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No.12496の一覧
[0] Muv-Luv Initiative (オリ主転生→BETA大戦世界) [still breathing][Caliz](2020/03/25 01:32)
[1] 第一部 第零話 ─二度目の人生─[Caliz](2012/06/01 19:10)
[2] 第一話 ─平和な日常─[Caliz](2011/11/26 18:02)
[3] 第二話 ─未知との遭遇─[Caliz](2011/07/21 07:12)
[4] 第三話 ─熟考する転生者─[Caliz](2011/07/23 04:07)
[5] 第四話 ─動き始める世界─[Caliz](2011/11/27 07:49)
[6] 第五話 ─それぞれの誕生日─ 前編[Caliz](2011/11/26 16:09)
[7] 第六話 ─それぞれの誕生日─ 中編[Caliz](2011/11/26 16:48)
[8] 第七話 ─それぞれの誕生日─ 後編[Caliz](2011/11/26 17:09)
[9] 第八話 ─Encounter─ 前編[Caliz](2011/11/26 17:11)
[10] 第九話 ─Encounter─ 中編[Caliz](2011/11/26 17:32)
[11] 第十話 ─Encounter─ 後編[Caliz](2012/07/09 09:14)
[12] 第二部 第零話 ─海の向こう─[Caliz](2012/07/09 10:14)
[13] 第一話 ─集いの兆し─[Caliz](2012/06/17 10:07)
[14] 第二話 ─TAO─ √I_R_G[caliz](2020/03/22 06:22)
[15] 第三話 ─大陸からのエトランゼ─[Caliz](2020/03/22 06:22)
[16] 第四話 ─因果連鎖─[Caliz](2020/03/22 06:20)
[17] 第五話 ─6/7─ 前編[Caliz](2020/03/22 05:57)
[18] 第六話 ─6/7─ 中編[Caliz](2020/03/22 11:24)
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[12496] 第六話 ─6/7─ 中編
Name: Caliz◆9df7376e ID:79cf360d 前を表示する
Date: 2020/03/22 11:24
 一ヶ月間、ほぼ毎日。
 それだけ通い詰めていれば、当初はおっかなビックリだった施設も我が物顔で歩き回れるようにもなる。
 俺は六人分の飲み物を載せたトレイを持ちながら、確かな足取りで通路を進んでいく。
 ふとガラスのコップに視線をやると水滴が目立っていた。結露だ。
 スタッフの詰所となっているこの辺りの棟は電気が通っている。
 節電の関係で空調設備こそ必要最低限の使用に抑えられているが、冷蔵庫を始めとした家電は正常に稼働しており、おかげで冷えた飲み物だって簡単に調達出来る。
 ……難民と身近にあるからこそ、決定的に線引きされた格差を強く実感してしまう。

「エイジ君。本当に運ぶの手伝わなくてよかったのです?トレイはまだありましたのに」

 隣を歩く異国の転生者から声が掛かった。
 メアリー・スーが美しい琥珀色の右目で、此方を覗き込んでくる。
 光沢すら放つブロンドの長髪が、その動作で流れるように靡く。
 思わず溜め息が漏れた。本当に、絵になるヤツ……いや、絵から飛び出してきたようなヤツと言うべきか。
 眼帯に覆われた左目が、その非現実的な存在感を強調してくれていた。

「ありがとう、気持ちだけ戴いておく。今日のところは、大人しくもてなされてくれ」

「丁重すぎやしませんか?なんともこそばゆいのですが……もっとこう、ぞんざいに扱ってくれてもいいのですよ」

「そういう訳にはいかないだろ。俺から見れば上司のお子さんで、それ差し引いても普通に客だ」

 さっき飲み物を注いでる時に「ファーストクラスだったから機内でゆったり出来た」と言っていたが、それでも自分が思うよりは疲れてしまっているものだ。
 加えて此処の責任者の一人であるアシュリー・スーさんの息女で、オマケに強行したとはいえ正式な視察者待遇ときてる。
 例え本人から無碍に扱えと言われても、はい解りましたと頷けるものではない。

 あぁ……そもそも、俺達が二人だけっていうのもおかしな状況だ。

 俺は皆を今回のキャンプ視察で使用予定のなかった方の会議室へ通した後、お茶汲みに退出した。
 すると何故か頼んでもないのに「お花を摘んできます」と謎の嘘までついて、わざわざ着いて来てくれた。
 初対面の時もそうだったが、面白い語尾だなと思ったのは内緒だ。
 兎も角、二人きりになる機会がこうも早く巡ってくるとは思っていなかったので、正直に言うと戸惑った。今も戸惑ってる。
 あちら側からの急な接近に、初めは俺に対して探りを入れたいのだろうか?とも疑った……のだが。
 特に取っ掛かりになるような言動は未だにない。だから余計に、この不可解な状況に拍車をかけているんだ。
 キリトから聞いたキャラが濃すぎるという事前情報のせいで、拍子抜けたカタチだ。
 現状での俺の素直な感想は、"普通の転生者"だ……普通?普通ってなんだろう。
 普通の概念がゲシュタルト崩壊しそうだが、まぁ普通という事にしておこう。
 落ち着いた立ち振る舞い、語彙の豊富さ、筋道立った思考回路。
 半日と経っていないが、人生経験を積んでいると解る言動は"転生者"特有のものではあるだろうが、普通だ。
 現状、容姿や名前こそ主張が激しいが、内面の突飛さは感じ取れない。

「そういえば、アシュリーさん。日が暮れるまでは手が離せないってさ」

 会話が途切れないように共通の話題を出す。ネタは互いが知る人物。
 視察の進行役に適任であると任命されたようで、こればっかりは仕方がない。
 メアリーは表向き母親に会いにくるという名目で来ているらしく、当てが外れたことになる。

「お仕事の邪魔をしに来た訳じゃないですし、別に構いません。黙って押しかけたも同然なので……また後ほど会いに行くのですよ」

「あー、今日はアシュリーさんの部屋に泊まるんだっけ?なら、幾らでも時間はあるか」

「はい、そういうことです────っと、着いたようですね」

 足が止まる。会議室は目前だ。
 会話が長く続くであろうはずもない。
 茶を用意する場所と、それを届ける場所。その二つが長々と会話を続けられるほど離れている方が構造上おかしいからだ。
 ……本当に、中身のない雑談をするだけで時が過ぎ去ってしまった。
 この機会にもっとメアリーのひととなりを把握しておきたかったが仕方ない。また後の機会にお預けか。
 そんな事を考えていると彼女は両手が塞がっている俺を察してくれたのか、扉へと近付きドアノブに手を伸ばしかけて────。



「それにしても、見事に皆さん注文が割れましたねぇ。ま、その内の一人である私が言うのもなんですが」



 ────思い直したように手を下ろし、振り返って話かけてきた。
 彼女の視線は俺の持つトレイに載った容器に注がれている。
 確かに、容器を満たす飲料はバリエーション豊かだ。
 緑茶、麦茶、紅茶、烏龍茶、珈琲、ミネラルウォーター、と各々が好き好きに頼んだ結果、見事にバラバラである。
 種類は一通り取り揃ってるなんて、事前に言わなきゃよかった。

「そうだな……少しは俺に気を使って統一感出して欲しかったな、とは思うが……で?」

 聞き返しながら、扉から距離を取る。
 俺は空気を読んで声のボリュームを抑えつつ、話の続きを催促する。

「これは悪意のあるこじつけなのですが、今の見事にバラバラな我々の関係を、如実に表しているとは思いませんか?」

 ……出したな、尻尾を。
 此処で、ついに。

「そう思ってる訳だ。メアリーは」

 個人の趣味趣向が異なるって事と、仰ぐ国旗・人種そして軍事力や政治が交錯する戦争を同列視するのはどうかと思う。
 本人も自覚があるのだろう。だから悪意のある、と前置きした。
 しかし実際に今、それぞれの思惑はズレている。
 メアリーがつい揶揄してしまうのも理解できる。

 ……ん。
 どうした。何で目を真ん丸にして此方を見てるんだ。
 まだ変な事は何も言ってないんだが。

「ファーストネームで呼んでくれるのですか。呼び捨てするほど親近感を覚えない……みたいな理由で、他人行儀にさん付けされる覚悟でいたのですが」

 マイペースが過ぎる……そもそも親近感を覚えないからさん付けするって何だ?どんな理由だ。
 まぁ、不快に思われた訳じゃなさそうなのは良かった。
 呼ぶのは許可を取ってからにすべきだった……素直に釈明しよう。

「悪い。咄嗟に出た。"ちゃん"だの"さん"だの付けるのもどうかと思うし、かといって……スーってのはしっくりこなくて」

「いえいえどうぞご自由に。私も勝手にエイジ君と呼ばせていただいてますし。気安くいきましょう?どうせ、末永い付き合いになるのですから、ねぇ?」

 お許しが出た。では、改めて気安くいこう。
 末永い付き合いにしたいのは此方もだ。

 勿論、"俺以外"とも。

「そうなってくれると嬉しいな。特に、メアリーにはやんごとなき方々との関係性を重視してもらいたいと思う」

 俺が緑茶と麦茶へと視線を配ると、メアリーも倣うように一瞥する。
 それで俺が暗に誰を示しているのか理解したようだ。
 示した二つを注文したのは、武家の二人……手を取り合い、足並みを揃えて貰いたいところなのだ。

「そうしたいのは山々なのですが、諸々の障害がありますので。手段と目的が入れ替わってはいけません」

 ご尤もだ。
 仲良くなるのはあくまで手段。
 方針で折り合いが付かないようなら、馴れ合う意味もない。
 だが、本音は零してくれた。

 目的が一致するようなら、手を取り合いたい、と。

 少なくともメアリーはそう考えてくれている。
 キリトと行動を共にしながら、こういう発想をしているという事はまだあるって事だ。
 歩み寄れる余地ってヤツが。ならば後は、"共通の目的"を双方の落としどころに持って来さえすれば……。
 まぁ、それこそが難題なのだが。

「目的と言えば……コンパウンドへの移動中、シュエルゥが殿下達に提言したらしいな」

 この部屋の中では今、キリト達が懇切丁寧にシュエルーの奴に諸々含めて講義中のはずだ。
 しかし……俺も、まさか"そんな事"言い出すなんて、思いもしなかった。

「ええ、どうやら……現存するG弾をオリジナルハイヴ"だけ"にしこたま叩き込めばいい、と仰られたようなのですよ」

【BETAの指揮系統はオリジナルハイヴを頂点とした箒型構造である】

【G弾は威力こそあれど、ユーラシア大陸全土への飽和投下時に深刻な重力異常が発生し、未曾有の災害"大崩海"が起きる】

【佐渡島を消滅させるに至ったXG-70b搭載のML機関臨界突破時、G弾20発相当の破壊力を発揮し、重力異常は局地的な水位上昇が確認されるに留まる】

 頭の中からBETAとG元素の関連情報を引っ張り出し、簡潔に三つへと纏める。
 シュエルゥが言った「大崩海が起きない程度の威力に収めたG弾の運用によって、敵指揮系統を早急に破壊する」という戦術。
 この発想は、決して突飛なものではないのだ。
 勿論、長らくBETA占領下となり不毛の大地となったカシュガルとはいえ、対象の効果範囲に現状解決策のない半永久的な重力異常が発生する等の問題はある。
 しかし一方で、その問題にさえ目を瞑ってしまえば効率がいいであろう事は間違いない。
 メリット・デメリットの極端さが目立つ、未来の……正史の知識を最大限活用した、裏技めいた最短ルート。

「そうそれ。いい線いってるとは思うんだ……実行に移せるなら、な」



 だが、それは────。



「解った上で言ってるのでしょうね。それが叶うなら、私は此処に居ないということを」



 ───不可能だ。
 今、メアリーがキリトと組んで此処にいるって事は、そういう事だ。
 どう足掻いても、実行に移すという事は……有り得ない。

 G弾をオリジナルハイヴ"だけ"に落とすってのはそれだけ無理筋なのだ。

「メアリーは米国出身だ……その可能性は、真っ先に確認したものの"案の定"無理だった……だよな?」

「ええ。第四計画の成就が楽に思える程には無理なんだということが"案の定"発覚しました。ですので、第四計画に合流するためHI-MAERF計画へと擦り寄った、という次第なのですよ────申し訳ありません。幼い身ながらも尽力してみたのですが……」

 転生者の助力を得たアメリカ合衆国が単独で全てを円満に解決へと導く……そんな都合のいい展開は、泡沫の夢か。
 だが、落胆はない。元々、あまり期待していなかったからだ。
 アメリカの転生者がキリトと組んだという時点で、G弾の限定使用によるオリジナルハイヴ攻略の可能性はほぼ潰えていた。
 それが今の言葉で決定的になっただけ。

「謝られるのもおかしな話だ。G元素ってのはそれだけ人の手に余る逸品だってだけだろ?メアリーは何も悪くないさ……って、こんな事を俺に言われても、慰みにはならないと思うけど」

「いえいえ、ありがとうございます。そう言っていただけると心が楽になるのですよ」

 誰にも彼女を責める権利なんてない。
 現状、人類の想定しているBETAの指揮系統と実際の指揮系統の乖離がある。
 そのせいで最短距離の道は途絶えてしまっている。
 例え俺達が知識として持つ正史の流れを活用しようとも、どうにも出来ない難問だ。
 シュエルーの提案は、残念ながら実行不可能であり、別の案を用意しなければならない。
 ならないのだが……。

「むしろ、謝るのはこっちだよな。有言実行して結果出した実績がある有力な陣営が、顔を突き合わせる絶好の機会だっていうのに。仲違いしたまま終わっちまいそうで……微力ながら仲介の真似事なんか出来ればって考えてはいたんだが……ごめん」

 ポーズではなく、素直な心からの言葉だった。
 帝国の武家である二人は、オルタネイティヴⅣの条件が"整ってしまう"まで国土と臣民を蹂躙される事を、絶対に許容せず。
 第四計画支持者の二人は、オルタネイティヴⅣの条件を"整わせなきゃ"ならなくて、コラテラル・ダメージは全て許容する。
 正史の……知識の有無ではなく、知識の解釈違いでもない。
 両陣営を断絶させているのはただ只管に、"立場"の違いによる見解の相違だけだ。

 落とし所なんてものは────。



「"貴方"は、それで宜しいのですか?」



 ────"俺"?



「……宜しいわけがない。だが、どちらにも譲歩なんて出来っこないだろ。気持ち、理由、事情……立場ってのは色んな物を埋め立てて出来ていて……俺には、それを切り崩せない」

 俺が自身の意思を表明するのは、そりゃ簡単だ。
 だがそれは、逃げる、戦う……そういった個人単位の決断であって、帝国や国連という巨大な群体に突き付けていいものではない。

「ふむ……"どちら"にも……成程です。武家の御二方を"帝国"。キリト君と私を"国連"だと断定する場合、譲歩は困難である……一理あります。ですので」

 メアリーは言葉を区切り、軽やかな足取りで、俺との距離を詰めてくる。
 眼帯を外し、口角が持ち上がった。

「"発破"を掛けてあげましょう。確かに"ALⅣに賛同する私"は、その完遂を求めています。ですが────」

 隣に立ち、トレイを持ったままの俺の頬に両手を添えて振り向かせる。
 そして、両目を見開き、俺を美しい金銀のオッドアイで見据え────。




「────"米国市民としての私"は、その過程で起きてしまう日米安全保障条約の破棄を、回避すべきと考えているのですよ」





 笑みを浮かべながら、メアリー・スーがそう告げた。





「────な────」





 な、るほど。そう、来るか。お前。

 "アメリカ人としての顔"を、此処で、見せるのか。

 その一手が、分水嶺になったと認識しているんだな。
 米国は"おとぎばなし"に於いて、非常に解りやすい"悪役"へと転がり落ちる。
 勿論、絶対悪ではない。それはBETAが担当している。
 だが物語を成立させるための必要悪としての役割を宛がわれた節がある。
 "世界最強の国"故の立ち回りを演じざるを得なくなったという訳だ。
 どうやらメアリーは、ソレを是正したいと考えている。

 祖国には、解りやすい正義でいてほしい……といったところだろうか。

「どうして……武家の二人に直接言わずに、まず俺に?」

「言葉というのは"誰が言うのか"が肝心なのですよ。貴方が思う以上に、ね。"手を取り合い、運命に抗い、共にBETAを撃退する未来を築きあげましょう"────えぇ、なんとも耳触りの良い綺麗事です。しかしほんの少し視点をずらせばあら不思議。アメリカ国籍の人間が、日米安保という名の"首輪"は外されるべきではないと言っているに過ぎない……という如何にも政治的な意図が浮かび上がってきます。明確に国家へ属する者同士の交渉になってしまえば、そんなものです」

 言いたいことは解る。
 正史にて起きる日米同盟の破棄ってのは、視点を変えてしまえば日本の独立に他ならない。
 
 米国側に立った時"独立なんぞさせはしない"という意見もあるという事に、一定の理解はある。

 正史の知識でALⅤを見限っているのならば猶更だ。
 人類の未来を切り開くALⅣ。
 それを担う日本との安保は維持するべきというのは、米国にとって極めて真っ当な国益の保守となるだろう。

「"誰が言うか"、か……けれども、俺からその問題に切り込んだとして、そういう汚濁に塗れた側面が消える事はないはずだろ。本質は変わらない」

「Negative.話はもっと単純なのです。私は第四計画の方針を良しとしながらも、義に基づいた人道を模索する君に感銘を受けた"ただの善良な地球人"として振舞えればいい……といったところでしょうか?」

 小賢しいってのはこういうのを言うのか。
 あくまで綺麗事を貫き通した先に、結果論として日米同盟が担保されるというシナリオがお好みらしい。
 それほどまでに矢面に立ちたくないものか。

「つまり……正史の知識を以てしても尚、ALⅣの将来の展望で擦れ違いを起こしてる国連と帝国。彼らに対し、米国の観点を捻じ込む事によって止むに止まれぬ落とし所を発生させ、そこへと軟着陸させたい。でも仕掛け人がアメリカ国籍の自分だと門前払いくらいそうだから、お前がヤレ……と?」

「解釈はご自由に。ただ一つだけ言わせてもらえるのなら……私としましても"無理強い"は心苦しいですし、国土が蹂躙され、大勢の人が死に、アメリカが悪役に転がり落ちていくのを泣く泣く眺める展開になったとしても、貴方を恨んだりはしませんので────どうぞご安心を」

 ────はは、そう来るか。
 こうも軽々しく退路をバッサリ絶たれると、笑いが込み上げてくる。

「……ところで、メアリーさ。責務とか責任って言葉好きか?」

「反吐が出るほど嫌いなのですよ♥」

 だろうな。

 ああ────だからこそ。



「なら、俺が口火を切ったら……合わせてくれるよな?」



 もう、いい加減に────覚悟を決めよう。



「おやおや?話が早いのは助かりますがその場合、"落とし所"をどこにすべきか?という辛く厳しい現実を、他ならぬ"未来の被害者"である君自身の口から吐き出して頂くことになるのですが……後戻り出来なくなりますよ?本当に、宜しいのです?」

 焚きつけたいのか、思い留まらせたいのか……どちらかにして欲しいもんだ。
 日米安保破棄は国益を損なうと宣うくせに、"でもお前が主導しないのなら自分は仕方ないけど諦めるわ"、と来た。
 "自分はどう転んでもいいからお前次第だぞ"というスタンスの人間は……本当に、なんとも遣り辛い。
 優しくも厳しい、というヤツなのだろうか?違うか。もっと悍ましい何かだ。

 ────遠回しとは言え、"落とし所の在処"を突き付けておいて、随分と好き勝手に振舞ってくれる。

 殿下達……帝国は、国土と臣民を出来得る限り守り抜かねばならない。
 キリト……国連は、ALⅣを完遂する為に出来うる限り条件を整えなければならない。
 メアリー……この先の展開を知る米国市民は、アメリカ合衆国の国益を損なう日米安全保障条約の破棄の回避を狙いつつ、ALⅣを成就させたい。

 そして。



 全員を納得させうる可能性がある"落とし所"は────"俺が口にすれば、俺が退けなくなる場所"である。



「……"落とし所"の答え合わせをする必要性は?」

「今更ですか?不要だと断じます。既に私と君は、深い場所で解りあえているはずなのです」

 長い睫毛を震わせて、恍惚とした声でメアリーはそう言った。

「そうかよ。ただ、俺から切り出したからって、確実に受け入れられるなんて保障はないぞ」

「逆に聞きたいのですが、君以外の誰に説得力を出せるのです?」

 アメリカ人である己より、あるいは"当事者"である君ならば────という事だ。
 当然、今までの発言は全てを踏まえてのものだった。
 だからこその、"俺への発破"なのだろう。

 ああ、有り難く────乗せられてみせよう。

「託された。だから、そろそろ離れてくれ。この距離は、照れる」

 顔を動かせば唇が触れ合う距離だ。
 中身は置いといて、ジュニアアイドルで通用するレベルの美少女と、この距離で見つめ合うのは辛い。
 小声で話す必要があったとは言え、距離感を詰め過ぎだ。
 パーソナルスペースとかあんまり気にならないタイプなのだろうか。

「これは失礼。ポーカーフェイスを貫いておられましたので耐性があるのかと」

 そう言って俺の頬に添えた手を名残惜しそうに……名残惜しそうに?放して、メアリーは距離を取る。

「真面目な話をしている最中は気にならないもんだ。話が一段落したら、一気に恥ずかしさが押し寄せてきた」

「馴れ馴れしく迫ってしまったのは、本当に申し訳ないのです。実はちょっと、興奮気味でして。母から君の事を聞いた時から、私は他の誰よりも……君とこそ手を取り合いたいと願って、来日しました。今回は、貴方との逢瀬こそがメインイベントなのです」

 メアリーが眼帯を着け直しながら、とても信じられない事を言い放つ。
 優先順位が、武家の二人より上……だって?いや、それは有り得ないだろう。
 お世辞を言ってくれているのか?

「あんまり、ただの一般人を買い被るもんじゃないぞ?」

 事実として、家柄も普通だし、役立つ手に職がある訳でもない。

「────まぁ、貴方がそう言うのならば、これ以上は踏み込まないのですよ」

 おいおい。
 本当に、随分とまた"買って"くれてるんだな。

「俺達は……初対面だよな?マジで身に覚えがないんだが、俺は何かお前に好印象を与えるようなことをしたか?」
 
「うん?しがみ付いているじゃないですか。"一般人なのに"、まだ、此処に」

「────────ッ」

「逃げればいいでしょう。無視すればいいでしょう。言い訳や逃げ道なら幾らでもある。知っているでしょう?回避のしかたも、既に動いてる人間がいる事も。だから、"貴方は安泰"なはずだったのですよ。なのに何故、他人事だと放っておけばいい難民に関わるばかりか、未だにこんな最前線に立っていて……今から誰も彼もが直視したくないはずの"落とし所"を、皆に突き付けようとしているのです?」

「いや、それは」

「どうか覚えておいてください────世界はそれを"勇気"と呼ぶのですよ」

「────"ゆうき"」

「はい。今から世界に示していくモノです。これから、頑張っていきましょうね」

「……ああ。まずは、部屋の中にいる四人に、だな。折を見て切り出す……フォロー、頼む」

「ええ、承りましたとも。では────」

 今度こそ。

 メアリー・スーが会議室のドアを開けた。
 
 俺の戦いは……この時、ようやく、始まったのだと思う。



















 1991.Summer

  August.31

   熊本難民キャンプ
    コンパウンド
     会議室





















 六人の子供が不相応に真面目な表情で、沈黙を貫いていた。
 長机を囲むように着席し、目の前にはそれぞれがオーダーした飲料が置かれている。
 ホワイトボードには……軍の関係者が見たら卒倒しそうな機密情報や"まだ世に出てすらいない情報"が、びっしりと書き込まれていた。

「どういう……事ですか」

 静寂に満ちた室内に、震える声が響き渡った。
 子供が遊びで使うには、些か上等すぎるこの空間。
 今、此処で起きているのは、会議室と名付けられたこの部屋に相応しい……おママゴトではない話し合い。

「G弾の運用に際し、取り返しがつかない大崩海という名の人災……これには打開策として使用範囲をオリジナルハイヴに限定し、ユーラシア全土への飽和投下を避けるという一先ずの解決方法があります。本来のバビロン、或いはトライデント作戦の概要と違いBETAの殲滅には至りませんが、前述した大崩海を避けつつ重頭脳級を撃破できます。これで戦術的成長を途絶えさせ、人類への対応を塞き止める……それがボクらに出来うる最善だと思うんです。なのに────どうして反対するんですか!」

 思わず椅子から立ち上がり、机に手をついて熱弁する林 雪路(リン=シュエルゥ)の主張には、確かに間違いはない。
 だが同時に、余りにも過程を省き過ぎた"答えありき"なのだ。

 それに気付けないまま彼女は此処に至り、今、正に露呈した。

「…………」

「────」

 斉御司 暁(さいおんじ あきら)。
 霧山 霧斗(きりやま きりと)。
 両者は椅子に腰掛けたまま一瞬視線を交わし……沈黙を貫いた。
 どちらも反対意見を覆す気はない……そういう意思表示だ。
 この展開は、シュエルゥにとって想定外なのだろう。キリトが反対する事については、理解というか納得ができているようだが。
 事前に各々の立ち位置について知り得る限りの情報は、主観混じりながらもシュエルゥには伝えてある。
 基本、正史通りに流れを運ぶ事こそが最善である……そう考えるのが霧山 霧斗だ。
 ならばG弾の欠点・利点云々以前の段階で、彼がALⅤを決戦兵器と認めるのは論外だと切って捨てるのは当然だった。
 彼がG弾を積極的に使用する事はまずないだろう。
 だから、今彼女が覚えている焦燥感はもう一方の者によって齎されたものだ。

 ────何故、本土防衛に主眼を置く斉御司 暁までもが反対するのか?

 恐らくそういう疑問が今、シュエルゥの頭の中で渦巻いているだろう。

 F-16J彩雲という本来存在しないはずの戦術機。
 明らかな異物を歴史に捩じ込んでまで戦力を増強し、本土防衛に入れ込む人間が、何故?
 それほどまでに決意が硬いのならば、大崩海によって日本が海没する可能性を排除しつつBETAへ有効打を与えられるこの策は受け入れられるはずでは?
 ……そう、考えるのはおかしくない。
 例えそれが、外国の領土が重力汚染されるという結果になろうともだ。

「林さん。心中お察しします。何故、本土防衛を望む殿下が否定的なのか、と……そう糾弾するのも致し方ないでしょう。しかしその前に一つお聞かせ願えませんか」

「ぁっ……はい。何でしょうか」

 滲み出ていた焦りを鎮めるように、月詠さん───月詠 真央が、会話に割って入る。
 月詠さんの丁寧な言葉使いは、シュエルゥが落ち着きを取り戻すのに十分だったようで、部屋全体の雰囲気も幾分か和らいだ。
 そしてシュエルゥは"聞きたい事"というモノが何なのかを予め考えながら次の言葉を待ち────。



「何故、オリジナルハイヴを叩けば指揮系統が崩れ、対応を途絶えさせられるとお考えに?」



 今度こそ、完全に思考が停止した。



「────え……っと」



 考えるも何もないだろうな、と思う。今のシュエルゥにとってそれは"常識"であるはずだ。
 ましてやその常識を、転生者である俺達は共有しているものだと思い込んでいる。

「……試されているのでしょうか」

「いえ、"知識"については欠片ほども疑っておりません。ただ、"認識"の齟齬があるのなら早めに埋めておくべきですので……良い機会かと思いまして」

「……?」

 言葉を返す月詠さんに、煽るような雰囲気はない。
 丁寧な仕種や物言いには皮肉っぽさがなく、誠実さだけがあった。
 それを訝しみながらも、彼女は言葉を選ぶように言い紡ぐ。

「何故か、って……決まってます。BETAの指揮系統がオリジナルハイヴを頂点とした箒型構造だからです。皆さんもご存知のはずでしょう?」

「ぁ────いや、シュエルゥ。それな」



「ピラミッド型だぞ────むっ」
「ピラミッド型だよ…………ぐっ」



 発言しようとした俺の声をかき消すように割り込む声。殿下とキリトに先を越されてしまった。
 見事に一致したタイミングと内容が癪に障ったのか、何やら剣呑な雰囲気を纏った両者が露骨に不機嫌になって睨み合いを始める始末。
 ほんと、前から思ってたがこの二人の相性の悪さは筋金入りみたいだな……。
 ここまで黙して座していたメアリーが月詠さんと目を合わせ、二人共に呆れたように肩を竦めて苦笑いを浮かべていた。
 見た目は少女そのものなのに、仕草の一つ一つが絵になるな、こっちの二人は。

「────と、まぁ……すまん。そういうことだ」

 そして俺もまた、二人の発言を肯定した。

「ぇ、エイジさんまで……っ……ちょ、ちょっと……待ってください……ボク、もしかして……とんでもなく見当違いな事を言ってたりしますか……!?」

 必定だと思われた答えに否定を返されたのだ。この世界で確実に通用する……そう思っていた知識を、真っ向から、複数の人間に。
 動揺は既に抑えられない領域に至っており、それが傍目にも容易に察することができる程度には、挙動不審だ。
 だが、見当違いというのは少し意が異なる。

「いいや、間違ってない。俺達は"同じソレ"を共有できているはずだ。細かい擦り合わせは今後必要になってくるだろうが……」

 そうだ、知っている。
 BETAの指揮系統は箒型構造だという事も、G弾の危険性も。
 俺も、殿下も月詠さんも、キリトもメアリーも、俺はまだ出会っていないけれど、他にもいる転生者達も知っているはずだ。
 だからシュエルゥが提示したG弾の影響を極力抑えつつ指揮系統の頂点であるオリジナルハイヴを潰すという案そのものは正しいと、"俺達"は言い切れる。



 ああ────"俺達だけ"なのが問題なんだ。



「じゃ、じゃあ、どうして皆さんは……」

「ご安心を……貴女は間違っておりません。私共には貴女が何を知っていて、何を言いたいのかも及ばずながらも理解できております」

「だったら────」

「その上で、聞かせて欲しいのです。"私共以外"に、それをどう証明するのかを」

「────……証、明」

 "私共以外"。
 即ち、転生者などという極々稀な異例を除く、普通にこの世に生まれ生きる人々。
 通じるか?……否だ。通じるはずがない。
 そもそも共有出来ていないのだから。

「貴女が説いたG弾戦略にはご自身が"持ち越してきた答え"によって、余りにも致命的な齟齬が生じてしまっているのです」

「齟齬、ですか」

「そうだ、林 雪路。其方の提案では限定的とは言えG弾という戦略級の兵器を用いる事になる訳だ────当然、正規の手順は踏まねばならんのだが……これは至難だぞ」

「正史において、米軍は好き好んで明星作戦までG弾を出し惜しみした訳じゃない。"出せなかった"んだよ。今から二年前、第三計画の成果が挙がらない事に失望した米国は、国連安保理にしっかりG弾案を提言してるんだ。ま、翌年にはALⅢをもう少し見守るべきだ、と否決されたけどね。更に翌年の1991年現在……今年だ。正史と変わらずユーラシア大陸の各国政府や国連議会が断固として反対する姿勢で、G弾に対して強い反感を抱いているのは確認済みだ。そもそも国連内部に於いて、第三計画の"諜報路線"は一定以上に評価されていて主流なんだよ。香月博士の00ユニット案が第四計画に採用されたのは、そういう流れがしっかりと生きていたからなんだ。断言する……まずG弾案はそこを絶対に突破できない」

「……それはG弾運用の方向性が、懸念される重力異常を二の次に置いた"飽和投下"だったからじゃないんですか?概要を改め"オリジナルハイヴに限定する運用"を前面に押し出せば交渉の余地はあるでのはないでしょうか?メアリーさんは、G元素研究において著名な方々とも親交があるとお聞きしました。出来なくはないと思うんです!」

 大雑把だが、悪くない。
 メアリー・スーを起点にして米国内部からG弾の運用方針を是正する。
 決して無理筋ではないだろう。主張したいことも解る。

 だが────。

「けれどもだ、シュエルゥ。仮に、仮にだぞ?万が一、俺達皆が一念発起して手を取り合い、G弾のオリジナルハイヴ集中投下による決戦を訴えるとする。その為に再度の交渉の場をあの手この手で整えたとしてだ……ウィリアム・グレイ博士達や、香月博士、そしてユーラシア各国政府や国連……どう説得するつもりなんだ?オリジナルハイヴが総司令官だという証拠は?俺達と違って、"ご存知かと思われますが"、ってのは通じない。だから、改めて証拠を突き付ける事は絶対に必要なんだ」



「……証拠なら、揃うじゃないですか!今すぐには無理ですけど、第四計画が進めば……進め、ば…………ッ────ぁ」



 言葉は尻切れになり、最後まで紡がれる事はなかった。
 気付いて、しまったから。



「貴女の、仰る通りです。説得に足り得る証拠が必要です────」








「────"00ユニットによるリーディングデータ"が」



















                                           Muv-Luv Initiative
                                               第二部



                                                第五話

                                                『6/7』

                                                  中編



















 "矛盾"だ。

 難民達を、軍人達を────より多くの人類を守るために。

 早期にG弾を使い、戦況を好転させようという戦略に前提として必要となるもの。

 それが揃うのは……守りたいものの一つである日本帝国を守り切れず蹂躙され、数多の犠牲の上に成立する、00ユニットの完成と運用────。





「────オルタネイティヴⅣが"完遂してしまう"事に他ならないんだ、シュエルゥ」





「────……ッ!!」





 この世界の現段階において、"BETAの指揮系統は複合ピラミッド型である"というのが地球侵攻を許してからの歳月を経て根付いた定説であり常識。
 悪の総司令等という解り易い存在はおらず、全てのハイヴは連動しているという、"人間側の近代的定石に乗っ取ってみれば至極真っ当"な考察。
 それを踏まえれば、戦略兵器であるG弾を用いるという事は即ち一大決戦であり、イコールでバビロン、或いはトライデント作戦の発動に繋がってしまう。
 全てのハイヴを根絶やしにしなければ対策される危険性があり、それを回避するためには短期間における大量投入によっての殲滅以外に有り得ない。
 小出しにするという選択肢が、現状ではそもそもないのだ。



「オルタネイティヴ第四計画は国連が受け持つとは言え帝国主導……国内に本拠地が存在するのが理想的だ。他のハイヴじゃ必要不十分。結局、帝国本土への大侵攻時に建造されたハイヴを奪取しALⅣの研究施設とする事が最も好ましい。"例の彼女"を使って00ユニットを完成させ、反応炉に対しリーディングによる諜報を敢行し、得た情報を"データ化"する……ここまでだ。ここまでやって漸く、人類に"オリジナルハイヴこそ真っ先に落とすべきだ"という発想が受け入れられるだろう」



 しかしだ。そこまで情勢が行きついてしまうと、今度はG弾を使ってオリジナルハイヴを攻略する意味合いが消失してしまう。
 00ユニットと同じくして完成条件を満たしているXG-70を使い、オリジナルハイヴへと突入し、あ号標的というメインサーバーから直接データを引き抜く最高の機会。
 それをG弾で諸共吹き飛ばすのは理にかなっていない。
 そもそも00ユニットによる反応炉へのリーディングには、ブービートラップとしての一面も存在する。
 人類はその時点で"速攻"を強いられるのだ。G弾を大量に用意する期間など、与えては貰えない。
 つまりどう転んでもG弾は、決戦兵器足りえない。

 故に、予定通りに。正史通りに。歴史通りに。

 ただただ流され続けた先にある到達点こそが────。



「"おとぎばなし"に沿っていけば、全てが丸く収まって……在るべき結末へと辿り着く。だから、余計な事はしなくていい……出しゃばらなくていいんだよ。僕らは」



 その終幕へと至る為に、不満も屈辱も全て飲み込み諦めろ、と……それこそが、彼、霧山 霧斗にとっての最善なのだと。



 改めての宣言となった。



「────……っ」



 シュエルゥは何も言い返さない……言い返せない。
 皆が注目する中、崩れ落ちるように椅子へと腰を下ろし、膝の上で拳を強く握リしめる。
 目と口を堅く結び、俯いて黙り込むその姿は、打ち拉がれるという表現がこれ以上ないほどに当て嵌まっていた。
 その雰囲気が室内に伝播し、誰一人、口を開けずにいる。

 あぁ……嫌だな。
 空気が重々しくて、息が苦しい。
 暗くて淀み切った蒼黒い色。
 海の奥底に、無限に沈んでいくような────。
 ソレを払拭するように、俺は思わず立ち上がっていた。

「────シュエルゥ。気に病む必要なんかないんだぞ」

 沈み込んだ気を紛らわせてやろうと、シュエルゥへと寄り添って声を掛ける。
 丁度良い位置に頭部があったので、美しい桃色の長髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

「ッ……ェ、エイジさん……ごめんなさい。知識ばかりが先走って……頭でっかちに、なっちゃってました」

「いいよ。お前が難民として辛い思いをしてきた事は、みんな解ってる。だから、G弾で一刻も早くケリをつけようって思うのは自然なものだ。ちゃんと大崩海の事も考えて、オリジナルハイヴだけに限定するって考えた上での提案だったしな。お前は、間違っちゃいない」

「……でも、それが通るかどうかを考えようともせずに、ボクは……」

「気にし過ぎだ。まずは現状を振り返ってみて、"やっぱりG弾には頼れそうにないな"ってだけの話さ」

「だけ、って……でも、G弾が使えないのなら……キリトさんが言ったように、何もせず、全部見過ごすんですか?これから、ボク達はどうしたら────」



「だから────"ソイツ"をこれから話し合う」



「ぇ……?」



 ────まだだ。
 まだ、始まってすらいない。
 BETAは朝鮮半島にすら到達していない。
 切り札は、G弾だけじゃない。

 "時間"もまた、"武器"になる。

「話し合う?エイジ、何を言ってるんだ。議論の余地はもうないだろう。G弾は使えない。通常兵器で真っ当に抗ったところで、正史と同じ轍を踏んで戦線は遠からず瓦解する……だから、邪魔をするなって、何度も言ったはずだけど」

「ああ、耳にタコだよ。キリト。でも一先ずお前のターンは終了だ。殿下や月詠さんにも主張したい事ぐらいあるだろうし、"メアリー・スーなんてまだ一言も喋ってないだろう"」

 キリトと、そして、メアリーへと視線を送る。
 すると彼女ははっきりと視線を絡ませながら、微笑みを返した。

 ────動くぞ。
 
「不破 衛士。彼女もまた国連側であるのならば、霧山 霧斗と思想や目的を共通としているのではないか。異論がなければ、口は噤むものであろう」

「かもしれない。でも、俺達"日本で生まれ育った連中"とは立脚点が大きく異なる。例えば……今、シュエルゥはG弾を積極的に使ってでも早期に決着をつけるべきだと主張した。これは正史の知識を持ちつつも、地続きでBETAが刻一刻と迫ってくる恐怖や、難民という立場の辛さを実感した体験から導き出された、"生々しい主張"で……とても貴重な意見だと思う」

 シュエルゥは、過酷な旅を続けて此処まで来た。
 生まれた場所が悪かった。BETAの東進は目前だった。
 だが、我が身可愛さで逃げたのではない。戦ったのだ。生きる為……そして、生かす為に。
 闇市への潜伏や、荷抜きの摘発への協力なんて如何にも危ない橋を渡ってしまったのは、そういうことだ。
 "知っているから"という使命感が、背中を押し続けてくれた。
 そんなヤツが色々考えた上で、G弾を使おうと言った。
 それは、決して無碍にされるべきではない。

「ぁ、ぁの、エイジさん。髪……優しく、触るの、そろそろ、やめて、もらえませんか……?こそばゆい、です」

 流石に触り過ぎたか。
 そろそろセクハラで訴えられそうなので素直に手を放す。

「悪い、心地よくてつい。兎も角だ……俺は、メアリー・スーには"アメリカ人"としての見解を求めたいと思う」

「ふむ……国連ではなく、あくまで米国市民としての意見、か。メアリー・スー……実のところどうなのだ。霧山 霧斗との見解の相違のほどは」

 殿下は口の前で両手を組みながら思案すると、名指しで問いを投げ掛けた。

「────ありますよ?」

「ォ、ま────ッ!?」

 あっさりと"擦り合わせは完了していません"と宣言するメアリーと、驚愕するキリト。
 非常に対照的なリアクションに、武家の二人も思わず面食らっている。

「……あるのですか」

「そもそも一枚岩だと思われるのが心外なのですが?同じなのは転生者であるという事だけで、国籍が違うのなら価値観や重視するものもまた違ってきてもおかしくはないはずです。同盟間で思惑が異なるなんて、別段おかしなことではないかと」

「では、異論とは?」

「それについては一先ず保留させていただきたいのですよ。だって、まずはそちらから言うのが筋でしょう?先ほどから"のらりくらり"と交わしていますが────結局のところ御二方、"どこまで妥協出来て、どこまで譲れない"のです?」

 同盟者の豹変に目を見開いたまま硬直するキリト。
 彼を尻目に、月詠さんが短くシンプルな質疑を繰り出し、メアリーはそれに対して饒舌に鋭く返す。

「────成程。御尤もな指摘です」

「だが、俺達の主張は相も変わらず────"日本帝国の国土と臣民を守る"、だ」

 彼らは武家だ。武家である限り、意見は揺るがない。
 正史の知識は、全て国防の完遂に充てられる。
 その過程でどれほどALⅣへの妨害が発生したとしても。

 例え俺達が相手だとしても……"意地"を張らなければならないのだ。

「それは解っているのです。ではその抽象的な意見を、激化するのが決まり切っているBETAの侵攻と照らし合わせた上でどう現実に落とし込むのです?御二方の意見をそのまま受け取ると────朝鮮半島で踏み留まるという宣言に他ならないのですが……正気の沙汰ではないかと」

「狂気の沙汰でも、やり遂げねばならないのです。私達が仰ぐ旗は、日の丸なのだから」

「その為の、F-15J陽炎とF-16J彩雲によるHigh-Low Mixだ……極めて強引な策で、強行する為に多くの無理を通す事になった。しかし、正史において大陸派遣軍がF-4J撃震ばかりだったという状況を改善しBETAを押し返す為に、大前提として必要な一手なのだ」

「ッ!?やっぱりお二人とも、本土防衛を諦めてはいないのですねっ!」

 ────いつかの再現みたいだ。
 あの日の舞鶴港でも、大陸派遣軍の機体が変わった程度で食い止め切れる訳がないと、キリトは言っていたな。
 この後、反論する姿が目に浮かぶ。
 純粋な戦力強化によってBETAを抑え込めると思っているシュエルゥは、嬉しそうだ。
 正気の沙汰ではないと指摘したメアリーは、武家の二人の立場は理解しているはずだろう。
 故にもう、気づいている……朝鮮半島で踏み止まるというのは、"建前"で。

 あくまで、時間稼ぎに過ぎない。

「だからそれは、無理だって────」

「キリト。そこから先は、"俺"に言わせてくれ」

「────ぇ?」

「"アキラ"」

「……何だ」

 キリトの言葉を遮り、俺は斉御司 暁を殿下と言う敬称ではなく、名前で呼ぶ。
 あくまで"個人"として見るために。

「もう、意地なんて張らなくていいし……俺に配慮するのも、やめてくれ」

「ッ……不破君……」

「────配慮?何のことだ。俺達……日本帝国は、朝鮮半島でBETAを抑えなければならない……"ならない"のだ。そこを抜けられてしまえば、次に蹂躙されるのは帝国本土だからだ。防人ラインへの到達だけは、絶対に阻止しなければならない」

「ああ。それが────"嘘"だ」

「……ッ」

 朝鮮半島を死守?防人ラインに到達させない?
 その為の、F-16J彩雲?

 違うだろう。

 アキラと月詠さんは、明らかに知らないフリをしている。
 本当の狙いは、その先だ。

「……エイジさん……嘘って、どういうことなんです?ボクには、よく解りません……殿下や月詠さんは、日本帝国を守る気がないって事ですか?」

「それは違う。シュエルゥ……"アキラや月詠さん"が本気だなんて解ってる。本気で日本帝国を、臣民を、国土を守り通す気でいる────"極力"、な。その為に、F-16J彩雲を捻じ込んできたし、これからも多種多様なテコ入れをして、有言実行していくんだろう。何なら、訓練を積んで御自ら大陸へと馳せ参じ、戦場に立つ事も厭わないと考えてるんじゃないか?」

「そ、そこまで御二方の気概を見抜いているのなら……嘘と言うのは何に対して言ってるんですか、エイジさんは」



「日本帝国という"国"は、必ずしも日本帝国"全体"を守りきる必要性がある訳ではない、って事だ」



「「────ッ」」



 二人の瞳が、僅かに揺れる。
 俺の意図はもう、正しく受け取ってもらえているだろう。
 ……ダメージコントロールに、私情を挟むべきではない。
 国の興廃が掛かっているのならば、猶更だ。

 何より、既に、防衛戦略は動き始めているのだから。

「……ッ?日本帝国は、って……え?殿下も、月詠さんも、日本帝国……ですよね?」

「ああ、"一員"だ。間違いなくな。でも……決して総意ではなくて、届かない事、変えられない事だってある。なぁ、シュエルゥ。日本に来た後、難民キャンプから出た事あるか」

「ぇ……ない、です。でも、今それと何の関係が……」





「────だったら、疎開と要塞化が"始まってしまった"のを、肌で感じたこと────ないだろ?」





「…………、────────っ!」



 シュエルゥは馬鹿じゃない。思い込みは激しかったりするけれど。
 すぐに俺が何を言いたいのかを察してくれたようで、顔をくしゃりと歪めて今にも泣きそうな眼をしている。

「言ったと思うんだけどさ、あのバスケットリング……疎開政策を受けて廃校決めた学校から貰ってきたって……もうな、"それを見越して動いてんだ"よ。国っていう大きな"うねり"が」

 あぁ、そういえば、いい感じの台詞があったっけか。
 含蓄があって、ひしひしと覚悟を感じ取れる言葉。

「────"軍隊は腰が重いけど動き出したら止まらない"。いつか、どこかで、香月夕呼博士が口にする事になった台詞だ。今回は、軍隊じゃなく"国"とか"行政"だけどな」

 拳を強く握りこんで、今から自分が何を言おうとしているのかを再確認する。

「改めて言わせてくれ。俺達が正史に抗って、BETAを止めるべき場所は────」

 皆が、真面目な顔で俺に傾注する中。
 ただ一人、本当に、心の底から嬉しそうに……メアリーが俺を見ている。
 コイツの考えは今一、解らない。
 でも、背中を押してくれた事だけは、確かに感謝してる。

 だから、これだけは俺が言おうと、そう決めた。

 それは。
 今、こうやって奇跡みたいに皆が集っている場所で。
 シュエルゥを「おかえり」と迎えた場所で。
 国の一部でありながら、国によって決戦の場所だと定められ切り捨てられた場所で。
 いつか、奪われることになる場所で。

 だからこそ────必ず、この手で取り戻す場所────。





「日本帝国本土防衛戦、緒戦────九州だ」





 俺の生まれた────故郷なんだ。








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