墓所を出て氷結した水面を歩きながら村へ向かっていたところ、前方からこちらに近づいてくる一団の気配を感じた。
「ウィルム、何かがこっちに近づいてくる・・・2人、いや3人だな。
念のため彼女を連れて下がっていてくれ」
カルティストの偵察隊あたりが墓地に向かっているのであれば衝突は避けられない。
なにせ、峡谷の中を流れる川の上である。逃げ場なんてものはない。
そこらの割れ目から水底に逃れることは出来るかもしれないが・・・
ゲームの中とは違う。そんなことをしたら俺はともかく後ろの二人は氷点下の水温にやられて数分しか持たないだろう。
後ろの二人が巻き込まれないように、遠距離で仕留めるのが上策か?
そう判断し、銀の長弓を取り出す。後ろの二人にはマントの影にでも隠していたと説明すればいいだろう。
さらに矢筒を取り出して背負い、一本の矢を番えた状態で崖の斜面に沿って立つことで出来るだけこちらの姿を隠す。
最初の一人を射たところで残りに逃げられては意味が無い。近くから増援が来ないとも限らない。
少なくとも3射することができる位置まで相手を引き付ける必要がある。
気配を殺し、相手の接近を待つ・・・
ゼンドリック漂流記
1-10.サクリファイス
結論から言うと、杞憂に終わった。こちらに近づいてきていたのはエレミアのパーティーだったのだ。
村長から娘の救出を依頼された彼女らは島の東側にあるカニスの古い水路を目指していたのだが、
その途中であの轟音を聞きつけてその調査をしようとこちらに向かっていたらしい。
その件については問題ないことを伝え、分かれてそれぞれの目的地に向かおうと思ったのだが・・・。
「トーリ。貴方は彼女らについて連れ去られた村人達の救助に向かってはいただけませんか」
突然護衛対象の婦人がそんなことを言い出したのである。
「あの墓所から連れ出していただけただけで十分です。ここからであれば私とウィルムだけで村まで辿り着けるでしょう。
ですがこれから向かう先には救出対象以外にも囚われの者達がいるでしょうし、数が多ければ帰還の際に人手が必要なはずです。
出来れば私と同じように心細い思いをしているであろう者達を助け出す手助けをしたいのですが、我らの氏族の誓約がそれを許しません。
ですが、貴方ならば彼女らの助けになってくれるでしょう」
そういえばジョラスコ氏族は報酬無しにその力を決して振るってはならないという誓約があったんだっけ。
そのルールを破ったものは"皮剥れ"と言う処罰を受け、たとえどれだけ高位の者でも一族を追放されるとか。
一族を守るためとはいえ、やっぱり"ドラゴンマーク"の一族に連なるとなると自由な振る舞いは認められないって事なんだろうな。
以前作っていたキャラには"マーク持ち"のキャラはいなかったし、今後も取得する予定は無いがそれで正解なようだ。
権力は強いのかもしれないが、その代わりに背負わされる義務としがらみが大きすぎる。
一応救出の依頼を受けた以上は村まで無事送り届ける義務がある、などと言ってみたものの流石商船のスポンサーなんかやっているだけあって交渉は相手のほうが何枚も上手だった。
あれよあれよと丸め込まれ、気がつけば彼女はウィルムを連れて村へ向かって出発してしまっていたのである。
「・・・というわけで、申し訳ないが俺も君達に同行させて欲しい」
「トーリ殿が一緒に来ていただけるのであれば心強い。よろしくお願いする!」
「フン、まぁ盾くらいにはなるんだろうねぇ。邪魔だけはしないでおくれよ」
「噂はかねがねお伺いしてます~。よろしくお願いします~」
上からエレミア、ローグのラピス、ウィザードのメイである。ラピスは人間でメイはハーフエルフ・・・だと思う。
ラピスは赤に近い焦げ茶色の髪をショートボブにした女性で、山猫を思わせる敏捷性を活かすためか黒の皮鎧を着てショートソードを腰に差している。
メイは長い金髪を結い上げてローブに幅広帽、と由緒正しき魔法使いスタイルに見える。惜しむらくは箒と使い魔がいないことかな。
この構成であればヒーラー役で中衛として行動するのがいいだろう。
女性ばかりのパーティーに男一人というのは気疲れしそうな気もするが今日一日限りのスポット参戦だ。
上手く回っているパーティーに俺という異物が混入することでパーティーが崩壊してしまっては話にならない。
上手に立ち回って彼女らの連携の邪魔をしないようにするとしよう。
どうやらこのパーティー、特にエレミアとラピスの二人はいうなれば「タカ派」のようだ。
先ほどのウィルムと行動していた時とは異なり、彼女らはカルティストの偵察部隊などを捕捉すると積極的に狩っている。
攻撃パターンとしてはまずエレミアが敵の中央に突っ込み機先を制し、彼女に気を取られた連中の隙をついてラピスが敵の急所に攻撃を叩き込んでいく、というスタイルのようだ。
偵察部隊の人数は多くても5人程度の構成であるため、大抵はこの二人だけで片がつく。
メイは敵の数が多いときのクラウドコントロール役を担当しているのだと思われる。
この程度の雑魚の相手では出番が無くはっきりとしないが、少なくとも無駄に呪文を消費していないその点は評価できる。
今少し先では今日合流してから既に4組目である偵察部隊が血祭りに挙げられている。
俺? 俺は敵が万一こっちに突っ込んできたときにメイをガードする役目があるので待機ですよ。
さっきの遭遇で破れかぶれになったカルティストが瀕死の体でこちらに突撃してきたことがあり、ソイツに止めを刺しただけです。
自分が墓所で殺したときと違い、彼女らに殺された連中の死体はもうヒドイ有様である。
エレミアに首を刎ねられるか袈裟切りにされるもの、あるいはラピスに後ろから延髄を一突きされるもの。
2時間と経過していないというのに既に二十人近くを仕留めている。
この二人を村の外に放っておけばそれだけで島からカルティストが駆除されるんじゃないかと思える勢いだ。
「何間抜けな顔をしているのさ。失礼なことを考えているんじゃないだろうね」
バル○ンいやいやホウ酸ダ○ゴか、などとこの二人の殺虫(?)効果を考えていたら外に気配が漏れていたのか、獲物を仕留めて戻ってきたラピスに咎められた。
このお嬢さん、はっきりいって異常な鋭さだ。どっちかいうとシフターみたいな雰囲気を受けるが、その直感はカラシュターもかくやという程だ。
「お疲れさま。いやー、二人の手際が見事なもので出番が無いからね。何か収穫はあった?」
「相変わらずシケた連中だよ。せめて高品質の武器でも持っているなら少しは稼ぎになるだろうに。
趣味の悪いローブに棒っきれとダガーじゃ運ぶのも面倒ってものさ。
これで偵察してるってつもりなんだから笑わせるよ」
確かにある程度腕の立つ冒険者であれば、容易く切り抜けられるレベルだろう。
「敵の主力はサフアグンだろうからな。
この辺りにはもう敵の斥候はいないようだ。そろそろ先を急ごう。
でなければ多くの護衛対象をつれたまま、夜道にサフアグンの攻撃を受ける事に成りかねないぞ」
周囲の警戒を行っていたエレミアもこちらに戻ってきて、早く進むことを提案してきた。
「この先に安全そうなポイントがあったが、ゆっくりしている時間はなさそうだ。
沿岸に邪教の祭壇と思わしきものもあったが、今は関わらずに先に進むべきだろうな」
この彼女の最もな言い分を受け、一旦東の沿岸部近くまで突き抜けてから回り込んで水路に向かうこととなった。
道中何やら怪しげな儀式を行っていたカルティストらをまたも殲滅しつつ、沿岸部まで到着するとそこから南には深い積雪に覆われた山がそびえていた。
「あれが『ミザリー・ピーク』か」
以前は住人に避暑目的などで親しまれていたそうだが、今は白竜の棲家であり畏怖の対象となっている。かつての名でその峰を呼ぶものは誰もいない。
拉致された村人はまず古い水路に隔離された後、一人ずつ山に連れて行かれて洗脳されると聞く。
そうやって山から出てきた人々はもはや昔の彼らではない。かつての隣人の血を欲するディヴァウラーの奴隷と化してしまっている。
最終的にはあそこに向かう必要があるんだが、今はまだその時ではない。
俺たちは雪山に背を向け、あの山に送られる前の村人達が捕らえられている古の水路に向かった。
島から海に突き出した岬の、中ほどにある丘の頂上からその高架式水路は伸びていた。いまはその途中で崩れ落ちており、本来の用途は失われている。
入り口周辺には見張りとして、何人かの射手が高台で警戒に当たっている。
「おそらく水路の中には交代要員もいるんだろうが、今外に出ているのは4人のようだな」
人数についてはエレミアもラピスも異論が無いようだ。
「中に逃げ込まれると面倒だね。
僕とエレミアが何時も通りに突っ込むから、メイとオマケは連中が逃げ込まないように入り口を確保しておいてよ」
とはラピスの弁。僕っ娘なのはいいとして、オマケ扱いはちょっと・・・。確かにあまり仕事してませんけどね。
「数は多いしここに配置されているということは少しは腕が立つのかもしれないが、幸い廃水路に連中は固まっている。
接近戦の距離まで近づけば弓は使えないだろうし、あの狭さでは大勢が同時に掛かってくることは出来ないだろう。
ラピスの案で良いのではないだろうか」
「それなら私はトーリさんと水路の廃墟の入り口に向かってくる方達の無力化と、内部からの増援の警戒ですね~
数が多ければ援護しますから、トーリさんお願いしますね」
最初はオマケ呼ばわりに難色を示してくれていたエレミアだが、ラピスの口の悪さは前かららしく矯正についてはもう諦めた模様。
メイは最初からその件についてはスルーである。天然なのか計算なのか・・・ウィザードである以上は相当知性が高いはずではあるのだが。
「じゃあ僕たち二人が気配を殺して先に行く。二人は斬りあいになった辺りで動いてくれればいい。
最初二人だと思わせておけば逃げ込もうとは考えないかもしれないからね」
ラピスはコーヴェア大陸でも少し冒険者として活動していたようで、こういうときにはテキパキ指揮をしてくれる。
メイは驚くべきことに学生らしい。シャーンのモルグレイヴ大学の卒業論文としてゼンドリックでのフィールドワークを選択した彼女は、
物資補給のために寄港したこの村で足止めを食っているというわけだ。
エレミアについてはそういえば知らないが、世間知らずっぽいところが見受けられるので案外箱入りなのかもしれないな。
そんな考えをしていると上から剣戟の音が聞こえ始めた。
メイに目配せをし、自身は足音を殺しながらもスピードは殺さずに水路の入り口に向かって駆け寄る。
後ろでメイが少し遅れて進んでくるのを気配で感じながら、視線は戦闘を行っている二人の方向へ。
おそらくは奇襲で1人を倒したんだろう、今は残る3人のうち2人と正面から斬り合いを行っている。
相手の残された1人は弓から剣に持ち替えようとしていたようだが、こちらの姿を見ると矢を放ってきた。
下手に回避してメイに当たっては意味が無い。抜いていた片手剣で切り払う。
ちなみに今使用しているのは初日に広場で試し斬りで木を切り倒した、特にチートではない片手剣である。
そうこうしている内にラピスのフェイントに気を取られた敵の1人がエレミアに斬り飛ばされ、
武器の持ち替えが遅れた男の援護が間に合わなかったために、エレミアとラピスの双方から攻撃を受けたことで前にいたもう1人が倒れた。
後はお察しのとおりである。
一応切り倒される際に悲鳴をあげたり、剣の打ち合うそれなりに大きい音がしていたにも関わらず敵の増援が現れる気配は無い。
様子を見に来る気配もないことから、入り口近くには敵はいないのかもしれない。
ゲームでこのクエストをやった時は入り口近くの印象がさっぱり無い。途中の宝箱とかのことは覚えてるんだけれど。
「ま、矢が補給できたことはラッキーだったかな。村の連中も喜ぶんじゃない?」
しっかり敵の装備を剥いできたラピスは、ようやくマトモな戦利品にありつけたことで少しは機嫌が上向いているようだ。
「連中の補充用の矢が中にもあるだろう。ここ最近大規模な襲撃が続いて村では矢の備蓄が少なくなっているだろうから持って帰ったほうがいいだろうな」
うむ、D&Dのハック&スラッシュ精神だなぁ。昔は敵から奪った財宝がそのまま経験点になったんだっけか・・・。
冒険者なんてやってれば基本収入は依頼報酬とクエスト先での戦利品なんだし、当然の思考なのかもしれないけど。
エレミアも防衛戦に参加していたということでバリケードの状況には気を配っているみたいだ。
「それじゃあ中に入りましょう。まずは安全を確保して、それから囚われの方達の解放です~
ラピスちゃん、先頭をお願いね」
今度はメイが主導権を取って話を進めていた。
水路跡地の廃墟は道幅は広いものの、大量の蜘蛛の巣に覆われていて視界はとてもじゃないが良好とはいえない状態だ。
「くそっ、鬱陶しいな!
そうだトーリ、アンタのその剣は火属性の付与がついてるんだろ?
ソイツでこの邪魔なのを切り払ってくれよ」
ようやく名前が呼ばれたと思ったら雑用フラグですね。
「そうですねー、帰り際に死角が多いと村の皆さんに危険が生じるかもしれませんし。
お願いしますねトーリさん」
アイテムで使用できる《ディレイド・ブラスト・ファイアボール/遅発火球》や《メテオ・スウォーム/流星雨》で焼き払ったら気持ち良いだろうなー、と思いながら作業に従事する俺。
まぁ実際にそんなことしたらこの老朽化した建造物自体が崩れちゃうかもしれないんだけどな!
幸い火がつくと蜘蛛の糸は勢い良く燃え上がってくれるため、軽く切れ目を入れてやれば一定範囲内の巣が焼け落ちるためそれほど苦にならずに済んだ。
時折巣を燃やされて焼け出された蜘蛛がいたようだが、こちらに襲い掛かってこなかったため無害と判断して見逃している。
そうやって慎重に進んでいくと二度の曲がり角を経て、跳ね橋のかかった水路のある地点に到着した。今は跳ね橋は上げられているようだ。
「・・・臭いな」
水路から10mほど離れた所でラピスがそう言って立ち止まった。
確かに言われてみれば鼻につく匂いがする。水が澱んでいるのか?
「随分古い水路らしいからな。そういうこともあるんじゃないか?」
そう声を掛けたが、返ってきたのは何だか見下したような視線だった。
「そうじゃないよ、この間抜け・・・
そうだな、あの跳ね橋を下ろすレバーがたぶんそこにあるレバーだろう。
錆び付いていると厄介だから、ここは一つ男らしいところを見せてもらおうじゃないか」
そう言ってラピスは手にしたショートソードで前方にある巻き上げ機(?)のような装置を指し示す。
(わかっちゃいたけど扱い悪いなぁ)
ちょっとブルーになりながらも水路脇にあるその装置に近づいて、跳ね橋を下ろそうとしたところで水中に光る何かを見つけて視線を動かすと・・・
そこには大量のギラついた目がこちらを覗きこんでいた!
「ちょ、うわ!」
こちらが気づいたのとほぼ同時に、水面から小さな棘が編みこまれた凶悪な戦闘用ネットが飛び出してきた!
これで引っ掛けた相手を水中に引きずり込もうって考えか。慌てて転がるようにネットを回避するが、続けて水中から大勢の魚人が飛沫を上げながら飛び出してきた。
水中から地上へ上がってきたサフアグンたちは手にしたトライデントで此方を突いてくる!
だが、2Lvに上昇した際に獲得した『直感回避』が奇襲に対しても落ち着いて対処する能力を与えてくれる。
とりあえず3体のサフアグンからの攻撃を回避したが、まだ水中には大勢の敵が潜んでいる。
さきほど投擲されたネットは既に水中に戻っているが、水場の近くで戦っていればまたあれが飛んでくるだろう。
そう考えれば戦闘はあのネットの範囲外で行ったほうがいい。水中で魚人相手に格闘戦なんて死亡フラグ以外の何者でもない。
とりあえず視界に収まっているこの3体をやり過ごして後退しよう。
「《ヒプノティズム/恍惚化》!」
トライデントの突き刺しを回避しながら呪文を詠唱し、敵の意識を幻惑する。
呪文が効果を発揮したのを確認し、後ろに下がるとそこには武器を構えて戦闘状態のレミリアとラピスがいた。
「やれやれ、餌がこれだから大して期待はしていなかったんだけど・・・大量じゃないか」
そう言った視線の先では、次々とこちらを追って魚人が姿を現してきている。
「おいおい、分かってたのなら教えてくれても良かったんじゃないのか?
危うくネットで水中に引きずり込まれるところだったぞ!」
臭いとか言っていたのはこの事だったらしい。流石に一応抗議しておかねば。
「何、エレミアが絶賛するアンタの戦いぶりを見てみようと思ったんだけどね。
噂どおりの見事な逃げ足じゃないか。
匂いが濃いから何匹かいるとは思ってたけど、まさかここまで大量だとは思ってなかったんでね。
運が悪かったと思って諦めな」
「あんなに囲まれた状態で呪文を使えるなんて凄いです~
私だったら傷を負わされて集中が解けちゃってますよ!」
「トーリ殿であればあの程度の連中に後れを取ることなど有り得ないでしょう。
しかしすべてお任せしては我らの経験になりませんし、手出しをお許しいただきたい」
反応は三者三様です、ハイ。
こんな漫才をしている間にも敵はどんどんと姿を現している。
少なくとも10体以上が上陸しており、第二波の魚人が《恍惚化》していた連中を置き去りにしてこっちに向かってきている。
「連中、日中はどこに隠れているのかと思ったらこういう所で日光を避けてたんだな」
知りたくなかった情報である。まぁその分ここに到着するまでの戦闘が楽だったのでトレードオフは効いている、のか?
「それじゃ刺身の大量生産といこうか!連中のはらわたを引きずり出して臭みを抜いてやるのを忘れるなよ!!」
『チャッタリング・リング/お喋りな指輪』もビックリなラピスの口の悪さに辟易しながら前線に加わる。
この通路は結構な広さがあるため2人では前線を維持できずに横を抜かれる恐れがあるため、それならいっそ3人で壁を形成しようというわけだ。
とりあえず正面に迫っていた1体のトライデントを、体を捻ることでやり過ごすと間合いに踏み入ってロングソードで攻撃してきた魚人の首を落とす。
だがその直後、後ろに詰めていた魚人からの突きを避けるために後退させられる。
連中の後ろにはどんどんと水中から増援が現れている。
水路のこちらはすでにすし詰め状態で、溢れた連中が水路の反対側に姿を現し始めている。
その中の何体かがトライデントより小振りの槍を振りかぶっているのが目に映った。
「危ない!」
咄嗟に後ろに下がって、メイに向かって投擲されたジャベリンを叩き落した。
後ろに下がったせいで前線に穴が生じ、2対3になってしまうが仕方ない。
流石にここは敵の数が多い。呪文による援護をしてもらうべきだろう。
前線の二人にはしばらく防御的戦闘で耐えてもらわなければ。幸い二人とも高い敏捷を活かして敵を翻弄しており、目立った被弾はないようだ。
「お待たせしました・・・《ウェブ/クモの巣》!」
短い単音節の詠唱と身振り、そして1片のクモの巣を物質要素として強靭で粘着質な糸が召喚された。
敵の中央部から爆発的に広がり、その糸はエレミアらが切り結んでいる敵を包み込んだところで測ったかの様にその拡大を停止した。
絡めとられた敵は身動ぎをして抜け出そうとしているようだが、動けば動くほど周囲の糸を巻き込んでその束縛は強められていく。
この呪文の効果は半径20フィート、つまり半径6メートルほどである。
もう蜘蛛の糸に遮られて反対側を見通すことはできないが、少なくとも水路のこちら側にいた連中は全員巻き込んだだろう。
あとは絡みつかれた連中を処理しながら蜘蛛の巣を取り除いて進んでいけば良い。非常に効果的な呪文行使だったといえる。
「流石は専門家だね。こういう局面では本当に頼りになる」
そう褒めるとメイはエヘヘー、と照れた様子で顔を赤らめていた。
「私はこの系統に特化した召喚術士ですから。他の系統は苦手なのもあったりするんですが、召喚術には自信があるんですよ。
それよりもさっきはどうもありがとうございました。
あの投槍を受けていたら呪文を失敗しちゃってたかもしれません」
うーむ、褒めたつもりが逆にお礼を言われてしまったんだぜ。いい娘だなぁ。
「まぁ勝手に着いてきたんだ、それくらいの役には立ってもらわないと本当に餌にしかならないからね。
使えなさそうならそこの水路に叩き込むつもりだったけど、もう満員だったみたいだし運が良かったね」
それに比べてこの凶暴娘は、目の前のサフアグンにトドメを差しながらもこちらに毒舌を向けることを忘れないとは。
そうやって殺されたサフアグンに絡み付いている蜘蛛の糸を剣で焼き払いながら奥へと進んでいく。
最終的には22体ものサフアグンが蜘蛛の巣に捕らえられていた。どれだけ密集していたのかが知れる数値である。
水路の反対側にいた連中は建物の奥へ逃げていったようで、水中には敵の気配はない。
跳ね橋を下ろして進むと、いくつか格子で塞がれた部屋に何人かの村人が閉じ込められているのを発見した。
「ソヴリン・ホストの神々よ、感謝します!
助けに来てくださったんですか?」
まだ気力の残っていた村人が格子際まで寄ってきてこちらに声を掛けてくる。
「ああ、だがまだしばらくはそこで我慢していてくれ。
この奥にいる連中を片付けないと安全に逃げることが出来ないことはわかるだろう?
すぐに魚人達を倒して戻ってくるから」
そう言って村人1人1人を落ち着けながら先に進む。
さすがに何人もの村人を連れてこの先に進むことはできないから、仕方の無い措置である。
通路を進んだ先には10メートルくらいの梯子が掛けられた下りの壁面があり、その降りたところから先に通路が広がっていた。
梯子を使わなくても同じ高さに一定間隔で支柱が横方向に張り巡らされているため、その上を飛び渡っていけば進めるかもしれないが・・・
メイが顔を青くしながら首を横に振っている。
まぁこの先にはちょっとした宝箱と、それを守護する『アーケイン・ブラックボーン』という少々強めの敵がいたはずだ。
余計な厄介ごとは回避するに越したことは無いだろう・・・と思っている横をラピスが擦り抜けていった。
「フフン、あの先にあるのはどうやらお宝みたいじゃないか。
メイはここで待ってなよ。心配しなくてもキッチリ戦利品は分けてあげるからさ!」
そう言うと彼女は支柱の上を華麗に跳躍しながら先に進んでいった。この距離で50メートル以上先にある宝箱を見逃さないとは、恐るべき視力と宝に対する執着心である。
残された3人はお互いに目を合わせると諦めたように役割分担を行った。
「これも罠の一種かもしれない。私がラピスについていく。トーリ殿はメイの事をお願いする」
そういってエレミアは先行したラピスを追っていったが・・・二人の武器は刺突と斬撃で殴打武器は持っていない模様。
敵の黒骨には殴打以外の武器は効果が薄いし、何より強力な呪文の使い手でもある。
これは追いかけないと不味いんじゃないか?
でもメイをここに残しておいて、後方から敵襲があったら彼女の身が危ない。
「仕方ない・・・ちょっとの間我慢しててね」
《ジャンプ/跳躍》の呪文を自分に掛けると、そう言ってメイを抱え上げた。
「え?ちょ、ちょっとトーリさん!恥ずかしいですよぉ」
そう言いながら足をジタバタとさせているメイ。
「エレミアにもメイさんの事を任されましたし。危ないですからしっかり捕まっていてくださいよ」
自分の都合の良いように解釈した理屈を通しつつ、強化された跳躍力で支柱の上を移動する。
「そういう意味じゃないと思いますけど!
うわ、飛んでる!飛んでます!」
流石にこの状態で暴れるようなことはなく、かえってしがみ付いて目を閉じ、大人しくしてくれている。
彼女は呪文詠唱のため身動きを阻害する鎧の類を装備することは出来ず、ローブしか装備していないため布越しに柔らかい感触が伝わってくる。役得役得。
支柱伝いに奥に進んだところで、6メートル四方くらいの開けたスペースに到着した。
そのスペースの奥に、一つのチェスト・・・宝箱が設置されている。
まだ目を閉じてしがみついているメイに「もう大丈夫ですよ」と声を掛けておろすと、流石に騒ぎに気づいていたのか先行していた二人からジト目で見られていた。
「わざわざついてこなくても良かったのに。
どうやらここで行き止まりみたいだからまた戻んなきゃいけないんだよ?」
「いや、エレミアも言っていたけど罠があると危険だしね。
術者がいないと対応できないこともあるかもしれないし」
我ながら適当な理由ではあるが、ラピスはそれ以上追及することなく箱の方を向くと用心深く周囲を調べ始めた。
「・・・罠はなし、箱にも鍵はかかっていないようだね。
開けるから、念のため離れておいてよ」
そう言って後ろに下がるようにジェスチャーしてきた。どうやらあの動作は万国共通らしい。
(あれ? 確かこのゾーンに踏み込んだ時点で敵が出たはずだけど・・・勘違いか?)
出現フラグを勘違いしてたかな、と思いながら距離を置くとそれを確認してラピスが箱を開いた。
「なんだこれ、骨か?」
そう、箱の中には黒い色に染まった骨がぎっしりと詰め込まれていたのだ。
ラピスがその骨に触れようとしたところで、突然箱の中から不浄なオーラが溢れたかと思うと骨が空中に浮き上がって人型を形成し始める・・・
「敵だ!
下がれ!」
ラピスに声を掛けるが、突然の出来事に固まっているのか膝立ちの姿勢のまま固まっている。
そうしている間にも組みあがった人型の骨は、どこからか取り出した杖を振りかざし呪文を発動させはじめた。
杖の先端にスパークする雷光が集まっていくのがスローモーションで視界に写る。
(呪文の妨害は間に合わない・・・仕方が無い!)
前方に走りこむとようやく反応したのか立ち上がりつつあるラピスを横方向に蹴り飛ばす!
直後彼女の立っていた地点を《ライトニング・ボルト/電撃》の呪文が貫いていった。
一直線に伸びた雷光はそのまま進むと、進行方向にあった樽を爆砕・炎上させながら壁に衝突してその一部を突き崩した。
一般人なら即死、低レベルの冒険者でも直撃すれば命が危ないレベルの攻撃呪文だ。
直線上にエレミアやメイが居なかったのは不幸中の幸いといっていい。
「エレミア、メイを連れて支柱の影に隠れて!
顔を出すと今の呪文で狙い打たれるぞ!
ラピスは大丈夫か?」
敵が放ってくる《アシッド・オーブ/酸の弾丸》を回避しながら矢継ぎ早に指示を出す。
蹴り飛ばしたラピスの方を見やると、そこには怒りのオーラを撒き散らす鬼がいた。
瞳孔は縦に裂け、ショートソードを取り落とした手には鋭い爪が伸びている。
(やっぱりシフターか!)
エベロンに住んでいたライカンスロープ達は、200年ほど昔にシルヴァー・フレイム教会の大弾圧によって姿を消した。
シフターとは、そのライカンスロープと人間に生まれた子孫の末裔であり、先祖の持っていた獣性を解放する能力を有しているという。
ゲームでは実装されていなかったが、エベロン特有の種族として記憶に残っている。
(爪ということはワーベアか?いや、あの耳からするにワータイガーの末裔か)
リアル獣耳であるが、そんなことを考えている場合ではない。
「ふざけた真似をしてくれるじゃないか・・・
オマケ、手を出すなよ。
邪魔をしたらお前もブチ殺すぞ!」
そう言うとラピスは唸り声を上げ、黒い弾丸と化して敵に向かって突進した!
「おい、お前の武器じゃそいつには効きが」
「知ったことか!
防御が硬かろうが、その上から叩き潰す!」
シフティング(シフターが獣性を解放している状態をこう呼ぶ)している間はさらに凶暴性が増すのか。
両手の爪で、固い相手の骨を力づくで切り裂いていく。
「久々のお宝だと思ったら、この骨野郎が!
そのスカした面も、腐ったような匂いも気にいらないんだよ!」
時折反撃として放たれる呪文は先ほど同様の致死性の破壊力を秘めているが、研ぎ澄まされた直感とローグとして鍛えられた身のこなしでその全てを回避している。
まず杖を持つ右腕の骨を断ち、次に左腕、そして両の足と嬲る様に四肢を切り刻んでいった。
そうなると後はもはや発動に身振りが必要な呪文を行使することは出来ない。
頚椎を鋭利な爪で挟み込まれ、ギリギリと音を立てながら締め付けられた後に砕かれたことでそのしゃれこうべの暗い双眸に宿っていた緑色の光は消えた。
(よっぽど島に閉じ込められたことでストレスが溜まっていたんだろうか)
怖ろしい話である。もはや八つ当たりではなかろうか。
ともあれ敵は倒した。危機は去っただろう・・・と考えた俺が浅はかだったようだ。
「さて次は・・・おい、そこのオマケ。
よくもさっきはこの僕を足蹴にしてくれたね」
どうやら先ほどの事が御気に召さなかったようだ。
あわや仲間割れかと思ったが、間にエレミアが入って仲裁してくれた。
「ラピス、そこまでにしておけ。今はそんなことをしている時ではないだろう」
この言葉で気を殺がれたのかあるいは持続時間が切れたのか、耳と爪が元に戻ったラピスは不機嫌ぶりを隠しもしないでこちらに背を向けて箱の中身を調べ始めた。
「フン、今のところは勘弁しておいてやるよ。
お前はとっととメイを連れてさっきの場所に戻っておきな。
トロトロしてたら今度こそ刺し込むぞ」
(刺し込むって何をだよ!)
色々と思うところがないわけではないが、この場は思考を放棄することにした。
「それじゃ戻ろうか。また少しの間我慢してね」
そういって再びメイを抱き上げると、来た道を戻り始めた。
(今はこの感触に埋没して全てを忘れていたい・・・)
「ごめんなさいね、ラピスちゃんはあの通りのちょっと気難しいコだから・・・気を悪くしないで欲しいの」
二回目ともなれば慣れたもので、メイも移動しながら会話する余裕が出来たようだ。
まぁラピスの反応については後で文句を言われることは予想した上での行動ではあったし、気を悪くはしていない。
予想以上の反応が返ってきたことにちょっと驚いただけだし。
それを伝えると彼女も安心したのか微笑みながらぎゅっと抱きついてきた。
「トーリさんは優しいね~」
いや、ヘタレなだけなんです・・・と思いながらも少々ささくれ立っていた気持ちが落ち着いていくのが判る。
そうこうしているうちに対岸へと到着し、名残惜しいがメイを降ろした。
暫くするとエレミアとラピスも戻ってくる。あちらのほうもエレミアが取り成してくれたのか、ギスギスした空気は消えている。
「骨はロクな物をもってないのが定番なんだけど、呪文使いだけあって宝石の類をいくらか貯めこんでやがった。
村に戻ったら分配するからそれまでくたばるんじゃないよ」
ひょっとしたら予想外のお宝があったせいで気分が良くなっただけなのかも知れない。
そんな遣り取りの後、俺たちは梯子を使って下の階層へ降りた。
といっても梯子をマトモに使ったのはメイだけで、俺を含めた3人は所々で梯子を足場にしただけで殆ど飛び降りたようなものだけど。
レベルが上昇して『軽業技能』の判定値も上がっているためこんな芸当もできるのである。
元の体でも同じ高さから飛び降りることは出来るだろうけど、下手すると足首を痛めたりするだろうし。
降りた先はL字型の折れ曲がった通路であり、両側には円形の扉がいくつかある。
予めその中に敵が潜んでいるだろう事はラピスの鋭敏嗅覚で判明していたためある程度まで進んだところで両側から挟み撃ちにしようと突撃してきた敵たちを、逆に待ち伏せすることであっさりと処理して先に進んだ。
その後も地面から槍が突き上げてきたり、足首辺りを狙って巨大な刃物が斬りつけてくるトラップなどを無力化しつつ進んでいくとやがて目の前に大きな扉が現れた。
「フン、この奥にはまた大勢のエラ付どもがいるみたいだね。
どうやら連中はここで僕達を待ち伏せするつもりらしいよ?」
扉を前にしてラピスがそう告げる。扉の向こうへ進んで行ったであろう、まだ渇いていない多くの魚人の足跡が残されている。
流石にこの状態であれば、相手の意図はカラシュターでなくとも感じ取れるだろう。
扉を開けた所で待ち構えられた場合、おおまかに言って1対3の戦力比で戦うことになる。
何よりも都合が悪いのは、そうやって出来た相手の壁越しに敵から呪文で攻撃されることである。
「この状況では突破するしかあるまい。
誰かが扉を開いたところで前衛役が突撃。
扉係はそのまま扉の位置で敵を通さぬように敵をブロック。
メイには機会を見て相手の無力化をお願いする」
「それなら突っ込むのは僕とエレミアでいいんじゃない?
まず敵の術士をツブしさえすればあとは殲滅戦だろう。
オマケ、あんたは扉の位置で踏ん張るんだよ。
後ろに魚どもを通したらタダじゃおかないよ!」
まぁこの状況では他に作戦らしいものも立てられない。もっとレベルが高ければ色々できるようになると思うんだが。
足音を消して扉に近づくが、相手もこちらを察しているのか扉の向こうからは一切音が聞こえない。
ハンドサインで3人に合図を送り、3,2,1とカウントダウンを行い、0で勢い良く扉を開け放った!
「・・・・・!」
おかしい、かなりの勢いで扉を開けたにも関わらず音がしない。
扉の向こうに広がっていたホールのような空間に突撃していった二人と入れ替わりで、複数のジャベリンが投げ込まれてくる。
メイを狙ったその投槍を切り払うも、剣と槍がぶつかった硬質な手応えは感じるものの一切音が発生しない。
(《サイレンス/静寂》の呪文か!)
呪文の対象となった物体から半径6メートルほどに無音の空間を作り出す呪文である。
おそらく第一陣として投擲された投槍のいずれかにこの呪文をあらかじめ掛けておいたんだろう。
大抵の呪文発動には音声要素として発声が必要とされている。
足元に転がっている投槍をすべて除去すればいいのだが、それはさせじと魚人たちが殺到してくる。
また、効果範囲外にまで下がるとメイからは扉の向こうにいる敵達を視認できず、エレミアらの援護が出来ない。
(中のエレミア達の状況は?)
おそらくサフアグンの司祭であろう敵を目掛けて突撃していった二人だが、どうやら護衛のサフアグン・レンジャーの足止めを喰らっているようだ。
間合いの長いトライデントが足をひっかけるように突き出されるのを上手くやり過ごしながら周囲の雑魚を斬りつけているものの、
本命となる術士を無力化するまでには相当な時間がかかりそうである。
そしてこちらにも雑魚とはいえ大勢のサフアグンが詰め掛けてきている。
扉の周囲を取り囲むようにして順繰りにトライデントで攻撃してくるため、今のところは後ろにいるメイにジャベリンを投擲する射線は塞がれている。
だがここから押し込まれてしまえば、扉のこちら側にサフアグンが大挙して押し寄せてくるだろう。
そうなっては呪文を行使できないメイの生存は絶望的だ。
(やはりこの《サイレンス/静寂》をどうにかするのが先決、か)
だが何本ものジャベリンを。いちいち拾い上げて投げ捨てている時間も余裕も無い。
下手をすれば手間を増やすことになるが、おそらく有効であろうと思われる手段を取る事にした。
(南無三!)
自分の推測が正しいことを祈りつつ、足元に転がっているジャベリンらを片手剣でなぎ払う。
先端にこそ金属の刃が取り付けられているものの、柄部分は木製である。いまのチートされた筋力であればまとめて両断することも不可能ではない。
カツン、と音がして両断された木片が一瞬浮き上がり、コロコロと音を立てて床面を転がっていった。
直後辺りに戦闘の音が溢れ始める。
「メイ、今だ!」
「はい!《ヒプノティズム/恍惚化》!」
『力ある言葉』と共に解き放たれた不可視の波動が護衛のサフアグン・レンジャーの意識を恍惚化させる。
その機を逃さず、そのレンジャーの横を通り抜けて二体の影がサフアグンの司祭に殺到した。
一際歳をとって見えたその老サフアグンを挟み込んだ影から、並のサフアグンであれば1撃で死に至る威力が込められた斬撃と刺突が同時に放たれた。
そのサフアグンは癒しの呪文を唱えようとしたのか、その口をパクパクと開閉させながら何か音を発していたようではあったが、
エレミアのダブルシミターによる返しの一撃にその首を刎ねられ、その口からはもはや神に祈る声が発せられることは無くなった。
その後は掃討戦であった。
司祭が倒された後すぐに二人からの波状攻撃を受けてレンジャーも倒れ、何体か逃げ出そうとホールの奥へ移動するサフアグンらもいたが、
メイの《ヒプノティズム/恍惚化》で足止めをされ、その間に回りこんだエレミアらによって一掃された。
「トーリさん、ありがとうございました~
でも《サイレンス/静寂》の呪文はかけられている物体を破壊することでも解除できるってよくご存知でしたね~?
大学の学院とかでもそのあたりの事って判っていない方が多いみたいなんですけど」
周囲の敵影の掃討が済んだあたりでメイが話しかけてきた。
あー、実は明確な根拠があって実行したわけじゃないんだけどね。
「えーと、あの呪文って対象は「物体一つ」でしょ?
もしその物体を二つに分割しても効果が残っているなら、呪文の効果が二倍になったり効果範囲が変わったりしちゃうことになるよね?
だから壊せば効果は消えるだろうと思ってやってみたんだけど、上手く行って良かったよ」
少しゲーム的な考えではあったが、今回はそれが功を奏したみたいだ。
「フン、その程度のことは実践で秘術を活用する者にとっちゃあ当たり前の事じゃないか。
まぁ今回はキッチリ仕事をしたみたいだし、オマケ扱いは辞めておいてやるよ」
周囲の捜索を終えてラピスが戻ってきた。この口ぶりからすると、彼女も秘術呪文を学んでいるのか?
日ごろの凶戦士っぷりからすると想像もできないんだが・・・
「どうやらこの先の行き止まりで終了のようだな。
牢には何人か村人がいて、そのうち1人がアリッサ殿であることは確認した。
来る途中に見かけた方達を合わせると全部で11人だな。
ドールセン殿が仰っていた様に、これだけの人数を村まで送り届けるのは一苦労だな」
中央に11人固まってもらい、その前後左右をカバーする隊列か?
いやでもそれだとそれぞれの決定力が低くなるし、やはり前衛2人に先行してもらいながら安全を確保してから誘導していく方がいいか。
牢から解放されて喜び合っている村人達を集め、帰還の際の注意事項について説明する。
1.こちらが指示するまで動かない
2.移動するときは縦列で2列
3.もし敵襲があって散り散りになった場合、かならず街道沿いに逃げること
特に3は重要である。好き勝手な方向に逃げられてしまうとその後のフォローが大変だ。
その他にも細々とした事をエレミアが伝えていたが、この場では割愛させていただく。
この間、ラピスは周囲の樽などから戦利品を回収し、余力のありそうな村人を捕まえては矢などを村まで運ぶようにと押し付けていた。
水路から脱出して外に出ると、幸いにもまだ日は沈んでいなかった。
まぁどちらにせよこの辺りを根城にしていたサフアグン達は一掃したと考えてよいだろう。
となると警戒するのはここから村までの間に日が暮れて、別のテリトリーにいる魚人の襲撃を受けることである。
カルティストの斥候部隊は、先行する二人だけでどうとでも処理できるだろう。
結論から言うと、そういった懸念事項もあったものの実際は拍子抜けするほどアッサリと村まで到着することが出来た。
往路であれだけ斥候部隊を叩き潰したおかげだろうか。
ともあれ任務完了ということで村長に報告に行くのをエレミアたちに任せ、俺は疲れたので寝る、と言い残して波頭亭に戻ったのであった。