あの戦いの後‥‥‥
『あんた様にこの街の県令になって欲しいんだ!』
『俺たちはもう朝廷なんざ信じない。けど俺たちだけで街を治めるなんて出来ないと思うんだ』
『あんた様なら俺たちはどこまでだって付いていくよ!』
などと縋りつかれ、嘘を撤回するどころではなくなり、星たちに訊いてみれば‥‥‥
『まあ、旅をするだけでは見えないものを見る、いい機会かも知れんな』
『助けたからには半端にじゃなく、最後まで責任を果たすべきでしょうねー』
『それほど長く留まるわけではないでしょうし‥‥いいのではないですか』
と、三者三様に意味深な言い方で賛同してくれた。
長く留まるわけではない、って三人とも行っちゃうの!? などと、少し前に偉そうに啖呵切っておいて思ったものだ。
結局、のらりくらりと躱されて教えてくれなかったが‥‥‥
それから、またしばらく経つ。
「せいっ!」
「ぐはぁっ!」
肩に一撃もらってひっくり返る。仰向けに倒れた時に後頭部をぶつけて超痛い。
「‥‥‥一刀よ、せめて自分の身くらい守れる程度には腕を上げたらどうだ? これでは、賊が四、五人出てきたらもう一巻の終わりだぞ」
頭を抱えてのたうち回る俺を半眼で見下ろしながら、星は言う。
‥‥‥‥よし、前に似たような台詞を言われた時は三、四人だった。と、やや虚しい進歩を感じつつ立ち上がる。
既に星は準備万端と言わんばかりに稽古用の槍をぎゅるんぎゅるん回している。いかん、死ぬる。
助けを求めて茶を飲みながら見物を決め込んでる稟と風を見ると‥‥‥
「「(ぐっ!)」」
親指を立てるな!
「あの~~、子龍さん? 本日は政務がまだ残っておりますので、そろそろ‥‥‥‥」
「すぐにバレる嘘をつくな」
バレた!?
「手際が良いというか何というか。街の問題点と改善案を初めからわかっているというか‥‥‥」
「お兄さん、内政の経験でもおありで‥‥‥?」
おまえらか!? 照れるぜっ!
‥‥‥いや、実際確かに内政はかなり順調にやれているのだ。稟や風という軍師二人を差し引いても、俺だって頑張れている‥‥はずだ。
だけど、それで慢心してもいられない。俺が"この街で"上手く内政が出来てるのは‥‥‥街が小さく、範囲が狭いからだ。
前の世界の時とはまるで規模が違う。さすがにこれだけ狭まれば手際も良くなるというもの。
‥‥‥‥言い方変えたら、領土が広がったりしたら大変なのだが。
‥‥‥って待て待て待て! 何だかんだ言ってここの県令してるのだって成り行きだし、星たちだって別にずっとここにいるつもりはないらしいと言うのに‥‥‥何考えてんだ俺は?
‥‥何か最近、生活が似通ってきたせいか、前の世界と混同したような考え方をする事が増えた気がするな。自重自重。
「たまに稽古をつけてくれと言ってきたかと思えば‥‥もう音を上げたか」
ゾッと底冷えするような声が、俺を現実へと引き戻す。
‥‥そりゃ確かに言い出したの俺だけども、「加減はせぬよ」とも言われてはいたけども‥‥これ以上は無理っス。
「構え!」
「はいぃ!」
‥‥‥‥‥‥頑張ろ。
何だかんだで再起可能なレベルでしごきを止めてくれる辺り‥‥星は先生向きだ。前の世界で‥‥鈴々は手加減出来ない人種だったしなぁ。
そんなこんなで、街に昼飯を食いに来る程度には俺は五体満足だ。
ちなみに、今日は星が警邏の担当。風や稟と一緒に来ている。口語的に言うと‥‥「メンマ以外で何食べる?」である。
「大分、活気づいたなあ‥‥‥」
ふと見回せば‥‥あの時ぼろぼろになってしまった街と、同じ街とは思えない。
「みつかいさまー!」
「おっ?」
街を歩けば、こうして子供が寄ってくる。少し前なら考えられない笑顔。
前の世界でも味わったけど、この時代の世界観では‥‥"特別な虚名"ってのは本当に絶大だ。
「にしても、凄いな‥‥‥‥。よっぽど前の県令ってのは無能だったのか?」
構って欲しがりの小さい子を肩車しつつ、大陸を旅していた物知り二人に訊く。
「それもあるでしょうね。以前の圧政、今の我々の内政、そして‥‥自分たちの手で街を守ったという自信。活気に溢れる理由は十分にあります」
‥‥なるほど、大陸を見て回った稟の目から見ても、今の俺たちの内政は悪くないらしい。
「これも二人や、子龍のおかげだよ。ありがとう」
「いえいえ、風たちも自分なりに考えてここにいるので、別に感謝しなくていいですよー」
「元より、貴殿に礼を言われるような事ではありませんしね。‥‥‥それに、一刀殿が言うと嫌味に聞こえます」
「そ、そう‥‥‥‥?」
稟の言葉の最後の方は聞こえなかったが‥‥‥‥やっぱり風たちにとって、ここにいるのは一時的なメリットのためなんだなあ、と再確認する。
‥‥‥居場所が欲しいとは思っていたけど、このまま俺が一人で街に残って‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥怖」
「? みつかいさま、どうしたのー?」
黄巾の乱が終わった後に攻め落とされて殺されるのを、やたらリアルにイメージしてしまった。
ついでに、頭上に乗ってる可愛い子を不審がらせてしまったのも頂けない。
「はい、俺たちは昼飯食べるから‥‥ここまでね」
「えー」と愚図るお姫様を下ろすと、「ばいばーい」って元気よく駆け出す。
‥‥下ろしといて何だけど、もうちょっと別れを惜しんで欲しかったな。
「それで、向こうの世界では交番っていうのをあちこちに置いて‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「何かあった時にすぐ対応出来るように」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「してるんだけ、ど‥‥‥‥」
楽しい楽しいお昼ご飯、のはずなんだが‥‥‥さっきから二人は揃って俺を無視。
しかも、何か言いたげにじとーっと俺を見ている。
‥‥‥何か訊きにくいけど、もうこの空気に耐えられん。
「あのー、私めに何か落ち度が‥‥‥‥?」
星が警邏に行ってるって話から、街の治安的な話をしてただけ。怒らせるような事を言った覚えはないぞ?
「いえいえ、実際問題、別に風たちが怒るような事ではないんですけどねー」
怒る? やっぱり怒ってんの!?
風はそのまま「ぐぅ‥‥」と寝たフリ。微妙な起爆剤だけ仕掛けて稟に丸投げした模様。
丸投げされた稟の方はと言えば、「あー‥‥」だの「うー‥‥」だのとしばらく言い淀んで‥‥‥
「一刀殿、貴殿‥‥我々を避けてはいませんか?」
‥‥‥‥‥‥はい?
全く予想外のその言葉に、俺は数秒固まった。おそらく、今の俺は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているだろう。
「えーと‥‥‥‥何で?」
避けてるどころか、依存してるぐらいのつもりだったのだが。
「この街に初めて来た時も、我々の意思確認だけして一人で勝手に行こうとするし‥‥‥」
「何かにつけて‥‥‥『"風たち"はどうするんだ?』みたいな態度を取りますし‥‥‥」
「いつもどこか、我々から一線引いた位置にいますよね‥‥‥貴殿は」
「星ちゃんに到っては‥‥意識して真名を呼ばないようにしてる節さえ見受けられますねー」
‥‥‥‥‥さっきまで言い淀んでいたのが嘘のように、やっぱり起きていた風と二人で一気にまくしたてられました。
えーと‥‥‥いっぺんに言われてちょっと頭が追い付かないけど。
「えー、と‥‥‥‥」
何となく、言われた事の意味がわかってきた。
けど‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
避けてたつもりなんて、ない。でも、言われた事に心当たりはあった。
だって‥‥‥星も、風も、稟も、気まぐれとか‥‥県令を経験してみるのも悪くないとか‥‥‥そういう理由で一緒に居てくれてるだけなんだ。
前の世界で、俺を君主だって言って、一緒に理想を目指した愛紗たちと‥‥‥同じに扱えるわけないじゃないか。
俺の考えなんて‥‥押し付けられるわけないじゃないか。
そんな考えは、確かにあった。むしろ、ほとんど毎日考えていたかも知れない。
そして‥‥その意識は、この街に来てから顕著になっていた。
だから、だろうか‥‥‥
「別に、壁を作られるのが気に入らない‥‥などと言う話をしているのではありません」
稟や風が、こんな話を持ち出したのは。
「ただ、そういう態度でいるお兄さんは‥‥結構辛そうに見えたりするのですよ」
二人同時に、席を立った。皿はいつしか、空になっている。
「話は‥‥それだけです」
「ごちそうさまでしたー」
そのまま、二人は俺を待たずに店を出る。
追う気には‥‥なれなかった。
「う~~‥‥‥‥‥」
先ほど言われた事を反芻しながら、唸り歩く。
俺の態度が、(少なくとも)稟や風を苛立たせていたというなら‥‥それは絶対に何とかしないといけない。
‥‥‥でも、実際どうすればいいんだろうか? 小難しい事考えないで、仲間として扱う?
けど、元々旅してた頃から、『互いが枷になるくらいなら一緒にいる必要はない』みたいな空気があったしなぁ。
これは結構‥‥切実な問題だ。稟たちが言いだすまで、俺は何の行動も起こさなかったが‥‥‥
俺がこの街を助けたいって言い出した事がきっかけになって‥‥‥俺たちの関係をはっきりさせる時が近づいている。
そんな俺の目に‥‥露店でまた怪しげな商品を物色している水色の髪の少女が映る。
『星ちゃんに到っては‥‥意識して真名を呼ばないようにしてる節さえ見受けられますねー』
星の真名‥‥‥‥か。
こっちの理由は、はっきりと自覚していた。
意識して呼び方を分けないと‥‥‥なまじ姿や性格が全く同じなせいで、『前の世界の星』と混同してしまいそうだからだ。
‥‥‥けど、よくよく考えたらこっちの方は、露骨に避けていると思われても仕方ないような‥‥。
星自身がどう感じているかによっては‥‥こちらも何とかしないといけない。
‥‥いや、星がどう感じていようが、いい加減『前の世界』と『この世界』に‥‥折り合いはつけないといけないな。
ただ、身近にいるせいで、星がその象徴みたいになっているだけなわけだし‥‥‥。
まあ、それはともかく‥‥‥‥
「子龍、何してんの?」
とりあえず、警邏をサボってるこの子に話し掛けとこう。
偉そうな事を、言ったのかも知れない。
「‥‥‥‥風、あなたは‥‥これからどうするつもり?」
調子のいい事を、言ったのかも知れない。
「‥‥風は、風の人を見る目に間違いはなかったと思っているのですよー」
相変わらず、何を考えているのか読めない。
いつの間に、そんな事を考えていたのか‥‥‥。
「‥‥‥風には、さっきの言葉を言う資格があるわね」
一刀殿がああいう態度を取る理由くらい、わかっている。
わかった上であんな事を言ったのだから、随分と小狡い事だ。
‥‥‥私がどうするつもりか示さなければ、関係がはっきりするはずなどないというのに‥‥‥。
(あとがき)
前話について感想板にてご指摘があり、私自身の‥‥無印終了辺りの一刀の評価に疑問が湧いてたりします。
『一刀は人を殺した事はない』という前提を考え、前話はあんな感じになったのですが、おかしかったやも知れませんね。