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No.12354の一覧
[0] ゼンドリック漂流記【DDO(D&Dエベロン)二次小説、チートあり】[逃げ男](2024/02/10 20:44)
[1] 1-1.コルソス村へようこそ![逃げ男](2010/01/31 15:29)
[2] 1-2.森のエルフ[逃げ男](2009/11/22 08:34)
[3] 1-3.夜の訪問者[逃げ男](2009/10/20 18:46)
[4] 1-4.戦いの後始末[逃げ男](2009/10/20 19:00)
[5] 1-5.村の掃除[逃げ男](2009/10/22 06:12)
[6] 1-6.ザ・ベトレイヤー(前編)[逃げ男](2009/12/01 15:51)
[7] 1-7.ザ・ベトレイヤー(後編)[逃げ男](2009/10/23 17:34)
[8] 1-8.村の外へ[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[9] 1-9.ネクロマンサー・ドゥーム[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[10] 1-10.サクリファイス[逃げ男](2009/10/12 10:13)
[11] 1-11.リデンプション[逃げ男](2009/10/16 18:43)
[12] 1-12.決戦前[逃げ男](2009/10/22 06:15)
[13] 1-13.ミザリー・ピーク[逃げ男](2013/02/26 20:18)
[14] 1-14.コルソスの雪解け[逃げ男](2009/11/22 08:35)
[16] 幕間1.ソウジャーン号[逃げ男](2009/12/06 21:40)
[17] 2-1.ストームリーチ[逃げ男](2015/02/04 22:19)
[18] 2-2.ボードリー・カータモン[逃げ男](2012/10/15 19:45)
[19] 2-3.コボルド・アソールト[逃げ男](2011/03/13 19:41)
[20] 2-4.キャプティヴ[逃げ男](2011/01/08 00:30)
[21] 2-5.インターミッション1[逃げ男](2010/12/27 21:52)
[22] 2-6.インターミッション2[逃げ男](2009/12/16 18:53)
[23] 2-7.イントロダクション[逃げ男](2010/01/31 22:05)
[24] 2-8.スチームトンネル[逃げ男](2011/02/13 14:00)
[25] 2-9.シール・オヴ・シャン・ト・コー [逃げ男](2012/01/05 23:14)
[26] 2-10.マイ・ホーム[逃げ男](2010/02/22 18:46)
[27] 3-1.塔の街:シャーン1[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[28] 3-2.塔の街:シャーン2[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[29] 3-3.塔の街:シャーン3[逃げ男](2012/09/16 22:15)
[30] 3-4.塔の街:シャーン4[逃げ男](2010/06/07 19:29)
[31] 3-5.塔の街:シャーン5[逃げ男](2010/07/24 10:57)
[32] 3-6.塔の街:シャーン6[逃げ男](2010/07/24 10:58)
[33] 3-7.塔の街:シャーン7[逃げ男](2011/02/13 14:01)
[34] 幕間2.ウェアハウス・ディストリクト[逃げ男](2012/11/27 17:20)
[35] 4-1.セルリアン・ヒル(前編)[逃げ男](2010/12/26 01:09)
[36] 4-2.セルリアン・ヒル(後編)[逃げ男](2011/02/13 14:08)
[37] 4-3.アーバン・ライフ1[逃げ男](2011/01/04 16:43)
[38] 4-4.アーバン・ライフ2[逃げ男](2012/11/27 17:30)
[39] 4-5.アーバン・ライフ3[逃げ男](2011/02/22 20:45)
[40] 4-6.アーバン・ライフ4[逃げ男](2011/02/01 21:15)
[41] 4-7.アーバン・ライフ5[逃げ男](2011/03/13 19:43)
[42] 4-8.アーバン・ライフ6[逃げ男](2011/03/29 22:22)
[43] 4-9.アーバン・ライフ7[逃げ男](2015/02/04 22:18)
[44] 幕間3.バウンティ・ハンター[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[45] 5-1.ジョラスコ・レストホールド[逃げ男](2011/09/04 19:33)
[46] 5-2.ジャングル[逃げ男](2011/09/11 21:18)
[47] 5-3.レッドウィロー・ルーイン1[逃げ男](2011/09/25 19:26)
[48] 5-4.レッドウィロー・ルーイン2[逃げ男](2011/10/01 23:07)
[49] 5-5.レッドウィロー・ルーイン3[逃げ男](2011/10/07 21:42)
[50] 5-6.ストームクリーヴ・アウトポスト1[逃げ男](2011/12/24 23:16)
[51] 5-7.ストームクリーヴ・アウトポスト2[逃げ男](2012/01/16 22:12)
[52] 5-8.ストームクリーヴ・アウトポスト3[逃げ男](2012/03/06 19:52)
[53] 5-9.ストームクリーヴ・アウトポスト4[逃げ男](2012/01/30 23:40)
[54] 5-10.ストームクリーヴ・アウトポスト5[逃げ男](2012/02/19 19:08)
[55] 5-11.ストームクリーヴ・アウトポスト6[逃げ男](2012/04/09 19:50)
[56] 5-12.ストームクリーヴ・アウトポスト7[逃げ男](2012/04/11 22:46)
[57] 幕間4.エルフの血脈1[逃げ男](2013/01/08 19:23)
[58] 幕間4.エルフの血脈2[逃げ男](2013/01/08 19:24)
[59] 幕間4.エルフの血脈3[逃げ男](2013/01/08 19:26)
[60] 幕間5.ボーイズ・ウィル・ビー[逃げ男](2013/01/08 19:28)
[61] 6-1.パイレーツ[逃げ男](2013/01/08 19:29)
[62] 6-2.スマグラー・ウェアハウス[逃げ男](2013/01/06 21:10)
[63] 6-3.ハイディング・イン・ザ・プレイン・サイト[逃げ男](2013/02/17 09:20)
[64] 6-4.タイタン・アウェイク[逃げ男](2013/02/27 06:18)
[65] 6-5.ディプロマシー[逃げ男](2013/02/27 06:17)
[66] 6-6.シックス・テンタクルズ[逃げ男](2013/02/27 06:44)
[67] 6-7.ディフェンシブ・ファイティング[逃げ男](2013/05/17 22:15)
[68] 6-8.ブリング・ミー・ザ・ヘッド・オヴ・ゴーラ・ファン![逃げ男](2013/07/16 22:29)
[69] 6-9.トワイライト・フォージ[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[70] 6-10.ナイトメア(前編)[逃げ男](2013/08/04 06:03)
[71] 6-11.ナイトメア(後編)[逃げ男](2013/08/19 23:02)
[72] 幕間6.トライアンファント[逃げ男](2020/12/30 21:30)
[73] 7-1. オールド・アーカイブ[逃げ男](2015/01/03 17:13)
[74] 7-2. デレーラ・グレイブヤード[逃げ男](2015/01/25 18:43)
[75] 7-3. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 1st Night[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[76] 7-4. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 2nd Day[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[77] 7-5. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 3rd Night[逃げ男](2021/01/01 01:10)
[78] 7-6. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 4th Night[逃げ男](2021/01/01 01:11)
[79] 7-7. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 5th Night[逃げ男](2022/12/31 22:52)
[80] 7-8. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 6th Night[逃げ男](2024/02/10 20:49)
[81] キャラクターシート[逃げ男](2014/06/27 21:23)
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[12354] 幕間4.エルフの血脈1
Name: 逃げ男◆b08ee441 ID:38d1799c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/08 19:23

「──見事だ。我が身に一太刀浴びせたその剣撃、確かにその身に宿る祖霊の息吹を感じたぞ。

 認めよう、エレミア・アナスタキア──新たなる"古き英雄"よ。その身は既にこの国に縛られるものではない。

 その剣の導く運命を辿るが良い。定めを成就し、祖霊の歩んだ道のさらにその先へと。

 そして叶うなら、その果てに辿り着き剣の極みに至った時。再び我と剣を交わしてくれ」


──ヴァラナー国王 シャエラス・ヴァダリア大王 剣舞の間にて  











ゼンドリック漂流記

幕間4.エルフの血脈1












太陽が強烈な光を投げかけている。夏が近いこの季節、赤道が近いストームリーチの街は熱波に覆われていた。海から吹き付ける風は熱せられた大量の水分を含んでおり、それが体に纏わりつくのだ。だがそれでもなお無風であるよりは救いがある。風が止めば海面や石畳から反射する熱が足元から襲いかかってくるのだ。日差しの下はまるで加熱された鉄板の上のような有様だ。普段は威勢よく荷運びを行なっている港の水夫たちも、この環境下では働く気力を維持できないのか早々に酒場へと避難している。おそらくは太陽が沈む夕刻まではエールでその体を冷やしておくつもりなのだろう。この炎天下の中で外出しているのはウォーフォージドと、そして耐熱の装備や呪文を用意できる者達のみだ。

勿論俺は後者に含まれる。"クローク・オヴ・コンフォート"は外套として直射日光を遮るだけではなく、仲間をも包み込んで周囲の外気温を適度に保ってくれる効果を有している。この季節、屋外での活動を行うには必須といえる品だ。とはいえその価格は金貨千枚単位で価値が計られる立派な"マジックアイテム"であり、一般人の手が届く品ではない。職人の稼ぎが1日金貨1枚程度であることを考えれば、その価値は判ってもらえるだろうか。

無論こんな炎天下に、用もなく外を出歩いているわけではない。あの炎の丘でのザンチラーとの戦いの後、地下遺跡の探索を含めた後始末を終えストームリーチの我が家に帰ってきた俺達の元へと、一通の手紙がオリエン氏族の手によって届けられたのが今から半月ほど前のこと。エレミアを宛先としたその手紙が今日、俺と彼女を港へと呼び寄せたのだ。エレミアにその祖霊の道を指し示した人物が、今日この街へとやってくる。その人物を出迎えようと、俺達は二人で港へと赴いたのだ。

俺の視線の先では独特の細いフォルムの船体に風を受けつつ、定刻通りに入港するエルフの帆船が見えている。優美な曲線で構成されたそれは特別な古樹を加工して形成された"生きている船"。エアレナルに植生するライヴウッドという樹木は、例え切断されたとしても枯れることなく命脈を保ち続ける。そういった"生きた"材木を、ドルイドたちが長い時間をかけて少しずつ船の形へと形成し、さらに植物に知性を与える《アウェイクン/覚醒》という呪文によって自我を与えられたのがあの船だ。その呪文が現代では使い手の少なくなった中位呪文であることもあり、同型品は世界中を探しても十指で余るほどしか存在しない。噂ではそれ自体がドルイドとして呪文を行使するとも言われている、まさにエルフの航海にふさわしい船だ。

停泊したその船から次々と桟橋に降りてくるのは勿論その全てがエルフだ。ヴァラナーの港を出発してからエアレナル諸島を経由し、ここストームリーチへと至るその経路はかつて彼等の祖先がゼンドリックから脱出する際に辿った道を遡るものであり、そのためエルフ達はゼンドリックを訪れる際に船旅を好むことが多い。それは祖霊の歩んだ道に自らを重ねることでこれから行う冒険へのモチベーションを上げる効果があるのだとか。

その旅路を終え、伝承に語られる大陸へと降り立ったエルフ達は暑さにも怯むことなく、規律正しく行動を開始した。荷物の積み下ろしや入港手続きといった作業を彼等は次々と片付けていく。その様子を観察していると、彼等はいくつかのグループに別れていることに気付く。それは10人前後の統率のとれた小集団──"戦隊"と呼ばれるエルフの戦闘単位だ。ヴァラナーの軍隊は45の"戦団"によって構成され、それぞれに200~500名のエルフが所属している。その戦団を構成している、一つ単位の小さなユニットが"戦隊"だ。

最終戦争を生き抜いた人間の古参兵が2レベル程度でしかないこのエベロンにおいて、この戦隊に所属する戦士は"ルーキー"を除けば皆4~6レベルに達しているらしい。これは動物で例えればホッキョクグマに相当する脅威である。それが圧倒的機動力の騎兵となって、巧妙な連携で攻め寄せてくるのだ。その戦闘力は人間の軍隊とは比較にならない。

ヴァラナー国内にはそういった戦団が常に20は常駐しているが、残りの戦団は行動の自由を保証されている。たいていの場合、その任務に従事していない戦団は教練に明け暮れるか、祖霊の道を辿ろうと国外へと出かけていく。今眼の前にいるエルフ達もおそらくこの大陸に祖先のルーツを求めてやってきた戦団の一つなのだろう。

そういったエルフの集団の合間を縫って、二人の人物がこちらへと近づいてきた。特徴のある耳の形から二人共がエルフであることが判る。ゆったりとしたローブは体の線を隠し、目元から下を覆うヴェールが個人の特定を困難にしている。しかしそれでも俺には彼等が目的の人物であると察しがついた。彼らの素性はその特徴ある装束が語ってくれているのだ。顔を覆う布は祖霊との一体化を果たすために顔という自分の個性を覆い隠すもの。そして衣服に刻まれた文様は祖霊を讃え、その伝承を語り継いでいくことを誓ったルーンが刻まれている。間違いない。ヴァラナーの精神的指導者──"キーパー・オヴ・ザ・パスト/過去の護り手"だ。


「お久しぶりです、師母。ご健勝のようでなによりです」


桟橋を渡り、近づいてきたその二人へとエレミアが駆け寄って声を掛けた。その声は弾んでおり、恩義ある人物との再会に喜んでいる様子が後ろ姿からでも見て取ることが出来るほどだ。声を掛けられたそのエルフの女性も、僅かに覗く目元を綻ばせてエレミアへと応じる。


「わざわざ迎えに来てくれたのね、エレミア。ありがとう。ここに来るまでの船旅の疲れも、貴方の姿を見たお陰で吹き飛んだわ。

 それに、また腕を上げたようね。4月ほど前に会った時はまだ私でも剣を合わせることが出来ただろうけれど、今はもう無理でしょうね。

 貴方が祖霊の道を正しく歩み進めている姿をこうして見れることは、私にとって何よりも嬉しいことだわ」


ふわり、と駆け寄ったエレミアを彼女が抱きとめるような形で二人は抱擁を交わす。ほんの数秒ではあるが、心を許しあった者同士がお互いの再会を喜ぶ気持ちを伝えるにはそれで十分だったようだ。距離を開けた今でも二人の間が信頼という絆で結ばれているのが判る。そしてそんなエレミアへと、もう一人のエルフが声を掛けた。


「お久しぶりですわ、エレミアお姉さま。ご活躍は遠くヴァラナーまでも聞こえております。

 今回は姉妹を代表してナーエラ様に同行させていただきました。是非、この大陸でのお話をお聞かせくださいまし」


エレミアを姉と呼ぶそのエルフは、凛とした声で呼びかけると躍動感溢れる動きでエレミアへと抱きついた。エレミアの身長はエルフの平均をやや超える170cmほどだが、この少女は頭ひとつほど背丈が低い。ちょうどフィアやルーとエレミアの中間くらいだろうか。姉の首元に顔を埋めた後、身を離した彼女へとエレミアが言葉をかける。


「ティア、よく来てくれた。船旅は初めてだったろうが、体調は崩していないか?

 君は昔から身体が弱かったから、長旅は堪えたんじゃないか」


「まあ、お姉さまったら。もう子供の頃とは違うんですわよ。それに体を悪くするような時間なんてありませんでしたわ。

 お姉さまの時のようにドラゴンが襲って来てくれないかと楽しみにしていたら、あっという間に到着してしまいましたもの!」

 
仲睦まじく会話している3人のエルフは、人間的感覚からすれば姉妹のようにしか見えない。だが実際にはナーエラと呼ばれた"過去の護り手"はかなりの経験を積んだエルフで、一方のティアと呼ばれたエルフはまだ成年を迎えていないであろうほど年が離れているはずだ。ナーエラからは調和のとれた清流のようなエネルギーを、ティアからは若々しく放たれる生命エネルギーを感じる。

エルフは人間で言えば20才程度の肉体年齢を死ぬ時まで保ち続ける。彼らの顔に皺ができることはなく、髪が白髪になることもなく、肌はなめらかさと張りを保ち続ける。そんな年齢不詳のエルフ達の年齢を推し量る指標となるのが、生命エネルギーの放射だ。以前はまったく感知することができなかったのだが、モンクとしてのレベルが上がったことか、あるいはエルフのキャラクターが解放されたことのいずれかを条件として俺にもそのエネルギーを知覚することが出来るようになったのだ。

年若いエルフからは激しくエネルギーが溢れているが、年を経るに従って徐々にその奔流は身体を包むように形を整え、密度を上げていく。その高まった密度に肉体が耐えられなくなることが、エルフにとっての老衰死なのだ。それはまるで彼らが徐々に血と肉でできた存在から霊と光でできた存在へと形質変化してく過程のように思える。エルフの祖先は肉体を持たぬ霊的存在──エラドリンという来訪者であるという学説は、そういった事情からもこのエベロンにおいても一定の支持を得ている。


「お二人に紹介しよう。こちらはトーリ、私が乗っていた船がドラゴンの襲撃を受けてコルソス島に漂着したとき以来行動を共にしている仲間だ。

 そして私が生まれた時に守護祖霊を見定めていただいたナーエラ師と、"剣の館"の後輩に当たるエスティだ」


エレミアから二人のエルフの紹介を受けた。エアレナルのエルフが偉大な過去の英雄に不滅の肉体を与えて助言を授かるのに対し、ヴァラナーのエルフは彼等の祖先の為した栄光を再現し、それによって過去の英雄の魂を現代に蘇らせようとしている。ヴァラナー・エルフが生まれると聖職者であるキーパー・オヴ・ザ・パストがさまざまな徴からそのエルフを守護する祖先の霊を判断する。この祖霊の行いに倣い、また家族全てにその栄光をもたらすべく努力するのがその子供の義務となるのだ。

同じ守護祖霊が複数のエルフを守護している事もあり、その場合どのエルフがもっとも祖霊の姿を完全に再現できるかという競争が彼等の中で起こることもある。そういった子供たちが成人までの間、剣の腕を磨くのが"剣の館"なのだという。ヴァラナーにおけるエルフの教育機関だと考えれば間違い無いだろう。

つまり、彼女たちはエレミアの恩師と妹弟子のようなものということになる。だが人間と異なり、エルフが成人となるのは100歳前後だ。その分教育機関で過ごす期間は長く、それだけの歳月を重ねた彼女たちの関係は単なる学校の先生生徒という領域ではなく、どちらかというと家族のようなものになっているのだろう。


「こんなところで立ち話を続けることもないでしょう。よろしければ我が家に招待させていただきたいのですが、如何ですか?」


既にお互いの素性はある程度エレミアから聞いていたため、挨拶を軽く済ませた後に俺は早々に場所を移すことを提案した。"クローク・オヴ・コンフォート"があるとはいえ、海面から照り返す太陽光が目を刺し、塩分を含んだ風が体にまとわりつくのは避けられない。旅人の二人は故国の気候からして砂漠のようなカラっとした暑さであれば慣れているのかもしれないが、このストームリーチの蒸し暑さには不慣れだろう。ひとまずは落ち着ける場所に移動することが先決だ。

一行を先導して道を進む。以前は港湾地区から中央市場への移動はハーバーマスターによって規制されていたが、そうやって足止めを受けた冒険者達を利用した治安向上作戦が一定の成果を上げたようで、今現在はそういった制限は課されていない。かつて港湾から市街地へと続く道を塞いでいた大門の脇には武装した衛視が立っていたが、今や彼らの仕事は持ち込まれる揉め事の受付くらいのものだ。それすらこの炎天下では開店休業状態なのか、彼らは脇に設けられた仮設の衛視小屋の中へと引きこもり、鎧を脱いで涼を取っている始末だ。

そんなわけで客人の移動には支障が無かった。港湾地区からタラシュク氏族のエンクレーヴを横目に見ながら中央市場へと抜け、南東の門を超えるとそこは"ストームヘイヴン"と呼ばれる高級住宅街だ。花や蔦で覆われた邸宅や外壁は庭師が腕を競い合うキャンバスとして多彩な彩りを見せ、さらに太古の巨人族の秘術の力で空に浮き上がっている塔や邸宅までもが存在しており"リトル・シャーン"とでもいうべき光景が広がっている。

他にもジョラスコ氏族のメンバーが丹精に育て上げた庭園が景観だけではなく香りや居心地といった面で訪れる者皆に癒しを与えてくれる。ストームリーチにおける安息の地、それがこの区画の特徴だ。エスティはこの街でも先達であるエレミアに対して目に映るこの街独特の物に対して次々と質問を投げ掛けている。新しく訪れた街の光景は見ているだけでも充分に旅人を楽しませているようだ。

そんな観光を兼ねた移動で港湾から30分ほど歩いた頃、ジョラスコ氏族の影響力を受けた街区を抜け、ストームリーチの外壁を超えた先に建つ我が家が視界に映り出した。外敵から守ってくれる街壁の外にあるため、屋敷の周囲は狭い間隔で打ち込まれた柱で囲われている。ハーフリングの子供であれば辛うじて通り抜けられるだろうという程度の隙間から庭の様子を窺うことが出来、そこではカルノ達が剣を振っているのが見える。おそらくはまたラピスが木陰のハンモックから指導を行なっているのだろう。

さらに家の周囲は契約によって派遣されたデニスの警備兵が巡回している。先日までは任務ということで義務感から仕事にあたっていた彼らだが、嵐薙砦の件以降その態度は大きく変化した。派遣されてくる氏族のブレードマーク達は相当な熱意を持って仕事に取り組んでくれている。デニス氏族の主催するいくつかのパーティーに出席し有力者と面識を得たのは確かだが、それよりもあのクエストでの戦いぶりが伝わったことが彼らの職務意識の変革に繋がったようだ。名が売れることに伴う有名税は俺にとって大きな負担だが、それがデメリットだけではないことを彼らが教えてくれている。

そんな彼らに挨拶をしつつ両開きの門を開くと、脇に控えている鉄蠍の姿が現れる。微動だにしないその姿は鋼鉄で造られた彫像のようだ。現にエスティは彼女が動くことに気付いていなかったようで、俺が挨拶がわりに尾を撫でたことに反応したシャウラに対してぎょっとした視線を向けている。


「ご安心を、門番を勤めてくれている我らの心強い仲間です。シャウラ、エレミアのお客さんにご挨拶を」


俺の言葉を受けてシャウラが後肢を伸ばすと、胴体の前半分がお辞儀をしたかのように下がって見える。その動作を見て害意がないと判断したのだろう、エスティはおそるおそるシャウラの外殻に手を伸ばしてその硬さに驚きながらも興味深そうにしげしげと彼女を眺めている。そんな客人を脇に俺は続いて家の門扉を開き、エスティとその様子を微笑ましく見守っている一行に声をかける。


「さあどうぞ、あがってください。ちょうどこの大陸で採れる珍しい茶葉を手に入れたところです」




† † † † † † † † † † † † † † 




客間へと通した客人らの相手はエレミアに任せ、俺は食堂に併設した厨房でメイに教わった技術をふるって茶を淹れていた。この世界の料理などは〈職能:料理人〉という技能で表され、【知力】の高低による修正値とレベルアップごとに割り振ることの出来る技能ポイントによって技量が決定し、行為の結果はその数値にD20を加えることで判定される。一般人の【知力】修正値が-1~+1程度、技能ポイントがキャラクター・レベル+3までを上限とするシステムにおいてD20という揺れ幅は非常に大きい。レベルが低ければ低いほど固定値が小さく、乱数の影響を大きく受けるのだ。

だがさすがにそれでは職人などの仕事は成り立たない。今の俺のように落ち着いた状況で邪魔されない環境であれば、サイコロの目で10を振ったものとして安定した結果を出すことが出来る──"出目10"あるいは"テイク10"と呼ばれる判定だ。戦闘中や設備の整っていない状況では不可能だが、日常に含まれる行為であれば大抵のことはこれによって処理されると思っていい。それとは別に、20倍のリソースを費やすことで"出目20"とするような事も出来る。これはつまり20回お茶を淹れ、そのうち19回分の茶葉と時間を捨てることで、理論上の最高の結果を出せるということだ。

あいにく判定の結果がログとして出力されるわけではないこの環境ではそれらのシステムがそのまま適用されているのかは不明だ。だが度重なる検証の結果として、完全ではないにしろ近い法則が働いているであろうことは確認している。俺の目の前では茶葉が対流により撹拌されている。訓練により鍛えられた観察眼は、細かい観測機器がない環境でも適切なタイミングを俺に教えてくれる。その日の温度や湿度といった外的要因、茶と湯の量や温度といった内的要因の組み合わせに対して解答を与えてくれるのだ。"出目10"をするように落ち着いて作業をすれば、茶の出来上がり具合の揺れ幅は殆ど無い。蒸れ具合を見計らいスプーンでポットの中をひと混ぜし、温めたカップと共にキャスターに乗せる。

この能力があれば直ぐにでも料理人として身を立てられると考えたことはある。だが、残念ながら世の中はそう都合良くはいかなかった。この技能に関する数値は、"既知のレシピについて、その通りに作成する"能力なのだ。難易度の低い目玉焼きのような料理はどれほど達成値を高く作成しても、その味は目玉焼きの範囲を超えることはない(それはそれで素晴らしい味の目玉焼きにはなるだろうが)。目標となる味あるいは調理法(難易度)を先に決定し、それに成功したかどうかを判定する形式なのだ。手の込んだ料理であればあるほどその難易度は高くなるが、そういった料理のレシピは秘匿されていることが多い。

無論〈職能:料理人〉には料理を味わうことでそのレシピを類推し、仮説を立てる能力も含まれている。だがその仮説を検証し、レシピをモノにするには研究が必要だ。それはウィザードが新たな呪文を探求する行為に似ている。時折メイと二人して新たな料理を味わいに様々な店を訪れ、帰ってからはそのレシピの再現に挑戦するといった事をしてはいるが所詮それは息抜きの範囲を出ないものだ。本職の料理人に敵うべくもない。

俺に《クリエイト・フード・アンド・ウォーター》の呪文が使えればそれによる和食の再現などに熱を上げたかもしれないが、この呪文は信仰呪文で使い手はクレリックに限定される。迂遠な手段を用いれば無理やり秘術呪文として再現する事も出来るのだが、残念ながら今はまだそこまで手が回っていない段階だ。そういうわけで俺の料理の腕前は趣味の範疇を出るものではない。例外があるとすればたった一つ、メイ直伝のこのお茶の淹れ方くらいのものだ。

分割した思考でそんなことを考えながらも体を動かす。ドアを《メイジハンド》で開き、キャスターを転がして客室へと入ると中にいた三人は和やかに談笑していた。どうやら近況を報告しあっていたようだ。基本的に誰それがどこかで武勲をあげた、という内容なのだがそのどれもが血なまぐさいのは彼らがヴァラナー・エルフであるが故仕方ないことか、と思う。彼らはまさに勲しを求めて海を渡り、今なお戦いに明け暮れる戦闘民族なのだから。

そもそも、自身らをヴァレス・ターン──"栄光の戦士"と呼ぶ彼らのルーツは遥か古代まで遡る。4万年前、エルフ達はドラゴンによるゼンドリック大陸の崩壊を予知したエアレンという名のエルフに従って旅立った後、ゼンドリック北東に位置する群諸島へと辿り着いた。預言者の名を取ってエアレナル(エアレンの眠る地)と名付けられたその島を新天地に、エルフ達は栄えていくことになる。しかし勿論それは永遠には続かない。2万5千年前、再びドラゴンがエルフ達の土地へと押し寄せてきたことで再び彼らは戦火に包まれることとなった。アルゴネッセン大陸に住むドラゴンとの戦争が始まったのだ。

原因は諸説ある。故郷を焼き払われ、追い出されたエルフの怒りが戦端を開いたのだとか、エルフの探求していた死霊術の秘奥がドラゴンたちの禁忌に抵触したのだと主張するものもいる。いずれにせよ、全てのエルフが団結しその地上で最も恐るべき軍勢へと立ち向かった──その中には、ヴァレス・ターンの前身、"ターナダル/誇り高き戦士"と呼ばれる、巨人との戦いで剣を用いたもののうち、エアレナルに到達した際に剣を捨てることを拒否した者達の姿もあったのだ。

当初の激突は激しいものだった。空を埋め尽くすドラゴンの軍勢に対し、秘術と剣技の秘奥をもってエルフ達は迎え撃った。海は遺体となった竜とエルフで埋め尽くされて赤黒く染まり、やがて両者には戦争の疲弊が残った。それにより戦いは徐々に、ゆっくりと肉体のぶつかり合いから魔術的なものへと移り変わっていく。最低でも数世紀のスパンで行われたこの戦争は、人間の眼にはまるでカタツムリの歩みのような代物に見えたかもしれない。だがそれは恐るべき高次秘術を交わす陣取り合戦のようなものであったのだ。だがそういった戦いにターナダルの居場所は無かった。彼らは一時戦いから遠ざかることとなったのだ。

それでも戦士たちは戦いの場を求め続け、新たな戦場としてコーヴェア大陸に目を留めた。1万年前、キャセール・ヴァダリアはコーヴェア大陸の南海岸に戦士たちを率いて上陸した。そこに住み着いた彼等は"ヴァレス・ターン/栄光の戦士"と自らを称する事になる。活動範囲を広げていったエルフたちはやがてダカーンのゴブリン帝国と接触し、小競り合いはすぐに戦争へと姿を変えた。ヴァレス・ターンは勿論一騎当千の勇士たちであったが、ダカーンにも鉄の規律に統率された大規模な軍があったのだ。しかし、この戦いは意外な結末を迎えた。

ダカーンとヴァレス・ターンの戦争が佳境を迎える中、ドラゴンの、いまだかつてない規模の軍勢がエアレナルを襲ったのだ。エルフは急ぎ海を渡って帰国し、残された砦はゴブリン達が占領するところとなった。そしてダカーンがエアレナルに対して戦いを挑んだ時、ドラゴンとの泥沼の戦いを続けていたエルフにゴブリン達と戦うだけの力はもはや無かった。ターナダルの指導者がダカーンと交渉を持ち、和平条約が調印された。「助けを求めてこれを呼ばぬ限り、ターナダルのエルフが再びコーヴェアに上陸する事は許されざる物とする」と。

彼等は約定を違えなかった。ダカーンのゴブリンは誇り高く、異次元からの悪意が侵入してきた時も、帝国が崩壊したときすらターナダルに助けを求めなかった。その間ターナダルは軍を整え、技を磨き、数千年待ちつづけた。王国歴914年、ついに召喚が為されるまで。呼びかけを行ったのはサイアリの王であった。ガリファー王国の正式な後継者でありながらも、兄妹達に権利を否定され各国から包囲攻撃を受けていたサイアリはコーヴェア大陸の外に助けを求めたのだ。請願に好奇心をそそられた指導者、シャエラス・ヴァダリアはヴァレス・ターンの一族を呼び出し、戦士たちも喜んでこれに応じたのである。

42年の間、ヴァレス・ターンはカルナスとブレランドに恐怖を撒き散らし、そして突然サイアリとの全ての関係を断ち切った。多くのものは同盟が価値のないものになったせいだと考えているが、新たに即位したサイアリ王がヴァダリアを侮辱したのが原因だというものもいる。ヴァダリアはサイアリの南東の端に自らの軍を集め、古代のエルフがここに築き上げた権利と人間の文明より古いこの地との絆について語って聞かせた。ダークウッドの王冠が彼の頭上に置かれたとき、彼はかつて祖先の物だった大地を回復し栄光を得る機会を全てのターナダルに与えることを誓った。彼は大地に自らの刃を突き立て、ヴァラナー──"栄光の王国"の建国を宣言したのである。

最終戦争が終結してもなお、彼らは頻繁に国境を超えてカルナス軍と衝突し、ダーグーンに侵攻し、タレンタ平原やクバーラを脅かしている。戦士の多くは祖先の足跡をたどってゼンドリックで巨人へ戦いを挑んでいるのだが、国に縛られた彼らが武勲を上げるには隣国へと攻め寄せるしか無いためだ。

シャーンなどに滞在するエルフの外交官は、その巧みな弁舌の才をもってその諸行を調整してのけている。西方諸国ではダーグーンのゴブリンの勢力を削っている功を語り、北方では隣国の悪行を挙げて攻撃を正当なものだと主張する。そして戦火を交えるカルナスにはエルフの襲撃はヴァラナーでも手を焼いている犯罪者の仕業であると言って苦り切った顔を装うのだ。その成果もあってか、これまでのところ各国が対エルフで一致団結するまでには至っていないという──。

はっきりいって国際社会の問題児、それが彼らヴァラナー・エルフに対する俺の評価だ。例としては初対面の時のエレミアや、街で遭遇したジュマルなどが挙げられるだろうか。アレが彼らの標準的な対応であり、そんなエルフ(しかも個々が世界でも頭ひとつ抜けた強さを有する)がウォージャンキーとして大量に従軍しているのだ。彼らがコーヴェアを征服していないのは、ひとえにその数の少なさと地理的要因に助けられているに過ぎない。

お茶のカップを傾け、先日メイが焼いたクッキーを美味しそうに食べている彼女たちの姿はとてもそうは見えない。文化が違えどエルフの外見が整っていることには違いがなく、華奢なその外見にそれだけの凶暴性が秘められているとはなかなか信じ難い。それは他のファンタジー世界のエルフ観に影響されていることも大きいのだろう。随分とこの世界には慣れたつもりなのだが、一度染まった固定観念はなかなか抜けそうにない。いつかそれに足元を掬われないようにしなければならないのだが、なかなかに難しいものだ。


「それで──師母はどういった用件でこの街までいらっしゃったのですか?」


俺が運んできたお茶は彼女たちのお喋りに一区切りをつける効果があったようだ。カップをソーサーの上に戻しつつ、エレミアは世間話を切り上げると正面に座る女性へと問い掛けた。


「一つはこうして貴方と話をするためよ、エレミア。あなたの歩みの軌跡を語り継ぐ責務が私にはある──それは私の楽しみでもあるわ。

 都合のつく時に時間をとってくれないかしら。勿論、忙しいのであればそちらの事情を優先して頂戴。貴方の都合に出来るだけ合わせるわ」


顔の半分を覆っていたヴェールを外したナーエラはそう旅の目的を語った。なるほど、確かに今のエレミアは生きる伝説といってもよい存在だ。ヴァラナーの"過去の護り手"にとってその足跡は語り継ぐべきものだろう。特に彼女の祖霊はエルフの船団を出発させるために敵の軍勢と戦い続け、この砕かれた大地に残った英雄だ。エルフ達の間にはそれ以降のことは占術などで漠然と知れる範囲内でしか残ってはいないだろう。


「私のほうは構いません。今のところ依頼を受けているわけではありませんから、鍛錬の合間に時間を取ることが出来るでしょう」


エレミアもその申し出に頷く。こうして伝えられた伝承がヴァラナーで英雄の息吹を伝えるのだ。"レヴナント・ブレード"──交霊により過去の英雄の業を我が物とするこの技術は、エルフの中でもごく最近編み出されたものだ。だがこれはターナダルのエルフ達の数千年に渡る祖霊崇拝の賜物であり、その精神はヴァラナー・エルフの精神に深く根付いている。その発展への協力を、エレミアが惜しむことはないだろう。


「もう一つの用事は、少し時間がかかりそうなの。この地を訪れる同胞の数はどんどんと増えているわ。

 大王に従う戦団の交代の時期も迫っているし、次の期間には今より遥かに多いターナダルがこの地を訪れるでしょう。

 その際に無益な衝突を生まぬようこの地の領主たちとの折衝を行なって、いくつか活動拠点の手配を行うことになったの」


ナーエラはなんでもない茶飲み話のように語ったが、聞いていた俺にとってそれは非常に大きい衝撃を与えた。ヴァラナーの戦団の来襲。それがコーヴェア大陸の国家に対して為されたのであれば、間違いなく侵略行為と受け取られるものだろう。任期明けを迎える20の戦団、その2,3割がストームリーチに訪れたとして、それはこの街の人口の1割に相当する。その中には交易を営んでいる無害な巨人族達との間に、ジュマルのように揉め事を起こしそうな連中が大量に含まれていることだろう。なにせ彼らはこの大陸へ、巨人族と戦うために来たのだから。

そしておそらくその大移動の切掛にはエレミアが絡んでいる。先達の戦士たちからしてみれば、半人前に過ぎなかったエレミアが一年足らずの間に偉業を成し遂げたのだ。そこには彼女を称える以外の気持ちも数多く生まれているはずだ。その鉾先が誤った方向に向かないように出来るか否かは、目の前のこの女性の手腕に掛かっているという事だ。おそらくこの街の支配者たるコイン・ロード達もこの難問には頭を抱えるのではないだろうか。大勢の高レベルエルフ達がもたらす経済効果は計り知れないが、それにはもれなく厄介事がついて回るのだから。


「既にシャーン経由で先方にメッセージは伝えてあるわ。近いうちに会談を設ける機会が出来るでしょう。もし何か耳寄りな情報があれば教えてね」


そう言ってナーエラは微笑むが、これはそんな軽い話ではない。仮にコイン・ロードのいずれか一人がエルフの戦団らを抱えることに成功すれば、それはこの街のパワーバランスを一変させかねない。コイン・ロードたちは同盟で結ばれた存在ではなく、お互いを喰らい合う蛇のような連中なのだ。静かな拮抗を保っている今のバランスが崩れ蛇たちが大きく動くようなことがあれば、その巣穴たるこのストームリーチはただでは済まない。

俺が最も縁深いのはジョラスコ氏族やデニス氏族と近しいオマーレン家なのだが、党首のパウロ・オマーレンはアマナトゥへの敵愾心を隠そうともしない過激な女性である。俺の平穏のためには、ナーエラには是非コイン・ロード達の間を器用に飛び回っていずれかのロードのみに利益を与えないようにして欲しいものだ。

突然降って湧いたとんでもない話に俺が頭を悩ませている一方で、彼女たちの会話は進んでいた。ナーエラの話が一段落したことで、次にエスティがエレミアへと話しかけていたのだ。


「ナーエラ様のご用向きは今仰ったとおりなのですが、私にも一つ目的がありますの──お姉さま、私をお姉さまの戦団の末席に加えてください!」


そう求めたエスティの表情は真剣そのものだ。戦団とはヴァラナー国王に認められたエルフの大規模戦闘集団。そういえばエレミアもどこかの戦団に所属していたとしてもおかしくない。むしろ"レヴナント・ブレード"であるなら本来そうあるべきものなのだ。彼女がヴァラナーを離れゼンドリックを終の棲家と定めたことについて、国元とは話が付いていると聞いている。俺とメイがシャーンに滞在している間、エレミアはその手続のために帰国していたのだから。細かい話は聞いていなかったが、どうやらそのあたりの事情が彼女のこの申し出には絡んでいそうだ。


「──確かに私は第46戦団の長として任じられている。だがそれは体裁上のものに過ぎないよ。

 期限の縛りを設けずこの大陸に留まる許可を願い出た私に、大王が与えて下さった政治的配慮というものだ。

 10年ごとの任期も持たず、ただこの地で祖霊の後継者としてあり続ける私の半端な立ち位置を慮って頂いたのだ。

 故に私はこの地で戦団を率いるつもりはない」


エレミアの返答は妹弟子の望みを受け入れるものではなかった。だがその言葉を聞いて俺は一つ納得がいった。高レベルキャラクターというのは戦術兵器に等しい存在だ。特に軍人である場合、それは国にとっての大きな財産なのだ。そんな存在であるエレミアが国を捨ててこのストームリーチに出奔するなど普通は認めがたいことだろう。だがそれをヴァラナーの国王は無期限の任務であるとすることで体裁を整えたのであろう。このあたり、あの新しい国の抱える一つの問題が浮き彫りになっている。果たして現代に蘇った過去の英雄たちは、今の国王に忠誠を尽くす必要があるのか? むしろ王よりも敬われるべき存在なのではないか? それが過去に存在した偉大なる王であった場合、現代の王との間に闘争が勃発するのではないか?


「古来よりターナダルの戦団はその戦闘力の高さを王に認められて叙勲を受けたもの。つまり今のエレミアはたった一人で一軍に相当すると認められているようなものですわ。

 声をかければ大勢の戦士たちが馳せ参じるでしょう──いえ、そうするまでもなく彼女と轡を並べて戦いたいという者は何百人といることでしょう」


澄ました表情でお茶を飲みながらナーエラが補足を加えてくれた。つまり、目の前のエスティはその最初の一人に過ぎないということだ。これから大勢のエルフが彼女の下にやってくる。自らの戦隊に引き抜こうとしたジュマルの時とは異なり、彼女の元で戦いたいという戦士たちが。


「たとえ誰が来ようと同じ事だ。私は未だ道半ばに過ぎず、戦団の長として他者を率い導くよりもただこの身を探究のために費やしたいと考えているのだ。

 それに私はこの地で共に戦う仲間たちの中でも長を務めているわけではない──我々のリーダーはここにいるトーリだ」


そのエレミアの言葉を聞いたエスティの反応は顕著だった。特に表情を変えないナーエラに対して、彼女はその目を大きく見開くと俺をじろじろと観察し始めた。おそらくは俺の実力を測っているのだろう。余程の実力差がない限り、相手の立ち居振る舞いなどから対象のレベルを推し量る事は出来る。例えば俺の見立てではこのエスティは2レベル、身のこなしからして軽戦士系だろう。ナーエラは10レベル、さらにその纏っている信仰のオーラからクレリックであろうと推測できる。


「確かに腕利きではいらっしゃるんでしょうけれど……」


彼女の瞳には困惑が見て取れる。彼女らの故国ヴァラナーでは戦闘力の高いものが部隊を率いるのは当然のことだろうし、俺とエレミアのレベル差は一目瞭然だ。冒険者のチームでは交渉担当者がリーダーになることが多いが、それでもレベルが劣っているものが隊を率いることは滅多にない。レベルの高さは能力の高さに直結し、自分よりも劣った相手の下につくことはそれだけ危険が増すのだから。例外としてドラゴンマーク氏族や各王家などといった家格の高さがあるが、それは一般的な冒険者チームの例からは外して構わないだろう。


「見た目からは察せないだろうが、私は彼と会って以降、その体に一太刀たりとも浴びせることが出来ていない。

 国元を立ってから確かに腕が上がった自覚はあるが、それでもだ。強さが序列を決めるのであれば、それこそ私が上に立つ道理はない。

 そういえば私はその場には居合わせなかったが、あのジュマルも先手を譲られた上で何も出来ずに打ち破られたそうだぞ」




† † † † † † † † † † † † † † 




エレミアの発言後、30分ほどが経過しただろうか。今俺は庭の中央に立っている。正面には膝を突いて荒い息を吐くエルフの少女。言うまでもなくエスティである。是非にと手合わせを望まれ、エレミアからもぜひ一度稽古をつけてやってほしいと頼まれ。ナーエラはいい経験になるでしょうと軒先でお茶を飲みながらこちらを見物している状況だ。

確かにこの少女は恵まれた才能を持っている上、充分に鍛錬を積んでいたようだ。武器を振る筋力、体を動かす敏捷性、そして俺が攻撃に合わせて武器落としを仕掛けるや即座に素手での打撃に切り替える判断力。いずれも高い水準だった。その素地を活かすべくモンクとしての修練を積んだ彼女は、取り回しの難しいヴァラナー・ダブル・シミターを自らの体の延長のように扱い、連撃を繰り出してきたのだ。"ジェルダイラ/剣の踊り手"としての正当な訓練を積んできたのだろう。

だが、彼女はその反面で弱点を抱えていた。それはエルフの種族的特性でもある生来のもの──耐久力の低さだ。おそらくこれについては彼女の能力は一般人と同程度でしかない。エルフにしては優れている部類かもしれないがそれはあくまで一般の基準に照らした場合であり、冒険者として活動するにあたっては致命的な弱点だ。レベルが上がる毎に攻撃を受け流し、痛みに耐える能力は増していく。それがヒットポイントとして表される数値だ。だがその能力は元来有している耐久力が直接的に影響するのだ。

さらにファイターやバーバリアンといった攻撃を耐える前衛とは異なり、モンクは攻撃を捌くことに特化したクラスであることからヒットポイントの伸びは鈍い。おそらく彼女はこのまま実力を伸ばしたとしても、ちょっとした運の偏り一つで死の淵に立つことになるだろう。それを防ぐには治癒と防護などの支援能力に長けた仲間が必須だ。魔法や高価なアイテムである程度補うことが出来るとはいえ、それにも限度があるからだ。


「基本は良い。自分の強みを把握してそれを活かす戦い方を知っているようだ。でも、これからは弱みをカバーするように鍛錬したほうがいいだろう」


もし彼女がデルヴィーシュへと進むことを希望するなら、このままモンクを伸ばすのではなくファイター/レンジャーを経由すべきだろう。モンクの連打とデルヴィーシュの旋舞の組み合わせは確かに脅威だが、それが完成するのは21レベルという途方も無い先だ。それよりは目前の生存能力を優先すべきというのが俺の判断だ。それにエルフの"レヴナント・ブレード"は俺が知るかぎり最強の二刀流クラスだ。どうせ21レベルまでを見越すなら、そちらを組み入れる余地を残したほうが良い。


「……あ、ありがとう、ございました──」


辛うじて声を絞り出したエスティに客室で休んでいくように勧めると、エレミアが彼女を案内していくといって肩を貸し庭を離れていった。残ったのは鍛錬を中断して周囲で見物していた子供たちと、縁側で変わらぬ微笑みを浮かべているナーエラだ。エレミア達の背中を見送りつつ、彼女の方へと歩みを向ける。


「彼女にとって貴方のような高みにいる相手と手合わせできたことは得難い経験になったことだと思います。ありがとうございました。

 それにしても見事な腕前でしたわ。用意していた奥の手まで易々と回避された時には、思わず我が目を疑いましたもの」


奥の手、というのは先程エスティが使用した《トゥルー・ストライク/百発百中》の呪文のことだろう。モンクである彼女は本来呪文発動能力を持たない。だが彼女はその最後の一撃に《朦朧化打撃》を放つ際、確かにこの呪文を使用したのだ。とはいえその命中の補正を得てもなお彼女の最高の一撃が俺に届くことはなかったのだが。


「やはりあれは貴方の仕込みでしたか。まあ今の彼女があの呪文の助けを借りても、エレミアの鋭さにはまだ追いついていませんからね」


では何故彼女は呪文を発動出来たのか。それは目の前のクレリックの女性の仕業であろう。信仰系の呪文には《インビュー・ウィズ・スペル・アビリティ/呪文能力付与》というものがあり、これは術者の使用可能な一部の低位呪文発動能力を他者へと貸し与える効果を持つのだ。だが港で出会ってから今までの間、この呪文を発動している様子はなかった。つまりこの女性はある程度この展開を読んでおり、予めエスティに呪文を与えていたのだろう。


「それで、俺は貴方のお眼鏡には適いましたか?」


どうしてそんなことをしたのか。いくつか考えられることはあるが、その中の一つは俺の実力を測ろうとしたというものだ。娘同然であるエレミアを預けるに相応しいかどうか判断するために手っ取り早いのは戦う姿を見ることだが、ヴァラナーの高官でもある自分が相手をするわけにもいかない。そこであのエルフの少女がその代役として選ばれたのではないだろうか。


「私はエレミアの人を見る目を信頼していますから。あの子があれだけ信を置いているのであれば、それだけで充分ですわ」


ナーエラは相変わらず微笑みの表情を崩さず、その真意を読み解くことはできそうもない。"キーパー・オヴ・ザ・パスト"のクレリックの習得技能に〈はったり〉は含まれていなかったはずだが、交渉担当として派遣されてきたということは、同僚のより交渉に向いたクラスであるバード達を超える能力を彼女が有している証左だ。ひょっとしたら俺の考えすぎかもしれないが、相手は長い時を生き抜いた海千山千のエルフ。レベルが自分より下だからといって気を抜くことは出来ない。ゲストへの礼を逸さない範囲で警戒を維持しつつ対応する必要があると心に記す。

先日のクエスト以来、こういった政治的に高い立場の人物と知り合う機会が格段に増えた。だがその度に俺は権謀術数の張り巡らされた世界に対する忌避感を感じてしまう。半ば自動的に相手の考えなどが透けて見えるほど高い〈真意看破〉を有しているために、下心や二心を持って近づいてくる人物のことが解ってしまうのだ。そして一方で本当に手ごわい相手はその内心をなかなか悟らせない。そういった人物との駆け引きを楽しめるのであればきっと権力者としての素質があるのだろう、だが俺はそれに面倒臭さを感じるばかり。こればっかりは能力以上に性格の向き不向きがある。俺が将来元の世界に帰ることが出来ずにこのエベロンに骨を埋めることになったとしても、政財界に深く関わることはしないだろう。

閑話休題。俺は食堂に降りてきていたメイにナーエラの応対を任せると、2階の自室で汗を流しにシャワーを浴びてそのままソファに深く腰を下ろした。そして今回のエルフの大規模な探索について思いを馳せる。俺の知識は基本的にゲームとTRPGサプリメントによるもので、その中には当然このようなイベントは含まれていない。もし俺の持つアドバンテージが崩れるほどの混乱がこの街に訪れるなら、本拠をシャーンに移してこの家は出先の拠点とすることも考えたほうがいいかもしれない。

幸いメイやラピスは《テレポート》の上位術式を使用可能で、最早同じ次元界であればその転移距離に制限はなく転移事故も有り得ない。古代の知識を探し求めることが帰還の近道であると考えられる今、ゼンドリックが探索先となることは変わりない。だが二人の協力が得られるのであれば拠点はどこに構えていても構わないのだ。とはいえコイン・ロードやナーエラは決して愚かではない。少々の混乱は避けられないだろうが、元より五つ国に居場所を失った者達が流れ着く無法の街がこのストームリーチだ。訪れたエルフ達もやがてはこの街の混沌に飲み込まれ、溶けこんでいくのではないだろうか──。

体がさっぱりしたところで思考を切り替え、1階へ降りると応接間からはメイがナーエラと談笑している声が聞こえてきた。一部のエルフにはハーフエルフを半端者と蔑視することがあるが、どうやら客人たちにはその傾向はないようだ。それはエベロンのハーフエルフの歴史は若いものであることと、またその血にまつわる因縁によるものだ。それについて少し語ろう──。

エアレナルでドラゴンとの戦争を続けていたエルフ達には2つの大きな派閥があった。正のエネルギーで死を超越した"デスレス"と呼ばれる存在と、負のエネルギーで死を克服した"アンデッド"──この2つの勢力がエアレナル諸島に存在していた"永遠の昼日イリアン"、"永遠の夜マバール"という2つの相反する次元界の顕現地帯から溢れるエネルギーを利用してドラゴンと戦い続けていた。それぞれの領域内では"デスレス"や"アンデッド"達は不滅に近い存在であり、それゆえに強力な竜たちとも伍することが出来ていたのだ。だがそれだけではドラゴンを押し返す決定打に欠ける。何万年も続いた戦いの膠着、その果てに一つの新たな動きが生まれた。

"死のマーク"を有し、アンデッドの派閥の頂点に立つヴォル家はドラゴンとの和平の道を模索していた。そして同じ志を抱いた年経たグリーンドラゴンの協力の下、エルフとドラゴン双方の血を受け継いだ一人の娘を産み出したのだ。2つの血を持つその子供が種族間の融和に繋がると信じて──。

だがその望みは打ち砕かれる。"デスレス"を率いるエルフ不死宮廷とドラゴン達の双方は、このヴォルの血が忌まわしいものであると宣言。皮肉にも両軍が手を結んでヴォル家へと襲いかかり、エアレナルで激しい内戦が巻き起こった。エアレナルのエルフたちはすでにドラゴンを相手に長い戦争を経験していたが、同族同士で戦ったのはこれが初めての経験であり、心に深い傷痕を残した。この争いの中で多くのエルフがエアレナルを離れ、コーヴェアと呼ばれる大陸に新たな希望を見出すことを選んだのだ。この大移動を指導していたのがエルフに発現していたもう一つのドラゴンマーク氏族──"影のマーク"を有するフィアラン氏族である。彼らはターナダルの戦士とは異なる部族であったため、盟約には縛られなかったのだ。

フィアラン氏族とその他のエルフがコーヴェアに到着したとき、彼等はこの大陸の新たな支配者と出会った──それは人間。富と自由を求めてサーロナから移住してきた彼等はエルフに心奪われ、多くの者が移住者達の持つ妖精の美と魔法の秘密を欲しがった。エルフの多くが貴族やギルドの支配者層と結婚したが、殆どのエルフはこれを長期投資だと見なしていた。エルフは何世紀も先を見ることに慣れており、また人間の短い寿命も知っていたので、結婚とは配偶者が持つ財産を引継ぐ素晴らしいチャンスだと思われていたのだ。殆ど誰もその存在を想像しえなかった、最初のハーフエルフが誕生するまでの間は。

結婚したエルフたちの配偶者は概ね特権階級だった。ハーフエルフの第一世代はほぼ例外なく権力と影響力の庇護の元に生まれたのである。人間の親は多くの場合この風変わりな子供たちのことを喜んだが、エルフの親はこれを先祖の冷やかな蔑みの印と見た。多くのエルフが人間との関係から身を引いてフィアラン氏族のエンクレーヴに引き篭もった。この種族的純血に対する欲求がなければ、現在のエルフは遥かに大きな影響力をコーヴェア大陸に持っていただろう。

そういった「真の」エルフが表舞台から去った後も、胸に未知への憧れを抱いた若いハーフエルフ達はコーヴェアに広がっていった。彼等の多くは異なる家系の出身であったものの、血統的なそれよりも強い絆を同じハーフエルフに感じていた。多くのハーフエルフは同じハーフエルフとの婚姻を結び、新たな氏族、新たなギルドを形成していった。こうして生まれたのが新たな種族としてのハーフエルフである。彼らは自らを"コラヴァール"(コーヴェアの子ら)と呼び、何世紀もの間にその数を増やしていった。

そしてその中にハーフエルフ独自のドラゴンマークが発現したことで、彼らは強固なアイデンティティーを獲得するに至った。そして富裕層の財産を有した彼らはドラゴンマークというさらに強力な力を得たことで財界における勢力を伸ばしていく。ガリファー王国が割れ、最終戦争がコーヴェアを引き裂いたにも関わらず諸国が融和の道を歩もうとしているのには勿論"悲嘆の日"という事件の影響もあるが、各国に根を張ったハーフエルフ達の働きかけによるところも大きい。このエベロンのハーフエルフは単なるエルフと人間の混血児ではなく、独自の文化と気風を有した種族なのだ。

勿論今でもエルフと人間の間にハーフエルフが生まれることはある。メイもその中の一人だ。だが例えば人間とハーフエルフとの間で子供が生まれるとき、子供が両親のどちらの種族になるかは半々である。しかし他のすべての場合(人間とエルフ、ハーフエルフとハーフエルフ、エルフとハーフエルフ)では常にハーフエルフの子供が生まれるのだ。エルフの学者は、これは生理学や遺伝学の問題ではなく魔法の問題であると主張している。エルフの血液は古代のゼンドリックの輝きを秘めており、いったん希釈するとそれを決して取り戻すことができないのだと。それが彼ら純血のエルフがハーフエルフを蔑視する理由の一つである。


「よかったら夕食をご一緒にいかがですか? エレミアちゃんの恩師であれば是非に歓待させていただきませんと~」


「申し出はありがたいのだけれど。残念な事にこの街に一緒に来た戦隊の皆とこのあと合流することになっているの。

 またの機会があればお願いしたいわ。淹れていただいたお茶もクッキーもとても美味しかった。私たちの国ではちょっと手に入らないくらい」


こういったやり取りが応接間で行われている一方で、庭からはエスティの威勢のいい声と応じるエレミアの声、打ち合う金属の音が響いてくる。どうやらあの少女は、今度はエレミアに稽古を付けてもらっているようだ。剣技という意味ではエレミアのそれはエスティの正当な進化先であり、おそらくは世界最高峰のものである。俺なんかと組手するよりは遥かに得るところがあるだろう。そうやって積み上げた鍛錬が実戦を経て昇華されることでレベルアップが起こる。

この鍛錬には経験値と違って蓄積の上限はない。効率の問題はあるだろうが、地道な訓練を続けた後で実戦を経験することで一気にレベルがあがることもある。時折鍛錬もなしに実戦のみでレベルアップが起こる場合もあり、それを才能と呼び慣わす。だが時折そういった才能の上限を持たない、あるいは非常に才能の上限が高い人物が現れることがある。そういった人物の中で歴史に名を刻んだ者が、"英雄"と呼ばれている──。

そんな益体もないことを考え、応接間でコルソス島の出来事をナーエラに語っているとやがて日が傾いてきた。いつの間にか庭からの声も絶え、しばらくすると大浴場で汗を流したのかさっぱりした表情でエレミアがエスティを伴って現れた。


「師母。約束がおありと聞いていますし、そろそろ出られたほうがよろしいでしょう。指定の宿までお送りいたします」


「あら、いつの間にか随分な時間になってしまったようね。そうね、名残惜しいけれどそろそろお暇させていただかないと」


エレミアの掛けた声に応じてナーエラもその腰を上げた。ちょうど俺達の思い出話もキリよく区切られたところだ。時間は18時すぎといったところか。そろそろ夕食の時間であり、街並みを見れば炊事の煙が夕焼けに照らされている様を見ることが出来るはずだ。日の長いこのストームリーチでは日没は19時ごろ。本格的に暗くなるのは20時頃からだろうか。食後に涼しくなった屋外で涼をとる人たちが、この近くの"憩いの庭園"へと集まってくる頃だ。港近くの酒場で呑んだくれていた水夫たちも、今頃仕事を始めているだろう。


「それでは皆さん、近いうちに再びお会いできることを願っていますわ。

 その時にはまたいろいろなお話を聞かせてくださいな」

「本日は得難い機会を与えていただき、感謝いたします。では──」


夕日が創る長い影を舗装された路面に映しながら、3人のエルフが歩いて行く。その姿が外壁に隠れて見えなくなるまで見送った後、食堂から漂ってくる食事の香りに誘われるように自宅の玄関を潜る。周囲の気配を探ると、子供たちは既に皆食堂と厨房に集合しているようだ。その指揮を取っているのがメイで、フィアとルーは自室に留まっている。ラピスの気配が無いが、彼女はこうして時折姿を消すことがある。そういう時は大抵外で食事をとってくるらしく、ひょっこり夜半頃に戻ってきてもデザートを少し口にする程度で腹を空かせた様子を見せることはない。


「トーリ兄様、食事の準備はもうすぐ終わります。二階のお二人は私が呼んでまいりますので、先に食堂の方へどうぞ」


食事当番だったのだろう、エプロンを掛けた少女が玄関を上がった俺にそう声をかけ、トントンと軽い響きの足音と共に階段を登っていく。どうやら今日はメイが秘術を教えているグループが夕食の担当だったようだ。このグループには秘術呪文使いを志すだけあって【知力】の高い子供が多く所属していることもあり、複数のグループの中で最も料理に期待ができる。その予想は正しく、メイの指揮もあるのだろうが他のグループよりも明らかに手の込んだ料理が食卓を彩っている。

今日はパスタがメインのようだ。茹でたてで湯気をもうもうと発する大量のパスタが複数の大皿に山盛りに盛りつけられており、その周囲には種類豊富なソースが彩りも鮮やかに並べられている。食べたいだけのパスタを自分の皿に取った後で、好みの味付けで食べるという趣向なのだろう。その他にもサラダや燻製肉などがいくつかの皿に盛り付けられており、そのテーブルを囲む子供たちは待ちきれないといった様相でそれらの料理を睨みつけている。いつもの騒がしさがこの時ばかりはなりを潜めており、その光景に思わずニヤリと笑みが浮かんでしまうのを抑えられない。


「それでは皆、今日の食事の恵みを与えて下さったアラワイ様、そしてソヴリン・ホストの神々に感謝を」


遅れてやってきた双子が揃ったのを待って、全員が席についたのを見てメイが食前の祈りを捧げる。目を閉じ、その両手は"ソヴリン・ホスト"を象徴する聖印を模した形に組まれている。それは彼女だけではなく、双子を除いた全ての子供達に共通したことだ。彼彼女らが特別に敬虔な信者というわけではない。これはどこの家庭でも見られる食前の儀礼なのだから。俺の常識で言えば「いただきます」という感覚に近い。聖職にある者や敬虔な信者であれば特別な詩をそらんじたりするのかもしれないが、この家ではそこまでの事が行われることはない。

目を閉じ、ほんの数秒の黙祷を終えた後は皆が一斉に食事を開始する。手近な大皿からパスタを山のように取り分けるもの、複数のスープを混ぜ合わせているチャレンジャー、黙々とサラダだけを食べ続ける子供──実に個性の現れた食事風景だ。フォークやスプーンが食器に打ち付けられる甲高い音を掻き消すように、大勢の子供達の会話する声が響いている。食前の静けさが嘘のようだ。とはいえ食べながら喋るようなことは誰もがしていない。口に物を入れたまま喋って周囲を汚すような不心得者達も最初はいたのだが、そういった子供たちは瞬く間にメイに"躾け"られたのだ。その料理の腕も相まって、この食堂を支配しているのは紛れもなく彼女だと言えるだろう。

時折当番の子供たちが茹でたてのパスタの入れ替えを行ったり、冷蔵機能を有したマジックアイテムから飲み物を運んだりするのを挟んで、最後に甘い味付けをされたシャーベットが振舞われて今日の食事は終了となった。パイン風味のデザートは後味も爽やかで、気分をすっきりさせてくれる。思い思いの場所に散っていく子供たちを尻目に、俺は自室の天窓から屋根へ出るとそこに横になって食後の休憩を取ることにした。そうして今日一日の出来事を振り返るのが最近の習慣だ。

やはり今日の出来事で最も印象深いのは大勢のエルフ達がこの街を訪れるということか。昼間はそれがこの街に及ぼす影響にばかり思考が行っていたが、今はさらにそれを街の外へと広げていく。北部山脈に住む友好的なヒル・ジャイアント達との軋轢も勿論心配だが、最大の懸念はドラウ・エルフ達との関係だ。あの肌の黒いエルフは巨人文明崩壊後、逃げ出したエルフを蔑んでおり自分たちこそが今のこの大陸の主なのだと主張している。実際に過激な連中はこのストームリーチに対しても縄張りに対する侵略行為であるとして攻撃を加えている。それは巨人族のようなわかりやすい攻撃ではない。

夜、暗闇と共に街に侵入した狩人は路地裏などの暗がりから獲物を見定めているのだ。彼らが生来持つ《クラウド・オヴ・ダークネス》の擬似呪文能力は周囲の光源をあっという間に覆い隠す。そして闇を見通す暗視能力により、狙いすました攻撃が急所へと撃ち込まれるのだ。毒の塗られたクロスボウ・ボルトやダガーは掠めただけでも容易に獲物から戦闘能力を奪う。そうして暗闇に引きずり込まれた犠牲者の姿が日の当たる場所へと出てくることは決して無い。秘密の抜け道や地下通路を熟知した先住者である彼等にとって、この街はまさに狩猟場なのだろう。

そんなドラウ・エルフが、大量に上陸したエルフ達によい感情を抱くはずもない。しかもエルフ達はこの地に埋葬された自身の祖霊に関する遺物を収集しようとするだろう。ドラウたちからすればそれは墓荒しに相違ない行為だ。ゲームでも『信者は去った』というエルフとドラウの対立をテーマにしたクエストが存在していたが、そんな衝突が各地で巻き起こることは避けられないだろう。この街の住人に友好的なヴェノムブレード族といった部族も存在するが、彼等は例外的な存在だ。大半のドラウ達は排他的で、自分たちの部族以外の存在は狩りの獲物に過ぎないと考えているのだ。

そこまで考えて、一つの天窓に視線をやる。月と星の光を取り入れるべく設けられたその窓の下では、おそらく例外中の例外とでもいうべきドラウの双子が子供たちに信仰呪文の手解きをしているのだろう。彼女たちはこのゼンドリックに住む現住のドラウとはその系譜を異にする者──対立する悪神との永劫の戦いをその宿命とし、別世界より訪れし来訪者。ゲームでは廃墟となっていたエラドリンの故郷、黄昏の谷の住人。ここがゲームの中と同じ世界なのであれば、本来存在し得ない人物だ。

思い返せば、ゲームの展開から大きく踏み外し始めたのは彼女達と出会ってからではないだろうか。コルソス島ではオージルシークスの相手をすることになったがあれはこちらが先走ったことが原因だし、ラピスについてはシナリオでは語られなかった背景要素の一つとして考えられないこともない。だが"シール・オヴ・シャン・ト・コー"と"ストームクリーヴ・アウトポスト"。彼女たちがその過去の因縁に触れるとき、物語は俺の知る範囲から逸脱していく。それは彼女達が俺と同様にこの世界にとっての異物だからなのではないか。

ルーは多くを語らず、ただ『星の導きがいずれ道の先を照らすだろう』と告げるのみ。果たしてこの世界の過去に何が起こり、俺の知る知識から外れていったのか。語り部は沈黙し、占術は何も反応しない。神代の過去はその後に興亡した文明の堆積により深く沈んでおり、人の手の届くところにはない。その俺の問いに答えを知る存在として考えられるのは、アルゴネッセン大陸で予言書の研究を続けている古龍の叡智の精髄か、あるいは隣接する次元界を統べる王族かだ。いずれも安易な接触はこちらの身を滅ぼす、危険な存在であることは間違いない。

いずれはそういった連中と相対することもあるだろう。その時に備え、力と知識をつける必要がある。夜空に浮かぶ星の光、そこまで自分を届かせなければならないのだ。シベイの天輪と13の月を超えたその先の世界は、今はまだ遥か遠くだ。だが俺は自らの気持ちを確かめるように、空を付き出した手を握りしめた。いつか必ずこの掌中に、その視界に映るものを収めることを誓って。


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