「毎度あり。また寄ってくれ」
港で足止めされている船の商人から色々と買い物を済ませた。
欲しかった魔法のアイテムの類はやはり入手できなかったものの、呪文の行使に必要な物質要素やカモフラージュ用の靴などを仕入れることは出来た。
村を一回りしてから買い物をしたが、村人は不自然なほどにこちらを避けているようだ。
雑貨屋ですら、余所者には物を売ってくれないというのには正直困り果てた。
どうやら、村での行動はカルティストのスパイに見張られているらしい。
隣人がいつの間にか洗脳されてスパイのような活動をしており、余所者と仲良くしているところを見つかるとカルティストに拉致されてしまうそうだ。
この辺りの話はシグモンドも言っていたが、船長であるリナール氏からも同じ話を聞いた。
ゲーム内では一応村人に話しかけることはできていたが、現実ではこちらが近づくのを見ると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
それに、外出すること自体が恐ろしいのか、出歩いている村人自体をあまり見かけない。
水を汲んだり、食料を調達したりといった最低限の外出を除いて家に閉じこもっているんだろう。
リナールは積み込んでいた積荷の食料に手をつければ一ヶ月は大丈夫だ、と言っていた。
それを過ぎれば自給自足することになるわけだが・・・
いつもは熱帯に近かったこの島が、今は冷気に覆われてしまっているため周囲の植生は激変してしまっている。
海も浜から少し離れた辺りから凍り付いている有様で、漁師が船を出せない状態だ。
シグモンドの話ではまだまだ大丈夫かと思っていたけれど、食糧事情的にはあまりよろしくなさそうだ。
それに、正直言ってこの辺りの料理は味付けが大雑把で、和食に慣れきった日本人には厳しい。
さきほどは船の食堂で少し手の込んだ料理を頂戴してきたが、波頭亭だと基本的に大雑把な料理が多い。
そういえばこの世界に米ってあったのかな?と思いつつ、すっかり暗くなった桟橋から宿への道を歩き出すのだった。
ゼンドリック漂流記
1-3.夜の訪問者
誰もいない無人の野外を雪を踏みしめながら歩く。
日が落ちたこの村では外を出歩いている人などいるはずもなく、またそこらの家からも物音一つ聞こえてこない。
薄く降る雪が音を吸収しているのか、自分が歩く際に雪を踏みしめるキュッキュという音以外は無音。
(昔、田舎に遊びに行ったことを思い出すなぁ)
飼っていた犬と雪原を走ったり転げまわったりしていたことを思い出す。
少し郷愁を感じながら波頭亭に帰り着くと、カウンターで杯を傾けているエレミアさんがいた・・・一体何事か!?
「よおトーリ。アンタにお客さんなんだが。
帰ってくるのが遅かったな」
少し呆れた顔でシグモンドさんが出迎えてくれる。
酒場を見回してみると、カウンターには大量の空き瓶が並び、周囲には酔い潰れて鼾をかいている男共の群れ。今日は宴会でもあったのか?
気を持ち直し返事をしようとしたところで、映像に続き嗅覚でも惨状を感じることになった。
「酒臭い・・・」
感覚が鋭敏になったせいか、それとも若返って酒に弱くなったのか。不調というほどではないものの、いい気分にはなれそうもない。
「この嬢ちゃんがお前さんを訪ねてきたんだが、留守だと伝えるとここで待つって事になってな。
最初は大人しく飲んでたんだが、そこに転がってる若い連中が絡み始めていつの間にか飲み勝負を始めやがったせいでこの有様だ」
なんと解りやすい展開。まぁエレミアさんは見た感じレンジャーだ。
エルフとはいえ戦闘職であれば耐久の能力値はそれなりに高いだろうし、一般人に飲み負けることはないだろう。
そういや酒って毒と同じ扱いなのかな。一応毒耐性の装備をつけているが、これを装備していたら酒に酔えないのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えて少しいたが、いつまでも現実逃避していても仕方ない。
「で、どうしたのエレミアさん。まだ足が痛むとか?」
「こんばんわ、トーリ殿。
足はまったく問題ない。お蔭様で万全だ。
何、昼間の礼に罠と弓で仕留めた獲物でもと思いここに来たのだが。
ここの酒場は料理も酒もなかなかのものだな。シグモンド殿は見事な腕をお持ちのようだ」
「ああ、結構いい兎を何羽か持ってきてくれたんでな。明日の食事は期待してくれていいぜ」
狩人などの戦闘力のありそうな連中は、既に結構な数がカルティストの犠牲になっているとのこと。
全員が死んだりしたわけではないが、村の警備などに忙しく本業にはあまり精が出せない状況。
そんな折に貴重な肉分を持ち込んできたエレミアさんは歓迎されたようだ。こちらとしても食事が豪勢になるのは大変ありがたい。
「わざわざありがとう。どうもその手の事は苦手でね。
自分じゃ狩は満足に出来そうもないし、エレミアさんのおかげで美味い食事にありつけそうだ。嬉しいよ」
「そうか。それならばまたそのうち寄らせて貰おう。私の狩猟の腕で恩を返せるのであれば私も嬉しい」
「その時は店主としても歓迎させてもらうぜ。なんなら定期的に狩の成果を買い取らせてもらってもいい」
シグモンドさんが新しいエールを入れた杯を二つカウンターの内側からこちらに押し出してきた。
「そいつは俺からの奢りだ。また贔屓にしてくれよ」
せっかくの好意なんでありがたく頂戴することにする。
酒については俺が乗って来たことになっている船から流れ着いたコンテナに結構な数があり、
チュートリアルの際にそのコンテナのいくつかをこの村に運び込んだ経緯があるため、潤沢なんだろう。
村人やらがこうやって酔い潰れているのも、久々に酒が補充されて嬉しかったのかもしれない。
ゲームではコンテナを破壊すると小銭が落ちたりしていたが、実際はその中身を運んでこうやって売却することでようやく換金できる。
当たり前だが納得のいく話だな。
酒を飲みながら今日何をしていたかなどの話をエレミアさんとしていると、転がっていた若い連中を片付けたシグモンドさんが戻ってきた。
自然とエレミアとの初遭遇についても話すこととなった。
「そういえばトーリ殿は狩は苦手と言っていたが、あの木を切り倒したところから察するにかなり腕が立つのでは?」
キュピーンと目を輝かせてエレミアさんが尋ねてくる。
む、なんだか良くない話の流れだな。上手く誤魔化さないと。
「あー、使ってる武器に魔法がかかっているからな。そのおかげって言うところが大きいかな。
剣術はいわゆる道場剣法ってやつで、軽く手習いした程度だ。武器の握り方と構えくらいは習ったけど、実際に使ったことはないな」
そういって腰から下げているロングソードを鞘の上からポン、と叩いてアピールする。
実際にはアイテムチートで筋力ブーストした力任せなんだけど。武器に魔法がかかっているのは確かだけど、切れ味は普通だしな。
「そうか、残念だな。その武器の手馴らしをしているということだから一手手合わせ願おうかと思っていたんだが・・・」
相変わらずナチュラルで物騒なことを言うねこのお嬢さんは。貧弱な片手剣でエレミアさんの凶悪な武器と打ち合うなんて考えたくもない。
実際には見切れるとは思うんだけど、怖いものは怖いのです。
そうやって酒をチビチビと飲みながらのらりくらりと質問をかわしていると、外から誰かが店に向かって駆けて来ている物音が耳に入ってきた。
店内は今はシグモンドさんを入れて三人しかいない。話し声以外は他に雑音もないし、雪が積もっているのでそれを踏みしめる音が夜の村では否応にも目立つ。
(うーん、一人かな?慌てた様子で走っているみたいだし、特に足音を消そうとか考えている様子はないな。
ということは店にカルティストが襲ってきたというわけではないと思うけど)
こんなことがわかるのも《聞き耳》技能がブーストされているおかげなんだろう。
技能自体は駆け出し冒険者相応ではあるが、技能の元となる能力値がアイテム補正で人外の域に達しているからなぁ。
日本にいたころの自分ではとてもじゃないが足音から人数を察するなんて芸当は出来やしない。
足音の主を確認しようと入り口の扉のほうに顔を向けていると、少し遅れて気がついたのかエレミアさんが椅子から降りてシミターを抜き放てるよう準備を始めた。
酒場に入る際には基本的に武器は即座に使用できないように簡易的にとはいえ紐で封印するのが礼儀らしい、とは後で聞いて知った話。
「大変だシグモンド!! 連中大勢でバリケードに突っ込んできやがった!
バルダールや息子さんが時間を稼いでくれているが、ヴォーゲルがやられちまった!」
まさに転がり込む、というのに相応しい勢いで村人が酒場に突っ込んできた。
ああ、そういえば村を守っているクリスタルをカルティストの襲撃から守るクエストがあったっけ。
でも導入部分が全然違うけど。
「フン、何時までたっても俺たちが音を上げないもんだから実力行使に来やがったか」
報告を受けたシグモンドは忌々しそうな表情である。
(あー、これは十中八九巻き込まれる予感)
「そういうわけだ、悪いがウチの若い連中は酔い潰れていて使い物になりそうもねぇ。
話は聞いていただろう、悪いがお前らにも協力してもらうぜ」
この村にいる時点で運命共同体だからな、とシグモンド。
「ふん、あの忌々しいトカゲもどきの手下か。運が悪かったな、私が連中の崇める地底の竜の元に送ってやろう」
エレミアさんはやる気満々である。そういやこの世界、エルフの不死宮廷は何千年もドラゴンとガチで戦争続けているんだっけ?ドラゴンとは元々仲が悪いのか。
(この流れで「んじゃ皆に任せて俺は引っ込んでます」とは言えないよなぁ)
Noと言えない日本人なのだ、俺は。
「さっきも言ったけど戦力的には期待してくれるなよ。バックアップはさせてもらうけど」
まぁ後ろから呪文で敵を撹乱していればエレミアさんがやってくれるだろう。
というわけで、先ほど宿屋に知らせに来てくれた村人Aに案内してもらって結界の基点となるクリスタルが安置されている洞窟に向かって雪道を走る。
(んー、最悪クリスタルを持って逃げてもいいってことだけど。記憶にあるクエストの建物とは随分違う位置だな)
ちなみにシグモンドは宿を離れるわけにはいかないということで、ここにはいない。
襲撃してきた敵の大部分はバリケードで村に入る前に押し留めたということだが、それでも何人かのカルティストが村の中に侵入したらしい。
何故それで連中の狙いがわかったかというと、攻め手を指揮しているお偉いさんっぽいのが「クリスタルを破壊しろ!」と叫んでいたらしい。
(なんてわかりやすい・・・まぁ陽動の可能性もあるからシグモンドさんは酒場に残ったんだろうけど)
実はこの村の防衛組織はシグモンドさんが組織しており、酒場がその司令部を兼ねているらしい。
今回はそちらへの襲撃も警戒し、このように戦力を分散せざるを得ないのであった。
やがて問題の洞窟が見えてきた。
海岸沿いの丘にある洞窟に扉をつけて倉庫のようにしているという話だ。
既に戦闘は始まっているようで、遠くからでも戦いの雄たけびと剣戟の音が聞こえてくる。
既に入り口の扉は破られているようだが、相手の数はそう多くない。
「先行して敵の動きを止める!」
本来なら遠距離からチクチクやっていたいのだが、何せまだ術者としては未熟。
例の呪文も射程は10mといったところか。
だが今視認出来ている3人は全て効果範囲に捕らえることが出来る。
「《ヒプノティズム/恍惚化》!」
力ある言葉を解き放つと、手応えとともに3人の意識が恍惚化したのを感じた。
幸運なことに全員の意識を奪うことに成功したようだ。まぁ抵抗するには物凄い意志力が必要なわけだが。
呪文を放ったところで足を止めた俺の横を、ヴァラナー・ダブルシミターを掲げたエレミアさんが突撃していく。
立ちすくんでいるカルティストの中央に駆け込んだかと思うと、体全体を使ってシミターを一閃した!
3人の男達は敵意を叩きつけられて《恍惚状態》からは抜け出したようだが、気がついたときにはもう遅い。
エレミアさんの正面の男は上段から振り下ろされたシミターの片刃で袈裟懸けに斬り倒され、
反対側のシミターがその勢いのまま跳ね上がり背後側の男の首を刎ねた。
最後に残っていた一人は突然の出来事に固まっていたが、我に返ったのかエレミアさんに向けて腰だめに刃物を構えて突貫したところを正面から斬り伏せられた。
「こりゃ援護は要らなかったかな」
まさに瞬殺である。実際にはまだ息があるかもしれないが、遠からず出血死することは間違いないだろう。
これで殺人の片棒を担いでしまったわけだが、暗さで死体の惨状があまり見えないこともあってあまり実感がない。直接手を下したわけでもないし。
エレミアさんは既に洞窟の中に突入している。中にまだ何人か残っているかもしれないが、おそらくすぐ片付くだろう。
俺は少し離れたところで様子を見ていた村人を手招きして呼び寄せ、彼を伴って洞窟の中に入った。
案の定そこには既に倒されたカルティストの骸とエレミアさんの姿が見えた。
この洞窟は重要物を保管することを考えているためか二重扉になっているらしく、
正面の扉を破られてもさらに奥に分厚い扉がどっしりと構えている。
どうやら連中はこの扉を破ろうとしているところ、後ろからエレミアさんに攻撃されたようだ。抵抗らしい抵抗をした跡も見受けられない。
カルティストの持っていた『陽光棒』が洞窟の床に転がっており、周囲を薄暗く照らしている。
死体に目を向けないようにしながら陽光棒を拾い上げる。これは簡便なマジックアイテムの一種で、使い捨ての懐中電灯のようなものである。
エルフは夜目が効くので薄明かりでも十分遠くが見えるということだが、こちらはそういうわけにはいかない。
能力値は人外でもあくまでベースは人間。そういった特殊な能力は今のところ無いのだ。
扉の中の護衛への説明は村人に任せて、エレミアさんと外で警戒することにする。
狭い洞窟の中では敵を待ち受けるには不便だと判断してのことである。
表に出たほうが、もっと広い範囲を警戒できるため対応に余裕が出来る。
もっともこれは夜目の効く上知覚能力の高いエルフがいるから出来る手段という気もする。
専門家からしてみれば愚策なのかもしれないが、正直死体の転がっている狭い洞窟にいるっていうのが耐えられない。
まぁスペックでごり押しできるのだから快適さを求めても構わないだろう。エレミアさんも反対しないし。
その後ははっきり言って消化試合だった。
何人か散発的に襲ってくる連中がいたが、かなり早い段階でエレミアさんか俺に捕捉されているために奇襲しているつもりがその裏を取られ。
エレミアさんの弓で射られたり、エレミアさんのシミターに斬られたりである。
俺? 俺だって活躍してましたよ。敵を捕捉したり敵を釣り出す囮になったりで。
どうやら連中は様式美なのかカルトの印章が彫りこまれた特徴的なローブを着ているため、村人と誤認することも無く発見次第矢で射れるのである。
そんなこんなで時間を過ごしていると、やがて夜明けが近いのか水平線が白んでくるのが見えた。
「ふう、ようやく長い夜も終わりか。指揮をしているエラ付どもは光に弱いと聞く。
幸い今日は雲も薄い。朝になればもう攻めてくることもないだろう」
「へえ、そうだったのか。流石に徹夜は疲れたからな。
朝で一区切りついてくれるなら助かるな」
ゲームでは昼夜関係なく活動していたような気がするが、そういえばTRPG版ではそんな設定があったような気がする。
よし、今日は寝て過ごそう。
シグモンドに飯を奮発してもらうのは起きてからだな、等と考えていたその時。
そんな気が緩む隙を狙っていたのか、突然海が盛り上がったと思うと、波打ち際から1体の魚人・・・サフアグンが唸り声を上げて飛び掛ってきた!
「く、まさか海を抜けてきたのか?」
現在村から離れた沖合いでは、白竜の寒波の影響か海は凍りついているのである。
その範囲は非常に広く、また氷は分厚い。このため、敵に魚人がいるとはいえ海の方向から襲撃があるとは考えていなかった。
おそらく一度村に侵入してから港へ出て、海に潜りこちらに近づいてきたのだろう。
海の中を進まれては《視認》も《聞き耳》も効果が無い。
だが、ヤツは大きなミスをしている。そのまま奇襲を仕掛ければいいものを、態々唸り声を上げて攻め寄せてきたのである。
獲物を前に舌なめずりとは、三流のすること・・・というのは何が元ネタだっただろうか?
そんな事を考えながらエレミアさんがシミターで斬りかかって行くのを見つめる。
相手はトライデントを両手で構え、突撃してくるエレミアさんに鋭い刺突を放つ!
だがエレミアさんはその軌道を読んでいたのだろう、地面を這うように低い体勢で突き込みを強行突破し、シミターの間合いに入り込んだ。
魚人は既に槍を放った体勢で引き戻すにも時間がかかる。鋭利な牙は恐ろしい武器になり得るが、この間合いであればシミターのほうが速い。
だが、その刹那の後に倒れていたのはエレミアさんだった。
この魚人はまさに「奥の手」を持っていたのだ。
勝利を確信してシミターを斬り上げたエレミアさんの攻撃は、魚人のその背に隠されていた"3本目の腕"が構えた盾によって逸らされた。
さらにその隙を逃さず、同様に隠れていた"4本目の腕"が、攻撃を受け流されて晒されているエレミアさんの脇腹に邪悪な色を帯びたショートソードを突き刺したのだ!
4本腕を掲げ、誇らしげに勝鬨を上げるサフアグンを見て脳裏に閃くものを感じた。
【サフアグン:中型サイズの人怪(水棲) ヒットダイス:2D8+2(11hp) イニシアチブ:+1 移動速度:30フィート、水泳60フィート】
TRPGの中で接していたデータとしてのサフアグンの情報が頭蓋を駆け巡る。
【・・・の種族ボーナスを有する。サフアグンの突然変異体 サフアグンは200体に1体は4本の腕を持っている。こうしたクリーチャーは・・・】
魚野郎は地に臥したエレミアさんに見て満足したのか、次はお前だとばかりにこちらに近寄ってくる。
【サフアグンのほとんどのリーダーはレンジャーである。サフアグンのレンジャーのほとんどは、得意な敵として"人型生物(エルフ)"を選ぶ・・・】
倒れている近づいてくるサフアグンの影に、エレミアさんの姿が見える。"得意な敵:エルフ"。なんてこった。
刺された位置からして即死はない、と思う。まだ意識があるのか、身動ぎしているように見える。
彼女を刺したショートソードは、どす黒いオーラを放っている。奴は海中から来た。毒の可能性は低い。
すると悪属性以外のキャラクターに追加ダメージを与える類の魔法効果か?
ゲーム中でならレンジャーは3Lvで瀕死状態でも失血死しない能力があったが、この世界でも同様の能力はあるのだろうか。
そもそも彼女が3Lvを超えているかどうかもはっきりしない。
昼間確認した通り、治癒呪文は対象に接触することが必要だ。
この敵の横を通り抜けてエレミアさんに接触、治癒呪文で回復させて彼女に任せる?
残念ながらそんな行動をコイツが見逃してくれるとは思えない。
少なくとも通り過ぎる際に1度、呪文の詠唱の隙に2度と攻撃を受けるだろう。
そういった攻撃を放たせる隙を見せずに移動や詠唱を行う技能はまだない。もっと高レベルにならなくては確実性に欠ける。
詠唱を攻撃で妨害されながら呪文を完成させる精神集中についても同様の事が言える。
結論として彼女の命を救うには、目の前のコイツを叩きのめす必要がある。しかも早急に、だ。
だがこちらはまだ白兵戦の技術は未熟。確実に仕留めるには小細工で相手に隙を作る必要がある。
相手との距離は10mほど。腰に下げたロングソードを抜き放ち、剣に付与された魔法の燐光が線を引くほどの勢いで敵に向けて走り出した。
サフアグンのレンジャーはもはや隠す必要もない異形の4本腕を見せ付けるように武具を構え、迎え撃つ姿勢を見せた。
相手の獲物はトライデントであり、リーチの違いで先を越される。
ゲーム中では槍系などの長柄武器は実装されなかったため、どうあっても相手の攻撃が先になるだろう。
だったら『ハッタリ』で相手の意表を衝き、一瞬でもいいから動きを止めれば良い。
相手のトライデントの間合いの外側からロングソードを投げつける!
高い敏捷に補正されたおかげか、本来であれば投擲に向かない両刃剣は見事な軌道で魚人の顔面を強襲する。
こちらを突くつもりでいた槍では防御することも出来ず、相手は多腕を活用して盾で剣を防ぐことになる。
その一瞬、相手の視界は自らが掲げた盾によって塞がれている。狙っていたのはこの一瞬だ。
ブレスレットの中に収められたアーティファクトの中から、一本の武器を指定する。
"ソード・オブ・シャドウ" 《夜天》で打ち鍛えられたグレートソード。影の精髄が込められたこの剣は特別なクリティカルヒット能力を有する。
初期に導入されたレイドのユニークでありながら、長く最強の地位を譲らなかったバランスブレイカーな武器。
この魚野郎には勿体無い一品だが、この剣が最も得意とする敵がこいつらのようなクリティカル耐性のない連中であるのは間違いない。
魚人が体勢を立て直して盾を定位置に戻したがもう遅い。
既にこちらは攻撃モーションに入っているっ・・・
両手で大きく上段に構え、力任せに振り抜いた。
技術も何もない、力任せの一撃。だがその一撃は再び掲げられた盾諸共、魚人の狩人を縦一線に両断した。