「おお‥‥‥‥」
「どうです?」
「おお‥‥‥!」
「‥‥‥子龍、何してんの?」
相変わらず、怪しげな店が好きな星である。
後ろに馬車が控えているのを見ると‥‥旅の行商人といったところか。
しかし、露店に並ぶ商品は、何か干からびた棒みたいのだったり、いかにも胡散臭そうな札を貼りまくった壷だったりと怪しすぎる。
「おお、一刀か」
何食わぬ顔で振り返る星。
「警邏はどうした?」
「うむ、通りすがりの蝶の仮面を着けた超絶美しい正義の味方に引き受けてもらった。心配無用だ」
‥‥‥つまり、何かあったらすぐに華蝶仮面として現れる、と。
「へえ、旦那も是非見てってくだせえ」
「‥‥‥いや、俺は遠慮しとく」
さっきの昼代、凄いナチュラルに俺持ちになってたし。そうでなくてもこんなインチキ臭い物を買いたくなんてない。
「一刀よ、そう頭から否定するものではないぞ? 確かにほとんどは有象無象のがらくただが‥‥店主の目では見抜けぬ掘り出し物が‥‥‥」
また星の長い持論が始まった。っていうか、店主の目の前でそういう事言うなよ。
‥‥‥あ、店主打ち拉がれてる。
‥‥にしても、『星』、か‥‥‥。
「怪しみ、警戒するだけではいつまでも我らは進歩せぬ、まずは受け入れ、試してみ‥‥‥」
「なあ‥‥“星”」
ボキッ! と元気な音を立てて‥‥星の持っていた猿の手が折れた。
‥‥‥‥って折った!?
「おおおお客さん! うちの商品に何をーーー!?」
「ちょっ! 星何やってんの!?」
試しにちょっと言ってみたら何この過剰反応!
「いや、大した事ではないぞ? おおそうだ、少々急用を思い出した。あれだ、その‥‥‥これにて失礼する」
全然要領を得ない発言を残しつつ、店主の後ろの馬車に乗り込む星。って‥‥‥
「どこに失礼するつもりだ!?」
完全にテンパってるぞおい!
「落ち着け趙子龍、そもそも呼べと言ったのは私であって、だから、その‥‥‥」
「そうだ落ち着け。落ち着いてまず馬車から降りろ」
馬車の中で何やらぶつぶつと呟いている星を、とりあえず迷惑だから降ろそうと、その肩に手を掛けた、瞬間‥‥‥‥
「触るなぁあああ!!」
俺はそのまま、一本背負いで馬車の中にぶち込まれた。
「はあっ‥‥はあっ‥‥はあっ‥‥‥」
一刀が星の奇行に慌てる。それ以上に、星は混乱していた。
「(な、何だと言うのだ‥‥全く‥‥‥)」
落ち着け、常山の昇り龍‥‥‥趙子龍よ。
相手は一刀。たかだか真名を呼ばれたくらいで何だというのか。
いや、たとえ誰が相手だろうと‥‥普段の自分なら決してこんな醜態を晒さない。
一体、何がなんだか‥‥‥ッ‥‥
『我が槍をあなたに託しましょう』
まただ、以前にも、似たような事があった。
『いや、急に星が愛おしくなって』
知っているようで、知らない風景。知らない、はずの‥‥自分と一刀。
『もう暫し、このままでいさせてください』
ただ、以前よりもずっと鮮明、に‥‥‥‥
『星が、とっても魅力的な女の子だってことくらいね』
ボンッ!!
急激に、頭に血が上る。顔が沸騰するように熱い。
冗談じゃない。稟でもあるまいし‥‥‥しかも、よりによって一刀。
妄想癖‥‥? 認めてたまるものか。
「スー‥‥ハー‥‥スー‥‥ハー‥‥」
‥‥‥‥‥よし。
深呼吸して、常の冷静さを取り戻し、振り返る。
しかし、一刀は叩き込まれた先でうずくまっていた。
「一刀‥‥‥?」
‥‥‥ちょっとした、好奇心だったんだ。
何か、馬車の中にあったずだ袋の口から変な紺色の突起物が出てたから‥‥気になっただけなんだ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
落ち着け、今度は俺が落ち着け。‥‥‥オーケー?
意を決して、再びずだ袋を開いてみる。
「あ、あぅう‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
静かに、そのまま口を閉じて‥‥‥きゅっと縛る。
‥‥‥いやいやいやいや。違うって、あり得ないって。
「一刀‥‥何を見ているのだ?」
あ、星が復活した。
俺が黙ってずだ袋を指差すと、さっきの俺と全く同じアクション。
二人顔を見合わせ、いやいやいやと首を振る。
そんな現実逃避をひとしきり終了した俺たちは‥‥‥
「‥‥三度目の正直だ」
「私は二回目だがな」
ずだ袋の口を開き、二人で中を‥‥‥覗き込んだ。
「ふ、ふぇ‥‥ふえぇぇ〜〜〜ん!!」
泣き出した。
袋の中に封印されていた‥‥歯でも生えてそうな三角帽子を被った、青紫色の髪をした小さな女の子が。
「人身‥‥‥‥」
「売買‥‥‥?」
言葉に出して確認した次の瞬間には‥‥‥
「こ、の‥‥外道があっ!!」
「お、お客さんいきなりどうじばはぁああ!?」
馬車を飛び出した星の一撃が、店のおじさんを撃沈させていた。
「何だってまた行商の馬車になんて‥‥‥‥」
あれから、店のおじさんの人身売買疑惑は晴れた。どうやら、この子が馬車に忍び込んでいた‥‥という事らしい。
‥‥‥もっとも俺たちがこの街を治めているって事を知った途端に、諸々の弁償も請求せずに逃げ出したから‥‥多分何かやましい商売をしていたのは確かなのだろうが。
「実際、我々が見つけたから良かったようなものの‥‥‥あれでは、あのまま売られても文句は言えんぞ」
「せ、星! そんな事言ったらまた‥‥‥‥」
「ふえぇぇ〜〜‥‥‥!」
ああもう。さっきもなかなか泣き止んでくれなくて、話進めるのが凄く大変だったのに‥‥‥。
その後、カミカミだったり、言い淀んだり、メチャクチャ早口だったりした女の子の話を要約すると。
どうも、この子はこの大陸の危機的状況を見るに見兼ねて、荊州から遥々、自分が学んできた知識を世のために使うため‥‥主君と仰ぐべき人を求め、親友と二人でやってきたらしい。
‥‥何か、どっかで聞いたような話だな。
「うむ! まだ小さいと言うのに大した志操だ。この趙子龍、感服したぞ」
「あわわっ‥‥!」
ポンポンと、星は女の子の頭を帽子ごしに叩く。
確かに‥‥この世界では、わりとこれが普通なのか? 『大陸の平和の為に我が力を!』って理由で旅してたり主君を探してるような子とよく出会う。
けど、問題だったのは、むしろここからである。
この乱世を、女の子二人で旅なんて出来ない。護衛を雇う金どころか路銀も尽きかけて、致し方なく‥‥護衛を雇っていた行商の馬車に忍び込んだ‥‥と。
無茶をする‥‥というか、俺も星たちに会う事が出来なければ、そういう‥‥手段を選んでなんて居られなくなっていたのだろうか。
「それで、その親友の女の子って言うのは‥‥‥?」
「‥‥‥分かりません。乗る馬車を間違えてしまったのか‥‥もしかし、たら‥‥ひっく‥‥う、売られ‥‥‥」
し、しまった! また泣きそうに‥‥ああ、星がこっち思いっきり睨んでる。
そんな感じに、売られる寸前だった女の子の話を聞いていると‥‥‥‥
「? 何やら、城門付近が騒がしいな」
そう‥‥随分な大騒ぎが聞こえてきた。喧騒と言うのも生ぬるい‥‥まるで暴動のような騒ぎ。
「御遣い様!」
「これ、一体何の騒ぎ?」
いかにも血気盛んな若い村人が、興奮気味に呼び掛けてきた。先を取って訊いておく。
「官軍でさ! 官軍の野郎どもが‥‥俺たちが黄巾の連中を追っ払ったと見て戻ってきやがったんだ!!」
‥‥‥‥‥何だって?
「とりあえず、行ってみよう。君は‥‥‥一緒に行こうか」
置いてくわけにも行かないし、この騒ぎが俺一人で何とか出来るとも思えないから、星に任せて俺だけが行くってのもダメ。星だけに行ってもらうなんて論外だし‥‥‥。
「あ‥‥‥はい」
言って、帽子少女の手を取って、星と共に駆け出す。
「‥‥‥みつかい、さま?」
女の子の呟きは、小さ過ぎて聞こえなかった。
「星、これどういう事かわかる?」
息切れし始めた女の子を抱えて、城門に走る俺たち。
「いかに今の朝廷が弱体化していると言っても‥‥街を見捨てて逃げたような者をまた寄越すとも考えにくい。先ほどの男は“戻ってきた”と言ってはいたが‥‥‥まず、別人だろうな」
星は、それほど驚いた様子はない。
そして、着いた城門付近で‥‥絶句。
「出てけ! 官軍なんざ信用出来るか!」
「この街は俺たちの街だ! もうお前らなんかの言いなりになるか!」
「絶対に通すなよ、俺たちの街を守るんだ!!」
城門こそ閉じてはいないが‥‥街の人達が壁を作り、鍬や竹槍を振り回し、石を投げて‥‥官軍たちを追い返そうとしていた。
「一体、どうしてこんな‥‥‥」
「当然の結果だろう」
星が、俺の言葉に被せるように言った。
「官に圧政を強いられ、見捨てられ、そして自分たちの力で賊を追い払った。そして‥‥‥今はおぬしが居る」
普通に聞けば良い事のようにも聞こえる事を、星は重々しく言った。
「けじめの時が、来たようですね」
「お兄さんの、そして風たちの、最後の責任を果たす時なのですー」
同じく、この騒動を聞き付けていたらしい稟と風が駆け寄ってきて、星に続けてそう言った。
その、あまりに冷静な姿に‥‥気付くものがあった。
『まあ、旅をするだけでは見えないものを見る、いい機会かも知れんな』
『助けたからには半端にじゃなく、最後まで責任を果たすべきでしょうねー』
『それほど長く留まるわけではないでしょうし‥‥いいのではないですか』
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
‥‥そういう事、か。
あの言葉は‥‥俺との別れなんかを前提にした言葉じゃなかった。
三人には、はじめから‥‥‥こうなる事がわかっていたんだ。
「俺に出来る最後の、責任‥‥‥」
いくら俺が世間知らずでも、このタイミングで官軍がこの街に来た理由はわかる。
‥‥‥三人と違って、こうなるまで気付かなかったけど。
見捨てられたこの街の‥‥‥別の太主による再統治。
俺に、出来る事。
「皆! 武器を治めてくれ!!」
俺の大声に、し‥‥ーーんと、場が静まり返る。
この街の皆に、“最後に”俺が‥‥出来る事。
「俺が、ちゃんと話をつけるから。皆、落ち着いて‥‥‥‥」
歩みを進める。今まで人壁となっていた皆が、道を開けてくれる。
進む先に、軍の指揮官がいた。
旗を見た時に見当はついていたが‥‥やっぱりだ。
「お前が‥‥‥今のこの街の責任者か?」
「‥‥‥ああ、申し訳ないけど、今は軍を外に待機させて欲しい。俺が直接そっちに出向いても構わないから‥‥話をさせてもらえないか」
俺に言われて、しばらく黙って‥‥街の皆を見つめ‥‥‥
「いいだろう。このまま私たちが街に入っても、余計な混乱を招くだけのようだからな」
やっぱり‥‥‥人が良いな。本当に助かる。
「ありがとう、公孫賛」
(あとがき)
さて、今日も更新。
まだ自信、と呼べるほどのものはついていませんが‥‥不安は大分薄れてきましたので、次回更新の際に、チラシの裏からその他板に移す事にする予定です。