A’s第10話(4)
夢を見ていた。
深い森の中で、ユーノは警戒を続ける。
姿はどこにも見えないが、怪物は確実に存在していて、こちらを窺っていた。
油断をすれば、咽元を掻っ切ろうと襲ってくるだろう。森の奥から、怪物が移動する音だけが聞こえてくる。
極度の緊張と怪我に、ユーノは肩で息をする。
普通に考えれば、こんな夢は悪夢だろう。だが、この夢は決して悪夢なんかじゃなかった。
懐かしい……というには最近の話ではあったが、ユーノ・スクライアにとっては大切な思い出だ。多分、生涯忘れないだろう、それぐらい鮮烈にあの日々は脳裏に焼きついている。
それほどまでに、彼女との出会いは、彼との友情は心地よかった。
よくよく考えてみれば出会ってからたった4ヶ月なのに、ずいぶんと長く付き合っていたような気すらする。
夢の中で、ユーノは怪物に深手を負わせるものの、結局は倒せずに逃がしてしまう。
そして自分も力を失い、消耗を避けるためにフェレットの姿となった。
弱いわけではないが、ユーノはひどく片寄った魔導師だ。少なくとも、戦闘をして良いタイプの魔導師ではない。
単純な戦闘能力なら、2ランク下のヴァンにも負ける。防御力や拘束能力は桁外れに高いものの、攻撃力がほとんど無いのだ。自分を守っているだけならともかく、それで何とかなるほど戦闘は甘くない。
それでも現場に出たがるのは男の子の意地だった。女の子であるなのはや、自分よりも力に劣るヴァンが頑張っているのに、向いてないからと引っ込めるほどユーノも達観してない。
ユーノは怪物と戦いながら、そんな事をぼんやりと考えていた。
ユーノの記憶通りに、事態は進んでゆく。
一人倒れていたユーノを、学校帰りのなのは達が見つけ動物病院に連れて行く。そこで手当てを受け、休む事になった。
そしてこの夜、怪物……ジュエルシードの暴走体に襲われたんだっけ?
ユーノは状況に身を任せながら、ぼんやりと考えを整理する。
たしか、自分は時の庭園で攫われたなのはを助けるため、テロリストの少女と戦っていたはずだ。
そしてテロリストの少女を瓦礫の山を使い拘束したところで、辺りが光の粒に蔽われて……記憶はそこで途切れている。
となると、あの光の粒が幻覚魔法か催眠魔法だったのだろう。自分の実力を過信するわけではないが、それでも一切察知されずにあれだけの魔法を使うのは普通なら無理だ。
恐らく闇の書の能力か何かなのだろう。完成した闇の書は他者を取り込む事が出来たはずだ。
しかし、それなら何で闇の書はこんな夢を見せているんだろう?
ユーノがそんな疑問を考えている間にも状況は進んでいく。
暴走体が病院を襲撃する。必死に逃げる自分、駆けつけるなのは。
二人で必死に逃げるんだけど、結局は逃げ切れなくて……。
「どうすればいいの!?」
「これを!」
そして、僕はレイジングハートをなのはに渡し……。
「我、使命を受けし者なり」
「我、使命を受けし者なり」
「契約の元、その力を解き放て……」
「契約の元、その力を解き放て……」
そして、ここでヴァンがやってきて……。
「えっと、続きは!?」
「え、あれ? えっと……」
「ねえ、続きは!?」
「あ、はい。風は空に……」
「風は空に……」
来ない!? ヴァンが!?
なんでだ!?
ユーノの驚きを他所に、ユーノの知らない物語が動き出した。
『幕間 余分な欠片、歪んだ世界』
夢の世界で数日が過ぎた。
【ねえ、なのは。ヴァンって名前知らない?】
すずかの家に行くバスの中で、ユーノは周囲に気付かれないように念話で話しかけた。
もっとも、ここ数日それとなくヴァンの事を知らないかなのはやレイジングハートに確認を取っている。そして、どちらもヴァンの事を知っている様子は無かった。
【ヴァン? ううん、ごめんなさい、知らないよ……。ユーノくんのお友達?】
【あ、いや、知らないならいいんだ】
だから、この答えはある意味予想通りだ。
申し訳なさそうに答えるなのはに気にしないようにと言いながら、ユーノは内心で別の事を考えていた。
あの夜から今日まで、結局、ヴァンは現れていない。当初はヴァンだけは闇の書に取り込まれてないので夢の中に居ないのかと思ったが、どうやらそれとは違うらしい。
なにせ、この横にいるなのはは本物のなのはではなく、夢が作り出した幻に過ぎない。いや、このバスの運転手も、乗客も、横にいるなのはの兄、恭也も、目に見える全てか精巧な幻なのだ。
恐らくはユーノの記憶を元に作り上げたのだろうが……だが、そう考えると疑問が一つ浮かぶ。
なぜか、ヴァンの姿がこの幻の中に無いのだろうと?
今日に至るまで夢の中のPT事件そのものは実際に経験したものとそう大きな差は無い。
差と言えば、ヴァンという勘違いの要因が無かったため、なのはがアリサと喧嘩をしなかった事くらいだ。一番大きな被害が出る可能性があったサッカー少年の木の事件は、発生する前にユーノがジュエルシードを回収して何事も起こらなかった。
その為にはやてとの出会いも無かったが、ここにいたはやても幻だったので問題は無い。
夢の中なのでほっといても問題は無いのだが、それが出来ないのはユーノの生真面目さゆえだろう。
調べれば調べるほど実に精巧に出来た幻だ。だが、それだけにヴァンがいない理由がまったく思いつかない。
もっとも、当初はその事を必死に考えていたユーノだが、考えるだけ無駄だと現在は考えないようにしている。それよりも何よりも、先に考えなければならないのはこの夢からの脱出方法だ。
通常この手の魔法からの脱出は強力な魔力攻撃でプログラムを破壊するか、あるいは魔法プログラムに介入して脱出ルートを作成するかのどちらかとなる。
前者はユーノの攻撃力では不可能だし、後者はプログラムが複雑すぎて糸口すら掴めてない。
どうやって脱出するか……ああ、次は巨大猫だっけ……。
フェイトとプレラが来るんだよな。あの時はヴァンが一人でプレラを抑えてくれたけど……。
ユーノがそんな事を一人悩んでいる間にも、状況は進んでいく。
月村邸の庭に落ちているはずのジュエルシードを探したが……結局は子猫が発動させてしまう。
【なのはっ!】
不意に感じる悪寒に、ユーノはなのはに話しかける。
【うん、すぐ近くだ】
【どうする?】
【えっと……】
夢の中のなのはは少しだけ不安そうに友人を見渡す。突然の事態に、どうやってこの場を離れたら良いのか思いつかないのだろう。
それならと、ユーノは現実でもやった解決方法を行なう。
【それならっ】
ユーノはそう言うと、自分が乗っていたテーブルから駆け下りて森の奥に向かい駆け出した。
「ユーノくん!?」
「あれ? ユーノどうかしたの?」
「うん、何か見つけたみたいなのかも。ちょ、ちょっと探してくるね」
「一緒に行こうか?」
後ろでなのはが友達と話しているのを確認する暇も無く、ユーノは森に一直線に向かう。
フェイトとプレラがいるとすると、準備をしておかないと……。
【ああっ、もう! 誰か居ないのかい! 誰か、誰か!】
その時、ユーノの脳裏に声が響いてきた。
【アルフ? アルフかい!?】
【ちょ、その声はユーノ?】
思わず返事をしたユーノに、念話を送ってきたアルフが驚き混じりに返事をする。恐らく、返事があるなど期待していなかったのだろう。
彼女は自分の事を知っていると言う事は……。
【うん、そうだよ。君は本物のアルフなのかい!?】
【少なくとも、夢の産物じゃないって自覚は有るよ。そういう言葉が出るって事は、あんたも本物のユーノなんだね!】
この夢の中に、自分以外に現実から取り込まれたものがいる。
その事に驚きながらも、ユーノは一つの希望を見出す。もし、フェイトがいるのなら、彼女の魔法で強引に幻覚を打ち破れる。
【アルフがいるって事は、フェイトも一緒に!?】
【ああ、一緒だよ……。って、そうだった。それどころじゃないんだ。フェイトの様子がおかしいんだよ】
だが、そうは上手く行かない。
アルフの言葉に、ユーノは眉間にしわを寄せる。
【おかしいって? 夢の存在じゃなくて】
【あのフェイトは本物だよ。あたしは使い魔なんだ、本物かどうか見分けがつかないわけないだろう!
そうじゃなくて、この状況を変だって思ってないみたいなんだよ。イオタやプレラが居ないっていうのに、これが夢だって気がついてないみたいで……】
【もしかして、幻覚に取り込まれている?】
【多分……】
その言葉に、ユーノは真っ青になる。
この手の魔法に深く取り込まれてしまうと、現実に戻れなくなる恐れがあった。
【た、大変だ。君とフェイトはどこにいるの!? すぐにそっちに行って解除するから】
【解除できるのかい?】
【幻覚全体は無理だけど、フェイトにかかった暗示なら僕でも解除出来る】
この手の魔法は、世界を形成している魔法と、個人にかけられている暗示は独立しているのが普通だ。暗示だけなら、ユーの1人でも解除可能である。
ユーノの言葉にアルフが安堵の溜息をつきながら、フェイトの行き先を告げた。
【フェイトだけど、ジュエルシードを探すって、飛んで出て行って……って、あれ? たしか……】
【それって、こっちに来ているって事】
【多分】
【アルフはすぐにこっちに来て! 話を聞いてくれればいいけど、そうでないなら取り押さえないと!】
【ああ、わかったよ。すぐに向かうから、フェイトの事をお願い!】
夢に取り込まれている以上、こちらの話を聞かない恐れが高い。
暴れるぐらいならまだマシで、最悪の場合は一戦交える必要があるだろう。
森の奥では、巨大な子猫が暢気に散歩をし、なのはがそれを呆然と見上げていた。
「ねえ、ユーノくん、これって……」
ユーノにとっては二度目なので驚くほどのものではない。
それよりも、近くに来ているだろうフェイトへの警戒が重要だった。猫ごとまとめて吹き飛ばされる可能性だってある。
そして、そのときはすぐにやってきた。
猫の胴体に、雷の矢が次々と突き刺さる。
「フェイト!!」
ユーノは雷の矢が飛んできた方向に振り向くと、咽が張り裂けんばかりの大声で彼女の名前を読んだ。
「えっ? ユーノ?」
突然名前を呼ばれて、フェイトは思わず困惑する。
そして、ユーノの横にも困惑する少女が一人。
「あれ? あの子ユーノくんの知り合い?」
夢の中のなのはが、恐る恐る尋ねる。
そんななのはに、ユーノは真剣な表情でこう答えた。
「えっと、後で説明するからなのははフェイトを取り押さえて! すぐに味方も来るから!」
「え、えっと、取り押さえるってどうやって? それに味方って!?」
「アルフだよ! 何時もみたいにやれば大丈夫……って、ああ、そっか。この時のなのははまだ戦えないんだった!」
しまった。フェイトの登場に、つい現実のなのはと一緒にいるつもりになってしまっていた。
このなのはがジュエルシード事件の頃のなのはなら、まだ戦うことなど出来ない。魔導師として、戦う力を手にしたのはフェイトとの出会いが切欠なのだ。
たとえ夢の存在とはいえ、今の彼女に戦えと言うのは無理だろう。
ユーノは意を決すると、変身魔法を解除する。
数ヶ月前と違い、それほど消耗をしているわけではない。説得が出来るかどうか分からない以上、あの姿でいるメリットは無い。
「え、え、え、え、え、え、ふえええええぇぇぇぇぇぇ!?」
突然のユーノの変身に、なのはが悲鳴を上げる。
「ユーノくんて、ユーノくんて、ユーノくんて、その、その、その……、なに、だって、嘘!? ふえええええええええ!?」
「なのは」
だが、そんな悲鳴もユーノの真剣な声の前にかき消された。
「ユ、ユーノくん?」
「ごめん、なのは。今日まで協力してくれて有難う。でも、もう終わりだから」
「終わりって……えっと……」
「本当は君と、この場にはいないけどもう一人の男の子と一緒なんだけど……あ、いや、ここにいる君には関係ないか。
とにかく、なのはとの思い出の日々をもう一度すごせて楽しかったよ」
この言葉に嘘は無い。
ヴァンがいないという事はあったが、3人でドタバタ走り回ったあの日々を思い出せて楽しかったのは事実だ。
でも……、夢は覚めなきゃならない。
「夢は終わりなんだ、なのは。僕はもう行くから」
「え、ちょっと、ユーノくん。それって……」
「ありがとう。さようなら」
言いたい事を言うと、ユーノは立向かうべき現実に向かい、後ろを向かず飛び上がった。
「貴方は誰?」
「君は僕の事を知っているはずだよ、フェイト」
空中に飛び上がったユーノを、冷たい目のフェイトが出迎える。
なるほど、彼女は本物だ。あの迫力を、幻覚で作れるとは思えない。それに、これだけ殺気を振りまいているという事は……素直に解除はさせてもらえないだろう。
「私は貴方の事なんて知らない」
「いや、知っているはずだよ。僕やなのは、ヴァンやはやて、クロノにリンディさんにイオタさん。2ヶ月前の事件で、君と深く関わった人たちだ」
ユーノが名前を一つ挙げる毎に、フェイトの顔色が青くなり、表情が強張ってゆく。
知らないはずなのに、知っている名前。
「嘘、あれは夢だったはず……」
自分に都合のいい夢だったはず。
やさしい御伽噺だったはず。
「夢なんかじゃない。君が駆け抜けてきた現実だよ。お母さんを、助けるって言ってたじゃないか!」
「違う! あれは私が見た、都合のいい浅ましい夢だ!」
母が悪漢に連れて行かれて、自分が助けるなんて夢に決まっている。
「夢じゃないよ、フェイト。アルフに聞いてみるんだ。彼女もここが夢だって認識している。今、君は幻覚に囚われているんだよ。すぐに解除するから」
「くっ、来るな!」
そう言って、近寄ろうとするユーノに、フェイトはデバイスを向けて威嚇をする。
「フェイト、君だって魔導師ならこの手の幻覚に囚われたままの危険性は分かるはずだろう」
「貴方の言っている事が本当だという保障は無い」
あれが夢じゃないなら……それは素敵だろう。
そしてそう思う反面、その考えに至った自分の浅ましさに嫌悪を抱く。
この時のフェイトが感じていたのは、変わることへの恐怖だった。
母はあの場所から自分を逃がした時、優しい言葉を伝言として残したらしい。だが、それが本心からかどうかなど、誰に分かるというのだろう。
捨てられたという意識が、フェイトの奥底にあるのだ。
この世界の母は優しい言葉など投げかけてくれない。だけど、捨てられるよりはずっとマシだ……。
「フェイト!」
ユーノの叫び声に、フェイトは現実に引き戻される。
そうだ、こんな事を……夢の事など考えている場合じゃなかった。
「ユーノ、そこをどいて。私はジュエルシードを集めなきゃ……」
「それは終わった事件なんだよ、フェイト!」
「終わってない。終わってなんか無いんだよ。邪魔をするなら」
そう言うと、フェイトは雷の刃をユーノに向ける。
「フェイト!」
「これ以上の話は、無駄だ」
一気にユーノと距離を詰めると、雷の刃を振りかぶった。
「やっぱり取り込まれてる!」
ユーノは舌打ちをすると、ラウンドシールドの魔法を展開して刃を受け止める。
シールドと刃が火花を散らす。
「防御だけなんて……」
じりじりと、刃がシールドにめり込む。
シールドが歪み、ひびが入る。
なのはやヴァンは、こんなのと格闘戦をやっていたのか……。
分かっていたつもりではあったが、実際に相対してみると、フェイトの桁外れの技量が良くわかる。素人同然のなのはと、資質で遥かに劣るヴァンは良く戦い抜いたものだ。
そして二人が過去に頑張ったのだから、自分が諦めるなんて選択肢はありえない。
「砕けろ! バリアバースト!」
「なにっ!?」
突然の爆発に、フェイトが驚きの声を上げる。
ユーノは崩壊寸前だったシールドを自分で爆破すると、距離を取りながらチェーンバインドを放つ。
「この程度で!」
だが、フェイトも負けて居ない。蛇のように追いかけ、絡んでくる魔力の鎖をバルディッシュで切り払いながら、次の攻撃魔法を準備する。
「バルディッシュ……反応が鈍い!」
『Be steady』
「フォトンランサーいくよ……ファイア!」
『Photon Lancer』
普段よりも反応が鈍いバルディッシュに若干苛付きながら、フェイトは雷の矢をユーノに向かって放つ。
「早い! このっ!」
再び張られたシールドと雷の矢が衝突した。
1発、2発。1発当たる毎に、魔力が削られ、少しずつ後退を余儀なくされる。
魔力が重い。あの、テロリストの少女の使う爆発する短剣とは桁違いの魔力の重さで、体勢を維持するだけで一苦労だ。
フォトンランサーの衝撃でバランスを崩したのを勝機と見たフェイトは、更にたたみ掛けるべく砲撃魔法を放った。
「撃ち抜け、轟雷! サンダースマッシャー!」
金色の雷が、束となってユーノに襲い掛かる。光の中にユーノの姿が消えていく。
如何に防御力に特化したユーノとて、これを喰らえば無事では済むまい。
「やったか……」
爆煙に包まれるユーノを見て、フェイトがポツリと洩らす。
だが、それは早計だった。
「まだだっ!」
煙の中からユーノが飛び出す。
またバインドが来る? フェイトはバインドを警戒して身構える。
そんなフェイトにユーノは接近すると、拳で殴りかかった。
「えっ!?」
どちらかといえば大人しい優等生のユーノとは思えない腰の入った良いパンチに、フェイトは驚きの声を上げる。
そんな驚いているフェイトに、ユーノは拳に魔力を乗せ更に追撃をかけた。
「フェイト、ごめん! はぁっ!」
ユーノは発掘一族スクライアの人間である。
今でこそこの分野では知らぬ者のいない有名な一族だが、元は盗掘まがいを生業にしていた一族だ。それに、辺境に行けばロストロギア目当てに強盗団が襲ってくるなんて話は、珍しい物ではない。
それゆえに、スクライア一族の子供は皆、みっちりと護身術を叩き込まれていた。ユーノも無論例外ではない。
適正の関係でユーノは攻撃魔法が不得意だが、徒手空拳ならそこそこ戦える自信がある。
魔法戦ではあまり役に立たないので今まで使わなかったが、こんな状況だ。出来る事は全てやらないと状況は変えられない。
想定外だったこともあり、フェイトは防戦一方になる。
冷静に対処すれば捌けない攻撃ではないのだが、この時のフェイトは色々な意味で冷静さを欠いていた。
防御しそこなったパンチが顎の先をかすめ、一瞬だけフェイトがよろめく。
「今だ! チェーンバインド!」
無数の鎖がフェイトの手足を拘束する。
完璧なタイミングだ。これなら逃げられまい。
だが、この時ユーノもまた失念していた。
フェイトが正気ではないと。拘束が完成する寸前に、準備をしていたフェイトの魔法が完成をする。
「まだ、終わらないよ。フォトンランサー・マルチショット……」
フェイトの周囲に、無数の雷の矢が生まれる。
そしてそれは、“フェイト”に向かって突進を開始した。
「えっ!? まさか!?」
自爆覚悟の相打ち攻撃!?
ま、まずい!?
正気ならまず思いつかない戦術に、ユーノは驚きの声を上げる。
そして驚きながらも、咄嗟に自分とフェイトを守るバリアを張れたのは流石と言うべきだろう。
だが……。
「終わりだね、ユーノ」
雷の矢が通り過ぎた後には、ユーノとフェイトが宙に浮いていた。
どちらもボロボロに見えるが、消耗はユーノがより激しい。フェイトを守るために咄嗟に展開した防御魔法に、ごっそりと魔力を持っていかれたのだ。
「フェイト……」
「さよならだ、ユーノ」
そう言うと、フェイトはユーノにとどめを刺すべくバルディッシュを振り上げる。
ユーノはその動きに咄嗟に目を瞑ってしまう。次に来るだろう衝撃を想像する。
だが、何時までたっても衝撃は来なかった。
変わりに聞こえてきたのは金属同士がぶつかり合う高い音。
そして、少女のこんな言葉だった。
「だめだよ、フェイトちゃん。譲れないものがあるなら、目指すものがあるなら、ぶつかり合うのは仕方が無い事なのかもしれない。
でも、今のフェイトちゃんがやっている事はただの八つ当たりだよ……それじゃあ、周りにいる人を傷つけるだけなんだよ」
恐る恐る目を明ける。
そこには、空中に浮かび、間に割り込みバルディッシュを受け止める少女魔導師の姿があった。
「なのは……」
「なのは?」
ユーノとフェイトの声が重なる。少女の名前は高町なのは。
二人にとって大切な友人……の幻。
「なんで……」
戦えないはずの、この時期のなのはが何で飛んできたんだ?
しかも、あのタイミングで飛び込めるんだろう?
ユーノの呟きに答えるものは誰もいない。
「邪魔をするなら、なのはでも!」
フェイトは叫び声を上げ、バルディッシュを振るう。
だが、なのははそれを軽々といなすと、デバイスの先端をフェイトに向ける。
「フェイトちゃん……、ごめんね。少しだけ、痛いかもしれないけど……」
そう言った少女の目はとても悲しそうだった。