『やれやれ、今日の議題はこれで最後か?』
『まったく、忙しいことよのぉ』
『しかたがあるまい、まだ世界は幼い、我々抜きでは成り立たないのだから』
薄暗い、けれども、どこまで広がっているかわからないほど広い室内。
その無限の闇に、気泡がはじける音だけが延々と響き渡る。
「定期メンテナンス終了いたしました……」
『おお、ご苦労』
『おまえにも、何かと苦労をかけるの』
『もう少し平和になれば、外の観光などもさせてやることができようものを』
ねぎらっているつもりなのだろう。
だが、その機械音は聞いているだけで吐き気が催してくる。
「いえ、外の世界はいつ消滅するかもしれないそうですから……」
それをおくびにも出さずに、代わりに少し不安げな表情を浮かべる。
こいつらを騙すのは簡単だ。
管理世界随一の警備施設に守られているという安心感か、こちらを疑うそぶりを見せたことなど一度もないのだから。
『おお、おまえの耳にも入ってしまっているか』
『すまんのぉ、恐がらせてしまったか』
『安心するがいい、もう二度とあんなことはさせはせぬよ』
汚物は、汚物なりにこちらを慰めようとしているのだろう。
「ありがとうございます……」
あまりにも馬鹿らしく、思わずこぼれてしまった笑みを隠すために頭を下げる。
『しかし、あの人形もあれで騙せたと思っておるのかのぉ』
『所詮、作り物に過ぎないのだ。我々の手の上で踊らされていることなど気がついておらんだろうよ』
『まあ、確かに結果は出してきておる。もう少し、好きなようにやらせてもよかろうよ。始末の方法などいくらでもある』
そうしていると、どうやら汚物の意識はまた遠くに旅立ったらしい。
ならばと、メンテナンスのための道具を片付ける振りをしながら、その話に聞き入る。
どちらが、とあざ笑いながら。
『しかし、案外役にたたなかったのぉ。せっかく拾い上げてやったというのに』
『せめて、研究所なり何なりのデータが残っておればのぉ、まあしかたがあるまいて、所詮は管理外世界出身の小娘にすぎん。不要になったら切り捨てるだけじゃ』
『まあ、近頃はいろいろと、物入り。どうじゃ、どうせ使い捨てるのなら……』
だが、耳に入ってくる内容はどれも姉の想定内の内容。
姉の頭脳を持ってすれば、自分がここにいる必要がないのではないかと思わせるほど正確なものであった。
もはや、聞いている必要もないと判断し、部屋をたちさろうとした、そのときであった。
緊急の連絡を告げるアラームがなり響く。
『どうしたというのだ?』
汚物がおどろいたせいであろう。
気泡がはじける音がさらに大きくなる。
そして、驚いているのは、自分も同じであった。
それは、まったく聞いていない、姉すら予想していなかったこと。
観測指定世界の一つが突如消滅したという報告だったのだから。
初めてのお使い 第二話
「はなばたけ、あなたがつくった、くろれきし、じあまり。うーん、なんかうまくいかないなぁ」
虚空に、魔法で文字を書いてそれを詠みあげる。
「むー、なんですか、それ!」
肩の上で聞いていた相方が、何故か腹を立てている。
「んー川柳って言うんだよ。はやてちゃんに教わったんだ」
「それは知ってます~。でもなんなんですか!」
「んと、だから川柳……」
「聞いているのは内容についてです~!くろれきしってなんですか!」
「見たままを詠んだだけなんだけど……」
「え、えと……」
二人とも視線を合わせないようにしながら、眼下に広がる光景に目をやる。
「お花畑だねぇ……」
「お花畑です……」
広がっているのは見渡す限りの花畑。
それは地平線の向こうにまで続いていた。
「なんで、こうなっちゃったのかなぁ?」
「わかんないです!」
「……えっと、ここは元々どういう世界だったっけ?」
「うんと、お姉様の持っている情報ですと、古代ベルカの戦乱のときに滅んだ世界みたいです」
「うん、ところどころに、壊れた建物とか見えるからきっとそうだろうね……でも、どうしてこうなっちゃったんだろうね?」
「……どうしてですかね?」
肩の上に君に、視線を送るが顔を背けてあわせようとしてこない。
「うんと、やっぱり、だめっていわれていたことはしちゃいけないと思うんだ……」
「でも、時間短縮にはなったですよ!」
「……まあ、確かにいっぺんに、百五十個以上もの世界を飛び越えたのはすごいけど……」
「そうですよー、あのままだったら、ここにつくのはいつになっていたかわからないですよ!」
少し調子に乗ってきたのか、肩の上の君は得意げに胸を張る。
「……でも、その代償がこれじゃあ……」
もう一度眼下に広がる光景を眺める。
一面の花畑。
確認はしていないが、きっと、この世界全てがさまざまな花に覆われているだろう。
「でも、きれいですよ!」
「ん、まあそうだけど……」
やってはいけないことをやってしまったのだから、本気で怒らなければならない。
立場的には下ではあるが、一応自分のほうが年上、お姉さんなのだから。
でも、一面に広がる花畑を見ているとどうしても、気勢がそがれてしまう。
「……まあ、いいか」
「うん、そうですよ!」
それに、こうなってしまった、原因はおぼろげながらわかっている。
きっと、一緒に運んできてしまったのだろう。
転移するときに、間にあった世界の植物やその種を。
世界百五十個分、いや、もしかしたら、周辺の世界の分も。
「……でも、何でだろ?」
「なにがですか? 別にいいじゃないですか! お花畑ですよ! お花畑!」
首をかしげていると、肩の上の君が、頬をちいさな手で叩いてきた。
そのなんともいえない感触を味わいながら、頭を悩ませ続ける。
「確かに、魔法は失敗してたと思うんだけどなぁ……」
自分がなれない転移魔法で、一つ一つ世界を移動していたのだが、それに肩の上の君が痺れを切らしてしまったのだ。
『――がやればあっという間ですよ!』
その叫びとともに振るわれた魔力。
魔法の形にもなっていなかった魔力。
確かに暴走だった。
大規模次元震。
未曾有の大災害が起こることを覚悟したというのに、その結果がこれだったのである。
「そんなに心配しなくても平気ですよ! 何があっても、お茶の子さいさいです!」
張った胸をさらにそらす肩の上の君。
その姿と、眼下に広がる光景を交互交互に見ながら考える。
きっと、この発言はある程度は的を射ているのだろうと。
自分達が生み出された経緯、込められた思い。
それを考えると、何をしようが悲しみを呼ぶようなことにつながったりしないであろう。
でも、それでも、
「……やっぱり、だめ! 魔法は使っちゃだめ!」
「な、なんでですかぁ!」
そう結論付け、視線を合わせて、説得にかかる。
「今回は、何も問題はなかったけれど……もしかしたら、もしかしたらだよ? ここに住んでいる人がいて、おうちがお花で埋まっちゃったら……」
「うわあ、それはお掃除が大変ですぅ!」
「だから、人を困らせちゃったら、はやてちゃんに怒られちゃうから、ね?」
「うーん、そうですねぇ。でも、困ったらすぐ言うですよ?」
「うん、そのときは頼りにさせてもらうから」
一応納得させることができたので、視線を花畑に戻す。
「……やっぱり、誰も住んでなさそうだよね」
「そうみたいですね……」
「さっき、この世界はずっと昔に、滅んじゃった世界だって言ってたよね?」
「はい、そうです!」
「……そんな世界に留学なんてするのかな?」
「そういえば……そうですね。あれ?」
「留学先はイギリュスって、確かに聞いたんだよね?」
「まちがいありませんよ!」
「……もう一度、確かめに戻ろうか?」
「え、またですか? ここに来るまで3ヶ月もかかったですよ?」
「でも、間違いなくここじゃないよね?」
「そうですけど……」
また、あの退屈な繰り返しが続くことを、想像したのだろう。
肩の上の君は意気消沈してしまった。
「んじゃあ、いくよ! 今度は手を出したらだめだからね! 地球がこんなになったらお掃除が大変だから!」
最後にもう一度、念を押してから、少しだけ慣れてきた転移魔法の詠唱にはいる。
浪々と響き渡る詠唱の声。
それは、思わず、自分でも聞きほれてしまうほどのできであった。
それなのに、
「あれ?」
「どうかしたですか?」
会心の出来であったにもかかわらず、転移の兆しすら起こらない。
「ええと……」
何か、間違っていたかと、魔法の構成を確認するが、おかしなところはどこにもない。
母に習ったとおりの、完璧な構成。
「うんと、じゃあもう一度!」
「がんばるですよ!」
言うことを聞いておとなしくしている肩の上の君の声援を受けて、もう一度詠唱を開始する。
しかし、今回も、
「何もおこらないですね……」
むなしく木霊するだけであった。
「うんと……」
このままでは、もしかしたら、また、肩の上の君が痺れを切らしてしまうかもしれない。
そうおもい、急いで何か見落としがないか確認する。
「……」
うずうずしているのがわかる視線を受けながら。
それが、後押しになったというわけではないが、程なくして、大きな見落としを見つける。
だが、こんなこと、誰も気がつきはしないであろう。
次元跳躍魔法のエキスパートである母だったとしても、すぐには気がつかないはずだ。
「座標が……違ってる?」
「地球の座標が変わっているですか?」
普通では考えられないことに、固まってしまった自分の顔を覗き込んでくる肩の上の君。
「ちがう! ちがうの! この世界の座標が、この世界自体が……」
「どうかしたですか?」
「まったく別なところに移動しちゃってる……」
たしかに、次元空間に漂っている世界は、次元が起こす流れによって、微妙に移動はしている。
だが、こんな大規模な移動は考えられない。
地球と、この世界の距離は最初世界二百五十個分であった。
だが、今は、
「倍以上はなれちゃってるよ……」
考えられる原因は一つしか考えられない。
冷たい視線を原因に送る。
「……ごめんなさいです」
ついに、その頭を下げる肩の上の君。
「はぁ……」
おこってしまったことはしかたがない。
それに、どういう理由かわからないが、確かに次元震はおこらなかったのだ。
被害は出ていないはず。
だから、
「はなばたけ、気づいてみれば、迷子だよ……。よし、いくよ!」
「……むぅ」
気を取り直して、詠唱を始める。
あと、何百回の詠唱を繰り返さなければならないのか、あと何ヶ月、もしかしたら一年以上、この単調な繰り返しをしなければならないのかと頭を痛めながら。