ゼンドリック漂流記
4-7.アーバン・ライフ5
部屋の中で車座になった俺達は目を閉じながら手を繋ぎ、瞑想を行っていた。五感からもたらされる情報を遮断し、自分の内面へと意識を集中させる。
そうやって精神を『夢の領域ダル・クォール』へと投射することなく休息を取ることが可能になる。慣れない間は実際に眠ってしまうことも多かったが、この瞑想を行い始めて二週間近くともなるとようやくコツらしきものが掴めてきた。
両隣にいるフィアとルーが俺と手を繋いでおり、彼女たちから俺へと瞑想の波長とでもいうべきものが伝わってくるのを感じる。意識のさざ波をそれに合わせることで深い瞑想を行うことが可能になるのだ。
今おこなっているこれはエルフ族が睡眠の代わりに行っている"トランス"と呼ばれるものだ。かの種族は眠らない代わりにこの瞑想を行うことによって休息を取る。本来であればエルフの血を引いていなければ不可能なその瞑想だが、訓練によって人間などの他種族でも可能になるのだ。
この瞑想の優れた点はまず休息の時間が睡眠の半分で済むことが挙げられる。チームの大部分がこのトランスを行えるのであれば、野営などの際に何回かの短い交代勤務ではなく二交代で十分な見張りを立てながら休息を取れる。
そしてもう一つの利点は"夢を見ないこと"だ。実際には瞑想の中で幻覚を見ているのだが、これは精神的修行の一種であり自身の内面と向きあってのものだ。このエベロンでは睡眠すると精神は遥か彼方の別次元界『ダル・クォール』へと投射され、そこでの体験が夢となって認識される。
その次元界の住人や秘術の一種には"夢"を利用した攻撃を行ってくるものがあるが、このトランスを行なっていればそういった攻撃を受けずに済む。どんなに強力な力を持っていても休息なしでは戦い抜けないし、睡眠時は無防備だ。
ゲーム中では出番がなかったものの小説では語られていたように今このエベロンにとって『夢の領域』からの侵略は実際に行われていることであり、その長い手はこの大陸にも伸ばされている。
むしろストームリーチが出来る一世紀以上も昔から、リードラというサーロナ大陸の国家はこのゼンドリックに都市を建設しているのだ。
"インスパイアド"と呼ばれる、夢の領域の住人に寄生された存在が支配するこの国家は紛れもなくこの世界にとっての侵略者である。
いずれ敵対するかもしれない彼らに対する備えとしても、このトランス法を学ぶことは重要だろう。野営の問題は高位の秘術呪文でカバー出来るかもしれないが、夢の中には俺が頼りとする強力な魔法のアイテム達は持ち込めないのだから……
4時間が経過し、意識が浮上してくると俺はトランスが終了したことを悟った。長時間坐禅を組んでいたために少々体が強張っている感じがするが、疲労はないしすっきりとした目覚めである。8時間の睡眠に相当するというのは確かなようだ。
瞑想と言ってもエルフ達も普段はベッドで横になってこの行為を行っているのだが、俺という初心者が横になっているとつい眠ってしまうためこのような姿勢での訓練となっていたのだ。だが今回でコツを掴めた。次からは横になった状態でも問題なくトランス状態に入れるはずだ。
とはいえ自力ではなくエルフ族の誰かに触れてトランス波とでもいうものを受け取らなければ無理なのだが、こればっかりは種族の特性とでも言うべきものなので仕方がない。幸いエレミアにフィア、ルーは純粋なエルフあるいはドラウ族だし、メイもハーフエルフだ。
今は皆が休息を取る時間をずらして活動しているため、どの時間帯であっても誰かはこの方法で休んでいる事になる。そこに混ざれば短時間での休息を取れるだろう。
立ち上がって体をほぐすように伸びをしていると、他の皆も動き始めた。俺の正面に座って訓練に参加していたラピスも上体を伏せさせると猫のような姿で背筋を伸ばしていた。その姿に思わず尻尾を幻視してしまうのはまだ完全に意識が覚醒していないためか。
俺が首を振って意識をはっきりさせている間にラピスは体の各部を動かして自分の状態を確認し始めた。
「ふう、ようやくモノに出来たね。結構な時間が掛かったけど確かにそれだけの価値はあったみたい。
体の方は万全だね。いつもの半分の時間しか休んでいないってのが信じられないくらいだよ」
腕を伸ばしたりするだけでなく、体操選手かと思えるような柔軟運動を終えて満足そうにしているラピスだがそんな彼女に向けてルーがその口を開いた。
「確かに体は十分に休められるけれども、秘術使いが呪文を準備するには精神を休める必要がある。そのためにはやはり後4時間の休息が必要」
神あるいは何らかの大きな力から授かるとされる信仰呪文と異なり、秘術呪文は自分の精神に回路図を焼き付けてそこに魔力を通すことで効果を発する能力である。その回路は使いきりである上、一度使われた分の容量は十分な休息を取らないと再使用できない。それに必要な時間が8時間なのだ。
エルフの瞑想を用いてもその時間を縮めることは出来ないとはいえ、睡眠という無防備状態である時間を半分にできるというのは十分なメリットだろう。
俺がちょっと前に使用した魔法の毛布のように1時間で肉体を休息させる魔法のアイテムはそういった意味で強力ではあるが、その恩恵に与れるのは二日に一度だけという欠点もある。採れる手段を増やしておくという意味でもこのトレーニングは重要だろう。
そのまま自室に戻って休息の続きをすると言ってラピスは立ち去り、部屋には俺とドラウの少女たちが残された。夕食後から瞑想を行っていたため既に夜と言っていい時間になっており、空には大きな月と星々が煌めいていた。
空の星はかつて引き裂かれたシベイの鱗だと言われており、イオ、クロネプシス、そしてバハムートやティアマト。他にも別のD&D世界では実体を持つ竜の神々がこのエベロンでは星座として夜の空を彩っている。
「南天の五星から放たれた青き流れ星が北の大陸へと墜ちた。地上に墜ちた星は大きな穴を開けたが間もなく鋼によって打ち砕かれ、また穴も塞がれた。
北天に座す白金の光は翳らず、万色の竜は未だ五悲の縛を破れず地底で鎌首をもたげるのみ」
星座を眺めながら思いを馳せていた俺の思考が伝わったのか、ルーが詠うように言霊を放った。どうやら今のはシャーンで聞いた『赤い手は滅びのしるし』に関する預言のようだ。南の空を仰ぐと、極からは少し離れた場所に目的の星座を見つけることが出来た。
それらは赤、青、白、緑の光を放っている。視認することは出来ないが黒色の光を放つ星が中央にあるとされており、その五星を持ってティアマト──カイバーの愛娘の名を持って呼ばれる星座だ。南十字星に近いといえば解るだろうか。
対して今は見えないが北斗七星の位置にはプラチナムドラゴンであるバハムートの名を持つ星座がある。デーモンの時代にコアトルの犠牲によりアルゴネッセン大陸の地下深くへと押し込められたティアマトだが、ひょっとしたらそこには肉体が縛られているだけで神力は剥ぎ取られ天へと封じられたのかもしれない。
俺が知るシナリオの結末と今のルーの言葉からはそんな推測が成される。太古にドラゴンと戦った悪の上帝達は不死不滅であったと言われており、神に近い能力を有していたとしてもおかしくない。その中でも最強の一角たるティアマトであれば多少の"神格レベル"を持っていても不思議な話ではないだろう。
そんな悪竜の神であるティアマトの神性を、善竜の神であるバハムートが天球でも正対する位置にあって封じているというのは中々に浪漫のある考えではないだろうか。
「件の流れ星が空を駆けたのはトーリが双頭の獅子と戦っていた時であろう。二週間ほど前、ルーが啓示を受けて先程の言葉を授かったのだ」
ニューサイアリの街を襲ったホブゴブリンの軍勢は二日間の激戦の後に退けられたと聞いている。一時はサイアリ王朝最後の生き残りであるオルゲヴ王子が敵の暗殺者に狙撃され昏睡状態に陥るなど市街の過半を制圧される状況までいったらしいのだが、市街中央部の戦闘で『赤い手』の指揮官が冒険者によって討たれたことで形勢が逆転したらしい。
この辺りの情報はストームリーチでも活動している"タイランツ"のメンバーから得たものだ。速報的なものではあるが、大まかな状況についてはそれにより把握できている。数日もすれば情報を整理した資料が届けられるとのことで、今はそれを待っている状況だ。
他にも沈没船をサルベージするための船は出航準備を整えてコルソスに向かうまであと僅かである等といった近況報告も受け取っている。
俺も近いうちにその手助けをすべくコルソスに行くことになるだろう。
「ありがとうな。またそのうち数日留守にすることがあるだろうから、その間に何かあったら教えてくれ」
コーヴェア大陸ではなくコルソス村までであれば通常の《テレポート》でも転移は可能だが、転移事故の可能性が3%程度は残ることを考えると日帰り旅行を繰り返すというのは現実的ではない。目的の船を引き当てるまでは暫くシグモンドの宿にお世話になるつもりだ。
「貴方の宿星は周りを優しい光を放つ星々に包まれていて、中天に浮かぶ"創造の月"は暗い影を追い払っている」
再びルーがその青く輝く眼を半ばまで伏せたまま言の葉を詠い上げた。それが俺に与える印象は暖かなもので、不吉な影は見当たらない。少なくとも4月──”創造のドラゴン・マーク”を司る月が最もこのエベロンに近付いている間は穏やかに過ごせそうだ。
「なるほど、幸先よさそうだな。もし良かったら二人も一緒に行くか?」
コーヴェアの大都市と違ってコルソスなら村人は大抵顔見知りになっているし、気のいい連中だからドラウだからといって妙な印象を持たれることはないだろう。シャーンに逗留していた間は留守番を任せていたし、今度はこの二人を連れていってもいいかもしれない。
だがそんな俺の提案にルーは首をふるふると横に振って応えた。
「まだやることがあるのでここを離れるわけには行かない」
そういえばルーはまだこの屋敷の各所にルーンを書き込む作業を続けている。その規模からすると相当強力な防御術の陣だと思われ、その儀式がまだ終わらないということなのだろう。
「それに星の詠み方を習い始めたばかりの子供たちを途中で放り出すわけにもいかないからな。
また土産話を聞かせてくれれば十分だ。楽しみにしているぞ!」
フィアのその言葉に被せるように部屋の扉がノックされ、数人の子供たちが部屋へと入ってきた。どうやら今夜の授業が始まるようだ。
授業内容に興味があった俺は部屋の隅の方へと移動し、彼らの学んでいる姿を眺めながら暫くの時間を過ごすのだった。
† † † † † † † † † † † † † †
数日後。俺はロックスミス・スクエアの一角にある薄暗い酒場の個室で"タイランツ"の連絡員と向かい合っていた。闇に溶け込むような長い黒髪に美しく整った容貌。髪と同じ色の瞳が好奇心をあらわにこちらを覗き込んでいる。
「私たちの見分けがつくのって本当なのね。報告では知っていたけれど、実際にこうして会ってみるまでは信じられなかったわ」
目の前の彼女が纏っているのはネレイドの姿だ。彼女たちは固有の姿というものを持たず、仲間内でパーソナリティを共有してそれを衣服のように着替えている。おそらくは俺への窓口として選ばれたのがこのペルソナなのだろう。
秘術によって精神的にリンクしているメンバーの間で知識や仕草、癖といったものが共有され、むしろ彼らの纏うペルソナこそがチェンジリングという種族を媒体に世界中を移ろっているように思えるが実際はそうではない。
見た目だけを変化させても、その個人個人が持っている"クラスレベル"──固有能力は変わらない。秘術呪文使いはその脳に焼き付けられた呪文回路の発する魔法のオーラを、信仰呪文使いは信仰する神の属性に応じた気配を纏っているのだ。
それすら模倣する高位の使い手もいるのだろうが、目の前の彼女はそうではないようだ。それに人外の域まで磨き上げられた感覚が目の前にいる人物がかつて肌を合わせた相手とは異なると訴えている。ルール的には彼女の〈変装〉技能を俺の〈視認〉が上回った、ということになるのだろう。
「ま、この街なら他にも目端の効く奴がいるだろうね。俺だけってわけじゃないだろうさ」
送られてくる秋波を受け流しながら報告書を受け取る。羊皮紙に《イリューソリティ・スクリプト/幻の文》で刻まれた文章は相変わらず要領よく纏められており、こちらの知りたい情報を十分に伝えてくれる。
そこには『赤い手』を名乗ったホブゴブリンの武装集団がどのような経緯で集結し、辺境の一都市を襲撃するに至ったのか等について非常に細かに記述されていた。大まかな部分では俺の想定の範囲内に収まっており、特に問題はない。
だがその中でも特に俺が確認しておきたかった情報がある。それはこの世界でも『アスペクト』と呼ばれる化身体、分霊とでもいうべき存在が発生しうる──つまり神でなくともそれに匹敵するクリーチャーは存在するということと、それを打倒した者たちについてだ。
前者は言うまでもなくルーの言葉にあった蒼き流れ星──シベイの欠片と呼ばれる天の星々から墜ちたそれが実体となったティアマトの化身だ。報告書によると五つ首を持った超大型の竜が現れたが、冒険者によって倒されたとのこと。
儀式が半ばで止められたためか、不完全な力しか持たない化身体であればそんなものだろう。シナリオ通りのデータであれば先日戦った"ツイン・ファング"の方が脅威度は高かったはずだ。
もし万全の状態で神格が降臨していれば今頃コーヴェア大陸自体が焼け野原になっていただろうと思えば、この冒険者たちは見事な働きをしたことになる。
そしてその5人の冒険者についても詳細な記述がある。ひょっとしたら彼らが俺と同じ境遇の存在なのではないかと思っていたのだが、この報告を見る限りではその可能性は低そうだ。彼らにはしっかりと過去の経歴があり、俺のように突然世界に放り出されたわけではないようだ。
"モーンランド"に踏み入った際には白炉廠と呼ばれる建築内での戦いで仲間の一人を敵クリーチャーに飲み込まれて失うなど、厳しい戦闘では犠牲を出しておりチートしているようにも見えない。
『サイアリの騎士』の称号を得た彼らの新たな目標が故国の復興であり、コーヴェア人の特徴であるナショナリズムがその行動の節々に見える点からしても彼らが俺の同郷者でないことが窺える。まだはっきりしたわけではないが予想通りの情報に安心が半分、そして寂しさが残り半分といったところだろうか。
そんな曖昧な気分のままぺらり、と報告書をめくり最後の一枚を見るとそこにはサルベージ計画の進捗状況が記されていた。既に人員を乗せた船がシャーンを出航しており、数日でコルソスに到着して作業を開始できるとのことだ。
事前に打ち合わせていた内容の他、こちらに協力を要望する件がいくつか記載されている。同じくサルベージを目的とするトレジャーハンター達も随分といるようだが、そこは心配無用とのこと。政治的な根回しなどで先手をとっており一週間程度は独占的に作業ができるらしい。
その間に目的の船のサルベージを完了する必要があるということだが、事前に十分な情報収集をしてくれているようなので余裕だろう。
その後連絡員の女性にいくつかの伝言を頼んで俺は一足先に店を出た。数日後にはコルソスに向かわなければならないとなればいくつかの準備が必要だ。俺は目的の品を求めて中央市場へと足を向けるのだった。
† † † † † † † † † † † † † †
「なんだ、それじゃトーリは暫く留守にするのか」
週に一度のケイジ達を招いての食事の席で予定を話すと、ケイジが残念そうに口を開いた。
「ちょっと仕事が入っててね。一週間位は留守にすることになるだろう」
食堂にはやや似つかわしくない竪琴の弦を弾きながら答える。俺が抱えているのはこの建物を創造したときに使用した『ライア・オヴ・ビルディング/建造物の竪琴』だ。食後に1,2時間、この竪琴を奏でながら過ごすのが最近の習慣になってきている。
本来であればこの竪琴の《建築》の力は一度使うと一週間かけて力を蓄えさせないと再使用できないのだが、そこは財力にモノを言わせて7つ揃えればいいだけの話だ。この魔法のアイテムの力で創りだされた地下の倉庫には、予備も含めて大量の竪琴が鎮座している。
ブレスレットのアイテムスロットにはこの手の消耗品ではない道具はスタックしないようで、1個で1スロットを占有するために流石に持ちきれなくなったのだ。他にも比較的ではあるが失っても影響の少ないアイテム類、特に嵩張る鎧や盾の類は地下の出入口すら無い密閉空間に念入りに占術対策を行った上で保管している。
特定の区画以外は瞬間移動や次元界移動すら拒絶する結界で覆われており、俺以外はこの建物を物理的に排除して掘り返さない限り到達不能……だといいなぁ、と思っている。今の俺の実力で出来るだけのことをしたつもりだが、どれだけ用心しても絶対という事は有り得ないというのがこの世界の恐ろしいところだ。
まあ本当にレアなアイテムについてはブレスレットに入れっぱなしなので万が一ということがあっても許容できる範囲内ではあるはずだが。
「まあそれなら仕方ねーな。今度また例のオークのところに行くことになってよ、良かったら一緒にと思ったんだけどな」
あの依頼以降、ケイジは時折エンダックと会っているらしい。報酬を工房から受け取った礼に行ったり一緒に酒を飲んだりしているとのことだが、その時に再びセルリアン・ヒルでの仕事を受けないかと持ちかけられたようだ。
「この間の討伐で大筋は纏まったみたいなんだが、近くの部族の中にはやっぱり街と手を結ぶ事が気に入らないって連中がいるらしくてな。
丘を抜けて前線へ向かう補給部隊や行商人、あとは探索者とかを派手に襲ってるって話だ。オークだけじゃなくてバグベアなんかも混じってるって噂だぜ」
ケイジの言葉を受けて脳内のクエスト知識を探ってみるが、これといって目ぼしい情報はヒットしない。そもそも野外エリアにはマップの特定箇所を踏破するエクスプローラー、ランダムでPOPするネームド敵を倒すレア・エンカウンター、そして敵の殺害数で達成するスレイヤーという三種類のイベントしか無いのだ。
先日の討伐はこのうち幾つかのエクスプローラーとレア・エンカウンターを組み合わせた展開になっていたのだが、今回のケイジの話はそのパターンには該当しなさそうである。まあゲーム内のクエスト以外の仕事があって当然ではあるので、気にするほどのことはないだろう。
「悪いね、今回はパスだな。まあウルーラクとゲドラ、それにエンダックがいるならもう6人だ。流石にそれ以上の人数がいても大所帯に過ぎるだろう。
あまり人数が増えすぎても連携が難しくなるだけだしな、今回は俺抜きで頑張ってくれ」
平均的な人間とは隔絶した能力を持つ高レベル冒険者はそれぞれが個性的な能力を持っている。ある程度の少人数であれば先日ラピスが言っていたようにお互いの呼吸を読んで合わせることが出来るが、人数が増えすぎるとそうはいかないのだ。
6人というのはその限界ギリギリの人数だろう。これ以上増えるようであればチームワークの訓練をある程度行うか、優秀な指揮官が統率しなければ却って個々の能力を損ないかねない。
ゲームでは12人までのレイド・パーティーでクエストを行ったことが何度もあるが、各自が好き勝手に行動してもクリアできるのはクエスト内容をそれぞれが知り尽くしていた上にお互いのメンバーのことを理解していたおかげである。
仮に見ず知らずの冒険者12人を集めて適正レベルのクエストへ放り込んだとしたら、よほどリーダーが上手にやらない限りそのクエストは苦戦間違いないだろうし、下手をすれば失敗に終わるだろう。通称"野良パーティー"が高難度のクエストで忌避される理由だ。
特にパーティーの中で集団制圧能力を有する秘術使いの役割は重要だ。今回はアンとアロイが他の皆に馴染むことに専念すべきだろう。
「確かに数が多すぎてもエンダックの旦那を困らせることになるだけだな。他の皆には俺から言っとくわ」
「オークやバグベアなんて私の《火球/ファイアー・ボール》で吹き飛ばしてやるわ。
討伐数に応じたボーナスも出るって話だし、やっぱり氏族の依頼は金払いが良くって素敵ね!」
落ち着いたケイジの様子と打って変わってアンはやる気十分のようだ。何やら街の地下での戦闘では崩落の危険があるため大規模な呪文の使用が出来なかったのでストレスが溜まっているらしい。
呪文の行使は脳を酷使するので疲労を伴うのだが、貯めこんだエネルギーを解放するという点もあるので時折その感覚にハマる術者もいるのだ。自分の実力以上の呪文行使を可能とする薬物がシャーンでは出まわっており、竜血と呼ばれるその品は高い中毒性もあることから禁制品に指定されている。
ドロアームの支配者であるハグたちのみがその製法を知るというこの危険な薬物を求め、ソーサラーやドラゴン・マーク氏族のメンバーがシャーンの下層エリアへと訪れているのは裏社会では有名な事だ。
俺はせめてアンがそのような"トリガー・ハッピー"な術者にならないことを天の星々に祈るのだった。