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No.12496の一覧
[0] Muv-Luv Initiative (オリ主転生→BETA大戦世界) [still breathing][Caliz](2020/03/25 01:32)
[1] 第一部 第零話 ─二度目の人生─[Caliz](2012/06/01 19:10)
[2] 第一話 ─平和な日常─[Caliz](2011/11/26 18:02)
[3] 第二話 ─未知との遭遇─[Caliz](2011/07/21 07:12)
[4] 第三話 ─熟考する転生者─[Caliz](2011/07/23 04:07)
[5] 第四話 ─動き始める世界─[Caliz](2011/11/27 07:49)
[6] 第五話 ─それぞれの誕生日─ 前編[Caliz](2011/11/26 16:09)
[7] 第六話 ─それぞれの誕生日─ 中編[Caliz](2011/11/26 16:48)
[8] 第七話 ─それぞれの誕生日─ 後編[Caliz](2011/11/26 17:09)
[9] 第八話 ─Encounter─ 前編[Caliz](2011/11/26 17:11)
[10] 第九話 ─Encounter─ 中編[Caliz](2011/11/26 17:32)
[11] 第十話 ─Encounter─ 後編[Caliz](2012/07/09 09:14)
[12] 第二部 第零話 ─海の向こう─[Caliz](2012/07/09 10:14)
[13] 第一話 ─集いの兆し─[Caliz](2012/06/17 10:07)
[14] 第二話 ─TAO─ √I_R_G[caliz](2020/03/22 06:22)
[15] 第三話 ─大陸からのエトランゼ─[Caliz](2020/03/22 06:22)
[16] 第四話 ─因果連鎖─[Caliz](2020/03/22 06:20)
[17] 第五話 ─6/7─ 前編[Caliz](2020/03/22 05:57)
[18] 第六話 ─6/7─ 中編[Caliz](2020/03/22 11:24)
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[12496] 第五話 ─6/7─ 前編
Name: Caliz◆9df7376e ID:93ba022c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2020/03/22 05:57
 八月、最終日。

 予定通りに視察団を迎え入れた難民キャンプは、通常運行を保っていた。
 大事な日だから、気合を入れる……聞こえはいいかもしれないが、それはハリボテの誇張でしかない。
 平常こそが嘘偽りない運営実績だ。それを特に意味もなく誇張することは、東日本へと規模を拡大し新たに展開していくという今後の流れを妨げる。
 そもそも、世界でも類を見ないほどに此処は秩序が保たれているのだ。
 現状でも十二分に優れているのならば、誇張する必要もない。
 問題らしい問題は発生せず、滞りなく午前の部が過ぎ去っていった。

「報告に偽りなし、か。治安は及第点を大きく上回っている。陽が高いとは言え、こうも穏やかな雰囲気だと疑う気も起きんな……月詠、お前はどう見る」

 炎天下の最中、夏らしい軽装に麦わら帽子を被った少年────斉御司 暁が、己に三歩下がってついてくる少女に喋りかける。
 大人の群れの中で、十にも満たぬ子供がさも当然のように並んで歩く姿は奇妙な光景だった。
 周りの人間が特に気にする素振りも見せない事が、その違和感を更に加速させている。

「ハッ……治安については殿下の仰る事に概ね同感、といった所でしょうか。しかし個人的には、高水準を満たしている衛生環境こそ評価すべき点であるかと。突貫工事と言って過言ではない状況下で、ここまで整えられたのは幸いでした。国連に所属する諸機関との連携がなければ、不衛生から来る疫病の発生も有り得たでしょう」

 サンバイザーを被った薄着の少女────月詠 真央が、夏の暑さを今まさに体感しながらそう返事をする。
 高温多湿となる日本の夏……流れ込んできた難民の数を鑑みるに、衛生環境の保全に手間取っていれば難民キャンプ内を"更なる不幸"が襲っただろう。
 地獄から逃げ延びた先が、地獄になっては意味がない。
 またそのような為体を晒しては、逃げ場所を提供した側の沽券にも関わる。

「一難は去った、と言ったところか。しかし、"また一難"とも言う……胸を撫で下ろすには早い。まだまだ難民は増えてくるからな。国連からの手厚い援助は、それを見越した采配なんだ。諸外国の難民受け入れは飽和状態……此方に優先的に振られるだろう。尤も、受け入れると評すべきか判断に困る扱いをしている国も少なくはないが……兎も角、そんな現状を改善したくとも一定水準の"おもてなし"を実現可能とするには、未だ難民を受け入れておらず、且つ先進国で基盤が安定しており、また高度なインフラ技術を要求される国が挙げられた訳だ。当然、この条件に該当している国なんぞ他にはない。日本帝国には是が非でもキャンプの設立を受諾して欲しかったのだろうな」

 そして日本帝国は今、先進国としては最後発となる難民受け入れ国となっている。
 此処で言う難民というのは広義ではなく昨今の狭義である、BETA大戦勃発における国土損失に伴って大量発生した難民の事だ。
 細々とした流入は当然今までもあったが、難民キャンプ設立による大規模な受け入れへ、ついに乗り切らざるを得なかった。それほど、世界は切迫している。
 しかし人類の旗色が悪くなったのは何も今日昨日の話ではない。だというのに日本帝国の難民受け入れが遅れに遅れたのには、理由があった。
 それは国の成り立ちと特性に起因する。列強と呼ばれる枠の中において唯一となる、"事実上の単一民族国家"である事が今の今まで尾を引いてしまう事になる。
 勿論、現在は国際化が進み厳密な意味での単一民族国家など存在はしない。
 日本にも北海道の先住民族であるアイヌ民族を筆頭に、在日外国人や特別永住者等が"数字"の上では多数と言える程に存在する。
 だが、日本帝国は大和民族が95%以上とその"割合"が圧倒的であり、地球上でも決して多くはない"事実上の単一民族国家"と看做されるのだ。
 そんな国に、ルーツの異なる民族が大挙して押し寄せる……摩擦が起こるのは想像に容易い。
 更には多民族国家を謳う国々ですらこの件で問題が続出しているという事も、難民受け入れ難航の一要因になっていた。

 ……そういう背景があるからこそ、90年代に差し掛かり一転して受け入れが促された事が奇妙に見えるのだ。

「ですが、決まってからが余りにも早急過ぎはしないでしょうか。80年代は皆あれだけ渋っていたというのに……暁様の"将軍殿下"への直訴が効いた、等という美談がある訳でもないでしょう?」

 "現"政威大将軍。

 斉御司家当主、斎御司 経盛。

 ────暁が転生者以外で、己の"事情"を断片的とはいえ明るみにした唯一の存在。

「……有り得ん。慈善事業じゃあるまいし情で動いてくれるものか。あの方に晒した情報はあくまで参考までに、と双方が強く念を押して打ち明け、受け入れて頂いたものだ。そもそも今の政威大将軍にそのような権限がないのはご存知だろう────まぁ、影響力が一切ないという訳でもないがな。兎も角、キャンプ設立は転換期であり好機でもあったというだけだ。長期的に見てここで帝国なりの難民キャンプの在り方を確立出来ず、他所の国のように治安が低迷し、国際関係の悪化を招いた挙句テロの温床になる……そういう不利な要素を排除したかったのだろう。第一、いずれは国際協力の名の下に押し切られる案件なら、好条件を提示されている内に締め括っておくべきだ。────尤も、あまり気持ちのいい話ではないが……90年代に入って急に掌を返してキャンプ設立が成り立った背景にはな……"次期オルタネイティヴ計画"誘致へのクッションという一面もあるのは確かだが。常任理事国入りを果たしてから虎視眈々とタイミングを見計らっていたのだ。国際社会での発言力をより一層高め、対抗馬であるカナダとオーストラリア……延いては背後にいる英国を牽制しようって腹積もりで────痛っ、いたたっ!おまっ、脇腹をトゥントゥンするでない!」

 聞くに耐えない、と真央は手刀で暁を小突いて話の腰を折る。
 一聴すると頷いてしまいかねない政治を絡めた理論武装が、所詮は後付けでしかない事を熟知しているからだ。

「よくもそこまで口が回ったものです。情勢が政治を軸にそう推移してしまったからと言って、まるで御自らがそう考えておられるように語る必要はないでしょう」

 切磋琢磨する仲になれば、恐らく誰でも気付く事。
 例えば、煌武院 悠陽をはじめ"次"を担う世代の者達ですら、未だ幼いながらも何かを感じているであろう。

「────"友邦の民もまた、我らが守るべき民である"────だ。俺はまだ正式に軍人となった訳ではないが、何時も心掛けるようにはしている」

 守りの手が足りずに難民は増え続け、増え続けるが故に救いの手が届かずに減り続ける。
 かつての欧州撤退戦、既に始まっている極東迎撃戦……ユーラシア大陸の実情を正しく把握している軍人や政治家には、難民達に対し同情を覚える者は決して少なくはない。
 斉御司 暁が呟いた言葉は、そういった有識者の面々に教えを請う中でも、特別強く影響された人の言葉だった。

 彩峰 萩閣。
 ……いつか、悲劇の引き金となる可能性を内包する人物。

 帝国の軍事組織全体からしても、智将と聞いて真っ先に思い浮かべられるのは斯衛軍の真壁 零慈郎か、帝国陸軍のこの人か、という程の存在だ。
 今は一時的にユーラシア大陸へと向かっているがその任期は短く、また遠からず帝国へ戻り悠陽や暁達へと教鞭を振るう予定だった。

「政治に託けて差し伸べられたのだとしても……それが正しく救いの手として機能しているなら、過程には拘らん。人死が増えて悦に浸れるほど歪んじゃいないさ……一応言っておくが、先生に教わったから言ってる訳ではないぞ? 其処の所、確りと理解しているか?」

 継ぎ足した言葉は、照れ隠し以外の何モノでもなかった。
 とどのつまり斉御司 暁は、彩峰 萩閣を筆頭にBETA大戦の顛末を憂う先達へと尊敬の念を抱き、彼等の教えを正しく理解し沿っているだけだ。
 政治を盾に己の信ずる義を通し、"責務を抱えよう"と足掻く……スケールやベクトルに差異こそあれど自らと似通った存在の……二人の少年がいることが、真央の脳裏を過ぎる。

「ふふ……では、そういう事にしておきましょうか。彩峰先生も聞き分けの良い教え子を持って、嘸かし教師冥利に尽きる事でしょうね」

「……はぁー……気の置けない仲というのも困りモノだな。なるべく悟られまいと振舞っている気でいたのだが……紛いなりにも五摂家の一員をやらせていただいているからには、もっとこう冷徹かつ雅に振るk舞いたいというのに」

「具体的には?」

「斑鳩さん家の次期当主殿」

「それはそれは……夢のまた夢かと」

「うむ。まぁ、よくて崇継様の下位互換に収まるかどうかというところか。研鑽あるのみ、だな」

 以降、会話は次第になりを潜め、視察に集中していく二人。
 午前の部を通して集団を引率していた者が語る内容には、キャンプの今後の展望も含められている。
 それは当然、今後想定される移転や新設の際に掛かるであろう諸々の"大人の勘定"もだ。
 聞き逃すわけにはいかなかった。
 そして猛暑の中、汗を拭いながらの巡回が続き────。

「……ここで最後、というか出発点だな。一通り巡ってきたか」

 暁は浄水施設に立ち並ぶ貯水タンクを眺めながらそう言うと、持っていた水筒のフタを開け、乾いた喉に水を流し込む。
 水はこのキャンプで洗浄された物で、道中の熱中症等を避けるために他の視察者にも水筒ごと事前に配られていた。
 喉を潤すソレに、異常はない。

「……浄水施設にも、問題はないようですね?」

「衣食住の最低限は確保されるのだから当然だろう」

「さて……味見は終わったようですし私も水分補給を────っ」

「ぉい、貴様。先に俺に飲ませたのはその為……どうした、月詠」

 自分の水筒を開けようとした真央の動作が止まる。
 暁は変化を感じ取り彼女の視線の方向を辿ると、仮設テントで日陰になっている場所へと釘付けにされていた。
 其処に居たのは、設置された簡易型の腰掛けへと気怠げに項垂れながら、此方を一瞥する霧山 霧斗。
 そしてその隣には、天然のゴールデンブロンドを靡かせながら朗らかに微笑み、フレンドリーに手を振る眼帯を着けた白人の美少女。

 先日、"不破 衛士から報告のあった二人組"だ。

「はぁ……不破君の嫌な予感が当たりましたね。万が一、来るかもしれないとは聞いておりましたが」

「……そのようだ。今回の厄介事は、不破 衛士の進退と、例の難民の少女の処遇だけになるはずが……余計な案件が増えたな」

 二人は、霧山 霧斗の事は嫌いではない。
 ただ立場が……依る組織が、その目指すべき未来が違い過ぎただけ。
 話し合いの余地はない。港での二の舞になるだけだ。
 日本帝国に依りすぎた者達と、ALⅣに依りすぎた者達では……手を取り合う事が出来ない状況なのだ。

「殿下。一先ず、挨拶は済ませるべきでは」

「無視する訳にもいかぬしな。尤も……俺達が足並みを揃える事は、現状では有り得ない。徒労に終わるだろう────」

 ────誰かが。
 誰かが、二つの陣営の間に立ち、その手を繋げようとしない限りは。



























 
 1991.summer

  August.31

   日本帝国 九州

    熊本難民キャンプ



















 





「露骨に嫌そうな顔してますねぇ、キリト君」

 口を開きかけたものの、それすら億劫に感じた霧山 霧斗は、訂正を取りやめた。
 航空機内で睡眠をたっぷりとったとは言え、強行軍には違いないせいで疲れが顔に出ているだけなのだ。
 むしろ己の体力は年の割にはある方で、日本に着いて早々に熊本の難民キャンプに入り、パスポートを使って互いの祖父の名前と母の名前を盾に強引に視察に参加までして、一切の疲れを見せないメアリー・スーがおかしいのだと確信する。
 そもそも……そこまでして彼等と何を話すというのか。

「……無駄だって解るんだよ。"自国を守りたい者"と、"自国を見限ってでも未来を守りたい者"……どう歩み寄れっていうんだ」

 霧斗のその言い方には自虐が滲んでる。
 それは、彼等の正しさを認めているからだ。
 自分の生まれ育った国を守りたい……何も可笑しい事はない。そこには一片の淀みもない正義だけがある。
 それを理屈でも感情でも解っていながら、霧山 霧斗は逆の道へと歩を進める。進める事が、出来る。
 何故なら、彼が何よりも許せないのは────そんな真っ当な正義の旗の下に戦い、志半ばに果てた者達が心から守りたかった人々や大地が……水底へと沈む未来だからだ。
 それだけは認められなかった。生まれ落ちたこの世界が、そんな未来を迎えてしまう可能性だけは、何としてでも崩してみせる。
 しかし……それを為す為には膨大な犠牲が大前提であるオルタネイティヴⅣを成就させなければならない。
 この世界は守りたい。その為に、此処にある大地、其処に住まう人々を切り捨てる。それもまた世界の一部だというのに。
 ────矛盾が、どうしようもなく付き纏う。

「妥協できそうな点は幾つかあるでしょうに」

「妥協は可能だ。けど、その先に"前提要素"を欠く事になってしまった時……誰が、何に対して、責任を取ればいい? 補う為の代案は?」

「……これは"転生者"としての意見ですが。あくまで正史の流れに沿い、不確定要素を排除し、予定調和通りに横浜まで……鑑 純夏まで到達してくれるのがベストな展開……なんでしょうねぇ」

 メアリーの転生者という言葉を強調した、半ば諦観するような意見。
 余計は事はするべきではないという後ろ向きな発言だった。

「……そういうこと。変な妥協はいらないんだよ。だからメアリー……くれぐれも、変なことは言ってくれるなよ」

「ハイハイ、仰せの通りに……ぉ?あの二人ですかね?高貴なオーラが出てるあの二人。Hey!こっちデース!」

 遠目にも解る、異様な光景。子供が大人に混じり、周りの大人以上に状況に対応できてしまっているという珍事。
 顔を知らぬメアリーにも、彼らが例の転生者なのだと直感で理解できた。

「そうだ……って答える前に手を振るなよ。っていうか、高貴なオーラぁ? そんなのが出てるとは思わないぞ……むしろあの集団から浮きまくってるだろ?年齢的に……はぁー……」

 暁と真央、二人の姿を視認した霧斗はそう言いながら重苦しく息を吐く。
 頭の中では不破 衛士達が合流する前に挨拶だけを済ませ、今もフレンドリーに彼らに手を振っているメアリーを、引き離そうと考えていた。
 未だ見ぬ難民の転生者を含めた6人が集まったところで、面倒な事になる可能性が高いのは瞭然だからだ。

「ところで、キリト君」

「……なに」

「これは"米国人"としての主張なんですが────彼等と手を組むのは不可能ですかね?」

 先程とは一転。
 メアリーはベストだと言い放った事柄に反逆する、協調を提案した。
 "米国人"と念を押して。

「言ったろう。互いに折れる事の出来ない理由がある。生まれが、目的が、違い過ぎるんだ……無理だよ」

「……そうですよね。私も、おそらくあちらの方々も。偏りすぎた立場に、膨大な知識を持って生まれてしまったが故に、"自分から"は絶対に折れる事が出来ない。だから────」

「メアリー?」

「いえ、何でもないのですよ。さーて当たり障りのない挨拶でもしてきましょうか。今度余計な事を言うと口を縫い合わせるぞと脅されましたし」

「そこまで言ってない」

 ────だから、チグハグな自分達を紡いでくれる存在が必要なのだ、と。メアリーは、そう考えていた。
 帝国、米国、そして国連……この星を取り巻く強大な流れを担うオルタネイティヴ計画を巡り、"それぞれ"がどう内側へ働き掛けようと奔走したところで、限界に突き当たる。
 それは経験則だ。事実、メアリーは手を尽くし成果を上げては見たものの、AL5の阻止には至らず、楔を打ち込むのがやっと……その楔とて万全を期せるモノではなかった。
 故にメアリー・スーは、霧山 霧斗からのコンタクトに両手を挙げて喜んだ。
 一人で限界があるのなら、手を取り合えばいい。幸い、"同類"がいたのだから、と。
 ……しかし、それすら満足に出来ないでいる。
 人には、国には、各々の都合がある。それ故にあちらを立てればこちらが立たたず、そして譲り合う事も出来ない。
 彼女は自分達の思考が凝り固まり、停滞しているのには気づいている。
 理由も解っていた。自分たちが未だ、机上で論争をしているに過ぎないからだという事を。
 何かをこの世界で失くした訳でもなければ、世界の為に命を掛けた訳でもなく、其の癖なまじ影響力があるが故に無力に喘いでいる訳でもない。
 つまるところ、上座にふんぞり返っているのだ。
 それでは、必死になれる筈がない。

 だが、真に無力な人間ならばどうか。

 事の顛末を知りながらも手出しできず、無力を自覚しつつも己に為せる事を探り続ける挑戦者。
 BETAが迫り来る事を知りながらも、ただ逃げ果せるしかなかった敗北者。
 この先起こりうる事を知識として持ちながらも、それを有効活用出来ない立場にある、取るに足らない矮小な存在。

 其れ故に、己の弱さを嘆き足掻く者は────強い。

 そんな者達と向き合えば、刺激し、奮起させ、矯正出来るのではないかと……メアリー・スーは目論む。
 地に足が着いた低くも広い視野ならば、不自然に宙に浮いた高くも狭い視野を。
 何も持たぬが故の必死さならば、何かを為せる者の怠慢を。
 出会い、結び付き、変革へと導いてくれる存在に。

 固定観念に囚われず、小さな世界の歪みから答えを辿り、己と霧山 霧斗を結びつけてくれた"ただの少年"である一人の転生者。

 舞鶴港での邂逅。これから此処、熊本難民キャンプで起こるであろう出逢い。
 一見すれば、ただ巻き込まれただけだ、と捉えられてしまうかもしれない。
 しかし────。

(巻き込まれた?違いますよね……厄介事が舞い込んで来たのとは訳が違う)

 霧斗から聞き出した彼の動向を統合すれば、自ずと見えてくる。
 何時だって自ら望んで、そこに辿り着いたのだ。
 港へ向かったのも。此処で働いているのも。

(そう……彼は強い意思のもと、"選んだ"のです)

 普通過ぎる身分に生まれ落ち、それでも尚、分不相応な巡り合いを経て此処に居る。
 全て……彼の意思が介在しなければ起き得なかった事象なのだ。
 それらを引き起こし得た素養こそ、この世界に於いて何物にも代え難い────。

(────"代替不可能"なチカラなのですよ)

 メアリーの中で、期待が膨れ上がっていく。
 その転生者の少年に、"ハクギン"の幻影を見てしまっているのだ。
 この歪んだ世界で新たな流れを作ろうとする斉御司 暁や、霧山 霧斗とはまた違う意味で目が離せない存在。
 片や五摂家の直系。片や生粋の研究者の家系。
 何方も血筋は上の上。未来の知識もある。更には上や横への繋がりも思惑と噛み合い、この世界の"キーパーソン"達と手を結んでいる。
 目的も手段も、万全。故に揺るがない。その在り方は既に堅く固まっている。

 だからこそ、対立は免れず……話し合いの余地が存在しないのだ。

(残念ながら、私は口添えできそうにありません……今の日本帝国に特別な愛着もない"アメリカ人"な上に、目的が"国連寄り"過ぎますからねぇ。仲良くしましょうと言ったところで、説得力皆無なのですよ。ですから────)

 ────後は、お任せしますよ。

 遠くから此方を眺める、難民の少女と、一般人の少年の視線を感じながら、メアリーはそう願った。






 ────もうおわっているおとぎばなしを、もうはじまっているおとぎばなしで、ぬりつぶしてほしいから────




























                                           Muv-Luv Initiative

                                               第二部




























「……来てるな……」

 隣の少女に同意を求める。
 俺と同じく急いで走ってきたせいで汗だくで、少しばかり息も荒い。
 "来てる"というのは他でもない。視線の先、直射日光が避けられるテントの下。
 近くには水場もある。涼み、水分補給をするには最適の場所だろう。
 そんな所で、非常に目立つ二組の少年少女が顔を突き合わせている。

「はい、来てますね……あだっ!」

 オウムの如く返してきたシュエルゥのド頭にチョップを振り下ろす。
 はいじゃないだろ、はいじゃ。
 一先ずは斉御司達とキリト達が喧嘩にはなっていないから安心として……。

「やっぱり俺らも揃って迎えるべきだったろ、どう考えても……お前もそう思うよな?ん?」

 頭を摩りながら涙目になっているシュエルゥに顔を近づけ威嚇する。
 状況を整理すると、目の前のピンク髪の転生者が、午前の視察が終了する時間を指定していたにも関わらず遅刻しやがり、揃って斉御司と月詠さんを迎える予定が遅れに遅れた。
 一人で出迎えた後に今回の話にも絡んでいるシュエルゥを呼びに行こうと思ったが、携帯電話がない状況では行き違いの二度手間の恐れがあった。
 結局、遅刻覚悟でまずシュエルゥを迎えに行く選択を取り────このザマである。

「ですよねぇー……なんでボク、時間忘れるほどバスケなんてしてたんでしょう……あだっ痛い、ごめんなさいすみませんエイジさん!ボクが難民の子供達集めてやりましょうって言ったんです!主犯です!」

 言い訳がましいのでデコピンを2,3発お見舞いすると白状しだした。
 全く……謁見したいって発言が事の発端なのに、何で意気揚々と籠球してんの、この子。
 しかし、素直に謝ったのはいい事だ。デコピン食らった後だけどな。
 見ての通り間一髪で間に合わなかったようで出逢ってしまってはいるものの、空気が悪くなっている訳じゃないらしい。
 和やかに挨拶をしている……ように見えるが。何だか、斯衛の二人が押され気味に見える。
 遠巻きには把握しきれないが、キリトの言っていたキャラが濃い云々だろうか。
 まぁ取っ組み合いの喧嘩になりそうな雰囲気はないので、一先ず置いておくか。

「宜しい……ちなみに、どうだった? ミニバスセット一式の使い心地は」

 通常のバスケットボールのソレと違い、対象年齢を12歳以下に限定してルールから用具まで全てがリサイズされた物だ。
 そこそこ年代物ではあるが、寄付された物が補修され、キャンプに置かれる事となった。
 予算は湯水のように沸く訳ではない。世知辛いが、時代はリサイクルだ。

「殆ど新品みたいでしたよ。皆喜んでました……難民キャンプって、平和だと暇を持て余しますので。贅沢な悩みなんですけど、こっちに来てから身に染みましたね。アレ……ゴールとかもエイジさんが持ってきてくれたって他の局員の人に聞きましたよ?」

「ん、俺が持ってきた訳じゃないぞ。交渉して譲ってもらいはしたけどな。生徒数の減少と、疎開の影響で廃校が決まった学校からさ。難民キャンプじゃ娯楽への投資なんて最も優先順位が低いからな……ま、楽しんでもらってるようで結構、結構」

「娯楽だけじゃないですよ?キャンプ内の学校でも、体育で使われる事になるらしいです。大活躍ですね」

 褒め殺しかっ。やめてくれ、照れるから。

「……俺が活躍する訳じゃないって。もういいだろ?……それよりも、シュエルゥ」

 どれだけ張り切ってバスケに興じたのか。
 服も、綺麗な髪も砂埃で大変な事になってる。台無しだ。
 コートについては空き地を確保して、怪我防止の為に目立って大きな石を除去したぐらいだしても、これは流石に……。

「お前、これから一応そこそこやんごとないお方と会うのにその格好は……」

「ぇ、ボクは別に恥ずかしくないですけど」

 いや、お前の羞恥心の問題でなくて。
 ……まぁ、あっちも細かいことなんて気にしないだろうけど。

「うーん……やっぱり、もっと可愛い服のほうがいいですかね? でもそんなの持ってないですよ」

「は?」

 って、服装じゃねえ!着飾れって意味じゃねぇよ……ッ!
 持ってないのは解ってるよ、そんな余裕がある身分じゃないのは重々承知だ。

「違う、そうじゃない……汚れの事言ってんだよ。ったくもー……ほらこっち来い」

 最低限の身嗜みはしておくべきだろう。落ち合えたのが水場の近くでよかった。
 テント内に常備してあった清潔なタオルを水で濡らし、手頃なパイプ椅子にシュエルゥを座らせて桃色の長い髪を手早く拭う。
 後は乱れに乱れた髪を整えれば応急処置にはなるだろう。

「髪、櫛通すぞ? 今俺のヤツしかなくて悪いけど我慢しろよ。あと服の方は自分で拭け、ほら」

「は、はい」

 俺から投げ渡されたタオルでいそいそと自分の服を拭うシュエルゥを見下ろしながら、髪を櫛で梳き始める。
 すると、うわっ、ボクの服汚すぎ!?とか聞こえてきた。今更だろ。
 ……寝る前に清拭したり洗髪したりはする癖に、一日が終わる時じゃなきゃ気にしないのは何でなんだろうなぁ。
 四六時中そんな事を気遣えるほど、大陸の方では余裕がなかったってところか。

「あっ────こっち、来ますね」

 声に釣られて周囲へと……具体的には、先程まで例の4人が顔を突きつけ合っていた方へと注意を傾ける。

「ん……みたいだな」

 視界の外から、砂利を踏みしめる足音が4人分。此方に真っ直ぐ近づいてくる。
 シュエルゥは彼等の接近を"見"もせすに、逸早く感じ取ったらしい……相変わらず獣じみた五感だ。
 振り返れば、見覚えのある顔が3つ。そして先頭に新顔が1つ。
 光沢を放つ金髪に、眼帯。その下の瞳は"情報通り"なら露出している側とは異なる色をしているだろう。
 彼女が────メアリー・スー、か。写真で見た時よりもよっぽど可愛い。
 しかし外見に気を緩ませることなかれ。その振る舞いは他の誰にも劣らず、威風堂々としている。
 そんな彼女に続くのは、斉御司 暁と月詠 真央……武家の二人だった。
 片手を挙げて気安く挨拶をする前者と、略式ながらゆったりとした上品な会釈をする後者。

「ぉ……?」

 そして、4人の中では最も俺と交友がある、霧山 霧斗。
 その彼が何故かは知らないが、組み合わせ的にはメアリー・スーと連んで歩くのが成り行きだろうに……斉御司と月詠さんの後ろに身を置いている。
 俺がその様子を訝しそうに見ていると、それに気づいた彼が、此方に対してチラチラと視線を向けたり外したりしながら……凄く申し訳なさそうな顔をしている。
 遂には両手を合わせ、何やら無言ながら全力で謝罪してくる始末。
 どうして謝っているのか……理由はすぐに解った。
 視線が俺と、メアリー・スーの背中を行ったり来たりしているから、恐らくそういうことだろう。

「あ~……」

 うん。
 エアメールは無意味に終わった訳だ。
 いや、むしろ……引鉄になってしまったかもしれない。
 あいつから聞いていた予定じゃ、帰国は9月に入ってからのはずだった。
 アシュリーさんにも何度か探りを入れてみたが、娘の来日予定なんて聞いていない。

 ────……やっちまったか?

 予定より早い帰国、メアリー・スーの同伴。
 どちらも俺の責任のような気がする。
 変に気を引いてしまっている……確実に、俺の出した手紙が呼び水となった。
 また、キリトの妙におどおどした態度も、恐らくそのせいだろう。
 冗談だったとは言え『連れてくんなよ?連れてきたら覚悟しとけよ』みたいな事を手紙に書いちゃったしな。
 一先ず誤解を解くべく、気にすんな、となるべく朗らかに笑いながらキリトに手を振る。お前は悪くない、と。
 そんな返しが通じたのか、安堵したキリトは苦笑しながら胸を撫で下ろしている。
 ……事実、誰が悪いとかじゃない。もう何もかもの歯車が狂いまくった結果だ。
 いや……狂ったというよりは、"嫌な噛み合い方"をした、と形容するのが適切だろうか。

 その結果が、今、俺の目の前まで歩み寄ってきた少女────新しい転生者だ。



「……手持ちの情報ではお二方は出会って間もないはずなのですが、随分と仲睦まじいようですね? 正直、羨ましい限りなのですよ」



「────は? ぁ、ああ……アリガトウ?」



 明白に白人だと解る容姿。その唇から紡がれた、極めて流暢な日本語。
 まるで吹き替えの洋画だ。違うのは、言葉と唇の動きがリンクしている事か────。
 って、いや……そうじゃないだろ。くそ……何か、調子狂うな。
 第一声がいきなり世間話とは、恐れ入った。
 先に挨拶を済ませたであろう斯衛の二人の様子を伺ってみると、呆れた顔の斉御司と、苦笑いの月詠さんが。
 ……つまり、同じような対応だったのだろう。

「ほら、一応は私も女の子に生まれた訳じゃないですか、"一応"は。でもキリト君からはそういった扱いを受けていないので些か不満で────」

 おい、コイツ何事もないように身の上話を続行したぞ……どんな神経してんだ。

「ぁ? 馬鹿も休み休み言え……何で、僕が、お前の髪を、梳いてやらなきゃならないんだ?」

「……とまぁ、こんな感じで、非常にビジネスライクな関係なのですよ」

「ぉ、ぉぅ」

 キリトの演技とは思えない嫌悪感。
 仕事的な付き合いどころか、どう見てもあからさまに嫌われてるんですが……。
 天然なのか、ポジティブなのか。それとも個人間での相性の善し悪し等、"仕事"の前では至極どうでもいいと考えられるドライな人間なのか。
 底が知れない……っていうか、話進まねぇ。誰か助けてくれ。
 コイツの独特のペースに、既に巻き込まれてしまっている。
 まだ自己紹介もしてないんだが……どうしよう。俺の事はキリトからもう聞いてるだろうし、スルーしていいか?
 話は早いほうが助かるしな……いや、待て。
 俺はシュエルゥに霧山 霧斗とメアリー・スーの情報は与えたが、向こうからすれば面識は一切ないはず。
 斉御司や月詠さんからしても、書類上から読み取れる情報しか持ってないはずだ。
 ……ほぼ孤立してるんじゃないか?
 なら、シュエルゥの自己紹介だけでもしておいたほうが、話が円滑に────。

「天然のブロンドに眼帯……メアリー・スーさん、ですよね?」

 ……心配ご無用か。過保護だったな。
 コイツもマイペースで助かった。
 何時の間にか立ち上がっていたシュエルゥが、容姿についての事前情報を頼りに金髪の少女へと問いかける。

「はい、仰るとおり。ところで貴女のお名前は?」

「失礼しました。リン・シュエルゥと申します……中国出身で、今は難民やってます。字は、林に雪の路です」

 さて……これで、全員が互いの顔と名前が一致した状態になっただろう。
 ようやく話が進んでくれそうだ。
 各々の個人的な交友は、一先ず後回しだな。

「これはこれは、ご丁寧にどうも。綺麗な名前ですねぇ」

「メアリーさんは…………凄く強そうな名前ですね。こう……チート的な意味で」



「ぶッは!」 「くっくっくっ」 「ん"ッ!んんッ……」 「ハハハ……はぁ」



 言いやがった!思ってても口に出すのを憚られる事を……ッ!
 思わず失笑してしまったが、斉御司や月詠さんどころかキリトまで似たような反応だし、リアクションとしては間違っていないよな……?
 しかし直球すぎるだろう。悪気はないんだろうが……尤も、的外れでもないんだよな。
 この面子の中で、生まれてから最も状況を動かしたのは、間違いなく彼女だしな……。

「いやぁ……そう言って貰えて嬉しいのですが、名前負けしてるのが現実なのですよ。アメリカで孤軍奮闘してはみたものの────結局、第五を止めて第四を完遂しなければならないという根底は覆せませんでしたので」

 ちょ、まっ、おいおいおい……ッ!
 本題に入りたいならそう言えよっ。それとも、遠まわしな催促か?
 此処は開けすぎている。相応しくない単語を出すなら事前に一言あって欲しかったぞ。
 一応、用意はしてあるんだからさ。

「コンパウンドの方に移ろう。その方が都合もいいだろ。"殿下"も、宜しいでしょうか?」

「異存ない、が────それはさておき、不破 衛士。敬語は気色悪いから普通に話すがよい」

「……あいよ」

 気色悪いとまで言わんでもいいでしょうに。
 気を利かせたつもりだったんだが、無碍にされてしまった。
 まだお互い外見は子供とは言え一応公務中みたいなもんだし、周りに人だっているんだからちょっとは気にしたほうがいいと思うんだが……。

「それじゃ、場所移しましょうか」

 どうせ機密的にヤバかったり、電波だったりする単語が飛び交うのは目に見えてる。
 周りの目も耳も遮断出来る好ましい環境……国連管轄のコンパウンド内、事務所の一室。
 これから向かうのは其処だ。この状況を見越して、使用許可を貰っといてよかった。

「っと、ぉ?」

 おかしい。人数が足りない。
 先導する為に歩き始めた時、シュエルゥが椅子から立ち上がっていない事に気付く。

「何してんだ? 行くぞ、シュエルゥ」

「ぇ?いえ、ボクただの難民で……スーさんや霧山さんも合流しましたし、蚊帳の外じゃ……」

「……」

 確かにそうかもしれない。
 事の発端……彼女が此処までやってきた、"斉御司と謁見しなければならない"という理由は既に消滅した。
 更に未来を掛けた駆け引きが、既に政治の段階へと移行している現状、一般人の俺や難民の彼女に出番はない事も判明した。
 キャンプに身を寄せる事によって生命活動の維持も"当面"は確約された。
 しかし────。

「……"だから"だよ」

「?」

 一般人だから、難民だから……言い訳としては十分だ。
 俺も、シュエルゥも、諸々の厄介事を忘れ去り逃げるように生きたって構わないのかもしれない。
 しかし当の本人達が寄生を寄生だと理解したまま、停滞し続ける事が最善だろうか?
 撚り良い未来なんて、最善の今が連続した先にしかないというのに。
 だからこのまま妥協しちゃいけないんだ。
 それに未来の事を抜きにしても、シュエルゥにとって現状が満たされているとは言えない。
 勘違いされがちだが、難民というのは在日外国人ですらない。言い方は悪いが、ヒエラルキーはその更に"下"である。
 法的な制約が多く、そして大きい。現行法では治安維持の関係上、キャンプからの外出すら特例を除きままならない。
 この状況からの脱却を図るのならば、大陸からの難民流入がピークに達する前……今のうちしかない。
 そしてシュエルゥは現状に甘んじてはいるが、自立心が無い訳ではない。むしろ有る。
 早急に手続きを済ませれば間に合うだろう。今後、難民が増え大挙して申請を行った場合、行政が処理しきれずにパンクが始まり滞ってしまう前ならば。
 尤も……今から申請したとしても、どこまで漕ぎ着けられるのやら────。

「殿下、月詠さん。あんな感じなんですけど、見捨てないでやってくださいね」
 
 それに、蚊帳の間近でポツンと佇んでるヤツがいたら、引きずり込んでやりたくなるのは仕方がないだろう。

「フフ……はい。尽力させて頂きます」

「……おい月詠、軽々しく受諾するでない。兎も角、以前にも言ったが……最小限は任された。が、最大限は期待してくれるな」

 シュエルゥには、大陸での手柄がある。
 荷抜き・闇市摘発の幇助だ……殿下達もとうの昔にご存知だったようで。
 これを盾に大帰化を通せれば儲けもの。可能性は極小だが。
 ただそれが叶わなくとも、殿下の言った最小限……定住権は確定コースなのだろう。
 通常帰化の一部条件緩和、永住権等も射程圏内と言ったところか。

「はい、本当にありがとうございます。後は宜しくお願いします」

 ────自分の事、シュエルゥの事……色々と面倒事を押し付けてしまう事になってしまって、心苦しいな。
 そんな事を考えていると、思わず足が止まってしまっていたようだ。

「内緒話はまーだでーすかー?」

「エイジ。立て込んでるなら、先に行っておこうか? 国連の敷地って、あっちでいいのかな」

「ぁ、ああ!悪い悪い、待たせた。あっちであってる、行こう」

 痺れを切らしたキリトとメアリーから、催促の声が掛かる。
 気を取り直すか。シュエルゥも此方へと立ち上がって歩き始めたようだしな。
 俺は先行していた二人を追い越し、先頭に立って5人を引き連れコンパウンドへと歩き出す。

 ……



















                                           第五話

                                           『6/7』

                                            前編





















 先頭に不破 衛士。続いてメアリー・スーと、彼女に並ぶ霧山 霧斗。
 その3人から少し距離を置き、彼等の背中を眺めながら、月詠 真央は林 雪路へと小さく声を掛けた。

「……林さん。もしかして、不破君から何も聞いていないのでは?」

「は、はい……? 現状と皆さんのプロフィールぐらいなら把握してるつもり、なんですけど」

 人当たりの良い柔らかい声でそう聞くと、ややズレた答え。
 隣で遣り取りを聞いていた暁はその返し方で、どうやら不破 衛士の独断専行だったようだ、と察した。
 元より二人は、部外者を自認するように距離を取る雪路の態度に違和感を感じていたのだが。

「ふむ……これは聞かされていないようだな。報告は、ぬか喜びさせる可能性を消す為に確定してからでいいと考えた……と言ったところか。俺が彼奴でもそうしただろう。黙ってた事は許してやれ」

「ん?……えーっと……」

 合点がいかないようだった。
 それも仕方ないだろう。彼女の知らないところで全てが進行していたのだから。

「先程、貴女は己が難民だから蚊帳の外だと申された訳ですが」

「ぇ、はい。でも、それが何か……」

「先頭に立って歩いている男も、所詮ただの一般人だが? 全力で首を突っ込んできているぞ?」

「お言葉ですが、一般人と難民は全然違いますっ。エイジさんは列記とした日本帝国臣民です……それに比べてボクは、難民です。在日外国人ですらないんですよ?キャンプから出られもしない身で、何が────」

「はい。ですから、おめでとうございます。貴女には来年の間にも、正式に在留資格が与えられます。晴れて在日外国人として、常識の範囲内で国中を闊歩していただけるということです」

「不破 衛士には、後で軽くお礼でもしてやるがよい。もう少し遅れていれば一年以上後ろへずれ込むか否か、という紙一重での滑り込みだったのだぞ。それと、帰化の件も検討中だが、一先ずは待てとしか言えん」

「────なッ、ちょ、えぇ……!?────ッ」

 矢継ぎ早に飛び出す言葉や単語に、慌てふためく雪路。
 仕方なのない事だった。在留資格、在日外国人、終いには帰化。
 全て、雪路にとって必要だったモノ。しかし、他人にそれを漏らしたことはないつもりだった。
 それらがまとめて目の前に突きつけられて、冷静でいられるはずもない。
 だが持ち前の即応力で徐々に落ち着きを取り戻すと、直様に情報を脳内でまとめ、数秒後ゆっくりと口を開く。

「……お二人に口利きしてくれたのは……エイジさん、ですか?」

 雪路にはそれしか考えられなかった。
 真央と暁とは、エイジの言葉を通した上での面識しかない。
 仮に難民として入国する際の情報が伝わっていたとしても、待遇が良すぎる。
 誰かが口利きをしてくれた……具体的には不破 衛士が。雪路には彼しか思い浮かばなかった。

「肯定ですが……何かご不満でも?申し訳ありませんが、これ以上は……」

「ぃ、いえ!そうじゃなくて……ボク、エイジさんにそんなお願い事、してないんです。誰かに口利きをして待遇を良くしてほしい、とか……」

「はて?……おかしいですね。殿下、不破君からの連絡では林さんに在留資格の取得や帰化の意志があるという前提で手続きを進めてきたのでは?」

「……そのはずだが。よもや今更、実はそんな意志すらなかったと?その場合、諸々の申請が白紙に戻らざるを得ないが────」

「ぁ、あります!意志はあるんです……融通してくれたこと、本当に凄く有り難い事で、嬉しいです。でも、何で急いでそんなことしてくれたのかな、って……」

 雪路は、何かと世話を焼いてくれるエイジに、これ以上は成るべく迷惑は掛けないようにと思って接してきた。
 具体的には、何かを露骨に要求したりといった事だ。それらは皆無だという自負があった。
 難民の生活も、少なくとも今は悪くないという事もあり、そういった要求を仄めかす言葉は誓って口に出していないはずだったのだ。

「……可能性の一つとしては……胸の内を吐露する機会があったのを貴女が忘れているだけ、という事はありませんか?」

「そんな機か────……ぁ」



 『おかえり』



「えっと、ごめんなさい……今思い出しました。ボクは確かにエイジさんに、日本に留まりたいという意志を……お伝えしました」



 『はい────ただいま、でいいんですよね』



 雪路が思い出したのは、あの日の夜。
 本来は相応しくない、出迎えの挨拶。
 それに応えるために、ふと漏れてしまった場違いな言葉。
 雪路から引き出された、掛け替えのない本音。

「……なら問題ないな。騙りではないようで安心した」

「そうですね。では、申請続行という事で」

「ぁ、あの!その事で、一つお願いが……」

 月詠と斉御司はこれを頷いて了承し、シュエルゥに次の言葉を促した。

「……帰化の件は、特別なお力添えはいりません。大陸での摘発の件も、考慮していただかなくて結構です」

 彼女の宣言に、思わず面喰らう月詠。
 後押しがない場合、大陸が順次BETAに制圧されている現状では帰化申請など遠のいていくばかりだ。
 難民が大勢日本に流入し、その全てに在留資格、帰化の許可を出していれば飽和してしまう。
 そして、規制は既に始まっている。
 林 雪路の選択は、賢いものではないと月詠は考え、思わず口を開いてしまっていた。

「宜しいのですか……?とても現実的では────」

「承知した」

 しかし隣に立つ斉御司は月詠のその言葉を遮り、静かに淡々と林の意志を尊重してみせる。
 その判断には、損得だけでは測れない価値があると認識したからだ。

「殿下……!?ご冗談を……再考を推奨すべきしょう」

「月詠、お前の意見は尤もだ……損得で考えればな。だが施されてばかりでは────心が堕落し、腐るのだ」

 施され、それで満たされてしまっては、何時か自分で立てなくなる。
 林 雪路個人だけの問題でもない。難民キャンプ設立に於いても常々、議論が交わされている恒久的な難題でもある。
 余りにもキャンプ内で設備が充実してしまっては"このままで良い"と難民達が考えてしまい、何時までも離れなくなる現象がある。
 人は慣れてしまう生き物だ。克己するというのは難しい。こんな終末的な世界では尚更だった。

「理解は、出来ます。特別扱いを受けず平等に扱われた上で、望む結果を手に入る事こそが最も尊いという事も。しかし、彼女は元より特殊な出で立ち……"転せ────」

「ありがとうございます、月詠さん。その、同情……してくれてるんですよね。同じ、転生者だから。気を配ってくれて……素直に嬉しいです」

「……ッ」

 歪に生まれた、その存在。
 原因は解らない。この先も解らないかもしれない。
 この世界は、不可解な事ばかりだ。
 しかし、流暢な日本語や"この世界に"対する事前知識……元々は同じ日本人だという事は確かに伝わっている。
 それなのに"堕ちた"場所が違っただけで、生じてしまったこの格差。
 加えて雪路には功績があった……大陸での捕物の幇助だ。
 真央はそんな彼女に対し、特殊な優遇を施されてでもその格差は埋められるべきだと強く思った。
 確かに特別すぎる施しではあるが、働きには褒美が生じる。ならばそこに価値はあるのだと。

「でも、月詠さん。ボクは────"まだ"中国人なんです。日本人じゃ、ないんですよ」

 当事者である雪路は、その現実を確りと受け入れていた。
 生まれ変わるという事は、そういう事なのだと。

「そうだな。俺達は"また"日本人だったが、其方は中国人……外人だ」

 どういう法則にのっとって、何が転生者をこの世界に分配したのか。
 それは暁にも解らない。唯、目の前の少女が違う人種だ……という事だけが真実だった。
 彼の言葉は、それを端的に表しただけ。
 だが、雪路に強い同情を覚えている真央には、心なく罵る言葉にしか感じ取れなかった。
 真央が思わず暁に反省を促す為に思わず口を開こうとする。

「貴方は、何時も何時も……もう少し言葉を────」

 だが、真央の過保護すぎるとも捉えられかねない暁に対する忠告は、林にとって好ましくはあるが必要あるものではなかった。
 その正しく非常な現実は、とうに飲み干されたものだから。 



「はい。"それでも"、日本人になりたいんです。胸を張って、日本人だって名乗りたいんです。その言葉が嘘だって、きっと理解していたのに……お帰りって言ってくれた人の為にも。ですから────特別扱いは必要ありません」



 斉御司の言葉を、真っ向から受け入れた。
 その上で改めて日本人になりたいのだと言い放つ。
 雪路の心は、既に固く決まっていた。

 ────もう一度、転生する。今度は、己の意思で。

 その過程で何を要求されようと構わない。
 例えそれが、兵役に就きBETAと生死を賭して闘うという条件であっても。
 突き付けられる艱難辛苦を乗り越えて、日本人へと生まれ変わってみせる。

 あの夜の嘘を、真にする為に。

「うむ。帰化を目指して、精進するがよい」

「……はぁ。参りました……これでは私だけ性根が腐っているようではありませんか」

「す、すみません月詠さん。折角のご好意を……」

「いえいえ、構いませんよ。こちらこそ、上から目線だったと目下猛省中ですので。それに……再確認出来た事は喜ぶべきなのでしょうし」

「再確認……?ボクの在留資格に対する、心構えとかですか?」

「……ええ、そのようなところです」

 平たく言えば……真央は"気高さ"のようなモノを感じていた。
 そういった尊いものが生まれによって決まるのではなく、あくまで育まれるのであるという事。
 真央はあの日、舞鶴港で少年から感じた強さと同質のモノを、再び目の前の少女から思い知らされた。
 斉御司 暁から差し伸べられた、無償の施しの手。
 その手を掴もうと寄った己の手を、もう一つの手で必死に掴み止めた、不破 衛士。
 自分には出せるものがない────そう言って、手を結ぶことも、払うこともできずに宙に浮いたままの契約。
 其の時の続きが、今日だ。

「何はともあれ……此れで、要件が一つ片付いたな」

「はい。あともう一つ……保留になっていた不破君からの返事なのですが────流れから察するに、先ずは"我等"と"彼等"の摺り合わせが先になるのでしょうか」

「で、あろうな。ふぅむ……」

 個人の進退と、国を巻き込んだ計画の進退……比べるべくもない。優先すべきは明確だ。
 が、如何せん……徒労に終わるのが前提の話し合いほど興を殺がれるのは仕方ないだろう。
 そう考える暁と真央の表情は暗かった。

「あ~……あの、横からで申し訳ないんですが。霧山さん達との協定の事で唸ってるんですよね? どうして乗り気じゃないんですか?」

 そんな二人の心情とは裏腹に、雪路が軽やかに問う。
 エイジによって予め聞かされていた情勢の知識から、これから行われる事は理解出来ていた。

 ────若干、ズレた方向に。

「どうして、と来るか……」

「……手短に申し上げますと、彼等が目的達成の為に許容出来るとする帝国への被害が、我等にとって到底認められるモノではないから……ですね」

 共有されている正史の知識。
 それに乗るか、反るか────明暗がハッキリと別れている。

「上手く纏めたな、月詠。ま、そういうことで譲歩のしようがない訳だ」

「あれ、でもメアリーさんが合流した今なら霧山さん達にとっても日本に被害が出るまで……BETAに上陸されるまで、大人しくする必要ないですよね? 攻勢には出ないんですか?」

「何……だと?」

 暁が思わず声を上げる。
 真央もまた静かに困惑している。
 二人は雪路の発言の意図を考えた。
 その言葉からは反撃の手段があり、それにはメアリーが関わっているとしか受け取る事ができない。
 だが、肝心のメアリーは先程、自分も行き詰まり合流する事になったと吐露したばかりだ。
 また、その言葉を暁と真央は疑いもしなかった。状況を引っ繰り返すジョーカーは、"現状では未だ"存在しないと決め着けていたから。

「────林さん。私には、私達には皆目見当がつきません。出来ればご教授願えないでしょうか……その攻勢に踏み切る事を可能とする、切り札とやらを」

 正に奥の手……存在するというのならば、今すぐに共有すべきだと真央は判断した。
 それさえあれば、立場に雁字搦めにされた下らぬ仲違いをする必要もなくなるからだ。

「ご、ご教授ってそんな……"例の爆弾"の事ですよ?」

「はぁっ!?」

「ぇ……ぇえッ!?」

 驚嘆。
 雪路が言う例の爆弾とは、"アレ"しかない。

 ────G弾。

 しかし、それはおかしい。その先に、撚り善い未来などない。
 使えれば苦労はしないのだ。G弾を使った作戦が可決されてしまえば、もう何かもが手遅れとなってしまう。

「……林 雪路。貴様、知らないのか?いや、知らなかったとしても、不破 衛士から聞かなかったか」

「その先に待つのは、"後日譚"の荒廃した世界……私達だけでなく、霧山君や、恐らくスーさんですら"アレ"の飽和投下は断固阻止する方針で────」

 二人は状況を説明し、雪路を窘めようとした。
 だが雪路からすればその指摘は的外れだ。
 G弾の飽和投下が禁忌だという事を、重々承知の上での発言だったからだ。
 その思惑は別にある。





「はい。ですから飽和投下じゃなくて────オリジナルハイヴ"だけ"に、集中投下すればいいんじゃないんですか?」





「────ッ!」

「それ、は……」

 林 雪路の提案。
 それこそ、嘗てこの世界を神の視点で俯瞰出来ていた者にしか理解できず、また導き出せない"最善を超えた最善"の手段。
 だが、"それ故"にあの日の舞鶴港では誰一人として提案しようとすら思わなかった。
 不破 衛士も、斉御司 暁も、月詠 真央も、霧山 霧斗も────誰もが諦めざるをえない。
 そんな……幻の手段だった。









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