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No.12354の一覧
[0] ゼンドリック漂流記【DDO(D&Dエベロン)二次小説、チートあり】[逃げ男](2024/02/10 20:44)
[1] 1-1.コルソス村へようこそ![逃げ男](2010/01/31 15:29)
[2] 1-2.森のエルフ[逃げ男](2009/11/22 08:34)
[3] 1-3.夜の訪問者[逃げ男](2009/10/20 18:46)
[4] 1-4.戦いの後始末[逃げ男](2009/10/20 19:00)
[5] 1-5.村の掃除[逃げ男](2009/10/22 06:12)
[6] 1-6.ザ・ベトレイヤー(前編)[逃げ男](2009/12/01 15:51)
[7] 1-7.ザ・ベトレイヤー(後編)[逃げ男](2009/10/23 17:34)
[8] 1-8.村の外へ[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[9] 1-9.ネクロマンサー・ドゥーム[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[10] 1-10.サクリファイス[逃げ男](2009/10/12 10:13)
[11] 1-11.リデンプション[逃げ男](2009/10/16 18:43)
[12] 1-12.決戦前[逃げ男](2009/10/22 06:15)
[13] 1-13.ミザリー・ピーク[逃げ男](2013/02/26 20:18)
[14] 1-14.コルソスの雪解け[逃げ男](2009/11/22 08:35)
[16] 幕間1.ソウジャーン号[逃げ男](2009/12/06 21:40)
[17] 2-1.ストームリーチ[逃げ男](2015/02/04 22:19)
[18] 2-2.ボードリー・カータモン[逃げ男](2012/10/15 19:45)
[19] 2-3.コボルド・アソールト[逃げ男](2011/03/13 19:41)
[20] 2-4.キャプティヴ[逃げ男](2011/01/08 00:30)
[21] 2-5.インターミッション1[逃げ男](2010/12/27 21:52)
[22] 2-6.インターミッション2[逃げ男](2009/12/16 18:53)
[23] 2-7.イントロダクション[逃げ男](2010/01/31 22:05)
[24] 2-8.スチームトンネル[逃げ男](2011/02/13 14:00)
[25] 2-9.シール・オヴ・シャン・ト・コー [逃げ男](2012/01/05 23:14)
[26] 2-10.マイ・ホーム[逃げ男](2010/02/22 18:46)
[27] 3-1.塔の街:シャーン1[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[28] 3-2.塔の街:シャーン2[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[29] 3-3.塔の街:シャーン3[逃げ男](2012/09/16 22:15)
[30] 3-4.塔の街:シャーン4[逃げ男](2010/06/07 19:29)
[31] 3-5.塔の街:シャーン5[逃げ男](2010/07/24 10:57)
[32] 3-6.塔の街:シャーン6[逃げ男](2010/07/24 10:58)
[33] 3-7.塔の街:シャーン7[逃げ男](2011/02/13 14:01)
[34] 幕間2.ウェアハウス・ディストリクト[逃げ男](2012/11/27 17:20)
[35] 4-1.セルリアン・ヒル(前編)[逃げ男](2010/12/26 01:09)
[36] 4-2.セルリアン・ヒル(後編)[逃げ男](2011/02/13 14:08)
[37] 4-3.アーバン・ライフ1[逃げ男](2011/01/04 16:43)
[38] 4-4.アーバン・ライフ2[逃げ男](2012/11/27 17:30)
[39] 4-5.アーバン・ライフ3[逃げ男](2011/02/22 20:45)
[40] 4-6.アーバン・ライフ4[逃げ男](2011/02/01 21:15)
[41] 4-7.アーバン・ライフ5[逃げ男](2011/03/13 19:43)
[42] 4-8.アーバン・ライフ6[逃げ男](2011/03/29 22:22)
[43] 4-9.アーバン・ライフ7[逃げ男](2015/02/04 22:18)
[44] 幕間3.バウンティ・ハンター[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[45] 5-1.ジョラスコ・レストホールド[逃げ男](2011/09/04 19:33)
[46] 5-2.ジャングル[逃げ男](2011/09/11 21:18)
[47] 5-3.レッドウィロー・ルーイン1[逃げ男](2011/09/25 19:26)
[48] 5-4.レッドウィロー・ルーイン2[逃げ男](2011/10/01 23:07)
[49] 5-5.レッドウィロー・ルーイン3[逃げ男](2011/10/07 21:42)
[50] 5-6.ストームクリーヴ・アウトポスト1[逃げ男](2011/12/24 23:16)
[51] 5-7.ストームクリーヴ・アウトポスト2[逃げ男](2012/01/16 22:12)
[52] 5-8.ストームクリーヴ・アウトポスト3[逃げ男](2012/03/06 19:52)
[53] 5-9.ストームクリーヴ・アウトポスト4[逃げ男](2012/01/30 23:40)
[54] 5-10.ストームクリーヴ・アウトポスト5[逃げ男](2012/02/19 19:08)
[55] 5-11.ストームクリーヴ・アウトポスト6[逃げ男](2012/04/09 19:50)
[56] 5-12.ストームクリーヴ・アウトポスト7[逃げ男](2012/04/11 22:46)
[57] 幕間4.エルフの血脈1[逃げ男](2013/01/08 19:23)
[58] 幕間4.エルフの血脈2[逃げ男](2013/01/08 19:24)
[59] 幕間4.エルフの血脈3[逃げ男](2013/01/08 19:26)
[60] 幕間5.ボーイズ・ウィル・ビー[逃げ男](2013/01/08 19:28)
[61] 6-1.パイレーツ[逃げ男](2013/01/08 19:29)
[62] 6-2.スマグラー・ウェアハウス[逃げ男](2013/01/06 21:10)
[63] 6-3.ハイディング・イン・ザ・プレイン・サイト[逃げ男](2013/02/17 09:20)
[64] 6-4.タイタン・アウェイク[逃げ男](2013/02/27 06:18)
[65] 6-5.ディプロマシー[逃げ男](2013/02/27 06:17)
[66] 6-6.シックス・テンタクルズ[逃げ男](2013/02/27 06:44)
[67] 6-7.ディフェンシブ・ファイティング[逃げ男](2013/05/17 22:15)
[68] 6-8.ブリング・ミー・ザ・ヘッド・オヴ・ゴーラ・ファン![逃げ男](2013/07/16 22:29)
[69] 6-9.トワイライト・フォージ[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[70] 6-10.ナイトメア(前編)[逃げ男](2013/08/04 06:03)
[71] 6-11.ナイトメア(後編)[逃げ男](2013/08/19 23:02)
[72] 幕間6.トライアンファント[逃げ男](2020/12/30 21:30)
[73] 7-1. オールド・アーカイブ[逃げ男](2015/01/03 17:13)
[74] 7-2. デレーラ・グレイブヤード[逃げ男](2015/01/25 18:43)
[75] 7-3. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 1st Night[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[76] 7-4. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 2nd Day[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[77] 7-5. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 3rd Night[逃げ男](2021/01/01 01:10)
[78] 7-6. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 4th Night[逃げ男](2021/01/01 01:11)
[79] 7-7. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 5th Night[逃げ男](2022/12/31 22:52)
[80] 7-8. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 6th Night[逃げ男](2024/02/10 20:49)
[81] キャラクターシート[逃げ男](2014/06/27 21:23)
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[12354] 7-7. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 5th Night
Name: 逃げ男◆b08ee441 ID:1811fb33 前を表示する / 次を表示する
Date: 2022/12/31 22:52
──すべて燃えてしまえ、滅んでしまえ

 そう考えるようになったのは、いつの事だっただろうか。昔は先祖代々の墓守の仕事に誇りを持ち、伝統を受け継ぐことに喜びを感じていたはずだ。だがある時、私は自分のその仕事が割に合わないものだと考えるようになってしまったのだ。

 日頃は人の立ち入らぬ暗がり、地下の墓標で墓の手入れを行い、いざ村人と接する時は誰かが亡くなった時だ。死者の鎮魂を願いその魂の安息を祈る黒の外套は村人からは縁起の悪いものと思われるようになり、休日に買い物に訪れる際などにも露骨に目を背けたりされる始末。私自身が不幸を運ぶ者ではないと彼らも知ってはいるはずだが、それでも私と接することを縁起が悪い、と考えるものが居るのだ。

「それが人の心の弱さというものだ。人の心には強弱があり、大事なものを失った時にそれは極端に弱まってしまう。だが、それを責めてはならない。我々はその弱さに寄り添い、人が立ち直る手助けをせねばならん。
 遺された人がしっかりと立ち直ってこそ、死者も安心して眠れるだろう。怪我をした時に医者が傷を治すように、心に傷を負ったものを我々は癒すのだ。もはや失われた者が戻らぬことを示しつつ、されど彼らが安心して眠っていることが判る様、日々の勤めを続けるのだ。人の営みのその終着点、それを護る事が私たちの仕事だ。それはなくてはならないものなのだよ」

 亡き父が私に言い聞かせた言葉を何度も思い返す。それはきっと先祖代々がこの村の始まった時から伝え続けてきた言葉なのかもしれない。だが、その言葉はやがて私の心には響かなくなったのだ。

 カルティストたちの暗躍が始まり、白龍が島の周囲に近づく船を氷漬けにし始めた頃。私は彼らの教義に触れて地下龍の声を聴き、啓示を授かったのだ。あるいは日頃より地下にて死者と触れる事の多い私にはその声が届きやすかったのかもしれないが、私はあっという間に奇跡を授かり行使できるようになった。その時には既に、この村を滅ぼすことは決めていたのだ。

 墓地の地下深くに繋がる水脈を通じてサフアグンを招き入れ、村の各所に彼らを匿った。墓参りに来たものを秘かに捕えてカルティストに引き渡せば、数日で彼らは信仰を新たにして再び村の生活へと戻っていく。これを繰り返して徐々に勢力を強めていき、いずれ蜂起の時を迎えれば一晩でこの村は島から消え失せるだろう。その時は間近に迫っている、と考えていた──あの余所者が現れるまでは。

 その余所者は墓所に引き込んでおいたカルティストの神官やアンデッドを処理し、さらに古倉庫に潜ませていたサフアグンを狩り出した。今まで時間をかけて用意していた準備が次々と台無しにされていったのだ。他の冒険者をけしかけて処理をしようとしたがそれも上手くいかず、その跳梁を指をくわえて見ている事しかできない。

 だが転機が訪れた。我々が欲していた古代遺跡に関する巻物をその冒険者が手に入れ、その記載を喧伝し街の外へと打って出る流れになってきたのだ。だが数日前に村に現れたばかりの新参者を言い分で命を危険に晒そうという村の者はいないだろう。話をうまく誘導し、吊るし上げることが出来ればあの余所者を処分しさらに巻物を入手することが出来る好機となる──!

 だが、その先に待っていたのは我が身の破滅だった。群衆の前で用意したサクラは役に立たず、言い負かされ、さらには巻物を奪って逃走を図るも手に入れたそれは偽物で、宿の地下に用意していた抜け道から呼び出したサフアグン諸共に打ち滅ぼされたのだ。同行していた蛮族エルフのシミターで切り裂かれ、深く冷たい水底に沈んでいった私を地下龍の爪が捉えたのは偶然ではあるまい。

 死んだ体のままに意識を貼り付けられ、痛みと凍えに苛まされながら考えたのは復讐だ。次こそ殺す。そしてこの責め苦を奴にも味合わせるのだ。そしてその機会はすぐに訪れた。村の外の古い墓地に現れた余所者を、地下龍に授かった《ホールド・パースン/対人金縛り》の奇跡で麻痺させたのだ。あとは嬲る様に殴り続けるだけだ。

 ワイトと化したこの身は触れるだけで生きている生物から活力を奪うということは本能的に察していた。余所者はどこで入手したのか、その効果を防ぐ護符を身に着けているようでその生命力がこちらに流れてくる感覚がない。だがその効果も永遠には続かないだろう。むしろ、即死しないことで死に至る過程に怯える様を眺めることが出来るのだ。その表情が恐怖に歪んでいるのを見たとき、ついに私は自身を苛む痛みと凍えから解放されたのだ。その表情をもっと歪めたくて、見続けたくて拳を振るい続ける。

 あと何発でその加護は消え失せるか? その後死ぬまで殴れるのは何発だろうか? できればすぐには死なず、その生命力を貪る時間が長く続けばよい。そして死んでこいつがワイトになったならば、次は私を切りつけたあの蛮族だ。耳を削ぎ、四肢を刻んでその後に生命力を啜ってやろう。そうして邪魔者を排除したらその後に村の連中共だ。シグモンドとアルサスの邪魔者親子を並べて殺したあとは、カヤだ。

 ああ、カヤ! 私の思いを受け入れてくれなかったあの女を殺すのだ! そして引き籠っているラース・ヘイトンにその死体を投げつけてやる。そして全員殺した後で遺跡から魔人を呼び覚まし、この島だけでなくコーヴェアもゼンドリックも焼き尽くしてやる!

 だがその前にこの余所者を殺さねば。ああ、その恐怖に引きつった顔を見ていられるのももうあと僅かの事か。麻痺のせいで悲鳴を聞けなかったのは残念でならない、だが贅沢は言うまい。そんなものは、これからいくらでも聞けるだろうから。

 表情が変わったか、せっかくの恐怖に歪んだ表情が台無しだ。それは怒りか? 自らの不甲斐なさに怒り心頭と見える。だがその感情もすぐに消えるだろう。あと数発も小突けばもうこの余所者は干からびるだろうという手ごたえを感じた。その素晴らしい瞬間が間もなく終わってしまうという事が残念でならない。

 む、大斧だと。どこから取り出した?

 そしてその斧に纏わりつく稲光はなんだ?

 いかん、早く始末せねばならん──

 最後に視界を埋め尽くしたのは白の極光だ。そして俺はその光の正体を知っている。《ライトニング・ストライク》──古い墓所を埋め尽くしたのは、ある武装による破壊の極地。それを思い出したことで俺はこの脳裏に流れる記憶の正体を知った。

 "狂人"ジャコビー・ドレクセルハンド。それはコルソスで俺が殺めた裏切り者の墓守の記憶だ。その記憶が再現されたことで、あの時俺の体に刻まれた傷が再び浮かび上がっているのを感じる。死者の記憶──ドルラーに眠るその存在が、生者である俺の体を苛んでいるのだろう。

 だが、その正体が割れてしまったのであればそれを振り払う事は容易い。自我を正しく意識し、失われた五体の感覚を取り戻そうとすれば意識が浮上していくのを感じる。そうして目を開いた先に広がっていたのは、黒く染め上げられた無辺の空間だった。

 











ゼンドリック漂流記

7-7. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 5th Night











 死の領域のただなからしい、光の存在しない無明の空間。そこに立っているのは俺一人だ。他の仲間の姿は見当たらない。なんらかの存在に飲み込まれる前に物理的に離れた距離にいたためか、それとも先ほどまで俺が囚われていた死者の記憶がなんらかの効果をもたらしているのかは不明だが念話すら通じないのであれば現時点では合流は考えずに動かなければならないだろう。

 しかしだとしても、何の手掛かりもない闇に満たされた空間ではどっちに移動すれば良いのかすら判らないときた。だが周囲に知覚を張り巡らせるにつれ、その必要がない事に気付く。この場所には、空間という概念自体が乏しいのだ。無論、手足を伸ばすことは出来るし歩けば足を進めることは出来る。だが、どれだけ移動してもどこにも辿り着くことは無いだろう──漠然とそのようなものである、という認識を得たのだ。これは高度に発達した知覚能力と、鍛えた次元界についての知識の賜物だろう。

 そして同時に、移動などする必要がない事も判る。この空間そのものが、先ほど俺を飲み込んだ闇の核であるという事だ。俺が敵を認識し、敵対心を抱いたことで俺を包む空間そのものが反応を開始する。とはいえそれは物理的なものではない。俺のいる空間そのものが変質する──それはおそらくまた何者かの死者の記憶なのだろう。

 接触の瞬間、僅かにその存在がどんなものかが伝わってくる。かつて俺が戦って倒したクリーチャーたちの魂はここドルラーへと辿り着き、そこで記憶を落として次の生へと向かったのだろう。そしてドルラーに遺された死者の記憶が、敵の操る武器なのだ。足止めの罠にはまった俺を雷光で撃ったコボルトの呪い師や、秘術的自爆で相打ちを計ったホブゴブリンのシャーマン。当時は相当な割合のヒットポイントを削られたものだが、今の自分にとってはもはや大したダメージではない。真に危険な記憶の持ち主は何名か心当たりはあるものの、そういった連中の魂はドルラーに訪れていないようで死者の記憶が俺に与えるのはかすり傷程度に過ぎなかった。

「──つまらない出し物にはそろそろ飽きてきたんだ。他の芸を見せちゃくれないのか?」

 こちらの声が通じたのか、それとも一通りの記憶を乗り越えたことで次のステージへと移行するタイミングだったのか。暗闇から姿を見せたのは一体の人型生物だ。自分以外の存在が生まれたことで空間に広さが定義される。とはいえ人間サイズが二人程度がお互い手の届く範囲に立っている程度であり、その広さは畳数枚ほどだろう。相手はストームリーチでもよく見かけるような軽装な鎧姿に剣を帯びているが、その表情は黒く塗りつぶされているようで誰だか判別することは出来ない。

 こちらから手を出さずにいると彼は剣を抜いて斬りかかってきたが、その動きはエルフの戦団のメンバーと比べても見劣りする程度だ。会話もできそうにないと判断し、後の先で掌底を一撃浴びせればその衝撃が全身に行きわたるまでもなく輪郭から霧散して消えてしまった。まるで呪文などで召喚されたモンスターを破壊した時のような感覚に、状況を推察する。

(やはり実体ではない……記憶から再現された召喚モンスターみたいなものか?)

 不可思議な手応えとその存在に頭を悩ませている間にも、同じような存在が次々と姿を現し襲い掛かって来た。そのほとんどは人型生物と思われる相手だが、時折コボルトやバグベア、オーガなども混じっていく。とはいえその戦闘力は大したものでは無い。バフが付与された状態の俺の掌底は、強打せずとも一撃で犀を昏倒させる程度の威力がある。生半可なクリーチャーではこの攻撃に耐えることは出来ないだろう。

 そうして現れる敵を撃破しながら、この空間がどういったものかについての推察を進めていく。『死の接触』自体がゲームには実装されていなかったためそちらの知識は頼りに出来ない。だが入念に行っていた占術を掻い潜り、ストームリーチにを持たらした存在については、ここまでの状況証拠とD&Dというゲーム自体に対する知識から推察することは可能だ。

 今思えば街角で狂気を叫んでいたスクリーマー達や、青白い裏切りの影の蔓延はその前兆だったのだろう。特に前者はゲーム時代にも存在してたことからすっかり風景の一部として認識してしまっていたが、それは重大な見落としだった。

 街に広がったそれらの凶兆と、占術を受け付けないという特性は敵の存在の輪郭を浮かび上がらせていた──"エルダー・イヴィル/上古の大魔"。それは古代から存在する、世界を捻じ曲げる強力な悪の存在だ。神格の存在しないエベロンにおいてはまさに世界の滅びを象徴するものだと言えるだろう。

 俺のエルダー・イヴィルについての知識はTRPG版のサプリメントに寄るものだが、この世界で過ごしてきたことで得た経験と知識から、より正確な推測を立てることが出来る。あるいはこれも俺の持つ"バードの知識"の効果の一つだろうか──今このストームリーチを襲っているのは、遥か過去にこのエベロンを支配していた上帝の一柱だろう、と俺は判断していた。


 "デーモンの時代"を支配した上帝たちの大部分は現在完全に自由を奪われた状態にあるため、世界になんらかの意味のある影響を及ぼす事は出来ない。しかし、一部は縛めを緩め、囚われの身でも物質界に影響を及ぼす手だてを見出した。その中で最も警戒すべきものが、ある一柱の上帝が巡らせている策謀だ。

 今から7世紀前、その上帝はもう少しで縛めを解き脱出する寸前までに至っていた。パラディンのティラ・ミロンがシルヴァー・フレイムと"合一"することでそれを阻止したのだが、それ以、この上帝は二度と眠りに就いていない。何世紀ものあいだ、彼はシルヴァー・フレイムの核にとどまり、意志弱き者たちにささやきかけ、"予言"の道筋を操って暗黒の時代をもたらそうとしているのである。

 ありとあらゆる不和や裏切りから力を得るこの上帝は、最終戦争という巨大な争いによって著しく強大化した。もし彼が解き放たれるようなことがあれば、そのあとには混沌と絶望が続くに違いない。この上帝の名はベル・シャラー──すなわち"炎の中の影"である。


 本来であればコーヴェア大陸にて銀の炎に縛られているはずのこの上帝がどうしてこのストームリーチに影響を及ぼしているのか。それについてはかなりの部分を推測に委ねなければならないが、大凡のアタリはついている。あの巨大なシベイ・ドラゴンシャード、あれが関わってると考えて間違いない。単純に手の届くところにあるのであれば砕いてしまうのだが、どうやら今はその中に囚われてしまっている様子。ここからどうにかする手段を模索しなければならない。

 そのためには、こうやってけしかけられている再現体を倒しているだけではいけない。今のところ同じ記憶の再現体と思われる存在が二度現れる事は無いためそのうち在庫が尽きるかもしれないが、その根源がもし俺が想像する通り死者の記憶の成れの果てであるのならば、下手をすれば倒す速度よりも補充する速度の方が早いかもしれないのだ。

「こういうところで望みの場所に移動したい場合は……こう、だったか?」

 こういった主観的空間座標系の異空間において、移動は意志の力によって行われることが多い。自分がどんな場所に移動したいかを念じれば、それにふさわしい場所に勝手に移動するようなものだ。普通であれば様々な情報を集めて目的地を特定する手順を踏み、場合によってはその場所に関するアイテムなどを使用することで縁を深めて行う行為だが、それらは判定の難易度にボーナスを与えるものに過ぎない。今の俺であれば、ブーストされた高い能力値の補正によりゴリ押しすることも可能だろう──このように。

 念じた直後、闇に包まれていた周囲の様子が一変した。まず変わったのはその広さか。先ほどまでは手を広げられる程度の広さでしかなかったはずが、今や地平まで見えそうな空間の広がりを感じる。実際には一切の光源の無い暗闇の中であるため制限された知覚の届く範囲までのことしか判らないが、少なくとも全力疾走しても壁にぶつかる心配が不要なくらいの広さはありそうに感じられる。

 そんな空間に存在感のあるオブジェが浮かんでいた。それは中空に向かって伸びる階段だ。周囲の闇に溶け込むような漆黒で構築された物体が階段状に並んでおり、通常の視覚しか持たない存在であれば横を通り過ぎても存在に気付かないかもしれないほどだ。どこまでの高さがあるかは不明だが、この空間の頭上側から感じるプレッシャーからしてこれを登っていくことが正解のルートだろうと思われた。

 自分に付与されている一通りのバフを再確認し、階段を一歩踏み上がる。すると先ほどまでは僅かな幅しか感じられなかった段差が急速に広がっていくのを感じた。同時にその広がった空間の広さに相応しい威容を持った存在がそこに現れた。

 闇に煌めく黄金の鱗。天高く突き上げられた頭部からは大きく後方に伸びる一対の巨大な角の上に、横方向へ広がる二対の副角が生えている。口元から垂れ下がる髭はまるで触手のようで、しかしその太さは大人の胴体ほどもあるだろう。全長は30メートルほどだろうか。その重さは100トン近くあっても可笑しくはない。金龍独特のその淀んだ眼球がぐるり、とこちらを見据えた瞬間に既に俺は中空を踏んでその眼前へと迫っていた。

 対龍特攻を付与されたハンドラップを巻き付けた拳を握りしめ、全力の拳撃を見舞った。接触と同時に付与された電撃/衝撃を開放し追加のダメージと朦朧化を狙うも、巨龍の頑強さは相当なもので拳と電撃双方の衝撃を乗り越えてスタンには抵抗されてしまう。このサイズのドラゴンになるともはや状態異常の類はその生来の抵抗力からほぼ通用しないと考えて良い──打ち倒す手段はシンプルに、ダメージの積み重ねだ。

 先手を取れたことをよい事に、息を吐かせずに連撃を叩き込む。一撃を打ち込むたびに鉄壁よりも遥かに硬いはずの黄金の鱗がひび割れ、衝撃に頭蓋の輪郭が歪んでいく。一撃を打ち込んだその反発が来るよりも先に、次の一撃を。愚直に打ち込んだ連撃は三発目にして巨竜の頭蓋の許容量を突破し、行き過ぎた破壊力はその首から上を爆散させた。

「──ありゃ。ちょっとやりすぎたか……これなら初手の付与呪文は温存で良さそうだな」

 ドラゴン種に弱点があるとすれば、それはその巨体から来る鈍重さだろうか。このためよーいドンで戦闘開始すればほぼ一方的にこちらが先手を取ることが出来、一方的にこちらから攻撃を加える事が可能になる。本来ならば物理攻撃を寄せ付けないであろう強靭な鱗は《レイスストライク/幽鬼の打撃》という呪文により無効化され、人型生物の数倍を超えるタフネスといえども俺の突き抜けた打撃力には耐えられない。

 これが五分の条件で開始された戦闘であれば結果は判らないところであるが、どうやらこの世界に登場する再現体は所謂"素"の状態で出現する。つまり、なんの事前バフなどもかかっていない無防備な状態なのだ。対してこちらはありとあらゆるバフを乗せまくった状態で、特にリソースも大きく消費しておらずほぼ最高の戦闘力を維持している。レベルが上がっていれば上がっているほどこの事前準備の有無による戦闘力の格差は広がる一方のため、例え齢千歳を超える古龍であろうとも戦い方によってはこの有様と化すのだ。

 そうやって数秒で金龍を打ちのめしてふわり、と床に舞い降りると、階段の幅は元通りに縮まっていた。だがそれが幻でない証左として、階段の材質が変わっていた。先ほどまでは暗闇に溶け込んでいるかのような漆黒の立方体だったそれは、文字通りの龍骨へと変じていたのだ。俺が砕いたためか頭蓋の部分は存在しないものの、首から尾の先端までを一直線にした龍の背骨が階段を構築していた。四肢をもがれた哀れなドラゴンの遺骸として宙に浮かんでいる。

 足元を何度か踏みしめ、それが空間にしっかりと固定されていることを確認し、次の階段へと足を踏み入れた。すると足を踏み入れた途端に再びその幅が広がっていき、そこには別のドラゴンが姿を現している──左右に広がってから前方に伸びる捻じれた角と下顎部に突き出したトゲトゲは、次の敵がブラックドラゴンである事を示していた。相手の種族を分析しながら、既に俺の体は宙を舞い先ほどの戦闘を繰り返すかのように黒龍の頭部へと迫っている。

「──疾っ!」

 先ほどの結果を参考に今度はチャージ済のリソースすら出し惜しみ、連撃のみで倒しきる。要した打撃の回数は五度。手応えからして総ヒット・ポイントは600前後だろうか。所謂グレート・ワームと呼ばれる年齢層のドラゴンは千二百歳以降で、そのあたりのドラゴンのヒット・ポイントが種別によるものの概ね600~700程度である。単に年齢を重ねただけのドラゴンであれば、この辺りの年齢であっても今の俺より少々撃たれ強い程度に過ぎない。

 再び戦闘を終えて舞い降りると、足場の階段は龍骨へと変じていた。進行方向には数えきれないほどの段差が未だ残っているとなれば、この先の展開は予想できてしまう。

「……どこまで続くんだろうな、これ」

 うんざりとしながら次の段差へ足を運ぶと、再び展開される擬似空間と龍の記憶の再現体。同じように即座に頭部を打ち砕くことで一切の行動をさせぬままに倒す──ということを延々と繰り返した。倒すごとに徐々に敵は強大化しているようには感じるものの、それは緩やかなものだ。俺の掌打一発のダメージは盛りに盛っておよそ160点ほど。対して敵のヒットダイスが一つ増えた際のヒットポイントの増加は30点に満たないほどか。ヒットダイスが5増える毎に、撃破に必要な攻撃回数が1回増える事になる。今のリソース消費しない攻撃ですんなり打倒できる範囲をヒットポイントのみで換算していくと大凡ヒットダイス60ほどまで。単純計算で脅威度にして40ほどまでのドラゴンであれば、このやり方で一方的に蹂躙できる計算になる。だいたいのドラゴンの成長線からすると、およそ二千五百歳ほどまでのドラゴンがこの範囲に含まれることになる。

 本来であればその身に宿した絢爛たる神秘のエネルギーを扱う事で難攻不落の城塞にも等しい存在になるであろう古龍達が、その片鱗も発揮することなく単に図体の大きなトカゲとして倒されていくその様は、ありがたいと感じる反面残念でもある。エベロンの地上ではほぼ見ることが出来ないほどの強大な龍種達。その強さに羨望を覚えるはずの存在だというのに、それが浪費されていく。勿論、これらは過去において既に死んだ存在の残滓に過ぎないのだろう。魂はこの記憶とは別に流転し、今は別の生を謳歌しているかもしれない。だがそれでもなお哀愁を感じてしまうのは感傷的に過ぎるだろうか。

「──まったく、趣味の悪いトロフィーだ」

 どうにかこちらのキャパシティを越える龍の記憶が現れる前、倒す龍のサイズが最初の倍ほどまでに膨れ上がった頃にようやく階段が終わりを迎えた。振り返ればそこには延々と連なる龍の遺骨たち。トロールやオーガといった食人種が、喰らった獲物の頭蓋骨を首や腰回りに並べて身に着けるのは何度も見たことがあるがこれもおそらくは同種の行為なのだろう。あからさまなこれまでと異なる様相に、俺は指輪をひと撫でしてバフを確認してから歩みを再開する。

「それとも、これが自慢のオブジェなのか? だとしたらやっぱり俺にはその趣味は理解できそうにないな──その辺りどうなんだ」

 辿り着いた頂点は、奥行きのある長方形型の空間だ。これまで通り抜けてきた階段の発生させてきた擬似空間に比べれば何とも狭く、少し歩けば向こう側まで辿り着いてしまうであろう程の広さしかない。そんな空間に、小さな祭壇のようなものが置かれている──いや、祭壇というよりも和風の社というのが近いだろうか。小さな家を模したような構造物が置かれており、そこまでに至る短い道の左右には錫杖のようにも見える細い灯篭が地面に突き立てられている。頂点には蓮華のような意匠が施されており、その中央には蝋燭が添えられていた。そしてその蝋燭はまで俺の声に応じるように明かりを産んでいく。奥の社に誘うように時間差をもって生まれたその照明は、この暗闇に包まれた異空間では非常に頼りない薄暗いものとして周囲を照らしている。

──愚かな龍共は巡礼者の足の踏み場を飾る程度がお似合いよ

 そしてその社を中心に影が揺らめいた。闇の中に逢ってなお闇よりも深い影──それは中空に黒い虎の顔を映し出している。それが獣のものではないことは、赤く輝く瞳が強力に語っている。動物にはあり得ない高い知性と残虐性、それはこの虎面の怪人がラークシャサであることを示していた。

 ラークシャサとは、遥か大昔のデーモンの時代において何千年もの間エベロンを支配していた種族の一つである。"下たるドラゴン"カイバーの血から生まれた恐怖の化身である彼らは何十万年もの間、地上を支配した。そのラークシャシャの王族、ラークシャサ・ラジャのうち何体かは今の世にも伝説としてその恐ろしい存在が語り継がれ散るほどだ。ベル・シャラーもそのうちの一体に過ぎない。

 そしてそれら王族のラークシャサに仕える、戦士階級のラークシャサ達が存在した。彼らの王達がドラゴンとコアトルの同盟に敗れ、銀の炎によってカイバーの奥深くに封じられた際も彼らのうちの何人かはその網の目を潜り抜けて生き残り、今やロード・オヴ・ダストと呼ばれ大陸の影で自らの主を解き放つ"ゲーム"を執り行っている。

 そしてその中でもっとも知られた存在が過去の大戦において最も多くの龍とコアトルを滅ぼし、"龍の仇敵"として知られるラークシャサでありベル・シャラーの腹心にして代弁者──"ワームブレイカー"デュラストラン。過去においてはエルフとドラゴンの間に戦争を引き起こし、ここ数世紀ではその主を銀炎の呪縛から解き放とうと暗躍していた虎相の魔人である。

──死に囚われし哀れな存在よ、もはやお前たちに出来る事は何もない。解き放たれし我が主の腕はこの星を包むだろう。その死の抱擁はお前達から定命の運命を取り除く。その喜びの時を待つがいい、間もなくその刻は訪れるのだ

 そして、デュラストランはすでにその大願を果たしたと考えているようだ。主を縛った銀炎教会を内部から腐敗させ、さらにその上で残った敬虔な信者を誘導して騙すようにしてこの儀式を成立させたのだ。まさに今やその歓喜は絶頂であろうことは窺える。

 だが、俺はその喜びに水を差すためにここに来たのだ。社に浮かぶ虎相に向けて俺は言い放つ。

「お楽しみのところ悪いんだけど、邪魔させてもらうぜ。生憎お前たちにお似合いなのは地上ではなくカイバーだ。お前たちを産んだ母のもとに帰ってそこで好きなだけ妄想に耽るがいい。なんなら似合いの寝具をサービスしてやるよ、とびきりに蒼いやつをな」

 こちらの挑発にも虎相の表情は変わらない。彼らにとって人間などの定命の存在は季節の移り変わりとともに生え変わる草木のようなもの。人間かエルフかは一年草か多年草か程度の違いでしかなく、さらには総体として状況を観察することはあってもその1本1本ごとを気にかけること等無いからだ。

──愚かな事だ、我を怒らせてもお前の寿命をいたずらに縮めるだけに過ぎぬ。もはやこの場にいる時点でお前は我が主に囚われの身。ここで我に殺されようとも、寿命が尽きるまでこの場に留まろうともその運命は変わらぬ。
 
 おそらくこのラークシャサには俺の考えが理解できないのだろう。だがその必要はない。相互理解など不要。語らいから得られる情報にも価値は無い。淡々と倒し、次に向かえばよい。何か調べる必要があればその亡骸を越えてからすれば良いのだ。

 こちらの意図は掴めずとも戦意は察したか、虎相の幻影は社に溶けて消える。どうやら戦う気になったようだ。この畳数畳ほどに過ぎない狭い空間自体には特に変化はない。先ほどからぼんやりと光っている錫杖に見える細い灯篭が抱える小さな蝋燭の灯りがチラチラと揺れているのみだ。

──いいだろう、お前たちの足掻きと苦しみは、我が主を喜ばせる。主の復活の手向けに、一つ新たな首級を加える事としよう

 ここまで俺が倒してきたあのドラゴン達は、おそらく生前にデュラストランに滅ぼされた龍達なのであろう。俺とは違って万全な状態の龍種に対し、戦闘して勝利するだけの能力をあのラークシャサは有していることになる。それこそその龍との戦闘によって伝説となっているモンスターなのだ。今まで戦ってきた連中と比較して、甲乙つける事は難しいくらいだろう。格でいうならばイスサランと同等以上、そんなモンスターなのだ。

 精神を集中させ、いつどこから襲い掛かられても良いように神経を張り巡らせる──会話が途絶えてから経過した時間は数秒だろうか、それとも何時間も経過しただろうか? 時間の経過の定まらぬ死の領域に、戦いの火蓋を切って落とす銀閃が閃いたのはそんなことを考えた直後の事だった。

 その剣閃は地を割って現れた。あらゆる知覚よりなお迅く。足元に映った自分の影、それが主へと牙を剝いたのだ。優美な曲線を描く刀の波紋が揺らめき、周囲の蝋燭の灯りを玉鋼が照り返すその反射光よりも鋭く。気付いた時には既に神速の二連抜刀術が俺の体を切り裂いていたのだ。それは居合を極めた達人のみが認識可能な先の先、さらにその先の領域からの斬撃だった。抜き打ちの一閃と、それと鏡写しのように放たれた対の刃。その二段構えの攻撃が俺の体を深く切り裂く。

(イアイジュツ・マスターの先制抜刀術──! それはレギュレーション違反じゃないのか!?)

 それは現在は既に失われたはずの技術。だが確かにそれは今存在し、俺に対して牙を剥いている。本来であれば、この時点でその絶刀に付与されていた"致命の一撃"が発動し俺を殺していたのだろう。どんな龍種であろうとも、耐えようのない致死の刃。俺がそれに耐えることが出来たのは、斬撃とほぼ同時に展開された《アンティマジック・フィールド》によりその刃に付与された超常の効果が抑止されていたからに過ぎない。

 超位の抜刀術士の神速か、秘術者の脳内回路の燃焼による呪文発動のいずれが先か──その勝負に勝ったことが、俺の首の皮を繋いだのだ。戦闘開始直前に《コンテンジェンシィ》が発動したことで呪文を行使する猶予が生まれ、その一瞬で構築された《アンティマジック・フィールド》が相手の抜刀よりも早かったという事だ。

 相手がルール違反すれすれの攻撃を振るってきたことには驚かされたが、それはお互い様ともいえる。戦闘を開始する際に行われる先手の取り合い──イニシアチブ判定に合わせて呪文を発動させるという解釈次第では認められない離れ業で、イアイジュツ・マスターの奇襲攻撃に先んじて一手を加えることに成功したのだ。

「──だが耐えた、なら今度はこちらの番だ!」

 デュラストランは俺と同じく、自身を巻き込まないように範囲操作を行った《アンティマジック・フィールド》を纏っている。お互いがお互いを間合いに収め合っているこの状況、範囲操作云々を抜きにしてお互いが各種の付与効果を抑止された状態というわけだ。相手はラークシャサ、善を纏った刺突以外からの攻撃に高い抵抗力を持つ。魔法抑止状態で善属性の攻撃など、普通のD&D世界観であれば用意するのは至難の業だろう。だが、ここはエベロン──このラークシャサと久遠の闘争を続けている世界なのだ!

「くたばれ!」

 ブレスレットから取り出した武器はなんてことないただの高品質のダガーだ。魔法付与もされておらず、《アンティマジック》下であろうがなかろうが変わらない非魔法の武器に過ぎない。だがそれは間違いなくラークシャサの外皮を突き破り、体内へと突き立てられる。何故ならばそれは銀の炎によって鍛えられた金属、"フレイムタッチト"を鍛造して創られた武器。人の世を護ろうとする祈りに依って鍛えられたこの鉄は、その成り立ちからして善性を帯びているのだ。

 さらにダガーはモンクの得意武器でもある。モンクの連撃の勢いで、短刃が虎人の体を貫いていく。だがその殺傷力は先ほどドラゴン達に向けていたものに比べると小さなものに過ぎない。さらに攻撃の精度も低いものだ。連撃を振るう中での最善の一手が、先ほどまでの連撃の最もお粗末な一撃に劣るほどだ。あらゆる能力を補正していた呪文と、全身に纏った十を越えるマジックアイテムによる強化を失ったことによる落差にはそこまでの差がある。だが、それは相手にとっても同じこと。


──シベイの残りかす風情が! 我が絶刀をひとたび防いだとて、貴様の命運は変わらぬ!


 その毛並みを血で汚しながらもラークシャサは退かない。それは誇りに拠るものか、それともここで下がれば敗北すると悟っての事か。お互いが額を突き合わせるほどの距離で、再び虎相の魔人はその刃を振り抜いた。文字通り、その刃の軌跡は変幻自在。おそらくは『インヴィジブル・ブレード』の上級クラスか同等の技術を修めているのだろう、素早く多彩なフェイントは抜刀の瞬間をこちらに察知させない。

 だがそれも、秘術の強化を抑え込んでいる今では全盛期には程遠いものでしかなかった。数多の古龍を屠った変移抜刀術は、ともすれば察知した時には三度切られているほどの鋭さだっただろう。しかしお互いが超常の効果を抑止しあった結果、お互いその最善からは見る影もない有様だ。そんな泥臭い、頼れるのは自分の体一つという状況はすなわち基本性能の比べあい──だがそうなってしまえば俺の勝利は揺るがない。なんといっても、この体には八体分のキャラクターを詰め込んでいるのだ!

 ダガーの先端から生の秘術のエネルギーが注ぎ込まれ、ラークシャサの体内で炸裂する。呪文を構築するのと異なり、近接攻撃に秘術エネルギーを浸透させて殺傷力を底上げする効果はこの魔法抑止下であっても有効な技術だ。それは毒のように魔人を蝕み、生命力を奪っていく。こちらの手数が多ければ多いほどその勢いは強くなる。そして手数でいえば俺はこの竜殺しを遥かに上回っていた。

 まるでこちらの意識の間隙を突いて虚空から現れるような斬撃は確かに恐るべきものだ。だがその繊細な軌道故に強打することは叶わず、俺がアクションブーストによって一時的に得ている強力なダメージ減少効果により骨を断つまでには至らない。一方で魔人の防備は銀炎に鍛えられた短刀が食い破り、さらにその先端から打ち込まれる秘術エネルギーが体内を食い荒らすのだ。

 そして俺の一撃がついにデュラストランを打ち破る。刺突が顎を穿ち、注ぎ込まれた秘術エネルギーが頭蓋を焼き切った。術者の意識が途切れたことでラークシャサの《アンティマジック・フィールド》が霧散し、それによって各種の付与を取り戻した必殺の一撃が連撃となって魔人の肉体を完膚なきまでに破壊した。

 解放された武器の付与効果により、ラークシャサの体は光に飲まれて消えていき跡形も残らない。何百万年も闘争に身を置いてきた魔人といえど、滅びからは逃れられなかったようだ。断末魔すら残せず、刀一本を地面に残してデュラストランは消え去った。殺意の応酬が行われたのは随分と長い時間に感じられたが、実際には数十秒程度に過ぎないだろう。だが間違いなく今までの中で最も濃密な時間だったように思う。

 地面に落ちたデュラストランの愛刀を拾い上げると、それが恐るべき効果が付与された魔刀であることが理解できた。初手の《アンティマジック・フィールド》でこの武器の効果を抑止出来ていなければ、即座に首を落とされていただろうことは間違いない。二度とこんな武器が振るわれることはないよう、ストレージに仕舞いこむ。

「はぁ。判ってはいたけど、楽には勝たせてもらえないな」

 カイバーに封じられた32の上帝とその腹心。その辺りまでくればもはや存在自体がチートと言っても良い連中ばかりだ。今回もたまたま相手の武器の効果を抑止できたおかげで倒すことは出来たが、もしこの刀がアーティファクト級の業物であれば、あるいはデュラストランが神格にまで踏み入れていれば。定命の存在のアンティマジックなどではその秘術が抑止されずに一方的に斬首されて終わっていただろう。文字通り薄氷の上に成り立った勝利だ。

 何よりも問題は、今やすでに失われた技術──メタ的には改版されたことで無かったことになったルールを、この魔人が行使してきたという点だ。このエベロンという世界は、D&Dというルール自体が3版から3.5班にアップデートされた後に実装された世界観である。そのため、今まで3版独自のルールが適用されること等考えてもいなかった。

 だが、細かく時系列を追ってみれば確かエベロンという世界観の構築が始まったのは3.5版への改版より前の事だ。世界設定本の出版の時期ではなく、世界観が構築された時期ということであれば改版前にかすっていてもおかしくはない。この世界が生まれた時点、あるいはそれに近い時代の存在であれば、旧版で設定されていることも考えられる。

「──想定していた危険度をいくつも上げていかなきゃならんな」

 考えてみれば、俺自身がMMO版という3.5版をさらに改変した世界法則で動いているのだ。つまり異なる版が同時に存在することが起こり得る事は俺自身が証明している。こと戦闘においては余程の殺し間に誘い込まれない限りどうにかできると思っていたが、残念ながら根本的に見直しが必要かもしれない。

 そんな葛藤に思い悩んでいる間にも、デュラストランを倒した影響がこの場所に現れ始めていた。主を失ったことで、この狭い最上階に祀られていた社が崩れ落ちたのだ。左右に立ち並んでいた灯篭も朽ちて倒れたが、ただしその蝋燭のみが空中に浮かび残っている。それらの蠟燭の明かりはやがてふわふわと集まりだし、合体したかと思うと暗い火の輪を形成した。周囲の様子から茅の輪くぐりを思い出したが、その輪の向こう側は別の空間に繋がっているようだ。どうやら三周する必要はないらしい。

「さて、いかにもな展開だが──今さら進む以外の選択は無いよな」

 デュラストランとの戦いはいわば中ボス戦のようなもので、まだこのドルラーでの戦いが終わったわけではないのだ。いいところ折り返し点を過ぎたくらいというところか。一呼吸をおいて一通りのバフを確認し、俺はゆっくりとその輪を潜った。
 


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