ゼンドリック漂流記
4-6.アーバン・ライフ4
「それじゃ、お邪魔します……」
遠慮がちな声で挨拶をしつつ、赤毛の女性が入口の門を潜った。門の脇にそっと待機しているシャウラを一目見てぎょっとした顔をしていたが、微動だにしない事が解ると安心したのか気を取り直して玄関へと進む。だがそこでも一瞬怪訝な表情で立ち止まった。
「どうした、足でも挫いたか?」
なかなかやってこないアンのことが気になったのか、既に玄関の先まで進んできていたケイジが振り返る。だが彼女は内心を悟られたくないのか、慌てて口を開いて言葉を返した。
「な、なんでもないわ、大丈夫よ! 随分立派なお宅なんでちょっと吃驚しただけよ」
おそらくは入り口に設置されている魔法式のトラップを察知したのだろう。現在は停止させているとはいえ、込められた魔力を周囲に振りまいているため秘術的視覚を有していたり探知魔法を使用していれば玄関を満たすただならぬオーラを感じるはずだ。
通常であればそういった気配は隠蔽しておくのだが、この罠には警告の意味も持たせているためあからさまにしてある。それに驚いたのだろう。
とはいえケイジが無視して進んでいるこの状況で立ち往生しているわけにもいかない。そのまま彼女は足早にケイジの元までやって来た。その後ろにはきっちりと3歩の距離を置いて従者のごとく一体のウォーフォージドが付き従っている。
「……お前の実家の屋敷のほうが何倍もデカいと思うけどなぁ。まあいいや、お邪魔するぜー」
ケイジは訝しみながらもそう呟くだけで済ませて開かれたドアから応接室へと入ってくる。残る二人も彼を追いかけて部屋へと進んできた。7メートル四方程度の室内には中央にテーブルが置かれ、それを挟むようにソファが並べられている。
テンバーと話をした時とは異なり、立派に調度品が揃えられたこの部屋は壁から天井、床に到るまでしっかりとチュラーニ氏族の表面に属する一流の職人による仕事が行き届いており十分にその役目に相応しい状態を保っている。
「ようこそ我が家へ。歓迎するよ皆さん」
三人に座ってくれるように示した後俺も程よい反発を返してくれるソファに腰を下ろす。ケイジは既に慣れたもので深く腰をおろし背中を背もたれに預けて寛いでいるが、連れの二人はまだそこまで思い切れないようだ。
アンと呼ばれた女性は浅くソファに腰を預けているだけだし、ウォーフォージドに至ってはそもそも座りもせずにソファの後ろに立ったままだ。その表情は読み取りづらいが、全身を包む緊張感から周囲を警戒していることが読み取れる。
部屋が微妙な沈黙に覆われたそのタイミングで、三人が入ってきた側とは反対にある扉が開き、少女が飲み物を運んできてくれた。銀のキャリーカートに載せられたのは搾りたての果汁を冷やしたもので、グラスに氷を入れた後にボトルから注がれたそれは室内に爽やかな香りを齎してくれた。
それとは別に、暗い色をした粘度の高い液体が入ったカップがテーブルの中央に置かれた。錬金術によって配合された特別な液体がオイルと混ざったそれは、"ウォーフォージド向け"の特別な飲料だ。
「是非そちらの方もどうぞ。
『ラスティ・ネイル』で出されている評判の"マイルド・エナジー・トニック"さ。この街じゃ結構有名な品らしいよ」
ゲームでは中央市場にあった宿屋の一つ、『ラスティ・ネイル』はこちらの世界ではガランダ氏族経営の『チャプター・ハウス』に置き換わっている。かわりに街の北側、デニス氏族の居留地近くでウォーフォージド向けの飲食物も提供する宿として異彩を放っていた。
俺が手に入れたこの特別な飲料はそこで提供されているものの一つで、味覚の鈍いウォーフォージドにも刺激を与えることが出来るという触れ込みの品だ。シャウラに振舞ったところ嬉しそうに少しずつ楽しむように摂取していたことから我が家では常に一定量をキープしておくことになっている。
俺が今アクセスしているアカウントにはウォーフォージドのキャラがいないため、彼ら専用の飲食物を用意できないのが残念なところだ。ゲームでは一杯で金貨500枚の最高級オイルというのが酒場で売られていたのだが、一体どんな味だったのか興味が尽きない。
まさかそんなものが出てくるとは思っていなかったのだろう、主従は一瞬目を合わせた。アンはその後ケイジへと視線をやるが、彼は何も気にしていない風にすぐに自分のグラスに手を伸ばした。その様子を受けて主従もそれぞれの飲み物を手にとった。
「……不思議な感覚です。主様方が食事で感じておられるものと同一かは不明ですが、確かにこの飲料からは自分を刺激する何らかの感覚を受け取ることが出来ます」
僅かにオイルを口に含んだウォーフォージドがそのように感想を述べた。給仕をしてくれた少女がソファの後ろに立つ彼がグラスを置くことが出来るように部屋の隅に仕舞われていたサイドテーブルを移動させ、退出して行く。なかなかに気のつく娘である。
「ご丁寧な歓迎痛み入りますわ、先日のお礼もまださせていただいておりませんのに。
改めて、私のことはアンとお呼びくださいませ。後ろの従者はアロイ。私たちはケイジの同郷ですの」
口を潤したところで、先日の仕切り直しとばかりにお互いに自己紹介を交わした。こうして見ると仕立ての良い服といい行き届いた作法といい、いいところのお嬢さんにしか見えない。
既に随分とこの街に染まってしまっているケイジと異なり、彼女は生粋のアンデール人らしさを滲ませている。特に印象深いのはその両手に嵌められた白手袋だろう。たおやかな指を包む絹が放つ光はその清冽さを強く印象づける。
元はパーティー用の装いの一部だったものがいつしか一般的な習慣に変わり、アンデール風の服装にはどうもこの手袋がないとしっくりこないと思わせるまでに浸透したのだという。どこか彼らの国民性を思わせる逸話だ。
とはいえ初対面の印象が強すぎて今更外向きのペルソナを見せられてもなんだかな、という気になってしまう。お互い微妙に距離感を置いているその状況を嫌ったのか、俺達の挨拶を見守っていたケイジが口を挟んできた。
「アン、今更取り繕っても意味ないぜ。お前の凶暴なところは初対面の時にバレてるんだからさぁ。
あとトーリもこいつに付き合って丁寧に喋らなくても構わないんだぜ。お互い楽にしようじゃねーか」
そう好き勝手言ったケイジはそのままテーブルに置かれたボトルからジュースのお代わりを自分のグラスに注いで飲みだした。彼自身は既に何度か訪れていることもあってか落ち着いたものである。
良くも悪くも自由に振舞う彼の様子を見てアンの緊張も解けたようだ。彼女は一つため息をついた後、グラスの中身を一気に飲み干すと顔に浮かべていた作り笑いを苦笑いに変えた。
「そう言ってくれると助かるな。堅苦しいのは苦手なんだ」
「……まあそれもそうね。それじゃ楽にさせて貰うわね。
まったく、この馬鹿が迷惑をかけてるみたいで申し訳ないわ。コボルドにシチューの具材になりそうなところを助けてもらったり危なそうな依頼でヘルプに頼ったり。
分不相応な仕事に首突っ込むなんて無鉄砲なところは全然治ってないんだから」
呆れたような口調ではあるが、その中にはケイジに対する信頼が感じられた。なにより長年の付き合いによるものか呼吸が非常に合っている。彼らならいいチームになりそうだ。
「その点については気にしなくていいよ。結果的に俺も随分と稼がせてもらったしね」
社交辞令ではなくこれは本心からの言葉である。
確かに危険は大きかったが、それぞれ本来の依頼で得るよりも遥かに大きい報酬などを得ているのだ。ハザラックやタラシュク氏族との接点を得れたのは悪いことではないし、俺としても助かっている。
先日のエンダックからの報酬で無事レベルを上げることも出来、術者としての能力も取り戻せたため次の予定に取り掛かることが出来るのは非常にありがたいことだ。
「そういや先日受けてた仕事はどうなったんだ? 家を買うとか言ってたけど」
家を買うとなると普通の物件で金貨2,3千枚くらいが相場だが、冒険者が拠点とする質のものを求めればもう1ランク高いものが欲しいところだ。
幸い巨人族の遺跡部分に立派な石材が使われているため建材には問題ないが、それ以外にも立地や構造で堅牢さを求めなければ折角貯めこんだ財産を泥棒に入られて涙目になりかねない。
冒険者というのはその稼ぎが一般人とはかけ離れているため、狙われやすいのだ。俺の家はその点を魔法によるセキュリティなどで固めているが無論それらは絶対ではない。
住み込んでいるカルノ達にもその危険性を説明し、侵入者が来た場合は早急に避難するように言い含めてある……とはいっても門番をしてくれているシャウラの知覚能力を誤魔化して侵入する、あるいは彼女に勝てるほどの戦闘能力の持ち主が相手となると気休めにしかならないだろうが。
「ああ、仕事自体はそうたいしたものじゃなかった。地下の暗がりで思い上がってたトログロダイトを懲らしめるだけの話だったしな──最初の二つまでは」
どうやら彼らは俺の思ったとおりのクエストに臨んでいたようだ。「サンクン・ソウアー」「ミッシング・イン・アクション」いずれも駆け出しの冒険者向けの依頼だ。今の彼らなら容易にこなすことが出来ただろう。問題は残りの一件だ。
「何よ、引っ張るわねぇ……ちゃんと依頼は完遂したし報酬も貰えたんだから良かったじゃない」
「そりゃ後ろを歩いてるお前は良かったかもしれないけどさ、先頭で警戒してる俺の身にもなってくれよ……
魔術士の実験場だか知らねぇが、家の地下で毒や火炎を撒き散らすなんてあのハーフリングは何考えてやがるんだ!
おまけに忌々しい"錆食い"まで飼ってやがった。アロイがアイツの注意を引いてくれなきゃ俺の得物が鉄屑になってたかと思うとぞっとしねぇぜ」
「あら、依頼人の話を聞いてなかったのね。あの実験場の地下室は持ち主も知らなかった遺跡に繋がっていたらしいわよ。助手の死体が天井からぶら下がっていた辺りから先はこの都市の先住文明の名残だったんでしょう。
たぶんあのラストモンスターやガーゴイル、トロルの司祭はその遺跡に元々住んでいたんだと思うわ。
まああんな危険な蜘蛛や蠍が繁殖しきる前に掃除できたんだし良かったじゃない。ご近所というには少し離れているけれど同じ区画なんだし、家の地下からあんなのが溢れてきたら困るでしょう?」
どうやら彼らは「レッドファング・ジ・アンルールド」のクエストを最後に選んでいたようだ。魔術士の実験体だった蜘蛛が地下に逃げたのでそれを退治する、という話なのだが結構罠や敵のバリエーションが豊かなクエストだった。
トラップを警戒ながら進むのは精神力を削られるし、奇襲の警戒も同時に行わなければならないというのは相当な負担だろう。ダンジョンハックとしては当然ではあるが、それを当たり前のようにこなせる冒険者は一流と言われる一握りの存在だけだ。
「そうか、良かったぜ。あんなのが一般的な魔術士の家だっていうのなら同居を考えなおそうと思ってたんだ……。
でもこの街なら足元を掘り返したら大抵あんな地下迷宮にぶち当たるんじゃないのか? やっぱ宿暮らしが気楽で一番だと思うんだが」
ケイジの言うことは大袈裟ではあるが、決して間違いではない。この街自体は遺跡の上に乗っかっているのだから、足元には必ず地下構造物が眠っているのだ。その全てが危険なものだとは限らないが、何かを掘り当てた場合は普通の人間の手に負えないものであることが多いのだ。
このためこの街では冒険者の需要が常に絶えない。大陸のジャングルを冒険するのではなく、ストームリーチの地下を専門とする探索者も多いのだ。大量の冒険者がコーヴェア大陸から訪れるのに街自体の人口は一定を保っている。
それはこの街が抱える暗闇に足を踏み入れてもどってこれない者が非常に多いからだ。むしろ命を奪われずにコーヴェアへ逃げ帰ることが出来れば運がいいほうだろう。
「ま、そう言うなよ。身一つで生計立てれる前衛と違って術者は色々と持ち運びの利かない物を必要とすることもあるし、巻物なんかを作成するのも宿屋じゃ気を使うしな。
自分用の工房があれば魔法のアイテムの作成や秘術の研究も捗るだろうし、自分たちの家だったら内装とかも好きに拘れるだろう。高くはあるけど価値のある買い物だと思うぜ」
インクとペン、後は若干の秘術構成要素だけで作成できる巻物ならともかく、ワンドやポーションを作成するのは流石に宿屋では不可能だ。さらに魔法の武器防具を作成・強化しようとすれば鍛冶屋と同等の設備が必要になる。
なんらかの組織に所属していればそういった設備を貸してもらうことも出来るが、ドラゴンマーク氏族でもない一般の冒険者は自前でそういったものを用意するしか無い。その手の技術を修めたものであれば、市販品の半分程度のコストでアイテムを入手できるのだ。
勿論作成の手間と時間こそかかるものの、ランクによって加速度的に上昇していく魔法の品の価値を考えれば損な投資ではないはずだ。
俺のこの家は二階部分の一部にそういった製作や実験を行うための工房を設けてある。俺も時折使用しているが、専らメイが利用することになっているのは術者の技術力という点から見て仕方のないところである。
「確かに、この家は色々と手がかかってそうだもんなあ。俺としてはとりあえずこの気温と清潔な空気を維持してくれる仕掛けは是非とも欲しいところだな。最近はここの気候にも慣れてきたけど、それでも昼間は暑くて仕方がない」
部屋の中を見回しながらケイジは羨ましそうに呟いた。敷地全体を覆っているのは"チャンバー・オヴ・コンフォート"と呼ばれる魔法の道具の効果だ。気温を快適に保つ以外にも新鮮な空気を循環させる働きを持ち、扉や窓を占めていても柔らかな風が流れているような感覚を与えてくれる。
その上煙などは天井に届く直前にどこかへと排出されるという、超高性能な空気清浄機としての機能を持つ品だ。
「あのね、言っておきますけどそれ物凄く高いわよ。どうしてもっていうのなら貴方の得物を一本質に入れることになるけれど──」
「うわ、マジか? 家より高いんじゃねーのかそれは。流石に今それだけの額は出せねーな……」
アンの冷徹な視線がケイジを射ると彼は慌てて発言を取消した。ケイジの武器がそれぞれ金貨8千枚ほど、この"チャンバー・オヴ・コンフォート"も大体そのくらいの値段だ。
彼はハザラックから得た宝石による収入で通常の冒険者を遥かに上回る財産を築いているが、その大半は武器につぎ込まれている。主武器を二つ必要とする二刀流戦士の辛いところではあるが、その中でも彼は些か武器に過剰に投資する傾向にあるようだ。
「ま、私たちがそんな贅沢できるようになるのは当分先ね。今そんなのを作ったらそれだけで素寒貧になっちゃうし。せいぜい身奇麗に保つための《プレスティディジテイション/奇術》くらいかしらね、今出来るのは。
でもそのうちこの家に負けないくらいの立派な屋敷にしてみせるわ。そのためにもガンガン働くのよ!」
アンデール人特有の競争心に火が付いたのか、最初は萎縮していたことが信じられないような勢いで彼女はそう宣言した。そして再び口を開くと怒涛の勢いで捲し立ててきた。
どうやら玄関を潜った時から気になっていたらしく内装や家具を手がけた職人について、さらにはどうやってそんな大金を用意したのか等矢継ぎ早に質問をしてきたのだ。
支障のない範囲で返答するものの流石に疲れた俺は、アンはケイジから聞いたのか風呂に興味が有るようだったので案内の少女をつけて大浴場へと送り出した。アロイも彼女に従って退出している。
「……なんというか、勢いのある女性だねぇ」
「ハハ、付きあわせちまって悪いな。昔っからあんな感じなんだ、あの性格の上に要領もいいもんだから民兵隊でも負け知らずで天狗になっちまってな。
アカデミーに通ってマシになるかと思ったんだが、どうも全然変わってないみたいだなぁ……」
応接間に残された俺はケイジと二人で向い合って苦笑を交わした。テーブルの上に置かれたハンドベルを鳴らすと、給仕を勤めてくれている少女が入ってきて飲み物の入ったボトルを新しいものへと交換してくれる。
「ま、それでもケイジを心配してこんなところまで追いかけてきてくれるなんて愛されてるじゃないか。色男だねぇ」
グラスにお代わりを注ぎ、一緒に運ばれてきた焼き菓子を摘みながら雑談に興じる。先日の胡桃を砕いたものと卵黄を混ぜて焼いたクッキーらしく、程々に加えられた砂糖がサクサク感と相まって中々良い出来上がりのようだ。
「バカ言え、トーリにゃ負けるよ。いろんなタイプの綺麗どころを集めた上に皆が信じられないほど腕も立つときたもんだ。
どんな魔法を使ったのか教えて欲しいもんだよ、そんな呪文があると知ってれば俺ももうちょいと真面目に机に向かって勉強してただろうに」
軽口を叩きながらケイジもクッキーを口に放り込んでいる。彼の出身地であるアンデールは秘術の研究が盛んな国で、アルカニックスと呼ばれる浮遊塔には秘術評議会という組織があり大陸でも最先端の技術を有しているとの評判だ。
最終戦争では呪文発動能力と白兵能力を組み合わせた軽騎兵隊を組織して活躍させており、彼らはアンデールの最精鋭部隊として各国に恐れられていたという。彼はどうやら結構良い家柄の出身のようだし、秘術の基礎を学んだ機会があったのだろう。
「何、今から学び始めても遅いってことはないだろう。そんな呪文は知らないが秘術が使えるといろいろと便利ではあるし、心得があるならそれに越したことはない。
とはいえケイジのスタイルだと武器を持ったまま動作要素を満たす必要があるから特殊な訓練が必要になるだろうし、一朝一夕にはいかないだろうな。
その辺については彼女が専門家だろうし、今後の戦い方を考えるためにも相談してみたほうがいい」
現状ケイジは二刀流の使い手として完成を迎えつつあるので、確かにここからの成長は悩ましいところだろう。さらなる剣技を追い求めるのか、魔法を学んで戦術の幅を広めるのか、あるいは頑強さを求めて身体を鍛えるのか。
いずれにも長所短所はあるが、今の彼には今後長い間チームを組むだろう仲間がいるのだ。お互いの役割を考えながらじっくりと答えを出せば良い。そんな事を思いながら俺はケイジと暫く雑談に興じた。
「やっぱ電撃には浪漫があるじゃねーか。それをあいつは『火か酸じゃなきゃトロル相手に困るじゃない。馬鹿なの?』とか言いやがるんだ!
あんな連中寸刻みにしてから松明で炙るなりそこらの川に流して窒息させりゃいいんだよ。
火は銀炎の連中をイメージしちまうし、酸は地味だろ? 冷気は渋いけどどっちかというと脇役だ。やっぱヒーローは電撃だろ!」
どうもケイジは武器に付与する魔法の効果の中では電撃に強い思い入れがあるらしい。確かに火や冷気ほど抵抗を持たれていることは多く無い気がするし、汎用性は高い。その分相手の弱点であることも少ないが、その辺りは好みの問題だろう。
自分の場合は特にこれといってこだわりがある訳ではないが他の能力との兼ね合わせで火や酸になることが多く、氷はファイアーエレメンタル等を相手にする時くらいしか用いない。
電撃といえば最強の打撃力を誇る"ライトニング・ストライク"があるが発動率が2~3%しか無いため、頼みにするよりは他の武器で斬り倒したほうが早いという実情だ。
「いやーあの地下空洞でトーリの放った魔法には痺れたね。俺もいつかはあんな武器を手にしてみたいもんだ!」
コボルドに連れ去られたウルーラク達を追った地下の探索で、ブラック・プティングを焼き払った《チェイン・ライトニング》の呪文はケイジに強烈な印象を与えているようだ。そういえばあの時ケイジはやけに興奮していたような気がする。
"ライトニング・ストライク"が付与されている武器に付属効果としてこの魔法を一日に何度か放つパワーが備わっているのだが、この能力のほうが現状使い勝手が良いのは確かである。
流石にゲーム内でもクエストレベルの高いレイドを何十回と繰り返して作成したアイテムをプレゼントすることは出来ないが、手ぶらで帰すのも悪いと思いクッキーの詰め合わせをプレゼントすることにした。
そんな感じで他愛のない話を30分ほどもしていただろうか。ようやくアン達がこの部屋へと戻ってきた。
「お待たせ! 堪能させてもらったわ。熱いお湯に肩まで浸かるっていうのは初めての体験だったけれど、面白いわね。
それにあのお湯の温度が調節できる魔法具も興味深いわ。低位とはいえ火の精霊を呪縛してる所からしてズィラーゴの技術なのかしら?」
まさに湯上りといった風情で現れた彼女は随分と上機嫌のようだ。やはり風呂は珍しいようだが、家の各所に用いられている秘術技師の作品にも気が向いているようだ。
彼女が口にしたズィラーゴとは、ノームという小型の人型生物が住む国の名前だ。彼らは生来秘術に長けており、昔ゼンドリックに来た先祖がこの土地に住むドラウの一族から精霊呪縛の技術を盗んで我がものとしたという。
"エレメンタル・バインダー"と呼ばれるその専門技術は彼らの秘伝であり門外不出とされている。ソウジャーン号や飛空艇などに用いられているのがそれであり、高速艇の作成には彼らの協力が欠かせない。
「詳しい由来は聞いてないけど多分そうだろうね。あの大浴場は結構頑張ってデザインしたからな、堪能してくれたようで何よりだ。
気に入ったのならまた使いに来てくれても構わないよ」
実際、冒険者にとって入浴というのは大きな問題なのだ。冒険者の戦闘力は自身の実力もさることながら一般人からしてみれば非常識なほどまでに高価な装備の数々によって支えられている。
剣や鎧は言うまでもなく指輪やネックレス、ベルトといった装身具までもが魔法の込められた品であることは珍しくない。入浴中はそういった装備を外しているため、睡眠中に並んで大幅に戦闘力が落ちている危険な時間になるのだ。
そういうわけで公衆浴場を利用するのは難しいし、自宅にそういった設備を備えるのは手間も金も掛かる。結果シャワーを浴びるだけで済ませることになり、生来の風呂好きサウナ好きには耐えられない事かもしれない。
シャーンで利用した高級ホテルにはそういった設備があったが一泊で金貨を10枚単位で消費するというのは普通の経済感覚ではあり得ない上、このストームリーチにはそんな宿泊施設は存在しない。
「俺も何回か使わせてもらったけど、サウナや風呂はやっぱ週に一度は入らないと駄目だな。シャワー浴びるだけじゃ体の芯から疲れが抜けてくれねーわ」
ケイジは今言ったとおり大体週に一度のペースで我が家を訪れている。無論タダ風呂を楽しんでいるだけではなく、市場でちょっとした手土産を買ってきた上で前衛志望の子供たちに戦闘のコツを教えたりしている。
双頭武器と二刀流という違いはありこそすれエレミアに近い戦闘スタイルのケイジだが、彼が今までハンターとして相対してきた魔獣などの豊富なクリーチャーとの戦闘経験は他のメンバーにはない要素だ。
大抵は昼頃から子供の相手をし、夕方風呂に入って食事をして帰る、というパターンだ。色々なところに顔を出しているらしいケイジはそれなりに事情通であり、冒険に関する情報を交換する機会にもなっていた。
そしてこの日を境にアンとアロイがそこに加わることになる。主にストームリーチの街中を舞台にした彼らの冒険譚は身近に感じられるのか、子供たちに大人気となるのだった。