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No.12354の一覧
[0] ゼンドリック漂流記【DDO(D&Dエベロン)二次小説、チートあり】[逃げ男](2024/02/10 20:44)
[1] 1-1.コルソス村へようこそ![逃げ男](2010/01/31 15:29)
[2] 1-2.森のエルフ[逃げ男](2009/11/22 08:34)
[3] 1-3.夜の訪問者[逃げ男](2009/10/20 18:46)
[4] 1-4.戦いの後始末[逃げ男](2009/10/20 19:00)
[5] 1-5.村の掃除[逃げ男](2009/10/22 06:12)
[6] 1-6.ザ・ベトレイヤー(前編)[逃げ男](2009/12/01 15:51)
[7] 1-7.ザ・ベトレイヤー(後編)[逃げ男](2009/10/23 17:34)
[8] 1-8.村の外へ[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[9] 1-9.ネクロマンサー・ドゥーム[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[10] 1-10.サクリファイス[逃げ男](2009/10/12 10:13)
[11] 1-11.リデンプション[逃げ男](2009/10/16 18:43)
[12] 1-12.決戦前[逃げ男](2009/10/22 06:15)
[13] 1-13.ミザリー・ピーク[逃げ男](2013/02/26 20:18)
[14] 1-14.コルソスの雪解け[逃げ男](2009/11/22 08:35)
[16] 幕間1.ソウジャーン号[逃げ男](2009/12/06 21:40)
[17] 2-1.ストームリーチ[逃げ男](2015/02/04 22:19)
[18] 2-2.ボードリー・カータモン[逃げ男](2012/10/15 19:45)
[19] 2-3.コボルド・アソールト[逃げ男](2011/03/13 19:41)
[20] 2-4.キャプティヴ[逃げ男](2011/01/08 00:30)
[21] 2-5.インターミッション1[逃げ男](2010/12/27 21:52)
[22] 2-6.インターミッション2[逃げ男](2009/12/16 18:53)
[23] 2-7.イントロダクション[逃げ男](2010/01/31 22:05)
[24] 2-8.スチームトンネル[逃げ男](2011/02/13 14:00)
[25] 2-9.シール・オヴ・シャン・ト・コー [逃げ男](2012/01/05 23:14)
[26] 2-10.マイ・ホーム[逃げ男](2010/02/22 18:46)
[27] 3-1.塔の街:シャーン1[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[28] 3-2.塔の街:シャーン2[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[29] 3-3.塔の街:シャーン3[逃げ男](2012/09/16 22:15)
[30] 3-4.塔の街:シャーン4[逃げ男](2010/06/07 19:29)
[31] 3-5.塔の街:シャーン5[逃げ男](2010/07/24 10:57)
[32] 3-6.塔の街:シャーン6[逃げ男](2010/07/24 10:58)
[33] 3-7.塔の街:シャーン7[逃げ男](2011/02/13 14:01)
[34] 幕間2.ウェアハウス・ディストリクト[逃げ男](2012/11/27 17:20)
[35] 4-1.セルリアン・ヒル(前編)[逃げ男](2010/12/26 01:09)
[36] 4-2.セルリアン・ヒル(後編)[逃げ男](2011/02/13 14:08)
[37] 4-3.アーバン・ライフ1[逃げ男](2011/01/04 16:43)
[38] 4-4.アーバン・ライフ2[逃げ男](2012/11/27 17:30)
[39] 4-5.アーバン・ライフ3[逃げ男](2011/02/22 20:45)
[40] 4-6.アーバン・ライフ4[逃げ男](2011/02/01 21:15)
[41] 4-7.アーバン・ライフ5[逃げ男](2011/03/13 19:43)
[42] 4-8.アーバン・ライフ6[逃げ男](2011/03/29 22:22)
[43] 4-9.アーバン・ライフ7[逃げ男](2015/02/04 22:18)
[44] 幕間3.バウンティ・ハンター[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[45] 5-1.ジョラスコ・レストホールド[逃げ男](2011/09/04 19:33)
[46] 5-2.ジャングル[逃げ男](2011/09/11 21:18)
[47] 5-3.レッドウィロー・ルーイン1[逃げ男](2011/09/25 19:26)
[48] 5-4.レッドウィロー・ルーイン2[逃げ男](2011/10/01 23:07)
[49] 5-5.レッドウィロー・ルーイン3[逃げ男](2011/10/07 21:42)
[50] 5-6.ストームクリーヴ・アウトポスト1[逃げ男](2011/12/24 23:16)
[51] 5-7.ストームクリーヴ・アウトポスト2[逃げ男](2012/01/16 22:12)
[52] 5-8.ストームクリーヴ・アウトポスト3[逃げ男](2012/03/06 19:52)
[53] 5-9.ストームクリーヴ・アウトポスト4[逃げ男](2012/01/30 23:40)
[54] 5-10.ストームクリーヴ・アウトポスト5[逃げ男](2012/02/19 19:08)
[55] 5-11.ストームクリーヴ・アウトポスト6[逃げ男](2012/04/09 19:50)
[56] 5-12.ストームクリーヴ・アウトポスト7[逃げ男](2012/04/11 22:46)
[57] 幕間4.エルフの血脈1[逃げ男](2013/01/08 19:23)
[58] 幕間4.エルフの血脈2[逃げ男](2013/01/08 19:24)
[59] 幕間4.エルフの血脈3[逃げ男](2013/01/08 19:26)
[60] 幕間5.ボーイズ・ウィル・ビー[逃げ男](2013/01/08 19:28)
[61] 6-1.パイレーツ[逃げ男](2013/01/08 19:29)
[62] 6-2.スマグラー・ウェアハウス[逃げ男](2013/01/06 21:10)
[63] 6-3.ハイディング・イン・ザ・プレイン・サイト[逃げ男](2013/02/17 09:20)
[64] 6-4.タイタン・アウェイク[逃げ男](2013/02/27 06:18)
[65] 6-5.ディプロマシー[逃げ男](2013/02/27 06:17)
[66] 6-6.シックス・テンタクルズ[逃げ男](2013/02/27 06:44)
[67] 6-7.ディフェンシブ・ファイティング[逃げ男](2013/05/17 22:15)
[68] 6-8.ブリング・ミー・ザ・ヘッド・オヴ・ゴーラ・ファン![逃げ男](2013/07/16 22:29)
[69] 6-9.トワイライト・フォージ[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[70] 6-10.ナイトメア(前編)[逃げ男](2013/08/04 06:03)
[71] 6-11.ナイトメア(後編)[逃げ男](2013/08/19 23:02)
[72] 幕間6.トライアンファント[逃げ男](2020/12/30 21:30)
[73] 7-1. オールド・アーカイブ[逃げ男](2015/01/03 17:13)
[74] 7-2. デレーラ・グレイブヤード[逃げ男](2015/01/25 18:43)
[75] 7-3. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 1st Night[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[76] 7-4. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 2nd Day[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[77] 7-5. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 3rd Night[逃げ男](2021/01/01 01:10)
[78] 7-6. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 4th Night[逃げ男](2021/01/01 01:11)
[79] 7-7. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 5th Night[逃げ男](2022/12/31 22:52)
[80] 7-8. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 6th Night[逃げ男](2024/02/10 20:49)
[81] キャラクターシート[逃げ男](2014/06/27 21:23)
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[12354] 幕間4.エルフの血脈3
Name: 逃げ男◆b08ee441 ID:38d1799c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/08 19:26
眼前に迫る鈍色の刃。風を裂く音をたてながらこちらを切り裂かんとするその鋼の側面を、前に差し出した左の掌で押すようにして軌道を逸らす。そうやって敵の攻撃を受け流し、その剣とすれ違うように前へ。半身になりながら相手が前へ踏み込んでいる右足の外側へとこちらの左足を踏み下ろし、足首から先を内側へと回転させる。俺のつま先が相手の踵へと打ち付けられ、それによって相手は体勢を崩す。

そうやって体を前に泳がせた状態で、先ほど逸らした武器を握っている手を右手で掴んで下へと引くと、相手はいとも簡単にくるりと前方へと体全体を回転させることになる。天地を逆さまにした状態で呆けたようにこちらを見ている若いエルフの男。その胸部を覆っている鋲打ち鎧にむけて俺は掌底を打ち込んだ。衝撃を全身に浸透させることを目的としたその一撃は、種族的に華奢に見えるその男の意識を一瞬で刈り取る。見るまでもなく手応えでそれを確信した俺は、さらに一歩踏み込んでそのまま腕を突き出した。

それによって発生した突き飛ばしが、意識を失ったエルフの体をそのまま宙に浮かせたままで横滑りさせていく。2メートルほど吹き飛んだ先で鈍い音とともに男は落下し、そのままぴくりとも動かない。吹き飛ばす際にわざわざ背中から落ちるように調整したため、命に別条はない筈だ。しばらくは先ほどの打撃による全身への倦怠感と今の受け身無しでの落下による背中の痛みで苦労するだろうが、負けて命があるだけ儲けものだと考えてもらおう。


「エィ・ラヴェル!」


下生えに覆われた大地を踏みしめる音と共に、別のエルフが雄叫びを上げながら駆け寄ってくる。そう広くはない建物の中庭では、中央に立つ俺との距離はあっという間に縮まってしまう。先に上げた咆哮が未だ建物の壁に反響して残る中、秘術呪文によって切れ味を増した細剣が突き込まれてくる。

筋力で防御ごと叩き割るような剣ではなく、エルフ生来の機敏さを活かし鋭さに特化した《武器の妙技》だ。地面を蹴る足から刺突の先端までが、筋の通った芸術品のように見事な力の伝達を見せている。相手に反応の暇を与えずに攻撃を加えようとする、優雅さの中に苛烈さを秘めた攻撃だ。

だが、それですら俺の眼前では静止しているも同然だ。細剣の先端を握りこみ、ひねるように回転を加えながら腕を引けば武器は相手の手から抜き取られる。そうやって得物を失った相手に一撃を加え、先ほどの剣士の横に並ぶような位置に吹き飛ばす。そうやって累々と並んだ昏倒しているエルフの数は既に10を超えている。既に二度三度、立ち位置を変えなければ突き飛ばす先にも困る有様だ。


「──次」


俺の声に応じて、さらに新たなエルフが前へと踏み出した。それ以外にも中庭の壁際には順番待ちをしているエルフ達が列をなしており、そのいずれもが好戦的な目付きで愛用の武器を握りながらこちらを睨めつけている。獲物を狙う狩人の目、それらにさらされ続けるのは決して愉快な気分ではない。


(そろそろ面倒になってきたな……)


そんな内心を押し殺しつつも、俺は新たな挑戦者へと向き直った。










ゼンドリック漂流記

幕間4.エルフの血脈3











「お疲れ様です」


最終的に100人近いエルフを薙ぎ払って一息ついていた俺に、エスティが飲み物を持って声をかけてきた。ありがたくそれを受け取って喉を潤すと、果汁を薄めた冷水が体に染み渡っていく。代謝機能を完全にコントロールできるとはいえ、この炎天下で動きまわって体調を維持し続けるには汗をかく必要がある。そうやって失った水分が補給されたことで、いくらか失っていた活力が満たされていくのを感じる。


「ありがとう、おかげで楽になったよ。今日はこれで終りかな?」


一気に飲み干したコップを返して周囲を見渡すと、戦闘に参加していなかった術士系のメンバーによって昏倒したエルフたちを運び出す作業が行われていた。すべて非致傷ダメージによって気絶しているだけとはいえ、放っておけば数日目を覚まさない者もいるだろう。それを避けるため、できるだけ一箇所に集めて範囲回復呪文で一気に治療するのだろう。高位の呪文ではあるが、少なくともこの場の責任者であるナーエラには使用可能なはずだ。


「ええ。今日、というかこれで当分お騒がせすることはないでしょう──まさか本当に一時間足らずで全員を倒してしまわれるとは。

 それも皆先手を譲った上で一太刀も浴びず、逆に素手の一撃で意識を刈り取る。先日手合わせいただいた時に尋常の腕前ではないとは知っていましたが、ここまでとは思いませんでした。

 あの中には故国では達人と呼ばれる者達も含まれていたのですが……」


そういって彼女は未だ倒れたまま残されているエルフたちへと視線をやった。確かに今日相手をした中には、俺の見立てでは8レベル程度の戦士も含まれていた。だがレベルアップでダメージの許容量が増すとはいえ、その程度のレベルであれば俺の攻撃の前には無関係だ。対戦車砲程度まで衝撃を増加させる秘術式が付与された俺の打撃は、非致傷打撃ですら期待値で一撃70点ほどを叩きだす。種族的に頑健なドワーフではなく、エルフの戦士では相当の修練を積まなければ耐え切れまい。


「いくら攻撃が鋭くても、相手の攻撃を凌げないことには長生きはできないだろうな。この大陸には信じられないくらい頑強な動物や凶悪なクリーチャーがうようよしてる。

 君たちは種族的に打たれ弱いって弱点を抱えているんだ。それをどうにかして補うか克服しないと、どこかで一度不運に見舞われただけで旅を終えることになる」


実際には今回のように一対一で戦うのではなく、敵を無力化する術士のサポートを受けて敵を殲滅するのが彼らの役割なのだろう。だが、敵に先手を取られた時にそういった後衛を敵の手から守る壁としての役割を果たすことが出来なければそのグループの壊滅は必至だ。

文化的に軽戦士がその殆どの割合を占めているヴァラナーの戦士たちにとって、このゼンドリックの密林は相性が悪い。軍馬を駆れるような広いスペースはなく、視線も通りづらいジャングルでは非常に近い距離からの遭遇戦が発生しやすい。そういった戦況に彼らがどこまで適応できるかが大きな問題になるだろう。


「耳が痛いですわ。でも、今日のことは同胞たちにとって良い戦訓になったことでしょう」


立会人としてずっと勝負を見ていたナーエラが満足そうな笑みを浮かべながら話すその言葉は、彼女自身は仲間たちが薙ぎ倒されたというのにむしろそれを喜んでいる風に感じ取れる。実際、今日ここで俺が大勢のエルフと手合わせすることになった理由はこの歳経たエルフの女祭の手配によるものであるからして、彼女の狙い通りではあるのだろう。

そもそもの発端は彼女たちが初めて俺の家を訪れた際まで遡る。その時の出来事がどう広まったのかは定かではないが、いつの間にか『エレミア・アナスタキアの戦隊に加わりたいものは、その仲間であるヒューマンの男に勝たなければならない』などというようにエルフ達の間に伝わっていたのだ。

そしてその話を聞きつけたエルフは勿論俺の家にやってくることになる。一人二人であれば個別に対応も出来ようが、流石に数十人単位で押し寄せる連中をいちいち相手する気にはなれない。そこで俺はナーエラに仲裁を求め、話し合いの結果"挑戦"にはルールを課すことになった。

1.挑戦は指定の場所で立会人の元に行うこと
2.結果に遺恨を遺さぬこと
3.再挑戦は禁止。ただし立会人が大きく実力を伸ばしたと判断した場合はこれを認める
4.この挑戦を除き、市内及び近郊での私闘は禁じる

これを受けて行われたのが今日のエルフ相手の百人組み手というわけだ。場所はあのあとセルリアン・ヒルに建設されたエルフ達の拠点となる建物の中庭である。ストームリーチの街区はすべてそれぞれのコイン・ロード達の支配下にあり、そこに居を構えるとなるとどうしても特定のロードとの関係が深くなることを避けられない。そこでナーエラはどのような交渉を行ったのか、それぞれのコイン・ロード達から出資させて街の外に新たな砦を建造させたのだ。一ヶ月が経過した今、未だ建物は完成には程遠い状況ではあるが、それでも第一便の船でやってきた数百人のエルフを収容することができる体裁は整えられている。

周辺にある放棄された畑や手放されたダムや水路といった設備も徐々に手を入れ始められており、この工事が始まったことで港湾地区周辺は好景気に見舞われている。それにより街の住人が船から現れたエルフたちに向ける視線は好意的なものが多かったようだ。そのせいもあってか幸いなことに今のところ住人との深刻なトラブルが起きたという話は聞こえてこない。おそらくはそれもナーエラの計算の内なのだろう。

そしてこのエルフ達が周辺に転がされ、運び出されている惨状もおそらくは彼女の思惑通りなのだろう。彼らヴァラナーのエルフは確かに精強であり、コーヴェア大陸では誰もが恐れる戦闘部隊として知られている。勿論そこに所属する戦士たちもそのことは自負していただろう。だがそのプライドの高さが周囲との軋轢を生む。ナーエラは俺を利用して連中の鼻っ柱を折り、さらにこの失われた大陸の脅威を刷り込もうとしたのだろう。街は好景気に沸き、エルフは自らの実力を見改めて真摯に探索に取り組むようになる──その犠牲になったのはコイン・ロードの懐と、引っ張りだされた俺というわけである。

とはいえ、この件は俺にもメリットがあった。このストームリーチにやってきたエルフ達は流石に皆ルーキーではなく一人前の戦士であり、ほとんどが俺の相手として十分なレベルを有していたのだ。つまり、戦って勝つことで経験点が入手できるのである。平均して5レベルのエルフたちを100人倒した結果、俺は今日一日で大量の経験点を入手していた。

本来であれば挑戦者の数はもっと少ないはずだったのだが、大勢の同胞があっという間に倒されていくのを見ていた者達がエレミアには興味はないが自分も腕試しに挑戦してみようということでその数を増やしていったのだ。彼らが生き残って実力をつけ、再挑戦を望むのであればそれはまた俺の糧となることだろう。

デメリットとしてエルフの間で悪名が広まる、ということも考えられたが、武勇を尊ぶヴァラナーの戦士たちが相手ということでそこまで心配はしていない。勿論俺に対して良からぬことを考える者達も皆無ではないだろうが、そこはナーエラが責任をもってコントロールすることになっている。コイン・ロードたち相手に発揮した彼女の政治力はなかなかのものだ。それはこの砦に集う彼女の同胞たちにも充分に発揮されるだろう。


「まあそのへんも含めて後始末はそっちの担当だ。ちゃんとやってくれよ」


今回ヴァラナーからエアレナルを経由してこのストームリーチに到着した船が、次にエルフを載せて戻ってくるのは二ヶ月後だ。出来ればそれまでの間に、既にこの街に到着しているエルフ達にはこの街に溶け込んでもらいたいものだ。


「それは勿論なのだけれど。できればもう少し手心を加えて頂きたかったかしら──あそこまで深く気絶した全員を起こすのは一苦労だわ」


ナーエラはそう言いながら頬に掌を当てて首を傾げ、いかにも困っていますといわんばかりのポーズを取ってみせた。高齢とはいえエルフである彼女のその仕草は人間の若奥様風とでもいうべき風体だが、それに騙されてはいけない。一度食いつかれたが最後、蛇に絡め取られた獲物のようにじわじわと絞られるハメになる。それにそこまで面倒を見てやる必要もないだろう。


「後遺症が残らないようにしているだけでも充分すぎるくらいだろう。逆に手心を加えていることを侮辱だと受け取られないか心配しているくらいだ。

むしろ体の負傷よりもそういった心のケアこそ重視して欲しいところだ。

人手が足りないっていうならジョラスコ氏族なり、《テンプル》にある"ソヴリン・ホスト"の神殿なりを紹介することもできるが──」


今の俺では範囲型の回復呪文は使用できないし、そもそも無料で呪文まで提供する必要もない。そういった治癒呪文のサービスはジョラスコ氏族が最も得意とするところだし、勿論神殿も何人かの信仰呪文の使い手を擁している。いずれもナーエラに劣らぬ呪文の使い手が、高額な報酬と引き替えに呪文を提供してくれるはずだ。術者としての技量、そして行使する呪文のレベルが上がるごとにその金額は増していく。《マス・キュア・ライト・ウーンズ/集団軽傷治療》であれば9~10(術者のレベル)x5(呪文のレベル)x10+手数料の金貨、といったところか。一般的な職人1人の年収を遥かに上回る金額である。


「それはまたの機会にお願いいたしますわ。見ての通り何かと物入りなもので、財貨に余裕が有るわけではありませんの。

 逆に私達が祖霊から授かる奇跡の力を求める方がいらっしゃればそちらを紹介いただきたいくらいですもの」


彼女の言うとおりこの砦はまだまだ建築中であり、今もなお作業を続ける工事の音が周りじゅうで響いている。本土から連れてきた建築家以外にも、主に港湾地区から大勢の人夫を雇っているのだ。その働きの対価として毎日金貨が何百枚と支払われているだろうことを考えれば、追加の支出は避けたいところだろう。


「それとトーリ様。予定では明日もこちらにいらしていただけることになっていたはずなのですけれど……」


こちらが助力の手を差し伸べる気はないと判断したのだろう、ナーエラは話を切り替えた。頬に添えられていた手は今は腰の前で指先が組まれ、表情は相変わらずの微笑を浮かべたままではあるもののその瞳はこちらをしっかりと見据えている。話題が先ほどの雑談混じりのものから切り替わったことを示しているのだろう。


「今日一日で一通り済んだから明日は来なくていいって話かな?」


元々の予定では、ヴァラナー側は手合わせに2日を予定していた。エントリーしていた人数が少ないとはいえ、一人おきに休憩を挟むことを想定していたのだからそれが妥当な判断だろう。だが実際には全員が一撃でノックダウン。こちらは休憩なしで、数回に一度周辺で倒れている者達を巻き添えにしないように立ち位置を変える以外は5秒から10秒ごとに相手を倒していったのだ。スケジュールにズレが出るのも仕方ないことだろう。だがナーエラの返した答えは俺の想像から外れたものだった。


「いえ、申し訳ありませんが予定通りお願いしたいのです。本日時間の都合がつかなかった者がおりますので。

 お手数をお掛けして申し訳ないのですが、明日もご足労いただけませんでしょうか? 今日と同じ時間からお願いいたします。

 その代わりというわけではありませんが、明日は今日のような退屈な思いはしないですむように取り計らいますわ。

 この大陸を訪れた我々の中でも随一の戦士の相手をお願いしたいんですの」


そう言われてしまえばこちらとしても断る理由はない。元よりそのつもりでスケジュールは調整されているし、俺にとっても経験点を稼ぎながらエルフの戦士たちの実力を測ることができる機会は貴重なものだ。




† † † † † † † † † † † † † † 




そして訪れた翌日。ヴァラナー・エルフ達の砦の中庭で俺と向き合う相手は、予想だにしない相手だった。


「こうして刃を向け合うのは数カ月ぶりか。今日は私の事情に付き合ってもらって感謝しているよ、トーリ。

 今の私の全力が通じるか、一人の武人として試したいのだ。胸を貸して欲しい」


そう言ってダブル・シミターを構えるのはエレミアだ。それに立会人としてナーエラに加えてメイまでもがこの場に来ている。どうやらこれは俺だけに用意されたサプライズ企画だったようだ。


「……何もこんな場でなくとも、言ってくれればいくらでも時間は用意するものを」


せいぜいがジュマルとの再戦くらいかと思っていた俺の想像が甘かったことを思い知らされた。確かに今や彼女こそがゼンドリックのエルフの中で最強と呼ぶに相応しい。おそらくこれもナーエラの仕込みなのだろう。あまりにも俺が一方的にエルフを打ち倒したことで揺らいでしまったターナダルの誇りを再び示すのにエレミアほど相応しい人物は居ない。他、武勲を上げたとはいえ若輩であるエレミアの実力に疑問を示すエルフ達に彼女の武を示すという意味もあるのだろう。ご丁寧に昨日俺がノックアウトした連中は皆、意識を取り戻して観客としてこの中庭を囲んでいる。


「済まないな、私もヴァラナーに籍を置く身として定められた規律には従わねばならない。

 師母のお考えもあるのだろうが、一度だけ私の我儘に付き合ってくれ」


そう言ってエレミアはシミターを水平に構えた。左右に伸びる鋼がまるで彼女の両肩から生える翼のように見える。


「解った、そういうことなら否やはないさ。次からは俺から挑戦を申し込むとしよう。それなら問題無いだろう?

 とはいえ、今回の勝負を譲るわけじゃないけどな」


ここまでお膳立てが整ってしまった以上、逃げれば今後への影響が芳しくないだろう。そして戦う以上は真面目にやる必要がある。相手を殺さずとも経験点を得ることは出来るとはいえ、それは真剣勝負をした場合に限られるのだ。


「僭越ながら私も立会人として見届けさせて頂きます。お二人には事前に私から《インドミタビリティ/不屈》の呪文を付与します。

 この呪文が効果を発揮した時点で勝負あったものと見なし、終了とさせていただきます。

 事前に《ヘイスト》は掛けておきますけれど、他に何か必要な呪文とか用意とかされますか?

呪文付与の時間が必要でしたらその分の時間をお取りしますけれど」


向かい合っている俺とエレミアに対し、メイが話しかけてきた。彼女が付与してくれる《インドミタビリティ》とは、HPがマイナスに突入するようなダメージを受けた際に一度だけHPを1残してくれるという貴重な呪文だ。確かにそれであれば安心して全力で攻撃を加えられる。


「いや、《ヘイスト》さえ貰えれば十分。他に必要な物はもう準備済みだ。あとは開始の合図だけで構わないよ」


予め両腰に吊っていた剣と槌を構え、メイにそう告げた。自分で用意できる必要な呪文は毎朝、24時間化を施して自分に付与している。ならば後はエレミアと同じ条件で構わない。


「わかりました。それではお二人にドル・ドーンとドル・アラーの加護がありますように……」


メイが戦の神への祈りを捧げながら俺たちに呪文を付与していく。《インドミタビリティ》の効果時間は20分程度に過ぎないが、俺達の勝負が長引くことはない。決着は基本的に数秒の間のこと、向きあって全力での攻撃を打ち合う、ただそれだけのシンプルなものだ。少し違う点があるとすれば、開始の距離がいつもより少し離れていることぐらいだろうか。それは若干エレミアに有利に働くだろう。とはいえ他のエルフたちと同じ条件であり、エレミアに対してだけ異なる条件を課すことも出来ない。今まで彼女との勝負で一太刀たりとも浴びたことはないが、それは彼女があのストームクリーヴ・アウトポストの戦いを経験する前の事だ。あのザンチラーを斬り伏せた剣は間違いなく俺にとっても脅威である。あの剣舞を凌げるかどうか、それが勝負を決定づける。

用意が整ったのを察してか、ざわついていた観客たちも音一つ立てない静寂に包まれた。ナーエラが気を利かせたのか、工事の音すら今は一切が止まっている。大量の人員を投じて交替制で延々と続けていたスケジュールに穴を開けるとは、随分と手が込んでいるようだ。彼女も自分の愛弟子のことをそれだけ気に掛けているということか。


「汝らの祖霊に掛けて、誇りある戦いを捧げよ──始め!」


開始の合図としてナーエラの腕が振り下ろされる。それに反応したのは間違いなく俺のほうが先。《ナーヴスキッター/神経加速》の呪文により増幅された反射神経が、俺にわずかに遅れてエレミアが動き始めたことを捕らえている。膝を沈み込ませこちらに向かって駆け出そうと体を前に倒していく彼女に対し、俺は先んじた利を活かすために一気に距離を詰めた。

エレミアの"旋舞"は圧倒的な機動力と攻撃回数を兼ね備えた連撃だ。20メートルほどの距離であれば彼女は苦もせずに詰めた上で全力の攻撃をこちらに見舞ってくる。であれば待ち受けるのは下策。何より一撃で意識を刈り取ってしまえばそれで勝利は確定だ──。

《トゥルー・ストライク》により得られた攻撃に対する洞察を元に、俺は彼女の側頭部に対し左腕に構えた凶悪な外見のメイスを叩きつけた。古代巨人たちが"テンダライザー/肉叩き"と読んでいたその武器は衝撃と共に意識そのものを揺るがす魔力を注入することで、朦朧化打撃への抵抗を困難にする能力を秘めている。一流の戦士であっても意識どころか命そのものを刈り取られかねないその横薙ぎの一撃を、エレミアはさらに体を沈み込ませることでかろうじて直撃を避けた。だがそれは致命的な傷を負わなかったというだけに過ぎず、俺の腕に伝わる感触は確実に彼女を捉えていた。クリティカル・ヒットでこそないものの、有効打として命中したと判断する。それにより、彼女の意識を揺るがすには十分な衝撃が浸透したはずだ。

しかし彼女はその意識の混濁を耐えぬいた。取りこぼしそうになる武器を握る手に力を込め、奥歯を強く噛み締めながらそのまま体を前へと動かした。俺に体当たりせんばかりの勢いで、低い姿勢のまま俺の後方へと回りこむ。お互いが背を向けあった状態のまま、立ち上がって腕を振り上げたエレミアは頭上からダブル・シミターを振り下ろした。《曲技打撃》、軽業のような移動で対象の対応しづらい位置を食い取りそこから攻撃を仕掛ける体術だ。

だが勿論俺はその行動を織り込み済みだ。秘術で召喚された《シールド》が、その攻撃を妨げるべくシミターの軌道上に立ち塞がる。それで攻撃の勢いを一瞬だが弱め、その間に攻撃の軌道上から逃れるつもりなのだ。だがその力場の盾はまるでシミターに道を開けるように突然中央から裂け、その役割を放棄した。そしてそれは《シールド》だけに起こったことではなかったのだ。体の周囲に濃密な反発の力場を構築する《サイリンズ・グレイス》が、洞察を与える《アイ・オヴ・ジ・オラクル》が、そして虎の膂力や強靭な外皮を与える《バイト・オヴ・ワータイガー》がその効果を霧散させていく──ディスペルやアンティマジックではない、《魔法的防護貫通》による防御呪文の無力化だ。今朝までエレミアが取得していなかったはずのその技法が俺の護りを無効化している!

だがそれだけではまだ俺には届かない。エレミアの体術が攻撃に特化しているように、俺の体術は回避に特化しているのだ。先手を取って攻撃を打ち込む際に描いた動線はそのまま俺が彼女の攻撃に対応するベクトルを与えてくれている。そしてエレミアのこの反撃自体を想定し、防御の構えを取っていたのだ。《シールド》が消えたことでタイミングはギリギリだったものの、右手に構えた緑鉄製のコペシュが振り下ろされたダブル・シミターと絡み合う。その刃から伝わる聴勁が俺に深い洞察を与えてくれるのだ。獣化したラピスに並ぶほどのスピードと機械のように精密な動作──だがそのすべてを押し切って、エレミアの斬撃が俺の体を薙いだ。まるで障害などならぬとばかりにコペシュが弾かれ、なお緩まぬ剣筋が俺の肩口へと到達する。


(──馬鹿な! 呪文抜きでも80に近いACにエレミアが当ててくるなんて……)


交差する刃がエレミアの勢いに押された瞬間、俺は脳裏のギアを一段階上昇させ"アクションブースト"と呼ばれる一時的なドーピングにより自身の反応をさらに上昇させた。さらに体に纏っている竜紋が刻まれた布は分厚い鋼鉄並の硬度を有している。だがその全ての防御をエレミアは打ち破ったのだ。とはいえ斬撃はローブの表面を傷つけるに留まり、体が両断されたわけではない。突き抜ける衝撃が久々に痛みを感じさせ、思考を一層加速させる。


(一撃を受けたのは想定外、だが俺が反撃で倒しきることができれば問題はない、もう一度"朦朧化"を狙いながらの全力攻撃で──いや、待て!)


エレミアの《魔法的防護貫通》で溶け散らされた秘術エネルギーが光の粉のように舞う中、エレミアの振り下ろしたダブル・シミターの対の刃が既にこちらに迫っている。彼女の攻撃はまだ終わっていない!


(《魔法的防護貫通》を絡めた複数回攻撃──《怒涛のアクション》か!? まずい、今までの攻撃は前準備──これから彼女の全力攻撃が来る!)


しかもさらに先ほどの一撃はやはりあのザンチラーに浴びせたものと同種のものだったのだろう。俺がアイテムから得ていた"クリティカル・ヒットに対する完全耐性"が失われている。その指輪を破棄し、新しい物へと取り替えることは出来る。だがその刹那の間に可能な交換は一つだけだ。失われた耐性を取り戻すのを優先するか、それとも失われた秘術の護りを補填する装備を選ぶべきか? あるいは《セレリティ》で割り込んでの一撃に全てを賭けるか? 一瞬の逡巡すら許されず、俺は決定を下すと彼女の攻撃を迎え撃つ。

ヴァラナー・ダブル・シミターが俺から見て時計回りに回転しながら弧を描いている。そしてそれは突如方向を転換し、こちらに向かって切りかかってくるのだ。美しい円を描くその攻撃の軌道を見切るのは至難の業だ。俺はエレミアの握り手、ダブル・シミターの中央を目で追うことで両端の刃の動きに惑わされぬように対処を図る。これも何度となく繰り返した彼女との組手の中で培った経験によるものだ。だが今のエレミアはその俺の記憶の遥か上をいく。


(比べ物にならない──速度も、力も、技術もそして判断の的確さも!)


まるで《タイム・ストップ》の呪文を受けた時のように、静止したかのように思えるほど圧縮された時間の中でエレミアだけが加速した速度で動いている。いつもは相手側の動きがスローモーションになり俺だけがいつもどおりに動く加速された知覚の中で、今は逆にエレミアの動きだけが研ぎ澄まされ対して俺の体は泥濘に囚われたかのように遅く重い。

かろうじて攻撃に腕を割りこませ刃の軌道を逸らそうと鋼を押しこめば、エレミアはそれを予測していたかのようにそのベクトルを持ち手を中心に反転させることで逆に対の刃を加速させ、俺の体へと切り込んでくる。左右の手を、肘を、膝を、肩を、時には額まで使用してこちらが攻撃を捌こうとするその力のすべてを吸収するようにしてエレミアの攻撃が俺を襲い続ける。ローブの上から浴びせられた衝撃により骨が軋み筋肉は断裂する。嵐のような連撃が終わったかと思えば、もう一度同じ攻撃が繰り返される。三度繰り返された鋼の乱舞は瞬く間のことであるが、そのあいだに繰り出された斬撃は20を超える。なんとか直撃は4発に留めたものの、そのうち2発は"クリティカル・ヒット"だ。既にHPは見る影もなく削れ、あと一撃でも受ければ《インドミタビリティ》が発動するであろうところまで落ち込んでいる。まさに現状は紙一重だ。


(呪文で回復に専念しても癒しきれない。勝つなら次にエレミアが動くまでに倒しきる必要がある──)


だが俺の渡した装備のこともあってエレミアの防御能力はかなりのものだ。呪文による補助無しで必中を期すことは出来ない。だが彼女の残りの体力を一撃で削るにも呪文の助けが必要だ。呪文抜きでは素手打撃で2発、武器による攻撃なら3発の命中が必要になるだろう。足払いなどの搦手は今の神懸かったエレミアに通用するかは不明だ。ならば真正面から打ち砕く──!

一瞬で組み上がった秘術回路は複雑な文様を描いていた。それもそのはず、いつもの《高速化》などによる並列起動ではなく、正真正銘2つの呪文を同時に発動させる《アーケイン・フュージョン》の秘技。ウィザードには不可能な、ソーサラー固有の呪文として発動したその効果のうち一つは《トゥルー・ストライク》、必中を期すための呪文。残る一つは《コンバスト》、触れた相手を炎で包み焼き滅ぼす呪文だ。俺のアレンジにより電撃をも含んで荒れ狂うそのエネルギーが、槌を捨てて突き出した俺の掌とエレミアとの接点から吹き上がる。《インドミタビリティ》があるために手加減抜きで放ったその威力は300を超える。本来であれば消し炭一つ残さないオーバーキルの攻撃だ。


──だが、エレミアは再びその俺の予想を上回った。


紫電と炎を吹き散らし、彼女はその姿を現した。勿論無傷ではない。だが炎はまるで彼女を害することを拒むかのように、羽衣のようにたなびいてその肌を犯すことはない。電撃のみが彼女を打ち据えたが、それだけではギリギリ致命打足り得なかったようだ。"朦朧化"を狙うため、初手の攻撃を素手ではなく威力の劣るメイスで行ったのが裏目に出た結果だ。一撃で無力化を図ったツケが予想もしなかった形で俺に振りかかったのだ。

そしてこちらの攻撃を凌いで彼女が反撃に出る。おそらく先ほどの連撃は回数限定の技だったのだろう、その動きの鋭さは数段落ちる。だがそれでもなおあの神懸かり的な先読みが健在なのであれば、避けきる事は出来ないだろう。敗北の瞬間が、緩やかにだが確実に迫ってくる。


「まだだ!」


その攻撃に割りこむように《セレリティ》を発動。体に纏わりついていた重しが取り払われるような感覚とともに時間が引き伸ばされ、俺の体の動きは一時的にエレミアのそれを凌駕する。ただ一撃、先に当てるだけでいい。いまならばそれで十分に彼女を倒すことが出来るはずだ。運命を決するコペシュの先端が、エレミアのシミターと交差する。文字通り全身全霊を賭した一撃。神経系にかかる過負荷は視界を白熱させ、徐々に視野が狭まっていく。

腕を伸ばしコペシュの剣先が俺から離れるにつれ、逆にエレミアの振るう刃が徐々に俺の視界の割合を占めていく。どちらが先に命中するか。そしてそれは有効打足りえるのか。俺の首筋を狙い、ダブル・シミターの刃が舞い降りてくる。刃物が首元に押し付けられたゾワリとなる感触。だがそれとほぼ同時、俺の武器から手応えを感じた。


「そこまで!」


コペシュの剣先から手応えを感じたその瞬間、メイの声が響くと同時にエレミアが消失した。エレミアに付与した《インドミタビリティ》が発動したことを察したメイが、召喚術に属する瞬間移動の呪文でエレミアを移動させたのだ。メイが常時展開している《グレーター・アンティシペイト・テレポート》はアストラル界からの実体化を10数秒遅らせる効果があるため、エレミアの転移開始から出現までの間は彼女が消えてしまったように見えているのだろう。対して俺に付与された《インドミタビリティ》は残ったままだ。どうやら俺の攻撃は間に合ったらしい。


「……なんとか勝てたか。最後は運に助けられたな」


そう呟いて剣を鞘に仕舞うと何度も切りつけられたことでボロボロになった体を呪文で癒していく。その間、周囲で見守っていた観客は状況を把握できていないのか咳き一つ立てない。だが転移の遅延が終了したことでエレミアがその姿を表し、自らの敗北を認めるとまるで彼等の時間が解凍されたかのように突然爆発的な歓声が上がった。戦闘を行った時間は俺の突撃から数えても数秒間の間だが、エレミアが再び現れるまでの間にその間に繰り広げられた剣戟の応酬が何度も彼らの視界に蘇った事だろう。

その攻防をどれだけの観衆が正確に把握できたのかは不明だが、少なくとも凄絶なレベルのやり取りが繰り広げられたことは解っただろう。現代に蘇った過去の英雄の剣技、それを間近で見たことの感激以外にも自分たちもその領域まで到達せんとこの大陸にやってきたことを再確認したといったところだろうか。勿論そこまでエレミアの剣技を引き出し、かつ打ち破った俺に対する賞賛も含まれているようだが。


「信じられないほど腕を上げたな、エレミア。あそこまで一方的に斬りつけられるとは正直思っていなかった。

 呪文抜きの斬り合いじゃあもう到底敵いそうもない」


俺が回避に特化したように、エレミアは攻撃に特化している。先日までは彼女の攻撃を封殺し、俺の攻撃が徐々に彼女を削るということで勝ち星を譲ったことはなかったのだがどうやらその天秤の傾きは今や逆転したようだ。もはや今回のように呪文による大火力で吹き飛ばさない限り、彼女の攻撃が俺を削るほうが早いだろう。回復に徹したとしても呪文行使のインターバルの間に一瞬で削りきられるかもしれない。あの大巨人ザンチラーを滅ぼした火力はやはり尋常のものではなかった。


「今日こそは、と思ったのだが今一歩が足りなかった。私こそ運とトーリの判断ミスに助けられた点もあってこの結果だ。

 まだまだ精進が足りない──だが、ようやく同じ"階"に立てた気がするよ。これからもよろしく頼むよ、トーリ」


ナーエラの《ヒール/大治癒》で傷を癒したエレミアが、そう言って差し出した手を握り締めた。周囲の歓声はそれを機に拍手へと変わり、それと共に中には大きな樽がいくつも運び込まれてきた。何事かと周囲を見やると、立会人を勤めていたはずのナーエラが周囲のエルフ達へと演説を開始した。


「我々の新たな英雄エレミア・アナスタキアの剣の誉と、この地で彼女が得た素晴らしき友人に盃を掲げよ!

 我等は剣と共に再びこの大地へと還ってきた! だが剣は常に誇りをもって振り下ろされねばならぬ。

 偉大なるヴァダリア大王がヴァラナーの大地に剣を突き立て、国を得た時にその地にあった者たちは我が同胞となった。

 汝らの剣はこの地においては大王の剣であると心得よ。その振るう先を誤ってはならぬ。

 さすれば打ち合う剣の響きは得難き友を呼び、祖霊の道を歩む助けとなろう。偉大なる剣に誓い、先達の道を汚すことなかれ──」


ナーエラの堂々とした声が中庭に響き渡る。その間にも樽を運び込んだ小間使い達が、酒を注いだ杯をその場にいる皆へと配って回っている。俺とエレミアのところにもエスティがやってきて、それぞれに小さな杯を渡してきた。


「乾杯!」


号令とともに、全員が一息で渡された酒を飲み干すやいなや宙に放り投げた杯を剣で断ち割った。木製のそれが割れる甲高い音がたて続きに響き、中庭と取り囲む建物の壁に反響して周囲を満たす。さらに数多くの食料が運び込まれ、中庭はあっという間に宴会へと突入した。俺とエレミアを中心として大勢のエルフが輪となり騒ぎ立てながら、今もなおどんどんと運び込まれてくる酒と料理を楽しみ始める。若いバード、おそらくは"過去の担い手"の見習いたちが先ほどの戦いを即興で歌い始め、伴奏の音楽も奏でられ始めた。俺はすっかりと退出するタイミングを失ってしまい、取り囲むエルフ達からの質問攻めに晒されたのだった。




† † † † † † † † † † † † † † 




「ふぅ……やれやれだ」


なし崩しに宴会に巻き込まれてから1時間ほど。どうにか機を見て中庭から脱出し、人気の少ない建築途中の区画に滑り込んだ俺は溜息を付いた。予め人格面での審査がされているのか、このストームリーチを訪れたエルフ達は人柄の良い者たちばかりで彼等はさんざんに殴り倒した俺に対しても隔意を抱くどころか比較的好印象を持っていた。勿論俺に敗北したことは悔しく感じているようだが、それはどちらかというと自分たちの未熟さに向けられた感情のようだ。彼らがエレミアの剣舞を見たこともその感情をプラスに向けることに一役買っているのは間違い無いだろう。俺が彼女まで完封してしまっていれば、少し結果は違うものになっていたかもしれない。反省すべきところの多い組手ではあったが、それがかえって良い結果を生むとは世の中わからないものだ。

それにエレミアの能力については、自身の身でその全力を受けたことで理解できたところもある。彼女自身は疑問に思っていないようだが、あの攻撃は紛れもなく俺の知るデータを逸脱したものだ。何故そんなことができるのか、そしてそれは俺にも可能なことなのか。考えるべきことは多い。


「しばらくは悩み事が尽きそうにないな……そういうわけでしばらく一人にして欲しいんだがね」


虚空に声を投げかける。すると、俺が入ったとの同じ入口付近から人影が現れた。高位の"過去の担い手"にのみ許された法衣を羽織ったエルフ──ナーエラだ。


「あら、お邪魔でしたか。でも悩み事であれば相談に乗りましてよ?

 今回の一連の事でもご助力いただきましたし、大変感謝しておりますの。私でお役に立てることがあれば、なんでも申し付け下さいませ」


そう言って妖しい笑みを浮かべるナーエラだが、彼女の手腕がひとかたならぬものである事は既に思い知らされている。こちらが利用しようとした力を彼女は利用し、他方面でこちら以上の利益を上げる。彼女のクラスがクレリックであることが疑わしいほど、交渉人として見事な実績だ。俺はそんな相手に悩み相談を持ちかけるほど怖いもの知らずではない。とはいえ、この場に現れた彼女をそのまま追い返しても意味がない。少しは口上に付き合うべきだろう。


「それじゃあエレミアの剣術のことについてでも教えてもらおうか。あれはヴァラナーに伝わる秘剣か何かなのか?

 俺が相手をしたエルフ達の誰と比べても異質な技法のようだから、一般的なものではないのだろうけれど」


俺との戦闘でエレミアが使用したのは"武技"と呼ばれる技術──日本語には翻訳されなかった『Tome of Battle』という後期サプリメントに記載された能力だ。だが彼女自身はその武技を使用可能なクラスではないし、手合わせした他のエルフ達にもその様子は見られなかった。ひょっとすれば言葉を濁されるかもしれない、と思いながら投げかけた問いではあったが意外にもナーエラはすんなりと答えを返した。


「さすがにお目が高くていらっしゃいますわね。確かにあれは我らヴァレス・ターンに伝わる秘奥──と、言いたいところなのですが。

 かつての英霊たちが上古の魔物達と戦うために編み出したその技法は、今や私達の中でも失伝しておりますの。

 対竜戦争と時の流れが私達から伝承者を奪い、今や〈武勇伝〉を知る以外に実際に武技を振るう者の数は片手の指にも満たぬほど。

 あの子は祖霊との合一を果たすことにより、その英雄の技を現代に蘇らせたのです」


穏やかな、そして寂しげな口調でナーエラは語った。なるほど、多くのヴァラナー・エルフ達がエレミアの元に集う理由の一つがおそらくはその武技なのだろう。英霊を蘇らせたことに抱く憧れ以外にその技術の伝承という実利があるのであれば、まさに誰もが彼女を放っておかないだろう。

だが、彼女の振るった力はそれだけではない。いかに強力な後期サプリメントととはいえ、お互いの命中と回避の間にあった差を埋めるほどのものではない。あの戦闘を見た観衆の中でもほとんどの者達は繰り出される剣閃の数に気取られて気付いていないだろうが、真に恐るべきはこちらの耐性そのものを切り裂き、かつ神懸かった先読みと洞察から繰り出されたその太刀筋そのものなのだ。


「なるほど、巨人の時代ではなく魔物の時代に振るわれた剣技か。そのころの伝承がヴァラナーにはまだ残っていると?」


一般的に巨人の時代、エルフはジャイアントの奴隷種族だったと言われているがそれは一部でしか無い。確かに奴隷として扱われていたエルフ達もいたが、それが全てではないのだ。実際には古代巨人帝国からの攻撃を打ち払い独立を保った恐るべき秘術集団も存在するし、巨人たちからの干渉を受けずにいた集落も多く存在する。大陸から脱出した集団の中に、そういった古代の伝承を継承したエルフ達が混ざっていても不思議ではない。


──其は神話の運命に語られし武器。月の光を束ねて鍛えられた、悪神を滅ぼすための剣。

 我々の伝承の中に記された、最も古く強力で、そして未だその目的を果たさず未完成とされる剣。

 私たちは祖霊の道を辿るその先に、自らこそがその剣たらんとしているのです」


神殺し。それはザンチラーが発した言葉でもある。それは彼女たちエルフに受け継がれている血脈のなせる業なのか。今はカイバーに封印されているオーバーロード達が暴れていた魔物の時代、確かにその上帝達は神に等しい力を持っていたのだろう。その力がエレミアに宿って今蘇ったということが運命だというのならば、それはその力を振るうに相応しい敵が現れるということに違いない。俺の脳裏に浮かぶのは奈落や地獄の君主、そしてそれを越える悪神たちだ。


「いずれ彼女が自身の運命と向き合う時が訪れるでしょう。それがどのようなものかは分かりません。

 ですが、できれば貴方にはその時にあの子と共にあってほしいと思っておりますわ」


こちらから話題を振ったにも関わらず、気が付けば会話は向こうのペースでしかも断りづらいお願いをされている。別に否やと言うつもりはないが、なかなかにやり辛いものだ。こうやって苦手意識を植え付けようとする考えがあるのかもしれないし、やり手の女性を相手にするというのはやはり疲れるものだと再認識させられた。


「その役割はどちらかというと代わってくれと言われるものかとばかり思っていたんだがね。

 今の彼女はヴァラナーにとっても至宝と呼べる得難い人物のはずだが、その隣に得体の知れないヒューマンの男を置いておいて構わないのか?」


先ほどのナーエラの話では、武技の伝承者がエレミア以外にも存在するという。祖霊崇拝はその血統を維持することを尊ぶことから純血主義に傾倒しているだろうし、つまらない横槍を入れようと考えるものは必ず現れるだろう。ジュマルのように軽い"話し合い"で済めば良いが、相手が貴重技能者で権威を振りかざすとなれば厄介だ。


「もちろん国内で騒ぎ立てる者たちもいるでしょう。ですが直接ご迷惑をお掛けする様な事にはならぬよう手は打ってあります。

 それに何よりも優先されるのは彼女の意思ですし、トーリ様の実力を疑うものはおりません」


言外に含ませた俺の意図を汲んで、既に対処済みであることをナーエラは淡々と語った。


「今日の勝負もその手の内の一つ、ということか。その様子だと特別席の観客にも満足いただけたみたいだな」


今日の戦闘は大勢のエルフが中庭とその周囲の建物の窓から見学をしていたのだが、その中に面識がなく突き抜けた実力のエルフが混じっていることは察知していた。こちらには気付かれていないつもりだったのかもしれないが、姿を隠す呪文は《トゥルー・シーイング》や《シー・インヴィジビリティ》を恒常的に展開している俺には効果がない上、アイテムでブーストされた俺の知覚力は10レベル以上格上の専門職だろうと容易に捕捉する。エピック級の相手であったとしてもアサシンなどの専門職でなければ、100メートル以内に侵入した時点で俺が気付かないことはない。


「──ええ、十分すぎるくらいですわ。ですが、その事については内密にお願いいたします。大騒ぎになってしまいますもの」


まさか気付いているとは思っていなかったのか。表情にこそ出さなかったものの、ナーエラの気配が一瞬揺らいだのを俺は見逃さなかった。彼女がそこまで慎重な対応をするエルフが誰なのかは、おおよそ掴めている。シャエラス・ヴァダリア大王。俺の知るデータではファイターとバードのマルチクラスで13レベル程度のキャラクターだったはずだが、随分とその知識からはかけ離れた存在のようだった。未だ実体を保っていることが不可思議に思えるほどの生命エネルギーの強さは、今まで見たどのエルフとも比較にならない(例外であるルーとフィアを除けばだが)。

間違いなく今のエレミアよりも高いレベルを有している上、ジュマルの件を考えればクラス構成も当てにならない。そんなVIPがわざわざ直接やってきたのは俺達が普段から《マインド・ブランク/空白の心》などの占術対策の呪文の効果で念視などに映らないためだろうか。含む所がないわけではないが、権力者のお墨付きが貰えたというのであればありがたい事だ。


「勿論、余計なことを触れ回るつもりはない。でも次回以降は余計なサプライズイベントは勘弁してくれよ」


ヴァラナーの船がターナダルを乗せて往復するのにかかる期間は二ヶ月ほど。その度に昨日のような100人組手を行うのは俺としても経験点の入手という点からは助かるが、そこに余計なしがらみが加わるのであれば話は別だ。


「それは勿論ですわ、出来るだけ余計な干渉が入らぬように致します──その上で次からは何かあるようでしたら事前に相談させて頂きますわ」


そう言って微笑むナーエラの表情を俺はまったく信用できないでいた。とはいえ楽してレベルアップしようというこちらの意図を咎められているような気持ちもあり、またそのイベントも最終的には俺やエレミアにとってプラスに働く結果に終わっているのだから文句を言うこともない。今はその匙加減や交渉術を盗み取るのが精々だ。仲間とは異なった立ち位置の、言うなれば同盟者──そんな油断のならない新たな隣人がストームリーチでの暮らしに加わったことを複雑な気持ちで噛み締めながら、俺は話を切り上げて再び中庭の宴席へと向かうのだった。


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