「トーリ殿!」
竜の吐息に火照る体を雪で冷ましていると、エレミアを先頭に皆がこちらに駆け寄ってきた。
立ち上がる気力も無い。手だけをヒラヒラと動かして無事であることをアピールする。
それで安心したのかエレミアは速度を緩めたようだが、その横を猛烈な勢いで黒い弾丸が通り抜けてきた。
「この馬鹿!」
ラピスがその勢いのまま飛び蹴りを打ち込んで来るが、もはや回避するだけの元気も無い。
胸板に直撃した蹴り足に肺が圧迫され、潰れたカエルのような声を出す羽目になる。
「紛らわしいんだよ!生きてるなら《テレパシック・ボンド》で連絡しろよ!」
どうやらさっき倒れこんだ際にブレスで焼き殺されたと勘違いさせてしまったようだ。
しかし馬乗りになって襟で首を締めるのは聊か激しすぎるのではないだろうか。
「はいはい、心配だったからって無茶しちゃ駄目よラピスちゃん~」
いつの間にかこちらに辿り着いていたメイがラピスの両脇に手を差し込み、ポイっと脇に彼女をどける。
こないだ押さえつけられた時にも思ったけど、意外とメイって力あるんだよな・・・。
「はい。何時までもそんなところで寝てたら体を冷やしちゃいますよ?」
そう言って彼女は手を差し伸べてくる。
もう少しこの雪の冷たさを感じていたかった気もするが、あまり長くこの状態でも余計に心配させるかもしれないな。
メイの手を借りて身を起こす。
その頃ちょうどエレミアの後方からラース達がこちらに近づいてきた。
「トーリ、良くやってくれた。おかげでギリギリのところでマインドサンダーを破壊することが出来たよ。
それも彼女のおかげだが」
そう言ってラースはエレミアに視線を向けた。
「いや、それもトーリ殿のおかげだ。
敵の放つ狂気の波動に掻き乱され、意識を断たれそうになった時にトーリ殿から預かったこの宝石が敵の力に抗う気力を奮い立たせてくれたのだ」
彼女は胸元から鎖を通して下げていた白く輝く宝石を取り出した。
それは以前彼女に渡していた銀炎の欠片。魔を打ち払う加護を与える一粒のダイヤモンドだった。
「マインドサンダーを守護するガーディアンを倒し破壊のために駆け寄った私達に、姿を消して空中に潜んでいた敵のマインドフレイヤーが狂気の波動を浴びせてきたの。
情けないことに私たちはその狂気に打たれて指一本動かせない状態だったわ・・・彼女を除いてね」
セリマスが悔しそうに状況を説明してくれる。一瞬とはいえ教敵であるマインドフレイヤーに打ちのめされた自分が許せないのかもしれない。
「だが、そこの姉ちゃんが狂気に耐え切ったその一瞬に放った矢がクリスタルを破壊したって訳だ!
あれがなけりゃ俺たちは脳を啜られ、トーリはドラゴンの腹の中だったに違いないぜ!」
対してジーツはさっぱり堪えた様子が無い。同じパーティーだというのにこうも対称的なのは面白い。
「辺りに満ちる魔力の残滓からも、貴方が潜り抜けた戦いがどれだけ厳しいものだったかが窺える。
今日この日の戦いはいずれシャーンのカヴァラッシュ・シアターで謳われる伝説となるかもしれません。
貴方はそれほどの偉業をやり遂げたのです」
腕の立つソーサラーであるタルブロンにはこの場で繰り広げられた高位呪文の残滓が感じ取れるのだろう。
周囲の戦場跡を見渡す彼の表情には、読みにくいウォーフォージドでありながらも驚きの様子が見受けられる。
「ああ、どうやらこれでも随分手加減してもらっていたみたいだぜ。
最初から彼女が本気だったらそれこそ瞬きする間にハリネズミになっていただろうさ」
あの魔鏡氷晶モドキはハメ技に近いだろう。同じく時間に干渉して相殺するか、そもそも《タイム・ストップ》の発動を阻止しなければ必殺じゃないだろうか。
「やっぱりあの攻撃はドラゴンのものだったんですね~。
突然空中に居たタコさんが氷に閉じ込められたかと思ったら、穴だらけになって落ちてきたんです!
どれだけ高度な魔法を使ったのか想像もつきません!」
秘術呪文使いとして興味があるのだろう、メイは少々興奮気味にマインドフレイヤーの最後を語ってくれた。
そうか、あの呪文は俺ではなくマインドフレイヤーに向けられたのか。
「フン、アレだけ穴だらけじゃ僕のショートソードを刺し込む隙間もありゃしない。
連中の頭蓋に穴を開けてやる予定が台無しだよ」
意趣返しをしそこなったラピスは少々不機嫌そうだ。ショートソードを掌の上でクルクル回転させながら文句を言っている。
「ともあれ無事に片付いて何よりだ。
正直言って私は栄誉の死を遂げる覚悟をしていたんだ。
少々役回りが異なってしまったが、今はお互いの無事を喜ぼうじゃないか」
今更ながらラースは無責任な台詞を言ってのけた。
「・・・それじゃあ次があったらドラゴンはアンタに任せるよ。クリスタルは俺がやってやるからさ!」
笑いながら握りこぶしをラースの胸部に当てると、彼は肩をすくめて勘弁してくれとでも言いたげだ。
さあ、コルソスに戻ろう!
ゼンドリック漂流記
1-14.コルソスの雪解け
ラースの帰還と敵の撃破が告げられたことにより、村は一気にお祭り騒ぎとなった。
「「「我らの英雄に乾杯!」」」
そこらじゅうで祝いの声が木霊している。
村人もここに足止めされていた者達も、等しく喜びを分かち合っている。
オージルシークスの《コントロール・ウェザー/天候制御》の効果も途切れたのだろう。
島を長い間に渡って覆っていた雲は晴れ、久しぶりの日の恵みを浴びた木々からも活力が感じられる。
もはやコルソスが雪に覆われることはないだろう。
村の広場では大量の酒と食材が振舞われ、どんちゃん騒ぎである。
そんな中、俺はもはや定位置となっていた波頭亭のカウンターでシグモンドから秘蔵の酒を頂戴していた。
「この村独特の手法で熟成された逸品だ。まず他では味わえない代物だぜ」
そう言って封を切ったビンからは微かに磯の香りが漂ってくる。
「へえ。良かったらどんな手法なのか教えてくれないか?」
正直この世界の酒の作り方なんてさっぱり知らない。後学のために話を聞いておくのも良いだろう。
秘伝とかであれば無理かもしれないが、と思ったがシグモンドは気にせず答えてくれた。
「何、単純だ。海の中に放り込んで熟成させるのさ。
・・・昔この島の周りにはあんな悪辣な連中じゃないサフアグン達が居た。
そういった連中から当時の村人が教わったらしい」
随分と昔にそいつらはこの島を離れ遠くの海へ行ったらしいが、とシグモンドは続ける。
おそらく魚人同士の縄張り争いがあったのだろう。
そして敗れた彼らは別の安住の地を求め旅立った。
サフアグンだって全部が全部悪に染まっているというわけではない。
ソヴリン・ホスト信者からは悪神とされているディヴァウラーだが、あの神にも様々な解釈があり海の恵みをもたらす豊穣神として崇めている魚人たちもいる。
少し離れた海域にいる人間に友好的な魚人たちは、厳しい航路の水先案内人を務めており特定の航路では欠かせない存在だとも言う。
「・・・儘ならないもんだね」
殆どの人達は広場で騒いでいるのだろう。普段は賑わっている酒場も今は俺とシグモンドだけである。
彼も地下に酒を取りに来たところでここで呆けている俺を見かけて酒を振舞ってくれたのである。カウンターにボトルを置くと、他の雑多な酒瓶を抱えて外へと出て行った。
グラスを傾けながらダラダラと時間を潰す。
この島に来てから色々と慌しかったし、こんな余裕のある時間を過ごすのは本当に久しぶりな気がする。
突然ゲームの中の世界に放り込まれたときはどうなることかと思ったが、チートのおかげでなんとか生き延びることが出来た。
オージルシークスの言ったことが正しいとすれば、帰還の目処もついたことになる。
まぁ少なくとも17レベルまで成長しなければいけないというハードルの高さには困りものだが・・・。
「トーリ殿、ここに居られたか」
そんな取り止めのない思考を走らせていたところ、エレミアが酒場に訪れ、俺の姿を見かけるとカウンターの隣の席に腰掛けた。
先ほどまで彼女らはラースらと村人の中心で揉みくちゃにされていたはずだ。
俺は騒ぎになるのを予想して、村に入ったところでこっそり別行動を取り隠れてここに戻ってきたので、被害にはあっていない。
「非道いではないか。我々をおいて姿をくらますとは・・・。
おかげで散々な目にあった」
まぁ村を救った美人さんである。村の若い衆から熱烈なアプローチを受けたことは間違いないだろう。
聞けばラピスやメイはまだ連中から逃げ回っているとか。ご苦労様なことである。
「で、どうしたんだ?
俺を探してたみたいだけど」
入ってきた際の口振りからして何か用がありそうだったけど。
そう尋ねると彼女は胸元から宝石を取り出して差し出してきた。
「預かっていたこれを返さなければと。
ありがとう、トーリ殿。
この宝石の加護がなければ、私は先祖の霊に会うこともできず永遠にカイバーの顎に囚われていたかも知れない」
そう言って彼女は宝石をこちらに渡してきた。
掌に乗せられた白い石には仄かに暖かさが感じられる。これはこのアイテムに秘められた銀炎の加護の熱だろうか。
しばらくその内側で揺れる炎の輝きを眺めた後、カウンターの上を滑らせるようにしてエレミアに宝石を返した。
「いや、エレミアがこれをもっていたおかげで俺の命も助かったんだ。
だから、出来ればこれは君に持っていて欲しいな。俺が持っているよりも縁起が良さそうだ」
後一瞬でもエレミアの矢がマインドサンダーを貫くのが遅ければ、あのドラゴンの魔法が俺を串刺しにしていただろう。
ホワイトドラゴンが真竜種のなかで最弱だとかいう設定だったはずだが、アレはまったくの別格だと思いたい。
「だがこのような高価な品を頂くわけには・・・・」
むう、ゲームじゃオークションにも出さずに処分するレベルの品なんだが・・・やはりまだ金銭感覚が調整できてないみたいだなぁ。
「いや、他にもジャコビーの件や組み手の相手なんかでお世話になったからな。
そのくらいはさせて貰わないとこっちの気が済まないというか・・・・
そうだな、俺の気持ちだと思って受け取ってくれると嬉しい。
あとついでにそのトーリ殿ってのも止めてくれ。トーリでいいよ」
最初の組み手の時は相当無理させたしね。
あの時の経験がなければカニスの工房でラピスに討たれていたかもしれないし、ドラゴンの乱舞の前に五体満足ではいられなかったかもしれない。
「トーリ殿、いやトーリ・・・・」
どうやらエレミアも納得してくれたようだ。カウンターから宝石を拾い上げ、両手で包むようにして受け取ってくれた。
「では確かに受け取った」
喜んでくれたようで何よりだ。
「ああ、大事にしてくれよ?」
グラスの酒をあおると、エレミアがボトルを持って酌をしてくれた。
しばらく二人で無言のまま時間を過ごす。結構な時間をそうして過ごした気がしたが、その沈黙はエレミアの問いかけによって破られた。
「トーリはこれからどうするのだ?」
これからか。ちょっと目標が遠すぎて実感が湧いていないが当面の行動は一つだろう。
「そうだな、ソウジャーン号に乗せてもらう約束がある。
とりあえずはストームリーチに行って、冒険者として暮らすつもりだ」
相当な長丁場になりそうだし、生活の基盤を築かなきゃいけない。
いつまでも宿屋で生活するのも不便だし、毎日風呂に入る暮らしが恋しい。
風呂だけであればジョラスコ氏族の居留地に行けばサービスとして共同浴場があるのかもしれないが、気兼ねなく使うにはやはり自宅に風呂が欲しい。
家ってどれくらいするんだろうか。そもそも行きずりの冒険者に家を売ってくれるのだろうか?
こればっかりはゲームやTRPGでは縁がなかったところなので、実際に行って確かめてみるしかないだろう。
「そうか。私もストームリーチには訪れるつもりだが、次の船になるだろうな。
聞いたところではこの島からある程度距離を取ったとこに何隻かの船が留まっていると聞く。
上手く行けばそう遅れずに私も到着できるだろう」
確か初対面の時に、彼女がゼンドリックに向かう理由については聞いていた。
彼女の属するエルフという種族は、かつてゼンドリック大陸に巨人の帝国が栄えていた頃彼らに奴隷として仕えていた。
だが異世界からの侵略者との戦いで巨人文明は衰退し、エルフたちは主から自身の運命を取り戻した。
ある種族はゼンドリックに残り巨人達に対する戦いを続け、ある種族は新天地を求めて大陸を脱出した。
この地に残ったものがドラウ、俗に言うダークエルフであり大陸を離れたものがエルフである。
無論巨人達も奴隷がそのような行動を取るのを黙ってみていたわけではない。
当時巨人とエルフの間では数々の戦いが繰り広げられたという。
ゼンドリックを脱出するエルフたちの船団にメノールというエルフが送った詩は4万年近い時を経た現在も語り継がれており、
年に一度シャーンのカヴァラッシュ・シアターで行われる公演でその歌い手を務めることがエルフの芸術家にとって最も誉れあることだと言われている。
エレミアの祖先はその船団を送り出すために最後まで追いすがる巨人の軍勢に対して抗い、最後にはその将軍を討って追っ手を追い散らしたという。
彼自身はゼンドリックに留まり更なる戦いに身を投じたとされているが、その子孫らは今はコーヴェアにてヴァラナーの戦士を代々輩出しているらしい。
彼女はその祖先が大陸に残したレリックを求めてゼンドリックに向かうのだという。
「そうか。俺ってストームリーチに全くツテがなくてね。
信頼できる友人が一緒にいてくれるのは嬉しいな」
このコルソスの村は田舎ということもあってか住民は皆穏やかで今となっては治安も良いだろう。
対してストームリーチはまったくの無法の地。後ろ盾のない俺を守ってくれるものは何も無いと思っていいだろう。
「ああ、トーリさえ良ければ是非また私をチームに加えて欲しい。
私もそれほど縁故があるわけではないが、貴方の背中を守ることはできる」
それは心強い。
「それじゃあ、新たな土地でのお互いの幸運を祈るとするか」
乾杯をしようとカウンターの向こうに入り込み、エレミアの分のグラスを用意しようとしたところで騒がしい音と共に来客が現れた。
「ちょっと待ったぁ!」
酒場のウエスタンドアを勢い良く開き、ラピスが入ってきた。後ろにはメイの姿もある。どうやら若い連中を撒いて来たようだ。
「縁故がないのは僕も同じさ。是非お仲間に入れてもらいたいね!」
・・・ひょっとして外で会話を聞いていたのか? 相変わらず侮れない隠行である。
「私も~
トーリさんには今日見せてもらった召喚術のことでお尋ねしたいこともありますし。
この島であんまり良いところを見せられなかった分、ストームリーチでは期待してください!」
そういえば咄嗟の判断で使ってしまっていたが、《ディメンジョン・ホップ》の呪文も低位ではあるが追加サプリの呪文である。
専門の召喚術士であるメイにとしては気になるところなんだろう・・・ドラゴンのショックで忘れていてくれることを少し期待していたのだが。
「ま、二人なら歓迎だよ」
カウンターの下からグラスを三つ取り出し、ボトルから酒を注ぐ。
「それじゃあ、ストームリーチでのお互いの幸運を祈って」
4人それぞれがグラスを掲げ、軽く触れ合わせる。このあたりの流儀はこの世界でも共通のようだ。
「「「「乾杯!」」」」
そして一気に飲み干した・・・メイを含めた4人全員が。
「うひゅぅ~~~」
その直後、理解不能の声を上げてカウンターに突っ伏すメイ。
雰囲気に酔ってすっかりメイの酒の弱さを忘れていた・・・これなら彼女の分はジュースか何かにしておくべきだったか?
「えへへ~、これからもよろしくですよ~」
とりあえずまた彼女を部屋まで運ぶか・・・ラピスに視線を向けて対応を相談しようとしたところ、再びウエスタンドアが開き来客が現れた。
「よおトーリ!
こんなところで綺麗どころを侍らせやがって。
ラースといいお前といい上手くやりやがってこの・・・俺も混ぜろ!」
片手にリッターサイズのジョッキ、もう片手には大量の食材が乗せられた皿を何枚も器用に持ちながらジーツがやってきた。
後ろには申し訳なさそうな顔をしているセリマスと、相変わらず表情の読めないタルブロンもいる。
「お邪魔するわね。
私からも貴方達の幸運を祈らせてもらうわ。
ゼンドリックにはここで遭遇したものよりも、もっと強大で邪悪な存在がいるとも聞きます。
貴方達の輝きがその暗闇に押し潰されぬよう、シルヴァー・フレイムの加護が共にありますように」
聖印に触れながらセリマスは祈りを捧げてくれた。
彼女らの分もグラスを出して酒を注ぐ。
おっとタルブロンは酒が飲めない、というか飲食不要なんだよな・・・栄養というか燃料はどうやって補充しているんだろう、ウォーフォージドって。
「我々はまだしばらくこの近隣で残党の敵勢力の掃討に当たります。
作戦終了後、ストームリーチに向かう予定ではありますのでいずれまたお会いできるでしょう」
どうやらセリマスが《センディング/送信》の呪文で呼んだ救援が、さきほどエレミアが言っていた周辺の海域に留まっている船の中に乗っているらしい。
彼らと合流してこの周辺のカルティストの狩り出すんだろう。流石はシルヴァー・フレイム。教敵に対するその覚悟は怖ろしいほどだ。
「ああ、お互い無事でまた会おう」
改めて7人で乾杯を行った・・・念のためメイの分はジュースにして。まぁもう手遅れなんだけど。
そしてその二日後。
船着場で出港の準備を整えているソウジャーン号に向かっているとラースが見送りにきていた。
「トーリ。もうお別れとは寂しいばかりだな。
コルソスはいつでも君を歓迎する用意がある。
ストームリーチの喧騒に嫌気がさしたならいつでも休みに来るといい」
差し出された手を握り、硬く握手を交わす。
「ああ。次来るときは雪のないコルソスだな。
楽しみにしてる」
おそらくあと数日もすれば、すっかり元の赤道直下の気候に戻るだろう。
聞けばカニスクリスタルの恩恵は寒波を防ぐのではなく、村の周囲の気温を一定範囲内に調節する効果があるのだという。
それであれば避暑には良いのかもしれない。
「ああ。私も今度は"シーデヴィル"を封印ではなく倒す方法について研究しようと思っている。
何、いかに伝説の存在といえどあのドラゴンほどの相手ではないはずさ。
そのときはまた是非力を貸してくれ」
確かにそうかもしれない・・・だがそれは死亡フラグだぜ、ラースよ。
「まぁほどほどにな。その研究が上手くいけば俺たちは次こそ引きこもっていられるって訳だ。
アンタの研究が成果を結ぶことを期待してるぜ」
ニヤリと笑って手を離す。ラースは少々バツが悪そうな顔をしているが、このくらいは言わせてもらってもいいだろう。
彼に背を向けて海に向かうと、船に繋がるタラップでリナールが出迎えてくれた。
「別れは済んだかね?
なに、我々の船であればストームリーチまでゆっくり進んだとしても三日といったところだ。
その気になればすぐに戻ってくることが出来るさ。
我々の準備は済んでいる。トーリの都合さえ良ければいつでも出航できるぞ」
それなら早くした方が良さそうだな。
ソウジャーン号は豪華客船だけあってこの村の港の大部分を占拠してしまっている。
このままでは他の船が船着場を利用できないなんて間抜けな自体が待っているかもしれない。
「ああ、大抵の挨拶は昨日のうちに済ませておいたしな。
それじゃ暫くの間お世話になるよ、リナール」
準備といっても重要な装備は全てブレスレットの中だし、他の荷物といえばシグモンドが餞別にと持たせてくれた酒くらいのものだ。
「そうか。それでは出航だ!
歓迎するよトーリ。
実はこの船は正式に運行する前の試験航行中だったのでね、君が最初のお客様というわけだ!
我々芸術を愛するチュラーニ家と、癒しの力を振るうジョラスコ家が最高の船旅を演出するために作り出したのがこの船だ。
予定では三日間の航海だが、ストームリーチに到着した時にはこの船から降りたくないと思わせてみせようじゃないか!」
船に乗り込み、遠ざかるコルソスを眺めようと後部デッキに出るといま船は港から出て岬を回り込んでいるところだった。
海に突き出した岬は高い断崖になっており、その上部には森が繁っている。
(そういえば初めてエレミアにあったのもあの森の辺りだっけ)
視線を森に移すと、一瞬何かが反射する光が目を差した。
目を凝らしてみれば、岬の縁にはエレミアが立ちこちらを見ている。どうやらあそこから見送ってくれるらしい。
先ほど反射したのは彼女が胸元に下げている宝石だろうか?
もう米粒ほどにしか見えない彼女に向けて手を振ると、彼女も手を振り返してくれた。
・・・チート感覚の俺ならともかくエレミアもこの距離で見えているとは。やはりエルフの知覚能力は侮れない。
そうして俺はコルソスが見えなくなるまで、手を振り続けた。