように割れ、シールドはあっけなく壊れた。
プレシアが再びさつきを睨む。
そこには、電撃に撃たれ倒れ伏しそうになりながらも、必死に両手で体を支えているさつきがいた。
最早疑うべくもない。彼女が何かをやっているのだ。
「ーーー!」
唸るような叫び声を上げ、プレシアがさつきに雷を放つ。
「させるか!」
その間にクロノが割り込み、シールドを張ってさつきを守った。
そんな状況に気付いているのかいないのか、意識が朦朧としているのか、当のさつきはその攻撃にも守られたことにも何の反応も示さない。
「プレシア……さん」
そんな中、彼女はただ平坦に言葉を発した。
「わたしも、アルハザードに、行きたい……です」
その言葉に、その場の皆が息を飲んだ。
しかし誰かが行動を起こすその前に、次の言葉をさつきが叫んでいた。
「こんな、人の命を奪わなきゃ生きていけないような体になんてなりたくなかった!
たとえあの世界を犠牲にすることになっても、それでも可能性に賭けたかった!
それでもわたしは……人間に戻りたかった!」
感情的になっているのか、心の中を手当たり次第に放ったような、そんな叫び。その内容に、なのはとクロノの肩が、それぞれ別の理由で震える。
「なら、何故今邪魔をするの! よりにもよって、今!」
「分からないよ! そんなの分かんない! でも……だって……っ!
うあああああああああ!!」
さつきの慟哭に、しかし返す術を持つ者はいなかった。
その時、未だに続いていた次元震が再び完全に沈黙した。
そして再び響き渡る声。
《こちらは終わりましたよ、プレシア・テスタロッサ。
これで本当に終わりです、降伏を》
甲冑の兵士達を相手していたリンディがそれらを片付け、再びディストーションシールドを張ったのだ。
悟ったプレシアは雷撃を止める。
クロノもシールドを解き、プレシアへとデバイスを突きつけた。
次元震はリンディが抑え、プレシア本人はクロノが押さえ、不確定要素のさつきは不安定で何をすることもできない。これで完全にチェックメイト。
今度こそこれでこの事件は終了……したかに思えた。
「――!」
プレシアが、手に持った杖の石突を床に叩きつける。
と同時に、庭園が再び振動しだした。しかしその振動はこれまでのと違い、同時に時の庭園すらも崩壊し始める。
『マズい、彼女、駆動炉のロストロギアを無理矢理……!』
エイミィから慌てたような通信が入った。
その崩壊の速度はすさまじく、庭園の上層部はすぐさま崩れ落ち、プレシア達のいる最下層の床さえもひび割れ、崩落していった。その下には、どこまでも虚数空間の広がる時限空間が。
プレシアとフェイト、クロノ達や、さつきとクロノ達の間にもひび割れが発生し、引き離される。
リンディの居た場所も崩落し、ディストーションシールドの展開も不可能となる。再び起こる次元震。更に早まる崩落。
『艦長! 早く戻って下さい! この規模の崩壊なら、次元断層は起こりませんから!
クロノ君達も脱出して! 完全に崩壊するまで、もう時間ないよ!』
「了解した!」
言われるまでもない。今でさえ崩れる床や上から降り注いでくる瓦礫から逃げるのを強要されているのだ。
ただ、クロノが辺りを見渡すと、そこには逃げる気などさらさら無い女性が1人、崩壊を気にも留めずにその女性と向き合ってる少女が一人、
辛うじて意識はあるようだが、状況が把握できてるか定かでは無く更にまともに動けそうにない少女が一人に、その少女を助けようとしているがイマイチ踏ん切りが付けられずにオロオロしている少女が一人。
(ああくそ、世話の焼ける!)
「私は向かう、アルハザードへ。そして全てを取り戻す!
過去も、未来も、たった一つの幸福も!」
プレシアが叫ぶと、遂にその足元に亀裂が入る。息を呑むフェイト。
プレシアは躊躇うことなく自ら後ろへと足を進め、アリシアの水槽と共に虚数空間へ飛び込んだ。
「母さん!」
「馬鹿、よせ!」
急いで後を追おうとするフェイトを、クロノが慌てて羽交い絞めにして止める。
「一緒に行きましょう、アリシア……。
今度はもう、離れないように……」
フェイトが呆然と見つめる中、プレシアとアリシアは虚数空間へと消えて行った。
上から降って来る瓦礫が、段々と大きなものになっていく。
その時、瓦礫と一緒に降りてきた二つの人影があった。最上階の魔力炉へ向かっていた、ユーノとアルフの2人だ。
「みんなゴメン! 僕達が間に合わなかったばっかりに……!」
ユーノはなのはを見つけると、その傍らへ降り立つ。
次いでアルフは急いでフェイトの元へ向かおうとするも、その視線にあるものを捕らえた。
「――!」
周囲が崩落していく中、倒れたまま動かないさつきだ。このままでは彼女も虚数空間の底へ真っ逆さまだ。
再度フェイトへと視線を向け、執務官の少年がしっかりと付いていることを確認する。
アルフは一瞬だけ迷うも、一つ頷いてさつきの方へ向かった。
「ユーノ君、私……私……!」
「なのは、大丈夫だ。あの娘の方にはアルフが行ったよ。
今は早くこの場所を脱出しよう」
なのはがさつきへと視線を向けると、そこには確かにさつきの下に降り立つアルフが。
フェイトの方もクロノが既に転送の準備に入っていた。
『お願い皆、脱出、急いで!』
エイミィの叫びと共に、なのはの腕をユーノが強く引っ張る。なのははなおも躊躇っていたが、顔を伏せると1つ頷き、ユーノと共に転送の魔方陣に入った。
そして後に残った、倒れ伏すさつきとその傍らに佇むアルフ。もう崩落までいくばくもない。
アルフは思う、このままさつきをアースラに連れて行ったら、彼女は捕まってしまうだろうと。
願いを叶える宝石、それに踊らされて、最後には自分達のことにまで巻き込んで、結局望みを果たすことのできなかった少女。
自分を逃がす為に身代わりとなり、彼女が居なければ自分もフェイトもどうなっていたか分からない。
だが彼女は自分達に協力し、管理局の執務官にも牙を向いたのだ。捕まらないなんてことはあり得ない。
さつきの首が動き、アルフを見上げる。
「アルフ……さん……?」
「すまなかったね。アンタへの借りは大きすぎて、こんなもんで返せるとは思ってないけど……」
アルフがそう呟くと、転送の魔方陣が、さつきを中心にして展開された。
そうして、完全に崩壊した時の庭園は、次元震の発信源たる7つのジュエルシードと共に虚数空間へとその姿を消していった。
あとがき
キャラの心情描写が下手すぎて泣けてくる(泣 → あえて描写しないスタイルTake2
橙子さんの生き返りの方法って、自分と同じ体格と人格と思考回路と記憶を持たせただけの人形つまりは別人を新しく起動してるだけなんですよねー
うちのSSではさっちんは式に身体の方を殺してもらったお陰で魂の分離に成功したっつー裏設定があるのですが、起動した橙子人形、よー正気保ってるよなぁそりゃアルバも狼狽するわ。正気じゃないね。……あれ?
火傷ってホント痛いです。鉄板に手押し付けちゃったことあるので分かります。
マジで心臓の動きと一緒にものすごい鈍痛が襲い掛かってくるんです。心臓より下に手持ってけません。
もう手全体を冷やし続けて冷やし続けて、それでも常にあーとかうーとか言ってないと耐えれませんでした。てかそれでも早く麻酔でも何でもいいからなんとかしてくれー! って、全然耐えてませんでしたね --;
あと、さっちんの魔術のことですが、枯渇庭園を無詠唱で使ってるのを考えたらこうなってました。
原作設定>メルブラ描写なので、そこ無視して普通の魔術にもちゃんと詠唱付けようかとか考えてたんですが、1つは作者にそこら辺の才能が無いので断念
もう一つは枯渇庭園、さっちんルートで使われるという話ですので、どう考えてもそっちでも詠唱とかしてる訳ないよなぁと
魔術師の魔術ではなく、吸血鬼としての能力という解釈に気付くのが遅すぎました
……うん、読者の皆様の言いたいことは分かる。だがちょっと待って欲しい。
やっぱり無印はなのはとフェイトの物語だと思うわけですよ僕は。
さっちんがやたらと空気だったり、延々と原作に沿って話進めてるだけでつまんねーよって思ってた方も居ると思いますが、それへの答えがこれです。実はまださっちんルート入ってなかった。
てかこの展開予期できてた読者の方結構多いんじゃなかろうか。途中からあからさまにさっちんイベント避けてたし、月村家とかほったらかしのまんまだったし。
では次話で無印編終了ですね。
……新編からのサブタイを未だに悩んでいるのですが
このSSのタイトルだってかなり適当だったし、いいの考えようにもネーミングセンスがががが……もう募集とかしたいレベル