あるところに、1人の女の子がお母さんと一緒に暮らしていました。
女の子はお母さんが大好きでした。お母さんもその娘をとてもとても愛していました。
しかしお母さんは女手一つで家計を保たなければなりません。自然と、お母さんの仕事は忙しく、そして娘との時間は少なくなってしまいます。
「ママ、今日も、おしごと、おそくまで?」
「ごめんね」
――ずっと、寂しい思いばかりさせてきた……
寂しそうに自分を見つめる娘に謝りながら、お母さんはやけに重たい扉を閉めました。
しかし、お母さんには一つの考えがありました。
――それでも、この開発が終われば、親子2人で長い休暇を過ごせる
――あの子が学校にあがる前に、2人でゆっくり過ごせるように
お母さんの仕事仲間は優秀です。全ては順調のように思われていました。
しかし、予想外の出来事が起こったのです。
「テスタロッサ君、例の駆動炉実験、10日後に行うことになったよ」
「待ってください! 実験は来月の予定で!」
「決定だ」
「新型なんですよ、暴走事故が起きる可能性もあるの――」
「本社から増員を行う」
「――っ」
「これは決定事項だよ、テスタロッサ主任」
何と、お母さんの上司が土壇場になって無茶を言い始めたのでした。
「ああ、安全処置はこっちがやります」
「実験が出来なきゃ、本社の信用問題になるんですから」
そして、頼みの綱の本社の社員は、こちらを見下して全く言うことを聞いてくれません。
あげくの果てにはろくにかっても知らないのに力任せに押し退けて仕事を奪っていく始末です。
「ふぅ……ぁ……」
「ん……ママ?」
そんな仕事場に疲れて帰宅したお母さんを出迎えたのは、手を付けられていない、すっかり冷めてしまっている2つのご飯と、ソファーで寝ていた娘の姿でした。
お母さんは娘と一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、ベッドで一緒に寝ました。
女の子はお母さんに問いかけます。
「ママ、いつまでいそがしいの?」
「来週実験があってね、それが済んだら、少しお休みを貰えるわ」
「ホント?」
「うん、きっと」
「ピクニック、行ける?」
「うん、どこにでも行けるわよ」
「やくそく、だよ?」
「うん、約束」
少女は、自分の左手をお母さんの頬に添えました。
お母さんも、その温もりを確かめるかのようにそこに手を重ねました。
そして駆動炉実験当日、この日が、運命の日となったのです。
まるでそうなるのが当たり前だったかのように、暴走事故が起こってしまいました。
事故の影響は、遠くでお母さんの帰りを待っていた女の子の元まで届きました。
事故の後に家の中で発見された女の子は、もう二度とお母さんに話しかけることも、笑いかけることもできなくなってしまっていました。
お母さんはとても悲しみました。とてもとても悲しみました。
お母さんは事故の責任を全て取らされ、その世界から追放されてしまいました。
お母さんは、女の子を取り戻すために禁じられた研究に手を伸ばしました。
雛形だけ作られて、封印されてしまった研究です。
そしてお母さんは長い時間と必死の努力で、遂にその研究を完成させることに成功したのです。
ベッドの上から身を起こした女の子に、お母さんは泣きつきました。
「ほら、これがあなたのお部屋」
「わぁ……!」
女の子は、事故の影響でずっと寝たきりになっていたという説明をうけました。
「暫く体を休めて、元気になったら、ピクニックでも遊園地でも、どこにでも連れてってあげる」
「んぅ……でもおしごとへいきなの?」
「平気よ。もう平気なの」
女の子は、いつもそうしていたように自分の利き手をお母さんの頬に添えました。
お母さんも、幸せそうに、いつも通りに自分の手を右頬に添えました。
「――っ!?」
「ママ?」
そちら側の頬に、女の子の手はありませんでした。
「なんでもない、なんでもないわ。大丈夫よ、アリシア」
綻びは、この時点で既に実感できるレベルで存在していました。
「違う! 違う! やっぱり違う!!
記憶転写は上手くいってる! あの子にも、アリシアとしての記憶が間違いなくある!
なのに違う! 利き腕も、魔力資質も、人格さえ!
どうして……どうしてぇ……!!」
お母さんは必死になって調べました。しかし調べれば調べる程、いいえ、調べるまでもなく目覚めた少女は望んでた女の子とは別人でした。
「この子は、アリシアじゃない。ただの失敗作」
それを確信したお母さんは、その子のことを愛することなど出来ませんでした。
いえ、むしろ……それは憎しみにまでなってしまっていました。自分の愛する娘の姿を騙るだけの贋物など、許せる筈がなかったのです。
「アリシアの体は、まだ綺麗なまま残っている。ただ命が抜け落ちてるだけ。
アリシアの命を取り戻すための方法、それを探さないといけない」
お母さんは考えます。
「ここからは禁忌の道。その為には、外に出して働かせるための道具がいる」
女の子を取り戻す方法を、何度でも。
「はっ、あははっ! そうだ、そうだわ!
あの子を、あのニセモノを育て上げて使えばいい……!」
お母さんは、既に狂気に捕らわれ始めていました。
「にゃー?」
お母さんの足元に、ペットの猫がいました。名前をリニスと言います。
まだ暖かな暮らしをしていた頃から飼っていた、女の子も可愛がっていた猫です。
「教育係も、私が創ればいい」
お母さんは、その猫を使い魔にしてしました。
「おはようございます、マスター」
「ええ」
「ええっと、私は生まれたての子猫だったりしたのでしょうか……?
自分に関する記憶が、サッパリ存在しないのですが……」
「どうでもいいことよ。
使い魔リニス、あなたの仕事は、私の娘の世話と教育。
魔導師として、一流に育てなさい」
女の子が待っている部屋へと、使い魔のお姉さんは挨拶に行きました。
部屋へ入って来た見知らぬ人物に、女の子は少しばかり驚きます。
「……ぁっ」
「お嬢様、お名前は?」
「――フェイトです。フェイトテスタロッサ」
何も知らない使い魔のお姉さんは、それに何の疑問も抱きませんでした。
女の子は、自分の名前に関する記憶を書き換えられてしまっていました。
『私のアリシアに、近寄らないで!』
いつの間にそこに居たのか。
立ちすくむ局員達の背後にいきなり現れたプレシアが、彼らを魔法で吹き飛ばした。
彼女がここに居ると言うことは、彼女を取り囲んでいた面々は既に倒れていると言うことで。
騒ぎを聞きつけ駆けつけた、他の場所を調べていた局員達はそれを把握し、一斉にプレシアへと魔力弾を放つ。
だがその魔力弾は、まるで眠る少女を守るかのように立つ彼女に届く前に掻き消えた。
『うるさいわ……』
「危ない! 防いで!」
リンディが警告を発するが、時既に遅く。
次元魔法さえも可能にプレシアの、莫大な魔力の奔流が雷を纏って局員達を飲み込んだ。
「いけない、局員達の送還を!」
「りょ、了解です!
座標固定、0120 503!」
「固定! 転送オペレーションスタンバイ!」
エイミィ達が慌てて局員達の回収作業を進めるが、プレシアは本当に邪魔な虫を払っただけのような様子でもうそちらにはまるで関心を払わない。
『もう駄目ね、時間が無いわ……。
たった6個のロストロギアでは、アルハザードに辿り着けるかどうかは、分からないけど。
でも、もういいわ。終わりにする。
この娘を亡くしてからの暗鬱な時間も、この娘の身代わりの人形を、娘扱いするのも。
聞いていて、貴女のことよ、フェイト』
「アリ、……シア?」
「!? フェイトちゃん、何時から!?」
聞こえることのないと思っていた声が聞こえて、なのはが驚きの声を上げる。
そこには、自分の足で立ち上がり、呆然とモニターを見上げているフェイトが。
『折角アリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。
役立たずでちっとも使えない、私のお人形』
構わず続くプレシアの言葉に、観念したようにエイミィが口を開く。
そこから出てくるのは、今朝方本局より寄せられたプレシアに関する情報。今目の前で起きていることの、全ての真実への最後のピース。
「最初の事故の時にね、プレシアは実の娘――アリシア・テスタロッサを亡くしてるの。
彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる、使い魔を超えた、人造生命の生成。そして、死者蘇生の秘術。
フェイトって名前は、当時彼女の研究に付けられた開発コードなの」
それの意味するところを否応なく察し、なのは達、その情報を知らなかった者が息を呑む。
『よく調べたわね。そうよその通り。だけど駄目ね、ちっとも上手くいかなかった。
作り物の命は所詮作り物、失ったものの代わりにはならない』
そして、続くプレシアの言葉がそれを裏付ける。
『アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ。
アリシアは時々わがままも言ったけど、私の言うことをとてもよく聞いてくれた』
フェイトの身体は作り物、それだけならばまだ良かったかも知れない。
『フェイト、やっぱりあなたは、アリシアのニセモノよ。
折角あげたアリシアの記憶も、あなたじゃ駄目だった』
しかしプレシアから飛び出すのは、フェイトの心《想い》すらも否定する言葉ばかりで。
『アリシアを蘇らせるまでの間に、私が慰めに使うだけのお人形。
だからあなたはもう要らないの、どこへなりとも消えなさい!』
「お願い! もうやめて!」
母さんのために、プレシアのためにと頑張る姿をずっと見てきたのだ。プレシアのこの言葉に、フェイトがどれだけ傷つくだろうと思うと、なのはは思わず声を上げていた。
しかし、その叫びもプレシアには届かずに。
『良いことを教えてあげるわ、フェイト。
あなたを作り出してからずっとね、私はあなたが、大嫌いだったのよ!』
「! フェイト!?」
眠っていたアルフが飛び起きた。彼女は慌てた様子で辺りを見回し、フェイトを探す。
途中からずっと俯いていたフェイトが、ついに腕に顔を埋もれさせ座り込んでいた。
「フェイトちゃん!」
「! プレシア――あんた一体、フェイトに何をした!」
なのはが慌ててフェイトに駆け寄り、その様子とプレシアに気付いたアルフが叫ぶ。
なのはの気配を感じたフェイトの、涙声が傍らに佇むなのはに向かった。
「ごめんね……折角君が気付かせて……くれたのに……私じゃ……最初から……」
「フェイトちゃん……」
何を言えばいいのか、それすらも分からず、なのははフェイトの体に手を回すことしか出来ず。
だが、事態はそんな2人を待ってくれている筈もなくて。
数々のモニター、時の庭園内を観測しているそれが、素人目にも分かる程急激に変動しだした。
「た、大変大変! ちょっと見てください!
屋敷内に魔力反応、多数!」
「何だ、何が起こってる!?」
「庭園敷地内に魔力反応、いずれも、Aクラス!」
「総数60……、80……、まだ増えています!」
「プレシア・テスタロッサ、一体何をするつもり!?」
明らかな異常事態に、アースラ内は騒然となる。
『私達の旅を……邪魔されたくないのよ』
プレシアから返って来たのは、答えになっていない答え。
『私達は旅立つの。忘れられた都、アルハザードへ!』
「まさか!?」
声を上げたのはクロノ。しかし彼以外にも、幾人かがプレシアの言葉にハッとする。
『この力で旅立って、取り戻すのよ、全てを!』
そして、プレシアの周囲に現れ、光り始めるジュエルシード。その数6。
それと共に、モニターの向こうの時の庭園も、アースラも微弱に震え始める。
「次元震です! ジュエルシード6つ、発動確認。まもなく中規模次元震に移行します!」
「振動防御、ディストーションシールドを!
転送可能距離を維持したまま、影響の薄い区域に移動を!」
「難次係数拡大! このままいくと、いずれは次元断層まで発展します!」
慌ただしさを増すアースラを他所に、プレシアは少女――アリシアの入った水槽へと手を伸ばす。
すると水槽が浮き上がり、滞空し始めた。
これから何処かへと移動しようとする意図の見えるその行動に、なのはがハッとする。
「あ、待って! さつきちゃん……さつきちゃんは無事なの!?」
『さつき……? ああ、あの娘ね。
勿論無事よ、ほら』
なのはの問いかけの意味を理解したプレシアが、手に持った杖を振る。するとそこから魔力の鞭が飛び出し、彼女の隣の壁を崩した。
『え、えーっと……』
はたして、そこにさつきはいた。
その壁の向こう側にある部屋に入れられていたらしく、微妙な面持ちでそこにつっ立っていた。
特に拘束されている様子も、酷い扱いを受けていたという印象も受けない。
その様子を見て、なのははホッとする。
「さつきちゃん!」
『えっと、久しぶり? なのはちゃん』
だが、嬉しげな様子を見せるなのはに対して、さつきはどうも歯切れが悪い。
その理由は、さつきの立場になって考えてみれば割とすぐ分かる。
隣の部屋にいたと言うことは、先程までの騒ぎも全て聞こえていたという訳で。
というか他に何もない分むしろ興味津々で聞いていたりした訳で。
そんな中にいきなり引っ張り込まれて、どうしろというのか色々と。
だが今のさつきの状況からして、この反応はある意味でおかしかった。普通ならする筈の反応をしていない、このそんな状態にはある条件が伴っていなくてはならなくて。
そのさつきの様子から、そのことに気付いた面々が怪訝な表情をする。
――今のさつきからは、早くここから助け出して欲しいといった感情が見えないのだ。
『どうせだから今ここで聞いておきましょうか、あなたはどうするのかを』
そして続くプレシアの言葉が、その違和感に気付いた者達の不安を、予感を確信に変えることで増大させた。
つまりプレシアは、さつきにとっては少なくとも明確な敵ではないということで、
『さっきの話は聞いていたわよね? 私の目的は、アリシアを蘇らせるためにジュエルシードを使って伝説の地、アルハザードへ行くこと。
そこへ行けばあらゆることが可能よ。勿論、貴女の願いを叶えることも出来るでしょう。
一方、管理局の方へ行ったら……どうでしょうねぇ?』
マズイ、と、アースラに居る誰もが思った。さつきの違和感に気づいていなかった者も、この言葉で状況を理解する。
敵対関係でないだけでありまだ別に協力関係ではないようなのが救いだが、だからこそ焦る。しかもこの訊き方はマズイ。
「さつきさん、駄目よ!」
さほど意味は無いと理解してはいても、リンディが呼びかける。
今はまだ、彼女は迷ってくれている。瞳は泳いでいるし、そわそわとした雰囲気がモニターからこちらまで伝わってくる。
だが、逆を言えば、彼女は迷ってしまっている。
『分かってると思うけど、もう時間は無いわよ』
そしてプレシアから放たれる、追撃の言葉。彼女の目の前でジュエルシードが燦々と輝き、しかも空間自体が振動までしているのだ。
いくら魔法に詳しくない彼女でもその言葉が真実であると分かるだろう。
事実その言葉が決定打になったのか、それを聞くと共にさつきの泳いでいた瞳は止まり、そわそわしていた様子も薄まる。
「さつきちゃん!」
なのはも必死に呼びかけている。だがさつきが"そちら"を選ぶことは、当然のことだったのかも知れない。
『……ごめん、なのはちゃん』
「――っ! さつきちゃん!」
後ろめたそうに、そう、さつきが告げた。
なのはの悲痛な叫び声が上がる。プレシアの勝ち誇った笑い声が上がる。
そんな中、クロノがハッとある事に気付いた様子を見せ、急いでモニターの向こうのさつきに呼びかけた。
「待て弓塚さつき、君は、今プレシアが行っていることの影響で君やなのはたちの世界が確実に消滅するとい――」
『うるさいわ』
うことを理解しているのか、とクロノが言い終わる前に、プレシアによって通信が切断されてしまった。
後に残ったのは、物言わなくなった真っ黒なモニターだけ。だが通信が切れるその直前、さつきの目が見開かれるのを、皆確かに見た。
「くそっ! 馬鹿なことを!」
「クロノ君!?」
「僕が止めてくる。ゲート開いて!」
そうメインルームから駆け出していくクロノ。
「あっ……」
それを見たなのはが声を上げ、身を上げかける。
しかしフェイトから身を離すその感覚に、思わず動きを止めてしまった。
(えっと、えっと……)
「――行って」
迷うなのはに声をかけたのは、膝を抱えて座り込んでいるフェイトだった。
「フェイトちゃん?」
「私は大丈夫だから……いいよ、行って」
なのはの問いかけに、フェイトは再度繰り返す。その声音は、この状況においてやけに冷静に感じられて、妙な力強さを持っていて。
「……うん」
それでも一瞬逡巡するも、なのはは1つ頷きクロノの後を追いかけた。
なのはが立ち去った後、同じようにフェイトに手を回していたアルフが、そのままな状態のフェイトに声をかける。
「フェイト?」
「ごめんねアルフ、ずっとつき合わせちゃって」
フェイトの言葉に、アルフはそんな事ないという風に首を振る。
「そんなことないよ! フェイトは何も悪くない!」
事情も詳しく分かってない状態でも何とかフェイトを励まそうとするアルフに、フェイトは顔を更に埋もれさせて告げた。
「もうちょっとだけ……ごめんね」
涙の混じったその声は、ちょっとだけ、力強かった。
「あ、あのー、プレシア……さん?」
あの後、プレシアに付いて行って流されるままに庭園の最下層まで足を運んださつき。
そこが終点だと察した彼女は、これ以上先延ばしには出来ないと観念し意を決してプレシアに話しかける。
「あの、なのはちゃん達の世界が消滅するって話……」
「ええそうね、私達がアルハザードへ跳ぶ時の影響で、この近くの世界が数個消滅するかもしれないわね」
(聞いてないよー!?)
予想外にあっさりと暴露されたその事実に、さつきは心の中で絶叫を上げた。
先程までさつきが持っていた反プレシア寄りの感情は、最初プレシアの目論見通りに植えつけられた恐怖心を抜きにすれば、
フェイトに対して行っていたことへの反感とフェイト、なのは、アルフへの負い目だけだったのだ。
むしろプレシアに共感してすらいた。さつきの願いの本質も、同じようなものなのだから。
それと自分が人間に戻れるかも知れない最後のチャンスを天秤にかければ、そりゃこちら側を取るだろう。
しかしそこになのは達の世界の消滅なんてものが投げ込まれたら……流石に揺れざるを得ない。
さつきの内に様々な思いが交錯する。
本当なら、迷うこと無くなのは達の味方をしなくてはならないのだろう。
しかし、しかしだ。さつきが人間に戻れるかも知れないチャンスなんてこの先ある訳ない。少し前までは余裕があった。しかしその余裕は一転、もう後がない状況になってしまった。
それにあの世界はさつきにとって、言ってしまえば赤の他人の世界だ。
だが、それでもあの世界で生まれた出会いや繋がりもある訳で。日常的に出会い、触れ合っていた人たちも居る。そうでなくても1つの世界とそこに住む人たちが丸々消えると言うのは看過できるものではない。
しかしそれでも、さつきは悩んでしまっていた。諦めきれないのだ。諦められる訳がないのだ。
なのは達の世界の消滅まで引き合いに出されてなお、さつきは二つの天秤の間で本気で悩んで揺れていた。
それに、もし仮にプレシアを止めるとしても手段的な問題でどうしようもない。
只今絶賛発動中のジュエルシードを引っ掴んでなのは達の下へ行くと言うのも考えたが、今更なのは達に会う勇気も無かった。
と、そこまで"自分への言い訳"を考えて、さつきは気付いた。(ん? ジュエルシード?)と。
そこで生まれ疑問を、急いでプレシアに問いかける。
「あ、あのプレシアさん! あなたの願いがその娘さんを生き返らせることなら、こんなことをしなくてもジュエルシードにそれを願えばいいんじゃないんですか!?」
だがそれは、さつきにとって最悪の情報が暴露される質問で。
「……そう、貴女は魔法の無い世界の住人だったわね。なら覚えておきなさい。
どのような魔法を使っても、過去を遡ることも、死者を蘇らせることも不可能。それが、魔法の大原則」
「……え」
「でも、アルハザードなら。忘却の都、アルハザード、失われた秘術の眠る土地。
あらゆる魔法がその究極の姿に辿り着き、その力をもってすれば、叶わぬものさえないと言われる世界。
あそこになら、あそこに置き去りにされた技術の最先端なら、死者の蘇生にも届いているわ。確実に届いている筈よ」
―― 死者の蘇生が、そこまで進んだ世界での最先端?
―― それは、おかしい。だって、
そう、死者の蘇生や時間の逆行は、可能なのだ。さつきの元いた世界の魔法ならば。
さつきがゼルレッチに魔法の説明を受けた時一番理解しやすい例えとして聞かされ、その時しっかりと確認したのだから間違い無い。
そして、平行世界への移動もそれと同格の技術の筈。
さつきは焦る。胸の底に生まれた予感、それを必死に否定しようと。
「だって、でも、貴方達は、世界と世界を移動できる……この空間を……!?!」
そこまで言って、さつきはやっとずっと感じていた違和感の正体に気づいた。
この空間――闇の色がうねり、オーロラのゆらめくこの空間。
さつきはこんな空間知らない。そうだ、さつきは以前平行世界の移動をその身で経験しているのだ。
その時さつきがいたところは、何も知覚できず、認識できないせかい。断じてこのような場所ではない。
(違う……違う、この空間……
わたし、こんな空間知らない……わたしがこの世界に来た時、こんなのじゃ無かった!!)
「アルハザードは次元の狭間のその更に先にある。残念ながら、真っ当な手段では辿り着けないのよ」
さつきの台詞を勘違いしたプレシアが答えるが、さつきの耳には届かない。
この空間はさつきが平行世界の移動をした時とは違う空間、という事は、彼らが魔法相当の技術を持っているという前提事態が勘違いだったことになる。
(でも、だって、それじゃあ……
ジュエルシードじゃ、それどころか、プレシアさんの言ってるその世界でも……)
死者の蘇生さえも可能なさつきのいた世界でも、吸血鬼が人間に戻るのは不可能だったのだ。
ならば、この世界のどんな技術を使っても、少なくともジュエルシードでは、明らかに不可能。
「そん……な……」
足元が、ガラガラと崩れ去った気がした。呆然とする思考、身体を虚無感が包み込む。自分の体が小刻みに震えているのが分かったが、それに対して《何で震えてるんだろう》という無駄な思考が流れ始める。
実現の可能性が低いことは、さつきは分かっていた筈だった。
最初は、目の前に転がってきたほんの僅かな可能性に、試しに賭けてみただけの筈だった。
だが、ジュエルシードを追い求めているうちにその認識は薄れて行き、いつしかジュエルシードなら必ず成功する。ジュエルシードを使えば元に戻れるという確信へとなってしまっていた。
ここまで来るのに、してきたことは何だったのか。自分はさっき、何をした? 自分はさっき、何を考えていた?
―― だけど、まだだ。
「……でも、まだ、その……アルハザードなら……」
―― 希望が……あるのか?
(――――――)
「あの世界が無くなっても、別に世界は一つじゃないわ。
巨額の富が欲しいのなら、別の世界で築けばいい。誰かを蘇らせたいのであれば、その人と共にその世界に住めばいい。
あの世界にいる誰かがいなければ意味がないというのであれば、後から蘇らせれば問題ないわ」
傍目にも分かる程狼狽しだしたさつきへ、プレシアは振り返って言う。あの世界が無くなろうが何の問題もないと。
しかしさつきはそれに全くと言っていいほど反応を返さない。しかも何やら魂が抜けたようになってしまっている。
(これは、駄目かしらね……)
その反応を見て、プレシアは思う。
別に問題はない。問題ないからこそ、どっちを選ぶかなどと聞いたり、不利になり得る情報をあっさりと喋ったりしたのだから。
それにジュエルシードの数が少ないせいで時間がかかってるが、それでも時間が無いのは変わらない。だから、
「プレシアさん、ごめんなさ――」
まるで棒読みのような、精気の全く感じられない声でさつきがそう言った瞬間に、プレシアは雷を打ち込んだ。
体中から煙を上げ、崩れ落ちるさつきを一瞥し、更にバインドで縛り上げておく。
「代償無しで発動する力なんて存在しないわ。あなたのレアスキルも、今はもうエネルギー切れなのくらいは解析できてるのよ。
全てが終わるまで、あなたはそこで寝てなさい」
「あの庭園の駆動炉も、ジュエルシードと同系のロストロギアです。
それを暴走覚悟で発動させて、足りない出力を補っているんです」
庭園を解析していたエイミィからの報告が上がる。それを耳に入れながら、リンディは出撃の準備を進める三人に指示を出した。
「初めから、片道の予定なのね。
クロノ、なのはさん、ユーノ君、私も現地に出ます。
あなた達は、プレシア・テスタロッサの逮捕と弓塚さつきの確保を」
「「「了解!」」」
返事と共に、転送ポートが光り輝く。彼らが送られる先は、時の庭園正面入り口前の広場。
到着した3人が前を向くと、そこには無数の甲冑がいた。
2足で地に立つものから、空を飛ぶものまで、上は特大下は大まで、槍や盾、はたまた砲台を構え立ち塞がる無数の甲冑。
その光景に威圧されたユーノが思わず呟く。
「い、一杯いるね」
「まだ入り口だ。中にはもっといるよ」
そんなユーノに、クロノは言葉を返す。気を引き締めろと。
「クロノ君、この子達って」
「近くの相手を攻撃するだけの、ただの機械だよ」
「そっか、なら安心だ」
万一を考えてした質問への答えにそう返し、なのははレイジングハートを構える。
と、その前にクロノの手が差し出された。
「この程度の相手に、無駄弾は必要ないよ。
特に今の僕達は、かなり消耗しているんだからね」
なのはを引き止め、クロノはS2Uを掲げる。
《Stinger Snipe》
なのは達へと突撃する機械の兵士達、それを迎え撃つように、クロノの魔力弾が発射された。
細い鞭のような形状のそれは、多くの兵士を巻き込み、防御の隙間を縫い壊し、打ちもらすことなく突き進む。
「は、はやっ!?」
以前さつきに使われた時には実感の出来なかった、その魔力弾の速さ、そして込められたエネルギーを無駄なく破壊へと繋げるその形状と運用、更にはそれを完璧に操る操作技術。
執務官、クロノ・ハラオウンの面目躍如であった。
「スナイプショット!」
更なるキーワードにおける再加速で、残った兵士達も一気に貫き通す。
魔力弾はそのまま扉を守るように立ち塞がっていた、斧を構えた重装甲な最後の1体へと向かう。
が、魔力弾はその装甲に弾かれてしまった。それを見たクロノはその兵士に接近する。
「ちょ、クロノ! 君今近接戦は!」
彼の腕のことを思い出したユーノの叫びを尻目に、その兵士の攻撃範囲に入るクロノ。彼に向かって巨大な斧が振り下ろされる。
と、クロノはそれを防ぐでもなくかわし、その兵士の頭上へと飛び上がった。そのままその機械兵の頭にS2Uを付き立て、
《Break Impulse》
炸裂する魔法。崩れ落ちる機械兵。
ものの数秒で機械の兵士達を全滅させたクロノは、背後のなのはとユーノへ振り返り彼らへ呼びかける。
「ボーっとしてないで、行くよ!」
「「う、うん!」」
あまりの手際の良さとすさまじさにしばし呆然としていたなのは達は、慌ててクロノの元へと駆け寄った。
あとがき
キャラの心情描写が下手過ぎて泣けてくる…… → あえて描写しないスタイル
うん、ホントにね、僕が心情描写するとどうしても陳腐なものになっちゃってね。何でなんだろうなぁ。
マジで心折れかけましたよ。