(あれから、いろんなことがあったなぁ……)
夜のビル街(とは言っても廃ビルだらけ)を歩きながら、弓塚さつきは考えた。
あれから、あの裏路地でのさつきと志貴との別れから、三週間程経った。
彼女の服装はあの時の制服のままだ。着替えは持ち歩いていない。旅の邪魔になるからだ。
洗濯は、コインランドリーで全部一気にやっている(この時、周囲の警戒は怠らない)。お金の出所は、裏路地を歩いている少女に暴行を働こうとした不埒な不良の財布の中からである。
彼女の今の立ち位置は……
(『放浪の吸血鬼』か。)
今や新聞を毎日飾っている、大量無差別殺人鬼であった。
その、殺された者から血が抜かれているということに加え、まるで旅でもしている様にその殺害現場が移動している為、付いた名前だ。
まあ、まんまそのままなのだが。
(まあ、吸血鬼の体が完全に作られてからは、以前みたいにやたらめったら飲まなきゃいけないわけじゃなくなったし。それは良かったかな。
今でもあれぐらい殺してたら、ココロがまた、あっちに行っちゃうかもしれないし)
そう。彼女はあれから一度も楽しんで人を殺してなどいないし、人を殺すことに対して、罪悪感も感じている。
何度も繰り返してるうちにだんだんと簡略になっていって、今やご馳走様とあんまりかわりが無いが殺した者への祈りも捧げている。
それが、あそこで志貴に眼を覚まさせてもらったことが関係しているのは考えるまでもない。
実際、あの時の自分の状態の正体がわかっているさつきとしては、志貴にはいくら感謝してもしきれない。
(ああ、会いたいなぁ。みっくん、りんちゃん、ゆっきー、よーこ、………)
思い浮かべるのは、かつての二年三組のクラスメート(担任の国藤もたまに)。そして……
(遠野くん……)
もうそのことを思って流す涙は流しきったが、それでも気持ちが限りなく暗くなることは変わらない。
だが、今のさつきは三咲町を出た時よりも、格段にそっちに戻りにくくなっている。
その理由は、
(ああもう! 一体何なのあの代行者って教会コスプレ集団!!
あなたは目立つ行動をしすぎたとか、あなたは今や教会のブラックリストに載っていますとか、
訳の分からないこと言って火の玉とか訳の分からない玉とか雷とか変な色の衝撃波とか変な剣とか訳の分からない十字架とかでいきなり攻撃して来るし!
しかも段々強くなってきてるし!)
そして、その全てを撃破してきた弓塚さつきであった。
具体的には、火の玉以下訳の分からない攻撃の殆どを殴りつけたりはたき落としたり跳ね返したりして、後は相手を全力で殴りつければ終了だった。終わった後はその人で食事することもしばしば。
一着しかない服に穴の一つも見あたらないことからも、彼女の無双っぷりが解るだろう。
まあ、殴ったりする瞬間はちゃんと痛かったりするのだが。
ここで三咲町に戻ると、かつてのクラスメートにまで迷惑がかかりかねなかった。勢いで飛び出して来たので、両親にも何にも言っていないので少しだけでも会っておきたいのだが、それもままならない。
実際、弓塚さつきが狙われ続けるのは、他の吸血鬼の様に死体を死者にせずそのまま放置しているため見つかりやすく、ある一点を根城にしていないため見つかりやすく、更には、代行者の撃退方法の無茶苦茶さが教会の危機感を煽っているためであるとは、本人の知るよしではない。
(えーと、ここって確か、観布子市ってとこだったよね)
『放浪の吸血鬼』のことは毎日新聞やニュースで流れるため、次にどの市町村に現れるか等の予測等も当然ある。そのためさつきは、今の自分の現在地について迷うことは無くなった。
だから何? と言われればそれまでなのだが。
と、さつきの前方に男の人影が現れた。もうそろそろ苦しくなってきていたさつきは、その人を今日の食事に決める。
ごめんね。と小さく呟いてから、一気にその人の元まで駆け寄る。
直前でその人が気が付いた様だが、もう既に遅い。
「え?……うわ!?」
両方の肩を掴み、後ろ、下向きに押す。当然、男は後ろ向きに倒れ、背中を地面に思いっきり打ち付ける。
その衝撃で動きが止まった瞬間に、血を吸おうと男の首筋に噛み付こうとして……
「………………………………………………………………………………ぇ?」
その男の顔を見て、固まった。
(遠野……くん?)
いや、さつきにも違うということは解っている。長くも短くもない黒髪、人の良さそうな顔立ち、眼鏡と、かなり容姿は似ているがそれでも明らかに違う。
だが、志貴のあの危うい様な雰囲気は無いが、それでも、お人好しそうな所とか、そこら辺の雰囲気とか、そして何より、弓塚さつきの直感が、この人と志貴を、完全な別人とは思わせなかった。
知らず、涙が溢れていた。
「っつ~~……、な、何? どうしたの?」
いきなり押し倒された相手に向かってこの台詞は何だとさつきは思ったが、そういうところもどこか遠野くんらしい。
(ダメだ……この人からは、吸えないや)
さつきは、急いでそこから逃げだした。
「え? あ、ちょっと!」
後ろからあの人の声が聞こえても、さつきは構わず闇の中に姿を眩ました。
……………数分後、ストーキング開始。
そしてその男、黒桐幹也は、
「何だったんだ、一体?」
一人つぶやいて、立ち上がった。いくら考えても、見知らぬ女子高生にいきなり押し倒されて、更には泣き出される理由に思い当たりなど無い。
「…………まあ、いっか。」
そう言って、幹也は当初の目的である、巫条ビルに向かった。
「……ここか」
呟いて、幹也は屋上を見上げる。鮮花や式が言っていた様な、空飛ぶ女の子とかが見えないかと思っていたのだが、自分には見えない。
試しにビルの中に入ってみる。確かに、『伽藍の堂』の様な普通じゃない空気はあるが、それだけだ。
(……屋上まで行ってみるか。うーんでも、エレベーターの方がいいか、それとも階段で一階ずつ見てった方がいいかな?)
結局、屋上まではエレベーターで行って、その後は階段で下りていくことにした。
廃ビルなのに何故エレベーターの電源が入っているのかという疑問は、その時は起こらなかった。
そして、屋上。
エレベーターのドアが開き、幹也が外に出て周囲を見渡すと、直後、固まった。
ビルの屋上で漂っている、9人の白装束を纏った少女達。いや、一人は少女ではなく大人の女性のようだ。
その姿は透けていて、まるで幽霊の様。
幹也はその、妖しくもどこか美しい光景にしばし心を奪われ……気が付いたら、その中の一人、大人の女性が目の前にいた。
不思議と驚きは無く、そのままその女性の目を見つめているうちに、思考に霞がかかっていき、そして……………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
「コラーーー! 何やってるのーーーーー!!」
叫びながらいきなり現れた少女に、目の前の女性が殴り飛ばされた。いやもう、それはもう、吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされた女性は苦しそうに悶えていたが、やがて消滅するように消えていった。他の少女達も、同様に消えていく。
幹也は突然の出来事に呆然とした。
「はあ、はあ、はあ……、はあ、間に、合った……」
幹也が冷静になってよく見るとその少女は、先程ビル街で押し倒された、あの少女であった。エレベーターが使われた形跡は無いので、階段でここまで上ってきたということになる。
(……って、嘘だろ!?)
一体、何階あると思っているのか。この短時間で登り切るなど、もはや人間の出来ることではない。
「……もう、限……界」
そう言って、少女は幹也に体を預けるように倒れて来た。
幹也が慌てて受け止めると、わずかな寝息が聞こえ、ほっとする。
だが、直ぐにその少女の体の冷たさに気が付いた。
「な!? …………何でこんなに……まるで死人じゃないか。と、とにかく……住所……も、聞けないし……」
行き先は、決まった。
『伽藍の堂』。そこは、歴代最高の人形師であり、教会から『橙』の名をもらい、今は封印指定にされて逃亡中の魔術師、蒼崎橙子の仕事場兼隠れ処兼住処だった。
今は真夜中である。だがしかし、そのような時間に自分の張った結界の中に入ってくる者達を感知して橙子は眠りから覚めた。
一人はよく知っている『伽藍の堂』の住人、黒桐幹也。別にそれならわざわざ起きたりはしない。自分に用事があるのなら、向こうが勝手に起しに来るだろう。
問題はもう一人の方だった。知っている者ではない。が、害意ある者なら結界が自動的に排除するはずだ。
こんな時間に、幹也と一緒に、人払いの結界が張ってあるこんな場所に来るなんて魔術師《こっち》側の人間に決まっている。仕事の依頼だろうか。だがしかし、ここがそんな簡単に見つかるはずは……
考えながら、無意識に煙草に火を付ける。
疑問はそいつがここに来れば解けると、橙子は、水色のショートヘアの髪をガシガシと書き、眼鏡をかけた。
…………が、
「おい幹也。お前は一体何を持ってきたんだ」
しばらくして、幹也が気絶した少女を担いで来た時、橙子は思わず眼鏡を外してそう言った。
仮にも世界最高の人形師。少女の正体は、一目見た瞬間に看破した。
「え……っと……、幽霊を殴れる女の子?」
「……は?」
だが、その予想外の回答に、不覚にも橙子は持っていた煙草を落としてしまった。
(あれ? ここ、どこだっけ?)
目が覚めて早々、さつきの頭にそんな疑問が浮かんだが、取りあえず、
「んくっ、んくっ、んくっ」
口に突っ込まれていた輸血パックの中の血を飲み干した。
「ふー、生き返った」
と、改めて回りを見回す。
自分が寝ているのはソファーの上だった。
そして、自分の目の前には二人の人間がいる。
そのうちの一人、志貴に似ている男性を見たとき、さつきは全部思い出した。
(志貴くんに似ているこの人のことが気になったから、後を付けてみたら、
なんだか屋上に変な感じのあるビルに入ってっちゃって、しかもよりにもよってエレベーターで屋上まで行っちゃったもんで、急いで階段駆け上がって屋上まで行って、
そしたら何か半透明の女の人がこの人にやばそうなことしてたから、思いっきりぶん殴って、で、血が足りなくてのどが渇いてたときに無理したもんで疲れちゃったからそのまま寝ちゃったんだ。
じゃあ、ここはこの人の家?)
とそこまで考えて、さつきはもう一人の人間、水色のショートヘアーをした女性を見る。知らない人間だ。
男の人が、どういう表情をすればいいのかわからないというような微妙な表情をしているのに対し、この女性ははっきりとこちらを睨みつけている。
(…………輸血パックを口に突っ込まされてたってことは、この人達、わたしが吸血鬼だってことに気付いてるんだよね?)
「あ、あの……」
「うん、気が付いて良かったよ。君の体、死人みたいに冷たかったからさ、危険な状態なのかと思っちゃって。
……まさか、吸血鬼だとは思ってもみなかったけど」
「………」
男の人に出鼻を挫かれたさつきは、そのまま押し黙ってしまった。
そこに、女の人の方が声をかける。
「取りあえず、いきさつはこいつから聞いた。聞いた限り、かなりヤバイ状況だった様だな。
ひょっとしたら、こいつを失ってたかも知れん。
うちの従業員を助けてくれてありがとう、吸血鬼少女。
私は蒼崎橙子。で、こっちが黒桐幹也」
「あ、はい。こちらこそ、血を提供していただいて、ありがとうございます。
弓塚さつきです」
「ふむ……」
橙子は、少し考え込む仕草をした。
(私の名前を聞いても何の反応も無し、か。
だが、こいつは十中八九間違いなく……)
「さて、単刀直入に聞くが、お前、ここ数週間世間を騒がせている放浪の吸血鬼だろ?」
「…………」
(やっぱりか……)
橙子は頭を抱えた。どうしてこんなやっかいなものを抱えなければならないのか。
別に、橙子はさつきの今までの人殺しについてとやかく言うつもりはない。
テレビや新聞の状況、教会のデータが正しいなら、この吸血鬼が殺した人間の数は、普通の吸血鬼と同じくらいか、むしろ少ないぐらいだ。生きていくために必要な殺しなら、仕方ないだろう。そもそも興味もない。
問題は、この吸血鬼が教会のブラックリストに登録されていて、もうそろそろ埋葬機関まで出てきそうだというところにある。
聞くところによると、『弓』が丁度日本に滞在中らしいので、そいつが出てくることになるだろう。
橙子も教会に追われる身である。ここが見つかれば、かなり厄介なことになる。
(いっそ、このままほっぽり出すか……いや、危機的状況に陥ったときに、ここに逃げ帰ってくる可能性がある。
しかも、その場合は高確率で代行者のおまけ付きか……)
もう、いっそのことここで始末するか。
橙子が半ば本気でそう考えた時、さつきが口を開いた。
「あの……あなた達、わたしのこと、怖くないんですか?」
その質問には、幹也が答えた。
「いや……、正直、解らない。君がこのごろ起こっている連続殺人犯の吸血鬼だってことは理解したけど、
僕にとっては、泣き虫の恩人だし」
半分からかっていた。
「なっ! 泣き虫って!」
と、今までの会話、この吸血鬼の行動から、橙子の脳裏にある仮説が浮かんだ。
(もしかして、こいつ……)
「おい、弓塚さつき……だったか?」
「は、はい」
「お前、人間の感性が残っているのか?」
その言葉に、さつきの体が強ばる。
そう、弓塚さつきが怖がっていた吸血鬼のココロ。その正体は、紛れもない、吸血鬼の力を手に入れた、弓塚さつきの心なのだ。
強力な力を手に入れたものは、その力に溺れる。
最初はいけないことだと解っていたのに、繰り返しやっていくうちに、その感覚がなくなっていく。
よくある話だ。さつきは、そうなりかけながらも、心の芯の部分でまだ人間だった頃のことを忘れないでいたため、あの時、戻ってこれたのだ。
人を殺す度に、そのことを重く受け止めていたのも、殺した後に、その人の為に祈ってたのも、全て、感情が麻痺しないようにするためだった。
「…………以前は、そうなっていました。でも、引き戻してくれた人が、いたんです。
わたしを、ずっと助けようとしてくれていて。
苦しいときに、優しい言葉をかけてくれて。
わたしに、人間の心を取り戻させてくれました。
そのお陰で、未だに人間の心を忘れずに済んでいます」
「………」
(と、いうことは、こいつは只単に知識が不足しているだけなんだ。
わたしの名前を聞いても何の反応も示さなかったところからして、こいつ、闇《こっち》の世界にかなり疎いな。
教会に執拗に狙われる羽目になったのも、その為か。今自分がおかれている状況すらつかめていないんじゃないか?
仮にも幹也の恩人だ。それに、教会のデータを信じるならコイツ、概念武装での攻撃やら魔術やらを『殴った』とか何とか……
丁度、珍しく『あの人』もこの世界にいるし、ここは………)
思案すること数十秒、橙子は結論を下した。
「よし、お前を三日間だけ、ここに置いてやる。その間、お前の置かれている状況の享受、血の提供、知識の提供、今後のアフターケアまでやってやろう」
「……はい?」
さつきは、急展開に頭がついて来れてない。
「……風呂にも入れるぞ?」
「よろしくおねがいします!!」
ほぼ条件反射で答えが返ってきた。
さつきは、風呂に入った後ソファーで寝てしまった。昼間でも日の光が当たらないように工夫してある。
寝間着には、橙子のお古を使っていた。
色々な説明は明日の夜だ。
「あの、すいません。僕が勝手な行動をしたばっかりに……」
幹也が橙子に謝っている。
「まったくだ。だが、お陰で面白い仕事が出来そうだ」
「え?」
「幹也、私は地下に籠もる。弓塚が起きたら呼べ」
「え?あ、は「それと、式への説明もお前がやれよ」ええ!?」
「『ええ!?』じゃないだろう。お前が持ち込んだ種だ。お前が責任取らんでどうする」
「う……」
何も言えなくなる幹也だった。
その日の昼、『伽藍の堂』に来た式が見知らぬ人外がそこに居るのを見つけ、早速殺そうとするのを幹也が必死になって押しとどめたとかなんとか。
余談だが、幹也のその行為のせいで式の機嫌が更に悪くなったとかならなかったとか。
更に余談だが、幹也は式の原因が悪いのは人外を殺せなかったからだと思い、自分が他の女性を庇ったからだとは考えもしなかったとかなんとか。
まあ、そんなこんなで夜。
さつきの前には、両儀式、黒桐幹也、蒼崎橙子がいる。さつきは渡された輸血パック(5つ目)を飲みながら、式を紹介されていた。
さつきは、式にも志貴のような空気を志貴よりも強く感じていたが、それは、志貴のほうは強大な何かが押し込められている感じで、こちらはだだ漏れにしている感じだ。
式はさつきの自己紹介を、
「昼にコクトーに聞いたから良い」
と一蹴した。明らかに機嫌が悪い。だが、橙子が式の耳元で何か囁くと、何故か少しばかり機嫌がよくなったどころか、さつきが生存本能を覚えるくらいの壮絶な笑みを浮かべた。
(あんまり深く考えないどこう……)
と、眼鏡をかけた橙子が口を開いた。
「じゃあさつきさん。今からあなたの置かれている状況を説明しましょうか。
ハッキリ言って、あなたはは世界的に指名手配されていると言っても良いわ」
口調が変わっているのは、眼鏡をスイッチにした性格変換のせいだ。
さつきも、最初はかなり戸惑った。
「はい!? せ、世界的に!!?」
全国的にならまだ分かるが、まさか世界的に追われているとは思っていなかったさつきは驚く。
「……やっぱり、何も知らないのね。あなた、今までに幾度となく神父やシスターの格好をした者達を撃退してきたでしょう」
「だ、だってあれは、向こうがいきなり……」
「あなたが目立つ行動をしすぎたからよ。あれでは気付くなという方が無理な話ね。もっときちんと死体を隠さなきゃ。
あと、各地を回ってたのも問題ね。吸血鬼がうろついてますよーって、教えてるようなものじゃない」
「う…………」
考えてみればそうだったかも……と、さつきは思うが、
「で、でも、まさか吸血鬼ハンターみたいな集団があるなんて知らなかったし……」
「それでも、あなたも元は人間でしょ。死体を隠す程度の機転は、効かせられなかったの?」
「う………」
ささやかな反論も、完璧にたたき潰された。
「まあ、そこら辺は今とやかく言っても仕方が無いわ。取りあえず、そこの組織は全世界に根を張り巡らせてると考えてもらった方がいいわね。縄張り争いみたいなこともあるけど、それは考えなくていいわ」
「はい……。でも、他にも吸血鬼はいるでしょうに、何でわたしがそこまで執拗に……」
「えっとね、たぶん一番の原因であり失敗は、あなたの代行者の撃退方法」
「え?」
「あなたが普通の方法で下っ端の代行者を撃退したり、逃げおおせたと言うのなら、話はここまで大きくはならなかった。
精々が、厄介な吸血鬼が現れたってぐらいの話で済んだのよ」
「えっと……それって、わたしの倒し方が普通じゃなかったってことですか?」
弓塚が疑問の声を上げる。そこで、橙子は眼鏡を外した。
「普通じゃないどころか、異常だ。お前、魔術を素手で殴り飛ばしたと聞いてるぞ」
「ああ、飛んできた火の玉や雷とか殴りましたけど、あれって吸血鬼はみんな出来ることなんじゃ……」
「そんなわけあるかアホ。で、どういう原理でそういうことをしているのかを、見せてもらいたい」
「え?」
「わたしがお前に火球を投げつける。それを、式の方へ殴り飛ばして欲しい」
「「ちょっと待(っ)て(下さい)!」」
「だって、他のところに向かったら、いろんなもの焼けちゃうし、式なら安全に『処理』できるだろ?」
「そんなもの、お前が処理すればいい」
「私は観察してなきゃいけないんだよ。
何なら、幹也に受け止めさせてもいいんだぞ?」
「……ちっ」
「って、何でわたしが火球を投げつけられなきゃいけないんですか!?」
「うーんと、これはお前がここを出てった後のアフターケアにも絡んでくるんだ。
このまま出てったらお前、確実に教会の代行者に殺されるぞ。
今でも、世界のトップ7の内の一人が出てくるって話もあるんだ」
「う……わかりました」
「まあ、私の単純な興味もあるがな」
「「「……………」」」
突っ込んだら負けな気がした一同だった。
「じゃあ立て。うーんと、じゃあ、私はあっちに立つから、式はそっちで弓塚はそっちだ。幹也は邪魔にならないところに適当にいろ」
言いながら、さつきが立つ部分に不思議な文字の羅列を書いている。
「……何してるんですか?」
「センサーみたいなものだ」
さつきの質問に、橙子は簡潔に答えた。作業が終わると、橙子は自分の立ち位置に向かう。
「じゃあ、行くぞ。***、****、**!」
橙子が煙草で空中に文字を描きながら何事か呟くと、その文字の所に人の顔程の火球が生み出された。
それが弓塚に向かって飛んでいく。
「そー、れっ!」
何とも気の抜けるかけ声と共に、弓塚が火球を殴りつける。橙子はその様子を、スキの無い目で観察していた。じゅっと音がして弓塚の拳が焼けるが、弓塚が腕を振り抜くと、火球は式の方へ飛んでいった。
既にナイフを構えていた式は、火球に向かってナイフを一降り。すると、火球が消滅した。
橙子は、そちらには目もくれずにさつきの元へ近寄ると、床に描かれた文字を見つめる。暫く何事か呟いていたが、
「成る程。確かにそれなら筋は通る。だが、魔術の魔の字も知らないやつがこんなことをしているとは……いやはや、才能とは恐ろしい。
弓塚、式、ご苦労だった。もういいぞ」
「なんだ。協力者に説明は無しか」
式が、ソファーに向かいながらぶつくさ言う。幹也は、肉が焼けた音がした弓塚を気遣っていたが、
「この程度なら大丈夫」
と言われた。実際、やけどはもう治りかけていたので、そのまま引き下がった。
「その説明は明日する。明日はちょうど『あの人』も来る。その人にも協力してもらった方が都合がいい」
「誰ですか? 『あの人』って?」
幹也が訪ねると、橙子はお楽しみだと、もったいぶって答えなかった。
「さて、では次だが……、幹也、お前はもう帰れ」
「はぃえ!?」
いきなりの帰れ宣言に、幹也は『はい』といおうとして失敗する。
「ここから先は、男子禁制だ。見たら即刻私と式が粛正に向かう」
本気の色を込めて言う橙子に、幹也は冷や汗を流す。
「で、では……失礼します」
幹也が完全に『伽藍の堂』から出て行くのを確認すると、橙子はさつきに言った。
「では、別の部屋に向かう。式、お前も来るか?」
「いや、オレはいい。そっちで好きにやってくれ」
「そうか」
「あ、あの……一体、何をするんですか?」
さつきが不安そうに聞く。
「ああ、身体測定みたいなもんだ。今日中にやらなくちゃいけないし、なにより、これをやらんとお前へのアフターケアも出来やしない」
「……………」
何だか、毎回同じ理由で丸め込まれているような気がするさつきだった。
さつきは、指示された部屋に入った。そこは、真ん中にテーブルの様なものがあり、回りにも訳のわからないものが置いてあり、何だか怪しい部屋だった。
橙子も入ってくる。眼鏡をしている。これからの作業には必要らしい。
「よし、じゃあさつきさん。服を全部脱いでそこに横になって」
「え!?」
その言葉に固まるさつき。
「ま、まさか橙子さん、そんな趣味が……イタッ」
優しくなったはずの橙子の拳骨が落ちた。
「魔術的な身体測定だから、色々特殊なの。さっさとして」
「うう……」
まだ渋っているさつきに、橙子は眼鏡を外し、
「仕方無いか……」
指をパチンと鳴らした。
とたんに、さつきの体から力が抜けてゆく。
「え?え?え?」
もう完全に力が入らなくなり、ぺたんとすわりこむどころか、倒れてしまった体に、さつきが疑問の声を上げる。
「さっきの魔方陣にしかけをしてあってな。対吸血鬼用の奪力魔術だ」
「え、ええーーーーー!!?」
「さて、始めるぞ。全く、服を脱がせることからやらなければならないじゃないか」
「ちょ、ちょっと待っ!」
「途中から麻酔も使うから。目覚めたら明日の夜だろう」
「そ、そんな勝手に」
完全に弓塚の言葉を無視する橙子だった。
「あ……ダメですとうこさん、そんな……ひゃっ!」
「あ……ひいっ!!」
「アッーーーーー!」
弓塚の体に麻酔が投与されるまで、その部屋からはそんな声が聞こえ続けたとかなんとか。
あとがき
さて、空の境界メンバー登場! そして、既に正体バレバレの『あの人』とは!?......この際だからFate/stay nightの方も出したくなって来た......
てゆーか、本当はこの回でなのは世界まで行く予定だったのに......なのは期待して見てくれた人、本当にごめんなさい。
次回から、独自解釈や、キャラの性格の独自創造が入ります。許容出来ない人はご遠慮下さい。出来るだけ変にはしないつもりですが……
誤字、脱字、ミス及び書こうと思っていたのに書き忘れて読者の方を混乱させてしまった部分を修正しました。
思っていたより格段に多かった……orz
どっかのあかいあくまにうっかりスキルでも染されたか?