状況としては、それほど珍しいものでもない。店のおじさんに、因縁をつけて絡む、黄巾崩れっぽい乱暴者。
その窮地に颯爽と現れる、蝶の仮面をつけた正義の味方。これも、俺たちの領内ではわりと見慣れた光景だ。
「ちぃっ、またてめえか。だがな、仲間を連れてんのはてめえだけじゃねぇんだよ!」
「(……“また”?)」
男の言葉に気になる部分を感じながらも、そんな場合じゃない。ぞろぞろとガラの悪い、男の仲間らしい連中が現れる。
………準備が良すぎる。俺の知らない事情がありそうだ。
「ふっ、自分一人では何も出来ぬ臆病者など、何人束になろうと無駄な事。この星華蝶一人で相手してやる」
黄色い仮面の、星華蝶と名乗った星が、八人の悪漢の前で槍を構える。丁度いいから、ギャラリーと化した華蝶仮面に、俺はこそこそと近づく。
「(恋、恋)」
「…………?」
一応正体の問題もあるので小声で呼び掛ける。俺の袖を掴んでついてきてる雛里も気付いてない。
そう、紫の仮面をつけた華蝶仮面は、恋だった。
「(恋も、華蝶仮面になってたんだな)」
「? ……チョウチョが、可愛い」
「(……そんな理由かよ)」
小首を傾げてきょとんとする恋に脱力。それにしても、意外だ。星は基本的に自分が華蝶仮面だって事を隠せてるつもりだし、隠そうとする。
その星が、正体をバラして恋を仲間に引き込むとは考え辛い。つまり……
「(あれが誰か、知ってるのか)」
「………星が、なに?」
やっぱり。恋は星の変装を見抜いていたという事だ。俺や詠とかの選ばれし者にしか備わってない洞察眼を、まさか恋が……。凄い意外だ。
しかし、それ以上に気になるのが……
「えっと……誰?」
もう一人の、緑の華蝶仮面だ。
肩に届かない、女性にしては短い黒髪。前髪が少し長め。青い瞳、白い肌。
黒の脚衣。身につけた袖の無いやや長い緑青のチャイナ服を、白い帯で腰の辺りでギュッと絞っている。ウエストが凄く細い(全体的に細いけども)。
しかしそれら全てより真っ先に目につくのは、左腕全体と、顔の左半分を隠す包帯。
言うまでもなく、星や恋と違って、俺の知り合いの誰かじゃない。
その少女は、俺の問い掛けにやる気なさそうにこっちを向いて……
「見ての通り、正義の味方ですよ」
誤魔化し100%の返事をくれた。
「いや、それはわかるけど………」
「何のために仮面を着けてると思ってるんですか? 詮索癖のある男は嫌われますよ」
無表情に淡々と突き放す少女。取り付く島も無い。
「大体人に名を訊ねるなら、自分から名乗るべきでは?」
そう言われて、ようやく俺は自分が名乗ってない事に気付いた。
「ああ、ごめん。俺は……」
「興味ないからいいですよ」
………この子、腹立つんだけど。
「それよりほら、そろそろふぃにっしゅのようで」
その言葉に、俺は謎の華蝶仮面の指差す先を見れば、すでに悪漢たちが星に一蹴されていた。まあ、あんな連中に遅れを取る星じゃないか。
「(ん? ……フィニッシュ?)」
遅れて、緑仮面の言動に含まれていたおかしな単語に俺が気付いた、まさにその時だった。
「正義は勝つ!」
街の皆の喝采を浴びながら槍を天に向けて掲げる星の後ろで、一蹴された男の一人がぶるぶると震えながら立ち上がり……
「う、動くなぁ!」
「ひぃい!」
肉斬り包丁を手に、見物していたお婆さんを捕まえた。
『ッ……!?』
完全に正義の味方の勝利ムードに酔っていた場が、凍り付くように静まり返る。
「う、動くなよ! 動いたらこの婆ぁの顔ズタズタにしてやるからな!」
後ろからお婆さんの首に左腕を回し、右手で肉斬り包丁を突き付けながら、男は後退る。
この期に及んで、逃げ切れるとも思えない。多分、本人は捕まるって恐怖で錯乱状態になってるんだ。
だから、危ない。何しでかすかわからない。
「う、馬だ! 馬を用意しろ! 俺を見逃せば、婆ぁは無事に解放してやる!」
迂闊に動けない。そんな空気の中で……
「……やれやれ、仲間を連れて逃げ出すならまだ可愛げもあったものを」
星が、馬鹿にするように呟いた。
「うっ、うるせぇ! 俺は元々無理矢理巻き込まれたんだ! どうなろうとそいつらの責任だろうが!?」
俺も、動く。こいつの言うままに従ってても状況は好転しない。
「自分のする事に、いちいち言い訳なんかするな。どんな事情があったって、あんたはこいつらと一緒に悪事を働いたんだ」
男の真っ正面に立つように移動しながら、俺は諭すように語り掛ける。……これで俺に集中してくれれば、両脇の星と恋への注意が散漫になる。
「うるせぇうるせぇ!! 何だてめえは! てめえに何が………」
半狂乱になって、俺に包丁を向けようと振り上げた右腕。それが突然……
「え……?」
真っ赤な鮮血を散らす。見れば、男の前腕に刃が深々と突き刺さっていた。
「うわぁ! い、痛えぇ!!」
「恋華蝶!」
男が苦しむのもお構い無し。呼び掛けに応えるように飛び出した恋の、まさに閃光のようなハイキックが、男の側頭部を直撃。
男は堪らず昏倒した。
「後始末はまあ、よろしくお願いしようかな、と思います」
男の右腕を射抜き、恋に呼び掛けた少女。緑の華蝶仮面は淡々とそう言って、何故か左腕にぐるぐると巻かれた包帯を戟の柄に結び付けて………
「よっ、と」
まるで棒高跳びみたいにそれを地面に突き立てて跳び上がり、それが綺麗に九十度に直立したタイミングで、石突きを踏み台にしてさらにジャンプ。民家の屋根に跳び移る。
「って、軽業師かよ!?」
「失敬な。華蝶仮面(仮)ですよ」
(仮)って言った!
屋根に登った緑仮面は、事前に縛っておいた包帯で戟を手繰り寄せ……
「では、これにてどろん」
ピョンピョンと跳ねて、屋根の向こうに消えて行った。
………何だったんだ、あいつは。
「怪我は無い?」
それはひとまずおいて、星、恋、そして人質にされていたお婆さんに駆け寄る。
「(………コクッ)」
「……私の詰めが甘かった。申し訳ない」
恋が短く頷き、星は苦い表情を作る。あの男の気絶を確認してなかった話だろう。
「あ、あぁ……」
一番重症なのはお婆さん。人質にされたあげく、男の血を浴びてしまって放心状態になってしまっている。
「……大丈夫ですか、お婆さん」
雛里が心配そうにその背中をさすっている。お婆さんは雛里に任せるか。癒し系の管轄だ。
「……一刀、これ」
恋がそう言って差し出してくるのは、男の腕に突き刺さっていた刃物。
「………短戟?」
戟の柄が極端に短い、短刀みたいな形状の、投擲にも使える武器だ。これをあの子が、寸分違わず男の腕に命中させたわけか。
それに加えてあの身のこなし、しかも女の子。ただ者とは思えない(この世界の法則的に)。
「華蝶か……」
「星華蝶!」
いつの間にお洒落ネームに改名したんだか、強くアピールする星。
「あの子、誰?」
「散華蝶だ」
「そうじゃなくて! 素性とかそんな感じの!」
「知らん」
「はあっ!?」
華蝶仮面のメンバーに加えてたんだから、当然知ってると思ってた星の予想外の応えに、俺はすっとんきょうな叫びを上げる。
「お前素性も何もわからない奴を仲間にしてたのか!?」
「正義の心を愛する者に素性も出自も関係あるか!」
「だから、得体の知れない奴が正義を愛してるって何でわかるんだよ!」
「華蝶に導かれし者に悪人などいるか!」
「何だそれ!?」
俺と星華蝶がガミガミと言い合っている内に、いつの間にか人混みは冷めたように引いていっていた。
「(さて………)」
あの後すぐ、事後処理を星、恋、雛里に任せた(雛里は“知らない二人”に困惑してたけど)。
そして、俺はと言うと………
「………何これ」
道の脇にどんと居座る、明らかに場の景色と不釣り合いな棺と相対していた。
意を決して、開けてみる。
「………おや」
「……………」
中にいたのは、先ほどの華蝶仮面(仮)。包帯だらけの姿と相まって、エジプトのミイラみたいなポーズで寝ていた彼女は、少しだけ目を見開いてのそのそと棺から出てくる。
「何で棺に隠れてんの?」
「こういう所で棺出しとけば、死亡ふらぐをへし折れるかな、と思いまして」
わけがわからん事を言いながら、少女は緑の蝶の仮面を外した。まあ、俺にとってはほとんど無意味な変装だったけど。
……それにしてもこの子、やっぱり横文字を使いこなしている。
「まあそれは冗談として、普通はちょっと怪しく思ったからって棺の中を覗きたくないと思うものアルからね。あたし的必需品アルよ」
「アル!?」
さっきまでそんな言葉遣いしてなかったよな!
「おや、初対面だからちょっと無理矢理印象づけようとしたのですが、どうやら失敗したようで」
「……そりゃするよ。やるなら最初からしないと」
ってか、キャラ作ろうとしてたのか。何だこの子、全然読めん。常に棒読みだからどこまで本気なのかもさっぱりわからん。
「それは置いといて、あなたは何故あたしの居場所がわかったのでしょう?」
「秘密のヒーローってのは、退場した後は裏道に身を隠すのが相場だからね」
言って俺は、さっきの短戟を少女に放り渡す。少女はそれをパシッと受け取り、数秒それをじっと見ているが、やっぱり何を考えてるかわからない。恋とは違うタイプの無表情だった。
「わざわざ届けに来たのですか。変わった男ですね、北郷一刀」
「君に言われたくないよ」
応えてから数秒遅れて、気付く。……俺、この子に名乗った憶えないぞ?
「……知ってた、のか?」
「そうやって素直に自白してくれる所は好きですよ」
その応えに、俺は数秒考えて………
「か、かま掛けたのか!?」
気付く。
「まだ宿に十二本予備があるんですけどね」
俺の質問には応えず、少女は受け取った短戟を、腰の帯の背中側に差した鞘に納める。無視ですか。
ちなみに、少女が短戟とは別に担いでいるのは、恋の方天画戟には片側にしか付いてない月牙が刃の両端に付いている戟、『双鉄戟』だ。
「まあ、あたしが一方的に名を知ってるというのもあれなので。不本意ながら名乗りましょうか?」
「……お願いします」
不本意て。よくわからないが面倒くさそうなオーラをひしひしと感じる。
「名は鳳徳、字は令明。一応よろしく、という事で」
(あとがき)
今回素性の割れた鳳徳。名前は変換出来ないから雛里と同じ当て字にしてます。
双鉄戟と短戟、武器のイメージはむしろ演義などの典韋です(流琉がヨーヨーだったし)。
その武器に関しても、イマイチ知識が足りないという不安。