梯子を降りると、辺りは真っ暗だ。
ラエルに許可を取ってから『ライト』で辺りを照らす。
周りは何かで補強されているわけでもない、むき出しの土壁。
何も考えずに地面をくりぬいたかのようだ。
そして一定感覚で黒い棒が刺さっている。
おそらくは、研究場所の確保のために新しく作り出した地下洞窟。
……ここ、大丈夫なのか?
「ラエル、補強の跡が見受けられないが、
ここは崩れたりしないのかい?」
「あれ、見たことないッスか?
アレでちゃんと補強はしてるッスよ」
示した先は黒い棒。
「こいつは土の属性がこめられたアイテムで、
地面に刺すとその周辺の土が属性を強められて堅くなるッス。
結構安価な大量生産品ッスよ」
そんなのもあるのか。
魔法のアイテムってのは便利なもんだな…。
「安全だってことは理解したよ。
それで、これからどうする?」
「一応ほとんどの罠は解除してあるんスけど、念のため先行するッス。
シオンさんも不用意に物に触れないよう気をつけて欲しいッス」
「わかった」
暗く、狭い道を『ライト』の光のみを頼りに進む。
照らされている道の端には、ときおり砕けた石像のかけらや、
動物を模した像が転がっていた。
「なんか、動きそうだ」
「最初に入ったときに壊したッスから心配いらないッスよ。
残ってるのはイミテーションッス」
やっぱりガーゴイルだったか。
「魔物とか出たりはしないみたいだね」
「当たり前っス。
そんなの居たら、おちおち研究も出来やしないし、
なにより、生き物が生活してたらそれだけ汚れちまうッスからね。
誰も、臭いところで生活したいとは思わないっスよ」
はぁ、なるほどねぇ。
そりゃあ、まあ確かに。
それからは、お互いに暫らく無言で歩き続けた。
自分達の足音と、衣擦れの音だけが無音の空間に響く。
『ライト』が切れたときに唱えなおした時の声が妙に大きく聞こえた。
数分も進んだ頃だろうか。
天井や道の幅が目に見えて高く、広くなり、
地面や天井、壁の材質が土から石材へと変わった。
先行しているラエルが足を止める。
「ここから先は更に罠が多いっス。
解除していても危険が残ってたり、解除しようが無いのもあるので注意するッス」
ああゆうのッス、と指されたところには、
ぽっかりと床の真ん中に開いた穴。
落とし穴か。
既に作動させてある。
下は定番の棘か?
興味本位で下を覗く。
……何かが、黒々としたものが底で蠢いている。
不思議に思い、ライトの光をそちらに飛ばす。
そこには、緑色をした奇妙なものがうぞうぞと動いていた。
蛇のようにも見えるが、目も口もない。
なんていうか、おぞましい……。
見るんじゃなかった。
「あれは?」
「おそらく吸血植物っスね。
アレだけ沢山あると、10秒あれば巨人だって干物になっちまうんで、絶対に落ちちゃ駄目ッスよ。」
言われなくとも。
慎重に壁の端を歩いて避ける。
こんなのがまだまだ続くのか。
気が滅入ってくるな……。
…
……
罠の道は更に続いた。
トゲの床に始まり、壁から出てくる槍、吊り天井に単純な虎バサミなんてものもあった。
さすが、高位クエストというべきか。
どれも作動済みではあったが、自分一人で此処に来ていたらとっくのとうに命を失っていただろう。
これを、全部ラエル一人が解除したのか?
だとしたら、どれだけの時間がかかったか。
どれだけ神経をすり減らしたか。
それだけで彼を尊敬できる。
それにしても、こんなにもトラップを作るとは……。
罠の作成コストがすさまじいだろうに。
そんなに此処の研究を漏らしたくないのか?
それにやけに広い。
よくもこれだけの空間を地下に作り出したもんだ。
「そろそろあいつを置いて来たところにつくッス。
たぶん、ゴーレムが居るのもこの辺の筈ッスから、これまで以上に慎重に行くッスよ…」
「了解」
道なりに壁や床が所々大きく崩れ、抉れている。
ゴーレムの暴れた跡だろうか。
周りへの被害がが凄まじい。
いくつか通路も潰れて通れなくなっている
これ、普通なら絶対に崩れているぞ。
黒い補強棒も、所々折れているものが見つかる。
防衛用のゴーレムが防衛場所を破壊するな。
これでは欠陥品じゃないか。
更に奥へ。
破壊跡だらけの場所で、被害があまり集中してない場所がある。
その周りには、大量のナイフが転がっている。
光で照らされた先には、ちゃんとした木製の扉が付けられており、
部屋があるのが分かった。
「あそこかい?」
「そうッス。
囮になったときに使ったナイフが結構落ちてるッスね。
いくつかは使えそうッス。
それじゃ、とっとと彼を回収して帰るッス」
ノブを捻る。
鍵がかかっているのか、動かない。
ラエルがコンコンとノックする。
「お~い、迎えに来たッスよ。
あいつはもう撒いて来たっすから、
開けて欲しいッス~!」
「い、いいいい嫌だ!
僕は、安全だって言うから来たんだ!
あんな、あんな目に合うなんて聞いてない。
絶対に僕は此処から出ないぞ!」
「そのままじゃいずれ飢え死にッス。
早く出るッスよ!」
「僕を出したきゃ、あいつを倒して、
この場所を完全に安全にしてからにしろ!!」
……。
なんて七面倒くさい奴だ!
もう仕方ないだろ、強行突破してしまおう。
「もうここの扉、無理やり鍵開けできない?」
「難しいッスね……。
通常の鍵なら早いんすが、ここは駄目ッス」
ノブの辺りを見る。
鍵穴がない?
「見ての通り、通常の鍵じゃなくて魔法で施錠されてるッス。
キーワードを知ってる施錠主か、強制開錠の魔法を使える高位魔法使いでないと……」
無理って訳か。
「いや、方法はあるよ」
ちと乱暴になるが、別にかまわんだろう。
「無理やりこじ開けるから、ちょっとどいて」
少し助走をつけ、全身に力を込める。
そのまま、全体重をかけて扉を殴り、蹴り、体当たりをする。
ミシッ、ミキッ、と枠がゆがむ。
所詮は扉は木製。
殴り続ければいつかは壊れる。
攻撃したこちらにはダメージがこないからできることだが。
隣のラエルが目を丸くしている。
まだまだ!
ビキッ、バキン、と何かが壊れる音がする。
ヒィッと中からの悲鳴。
知ったことか。
そのうちにバギャン、と致命的な音と共に蝶番ごと木片が内側へ飛んでいった。
「よし、開いたよ」
「開いたって言うか……。
手とか大丈夫なんスか?」
「擦り傷一つないよ?」
犬顔のラエルが、驚きながら呆れるという、
なんとも珍しい顔をしているのが可笑しかった。