ゼンドリック漂流記
4-4.アーバン・ライフ2
朝と言うにはやや遅い時間、きっちり8時間の睡眠をとった後俺は目覚めた。無意識のうちに周囲の気配を探り、特に問題が無いことを感じてからゆっくりと身を起こす。
眠っている間も身につけていた装身具が秘術エネルギーを十分に蓄えていることを確認すると、そこに込められたパワーを使って毎朝の日課である装備品への魔法付与を行っていく。
使用する頻度の高い装備から順に幻術呪文を付与することで強力すぎる魔法のオーラを隠蔽しているのだ。とはいえ明らかに魔法の効果を発している装備が《ディテクト・マジック》の呪文に引っかからないのも変な話なので、程々の魔法の品に見せかけている。
手にとったそれぞれの品の状態が脳裏で確認できるため、耐久度が減少している品があれば付与を行う際に《メイク・ホウル/完全修理》の呪文が込められたワンドを使用して万全の状態にしておくことも忘れない。
ゲーム中で獲得した装備たちは、一部を除けばこの世界で得ることが非常に難しい物がほとんどだ。不注意で破損させてしまっては悔やむに悔やみきれないだろう。
とはいえゲーム由来のアイテムは一部の例外を除いて非常に頑丈だ。こうして確認してみても傷ついている品は一つもない。ツイン・ファングに飲み込まれた際の胃酸などもローブの表面で弾かれており、装備自体はノーダメージだ。
嫌な匂いが付着していたがその手の不純物はブレスレットに収納する際に取り除かれるため、汚れの心配もない。よほど酷使することがなければ大丈夫だろう。
呪文の準備というプロセスをキャラクターデータの操作という形式で行える俺は呪文書と長時間睨み合うことは必要ない点もこうした作業を楽に行えるポイントだ。普通のウィザードではこうは行かないだろう。
一通りの作業が終わった後、自室に備えたシャワーを浴びてから一階に降りる。食事を摂ろうと食堂に入るとテーブルの上には食事が用意されていた。
サランラップなんてものはないので、食器の上に蓋を被せることで乾燥や虫害を避けている。白いクロスで覆われた広いテーブルの上に銀色の半球型の物体が一つ鎮座している姿は何だか寂しげな感じである。
指先で摘むようにしてその覆いを持ち上げると、中にはサンドッチが綺麗に並んでいた。少し表面を焼いたパンに挟まれていることで、瑞々しい野菜を包んでいても水分を吸って崩れてしまうことがない。
鼻孔をくすぐる香りに思ったよりも自分の腹が減っていたことに気づいた俺は、椅子を引いて座るとさっそくそれに齧り付いた。新鮮な野菜を噛みちぎる食感と、時折ピリっとくるマスタードの味がついつい次のサンドイッチへと手を進ませてしまう。
立て続けに三つを食べ終えた俺は、同じくテーブルの上に用意された魔法瓶──魔法によって保冷効果を付与されたもの──から水をグラスに注ぎ、よく冷えたそれを一気に飲み干した。
冷気が喉、腹そして指先まで広がっていくような感覚と共に意識が完全に覚醒するのを感じる。身体的には起き抜けから万全の体調だとしても、精神のコンディションはそういうわけにはいかない。
昔何かで朝食に野菜を取ると良い、なんて情報を読んだ気がする。具体的に何がどうなって、という部分は覚えていないが確かにこれから一日を始めようという時に体に活力が行き渡るこの感触は良いものだ。
完全にリフレッシュした状態となった俺は食堂から厨房へと移動すると、裏口から庭へと出た。
「トーリの兄ちゃん、ようやく起きたのかよ。もう昼近いぜ?」
庭では4人の少年少女が武器を握って素振りや打ち込みの練習を行っていた。その中の一人、カルノが目敏くこちらに気付くと声を掛けてきた。離れた所にはラピスの姿がある。
俺がシャーンにいっている間にどうやらこの少年たちは俺の同居人たちにいたく気に入られたらしい。今彼らは俺の家に関する雑用──料理や掃除、買出しなどといった家事全般──を引き受ける代わりに一室を与えられ、暇を見つけてはラピスに戦闘の手解きを受けている。
最初は家賃がわりにといって魔法で強化されたモールを渡されたのだが、あいにく大型生物用のそんな巨大鈍器を振り回すのはこの家の住人には不可能であった。
やたらと獣臭のするその品を『黒鉄亭』に持ち込んだところ金貨千枚ほどになったため、それでどこかに家を買うなり借りるなりしたらどうかと勧めてみたのだがそれはあっさりと断られた。
どうやら彼らのような社会的にも物理的にも力のない子供が不動産なんかを手に入れても、翌日にはどこからか現れたマフィア達に占拠されてしまうとのこと。
港湾地区に持っていた縄張りを再開発で奪われ、仮の宿であったカータモンの倉庫の使用期限が迫っている彼らとしてはこのままだと危険性の高い下水や廃屋に移り住まざるをえないとの事で、俺は幾つかの条件を課して彼らの居住を許したのだ。
「今日もやってるみたいだな。ま、怪我をしない程度に頑張れよ」
そう言ってカルノに指輪を渡す。俺がシャーンで購入したこの品には"スペル・ストアリング"の能力があり、術者が込めておいた呪文をその指輪を身につけている者が使用できるという効果がある。
早速カルノがその指輪にチャージされた呪文を使用し、別の子供に渡してから武器を振り始めるとその効果は非常に分かりやすく出た。先程までは不恰好だった素振りが様になって見える。他の皆も同じように次々と指輪を回しては素振りを再開していく。
《マスターズ・タッチ》と呼ばれるその呪文は手にした武器への習熟を与える効果がある。今の俺では10分に満たない時間のみの効果だが僅かな間とはいえその武器への習熟を得た状態を覚えさせ、効果時間が終了してからはその時の動きを再現するように訓練させることで効率的なトレーニングが行えるのでは? と考えたのだ。
全員に効果が行き渡ったのを確認した俺は指輪を受け取ると、再び指輪へとチャージを行いながらラピスのほうへと近づいていった。彼女は木陰になる位置にハンモックを吊るし、そこで横になって本を読みながら子守をしているようだ。
「調子はどうだい。モノになりそうかな?」
俺がそう声を掛けると、彼女は気怠げに顔を本から顔を上げた。
「トーリのやらせているあのまじないのおかげか、飲み込みは早いみたいだね。
とはいってもお行儀よく剣を振ることぐらいなら時間を掛けて仕込めば誰にだって出来るようになるさ。連中が生き残れるかどうかは、実際に死線を潜ってみないことには解らないね」
ラピスが体の向きを変えると、ハンモックを構成しているロープの擦れる音が聞こえた。いつの間に拵えたのか、この場所は彼女が過ごすための専用スペースとなっていた。
家の敷地全体を覆う秘術の結界が内部の気温を21度に固定しているとはいえ、照り付ける日差しはなかなかの厳しさだ。彼女は木陰に吊るしたハンモックに揺られることで、子供たちの指導を行なっている間も快適な環境を維持しているというわけだ。
彼女が読んでいるのは俺が贈った魔法の本のようだ。シャーンで購入したその本には文字に強力な魔法の効果が込められており、記載された内容を読むことで身体にその効果が働きかけ基礎能力を上げることが出来るという特別な品だ。
ゲーム中ではついに登場しなかった最高級のその品を俺はシャーンで手に入るだけ購入してきた。通常であればシャーンほどの都市であっても手に入らないアイテムではあるが、《優秀なバイヤー》という特技と"タイランツ"という組織のコネクションがそれを可能とした。
あの街で権勢を誇る"六十家"等、富豪や有力者の倉庫にコレクションとして死蔵されていた巨人文明あるいはダカーン帝国全盛期の強力なマジックアイテム等を言葉巧みな交渉で、あるいは硬軟織りまぜた手腕で獲得してきた彼らはやはり敏腕なエージェントだった。
そこから彼女たちには特に重要だろうと思われるところから優先して三~四冊ずつを渡してある。1日あたり8時間を読書時間に拘束される上、1冊を読み終えるには6日間を必要とするため長期間冒険からは離れることになるのが欠点ではあるがその対価を払う価値は十分にある品である。
そうやって訪れた充電期間、その合間の時間にラピスは子供たちの面倒を見ているということだ。どうやら彼女は第一印象とは裏腹に面倒見のいい性質だったらしい。
「……何か変なことを考えているんじゃないだろうね」
そう言って投げつけられた物体を手のひらで受け止めた。胡桃に似た木の実で、固い外殻をしたそれを中身ごと砕かないように注意して素手で割る。そうして中から出てきた実の部分を半分ラピスに投げ返し、残りの半分を自分の口に投げ込んだ。
少し渋味はあるが歯応えがあって、独特の風味を持つこの木の実は間食にはちょうど良さそうな品だ。保存も効きそうだし、ひょっとしたら有名な植物かもしれない。
「いや、とりあえず楽そうな相手を見繕って実戦を経験させてもたほうがいいのかな、と。
見たところそれなりに武器の扱いには慣れてきてるみたいだし」
暫く見ている間に呪文の効果が切れてきたのか、彼らの動きは少しぎこちなくなってきている。とはいえ自分の体を傷つけてしまうような危なっかしげな所はなく、小型の野犬などを相手にする分には問題なさそうに見える。
「止めといた方がいいんじゃない?
基礎の整ってないうちに変に経験を積ませると、悪い癖を持ったままになっちゃう事が多いしね。
下手に才能がある奴はそういった疵が元で命を落とす。そんなやり方で成功するのは本当に一握りの連中だけさ」
ラピスの言葉にそういうものか、と頷く。ゲームでは経験点を稼ぐことでしか成長できないが、あのキャラクター達はキャラメイクの時点でそういった訓練を十分に積んでいるのだろう。
言い方を変えれば、実戦経験を受け入れて適正な成長を行う器の大きさが有るということだ。目の前の子供たちはまずその器を作る段階であるということだろう。
戦闘経験を積むことだけでレベルアップ出来るなら、俺がフォローしながらパワーレベリングすればいいと思っていたがやはりそんなに甘いものではないということか。
「まぁそんなに心配しなくてもまだまだ時間はあるんだ、その間の連中の伸び代を見ながら判断すればいいことさ。
向き不向きってのはあるもんだし、同じ時期に始めた仲間と比べれば嫌でもその辺りは理解できるだろうさ。その時は別の役割を振ってやればいいのさ」
どうやら考えが顔に出ていたらしい、ラピスからフォローされてしまった。実際に目の前で頑張っている彼らは既にラピスによる篩い分けを受けた者たちではあるので、ある程度は見込みがあると彼女は判断しているのだろう。
16名の子供のうち、既に見習いなどで職を得ている4人を除いた12人がこうやって何らかの訓練を受けている。少なくとも1日8時間を誰かしらから指導を受け、残りの時間で家事などを行っている。
魔法の本を読む時間をローテーションで決めているようで、今頃はフィアとルーが読書に勤しんでいるはずだ。ラピスは今も本を手にしてはいるものの、本当の意味でその呪力と同調して読書を始めるのは夕方頃から。メイとエレミアを含め、三交代のようなローテーションが組まれている。
彼女たちも読書・睡眠・指導という忙しいサイクルを過ごしているのだ。一週間に一度は休みの日を設けているそうだが、週休二日に慣れきった身としてはなかなか勤勉なスケジュールだと思ってしまう。
ラピスやエレミアに前衛としての指導を受けている子供たちは家事の際も慣れるためという名目で軽装鎧を着たままの作業を行っていたりするので、体には結構な負担が掛かっているはずだ。
俺が不在の間に家の各所に設えられた魔法の仕掛けの中には"踏むと《レッサー・レストレーション/初級回復術》の効果が与えられることで疲労を除去出来る床"なんてものがあったりするのだが、肉体のストレスはそれで誤魔化せても精神のほうはそうはいかない。
そう思っていたが、子供たちは毎日元気に訓練に精を出している。それだけ今の生活が充実しているということなんだろう。
「ま、その辺は任せるよ。どうも俺は他人に教えるってことが出来そうにないからな。
練習相手や適当な呪文でのサポートならしてやれるんだけどな」
何しろ自分ではその"基礎訓練"なんてものをやった事が無いのだ。他人に指導なんか出来るはずもない。
大樹の影で暫くそうやって他愛もない話をしながらカルノ達の様子を見ていたが、太陽が中天に登ってきたことで足元を日差しが炙り始めたのを機に外へ出かけることにした。
「言うまでもないと思うけど、変なのに引っかかるんじゃないよ。あ、あとストームリーチ・クロニクルの今週号が出てたら買ってきておくれよ」
絶妙な立地で日差しの当たらない位置で寝ているラピスに見送られて外へと向かう。出掛け際に再チャージした魔法の指輪をカルノに放り投げ、玄関付近で静かに番をしているシャウラを一撫でしてから敷地の外へと踏み出した。
† † † † † † † † † † † † † †
熱帯特有の長い昼間が終わり太陽がスカイフォール半島中央の山岳へとその姿を隠す頃、街の散策を終えた俺は半日ぶりに自宅の玄関を跨いでいた。
入り口に仕掛けられた《プレスティディジテイション/奇術》の呪文が衣服や肌についた汚れを落としてくれる。シャーンの『樫の木亭』にあったサービスを参考にしたのだが、なかなか便利だ。
特に日中庭で汗や泥まみれになりながら鍛錬しているカルノ達の事を考えると非常に重宝していると言えるだろう。どうやら俺が最後の帰宅らしく、後ろを追いかけてくるシャウラを従えて家へと入った。
「おかえり!」「おかえりなさい~」「……おかえりなさい」
ちょうど食事時だったのだろう、食堂には住み込みで仕事をしている子供たちを除いた全員が集まっていた。彼らは俺の方を見ると口々に挨拶をしてきた。
シャウラはルーの座った椅子の方へ移動すると、そのテーブルの下で体を丸めて動きを止めた。人造であるために食事を取ることはないが、全員が一同に会する夕食時にはこうして彼女も食堂に姿を見せる。
大きな鍋で作られた具沢山なシチューを朝厨房で見かけたのを思い出した。あの時から用意していたようで、寸胴の鍋は芳醇な香りを醸している。オーブンからは焼き上がったばかりのパンが運びだされており、テーブルの上に並べられたソーセージが今夜の食事がカルナス風であることを教えてくれる。
熱帯地方で北国の料理はどうか、と普通なら考えるのだろうがそこは発達した魔法技術で解決されている。空調と冷房の効いた室内で味わう熱い料理というのはなかなか贅沢な気分にさせてくれる。
「丁度いいタイミングで帰っていらっしゃいましたね~。今から夕食ですから空いてる席に座っちゃってください。
ローズちゃん、トーリさんの席にもお皿を持って行ってくださいな」
「は~い」
どうやら今日はメイの総指揮による夕食だったようだ。子供の頃からマーザに手解きを受けたというだけあって、彼女の料理のセンスは頭一つ抜きん出ている。ウィザードに必要とされる知力を磨いた結果、多芸になったことも彼女の料理の腕を上げる一因になっているのだろう。
彼女の指示を受けてスープの入った皿を運んできてくれたのは。ローゼリットというこの集団の中でも歳若い少女だ。メイによってその学習能力と論理的思考能力の高さを見出されて秘術の指導を受けている。
実はカルノも秘術に興味があるらしく時折戦闘訓練以外にもメイやラピスに秘術の手解きを受けているらしいが、二足のわらじということや素質の点で彼女のほうが学習度合いは進んでいるという。
「天に座します至上の主人よ、日毎の糧を今日も与えてくださったことに感謝いたします……」
ソヴリン・ホストのパンテオンに捧げる感謝の祈りが唱和される中、異なる信仰を持つ双子の少女やエレミアは黙祷を捧げている。ラピスは俺と同じく特に信仰を捧げている対象はいないようで、皆の祈りが終わるのを静かに待っているようだ。
手持ち無沙汰になった俺は眼を閉じて両手を合わせると、口の中で「いただきます」と小さく呟いた。
食事が始まると周囲は一気に騒がしくなる。子供たちが今日あった出来事を報告し合い、手の届かない位置にある器に盛られた料理を催促する声がテーブルの上を行き交っている。
今は長テーブルを使っているが、そのうち中華料理屋でよく見かける回転テーブルを使ってもいいかもしれない。大皿の料理を取り分ける形式の食事であればあれは非常に便利なのだ。
「なあ、今日は外で何してきたんだ?」
食事も粗方終わり、お茶を楽しんでいた時に隣に座っていた少年から質問を受けた。彼は朝方カルノと一緒に剣を振っていたフィルと呼ばれている少年だ。
幾度か冒険の話などを聞かせているうちにどうやらそれが随分な楽しみになったようで暇な時間などには俺に話を聞きに来たりしているし、聞いた話では書庫にある本を読むために文字の勉強をしているとか。
そして周囲を見渡すと彼だけではなく、皆がこちらの方に注目していた。特に子供たちは目をキラキラとさせて俺が口を開くのを待っているようだ。
(今日は特に冒険をしてきたってわけじゃないんだが……)
今日は昼間はルシェームでゲドラに仲介してもらい、友好的なヒル・ジャイアントの部族の古老に伝承の類を聞かせてもらっていたのだ。
自分が知っているゼンドリックの歴史に関する情報との齟齬があれば確認したいし、現地の巨人族が伝えている神話や物語といったものにも興味が有るためだ。
「そうだな、それじゃ今日は昔話をしようか」
巨人たちのテント村での出来事よりは、そこで聞いた話と俺の知識を組み合わせた物語のほうが喜ばれるだろう。
椅子を動かし、テーブルとの隙間を広げるとバンドールを取り出して状態を確認するようにその弦にそっと触れる。ピックが通過するたびに響く音に不調は見られない。
俺がそうやって楽器の状態を確認しているうちに皆も話を聞く状態に移ったようだ。テーブルの上はすっかり片付けられ、今は飲み物だけが置かれている。
皆が準備を整えた事を確認した俺は早速は物語を語り始めた。
「今日この夜、語られるは古代の帝国の物語……」
今から4万年ほど過去の話。『夢の領域ダル・クォール』がその位相を移すために生じた大戦争。不定期にその相を変化させる彼の次元界の住人が、悪夢に囚われまいとエベロンにその居を求めたことでゼンドリックに帝国を築いていた巨人族との間で戦争が勃発した。
現代とは比べものにならない高度な魔法文明を有していた巨人達だが、その魔法の力を十全に振るうには睡眠と瞑想が必要だ。しかし彼らはその眠りの間にこそ巨人族を浸蝕していくのだ。
やがて自らがこの世界に存在する媒介として、ウォーフォージドの原型となった機械人形をゼンドリックで生産することに成功したダル・クォールの軍勢と夢の支配から免れた巨人族が大陸の各地で激突する。
空からはシベイの欠片が隕石として落とされ、地底からはカイバーのフィーンド達が呼び出されて使役される伝説よりも神話に近い時代の闘争はやがてクォーリ達にその天秤を傾けつつあった。
機械の体を破壊されてもその魂を破壊されずに元の次元界へ帰還するだけの彼らと違い、巨人たちはその肉体が滅べばドルラーへ囚われてしまう。個々の戦闘力では優っていた巨人族だったが、徐々にその数を減らしさらには巨大な人造兵器が投入されたことで一気に劣勢に追い込まれる。
最後の戦いでクォーリ達はさらに思い切った作戦を取った。彼らは『夢の領域』そのものをこの物質界に衝突させることで移住をより完全なものとし、さらに夢に実体を与えることで位相の変化を止めようとしたのだ。
巨人族の城塞に残された戦士の多くは倒され、一部の精鋭が残るのみとなった"ストームリーヴァー"族の王はついには降伏を決意する。だがその白旗が掲げられるよりも速く、彼のもとに純白の鱗持つ翼有る巨大な蛇──ドラゴンが現れた。
ドラゴンは語った、この戦争に勝利する方策を。接近しつつ有る『夢の領域』そのものを物質界を周回する軌道から吹き飛ばし、彼らが二度とエベロンに現れぬようにするのだと。
無論そのような大魔法には大きな犠牲が必要だ。その代償とはすなわち、巨人族の王である貴様と我が生命である!
巨人族最後の砦に残された王は迷うことなくその決断を行った。彼は大陸を超えてその名を知られた偉大な英雄であり、自らが為すべき運命を受け入れたのだ。
"リーヴァーズ・ベイン"と呼ばれたその魔法は確かに間近に迫っていた『夢の領域』を彼方へと吹き飛ばし戦争を終結させた。だがその反作用として巨人族の根拠地であったゼンドリックはその半ばを失い海中に没した。
この大陸が『砕かれた大地』と呼ばれる由縁である……
「預言では謳われている──今一度エベロンに危機が訪れた時には偉大なる王は蘇る、と。その時まで彼は砕かれた大地と共に、海の底にてその体を休めているのだ……」
† † † † † † † † † † † † † †
1時間ほど続いた昔話は大好評に終わった。続きをねだる子供に続きは色々な本に書かれているから自分で読むといい、と言って向学心を煽った俺は自室へと戻っていた。
子供たちで溢れている大浴場を避けて自室の部屋風呂で入浴を済ませた俺はベッドで仰向けに寝転がっていた。一通り揃った家具が空の星の光を室内に取り込んで淡くその姿を晒している。
壁面には見慣れないルーンが所々刻まれている。これらは俺が不在の間にルーが刻んだものらしく、強力な防御術のオーラを発している。
心術や占術を遮断するこの魔法はどうやら相当な力を宿しているようで、メイにすらその護りを抜くことは出来なかったとか。であればそこらの術者には手も足も出ないだろう。
天井近くにその印を刻むためにシャウラが足場になってルーを乗せた状態で壁を登っていたその映像を幻視してふと笑みを浮かべてしまう。
今頃彼女は自室で癒しの呪文に興味を示した子供達に、空の星とドラゴンシャードから力を引き出す術を教えていることだろう。一般的な信仰呪文とは異なったあり方だが、この街で癒しの呪文の需要が途切れることはない。
直観の優れた者でなければそこから何も学び取ることは出来ないだろうが、"クレリック"とまではいわずとも"アデプト"として呪文の使い手になれば少なくとも食いっぱぐれることはない。冒険者になるよりは真っ当な暮らしが出来るはずだ。
果たして彼らのうち何人が望んだ道を歩く力を身につけることが出来るのだろうか。
魔法加工された天井から透けて見える夜空に瞬く星に彼らの幸運を祈り、俺は今日というなんでもない一日に別れを告げるのだった。