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No.12354の一覧
[0] ゼンドリック漂流記【DDO(D&Dエベロン)二次小説、チートあり】[逃げ男](2024/02/10 20:44)
[1] 1-1.コルソス村へようこそ![逃げ男](2010/01/31 15:29)
[2] 1-2.森のエルフ[逃げ男](2009/11/22 08:34)
[3] 1-3.夜の訪問者[逃げ男](2009/10/20 18:46)
[4] 1-4.戦いの後始末[逃げ男](2009/10/20 19:00)
[5] 1-5.村の掃除[逃げ男](2009/10/22 06:12)
[6] 1-6.ザ・ベトレイヤー(前編)[逃げ男](2009/12/01 15:51)
[7] 1-7.ザ・ベトレイヤー(後編)[逃げ男](2009/10/23 17:34)
[8] 1-8.村の外へ[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[9] 1-9.ネクロマンサー・ドゥーム[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[10] 1-10.サクリファイス[逃げ男](2009/10/12 10:13)
[11] 1-11.リデンプション[逃げ男](2009/10/16 18:43)
[12] 1-12.決戦前[逃げ男](2009/10/22 06:15)
[13] 1-13.ミザリー・ピーク[逃げ男](2013/02/26 20:18)
[14] 1-14.コルソスの雪解け[逃げ男](2009/11/22 08:35)
[16] 幕間1.ソウジャーン号[逃げ男](2009/12/06 21:40)
[17] 2-1.ストームリーチ[逃げ男](2015/02/04 22:19)
[18] 2-2.ボードリー・カータモン[逃げ男](2012/10/15 19:45)
[19] 2-3.コボルド・アソールト[逃げ男](2011/03/13 19:41)
[20] 2-4.キャプティヴ[逃げ男](2011/01/08 00:30)
[21] 2-5.インターミッション1[逃げ男](2010/12/27 21:52)
[22] 2-6.インターミッション2[逃げ男](2009/12/16 18:53)
[23] 2-7.イントロダクション[逃げ男](2010/01/31 22:05)
[24] 2-8.スチームトンネル[逃げ男](2011/02/13 14:00)
[25] 2-9.シール・オヴ・シャン・ト・コー [逃げ男](2012/01/05 23:14)
[26] 2-10.マイ・ホーム[逃げ男](2010/02/22 18:46)
[27] 3-1.塔の街:シャーン1[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[28] 3-2.塔の街:シャーン2[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[29] 3-3.塔の街:シャーン3[逃げ男](2012/09/16 22:15)
[30] 3-4.塔の街:シャーン4[逃げ男](2010/06/07 19:29)
[31] 3-5.塔の街:シャーン5[逃げ男](2010/07/24 10:57)
[32] 3-6.塔の街:シャーン6[逃げ男](2010/07/24 10:58)
[33] 3-7.塔の街:シャーン7[逃げ男](2011/02/13 14:01)
[34] 幕間2.ウェアハウス・ディストリクト[逃げ男](2012/11/27 17:20)
[35] 4-1.セルリアン・ヒル(前編)[逃げ男](2010/12/26 01:09)
[36] 4-2.セルリアン・ヒル(後編)[逃げ男](2011/02/13 14:08)
[37] 4-3.アーバン・ライフ1[逃げ男](2011/01/04 16:43)
[38] 4-4.アーバン・ライフ2[逃げ男](2012/11/27 17:30)
[39] 4-5.アーバン・ライフ3[逃げ男](2011/02/22 20:45)
[40] 4-6.アーバン・ライフ4[逃げ男](2011/02/01 21:15)
[41] 4-7.アーバン・ライフ5[逃げ男](2011/03/13 19:43)
[42] 4-8.アーバン・ライフ6[逃げ男](2011/03/29 22:22)
[43] 4-9.アーバン・ライフ7[逃げ男](2015/02/04 22:18)
[44] 幕間3.バウンティ・ハンター[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[45] 5-1.ジョラスコ・レストホールド[逃げ男](2011/09/04 19:33)
[46] 5-2.ジャングル[逃げ男](2011/09/11 21:18)
[47] 5-3.レッドウィロー・ルーイン1[逃げ男](2011/09/25 19:26)
[48] 5-4.レッドウィロー・ルーイン2[逃げ男](2011/10/01 23:07)
[49] 5-5.レッドウィロー・ルーイン3[逃げ男](2011/10/07 21:42)
[50] 5-6.ストームクリーヴ・アウトポスト1[逃げ男](2011/12/24 23:16)
[51] 5-7.ストームクリーヴ・アウトポスト2[逃げ男](2012/01/16 22:12)
[52] 5-8.ストームクリーヴ・アウトポスト3[逃げ男](2012/03/06 19:52)
[53] 5-9.ストームクリーヴ・アウトポスト4[逃げ男](2012/01/30 23:40)
[54] 5-10.ストームクリーヴ・アウトポスト5[逃げ男](2012/02/19 19:08)
[55] 5-11.ストームクリーヴ・アウトポスト6[逃げ男](2012/04/09 19:50)
[56] 5-12.ストームクリーヴ・アウトポスト7[逃げ男](2012/04/11 22:46)
[57] 幕間4.エルフの血脈1[逃げ男](2013/01/08 19:23)
[58] 幕間4.エルフの血脈2[逃げ男](2013/01/08 19:24)
[59] 幕間4.エルフの血脈3[逃げ男](2013/01/08 19:26)
[60] 幕間5.ボーイズ・ウィル・ビー[逃げ男](2013/01/08 19:28)
[61] 6-1.パイレーツ[逃げ男](2013/01/08 19:29)
[62] 6-2.スマグラー・ウェアハウス[逃げ男](2013/01/06 21:10)
[63] 6-3.ハイディング・イン・ザ・プレイン・サイト[逃げ男](2013/02/17 09:20)
[64] 6-4.タイタン・アウェイク[逃げ男](2013/02/27 06:18)
[65] 6-5.ディプロマシー[逃げ男](2013/02/27 06:17)
[66] 6-6.シックス・テンタクルズ[逃げ男](2013/02/27 06:44)
[67] 6-7.ディフェンシブ・ファイティング[逃げ男](2013/05/17 22:15)
[68] 6-8.ブリング・ミー・ザ・ヘッド・オヴ・ゴーラ・ファン![逃げ男](2013/07/16 22:29)
[69] 6-9.トワイライト・フォージ[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[70] 6-10.ナイトメア(前編)[逃げ男](2013/08/04 06:03)
[71] 6-11.ナイトメア(後編)[逃げ男](2013/08/19 23:02)
[72] 幕間6.トライアンファント[逃げ男](2020/12/30 21:30)
[73] 7-1. オールド・アーカイブ[逃げ男](2015/01/03 17:13)
[74] 7-2. デレーラ・グレイブヤード[逃げ男](2015/01/25 18:43)
[75] 7-3. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 1st Night[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[76] 7-4. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 2nd Day[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[77] 7-5. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 3rd Night[逃げ男](2021/01/01 01:10)
[78] 7-6. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 4th Night[逃げ男](2021/01/01 01:11)
[79] 7-7. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 5th Night[逃げ男](2022/12/31 22:52)
[80] 7-8. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 6th Night[逃げ男](2024/02/10 20:49)
[81] キャラクターシート[逃げ男](2014/06/27 21:23)
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[12354] 5-1.ジョラスコ・レストホールド
Name: 逃げ男◆b08ee441 ID:e809a8c1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/09/04 19:33
ストームリーチ・クロニクル

王国暦998年 ドラヴァゴの月 第一週号

・コインロード、貿易の税率を緩和
窃盗、海賊行為、密輸などの犯罪の減少を受け、ストームリーチのコインロードは島および大陸の砂漠地帯からの製品も含め、輸入製品にかかる関税率を緩和している。
新しい商品の流入はこの街、特に酒場を活気付ける結果となっており、今まで関税のために高価で手が出なかった料理や酒を求めて連日多くの客が各地のタバーンを賑わせている。
ある店のオーナーは、
「うちの店は昔からうまい料理と酒が自慢だったが、輸入税のために質の良い食料品を手に入れることは難しかった。
 こうして満足いく食材を手に入れた今となっては、以前提供していたメニューの事を忘れてしまいたいくらいさ」
と語り、このニュースに好意的であった。ただ最近の悩みは忙しくてなかなか休憩の時間が取れないことだという。

・シルヴァーフレイム教会、ソウルゲートの塔を修復しさらなる規模拡大を目指す
シルヴァーフレイム教会は中央市場近くにありながらも、大昔に大量のアンデッドが湧き出したことで放棄されていたソウルゲート地区の塔の"浄化"が完了したと報告した。
コルソス航路の開放に続く快挙に市民は歓迎の声を上げており、教会は多くの新しい信徒(それと勿論寄付金も!)を手に入れたと見られている。
多忙の中本誌のインタビューに応じてくれた大司教ドライデン卿曰く、
「我々は常に人々の闇を払う光であろうと心がけており、あらゆる悪との聖戦を誓っている。
 真なる闇が迫っており、人は光ある道を見つけなければ生きてはいけないだろう。だが、その道を照らすために我々がここにいる。
 私は人の心に希望を与えるさらにいくつかのニュースを用意している。そのうち一つは間もなく明らかになるだろう」
と上機嫌で語った。最近躍進著しいこの教会の最新情報については続報を待って欲しい。

・トラブルの匂い
フォージライト区画に設けられたゴミ処理施設が今日誤動作を起こし、大量の汚水を流すという事故が起こった。
作業員が現場で清掃作業にあたっているが、現時点で施設はその機能を回復していない。
周辺区域の住民は感染症の危険がなくなるまで、水は沸騰させるか魔法で浄化してから使用するよう勧告されている。

・ドラゴンの目撃情報10倍に!
ストームリーチ上空を旋回するレッド・ドラゴンの目撃情報が先月、殺到した。本紙の取材に対しコインロードの補佐官デレク・グロスピックはこう語っている。
「はっきり申し上げて、大騒ぎする理由など何もない! 我々コイン・ロードはまだドラゴンと話しをしていないし、アルゴネッセンの海の向こうまで使者を6人派遣しているが、まだ誰一人答えを持って帰ってきていない。でもそれだって大したことではない。
ドラゴンは尊大で、力もあるが、我々を怖がらせるほど暇ではないからだ。なのにシティ・ガードの数はすでに2倍に増員され、魔法の武器で武装するなど厳戒態勢だ。ストームリーチの善良な皆さんご安心ください。荷造りして丘に避難する必要などありません!」
なんて心強いコイン・ロードからの言葉だろう。ストームリーチの皆さん、来るべき時へ心の準備を忘れずに!


著:キャプショー・ザ・クライアー










ゼンドリック漂流記

5-1.ジョラスコ・レストホールド












「トーリの兄ちゃん、またキャプショーのビラ読んでるのか。それ、そんなに面白いか?」


庭で訓練を行なっているカルノ達を横目に、縁側でストームリーチ・クロニクルを呼んでいると組み手の合間の休憩時間らしいカルノが横にやってきた。彼はこちらに言葉を投げかけた後は蛇口をひねって水を流すとその水流に向かって頭を突っ込んだ。

空調の魔法具が聞いているとはいえ、日差しの下で体を動かし続ければ暑くもなるだろうからその気持ちもわかる。


「あー、冷たくて気持ちいいなー」


だがそのまま頭をブルブルと振るのやめてほしいところだ。こちらに水が飛んでくることになる。俺は常時展開されている《シールド》呪文を遮蔽に使いつつ、タオルをカルノの頭に投げつけた。


「犬じゃないんだからちゃんとタオル使えよ、こっちに水が飛ぶだろ」


太陽の光をたっぷりと吸い込んだフカフカのタオルを受け取って、カルノはゴシゴシと頭を擦った。


「あー、ごめんな。ビラ濡れちゃったか? 読めなくなったんだったら新しいヤツ貰ってくるけど」


カルノがタオル越しに心配そうな声を出したが、勿論咄嗟の対応でビラが濡れることは避けられた。ドラゴンのブレスや《ファイアボール》の呪文に曝されることに比べれば、少しの水滴くらいは物の数ではない。

ゲームの中では市井の人々の代弁者として幾つかのイベントがあったキャプショーというハーフリングは、この街ではストームリーチ・クロニクルという週に一度の刊行物を発行している。主にコインロードやドラゴンマーク氏族といった有力者のゴシップ記事が主であることから、世間的には低俗週刊誌の記者として見られているのだろう。

内容的にはゲームのアップデートの際に発信されていた情報のようなものから、その時々の話題の人物などへのインタビューなども含まれており中々に興味深い。俺がゲームで得た知識とこの世界の状況を摺り合わせる手段の一つとして活用しているのだ。


「まあ大丈夫だ、それには及ばないよ。しかしカルノ、この記者のこと知ってるのか?」


カルノの口調は有名人ではなく身近な人物のことを話しているような印象を受けた。その事を尋ねてみると、彼は意外な繋がりを教えてくれた。


「ちょっと前まではご近所さんだったしね。初めて会った日に『水漏れ小船亭』に案内したろ? あそこの近くにキャプショーが住んでる掘っ立て小屋があるのさ。

 何回かビラ配りの仕事をもらったこともあるし、ちょっとした顔見知りってところかな」


聞くところによるとキャプショーは時折有力者の危険な情報すら記事にしてしまうため疎まれているのだが、大衆への受けは良いため排除されずにこの稼業を続けているのだとか。時折チンピラに絡まれても口先か機敏な逃げ足でなんとかしてしまうのだという。


「カルノー、お前の番だぞー」


「わかった、今行く!」


暫くそんな世間話をしていると組み手の番が回ってきたのか、カルノは庭へと駈け出して行った。既に子供たちは皆《マスターズ・タッチ》の恩恵がなくともそれなりに武器を振るえるようになっている。

今は致傷を与えない魔法的な効果が付与された武器で斬り合いをしている。先に有効打を与えたほうが勝ちという1本勝負である。負傷を衝撃に変えて与える武器のため死ぬことはないが、痛みはあるしクリーンヒットすると気絶させられてしまうこともある。

事前に活力を付与する《エイド》の呪文を受けているとはいえ、まだ体が出来ていないため打たれ弱いのだ。意識を失った子供はシャウラが縁側に置かれた水晶球の近くへと運んでいく。すると仕掛けられた《キュア・ライト・ウーンズ》の呪文が発動し、子供は目を覚ますという仕組みだ。

これらの呪文は罠と同じ仕組みで、近くに寄っただけで自動的に恩恵を受けれるようになっている。しかも効果は自動で再準備され、無限に使い続けることができる。

そろそろ本格的な戦闘訓練を始めると聞いたのでここ最近で準備したのだ。ちょうどレベルアップする予定だったのでその際に〈制作:罠作り〉と《その他の魔法のアイテム作成》を取得したのだ。つい興が乗って家のいろんな場所に仕掛けを作ってしまったのは勢いというものだろう。


「あ、ここにいたんですかトーリさん。お待たせしました、準備が終わりましたよ」


少々やりすぎたかな、と思いながら子供たちの訓練を眺めているとリビングのほうからメイがやってきた。今日はこれから彼女と外出である。メイはその術者としての技量により普通の市場には流通していない高性能な巻物を作成しているのだが、これからそれを納品に行くのだ。

無論扱いようによっては他人に害を及ぼしうる魔法の品だけに、流通先は信頼のできる相手限定であり数も限られている。今回の相手はドールセン=ド・ジョラスコ。コルソス島から付き合いのある女卿である。

彼女はソウジャーン号に乗ってこの街に来てからというもの、前任者から氏族の統括役を引き継いで精力的に活動している。主な活動方針は氏族の経営するレスト・ホールド──通称、憩いの砦──を人々にとって必要不可欠なものにすることで、ストームリーチにおける氏族の地位を高めようとしているようだ。

そのために手がけているのは病人や怪我人以外の健常者にも利用出来る各種サービスの充実である。大浴場やマッサージ以外にも美容やリラクゼーションといった内容が、様々なグレードで用意されている。

最終戦争が終結してからというもの、フロンティアを求める探検家や冒険者などで賑わいを見せるこの街は未曽有の好景気にある。コインロードだけではなく市民達も裕福になっており、そういったサービスの受け皿は充分に出来ているのだ。


「よし、それじゃ行こうか──おーい、出かけるけど何か買ってくるものとかある?」


庭で頑張ってる連中に声を掛けたが、日陰のハンモックで横になっているラピスはヒラヒラを手を振って返してきた。特に無しということだろう。一方で子供たちは色々と要望があるようだ。


「こないだ食べたすげー柔らかい肉がまた食べたい!」


「俺も俺も! あれ一体なんの肉だったんだろ。俺らが買い物にいく市場じゃまず見かけないよなー」


育ち盛りだけ合って食い気が何よりも優先するのか、彼らは先日振舞った肉料理が非常にお気に入りのようだ。

彼らが言っているのは実はゴルゴンの肉である。ケイジ達と初めて一緒に組んだ冒険の際、デニス氏族の砦に向かう最中に出会したクリーチャーだといえば解るだろうか。

モノづくりに精を出しすぎた影響で思ったよりも経験点を消費してしまった俺はちょっと稼いでこようと街の外に出てみたのだが、そこで件の石化のブレスを吐く黒い鱗の魔獣に出くわしたのだ。

意外かもしれないがこの生物の鱗に覆われた肉はちゃんとした処理をしてやればとても柔らかく、風味豊かな食材になる。突撃してきた連中の首を切り落としながらそんな知識を思い出した俺はその巨体を担いで《テレポート》の呪文で持ち帰ったのである。

幸いメイはこの貴重な食材の処理方法にもしっかりと通じていたようで、その日の夜は降って湧いた幸運により庭で焼肉パーティーとあいなったのだ。

流石に1トンほどもの肉を消費しきれるわけもなく《ジェントル・リポウズ/安らかな眠り》で保存したのだが、その呪文の効果日数にも限りがある。知り合いの酒場に卸したりして処理したのだが、どうやら彼らはその味が忘れられないようだ。


「あー、あれは普通の市場には出回ってないと思うから多分無理かな。お前らが実力をつければそのうち自分たちでも取ってこれるようになるし、頑張れ」


とはいっても脅威度8からのクリーチャーとなれば一筋縄では行かない。兵士の1部隊でも突撃とブレスで蹂躙される危険な敵であり、腕利きの冒険者チームでも奇襲を成功させなければ犠牲が出るだろう。

まだ駆け出しどころかヒヨッ子の彼らが自分であれを倒せるようになるのはいつ頃になるだろうか?


「それじゃ、いってきます!」


メイを伴って縁側から食堂、玄関へと移動して外套架けからクロークを取り、羽織って外へと出た。幸い天気は快晴で雲ひとつ見当たらない。絶好の外出日和だと言えよう。

熱帯地方の外出に外套とは何だと思うかもしれないが、この手触りの良い白地の"クローク・オヴ・コンフォート"こそが快適な外出の要なのである。着用者と近くの仲間を《エンデュア・エレメンツ》の効果で守ってくれるこの外套は周囲の熱波を爽やかな涼風へと変えてくれるのだ。

家に設置されている空調装置の携帯版といったところか。"変幻地帯"と呼ばれる気象異常を抱えるゼンドリックでの冒険にも有用である上、さらに着用者に対しては呪文などに対する抵抗力を向上させてくれる効果までが付いている。


「えいっ!」


歩き始めたところで横から柔らかい衝撃。隣を歩いていたメイが密着して腕を絡めてきたようだ。


「一緒にお出かけするのも一週間ぶりですね~。せっかくですし、ちょっと寄り道していきましょう!」


ふわりと風に乗ってメイが髪の手入れに使っている香料の香りが俺の鼻をくすぐる。上機嫌なメイに半ば引っ張られるように俺達は外壁を潜って市街へと向かい、『憩いの広場』に足を踏み入れた。

地上、地下、そして空中と3層からなる庭園は昼前ということもあり人通りは少ない。植物の手入れを行なっているジョラスコ氏族の職員たちと挨拶を交わしながら歩みを進める。

この庭園の植物は観賞用だけではなく、傷の治療やリラックス効果を持つハーブなども栽培されているのだ。いくつかの草花は根周辺の土から丸く取り出したような状況で宙に浮かべられており、職員らは脚立を用いて水をやったり虫を駆除したりしているようだ。

中央市場からジョラスコ氏族の居留地周辺、そしてその奥に広がる広大な墓地──デレーラ記念墓所までを含めてを《レスパイト》と呼び、大まかにストームリーチを9に区分する街区の一つとして数えている。

隣接するクンダラク氏族の居留地を中心とした《シルバーウォール》と同じく、この地区で権勢を振るっているのはストームリーチ開闢からその位を保ち続けている老齢のドワーフ、ヨーリック・アマナトゥだ。

実はこれには一騒動有り、以前この辺りは別のコインロード──オマーレン家が支配していたのだが、そのデレーラ・オマーレン3世は他のロードたちを滅ぼしてストームリーチの権力を一手に握ろうとしアマナトゥに敗れたのだ。

確かに初代オマーレン家は最大の勢力を誇っていたが、人間であるがゆえに代替わりの際に必ず綻びが生じていた。老練なアマナトゥはその隙を逃さず水面下で勢力を伸ばし、オマーレン家の乱により一気にコイン・ロードの筆頭に上り詰めたのだ。

現在もその治世は安定しており、ジョラスコ氏族と共同でこの地区の治安の向上に余念が無い。クンダラク氏族の豊富な資金力も活用して冒険者を雇い、危険を排除させているのだ。俺も最近ジョラスコ氏族のエージェントに依頼されてアンデッドの巣窟を一つ掃除し、ハーフリングの死霊術師を倒している。

そのおかげもあってかこの街の常識では信じられないことに、この辺りでは夜に出歩いても危険な目にあうことも少ないのだ。他の地区では空が夕焼けに染まり始めてから2,3時間も歩いていれば強盗や辻斬り、誘拐犯に襲われることなどザラだが、この区画であればその時間には憩いの広場では涼をとっている人達を見ることが出来る。

広場だけではなく主な道路沿いには一定間隔で浮遊する街路樹が配置されており、夜になればそれが幻想的な光を放って周囲を照らすのだ。深夜に空から帰宅したことがあったのだが、まるでイルミネーションのように輝いたそれらは見事な眺めだった。防犯だけではなく景観にも気を配ったそれらは近年になって設置が開始されたもので、まだ他の区画には広まっていない。

そしてこの区域に浮かんでいるのは街路樹だけではない。庭園を抜けた俺の視界には立ち並ぶ商店街が映った。そのいずれの店舗も軒先にトレードマークを浮かべている。エールのジョッキや造花などが揺れ動き目を楽しませてくれる。

その中でも特に俺が利用する機会が多いのは巨大なポーション瓶を浮かべた『フェザーズフォール薬剤局』だ。この店は様々な種類のポーションや巻物呪文を豊富に取り揃えている他、珍しい呪文構成要素を取り扱っているのだ。

例えば正のエネルギーに満ちた次元界『"永遠の昼日"イリアン』の名を冠した白い結晶、イリアン・クリスタルは治癒呪文の詠唱時に触媒とすることで一定確率ではあるが回復量を最大化する働きを持つ。

確実に効果が現れるわけでもない消耗品に金貨100枚を超える出費というのはコストパフォーマンスが悪いかもしれない。だが自身の切り札たる呪文の効果を強化する手段であるならば準備しておいても損ではないというのが俺の考えだ。


「いらっしゃい、お二人さん。今日も仲が良さそうで何よりだねえ」


店の中に入った俺達を迎え入れたのはこの店でポーションの販売を行っているクォリシュだ。この店は立地的な事もあってジョラスコ氏族の治癒術者が作成したポーションを主に扱っている。氏族の有力者やその紹介を得た相手には割引を行ってくれることもあり、商売は繁盛しているようだ。

俺の場合はゲーム内で流通していなかったポーション類を入手するのに良く利用させてもらっている。例えば外皮を強化して防御力を向上させる《バークスキン/樹皮の肌》の効果を秘めたポーションはゲーム中では+3までの品しか販売されていなかった。だがこの店であれば最上級の+5までのポーションを入手することが出来る。

この外皮というボーナスを得るのはゲームでは中々に難しく、高レベルのレンジャー呪文に頼るしかなかったのだがこの店であれば使いきりとはいえポーションを購入することで賄える。問題はそこまでの効果のポーションになると作成できる術者自体がかなり限られることから流通量が非常に少ないということか。


「こんにちわ。何かいいものは入ってるかい?」


そういった掘り出し物を探してよく顔を出しているのだが、いつもは申し訳なさそうにしているハーフリングの男が今日は自信あり気にしている。


「運がいいね旦那。今日はちょうどこの店の代名詞とも言える品が入ってるぜ。その名も『天使の羽』だ! 防御術の持続時間を延長する優れものだぜ」


そう言ってカウンターの上に繊細な細工を施された小箱が出され、その蓋が開かれた。その中の折りたたまれた絹布の上に輝きを放つ金色の羽らしき品が収まっている。室内を照らす秘術の照明を照り返して輝くそれは確かにその名に相応しい外見を有していた。


「うわー、綺麗ですね~。所々光を反射してまるで輝いているように見えますよ。召喚された来訪者は実体を持ちませんから羽を残すことは無いはずなんですけど、どういった由来の品なんでしょう?」


メイは初めて見る品なのだろう、興味津々といった様子で羽を観察している。彼女が腕を組んだまま身を乗り出したので俺もそれに引かれるようにしてカウンターへと近づいてしまう。


「まあ実際にはセレスチャルの羽ではなくて上方次元界に咲く花の花粉を集めた物なんだけどね。珍しいことには違いない」


ルールブックの日本語版展開の後半に出版された、『魔道師大全』というサプリメントに掲載されている特殊な触媒だ。効能は先ほどクォリシュが言ったとおり。先程のイリアン・クリスタルとは違い、確実に効果を発揮するというのが特徴だろうか。


「なんだ、ご存知だったんですか旦那。相変わらず博識でいらっしゃいますな」


俺がその商品の正体を語ると、彼は参ったなといいたそうな仕草で箱の蓋を閉じた。ひょっとしたら初見の品ということで高く売りつけようと考えていたのかもしれない。


「まあな、とはいえ知っているのは由来と効能だけさ。確かに珍しい品には違いないし、一つ貰っていこう」


カウンターに白金貨10枚を置いて返す手で箱を懐に入れる。店員の反応を見るに商品の対価としては妥当なところだったのだろう、特に文句も言われないし払い過ぎたような反応もない。


「毎度あり。追加で必要になったらまた月初に来て下さい、お一人様お一つまでにさせていただいてますんで。物が物だけに入荷する量が限られてるんです」


次元界移動が強く制限されているエベロンでこういった品を定期的に入手するというのは難しいはずだが、どうやらこの店は何らかの伝手を有しているようだ。何らかの手段で手に入れた別次元界の種子を栽培しているのかもしれない。

そんな新しく得た情報を脳内のメモ帳に書きこみつつ、クォリシュの挨拶を背中に受けて店を後にした。この区画は高級住宅街を多く抱えるため街の富裕層向けの店も多く並んでいる。そういった店をメイと二人で時間を掛けて回っているとそろそろ昼かという時間にようやく目的地に到着した。

ジョラスコ氏族の居留地、その中心に座すレスト・ホールドだ。入り口で用件を告げると間もなくドールセンの補佐を務めるハーフリングの女性が姿を現した。彼女の名前はアナベルといい、主に秘術使いとしてドールセンをサポートしている女性だ。メイの受注した巻物の大部分は彼女は使うものである。


「ようこそいらっしゃいました。本来であればこちらから受け取りに行くべきところを態々ご足労いただいて恐縮ですわ」


彼女はメイの差し出したスクロールケースを恭しく両手を差し出して受け取ると、俺たちを別室へと案内した。エレベーター替わりのフローティング・テーブルに乗り、一般客の立ち入りが制限されている区画へと登っていく。

専用の浮遊昇降機には武装した腕利きの衛視が立っているが既に彼らとも顔馴染みだ。その彼の手にはハーフリングの故郷であるタレンタ平原独特の武器──タレンタ・シャラーシュが握られている。ゲームでは実装されていなかった種類の武装だが、鎌に似た特殊な武器だ。

槍のように長い柄を持っており、懐に入られると弱いという欠点を持つがリーチを活かした足払いに有利だったりと玄人好みの武器だ。エラッタだかアップデートが当たる前はバランスブレイカーな性能を持っていたはずだが、果たして彼の持つシャラーシュはどういった性能なのだろうか。

そんなことを考えながらアナベルと当たり障りの無い会話を一言二言交わしている間に、居留地上層区の応接間の一つへと通された。ここは隣がアナベルの私室であることも相まって半ば彼女専用の部屋のような扱いをされており、目を引かない程度に秘術的な品などが配置されている。

調度品のように配置されている瓶などは錬金術師としての作業にも使用できる物品だし、飾られている花も秘術の構成要素として扱えるものだ。それらの物品は訪れるたびに配置や中身が変わっており、部屋自体は落ち着いた雰囲気に統一されているにも関わらず充分に目を楽しませてくれる。


「それでは中身を改めさせていただきますわね」


席についた俺とメイにアナベルの侍従が茶を出した後、彼女はケースから幾つかの巻物を取り出してその出来具合を確かめ始めた。とはいってもそれは大して時間がかかるものでもない。カップに注がれたお茶がまだ湯気を発している間に、彼女は満足の笑みを浮かべて巻物をしまい込んだ。


「相変わらず見事な出来栄えですわ、メイ様。緻密で力強い術式の構成、私などではとても真似できそうにありません。

 シャーンの大導師、イサーナ・モール老の記した巻物に触れる機会が以前あったのですが、それ以上の品のように思えます。これを超える品を探そうとしたらゼンドリック中の遺跡を調べまわるしかないでしょう!」


興奮しているアナベルの言うことは一部誇張が混じってはいるが、メイの実力は確かに凄いものだ。おそらく現在では文明圏でも屈指の術者ではないだろうか? その閃きや知性の冴えはここ暫くでさらに成長しているようだ。

シャーンで購入した最高級の『明晰なる思考の書』と装身具により磨き上げられたその知力はおそらく俺と同等。こちらがエンハンスというMMO独自のシステムのブーストを得ているのにも関わらず、である。その頭脳から編み上げられる高位呪文は圧倒的の一言に尽きる。


「ありがとうございます~。それも貴重な古代巨人族文明の文献などを見せていただいているおかげでもありますし。研究材料に事欠かないのは助かります」


大抵の巻物はその呪文を記すのに最低限の構成で組まれていることが多く、メイが作ったような高精度の品は市場に出回ることが少ない。それが彼女のような高位術者の品ともなれば尚更だ。

そしてその対価として、普通ではお目にかかることが出来ない貴重な文献をジョラスコ氏族のコネクションを利用することで借り受けているのだ。

あまり知られてはいないが、ジョラスコ氏族はゼンドリックの探索行に対するスポンサーとしても幅広く活動しており多くの成果をその宝物庫に蓄えている。そしてその中には今は失われた秘術に関して記されているものも含まれている、ということだ。


「謝礼についてはいつもの通りにクンダラク氏族の信用状で用意させていただきました。こちらをお納めください」


無論金銭という形式でも報酬は支払われる。盆の上に乗せられて運ばれてきた紙の上には立派な家が買えるほどの額が記載されていた。シヴィス氏族のノームによって認証されたこの紙は炎に対する耐性を有し、滅多なことでは燃えることもない。

偽造対策が紙自体にも盛り込まれているが、何よりの抑止力となるのはクンダラク氏族とシヴィス氏族という強大なドラゴンマーク氏族の力だろう。数多存在する偽造師達も身分証明や公的許可証の偽造は請け負っても、クンダラク氏族の信用状の許可証に手を出すことはない。

何しろ偽造品そのものを手がかりに、氏族のエージェントが地の果てまでも追ってくるのだ。世界最高峰のセキュリティを誇るクンダラク氏族の銀行だが、それは同時に金庫破りの技術に長けているということでもある。例えどこに閉じこもっていようとも必ず彼らはやってくる。

"シルヴァー・キー"と呼ばれるそのスペシャリスト達の仕事は一般的には警備システムの設計や保安システムのテストを行うことだと言われているが、裏ではその技術を活かして氏族の敵を追い詰める猟犬としても活躍しているのだ。

そのおかげで氏族の信用状は信頼性が厚く、こういった大口の取引では間違いなく使用されている。そしてその信用状発行の手数料などで氏族はその懐を潤している。『世を巡る金貨の川は一度クンダラクの懐に流れ込み、やがて一回り細くなって流れだす』とはよく言ったものだ。

資本力という意味では間違いなく世界最高峰であり、経済活動は彼らを抜きにしては成り立たない。それがクンダラクというドラゴンマーク氏族だ。そして俺の目の前にいる女性が所属するジョラスコ氏族も、同様に世間に対して強い影響力を持っている。

言ってみれば彼女たちは医者の総元締めなのだ。自分が怪我や病気になった時のことを考えれば、彼らにケンカを売る相手などごく一部に限られるだろう。逆にそういった事態に備えて常日頃から御機嫌伺いをするものだ。金や権力の持ち主であるほど自らの健康には気を使う。

俺は彼女達に恩を売ることでそういった有力者達の紹介をお願いできることになる。今の時点では彼女たちに頼る予定はないが、種をばらまいておくことは必要だからだ。


「せっかくこちらまで足を運んでいただいたのですし、よろしければ我が氏族の新しいサービスを堪能していってくださいな。きっと満足いただけると思いますわ」


そんなわけでお茶を飲みながらいくらかの雑談をした後、そろそろお暇しようかと思った頃に行われたアナベルからの誘いを断る理由は無かった。




† † † † † † † † † † † † † † 




二時間ほどが経過した後、ジョラスコ氏族のサービスを堪能した俺はテラスにいた。火照った体に吹きつける風がとても涼しく感じられる。居留地を包む結界が清涼な空気を維持し、観葉植物の間を吹き抜けてくる風は体を程良く冷やしてくれる。

居留地の周辺には柳に似た樹木が多く育てられている。聞いたところによると、この植物の葉は煎じて薬にするのだとか。柳の葉にはアスピリンが含まれているので解熱鎮痛剤になるというのは昔聞いた話だが、どうやらその知識はこちらの世界でも通じるようだ。

異世界だというのにそういったところで共通点があるのはとても興味深い。まあ人間やそれに近い亜人などもいるのであるから、植生に似た点があるというのも今更な話かもしれないが……。


「トーリさん、飲み物を貰ってきましたよ。お一つどうぞ」


木陰のベンチに腰を下ろして時間を潰しているとメイが近づいてきた。その表情は明るく、暫く部屋に篭りがちだった彼女にとっては今日のことは十分な気分転換になったようだ。


「ありがとう。いただくよ」


コップを受け取ると彼女は俺の隣に腰掛けた。いつもは纏めている髪がふわりと動く。この居留地では治療などの一般的サービスに加え、今俺が受けてきたマッサージや主に女性向けの美容コースなどといったものも行われている。どうやらそれが今日の彼女の魅力を一段と引き出しているようだ。

居留地の中央でそれなりの高さを誇る建造物の上層だけあって、このテラスは随分と見晴らしがいい。ストームリーチ市街を囲う巨人族時代の巨大な外壁を越え、北にジャングルが広がっている。その先には見えないが"スリー・バレル島"とコルソスを含む"シャーゴンズ・ティース"と呼ばれる諸島群、そしてはるか先にはコーヴェア大陸が続いているはずだ。

ここからシャーンまでの距離は2500kmといったところか。あちら側から同じ海を眺めていたのはもう2ヶ月ほども前のことだ。北海道の先端から沖縄までほどの距離を一瞬で縮める魔法というのはやはりとんでもない、と思わされる。


「今月の26日はシャーンでは"ウレオンの王冠"と呼ばれる聖日なんです。長老と若者が晩餐のテーブルを囲んで、年長者の叡智を皆で共有するんです。

 大学のウレオン大聖堂でも卒業式と進級式、それに大勢の信徒が集まって一日中説教と講話が行われます。歴史や哲学の話が多いんですけど、中には神々の本性なんていう過激な話題の討論もあるんですよ」

 
隣りに座るメイも同じ街のことを考えていたらしい。ドラヴァゴの月というと季節の上では晩春に当たる。赤道直下の街にいるとあまり季節感を感じられないが、コーヴェアでは春が終わろうとしているのだ。


「卒業式か。メイはその日はやっぱりシャーンに戻るのか?」


類まれな技術と才能を持つメイだが、彼女はまだモルグレイヴ大学の学生なのだ。


「論文自体は前回帰ったときに提出済みですから、卒業資格自体は問題ないはずです。卒業式の後に大学構内に研究室を一つ貰えるのと、探索計画を事前に提出した場合は予算がつくことがあるくらいですけど……そのどちらも当分のところ使わなそうですね。

 学生には閲覧許可の下りない禁書の類が納められた書庫への立ち入りが許可されるようになりますから、何か調べ物をするには都合が良くなるかもしれませんね。とはいっても禄に整理もされずに危険そうなものが次々放りこまれているって噂ですからどこまでアテに出来るかはわかりませんけど」


どうやら話を聞くに、モルグレイヴ大学を卒業するというのは大学に研究者として籍を置くことを意味するらしい。おそらくコーヴェアで最も古代ゼンドリック文明について研究が行われているのはこの大学であることは間違いないだろうから、その蓄積された知識を利用させてもらえるのであればありがたいことだ。

諸次元界に関する研究が最も進んでいたのは、ドラゴン達を除けばゼンドリックの古代巨人文明だったであろうことに疑いはない。俺が帰還するために必要な手段そのものは無理だとしても、手がかりくらいはそこから得られるんじゃないかと思う。


「それは確かに興味があるな。そのうち是非一度見せてもらいたいね」


「そうですね。何人か助手を任命できるはずですし、そうしたら一緒に書庫に入らせてもらえるはずですよ。任せてください」


えへへ、と少し誇らしげにその豊かな胸を張ってメイが微笑む。モルグレイヴ大学以外にもコランベルグの大図書館、十二会などといった組織もあるがそれらは一介の冒険者にとっては利用しづらいものだ。冒険者としての名声を得て行けばそのうち友好的に接触する機会もあるかもしれないが、どちらにせよ今の時点で望めるものではない。

前回シャーンに訪れた際には学生向けの一般書架しか閲覧できなかったが、メイの助力で閲覧制限が解除されるなら随分と研究が捗るかもしれない。


「きっとマーザおば様も新しい冒険の話を楽しみにして待っていらっしゃるでしょうし、顔を出せばきっと喜んで貰えますよ。

 今度行くときはこの間連れていけなかった皆も一緒に行けるといいんですけど」


マーザの名前を聞いて彼女と初めて会った時のことを思い出す。あの外見に似つかわしくない強烈な存在感と、とんでもない爆弾を投下されたあの夜のことは忘れたくともそういうわけにもいかず、つい苦手意識を持ってしまう。

これが彼女流の交渉術なのだとしたら見事なものだ。シャーンという人種の坩堝、巨大都市で長い間市会議員として強い影響力を保っているのは伊達ではないということだろう。


「──そうだな、向こうの家もたまには手入れしてやらないといけないだろうし。向こうの都合の良い日を確認しておいてくれよ」


ネレイドに聞いたところ、タルカナン氏族はチラスクが居城にしていたあの地下空間に浮かぶ逆ピラミッドを修復し拠点として使用しているそうだ。俺を脅かしうる脅威としてバルの存在は非常に気になるところだが、別れ際の様子からして即座に敵対することはないだろう。

今後もシャーンには調べ物や買い物で訪れる必要がある以上、何時までも避けているわけにも行かない。メイの卒業式を機会にシャーンを訪れ、関係改善とまではいかないかもしれないがあの街で俺が問題なく過ごせるかを確認するのもいいだろう。


「わかりました! それじゃあとで《センディング/送信》で聞いておきますね~」


そんな俺の内心の決意を他所に、メイは満面の笑みを浮かべている。まあ先程のちょっとした決断程度で喜んでもらえるのであれば安いものだろう。だがそんな和やかな時間も長くは続かなかった。俺の鋭い知覚が、こちらに向かって近寄ってくる気配を一つ察知したのだ。

その気配はテラスのフロアに出ると、見晴らしの良い中央付近で周囲を確認した後こちらへ向かってきた。草木を踏む独特の軽い音はここのハーフリングの職員が履く独特のサンダルのものだ。そちらを振り向くと、足音の主が何度か見かけた顔であることに気付く。この居留地の主人であるドールセン女卿の補佐官の一人だ。


「ご無沙汰しておりますトーリ殿、お寛ぎのところ申し訳ありません」


氏族の中でも有数の地位を持つ女卿の補佐を勤めるだけあって彼女自身も強力なドラゴンマークの使い手であるだけではなく、その上で優秀な能力を持ち合わせている。

だが今の彼女は随分と憔悴しているようだ。化粧で誤魔化しているが目の下には隈があり、疲労のためか肌のハリも良くないようだ。癒しを司るジョラスコ氏族の高位メンバーには珍しいことだ。


「ええ、お久しぶりです。人をお探しのようでしたが、何か私に御用が?」


一見したところ呪いなどの呪術的な影響は見受けられず、おそらくは何らかの厄介ごとを抱えているのだろう。相手の態度が友好的であると判断した俺は手っ取り早く話を進めることにした。

得体のしれない相手であれば少しでも情報を拾い上げるべく会話を続けるのが常套手段だが、ある程度知り合った間柄であれば相手の希望を汲み取るべきだろうと判断してのことだ。


「はい。私は今腕利きの冒険者の助けを必要としております。受付に聞いたところトーリ殿が本日ご来館されていることを知りましたので、是非我が氏族のためにお力を貸していただけないかと思い参上いたしました。

 可能であればお連れ様にも話を聞いていただきたいのです。突然の申し出で恐縮ではございますが、我々のためにお時間を割いてはいただけませんでしょうか?」


こちらに用向きを伝える彼女の丁寧な声色の裏には、切実な願いが感じられた。このジョラスコ氏族の居留地には一般的に腕利きと言って良い人材が豊富に揃えられている。並大抵のトラブルであればそういった人材を大量に投入することで解決できるはずだが、俺に声がかかるということは厄介な事態になっているのだろう。

彼女には日頃この施設の利用でお世話になっているし、有力なドラゴンマーク氏族の一員に恩を売れるというのであればそれはまたとない機会だ。


「わかりました、一先ず話をお伺いしましょう。ですが流石にこの格好のままというわけにも参りませんし、着替えの時間を頂けますか?」


そう返事を返しながらも俺の頭の中にいくつかのクエストの内容が浮かび上がっていく。さて、今の俺の手に負えるものであればいいのだが……。


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