翌朝、一階に下りて朝食を頂く。
まだ宿屋の親父は寝ていたようだが、奥さんは起きていて、快く作ってくれた。
あ~、まだ開いてないな。
昨日より早く来てしまったようだ。
時計がないから正確な時間がわからない…。
と、そこでちょうど鍵が開く。
先生が出てきた。
「おや、早かったねえ。まだアンナは来てないよ?」
「いえ、日の傾きじゃ正確な時間がわからなくて…」
「あぁ、なるほどねぇ。考えてみれば持ってるはずないね」
なんだ?
先生は不思議そうな顔の俺を一瞥すると中に向かう。
「説明したげるからついといで」
診療所に入ると、先生は受付台の端にある手のひらに収まるくらいの水晶玉を持ってきた。
「こいつは『時刻みの玉』っていう魔法具さ。みんなコイツで時間を見てる。
店を持ってるやつは大体持ってるもんだ。これがなきゃ営業の時間帯も決められないからね。
あんたが泊まってる宿にもなかったかい?」
あぁ、そういえばカウンターにあったような気もする。
インテリアの一つかと思ってたんだが。
「早めに手に入れときな。結構いろんな時に使うもんだからね。
ギルドには依頼を受ける奴等がすぐに準備を整えられるように中にショップがある。
そこに行けば売ってくれるよ。10000ガットもするけどね?」
コレがこの世界の時計か。
目盛りは6つで針は一本、針の色は白くなっている。
朝の刻、昼の刻、夕の刻、夜の刻で針の色が変わり、一周するとまた元の色に戻る。
ここでは朝の刻の始まり、
元の世界での午前4時頃が一日の始まりになっている。
ここも24時間なのか…。
わかりやすくて何より。
う~ん、しかし今は手が届かないほど高い…。
でも、一応購入優先度は高くしておこう。
「さてと。まだちょっと早いからしばらくくつろいでても良いよ?」
「いえ、先生の都合が良いなら早速教えていただきたいのですが…」
「ふふふ。まぁ、意欲があるのは結構なことさ。
教えがいがあるよ。それじゃご希望通り、早速始めるとするかね」
行くのは当然、診療器具がある診察所。
…ではなかった。
向かったのは、彼女の自宅の方の床下にあった地下室である。
と、いうよりもこれは薬の倉庫だな。
昨日渡した草もある。
「あの、治療の仕方を教えてもらえるのでは…」
医学書や診察器具があるようには見えない。
「誰がそんなこと言ったよ。それに、今のアンタにはこっちの方が役に立つ」
そう言って奥の棚の中から何かの器具を一式取り出した。
「ふふん、あたしが今日教えるのは、
今のアンタの唯一の特技と言っていい薬草取りを、効率よく行ってさらにお金を稼ぐ手段…」
あ、あれ乳鉢と乳棒だ。あっちは秤、フラスコとビーカーがある。
ってことはアレは温度計か。
すると、教えてもらえるのは…。
「察しがついたかい?そう、薬草の調合だ。
今、あんたが持ってる草をどうやって、どの配分で混ぜれば薬になるか教えてやる。
薬は旅や冒険には必須だから、ギルドのショップに持ってけばまず間違いなく買い取ってもらえるさね。
…本当は一朝一夕で覚えられることじゃないんだけどね、
技能とやらで補正されれば結構いけるんじゃないかと思ってる。
それに、聞いた話じゃ前提技能とやらは取れてるらしいじゃないか。
あたしはこれで技能が取得できるんじゃないかと、予想してるんだけどね?」
図書館で存在が確認できた『調剤』のことか。
技能習得上限があるから習得は慎重にしたいんだが。
でも…。
頼るものが無い世界でお金がないとどうしようもなくなり、
何もできなくなる可能性もあるし、先生に恩もある…。
昨日の薬草収入だって先生のおかげでもあるし。
仕方ない。
お金をためることの方が、差し迫ってるからな…。
先生は昨日の渡した薬草達を持ってくると、それぞれの草の配分と入れるタイミングを説明し始めた。
…
……
……………
「さあて、じゃあこれから実際に1つ作ってもらおうかね?
一番簡単なコレを…」
先生の声をさえぎるように頭の中で声が響く。
[調剤技能を習得。素材を消費することでポーションを作成します。
また、素材とは別にフラスコが必要になります。
熟練度上昇に伴い、取得できる草の種類が増えます]
「お!ミシェル先生、技能の習得ナレーションが出てきました!」
「ほう、あたしの予想通りだね?早速やってごらん」
「はい!…つきましては容器のフラスコが必要らしいんですが…」
「あ~、いいから早く必要な分だけ持ってお行き」
出していた器具の中から丸底フラスコを大量に貰った。
「こんなにはいらないんですけど…?」
「いいから、早く持ってスキルを使いな!
もったいぶるんじゃないよ!」
「はいはい!ただいま!」
さて、使い方は魔法と同じで良いんだろうか?
「スキル『調剤』」
すると、頭の中にリストが出てくる。
お、正解だったみたい。
『レッドポーション(小) メディカルミント×2
リフレッシュポーション(毒) メディカルミント×1
オレンジヒソップ×1
』
今の熟練度だと2種類か。
「レッドポーション(小)作成」
[作成数を同時に指定してください。スキルはキャンセルされました。]
むむ、指定すれば一気に作れるのか。
え~と、じゃあ…。
「スキル『調剤』。レッドポーション(小)5個作成」
[レッドポーション(小)の作成を開始します。
失敗
成功
成功
失敗
成功
レッドポーション(小)を3個作成しました
調剤熟練度が0.6上昇しました]
「よし、できた」
失敗すると、なくなるのか。
ゴミアイテムができても困るし、別にいいんだけどな。
「何ぶつぶつ言ってんだい?早くやっとくれよ?」
年甲斐も無くわくわくしているようだ。
あ、痛い痛い痛いぃぃ。
足を踏まないで下さい!
ハァハァ…。
口に出していないのに…。
「いえ、先生。もう作り終わったんです」
「何だって?道具も要らないのかい?」
「そうみたいです」
「ようし、今作ったものを見せとくれ。
…ちょっと。あたしが教えたのは粉薬のはずじゃなかったかい?」
取り出したポーションに文句をつけられた。
「いや、作成可能な一覧に教えてもらったのが出てきてないんです」
「つまりあたしの教えは、ほとんど無駄になるってことかい…」
先生は溜息をつきながら呆れ顔になった。