もう初夏と呼んでいい季節だった。
窓が開け放たれた俺の部屋の壁には、ハンガーに掛けられて後ろ向きに吊るされた白いジャケットが、6月の少し湿り始めた風に揺られていた。
ゆらゆらと揺れるソレには、『不破 エイジ君へ』と俺の名前が書き足され、その後には『いい名前だ。きっと衛士になれる』というエールと、その真下には伝説の衛士の名が刻まれている。
あの港での一件から、二ヶ月。
友達が増えて、目標が出来て、自分が何をやりたいのかも決まった。
おかげで誕生日に買い与えられた模型、全ての戦術機の原型である「YSF4H-1」を封印から解くことも出来た。
家族旅行から帰ってきて速攻で組み上げ、両親にドヤ顔で見せてやったのだ。
……本当は焦がれに焦がれているくせに、臆病風に吹かされて衛士になんてなりたくないと自分自身に嘘をついていた過去と決別するために。
完成した模型は今、巌谷さんのサイン入りジャケットのすぐ近くにある棚で展示されている。
────色んな事が、自分の中で変わっていった。だけど、日常には変わりなかった。
しかし、その変わらぬ日常は……既に大陸へと向かい戦線へと参加している帝国軍を始め、様々な国の人々が文字通り血を流して維持しているものだと……改めて実感させられた。
そんな貴重な時間を無為に費やす事だけは許せず、自分に出来そうな事を探して所狭しと駆け回り────。
「トンでもない場所に行き着きやがった……」
今、俺は一つの可能性を新たに発覚させ、手繰り寄せていた。
しかも参ったことに、俺という個人では対処しようもない大事件を、だ。
俺は英語が羅列された新聞や書物が散乱した自室で、電話の子機のボタンをゆっくり押していく。
情報とは、有効に活用できる人間に渡って初めてその意味を成す。
だから、伝えなければいけなかった。
────「何か困ったことや連絡の必要性がある案件でも発生したら、自宅か帝大の研究室に電話してよ……はい、これ番号ね」
港での別れ際に交わした、霧山 霧斗との会話を思い出す。
薄暗い格納庫の中で月詠さんから連絡先渡された時と同じように、手渡された紙。
俺はそれをサイン入りジャケットの胸ポケットに仕舞いながら……。
────「おいおい……自宅はまだしも、研究室にそんな気軽に電話していい訳がないだろ」
確か、そんな感じの言葉を返した。
系列として上にあるか下にあるかは異なってくるが、普通は研究と別に事務を行う部署があるはずで、そこから取り次いで貰って……という流れになる。
だから、私用で電話を掛けるなんてただの迷惑行為だ。
しかしキリトは俺のそんな常識を打ち破る一言を突きつけてきた。
────「うちは色々と理由アリだろ?しかも妙にフットワーク軽い人も多いからさ、事務の方に渡しつけなくても繋がるプライベート用が研究室の方に置いてあるんだよ。勿論、受付嬢なんていないからその時その時で一番近いヤツが取れよってルールもあったり」
マジか、と。
俺はあの時、素直に落胆したものだ。
時期的にも状況的にも当たり前だが、携帯電話なんて普及していないこの不便なご時勢、いざって時に特定の個人に必ず繋がる電話口があるのは確かに便利なのだが。
……大丈夫なのか、そんな緩くて。大事な研究が漏れたりしないのか、と。そう思っていた。
だが、今となってはその緩い受付体制に感謝してる。
────なるべく早く、キリトの耳に入れたい事柄が出来てしまったから。
握った子機からコール音が聞こえてくる。
この時間、キリトは自宅におらず研究室に顔を出しているはずだった。
だから勿論、俺が今電話をかけている先は……。
あ、出た。
『……はぁい、こちら帝国大学量子物理学研究室……ったく、タイミング悪いわね……何であたしが……』
偶然、近くを通ったときにコールが鳴り響いたのか。
電話に出てくれた女性の声は不機嫌そうだった。
ああ、申し訳ないことをした。だが後半のは流石に言っちゃいかんだろう。
聞こえたぞ、おい。そういうのはもっと受話器から口を話して言え。
「……お忙しそうなところ誠に申し訳ございません。不破 衛士と申します。そちらに霧山 霧斗君はいらっしゃいます……か……」
不満を噛み殺して言ってから、やっちまった恥ずかしい……と思った。
何だこの、何だ……友達の家に電話したら親御さんが出てくれて、友達を呼んでもらうような会話。
極秘の研究やってる場所にかかってきた電話の内容じゃないぞ。
『────あぁ……ちょっと待ちなさい』
……?何だ、この落ち着いた反応。
声からガキだって判別がつくだろうに、場違いな子供から掛かってきた電話の応対にしては随分スムーズだ。
事前に俺について話でも通されてたのか……?
『キリ坊ー!あんたにラブコールよー?愛しのサーフェイスパイロット様からー!』
ヴフォ!と、思わず吹いてしまった。
気持ち悪い事言わないで欲しい。
ていうか、サーフェイスパイロット様って……名前で弄られたのは初めてじゃないが、まさか初対面?の相手に弄られるなんて思わなかった。
しかし俺の名前が漏れてる上に、キリトの事をキリ坊呼ばわりか……結構、親密な間柄の人なんだろうか。
そこまで考えたとき、『テンション下がる言い回ししないでくださいよ!』と、受話器越しに聞こえてくるキリトの声。
近くにいたらしい。ついでに俺と同じく気分を害してテンションが下がったようだ。
そりゃ男にラブコールって、する方もされる方も気持ち悪いわな。
『……やぁ、僕だよ。はー……夕呼さんに電話取られるなんて本当についてないね、お互い』
「今の香月博士かよっ!?」
とんだサプライズだ。
さっきの反応はそういうことか。
舞鶴港で結構仲がいいって言っていたし、それで俺の事も伝わってた訳か……納得した。
しかし、どこまで話ているのか……少し気になるが、今はいいか。
『で、どうしたの?……衛士の道は、諦めてくれた?』
……あぁ、またか。
俺は手に持ったスクラップブックをパラパラと遊ばせながら溜息をついた。
港の一件から二ヶ月。キリトとは何だかんだで意気投合し、結構な頻度で電話する機会があったが、其の都度、衛士への道を諦めてくれないかと申告された。
別に厭味じゃないのは理解できている。純粋に心配してくれた末の発言だという事も。
自分としても別に徴兵されている訳でもないのに、実際は違うんだが世間からすればまだまだガキの分際で出しゃばっているという自覚もある。
だが────。
「悪い。もう何度目か解らないが、諦める気はない。才能……適正が全くないって通告されない限りはな」
『……そっか。って、本当に何度目だろこの会話。何か挨拶みたいになってるよね』
共に苦笑する。
『それにしても、こっちに電話してくるのは初めてだよね?……急用、かな』
いよいよ、か。
「────ああ。人払いか、誰もいない場所にまで移動できないか」
少し厄介な単語が飛び出すことになるからな。
『……解った。少し待って』
受話器の向こうで何か話す声と、ガチャガチャと何かを弄る音、そして足音が聞こえ始めた。
人が去る音なのか、キリトが歩く音なのか。
そして一分後。
『待たせた。もう大丈夫だ。聞かせてくれないか』
その言葉を聴いて、息を吸って心を落ち着かせる。
「……まだ一応の当たりは付けたって段階なんだけどさ。俺達以外にも"いる"ぞ」
『……"いる"?』
この二ヶ月、俺は日々を過ごしながら、改めて出来た"衛士になる"という目標の為に必要な知識と肉体を得るために、緩やかに動き出していた。
────それと並行して、俺はある情報を探っていた。
勿論俺はド素人で、プロからすればちょっとした調べモノ程度のお遊びだ。
だが……例え児戯に等しい方法でも、プロでは辿り着けず、俺じゃないと辿り着けない……そんな『答え』というヤツも存在する。
情報を得る為には、前提となる情報が必要だ。
言葉にしてみるとおかしく聞こえるかもしれない。
だけど────。
歴史が変わったかどうか?────なんて、紡がれる"はず"だった歴史を、"情報"として予め知っていないと調べることすら出来ないんだ。
『俺達以外にって、もしかしなくても……』
「ああ……"アメリカ合衆国"に、俺達が揃いも揃って見落としていた歴史改変の痕跡を探り当てた────海外に、転生者のいる可能性が跳ね上がったぞ」
Muv-Luv Initiative
第二部
──第零話 / 海の向こう──
1991.June.oneday
アメリカ合衆国・アラスカ州
国連太平洋方面第3軍・第3計画本拠地タルキートナ
「…………寒ぃ…………」
簡易なベッドとトイレ、そして剥き出しの壁と鉄格子だけで構成された営倉に恨めしそうな声が響いた。
言葉を紡いだのは、長い銀の髪に蒼い瞳という一際目立つ容姿の少女。
そんな少女と無機質な部屋が生み出す凄まじいまでのコントラストを更に引き立てるのが、少女を包む手術と一枚の毛布だ。
白い吐息を宙へと送り出しながら、必死に体温を逃さぬよう自らの身体を毛布ごと掻き抱く。
だがその懸命な防寒も、寒冷地に存在する場所では効果が薄い。
この日は不運な事に、タルキートナ基地で観測された気温は零度以下……この時期の平均最低気温を大きく下回っていた。
「このクソ寒い地域に、このデザインの営倉はねぇよ。鉄格子って何だよ……通気性良すぎだろ、反省する前に凍え死んじまうよ畜生……」
少女は汚い言葉を連ねて吐き捨てながら、冷たい壁に握り拳を叩きつけた。
タァン……と虚しく打撃音が響き渡る。
瞬間、まるでソレに呼応するかのように離れた場所から響いてくる扉の開閉音と足音を、少女の鼓膜が捉える。
それは徐々に少女へと接近し……目の前の鉄格子を挟んで止まった。
「────また貴様か。アドナー・シェスチナ」
鉄格子を挟んで少女と対峙したのは、如何にも研究者といった立ち姿の男。
彼は白衣を翻しながら、少女の事を"製造番号"で呼称した。
その高圧的な態度に物怖じせず、アドナー・シェスチナと呼ばれた少女が目尻を吊り上げ、白衣の男を見上げるように睨んで威嚇する。
「……とっとと此処から出しやがれ。オレは営倉にぶち込まれるようなオイタはしてねぇぞ」
「この状況で動揺の一つも見せずに嘘を吐くとは、素直に感嘆する。しかし残念なことに、私は貴様が兵士に暴行を働いたと聞き及んでいるが……貴様の中でこの行動は"処罰の対象にならない善行"ということになっているのか?」
白衣の男はそう言いながら、懐疑的な視線をアドナーに向けた。
兵士────衛士である男性を、目の前の少女が"一方的に制圧した"と。
彼はそう軍警察から報告されたのだ。
シラは切り通せないと観念したアドナーは、大きく舌打ちをして男に弁解を始めた。
「……チッ。確かにやり過ぎたよ。反省もしてる。でもな、そもそも先にこっちを侮辱してきたのは向こうだ。『バーバヤガー』だ? フザけんな……オレ達は魔女でも化物でもねぇ」
バーバヤガー。
スラヴ民話に登場する、人間に対して害を及ぼす骨と皮で構成された人を襲う妖婆。
自分達に無理矢理に発現させられた"能力"は、人類存続の為に与えられたはずだった。
なのに、その力が原因で人を襲う魔女の悪名を押し付けられる。
これが侮辱でなくて何なのだと。
「先に侮辱、か。だが先方の彼は自分は何も言っていない、貴様が先に手を出した……との一点張りだが?」
「アイツはオレをこれ見よがしに睨んで、鮮明に思考してみせたんだぞ?薄気味悪いバーバヤガーめ、ってな。あの衛士、計画直属のA-01の奴だ……"オレ達"についても説明を受けて理解できてる筈だよな? だったら、わざわざオレの目の前で……ましてやコチラを睨みつけながら、強く侮蔑の感情を抱き、悪意の篭った言葉を内に募らせる。それは、何かを言ったって事と同義なんだよ……解らないとは言わせないぞ」
────『人工ESP発現体』を、そういう風に創造したのはアンタ等なんだから、と。
吐き捨てるようにアドナー・シェスチナが言った。
「……そうか、既にそこまで使いこなしているのか。"読んだ"のだな……"侮蔑の感情の色"ごと、明確な"言葉"として……素晴らしい早熟性だ。その繊細なリーディング精度────現段階においては、最高傑作と謳われる第六世代の三百番目に勝るとも劣らん」
その恨み言を聞いて、おぞましい笑みを浮かべる白衣の男。
そんな彼をアドナーは再びリーディングを試みる。
いや……その表現には語弊があったか。試みる、などと前段階を踏む必要すらない。
人が自然に心臓を鼓動させるように。人が当然に肺で呼吸をするように。
アドナー・シェスチナは、深く鋭く鮮明に、そして────当たり前のように"人の心"を読めるのだ。
【────これが一つの到達点……望外の研究成果だ。この『個体』をハイヴへと送り込めば、BETAの思考など手に取るように解るだろう。そうすれば戦略的に人類は優位に立ち、我々の未来が切り拓かれる。我が祖国は救われる────】
読み取ってしまったのは……それこそ言葉では言い表せられない程、筆舌に尽くし難い酷すぎる色だった。
次の瞬間、嘔吐感がアドナーに到来した。
ESP行使の副作用等では断じて無い。
次世代ESP発現体の先駆けとして誕生したその体躯は研究者達の想定に反し、至って正常に稼働していた。
たった一度のリーディングで体調を崩し、能力使用に弊害を及ぼすような軟な造りにはなっていない。
ただ、自分が人扱いされていないということに対する生理的な嫌悪感、不快感……そういった内から生じた弱さに心が耐えらず、人体にまで影響が出てしまうのを避けられなかっただけだ。
「……ッ」
それを思考や感情を無理矢理に抑えつけて遣り過ごす。
今まで幾度もやってきたことだった。心を際限なく凍えさせていく。
……中途半端な"前"の人生経験が仇になるのだ。
もし、知識も経験も自尊心もなく、真っ白な状態であるならばこんな苦しみを味わうことはなかっただろう。
そう考えたアドナーはこの世界に生まれ落ち、八年の歳月が流れた今……それを実行に移せるようになっていた。
(────もういい。好きに言わせておけ。人の尊厳を保つことを許される環境じゃないんだ、ここは……。今は耐えろ────)
心の中でそう誓いながら、己がどういう存在に"再び"生れ落ちたのかを改めて認識し、その上で甘んじて受け入れる。
「そういえば失念していたが、一つ不可解なことがある。貴様はその未成熟な肢体で、どうやって兵を無傷で打倒した?」
投げかけられた質問に、アドナーが当時の状況を思い返しながら渋々と口を開き始める。
「……バーバヤガー発言を取り消せってオレから突っかかって、ズボンを掴んだ。それが癪に障ったのかね……振り払われて、横薙ぎに蹴ってくるのを"読んだ"。どうやら、貴重な計画の産物を蹴り殺す度胸はなかったみたいでな……おかげで何とか反応できたよ。結構あっさりダッキングで横薙ぎの蹴りを躱して相手の懐に潜り込めた。その後、上体を起こす流れで掌底を"男の急所"に突き上げて、思い切り握り込んでやった。悶絶して体を前に折り畳んだところに頭突きを合わて下顎を強打。脳が揺れたみたいでそのままぶっ倒れたよ。トドメに横たわった頭に体重乗せた踵を落として、意識が完全に途切れたのをリーディングで確認したところで、周りの連中に取り押さえられた。そこからは別に暴れたりもせずに、通報されてすっ飛んで来た軍警察の連中に拘束されて────今は獄中だ」
冷静沈着に劣勢を覆す戦術眼と、状況を打破する能力。
相手の油断があったとは言え所詮は小さなヒビでしかないソレを突破口とし、リーディングを駆使し、人体の急所を容赦無く強襲し、格上の存在を制圧したという事実。
研究者はその現実を噛み締めながら、目の前の人工ESP発現体が幼いながらもハイヴ突入に耐え得る存在だと、再度確信した。
「なるほど、元気そうで何よりだ。────その力、実機演習でも遺憾なく発揮されているらしいじゃないか。どうかね?"ロークサヴァー"の乗り心地は」
「……厭味かよ。報告は行ってるはずだろうが……」
眉を顰めながら、アドナーは誕生日にF-14 AN3"ロークサヴァー"を譲渡されてからの事を思い返す。
あの日から半年間、既に相当な頻度で実機演習を繰り返し、搭乗時間は最早100時間を超えていた。
操縦をする訳ではなく、BETAを相手に実戦をする訳でもない。
だが、実戦機動を前提とした人体の耐久実験同然に近い過負荷テストを始め、ESP能力を補佐する各種センサーの個人調整・改良という名の拷問じみたESP能力の上限突破・限界模索……等など。
人権を無視した扱いを探せば枚挙に暇がない。『モルモット』……アドナーの脳裏にそんな単語がよぎるのも無理はなかった。
しかしアドナーの肉体は幼いながらも極度の酷使に耐え続け、年上でありながらも基本的に脆弱である他の人工ESP発現体より訓練時間を長く取られる……ということは常と化していた。
……"体"は大丈夫だった。
しかし。
「ハッ……最悪に決まってんだろ。JIVES使った演習中、後ろの操縦席に座ってオレの頭を睨み付けてる衛士様が何考えてるか教えてやろうか? "管制ユニットに化け物が入り込んでやがる"、だ。BETAと同列の扱いだよ……無駄な事考えてる暇があったら少しでもヴォールクデータの生存率上げる努力しろっつーの……」
"心"は音を上げていた。
ESPを行使すればするほど、見たくないモノを見てしまう。
だが、使わない訳にはいかなかった。
悪態を付きつつも、実験に従うのは……度を越した命令不服従で処分されるのが恐ろしいからに他ならない。
故に自らに宿らされた力を命令通りに行使し────そして、その度に心が荒んでいった。
「……精鋭達に向かって、随分と辛辣なお言葉じゃないか」
「────オレは"乗せられる"側なんだよ。自ら戦術機を動かす権利はなく、生きるか死ぬかを操縦席の衛士に全て委ねなきゃならない。だのに……その全幅の信頼を置くべき相手からは、オレ達人工ESP発現体は網膜に投影されたBETAと同じように映ってるんだとさ?……ははっ、救いようがねぇよな……」
言葉は最後の方になるにつれ小声となっていった。……それは、主張というよりも泣き言に近かった。
「だが、やってもらわねばな。いい事を教えてやろう。ハイヴ突入はそう遠い未来の話ではない。場所は────」
「去年インド領に建設された、ボパールハイヴが最有力候補。宇宙戦力投入予定。軌道爆撃、軌道降下部隊の実戦初お披露目……だろ」
アドナーは男の発言を遮って、頭の中に既に入っていた情報を口に出した。
「……それもリーディングで知ったか」
その言葉を聴いて、思わずアドナーは笑いながら。
「あぁ────まぁ、そんなところだ」
"生まれる前から知ってたよ"という言葉は飲み込んだ。
「フン。それだけ知っているのならば、さぞかし準備は万端なのだろうな」
「お前らが散々準備を強制してきてるんだろうが。……ま、その準備も無駄に終わるけどな。何度目か忘れるほど言ったが、もう一回言ってやるよ……BETAにリーディングなんてしても無駄だぞ。例えどれだけ強く発現しているESPでもBETAには通じない。思考はあるが疎通はない。ヤツらはオレ達の事を生命体と認識していないからな」
「またその話か……。それを確認する為のオルタネイティヴ第三計画。その為に創られたのが人工ESP発現体だ……貴様の妄想で結果を詐称し、騙るのはやめろ」
研究者は、既にこれが何度目かも数えられぬほど幾度も聞かされたアドナーの語る事を、妄想だと真っ向から否定した。
その圧倒的なポテンシャルの開花と共に偶発的事故として芽生えてしまった極めて人間らしい感情───"生存本能"が、戦場から逃れたいが為にアドナー・シェスチナという"個体"に妄想を見せるのだと。
アドナーが七年もの間主張し続けてきたその言葉は、研究者達の間でそういう現象だと結論が既に出されてしまっていた。
邪魔な感情を"削除"しようという話も研究者達の間で持ち上がったが、極めて高いレベルで纏まったESP発現体としての価値にまで傷が付く可能性が多大にあった。
また妄言を吐き、今回のような事件を起こす等の素行にこそ問題があったが、その一方で自分の特異な立場や存在を正しく理解しており、ESPの研究自体には常に積極的だった。
故に、アドナー・シェスチナの奇行は許容範囲であり、現状維持のまま研究を続行する事に有益ではあっても有害足り得ない……と、オルタネイティヴ3の研究者達は結論付けた。
「……騙ってなんかない。アンタらが求める情報は、現状の"第三計画"じゃ届かない領域にある。時代も技術も追いついてねぇんだよ」
だが、そういう評価付けをされていると理解しながらも、アドナーは声を上げ続けた。
比較的プロジェクションに対する受容体(レセプター)としての能力に秀でていた他の研究者に対し、自意識の投影すら敢行した。
そして、アドナーは自ら"あいとゆうきのおとぎばなし"を出来うる限り鮮明に再現した歴史の流れを、イメージごと伝えようとしたのだ。
気づいて欲しい、妄想じゃない、これは本当の事で、これから起こり得る可能性で、それを打開する"最善"のために必要な情報なのだと。
それでも────。
「命乞いにしか聞こえんな。そもそも、貴様が何をほざこうと計画は前へと突き進む。大きすぎる計画というのはな、中々に腰が重いものだが……一度動き出してしまえば最早、生半可な事では止まらんのだよ」
届かない。
人から人へさえ、思考は、意思は伝わらない。
なのに、BETAという異星起源種とヒトが通じあえると思っている。
「……あぁ、そうかよ。つまりオレは……」
こうして漸く、アドナーは悟った。
結果は必然。解りきっていた事だった。研究者達(コイツら)がそれを証明してくれたのだと。
時には隣人すら生命体として認識しないニンゲンが、遥か彼方からやってきた『土木作業機械』と対話が可能な理由がなかったのだ。
「決められた敗北と成果を何一つ変えられず……無意味にハイヴへ飛び込むんだな」
アドナーはそう"日本語"で呟くと同時に、どうやら今日の所はもう営倉から出して貰えそうにない事をリーディングで読み取る。
そして疲弊しきった心と体を休める為に、瞳を閉じて眠りに堕ちる寸前で……せめて夢を見られますようにと願った。
ハイヴ突入という絶望的な苦難を超えたその先へと夢を馳せる。
全ての因果が集う場所、約束の大地を踏み締める────そんな夢を。
1991.June.oneday
『────よりにもよって、USAか。……根拠はあるのか、エイジ』
すぐさま俺の言葉を理解し話題に飛びつきながらも、何をもってそう提言するのか、と聞いてくる辺り慎重なキリトらしい。
「HI-MAERF計画は知ってるよな?」
正史にて、桜花作戦を成功に導いた切り札の一枚として活躍したXG-70d。
それを生み出した計画の名前だ。
『馬鹿にしないでくれよ。勿論知ってる────って、待て。君はまさかそれが根拠だとでも言い張るのか』
「そうだよ」
『何を言い出すかと思ったら全くもう……あの計画は結局、予定調和を覆せず既に中止が決定したじゃないか。時期にだって狂いはなかったはずだ』
一応、キリトも調べてたか。
HI-MAERF計画はサンタフェ計画に競り負けた形になった。
荒唐無稽な航空機動要塞は、より現実的な新型爆弾に淘汰されたのだ。
流れ次第では、後に巻き返すのだが……それは、今はいいか。
────何はともあれ、計画"だけ"を俯瞰して見れば、正史通りに事は進んだ。
「ああ、お前の言った通りだ。結果は変わらなかった────"結果"は、な」
『結果は、って……まさか過程で何か……いや、だけど……そんな変化は……』
含みを持たせた言い方をすると、すぐさま過程を頭の隅から掘り返してる。
相変わらず頭の回転は早いみたいだ。
『エイジ、HI-MAERF計画はガチガチって言うには程遠い機密レベルだ。オルタネイティヴ系列から外れて、普通に広報されていた計画だから……情報の露出はかなりされていた。米国から取り寄せたジャーナル、タイムズ、トゥデイにも当たり前のように進捗が載ったりするんだ。大きなズレはなかったし、違和感を覚えることはなかったんだけど……』
「あぁ、俺も自分で取り寄せた訳じゃないけど、よく通った図書館にバックナンバーが完備してあって確認できたよ。入り浸って調べてた俺も、当時は違和感を覚えることなんてなかった……でも、それは落とし穴だったんだ」
『……落とし穴?』
「そう、結果だけを求めて上っ面をなぞるように情報を収集してた俺達だからこそ、違和感を覚えられずに本当にあっさりと……スルーしてしまった出来事があったんだよ」
"何かが起こった"のではなく。
"起きたはずの事が起きていなかった"。
HI-MAERF計画自体の進捗に関わらない程度に、その歴史改変が行われたのだ。
そして計画の結末自体は予定調和を狂わさなかった故に……その変化に気付くことが出来なかった。
複数の転生者がいる……等という異常事態を頭に叩き込んで、端から全てを疑って掛かるように調べていかなければ辿り着けない、些細な違和感。
「正史通り……80年代に入って、HI-MAERF計画は一気に停滞した。87年のG弾起爆成功の煽りを受ける前に、もう既に風前の灯だったんだ。それが────」
『試作機がご覧の有様だった件だろう? 主兵装である荷電粒子砲は撃てません、"鎧"であり"足"でもあるラザフォード場は極めて不安定です……っていう体たらくを晒して試作XG-70は試作どころか未完成品だと証明してしまった。これはそのままG弾の攻勢を許す切欠にもなった。これも正史通りのはずだ……エイジ、やっぱり致命的なズレは起きていないよ』
────案の定か。
俺がしていたのと同じ勘違いをしている。
"実験の結果"だけしか見えてない。
「キリト……実験には失敗は付き物だ。だが、その時に犠牲になるのは機材や、計画そのものだけじゃない……"人材"もまた、失われることがあるだろう」
『……────ッ。そういう、ことか。"いない"のか。この世界のHI-MAERF計画は────』
「ああ。この世界のHI-MAERF計画は、携わった人間を誰一人死なせていないんだよ、キリト。正史における試作XG-70の初飛行時────コクピット内で発生した重力偏差によって、挽肉と化して鬼籍に入る筈だったテストパイロット12人が……この世界では、全員生存しているんだ」
計画中止を宣告されるまで、この世界におけるXG-70のテストパイロット達は誰一人欠ける事無く、最後まで任務に従事した。
とてもちいさな、だけど、とてもおおきな……予定調和の狂いが"また"起きた。
『……だからか。気づくも何もない。死んで、初めて報道されるんだ……本来死ぬ筈だった人が生きてました、なんて記事が存在する訳がない。しかも、実験自体の結果は揺るがなかったせいで、余計に違和感を察せずに意識に引っかからなかった。そして、上っ面だけを見て理解した気になって……世は全てこともなし……と、思い込んでたのか、僕は……』
キリトの唸った声が耳に届く。
自戒を含んだ口ぶりだった。
……ほとんど総当りに近かったが、手に取れる情報の何処にも死亡事故を確認出来なかったのは間違いなく。
そして、事故死の隠蔽が出来てしまうほどHI-MAERF計画の機密レベルは高くない。
"何か"が手を差し伸べ、12人の命を救い上げた。
それが故意なのか過失なのかは解らないが、確かに変わった。
もしかすれば、斯衛組の引き起こした帝国での諸々の出来事が"波紋"として広がって、今回の変化を呼び起こしたのかもしれない。
だが、その線だとすると今回の事はあまりにも時期が近すぎるし、オマケに"ピンポイント"すぎる。
────俺には、どうしても誰かが明確な意思の元に引き起こした現象だと感じてしまう。
「……なぁ。この件、お前のほうで引き継いでもらえないか。 斉御司にはまだ伝えてないんだが」
『伝えていない?何で』
「伝えてどうするんだよ。まだ転生者の存在をはっきりと確認した訳でもない。オマケに海外で起きた出来事で、日本帝国は一切絡んでない計画ときてる。接点が全くないから、あくまで国に隷属するアイツにとって動き辛い案件だ。どんだけ部下が有能だろうが難しいぞ。なんせ日本帝国はまだ"第四計画"を盾に強攻策が使えないんだからな」
まだ第四計画案は日本に決まったわけじゃない。
カナダとオーストラリアも第四を狙ってるらしいが、対抗馬としては弱すぎる。
アメリカの後押しがある日本でほぼ決まりだが……現状では、"まだ"だ。
だからそれまではゴリ押し出来ない。
『僕らの存在や、斉御司達がやらかした改変のバタフライ効果って線は……時期は近いし、あまりにも限定的な改変すぎるからな、確率は低いかな……』
「……まぁ、その線で無駄足になる可能性だってある。でも……もし本当に、特定の誰かが意図的に引き起こしてた場合が厄介極まりなさすぎる。無駄足覚悟で首突っ込むべきだ」
『もう既にとんでもなく厄介な事になってる気がするけどね……』
「今以上に厄介になるんだよ。アサバスカの着陸ユニットから採取されたG元素に関する物質や情報は、全て一箇所に集められてる……ロスアラモス研究所だ。アメリカ上層部の内部分裂と派閥の乱立は、ここを基点に始まってるようなもんだ……今回の件で介入した転生者がいたとすると、もう"G元素"に関わってる事になる。……"知識持ち"を前提で話すが、今まで見てきたアクティヴな転生者連中の事考えると、もうソイツはご他聞に漏れずにロスアラモスへ身を寄せてる可能性は高いと踏んでいい。しかもここを中継することによって今からなら派閥が選り取り見取りだ。最悪、"今度こそ"、イーブンとかじゃなくて本当に……俺らは既に頭を抑えられたような状態に陥ってるかもしれない」
『……もしソイツが臆病かつ頭のいいキ●ガイで、G弾派に傾倒なんかしたら……』
「お前の頑張り虚しく"大崩海"が確定だ。そしてソイツは優雅に宇宙の旅だ」
『そこに斉御司の思惑通り白銀と鑑が生き延びたら……』
「ループも発生しない。詰みだ。どうしようもない」
沈黙が流れる。
……一分経過。
『……つまり、君が斉御司じゃなくて、僕に真っ先に連絡したのは……』
「キリト。お前は既に、あらゆる手を尽くしてHI-MAERF計画に介入した因子を探り、もしこれの大元が転生者だった場合は何としても自陣に引き入れるなり、釘を刺すなりしなければならない状況に陥ってるんだ……という事を伝える為に」
『で、エイジ。君は勿論手伝って────』
「後は任せる」
『ちょぇぇぇぇぇええええええっ!?丸投げぇ!?』
ぐおおおぉぉぉ……受話器を持ったまま叫ぶなよ……。
耳元で叫ばれるのと同じダメージなんだぞ……。
「……手伝えって簡単に言うけどな、正直手に余る。これ以上何をしろっていうんだ?俺みたいな一般人じゃ屁の突っ張りにもならないところまで来ちまってるだろ。むしろ、ここまで頑張っただけでも大金星だろ?」
俺は、きっと調べ物に向いてない。
自分の部屋はもう書物やら新聞やらで、ぐちゃぐちゃだ。
軍事に関連した記事を自分で編集したスクラップブックも、あちらこちらに散らばっている。
綺麗な状態で残ってるのは、図書館から一時的に借りてきたモノだけ。
大惨事だよ。
『まぁ、君は衛士を目指すのが最優先、ってことは解ってるけどさぁ』
「悪いとは思ってるけど、お前を頼りにしてるんだ。頑張って突き止めてくれよ」
『……はぁ~……貧乏くじ引かされるポジションだよねぇ、僕は……。解ったよやりますよ。ていうかやらないといけない状況になってるじゃんもう……バタフライ効果であってくれ……』
泣き言が出始める。
でもな、キリト。
それフラグだぞ、口に出さないほうがいい。
俺もその線はないと思ってるしな……こういう時、嫌な予感は当たるもんだ。
『────そういえば、エイジ。話は変わるけど』
「ん?」
『"どこ"で衛士を目指したいか……もう決めたかい?』
────"どこ"、か。
どこに所属するか。
まぁ、二択しかない訳だが。
国連か、帝国か。
「……」
心は、決まってる。
『あー……ごめん、急きすぎだったね。まだあれから二ヶ月しか……』
「いや、キリト。聞いてくれるか……俺の正直な気持ちだ。俺は────」
彼の言葉を遮って、どこに心が傾いてるかを素直に打ち明ける。
「────斉御司達にさ、感謝してるんだ」
釣りだった例の資格は、解り易い指標として俺の前に現れてくれた。
上手く手にすることが出来た今、手っ取り早く自分の価値を上げてくれている。
掌で踊らされた、と捉えることを俺は許されているだろう。
だけど……動けず燻っていた俺達の背中を、掌で押してくれたって解釈も、"アリ"だ。
キリトに言うとお人好し過ぎると窘められるかもしれないが……全く根拠がなく、こういう発想に至った訳でもない。
港での両親の待遇の一件を分析してみると、ぼんやりと浮かんでくる。
あの時、月詠さんは態々言わなくてもいい難民対策局員の早急な退避を俺に伝え、フォローしてくれた。
父さんと母さんの事を人質にして、余計なことをせずに自分達に下れと、俺を脅迫する事だって出来たというのに。
斉御司からすれば交渉をしている最中に月詠さんが勝手なことをして、ご破算にされた形になる。
だが……月詠さんをその"交渉の場"に率いて席に着かせたのも、他ならない斉御司自身だ。
まして二人は長い間一緒に行動してきたはず……あの一瞬にも等しい邂逅で、俺にさえ解った事が斉御司に理解できてない訳がない。
────月詠 真央は、間違いなく根っからの善人だ。
それこそ、親しい友人の連帯保証人になって、裏切られて、返済を肩代わりさせられかねないレベルの。
そんな人の前で、あの場では間違いなく弱者だった俺を陥れるような発言をすれば、どういう行動に出るか少し考えれば解る。
……全部、承知尽くでの行動だったんだ。
キリトとの確執も、恐らく。
────互いに目的を表明し対立すれば、"派閥"が生まれる。
解りやすい"組織"が二つ、出来上がったことになる。
そして、まずは偶然その場にいた俺という"無所属の転生者"に、どちらかにどうぞと斡旋した。
……恐らく今頃、俺以外の連中にも斡旋しているだろう。
提示された待遇や戦略目標も非常に解りやすく、第三の派閥は生まれにくい……国内の転生者達はどちらかに身を寄せる可能性は極めて高い。
国内の不確定存在は綺麗に二つの派閥に丸く収まり、管理しやすくなる訳だ。
それと同時に……転生者達も目的に沿って動きやすくなり、活発に行動できるようになる。
勿論、そこには俺も含まれている。
────結局のところ、少なくとも俺という個人は……彼らに助けられてばかりだ。
だがキリトの立場からすれば、後先を考えての行動だとは口が裂けても言えない歴史改変の事はある。
今の歴史の流れは、結果的に"大崩海"が起きる可能性がより一層に高くなってしまっているという一点に置いて、その大元である斉御司は批判を拒絶することは許されない。
だけど……そんな後先まで考えての行動では……絶対に救えない人も存在するんだ。
……住んでる場所や仕事の内容が強く重く圧し掛かり、自由にBETAから遠ざかることが出来ず、間違いなく失われる命だった────俺の家族のように。
俺が助けたいと願っていた家族は────斉御司と月詠さんに、"救われた"のだ。
「だから……何とか力になれないか、って思ってる」
『────うん、いいんじゃないかな。アイツらは、間違いなく君の大切な人達に手を差し伸べたのだから。それに比べて、僕の方針はケセラセラ────悪く言えば、端っから見捨てていたようなもの。はぁ……そこでどうしても差が出ちゃうのは解っていたつもりだったんだけどな……人徳がなかったかぁ』
割とあっさりと、俺の言ったことを受け入れて納得してくれた。
十中八九、制止の声が飛んでくると覚悟していたんだが……俺の心情を察してくれるのは、助かる。
『あーでも、友達関係まで解消しないでくれると嬉しい。相変わらずボッチでさ、今回受けたHI-MAERF計画の歪みの件についても、引き続いて報告したいし』
「何言ってんだ、勿論だろ。こっちからお願いしたいくらいだよ……今後とも宜しくな」
『うん。それじゃ、また今度。そうそう、体ばっか動かしてないで、たまには今後必要になってくる座学の予習もやりなよ?折角、調べ物からは開放されたんだからさ』
「ああ、忠告ありがとよ。お前こそ引きこもってばかりいないで、偶には体動かせよ?……それじゃ、またな」
お互いに言葉を交わして……今回のお喋りは幕を閉じた。
「ふぅ……」
俺は溜息をつくと、早くも次のお喋りの機会を待ち侘びている自分に対して笑ってしまった。
それと同時に……少しばかりの後悔を手に込めて、子機を握り締める。
────自分で調べてきたことなのに、最後の最後で押し付けてしまった。
この無力感は、何度味わっても耐え難い。
皆、動き始めてる────俺だけ、置いて行かれてしまう。
舞鶴港でキリトや巌谷さん、篁さんやその両親と並び立ち、見様見真似で敬礼しながら派兵を見送ったあの瞬間が、未だに心に焼き付いてる。
何で俺は、あの時……"置いて行かれてしまった"なんて、心の奥で思ってしまったのか。
もっと早くに生まれて、適正もあって、鍛錬して、衛士になれていれば────"力"があれば一緒にいけたんじゃないかって夢想してしまったのか。
実戦も知らないガキの分際で。
未だ憧れだけで衛士になろうとしている素人の分際で。
己を恥じた。「調子に乗るな」と。
幾度も幾度も、自分自身を罵倒して、黙らせようとした。
────それでも、やっぱり悔しくて堪らないんだ。
「焦んな……だけど、急げ……」
斉御司は自らが介入し、F-16J"彩雲"を織り交ぜる事によって強化に成功した大陸派兵軍で、どれだけ保たせようと思っているのか。
……大陸で押し止められるなんて、BETAを見縊った事は考えていないだろう。
時期は後ろにズレるかもしれない。
だが、止まりはしない。絶対にBETAは来る。
そしてBETAが来た時、蹂躙されるのは他でもない。
俺の産まれた国で、俺の育った町で。
俺の、生きてる場所なんだ。
始まりは異分子の第三者に過ぎなかったかもしれない。
だけど俺はもう────当事者だ。
「どんな手使ってでも、大侵攻に間に合わせてやる」
風に揺れるジャケットを正視する。
そこに記された、未だ遠く分不相応で……それ故に目指すべき価値のある未来へと夢を馳せた。
『きっと衛士になれる』────そんな夢を。