「城に入らないんですか?」
「……いや、ちょっと考え中」
と言っても、一応俺たちは既に城内と言えば城内にいる。城の中庭の茂みの中にいたりする。
「押し倒すか、とか?」
「違うわ!」
「まあ、襲われたら刺しますけどね」
ただでさえ………
『また勝手な事をした挙げ句“仲間を連れて来た”ぁ? 今度は一体どんな手を使って口説かれたのかな、我らが主? しかも元西涼の将? 一体どれだけ常識外れに振る舞えば………』
などなど、ネチネチと説教される予感がひしひしとしてるのに加えて、散のこの性格である。確実に俺が痛い目に遭う。
何かしらの対策は欲しい所だ。
「そういや、散が会ったのって、華佗と卑弥呼だよな?」
すぐには思いつかず、また雑談に興じる。ノリとしては、転校初日の新クラスメート。
「おや、あなたも知り合いだったようで」
「この左腕の手術してくれたのも、華佗だからね」
言いながら、俺は首に提げた左腕をくいっと動かす。もっとも、風の本を薦めた医者の連れ、って時点で、この事は大体予想がついていた。だから、この切り出しはどっちかって言うと前振りに近い。
「その左腕は?」
「ちょっと毒食らってね。骨削ったりしたらしい」
まあ、何ていうか、ぶっちゃけると散の包帯が気になるのだ。
「この顔ですか?」
そして、当たり前のようにバレてる。
「隻眼、なんてオチはありませんよ」
「そうなんだ?」
ごくごく平然と応える散の態度に、遠回しな訊き方した無意味を感じたりする。
「何を隠そう、この左目は千里眼。日頃から開眼していると、日常生活に支障が……」
「マジでっ!?」
「素直に信じる所は、可愛くて好きですよ」
嘘ですか!
「当たり前でしょう」
「……………」
俺が気を遣ってたのを見抜いた上で、馬鹿にしていらっしゃる。
「火傷自体は完治していますが、痕は残ってしまいますから。まあ、この包帯は覆面みたいな物かな、と」
「……やっぱりそれ、怪我だったんだな」
かと思えば、(多分)本当の事を語りだすし。ペースが掴めん。それにしても……覆面、か。
「まあ、あたしはどこぞのイチャイチャ夫婦と違って、顔が潰れて困る相手もいないので。気を遣わないでいいですよ」
平然とそう言う散は、本当にそれほど気にしていないように見えて……何だか寂しい気持ちになった。
「……そうだな」
でも、安易な慰めなんて、散は欲しがらないだろうし、何より慰める事じゃないと思ってる。
「顔に傷がついたくらいで気持ちが変わるようなやつに、散は勿体ないもんな」
だから結局、俺には本音を向ける事しか出来ない。そして……
「うっわぁ………」
引かれたーー!?
「出会って半日経たない内に口説き文句が飛び出しましたようで」
「誰が口説いとるか!!」
散は表情を一切変えぬまま、その平坦な胸を、無駄に両手で隠すような仕草で後退……
(ガンッ!!)
「……………何をなさるのでしょう?」
「ご自身に心当たりがあるのではないか、と思ってます」
「んなアバウトな理由で短戟投げんな!」
今、俺の顔の真横には短戟の刃があり、その刃先は俺が背中を預けている木の幹に深々と食い込んでいる。
……いや、当たってるけどね。失礼な事考えてたけどね。
「あたしを落とすには、文字通り十年早いですよ。坊や」
「坊や言うな」
無造作に木に刺さった短戟を引っこぬく散に一言抗弁しておく。
「……イチャイチャ夫婦って、馬騰の事?」
「ええ、女将と、その旦那の事ですよ。事ある毎に惚気話を聞かされ、参ったものです」
“嬉しそうに呆れた”ように見えた散のその言葉の中に、俺は微妙な違和感を覚えた。
「って、馬騰って女なのか?」
前の世界で直接の面識はないけど、翠は父上って言ってたはず。その馬騰が、女?
「………やっぱりわけのわからない男なようで。あたしの素性は知っているくせに、主君である馬騰の性別も知らないとは」
散はしっぽの生えた蛙を見る目で、また不自然っぷりを露呈してしまった俺を眺める。
しまった。もうちょいさりげなく訊けば良かった。
「まあ、そんな彼女たちを冷めた目で呆れてた独身貴族なあたしなので、まず攻略は不可です」
「だから口説いてないっての!」
自分を攻略とかわけのわからん表現をする散にツッコミを入れつつ、話題が戻った事にホッとしつつ………
「む、それはそれで、あたしのささやかなぷらいどに傷が………」
「わー! 違う違うそうじゃなくて!」
「……やはりこんな包帯女、誰にも相手にされないのかな、と」
「だから違うってば! 散はすごい可愛い女の子だって!」
「冗談です」
「………………」
やっぱり、好き放題に遊ばれる俺である。ぴくりとも動かない散の真顔が小憎らしい。
つか、顔の火傷は気にしないとか言いながら胸の事は気にしてたし、冗談だか何だかよくわからないけどこんな素振りするし、どこまで本気なのかさっぱりわからない。
「そろそろさぶいので、行きましょうか」
「ちょっと待った! まだいい作戦が……」
「カッちゃん。散を城の中に連れてって?」
「誰がカッちゃんか!?」
俺を引きずるように城の中に歩いていく散。その短い間に、俺が一応の対策を練れたのは、ある意味奇跡的だった。
「それで、用件は何だ? 一刀」
皆を集めた玉座の間で、不機嫌そうに星が呟く。まあ、あの騒ぎの後始末を丸投げしたんだから、当然と言えば当然だ。
「あの時はごめん。でも、俺なりに考えあっての事だったんだ」
ほとんど思いつきに近い行動だったのは秘密。結果が伴えば問題ない、はずだ。
「それで今、皆に集まってもらったのも、無関係じゃない」
俺の言葉を、星は眉をはね上げて、雛里はごくりと喉を鳴らして、恋は切なそうにお腹をさすって聞いている。
「恋も空腹みたいだし、単刀直入に、いこうか」
俺は気分を出すために、手をメガホンみたいにして口に当てて……
「助けて華蝶仮面ー!」
その名を呼ぶ。例によって星が慌てるのはお約束だ。
「びゅわ」
やる気のない掛け声と共に、俺の後ろに位置する柱の影から、全身を隠した黒づくめがのそりと姿を現した。
「その身を炎に焼かれても、華の香りに誘われて、華蝶の定めに導かれ、西より流れし旅の蝶」
外套の奥から、棒読みで淡々と口上が紡がれる。しかし、わざわざ台詞を考えてるあたり、この子ノリノリである。
「散華蝶、降臨」
その言葉を言うと同時、黒の外套が宙に舞い、隠された姿が現れる。
左半身を覆う包帯、緑なす黒髪、緑青のチャイナ服、そして緑の蝶の仮面。まあ、散なのだが。
ってか、降臨て。
「というわけで、新しい仲間だ」
敢えて当たり前みたいな顔してさらっと紹介する俺。に対して………
「「「……………」」」
一同、唖然。星はパクパクと口を動かし、雛里は目と口でOを三つ作ってる。あの恋でさえ、僅かに目を見開いている。
「………というわけで、新しい仲間だ」
話が進まないので、綺麗に言い直してみたら、ようやく再起動してくれた。
「お、おぬしは昼間の………!」
「よ、よく見たら……仮面の色が違います! 新型華蝶仮面です……!」
「……また、会った」
流石に恋はもう落ち着いてるけど、星と雛里はなかなかのテンパり具合だ。
特に、この中で唯一元祖華蝶仮面の正体を知らない雛里は混乱の極みである。
「問題ないだろ? “華蝶の定めに導かれた者に悪人はいない”し、“正義の心を愛する者に、素性も出自も関係ない”からな」
俺はわざと斜に構えて、流すようにジト目を星に向けながら、昼間の星華蝶の言葉を真似た。
星は俺に正体が隠せてると思ってる。とはいえ、ここで散を受け入れないのは、“華蝶仮面のプライド”に障るはずだ。
「あ、いや、それは………うむ」
状況を頭で整理しながら、渋々といった感じに星は頷いた。星のヒーロー気質もかなりのもんだ。
「腕の方は、今さら試すまでもないよな。昼間の動きもだし、星や恋なら、見ただけでわかるだろ」
俺の言葉に、恋はこくりと頷く。星はまだ、己の中で何かと葛藤しているらしい。
「さて、ここでネタばらし」
このスムーズな流れに、名乗りを上げて以降黙っていた散が口を開き、そして………
「おーぷん」
「「ッッ!?」」
緑の仮面を、外した。
「華蝶仮面がいかに秘密兵器とはいえ、国の重鎮が誰も正体を知らないのも不便でしょう。一人くらいは連絡係が必要かな、と」
素知らぬ顔でそう告げる散。思いっきり驚いたのは、言うまでもなく星と雛里だ。
「名は鳳徳、字は令明、真名は散。どれでもお好きなのをどうぞ」
ソフトクリームの味を客に選ばせる時みたいな言い方の、散の自己紹介。
それに対して、
「……恋。よろしく」
「恋、ですか。お会い出来て光栄ですよ。天下無双のお嬢さん」
「? ……知ってた」
「あなたの主君から、特徴は聞いているので」
恋は、実に自然な感じに打ち解けて、握手なんかしてたりする。
「同じ鳳の姓同士、仲良くしましょう」
「わ、わた、わたし! 華蝶仮面の正体初めて知りました! ひ、雛里って言いましゅ……!」
「……もえきゃら、のようで」
雛里は、何か生の芸能人に会ったみたいなテンションだ。“実年齢”の差のためか、散が保護欲を刺激されてるようにも見える。
「あとの皆には、また会った時に紹介するよ。散の会いたそうなやつもいるし」
俺はそう言って、星の後ろに回って、肩をポンッと叩く。散も、何故か示し合わせたように反対側の肩を叩いた。背丈が星より小さいから、ちょっと可笑しい。
「華蝶仮面に悪人はいない、よな?」
「まあ、そんな感じなようで。よろしく、ですよ。りーだー」
うんうんと頷きながらそう囁いた俺と散に、星は自分の中の葛藤がピークに達したのか………
「うぅ………」
へなへなと、その場に座り込んだ。どんだけ華蝶仮面に本気なんだ、こいつは。
鳳令明、という心強い味方を得た俺たちは、軍を引き連れ一路、涼州を目指す。
(あとがき)
PV百万オォーバァー!! はい、ちょっとはしゃぎました。
こんな風に執筆を続けられるのも、本作を読んだり、感想くれたりする皆様のおかげです。
この機に、感謝を。