誕生日だからといって休校になるわけではない。
俺は普段通り、小学校に通っていた。
特殊な出で立ちである俺にはもう学ぶことは一切ない。
だが、かといってサボっていいというものでもない。義務教育の短所である。
無駄な時間を過ごしている、という感覚が一層増しているのは、今日は教職員方のネットワークを頼りに来たということもあるからだ。
高認の資格所持を盾に、何とか早期に軍系列の学校に……出来れば関東の方へと、家族と一緒に進学を兼ねて移住出来ないものかと相談を持ちかける為に。
しかし───。
どうやらそれは放課後の事になりそうだ。
「なぁなぁ、エイジー、そとでドッヂボールやろーぜー!」
「ふわ、ショウギやらない?わたし、けっこーつよいんだよ?」
朝っぱらから……。
「エイジ、しゅくだい見せてくれー」
「ふわくん、しゅくだいのさん数がわからなくて……おしえてくれないかな?」
───こ、こうも纏わり付かれては……。
「おい、エイジはおれらとあそぶんだぞ!女子はあっちいけ!」
「ふわくんはあんたらテーノーとはちがって、ゆーしゅーなの!サルはあっちいきなさい!」
いかんいかんあぶないあぶないあぶない……男女間で抗争が勃発するッ!
「わ、解ったから喧嘩すんな!宿題教えて欲しい奴はこっちにこい、見るだけは却下だ、纏めて教えてやる!次の休み時間は将棋だ!二時間目は体育だからそのまんま休憩時間にもつれ込んでドッジボールやんぞこんちくしょぉぉぉおおお!」
無理矢理にテンションを最高潮に押し上げて言い切る。
最近学んだ処世法だ。子供には子供のテンションで応対するのがいいという。
羞恥を覚えたら、それは失敗している。
羞恥を捨て、コチラも子供の対応をすれば、ガキ供もテンション上げて乗ってきてくれるのだ。
「イェェェェェェェイ! エ・イ・ジ! エ・イ・ジ!」
何だこのノリ。
結局、誕生日らしいイベントは一切起こらず、子供のパワーに振り回されて午前を過ごす事になってしまった。
1990.winter.12/16
60mリムジンの三部屋目で、可憐にドレスアップされた少女が一人。
「どうでしょう?おかしな所はありませんか?」
真央は自分の格好がおかしくないか、男性二人に意見を求める。
私服と言えるものを実質的に持っていない真央には、自分で少女服をコーディネートするなど、初めての体験だった。
「見目麗しい。大変似合っておりますよ、真央様」
「ありがとうございます、一文字少佐───それで、どうでしょう、暁様」
「白黒のツートンとは無難すぎるな。美的感覚のないヤツが陥る色調だ。人をおちょくっている」
「──────」
真央が物凄く爽やかな笑顔で短めの竹刀袋から脇差を取り出し、シャランと刀身を露出させる。
「素晴らしい!素晴らしいぞ月詠!あな恐ろしや、超絶似合っておる!嫁にするならばこのような女性が好ましいなはっはっはっは!!」
「宜しい」
褒めるの強制するなら初めから聞くんじゃない……と暁が冷や汗を滲ませながら、刀を収めた月詠に聞こえないように小声で呟く。
鷹嘴は、驚いたような表情で二人のやりとりを見ていた。
と、同時に吹き出す。
「ん?どうかしましたか、少佐」
「一文字少佐?何かおかしな───ハッ!?」
全く気付いていない暁に、やってしまったと後悔する真央。
「い、いえ、余りにもお二方が楽しそうに市井の民のようにじゃれ合うものですから……」
ビシリ、と空気が凍った。
暁も漸く、やっちまったと思い至る。
この七年間、人前でこんなやりとりをしてしまったのは此度が初めてだった。
「───あ"ー……すみません、少佐。黙っていてくれると助かるのですが……」
「わ、私からもお願いします。出来れば今のことは忘れて下さい。警護対象者である暁様相手に抜刀など、冗談でもすべきことではありませんでした」
「……お前、周りに人が居ない時は、中々の頻度で抜刀しているよな……?」
「暁様が抜刀させてるんです」
「俺が悪いみたいに言うな!?」
「暁様が妙な煽り方をするからでしょう!?」
再びじゃれ合いだした二人を見て、その無防備さと第一印象との凄まじいまでのギャップに、遂に腹を抱えて声を出して笑い始める鷹嘴。
たっぷり30秒ほど笑っていた鷹嘴だが、私は口が固いので大丈夫ですよ、と告げられ、胸をなで下ろす二人だった。
「全く、いかんな、今日はどうにも緩みっぱなしだ」
「ええ、気を引き締めなければ。本当に……一文字少佐が人格者でよかった。もし、告げ口をするような卑劣漢なら……私は後で……真那姉様と真耶姉様に……あぁ……そ、そこだけは……ご勘弁を……」
突然、ブツブツと独り言を呟きながらガクガクと震えだす月詠 真央。
その様子を、またかよ厄介なトラウマだな……と呟きながら億劫そうに暁が眺めている。
「暁様、放っておいて大丈夫なのですか?」
「構わん、ただの発作だ。すぐに治まる。と、いうか、今のうちに外に放り出そう。うん。迎えの時の合流場所も時間も教えてある。忘れ物もない。問題ないぞ」
「……本当に宜しいので?」
「私は一向にかまわんッ!!……と、少佐。そろそろまたハンドルを握ってくれると助かります。次は、俺の用事の方へと────」
「ハッ、了解しました」
鷹嘴はそう返し、運転席へと向かう。
暁はヤレヤレだ……と言いながら、肩に手を回し、外に月詠を運びだす。
「ま、真那姉様……解りました……解りましたから……そ、そんな恥垢の洗い落とし方なんて……や……らめぇ……」
「……お前は何を言ってるんだ……」
余りにもお馬鹿な独り言に、思わず突っ込みを入れる。
俺と絡まなければ真面目一辺倒なのだがな、と暁が思う。
「───ハッ……わ、私は一体」
ビクンと一度大きく震えると、漸く正気に戻ったのか、自我を取り返す真央。
「チッ……今日は早かったな。悪いが、勝手に外に運び出したぞ」
「も、申し訳ありません。お手数掛けます……それと、舌打ちは余計です」
スルーし、もう自分で立てるだろ、と手を離す暁。
フラつくこともなく、地面に立ち、背筋を伸ばして暁と相対する真央。
パンッ!と暁が両手をたたき合わせ、大きな音を鳴らす。
「……さて。お互い頭を切り替えるぞ。真面目な話だ」
「────はい」
瞬間、今までの巫山戯た雰囲気が、どこへともなく霧散した。
既に二人が纏う空気は、宛ら真剣のように研ぎ澄まされたものに変化していた。
「月詠、これからお前には白銀 武と、鑑 純夏に逢いに行ってもらう」
「……鑑、純夏───」
感慨深く、真央がその名を口にする。
鑑 純夏。
愛と勇気のお伽話の起点。
「ああ、そうだ……常々二人は伴って行動しているようだからな。片方に合えば、もう片方と出会う」
「道理ですね……場所は、例の公園ですか」
「その通りだ────去年と、同じ場所に居るだろう」
去年……1989年12月16日。二人と邂逅したのは暁だった。
悠陽と冥夜の橋渡しを承った暁。
狙ったものではなく、本当に偶然だった。
去年にドライバーを担当した者が、何の偶然か、この町に縁がある者で、立ち寄ることを暁が許可した。
そして手持ち無沙汰になった暁が町を散策し、遭遇した。
「お前も、直に見てこい。そして、選べ」
暁は真っ直ぐ真央の瞳を見つめ、真摯に語りかける。
「暁様、私は既に答えを────」
「違う。お前は、まだ本当の意味で選んでいない。あの時のは建前だ」
あの時。
暁と真央が出会い、何日も、何週間も語り明かし、この世界でどう生きていくかという答えを出した。
共闘の儀を結んだ瞬間。
「ああ────思えばあの時の俺の答えも、所詮は建前だった。二人の存在をその目で見て、理解し、漸く選択する権利を得る。それからでなければ、選べるはずもない」
「ですが……私は、既に貴方と共に行くと決めた。こんな今更、選択肢を増やされても────」
「増えてはいない。元から在ったんだ。お前が俺に無意識に合わせてくれていただけさ。安心しろ、仮に違う選択肢を選んだとしても、お前と俺は既に運命共同体だ」
「……そう、ですね。私達は既に、明確な意志を以て、世界に干渉し、歴史を捻じ曲げた。それに対して責任を負わなければいけません」
F-16J/TSF-TYPE 88 彩雲。
吉兆とされる気象現象の名を賜り、日本帝国に降臨した───存在しないはずの異物。
これだけは、最早何をしても消えることはない。
世界に刻みつけた、自分達の存在の証。
「────では、行って参ります。暁様」
「────ああ、行って来い。月詠」
月詠 真央は暁に背を向け、歩き出す。答えを得る為に。
斉御司 暁もまた真央に背を向け、歩き出す。約束を果たす為に。
広く薄暗い研究室の中、ただ一人、茶色がかった髪を無造作に後ろで束ねた幼い少年が、黙々とコンソールに何かを打ち込んでいる。
ダボダボの白衣を羽織ったその姿は、中々に様になっていた。
タン、と最後にEnter keyを押しこむと、少年は姿勢を正し、モニターを凝視する。
その瞳に映り込むアルファベットの羅列───Fifth-Dimensional Effect Bomb。
これが意味するモノ、それは───。
「───五次元効果爆弾。通称、G弾」
少年は畏怖を込めてその名を呼ぶ。
「サンタフェ計画のモーフィアス実験から三年……コツコツ積み上げて、やっとこさ論文の骨子が完成とか……自分の無能さが嫌になる……」
最も他に平行して色々やってたのもあるけど、と言い訳のように呟くと、掛けていた眼鏡を外し、髪を掻き上げる。
「本格的に着手するのは、91年のG弾実用化の情報が入ってからになるかな……で、明星作戦の───横浜ハイヴへの投下で最終調整……まだまだ、か」
首からコキコキと音をならしながら周囲を見回してみると、自分以外誰一人として居ないことを漸く気付く。
「ん……みんな気晴らしに外出、かな」
本来のこの部屋の主達が、どこにも見当たらなかった。
この広い部屋に、少年だけが一人残っている。
「って、室長の爺ちゃんまで居ないのはどういうことだよ……でも、仕方ないか。嫌な感じに滞り始めたからな───次期オルタネイティヴ計画の基礎研究も」
本来は手を貸さねばいけないのだ───が、少年は高い知能と知識を持っていたが、天才ではなかった。
今必要なのは大きすぎる壁を打ち壊す……ブレイクスルーを可能とする天才の力だ。
「歯痒いけど、手出し出来る領域じゃないからな……僕は僕に出来ることをやらせて貰おう……」
故に、少年はリソースをG弾否定の論文と、整備兵、戦術電子整備兵の知識の吸収と訓練に割いていた。
「それにどうせ、この状況も来年になれば……将来、横浜の雌狐になる天才がぶち壊してくれるよな、きっと……」
やや自信が無さそうにそう口にした少年は、突き付けられた世界の歪みを思い出す。
F-16J/TSF-TYPE 88 彩雲。
吉兆とされる気象現象の名を賜った、帝国の新たな剣。
───本来在り得るはずもない、未知なる剣。
「転生……If……平行世界……多世界解釈……頭がどうにかなりそうだ。あ"あ"ぁ"ぁ"……ポルナレフさん来てくれぇ……」
少年は怠そうに、グシャグシャと無造作ながら毛並みのいい頭髪を掻き毟り自分の境遇を嘆く。
「否定はしないけどさ……いざ自分が巻き込まれると、参るなほんと……」
どうやらこの世界は、自分の知るモノとは異なる未来へと突き進みたがってるらしい、と。
「歴史の修正力だの、カオス理論だの、存在理由だの───そんな厨二病めいたこと、真面目に考えるときがくるなんて……」
愚痴を吐くと、もうF-16が採用されてしまってる時点で歴史の修正力なんてないようなものですよねー、と溜息を付いた。
そして今後、カオス理論の……バタフライ効果がどれだけ大きくなるのか、と有り得そうな分岐を考えて憂鬱になる。
「───だけど、バビロンもトライデントも……絶対に阻止させてもらう。僕は……"後日譚"の荒廃した地球を、絶対に認めない。"G弾"は、飽和投下なんてモノに対応していないんだよ……誰かが……誰かが証明しないといけないんだ……」
気持ちを奮い立たせるため、自分に言い聞かせるようにその決意を口にする。
「……凡人は、凡人なりに……頑張って遣り遂げてみせるさ……」
自嘲し、フラフラと立ち上がると、少年はモニターの電源を落とすのも忘れ、寝袋に倒れこむように沈み込んだ。
「あ、れ……?コーヒー入れようと……思ったのに……」
意志とは裏腹に、少年の体は動いてくれない。
「───くっそ……丸一日寝ないだけで、この様なんて……無理か……眠……」
薄れゆく意識の中、体も鍛えないとな、と思う。
中身が大人であろうが、宿った器は子供の体。
体力の限界は、いつだって想定したよりも早く訪れる。
そしてそのまま、意識のブレーカーが、落ちた。
月詠 真央は、斉御司 暁と別れた後、件の公園へと直行していた。
本来なら適当にぶらつき、好きなものを飲み食いすることを許された立場だったが、そういう心境ではなかった。
……確信したのだ。
心の準備をしてからではないと……白銀 武と鑑 純夏に───会い見えることなど出来ないと。
既に公園に来てから一時間が経過していた。
隅の方に設置された時計が示す時刻は、一時。
今日は小学校が土曜日故に、半ドンだった。
既に下校する少年少女を多数見かけている。
真央は思った。出来れば、今日は来ないで欲しいと。
そうすれば、現実など見ること無く、建前で行動できるから。
だが、その願いは世界に拒絶される。
「タケルちゃーん!きょうもこうえんなのー?」
「なにいってんだスミカ!ほかにねーだろ!」
ついに───悲しい運命を背負った少年少女と、出会う。
「───ッ」
瞬間、心臓が跳ね上がった。
一時間も早く来て、冷たい風に身を晒し、心を落ち着けていたのに。
真央の心はどうしようもなく、乱されていた。
「えー!?さーむーいーよー!はやく、おうちにいこうよー!」
「ばっか!うちに帰ったらしゅくだいさせられるだろーが!」
二人は公園に駆けこみ、そのままブランコの方へ向かおうと駆ける。
走り回っていた。躍動していた。
その生命力溢れた動きは、離れたベンチに座っている真央にも伝わってきたのだ。
「タケルちゃーん!なんでブランコなのー!?さむいよー、すべりだいの下にいこうよー!」
「すべりだいの下の何がおもしろいんだよ!?」
「かぜよけ」
「このなんじゃくものぉぉおおお!」
白銀 武も鑑 純夏も、純粋そのものだった。
怪しことなど、何一つ感じ取ることは出来ない。
普通だ、と思った。
普通の少年と、少女だ。
そう───普通に、懸命に生きている、ただの人間だった。
「──ぁ────ッ───」
涙が零れた。
普段は強い理性に押さえつけられている子供特有の豊か過ぎる感受性が……感情を、激しく揺り動かした。
そしてこの時になって、漸く真央は暁の言っていたことを理解した。
そうだ。二人は、生きている人間だ。
目の前で、足でしっかりと立ち、笑い、泣き、喜び、怒る事の出来る人間なのだ。
────決して、世界を救うための舞台装置等ではない────
軽んじていたのだ。そこに在る生命を。
確かに鼓動を刻む、その存在を。
死ぬ未来を知っているから、死んでも構わないなどという理屈は、有り得ないのだ。
例えそれが────吹けば飛ぶような儚い命だったとしても。
自分達は、見知らぬ他所の世界の未来で生きている訳ではなく。
今この瞬間、この世界に生きているのだから。
真央はベンチに座ったまま涙も拭わず、輝く二つの生命を見つめ続けていた。
「?」
鑑 純夏が、まるで吸い寄せられるように月詠 真央の方へと振り向く。
────視線が、交差する。
「────ッ!?」
狼狽える真央を尻目に、鑑 純夏が足早に距離を詰めてきた。
「ねぇねぇ!なんで泣いてるの?」
「ぁ……いえ、これは、目にゴミが入って……」
取り繕うように嘘を付き、急いで涙を拭う。
「うわぁ~……いたそうだねぇ……あ、わたしはスミカっていうの!お名前は?」
「……真央と、いいます」
「マオちゃんかぁ!ね、ね、一緒にあそぼ?」
「も、申し訳ありません。私はこれから私用で待ち合わせ場所にまで行かなければなりません」
「えー……そっかー、残念。それじゃ───マオちゃん!またね!」
「ッ────はい。何時か、また何処かで────」
鑑 純夏が真央に背を向け、風をも切り裂きかんと全力でブランコを漕いでいる白銀 武の元へと走り戻っていく。
刹那、真央の脳内に凄惨なビジョンが映り込む。
BETAに身体を引き裂かれる武。
BETAに心を引き裂かれる純夏。
堕ちる双子の黒い星。
そして、繋がる世界。
愛と勇気の御伽話……その起点。
目を瞑り、強く頭を振って、その一瞬の残像を払い落とす。
「……会い見えて、初めて解ることもある、か……」
呟きゆっくりと瞼を上げ、ベンチから立ち上がる。
そして、少年と少女に背を向け、立ち去る。
もうここには用はないと。
───その存在を理解した。そして権利を得た。
だから後はもう、答えを出すだけだ。本当の答えを。
月詠 真央は、斉御司 暁と落ち合う場所へ足を向ける。
相棒に、答えを聞かせるために。
「…………」
誰かが灯りを点けたのか、薄暗かった研究室が電灯に照らされていた。
寝袋にくるまった少年は、有り得ない来訪者に気付いていない。
「起きなさい、坊や」
コツコツと頭を蹴られ、少年は不完全に覚醒する。
「う"ぅ"……僕の眠りを妨げるのは……誰、だ───」
まだ眠たげに目を擦りつつ、頭を小突いてきた声の発生源を見上げる。
霞みがかった視界が、美女と美少女の境目のような、不思議な女性を捉えた。
「───何で、貴女が」
その姿を確認した瞬間、少年は完全に覚醒した。
慄き急いでカレンダーを確認する。
何度見返しても、1990年、12月16日だった。
───早い。この人が、ここに来るには早過ぎる。
「ん?……どこかで逢った?まぁ、あたしの事は置いときましょうか……そんなことよりもこれ、まさかとは思うけど坊やが書いたのかしら?」
そう言うと女性が点けっ放しで放置していたモニターを心底面白そうに見ていた。
少年の額に油汗が滲む。
後悔する────馬鹿者、何で寝る直前に電源を落とさなかった────と。
「……プッ、アーッハハハハハハ!坊や、貴方、その年で反米思想にでもかぶれてんの?ステイツが国を上げて税金を湯水のように注ぎ込んでる新型爆弾全否定じゃないこの内容!」
暫し画面を操作し、内容を吟味した女性が唐突に腹を抱えて爆笑しだす。
───でんじゃー、でんじゃー、でんじゃー。とんでもない人に、とんでもないモノを見られました────
……少年が心の中でそう思った時には、もう全てが遅かった。
無意味に終わるだろうとは思うが、少年が弁解を試みる。
「ア"ァ"ー……イエ、それ未完成で……てか、ちょっとしたジャパニーズジョークでデスネ……」
「プッ、ククク……しかも何、この、集中運用すると重力異常で海水の一極集中が起こる?規模はユーラシアが完全水没ぅ?その地点の地球の裏側が完全に干上がるですってぇ!?馬っ鹿じゃないの────いい感じにぶっ飛んだ発想してんじゃない。見込みがあるわアンタ」
全く、一切、これっぽちも話を聞いてくれていない。
少年は絶望した。
そこに追い打ちをかけるように、ギラリと、女性の目が光る。
まるで獲物を目の前にした豹か何かだった。
「あたしは香月 夕呼。今日からこの帝国大学量子物理学研究室に世話になりに来てやったわ───さぁ、名乗ったわよ、名前。アンタも教えなさい坊や」
「───ボク、霧山 霧斗(キリト)デス。コンゴトモヨロシク」
ここにまた、出会いが一つ。
転生者は誕生日に、聖母と出会う。
「───ッ!───ッ!」
道場に、木刀が空気を裂く音が響き渡る。
一心不乱に素振りを続けている少女───御剣 冥夜は気づかない。
背後から足音もなく静かに這い寄る"悪意"の塊に。
「────冥夜」
「ッッッッッ!?!!??」
反転、踏み込み、打ち下ろし。
咄嗟の反応だが、一息でその三工程を踏んだ一撃は、背後からの襲撃者を完璧に袈裟懸けに捉えたはずだった。
が、木刀は空を切る。
「お美事に御座いまする────。全く……七歳児の打ち込みの速度ではない。冷や汗を書いた」
頭を垂れる用に地面に這い蹲っている少年が、そう言葉を紡ぐ。
凄まじい速度で振り下ろされた袈裟懸けを回避するために、全力でしゃがんだのだ。
「───ぁ……暁様?」
「ああ、暁だ。冥夜、誕生日おめでとう」
「そなた、何故わざわざはいごからちかよってきたのだ……」
「いや、驚いてくれるかと思い」
身支度を整えた冥夜は、突然の来訪者を自室へと案内した。
今は出されたお茶を飲んでまったりとしている。
「────去年の今日いらいだ、こんなにもおどろいたのは……」
「ソレは良かった。木刀で殴りつけられる覚悟をしてまで忍び寄った甲斐がある」
そなたは去年も同じことをしただろう……と冥夜が溜め息を吐く。
まさか同じ手で来るとは思っておらず、完全に油断していた。
「そ、それで、暁様……姉上からの……」
「暁」
「……む」
「ア・キ・ラ」
「あ、アキラ……むぅ……なぜそこまで様付けを嫌うのだ。そなたは本来────」
「……摂家の嫡男が、私用でこんなところに居る理由が無い。ただの暁だ、俺は」
そう小声で言うと、暁は丁寧に、華麗に包装された花束と手紙を手渡す。
「オぉ、これが姉上からの……!……姉、上から……の……?」
一瞬、キラキラと目を輝かせて喜んでいた冥夜が、何故か一気に消沈する。
その視線は花に釘付けだ。
もう、滅茶苦茶ブルーである。
「……何か?去年のお揃いの人形は喜んでくれていたと思うのだが。何か気に入らないことでも……」
「───い、いや……姉上からのおくりものに不満などないのだ……わ、私が用意したものに……もんだいが……」
冥夜は机の上に置いてある、自分からの贈り物に視線をやった。
暁の視線もそれを追い、そして───とんでもなく面白いモノを見つけた。
「ブハッ!……く、め、面妖な、クッククク……」
耐えきれず、吹き出して抱腹絶倒する暁。
「そ、そなた!笑うでない!私もひっしに考えてこれに決めたのだ!えーい、わ、笑うなー!」
「ハ、ハハハ!あ、あんまり笑わせないで頂きたい!こんなの持っていったら俺が貴女の姉上に怒られてしまう!」
「だから困っていたのだッ!そ、そなたのほうから、何とか説明してくれ!」
「プッククク……さて、悠陽様が聞き届けてくれるかどうか……何せ、送ったはずものと"同じ一品"が返ってくるとは……俺が約束を反故にしたと思われるのがオチだと思うがなぁ……」
────悠陽様、どうやら花の名前も花言葉も教える必要なんで皆目無かったようです。
貴女の妹君も、貴女と同じことを考えてたようだから───
「あー、もう。貴女方は本当にマセている。花言葉はどこでお調べに?」
「なぁ───!?そ、そなた、男児のくせに知っておるのか……こ、ここここの花の言葉を」
「なに、素晴らしい教養の賜だ。高貴な位というのは面倒で必要無さそうな知識も取り入れないといけないから困る」
顔を真赤にして狼狽える冥夜と対照的に、サラッと流す暁。
朝に見た悠陽も顔が赤かったなーと思い出すと、またしても笑いが込み上げてくる。
───どれだけ似たもの姉妹なのかと。
「ま、ソイツは頂いていく。説明は任せろ、上手いこと丸め込んでおきましょう」
「頼む……そなたに感謝を」
「冥夜、贈り物が被ったことを恥じる必要なんてない。むしろ誇りに思うべきだ。貴女と悠陽様は、根っこの部分で繋がっていて……同じことを考えているのだ、と」
「───アキラ……」
「で、この花の名前と花言葉はなんだったか。ド忘れしてしまった。どうか貴女の口から聞かせて欲しい」
「───そ、そなたは~~~ッ!良い事言ったと思ったらそれだ!どうにかならぬのか、その性格は!」
「悪い、生前からこんな感じだ」
冥夜が俯き、ゴニョゴニョと口をまごつかせる。
「ぼ……し……あい……」
「ごめん聞こえない。何ですって?」
「ッ!花の名前は牡丹!花言葉は姉妹愛だ!」
バッと顔を上げた冥夜は蛸のように真っ赤な表情で、はっきりと告げた。
───これで満足か、とでも言いたそうに暁を睨みつける。
「ああ───満足だ。姉妹愛……その言葉が聞きたかった。素晴らしいな、姉妹愛は。姉妹愛はよい。貴女方の姉妹愛に報いるためにも、逸早く!この姉妹愛の意味を冠する花を送り届けねば」
「連呼するでない!?」
からかうように何度も姉妹愛と口ずさみながら立ち上がる暁を、冥夜が威嚇するように涙目で睨んでくる。
やり過ぎたか、と思う暁だったが、冥夜の表情を見て面白いし可愛いから別にいいか、と思い直す。
「さて、それではそろそろお暇させてもらおう……贈り物は牡丹と……机の上の手紙で宜しいか?」
「……そうだ。それだけだ。早く去るがよい」
暁が再確認すると、頬を膨らませて不機嫌そうに外方を向く冥夜。
やだ、何この可愛い生き物。
「……済まない、からかい過ぎた。まぁ、犬に噛まれたと思って耐えてくれ。俺も友達は少ないのでな……貴女に合うと羽目を外したくなるのだ」
「───そなたの立場はわかっているつもりだ。今、私が姉上とつながっているのも、そなたのおかげであるということも」
「そう言ってくれると助かる。それでは、また。今度、紅蓮に連れられて一緒に剣でも振りに来る」
告げて、退出しようとする暁。
冥夜は背を向けた暁に声を掛け、引き止める。
「……待つがよい」
「ん……?」
「言いそびれていた。誕生日おめでとう。また来年も、その……頼む」
「───ああ、承った。それでは」
笑みを浮かべながら今度こそ、暁は部屋から出て行った。
姉から届けられた手紙と花束を見つめながら、冥夜は暁のことを考える
忌児として引き離された自分と、煌武院の当主となる悠陽の関係を繋ぐ少年。
自らも斉御司の嫡男でありながら、暇を見ては自分に会いに来てくれる、型破りな少年。
「……まったく、アキラのような人を、は、破天荒……?というのであろうか……」
あの性格とだけは相容れないと思いながらも、悪い気はしていないようだ。
「私も、友と呼べるものは少ない……友とよんでくれる、そなたに感謝を」
似たもの姉妹なのか……姉と同じく、本人の居ないところで感謝の句を詠む冥夜だった。
「待たせました少佐……只今戻りました」
「お帰りなさいませ───む。無礼を承知でお尋ねします、暁様。先方は、プレゼントをお受取り下さらなかったのですか?」
屋敷に入っていく時と全く同じモノを持って出てきた暁に、不思議に思い尋ねる。
本来、そういう事に口を出すのは有り得ないのだが、道中のあれこれで暁の気心がある程度知れた鷹嘴は、緊張もなく自然に聞いた。
「ん?あー……いえ違います。クッククク、何ということはありません。お返しに、と同じものが返って来ただけです」
「……何ともそれは、珍しい偶然ですね」
「偶然だとは思いません……相思相愛故の必然かと」
「は───?」
「いや、こちらの話です……少佐、問題ないようでしたら、そろそろ柊町に向かっていただきたいのですが。いい頃合いでしょう、彼女を回収します。寒空の下置いてけぼりにする訳にもいかないので」
「ハッ!問題有りません───それでは参りましょうか」
「頼みます」
暁は鷹嘴に背を向け、二部屋目のドアを開けると一人きりの静謐な空間に潜り込む。
そしてソファーに身体を沈めると、目を細め、掲げた牡丹の花を眺めた。
「……悠陽様はどんな反応を返してくれるのか、今から楽しみだ」
同じものが帰ってくるって発想は流石にないだろう、と笑を浮かべた。
「───さて、真央は答えを見出せたか」
和やかな表情が一転し、暁はあの二人と出会ったであろう真央を思う。
「逆行だの、憑依だの、その方面は気にしてない……と言えば嘘になるが……まず、無いだろう」
一応の確認でしかない、と付け加える。
そう───此度の偵察は、二人の異常性を探って欲しかった訳ではない。
知って欲しかったのだ。
二人が普通である、ということを。
「どうする……?生きてるだろ、どうしようもなく……その二人は───まだ、生きてるんだ」
去年、自分も偶然に出会ってしまった、"おとぎばなし"の起点を創る者。
「……これで、確りと解っただろう。既に"俺達が知っているオルタネイティヴ4"を完遂するということが……どういうことか」
瞳を閉じ、あの時あの公園で視界に入ってしまった眩しく輝く命を、思い返す。
「───その上で、どうか再び答えを聞かせて欲しい」
未来を想う。
自分達が目指す未来を。
「選んでくれ」
それを手に入れるために、何を切り捨てるのかと。
暁は相棒に、問う。