「俺も、戦争とか略奪とか‥‥そういうのを見るのは初めてじゃないから、わかるんだ」
静寂。黄巾の襲撃を受けて傷ついた村人たちが、ジッと俺を見つめている。
「凄い数の敵に、自分たちの街とか、家とか襲われて‥‥。そんな連中にもう一度立ち向かうのって、やっぱり怖い事だと思う」
弱音なんて吐けない、少なくとも今は。
「それでも、もうこれ以上、自分たちの大切なものが理不尽に奪われるなんて耐えられないと思うんだ」
責任を、取らなくちゃいけない。
「だから、戦おう。俺たちがいる、絶対盗賊なんかに負けさせたりしない」
本当なら、俺にこんな事を言える資格なんてない。
星みたいな武勇も、風や稟みたいな智謀もない。皆を守るなんて、そんな力はない。
でも‥‥‥この嘘こそが、俺が皆に出来る事。
「皆、力を貸してくれ!」
瞬間‥‥‥
『ーーーーーーーー!!!』
村人たちが雄叫びを上げ、びりびりと建物が震え、俺の骨の髄に響く。
「‥‥‥‥‥‥‥」
手を振って、俺はそこから降りる。屋根の上‥‥というのは星の提案(かなり強引な)。
そのまま、隣接した酒家の二階に上がり、部屋に入る。
「力を貸してくれ、か。とてもこれから軍を率いる者の言葉とは思えんが‥‥まあ、お前らしいな」
もちろん、あの言葉を言った時から傍にいてくれた星、風、稟も一緒だ。
「ああは言ったけど、実際どうしようか?」
「どうもこうもないですねー」
「どんな事でも背負う覚悟がある、と言ったのだ。詐称くらい甘んじて受けるのだな」
だからって‥‥今までの俺を知ってて、よくいきなりあんな言葉が出てくるな‥‥‥まあ、一度経験してるのに思いつかなかった俺も俺か。
‥‥‥いや、そもそも一人じゃそんな大それた真似出来なかったかも。
「戦いが終わった後、何食わぬ顔で街を去るも良し、罪悪感に耐え兼ねて全て白状するも良し。その辺りはおぬしが自分で決めろ」
‥‥‥そーですね。
「重要なのは一刀殿の能力でも、天の御遣いの真偽でもありません。襲撃を受けて心の折れた村人の鼓舞と、彼らを統率するためのわかりやすい指標です」
「‥‥‥そうだな」
手段なんて、選んではいられない。
星の突然の行動に振り回されたみたいな形ではあるけど‥‥‥‥今はこれで良かったと思う。
結局、俺のわがままに付き合ってくれている三人には頭が上がらない。
皆を奮い立たせて、この街を助けられるなら、俺一人が嘘つきになるくらい安いもんだ。
「それで、具体的にはどう戦う?」
言って、俺は机に地図を広げる。
「相手も雑軍だけど、こっちも農民兵なんだ。難しい陣形とかは無理だと思うんだけど‥‥。数なら向こうが上なわけだし」
俺の言葉に‥‥‥‥
「「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」」
「?」
何故か、返事はない。‥‥‥おいおい、まさか策なし!? 風と稟が頼みの綱だったのに!
そんな俺の心境が顔に出ていたのか、三人は慌てて否定する。
「いやいや! 打つ手無しというわけではないぞ?」
「ちょっと、驚いていただけなのですよー」
‥‥‥‥何に?
「先ほどの鼓舞の時にも思ったのですが‥‥‥」
稟の言葉を繋ぐように、星が‥‥‥
「一刀おぬし‥‥妙に場慣れしてないか?」
ぎっくし。
「確か天界の‥‥‥一刀殿の居た辺りでは戦いなどなかった。‥‥はずでしたよね?」
何か、面倒な話の流れに‥‥‥。ここは一発、誤魔化そう。
「そ、そんな事より! 今はどう戦うかだろ!? 本当に作戦あるんだろうな!?」
わざと、挑発する感じに言って話を逸らす。
「敵の兵数、攻めて来る方角、攻めて来る機。たとえ雑軍同士で、相手の兵力が少しばかり上回っていたとしても、ここまで事前にわかっている状況で負けるようなら、軍師失格ですよ」
自信に裏打ちされた稟の言葉が、ひたすら頼もしく聞こえた。
「‥‥‥‥‥‥‥」
相手はただ群れを成して突っ込んでくるだけの暴徒。だから、予め部隊を三つに分ける。
一つ、荒野のど真ん中に敵を誘い出すための囮の隊。
あとの二つは、伏兵として左右の森と丘に隠れる。
左は星、右は稟が率いている。奇襲という、一番効果的な攻撃が出来る部隊を星に率いてもらう‥‥というのは、俺の案。
囮部隊の前曲が俺、後曲が風。逃げたように見せた後に反転し、逆撃を与える。素人部隊でこれを円滑に行うために、前と後ろに一人ずつ指揮官を配置したのだ。
‥‥‥俺が前なのは、風を前にしたくないってだけの理由だけど。
『囮の前曲、ここが一番危険な位置だという事は‥‥‥わかっているな?』
星の言葉が、重くのしかかる。
後退と反転、この作戦で一番難しいのは、このタイミング。そしてそれ以上に危険なのが‥‥最前線と殿という二役をこなさなければならない中央前曲。
『おぬしは既に、皆が心の支えとする御旗。前曲であろうと、死ぬ事も‥‥無様を晒す事も許さん』
だけど、一気に勝負を決めて、村人の被害を出来るだけ少なくするためには、星に奇襲を掛けてもらうのは外せなかった。
危険だとわかっていながら、稟や風に任せるわけにもいかない。
それに、素人なりに場慣れだけはしている。反転の銅鑼を聞き逃すようなヘマだけは‥‥‥しない。
『"天の御遣い"のお前が取り乱せば、全体が混乱する。もしそうなれば、最悪の結果を招きかねない。それも、わかっているな?』
俺はそんな風に、理屈だけで考えていた。‥‥‥甘く、見ていた。
『ーーーーーーーー!!』
戦場で人が死ぬのを見るのは、確かに初めてじゃない。
「ッ二人一組で戦うんだ! 隣の仲間を助ければ、その仲間が自分を助けてくれる!!」
襲い掛かってくる賊軍に、押され、退がりながらも‥‥‥一方的な虐殺を受けるわけにはいかない。
今までのどんな時よりも前に出る戦場‥‥‥それこそ剣や槍が交錯するような空間で、頭が沸騰するようなふわふわとした現実感の無さが、俺の全身を支配する。
頭のどこかで‥‥‥"自分は指揮をしていればいい"。そんな風に考えていたんだろうか。
「死ねえ!!」
敵兵の一人の槍に、反応出来なかったのは。
「御遣い様ぁ!!」
それが俺を貫く前に、味方の村人の鍬が、その敵兵の腹にぶち当たり‥‥血飛沫が舞う。
それ自体は、もはや見慣れた光景。それを見ただけで取り乱しなどしない。
ただ‥‥やはりどこか他人事のように感じていた。
「御遣い様! やってやりましたぜ! 御遣い様に槍なんざ向けやがった身の程知らずをぶち殺してやりやしたぜ!!」
俺を助けてくれた村人が、狂熱に浮かされたように言う。その後ろで、賊の一人が剣を振り上げる。
「(あ‥‥‥‥‥‥)」
自分でも、本当に元現代日本の高校生かと思うくらい自然に‥‥‥まるで部活の剣道の稽古のように。
「ぐぶっ‥‥!」
うがいでもしているような水音を立てて、敵兵が崩れ落ちる。
「あ‥‥‥‥‥‥」
俺は、敵兵の喉を突き刺していた。
『死ぬ事も‥‥‥無様を晒す事も許さん』
「あ、ありがとうごぜえます! 御遣い様!!」
人を殺して、礼を言われる。やはり、異常な空間。
俺は‥‥‥泣かなかった。騒がなかった。取り乱さなかった。
ただ‥‥‥‥‥
ジャーン! ジャーン! ジャーン!
左右の奇襲部隊の銅鑼の音が響く。
「やられるフリはここまでだ! 街をめちゃくちゃにした連中に、今こそ皆の力を見せ付けてやる時だ!!」
この現実感の無さに‥‥‥この戦いが終わるまで飲まれていようと、決めた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
星と稟が奇襲を掛けてからは、本当にあっという間だった。
混乱し、三方から攻め立てられた賊軍は蜘蛛の子を散らすように崩壊した。
とりわけ、奇襲一番の星の突撃が強烈だったな。
「‥‥‥‥‥‥‥」
街は、どこもかしこも勝利に湧いている。でも、戦死した者のために涙を流す人だって‥‥必ずいる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
俺は、祝勝騒ぎから一人外れ、井戸の水で制服を洗っていた。血の汚れは、早く洗わないと落ちないから。
「‥‥‥綺麗になったな」
人を、殺した。
何人殺した? よく覚えてない。十人はいなかったと思う。
「‥‥‥‥‥‥俺は」
大陸を平和にするとか、仲間たちが怪我するのを見たくないとか、そんな事を安全な所から言って‥‥‥
「"こんな事を"、皆にさせてたんだな‥‥‥‥」
いや、俺はまだ死んでない。怪我もしてない。
"こんな事"とか言っても‥‥‥‥きっとまだ全然わかっちゃいない。
「‥‥‥‥こんな顔で、皆の前になんて出れないよな」
戦場の雰囲気に飲まれた"おかげで"取り乱さなかった、というのは皮肉な話だ。今までより少し前に出ただけで‥‥まるで別空間だった。
いざ平静に戻ったら、こんなに情けない顔をしている。
井戸水に映った自分の顔を見たくなくて、水をバチャバチャと叩いた。
皆を戦わせといて、こんな顔していいわけないのに。
「一刀」
「!?」
後ろから掛けられた声に、びくっと震えた。
この声は‥‥‥星か。
「どうした? 皆がお前を探しているぞ」
声を掛けられたのが後ろからで良かった。今の顔を見られたくない‥‥って、やべ‥‥!
「‥‥‥‥‥(コクッ)」
声を出そうとして、涙声が出そうになった。誤魔化すように、首を縦に振る。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
星は、何も言わない。
あー‥‥‥格好悪い。星の事だ、今ので絶対気付かれた。
トン、と軽い重みが背中に掛かる。俺が椅子代わりにしていた大きな石に、星が背中合わせに腰掛けたらしい。
今は‥‥‥一人にして欲しいのに。
「後悔、しているか?」
顔を覗き込まれないのは嬉しいけど、今は話し掛けて欲しくない。
また変な声が出そうで‥‥俺は首を横に振って応えた。
「またこんな事があっても、人々を助けたいと思うか‥‥?」
手に残る嫌な感触と、それを人にさせている事を思って‥‥‥少しだけ黙り‥‥‥首を縦に振った。
‥‥‥それでも、ほっとけるわけないじゃないか。
「‥‥‥‥っ、どっか、行って、くれない‥‥か?」
いい加減煩わしくなって、突き放すような事を言ってしまった。しかも‥‥めちゃくちゃ情けない声で。
「それでもまだ、甘く、青臭い事が言えるというなら‥‥」
俺の言葉を聞いていないのか、星は持っていた徳利から、杯に酒を注いでいるらしい。
「おぬしは佳い男だよ‥‥‥」
‥‥‥一人にさせては、くれないらしい。
もう諦めた。
「血なまぐさい戦の後だと言うのに‥‥今宵の月は綺麗だな。これはしばらく、目を離さずにはおれん」
月は、背中合わせになっている星の側に在る。俺からは見えない。見る気もない。
「こういう月夜は酒が旨いな。明日には、ここで話した事も忘れているかも知れん」
‥‥‥そういう事、か。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
背中合わせにすぐ傍にいる星は、月しか見ていないらしい。
聞いた事も、明日には忘れてくれるらしい。
だから俺は、星がすぐ後ろにいても構わずに、その後‥‥‥‥少しだけ泣いた。
(あとがき)
本作を読んで下さる方々、感想をくれる方々、いつもありがとうございます。
執筆意欲の八割は、そういった皆様のおかげでありますので、何となくこの機に感謝を。