「うぅ~~、さぶいさぶい……」
つい先ほど霞と別れ、何だか色々とあった疲れを癒すべく自室に向かう。
「ウチの『飛龍偃月刀』がぁ~」とか、ぶちぶちと文句を言っていたが、とりあえず我が軍の財布の紐を握る風に相談してみろ、と言っておいた。
この季節の夜中に小川に浸かった俺の身にもなって欲しいもんだ。城に戻るまでに大分乾きはしたが、体そのものは冷えきってしまっている。
「? ………ッ!!」
部屋に入ってすぐ、俺は暗闇の中に異変を感じて、柄に手を掛けつつ後退った。
「(誰かいる……!)」
鍵を掛けたはずの俺の部屋に感じた気配に、また体温が一気に下がる。
大声出そうかとも思ったが、俺の反応に対して何のリアクションも取らない侵入者(仮)を怪訝に思い、恐る恐る覗き込んで……
「すぅ……すぅ……」
「(………寝息?)」
寝台の辺りから、緊張感をこれでもかと言うくらいに削ぎ落とす音に気付く。
若干聞き覚えのあるようなそれに、俺は警戒心を半ば以上解いて近づき……
「……星?」
暗闇でも目立つ白いやつが、俺が使っている枕を抱き締めて気持ちよさそう眠っているのを発見する。
最近へそ曲げてろくに会話もしてくれなかった星が、何でこんな所で寝てるんだ?
「……………」
とりあえず、寝てるから丁度いいので、俺は静かに手早く寝間着に着替える。
しかし、星の寝ている姿なんてツチノコ並に珍し……いや、何か前の世界でもこの台詞使った事あるような気がするな。
「くふぅ、くふふふぅ………♪」
「何の夢見てんだか」
普段まず見せる事の無い、幼い女の子みたいな可愛い寝顔を眺めながら、寝台の横の椅子で、俺は左腕の包帯を大雑把に巻き直す。
「さて、どうしようか………」
起こすのも何か可哀想な気がするけど、そもそも俺の部屋だし。けど、前の世界ならともかく、今、この星の横に潜り込んで寝たりしたら、多分俺はそのまま目覚める事はないだろう。
床で寝るって選択肢も無くはない。ただし、体が冷えきった今の俺じゃなければ、の話だ。
「起こそ」
考えてるうちにまた寒くなってきた。
「ふにゃ…うぅぅ~~ん……」
(ごくり……)
「(このほっぺたつつくと、面白いんだよなぁ)」
前の世界の事を思い出して、何となく悪戯してる時みたいなわくわくした気持ちで、艶々ぷにぷにのほっぺたをつついてみる。柔らかい。
「んん………っ!」
しかして、俺の期待通りのリアクションは得られなかった。眉を八の字に歪めて、星は枕を強く抱く。
あれ? さっきまで幸せそうにしてたのに。
「星、星?」
何か悪戯する気分でもなくなったので、ぴしぴしと頬を軽く叩いてさっさと起こそうとする俺の、その手を………
「っ!?」
星の両手が、包むようにむんずと掴んだ。起きたのかと思ったけど、星の目は閉じている。
「……ずと」
「ん……?」
寝言だとはっきりわかる声音に耳を澄まして、
「冷、たい……」
「……………」
同時に、悲痛に歪む星の寝顔を見る。よくわからないが、俺の冷たくなってる手が、悪夢の原因らしい。
「冷たい………!」
「っわ!?」
今度ははっきりとした寝言が聞こえて、星は俺の右腕ごと胸に掻き抱く。冷たい体に、星の柔らかいぬくもりが心地良い。
「せ、い………?」
その体が、ふるふると小さく震えていた。温かい星の体が、血の気が引くように少しだけ冷たくなったように感じた。
「いや、だ……。もう、二度と………」
「……………」
怯えている。あの星が。しかも………
「(“もう二度と”?)」
自惚れじゃなければ、星の悪夢の大元の原因に、俺がいる。そして俺は、星を不安にさせるような事に心当たりがある。……しかも、ごく最近に。
ただ……二度、というのはわからない。いや……
『あの外史でのあなたとの繋がりは、皆の中で確かに息づいている』
心当たりが、無いわけでもない……か。
「………“星”」
この世界の星、前の世界の星。どちらに呟いたのか……自分でもわからない。
『要するに、前の世界だの今の世界だの、ぐだぐだ考えるのはやめなさいっていう事よ。どうせ考えたって、たった一つの解なんて出やしないんだから』
絶対の解なんて無い。分けて考える事に、意味があるのかもわからない。
ただ、目の前にいる少女を、放っておけなかった。俺が原因なら、なおさらだ。
「星………」
精一杯優しく、言い聞かせるようにささやく。少しでも、不安じゃなくなるように。
「手術は成功したんだよ。俺はもう元気だから、安心していいんだよ」
旅の途中で勝手についてきた胡散臭い男。初めて人を殺して、誰かに見られないように背を向けて泣いた男。義勇軍を起こして、一緒に戦って、いつしか主君と認めた男。
それが、この世界での俺と星の足跡。
「………本当?」
「うん」
左腕を動かして細くて綺麗な髪を撫でると、星は安心したように微笑む。
「………あったかい」
また、寝言でそう呟いて、いつしか抱かれた腕の中で熱を持った俺の右腕に頬を寄せて……星は一筋、温かい涙を流す。
「……………」
出会った時から英雄扱いで高く評価されていた前の世界とは、あまりに積み重ねてきた関係が違う。
普段の態度も、根本的に前の世界とは違いがある。だから、“そんなわけがない”と思っていた。
でも………
「……ほふ………」
俺も、いい加減鈍くない。寝ているとはいえ、いや、寝ているからこそか? この様子の星を見て、何も思う所がないわけじゃない。
「よっ、と………」
少し緩んだ腕の拘束を抜けて、また枕を抱かせておく。あのまま起こしたら、間違いなく星はパニクる。
「星、星!」
今度はもっと声量を上げて、ちゃんと起こすつもりで頬を叩く。
この時の俺は、あそこまでの事態になるとは、まるで思ってはいなかった。
「(………んぁ)」
何か心地よい疲労感を全身に感じながら、私は目をゆっくりと開く。
視界いっぱいに映る、肌色。うまく表現出来ない嬉しい香りを感じて……
「…………あぁぁっ!」
私は、全てを思い出した。慌てて起き上がろうとして……
「あっ、あ……!?」
掛け布団から覗いた自分の白い肩に気付き、すぐさま元の位置に潜り込む。
「おはよう」
すでに起きていたらしい一刀の声が、頭の上から聞こえてきた。優しげな声が、まるで余裕のように聞こえて忌々しい。
……私が勝手にそう思ってるだけだが。
「ッ~~~~!!」
昨夜の事が次々と頭に浮かんで、ひどくいたたまれない気分になる。……というより、恥ずかしい。
「……可愛い」
多分真っ赤になってしまっている私を見て、一刀は言う。嬉しそうに微笑んでいる顔が、容易に想像できる。
「うるさい」
明らかに形勢不利な私は、額をこつんと一刀の胸にぶつける。今の私には、こうやって顔を隠すのが最大の防御だ。
「嫌だった……?」
「……うるさい」
疑問系でありながら、その問いには不安が一切感じられない。……当たり前か。昨夜の事を考えれば、まさに今さらというやつだ。
再びうるさいと言ってぶつけた額。我ながら情けない対抗手段だ。
「俺は、嬉しかった……」
「……………」
ついに、何も言えなくなる。あまりにも分が悪い。
「意地が悪いぞ……馬鹿………」
拳で軽く胸板を叩いて、額を押しつけていた頭を少しずらして、頬を寄せる。
今この場では、負けを認めるしかないだろう。素直に甘える事で、私は降参の意を示す。
そもそも私が一人で意地を張っていただけじゃないのか、といった類の問いは受け付ける気はない。
「ごめん……」
可笑しそうにそう言う前に、小さな苦笑が聞こえた。いつか仕返ししてやる。
「ん…………」
苦笑してすぐ、一刀の両腕が私を包み込むように抱き締めて、二人の体全体が密着する。
「左腕は……?」
「怪我してるの肘から先だから、前腕に力入れない限りは、動かしても痛くないよ」
私の、ある意味気遣いとも取れる問いが嬉しかったのか、抱擁にさらに力が籠もる。
………そんな挙措が可愛いと思ってしまうあたり、私はかなり窮地な気がする。
「…………♪」
こうやって包まれていると、心の底から安らいでしまう私は……絶体絶命な気がする。
でも………
「一刀」
「何?」
「……何でもない」
こうやって一刀の腕の中にいる時くらいは、こういう自分でいるのも……悪くない。
そんな風に、思っていた。
(あとがき)
さてはて、次回からそろそろ拠点的なの意外も進めて行こうと思います。
うーん、にしても元がエロゲーなためか、端折るとイマイチ伝わらないかも。PS2版も無理矢理な改変が幾つかありましたしね。