A’s第9話(3)
「時の庭園内で魔力反応増大……、パターン解析……。かっ、艦長!!」
「落ち着きなさい、アレックス! 何があったの!?」
リンディの一喝で落ち着きを取り戻したオペレーターが、報告を上げる。
「や、闇の書の覚醒らしき魔力反応を感知しました!」
「なんですって!?」
その報告に、思わずリンディは席から腰を上げた。
一番恐れていた事態が、ついに起こったのだ。
「時の庭園内部の様子は分かる?」
「だめです、先ほどの魔力衝撃でサーチャーが全て破壊された模様!」
「みんなの安否の確認を急いで!」
「了解です!」
次々に来る報告はろくなものが無い。クロノなど庭園上層部に居た数名は回収できたが、それ以外の局員の安否が分からないのだ。
事態は最悪の方向に流れているといっても過言ではない。
リンディは強靭な忍耐力で不吉な考えを抑えると、次々に送られてくる報告を一つ一つ処理していった。
抜き撃ちではあったが、プレラが放った魔法弾はかなりの威力だった。いや、実はかなりなんて物じゃない。並みの魔導師なら数人まとめて薙ぎ払える程の威力だったはずだ。
だが、シールドも張らずに魔法弾の直撃を受けたはずの女は大した怪我をした様子もなく、瓦礫を押しのけて立ち上がってきた。
そこにいたのは銀髪の女だった。
黒い翼を背に背負い、漆黒の衣装に身を包む20前後の女性。顔に浮かぶ赤い文様は、もっとも深き闇の呪いの烙印か……。
闇の書の意思、少しだけ未来に愛する主より『祝福の風』の名を授かる女性を前に、プレラは苦笑を浮かべる。
「アレで無傷とは、自信を失うな……」
一方の女は、無表情に冷たく言い放つ。
「素直に消えてはくれないようですね……」
「物騒な事を言うな」
「貴方達を許す理由があると思うか?」
まぁ、無いだろう。プレラはその言葉を飲み込む。
闇の書の意思から見れば理不尽にも襲われ、主を傷つけられたのだ。しかも、呪われた運命を何とかできるかもしれない……と、考えていた矢先に。
これで原作のように手加減してもらえるなどと思うほどプレラも馬鹿ではない。
「お前が怨むのをとやかく言う気は無い。ただ、こちらの小さいのは巻き込まれただけだ。見逃してやってはくれないか?」
しかし、これだけは言っておくべきだろう。
理由や計画はどうあれ、自分は聖王教会とつるんでいたテロリストに雇われた傭兵だ。彼女が怨むのも無理は無い。
だが、烈火の剣精に関して言えば無理やり協力させられ、道具として使われていただけである。
だが、銀髪の女は冷たい目でこう答えた。
「そちらの融合騎を? 我が主は、我らにかけられた呪いを解こうと、幼い身でありながら必死に恐怖と戦っていた」
闇の書の意思は静かに答える。
一見すればミッドチルダでの生活を楽しそうに過ごしていたはやてであったが、その実恐怖と戦っていた。
それはそうだろう。まだ彼女はたったの9歳だ。見知らぬ土地、見知らぬ人々、待ち受ける死の運命。弱音を吐くような子ではないが、どれだけ怖かっただろうか。
ヴァンやクロノ、リンディといった親切な異界の人々や、なのはたちなど再会を誓った地球での友達、家族となるかもしれない守護騎士達の支えが無ければ、彼女は壊れていたかもしれない。それほどの恐怖と彼女は戦っていた。
だけど、その努力は無に帰した。愚者たちの手によって……。
「騎士達を助けたいというのが主の望み。だが、それが断たれた今、それを断った者達を私は許しはしない。それがせめてもの主への……」
「八神はやてがそれを望むと? ……いや、私に言う資格は無いな」
「そうだ。だが、その融合騎を渡すのなら、せめて安らかな眠りを与えよう」
闇の書の意思の言葉に、烈火の剣精がびくりと身を震わせる。
彼女の言葉は静かではあったが、深い怒りと悲しみが篭っていた。そして同じユニゾンデバイスの烈火の剣精には、彼女の気持ちが痛いほど分かるのだ。
「あ、あたしは……」
「謝罪も言い訳も不要。主を傷つけた貴女を私は許しはしない。……消えろ」
そう言うと、闇の書の意思は魔力で作った真紅の短剣を烈火の剣精に向かい投げつける。
防ごうと思えば防げただろうその攻撃を、烈火の剣精は防御しなかった。いや、防御できなかった。自分が彼女と立場だったら、きっと同じ事を考える。
その刃の前に、烈火の剣精は消し飛ぶはずだった。
「やれやれ、話しかけたのは私だったのだがな」
「お、お前!」
「逃げろと言ったはずだぞ、小さいの」
だが、その短剣は愚者の一人が張った防壁の前に砕け散る。
「愚かな……。その融合騎を庇うか」
愚者の一人……プレラは笑みを崩す事無く闇の書の意思に相対してこう言った。
「庇っても庇わなくても結果が同じなら、気分良く戦える選択肢を選ぶとは思わないか?」
闇の書の意思の言葉に、プレラは半ばおどけながら答える。
そんなプレラに、闇の書の意思は怒りを滲ませながら宣言した。
「ならば、その気分と共に永久の闇を与えよう。闇に、染まれ……」
その言葉と共に、闇の書の意思の手に漆黒の魔力球が生まれる。
「やれやれ、聞かん坊だ。銃刃の騎士プレラ・アルファーノ、いざ参る!」
それを前にしても、プレラの軽口は止まらなかった。いや、軽口を止めれば、彼女に気圧されてしまうと理解して、故意に軽口を止めないのだ。
そもそも、気圧されたら負けだし、勝算が無い訳ではない。中に眠る八神はやてが起きるほどの魔力ダメージを与えれば、プレラの勝ちだ。
「デアボリック・エミッション」
闇の書の意思を中心に漆黒の魔力が広がる。
その光景に、プレラは歯噛みをすると、自分と烈火の剣精を包む防壁を展開した。
「うおっ!」
魔力が重い。自分も似たような魔法を使うが、威力が段違いだ。
自慢するわけでは無いが、自分の魔力量は人間という範疇では最強ランクだろう。だが、闇の書の意思の魔力量はそれをひとまわりもふたまわりも上回っている。
防壁ごと後方に圧されてゆく。
もしスターライトブレイカー対策に防壁を強化していなければ、瞬時に破られていただろう。それほどの威力だ。
幾つもの壁を突き破り、ようやく後退が止まる。
「なんて威力だ……」
もっとも、防ぎはしたものの魔力をごっそりと持っていかれた。
まったく、クロノといい闇の書の意思といい、強さに自信を持っていたかつての自分が馬鹿みたいではないか。
「あ、ありがとう」
横にいた烈火の剣精が、礼の言葉を言う。
「まだいたのか」
「まだって!」
なにやら真っ赤になって怒っているが、今のプレラにはこの小さな少女に構っている余裕など無い。
デバイスのカートリッジを起動させると、短く言い放つ。
「逃げた方がいいぞ。本気でやるからな」
「えっ!?」
返事も待たず、プレラはガンブレードの先端に魔力を収束させる。
「行くぞ! 天剣龍牙」
『Charge』
守ったら負ける。それがプレラの出した結論だった。
魔力光の軌跡を残し、プレラは闇の書の意思に突撃をする。
「その程度で……」
だが、闇の書の意思は表情を変える事無く手に魔力を込めると、無造作に拳を振るう。
漆黒の刃と細い腕がぶつかり合い、火花を散らす。
刹那の攻防を勝利したのは、細い腕だった。
漆黒の刃は無残にも砕け散る。闇の書の意思は無造作に逆の拳も振るう。
拳は正確にプレラの顔を打ち抜く。
そのままありえない回転で転がり、柱にぶつかりようやく止まった。
「あ、あれを防ぐか……」
口の中が切れたのか、血の味がする。
痛みに顔を顰めながら、プレラはのろのろと立ち上がった。
「砕くつもりだったのだが……」
「頑丈さには自信があってね」
おどけてみたものの、今の激突で実力差は大体分かった。最近では小技を思い出しつつあるものの、プレラの戦い方は基本的に大魔力を生かした力押しだ。
だが、その戦法は自分より巨大な魔力を持つ闇の書の意思に通じるだろうか?
いや、魔力だけではなく、戦闘技能も相手が上回っている。
無論自分の力がまったく通じないわけではないだろうが、正直に言えば絶望的だ。
だが、ある意味絶望的ともいえる戦力差を前にして、プレラの口元に浮かんだのは笑みだった。
負ける可能性が高くても、負けると決まったわけじゃない。第一、ここで逃げては格好が悪いじゃないか。
みっともなく負けるのは、ヴァン・ツチダとユーノ・スクライアに負けたあの一回で十分だ。
「ならば、砕けるまで繰り返そう」
「人の頭をスイカみたいに言わないでもらいたいな。砕かれるなんて、お断りだ」
当然といえば当然の言葉を口にすると、プレラは再びデバイスを構える。
どのみち、あれこれ考えている余裕は無い。
逃げろと言われて、あの状況で逃げられるか。
それが烈火の剣精の本音であった。
第一、闇の書の意思は常にこちらの位置をロックしている。本当にこの場から逃げ出そうとした瞬間、瞬時に破壊されるだろう。
物陰に隠れ戦いの様子を伺っていた烈火の剣精であったが、そこで繰り広げていたのは戦いとは言えない酷いものだった。
あの少年騎士は無謀にも闇の書の意思に突撃を繰り返しては、吹き飛ばされている。能力差がありすぎて、それ以外の戦術が取れないのだ。魔力だけは大きいが、実戦経験が少なすぎる。
何度目だろうか。プレラが闇の書の意思の攻撃で吹き飛ばされる。
どすっという重い音を立てて、烈火の剣精の傍に落ちてきた。
烈火の剣精はたまらず、プレラの傍に飛び寄る。
「もう十分だよ! 逃げろよ! 殺されちまうよ!」
そんな烈火の剣精に、プレラは血と痣でボロボロの顔を向けてこう言った。
「なんだ、まだ居たのか。逃げろと言ったぞ」
「何言ってるんだ!」
あまりといえばあまりの言葉に、烈火の剣精は本気で腹を立てる。
涙を浮かべながら、必死に抗議の声を上げた。
「死んだら何にもなら無いだろ! あたしは……」
「死ぬ気は無い。それに、死ぬより逃げる方が辛い。騎士の下らん自己満足だ。お前が泣くような話ではない」
自分は変わったのだろう。こんな状況にもかかわらず、烈火の剣精の涙を見てプレラは素直にそう思った。
以前の自分には、泣いてくれる人間など居なかった。
フェイトからも疎まれていたし、盟主や師匠、同僚は泣かないだろう。無様な奴と笑うだけだ。かつての自分がそうだったように……。
いや、二人だけ泣いてくれそうな友人はいたが、自分の手で殺してしまった。あの愉快な双子には、もう二度と会えない。
あの双子を失った時から、自分は迷走していた気がする。
ぽっかりと空いた穴を埋めるべく、力のみを求め、空虚な言葉を吐いてきた。今ならフェイトが自分を疎んでいた理由がおぼろげではあるが分かる。
母の為に望まぬ戦いに身を投じていた少女が、あんな空虚な言葉で喜ぶだろうか。まったく、馬鹿をやっていたものだ。
結局、ヴァンとユーノとの戦いの敗北と、その後の事が彼の空虚な価値観を撃ち砕いた。言い訳など許さぬ、強さ以上の強さを見せ付けられれば考え方も変わるというものだ。
そう考えれば、あの無様な敗北も悪くなかったのかもしれない。
今はほんの少しだけだけど、胸が重いのだ。
見ず知らずの娘を守るための戦いでも、自らの信念を捻じ曲げ破壊兵器を守ったあの戦いよりも、絶望的だがよっぽど気分が楽だ。血にまみれ何度も砂を噛みしめようとも、闘志が尽きる事は無い。
プレラは痛みに歪みそうな顔に笑みを浮かべると、もう一度だけ烈火の剣精に向かい逃げるように言う。
「逃げるんだ。ここは私が食い止める」
その言葉を、烈火の剣精は首を振り否定する。
「いやだ、あたしは逃げない!」
「お前が気にするような……」
「あたしもあんたと一緒に戦ってやるよ!」
一瞬、その言葉の意味が分からなかった。
だが、ユニゾンデバイスである彼女のその言葉の意味は、たった一つだと気がつく。
「いいのか?」
「しかたないだろう! 他に勝てるのかよ!」
確かに、勝つ手段など思いつかない。
クロノやヴァンなら、力量差を機転で切り抜けるかもしれないが、今の自分にそこまでの戦術眼は無い。プレラはその事を痛いほどよく分かっていた。
ならば……、彼女の好意を受けるべきだろう。やれる事をやらないで負けるのは、それこそ無様だ。
「ふふふ、まさか助けるつもりだった小さな少女に、自分が助けられるとはな」
「小さい言うな。あたしは烈火の剣精だ! でっかいの!」
「それは名前ではなく、称号だろう。名前は?」
「う、うっさい。あたしは烈火の剣精で良いんだよ!」
そう答える少女を見て、ふとこの少女に名前が無かったのかもしれないという可能性にたどりつく。原作ではかなりひどい研究所だった……らしい。態々名前など付けないだろう。
プレラは内心で溜息をつくと、自分ではない誰か彼女につけるだろう名前で彼女の事を呼ぶ事にした。
「そうか。ではお前をアギトと呼ぼう」
「な、なんだよ、それ?」
「名前だ。今決めた」
「勝手に決めるな!」
そうは言うが、まんざらでもない様子だ。
口元が微妙ににやけていて、口の中で何度も『アギト』の名前を繰り返している。
「しょ、しょうがないな! アギトって呼ぶ事を許してやるよ。でっかいの!」
「でっかいのではない。プレラだ」
そういえば自分も彼女に名乗ってなかった。そんな事を思い出す。
「んじゃ、いくぜ! でっかいの!」
「ロードではないんだな」
「あんたがもっと強くなったら、ロードって呼んでやるよ」
軽口を叩きながらも、二人は緊張する。
ユニゾンデバイスの特殊能力、融合はそこまで気軽な技ではない。常に一定の確率で、融合事故が発生して死に至る可能性があるのだ。
「ユニゾン・イン!」
アギトの掛け声と共に、二人の姿が重なる。
次の瞬間、漆黒の炎を纏った騎士がその場に出現していた。
「これが、ユニゾンデバイスの力か……」
【ああ、いくぜ、でっかいの】
【ああ、いくか。小さいの】
後に、プレラはこう語る。
この瞬間こそが、自分が本当の意味で“騎士”になった瞬間だったと……。
【おまけ】
絶望感に包まれるアースラのブリッジにまた一つの報告が飛び込んだ。
「艦長、ヴァン空曹の位置を特定! 無事を確認しました!」
「急いで通信をつないで!」
最悪な状況報告しかない現状で、数少ない良い情報だ。
士気回復の意味も込めて、リンディはヴァンとの通信を回復させるように命じる。
「了解です。映像、サブモニターに回します!」
オペレーターの一人が大急ぎで通信を回復させた。
モニターの一部に、小型次元航行艦の様子がが映る。
『子供で悪いか! 俺はなのはが好きだから、俺はなのはを守る! 相手が聖王教会だろうと何だろうと、俺の邪魔はさせない!』
そこに映し出されたヴァンは、大声でこんな事を叫んでいた。
ここに居るメンツは、短いとはいえヴァンとの付き合いがあり、彼の人となりをしっている。あまりといえば、あまりにも場違いな告白にアースラが一瞬だけしんと静かになった。
そして次の瞬間、少しだけクルーの口元に笑みが浮かぶ。
状況が状況だ、声を出して笑うことなど出来ない。
だが、少なくとも子供たちは元気に頑張っているのだ。大人である自分達が絶望に包まれてどうするというのだ。
「皆、正念場よ。エイミィは本局のマリーに連絡。アースラで無理なら本局の知恵袋に状況を分析させて!」
「了解です」
「レインさん、闇の書の暴走に何か心当たりがあるなら何でもいいから教えて」
「わかりました」
アースラのブリッジが活気付く。
まだ、何かが終わったわけではない。絶望に沈むのは、全てが終わった後でも遅くは無いのだ。