「え? えっ!?」
何だ今の……口上?
つーか普通、ああいうのって途中で代表者が交代とかしないよな?
落ち着け俺、迫る軍勢にも慌てず落ち着け。
「落ち着きなさい!」
「ぎゃっ!?」
そんな俺の後頭部に、稟の拳が叩き込まれる。
「総大将が兵の前で狼狽えてどうしますか!?」
「なら総大将をグーで殴んな!」
しかも、今落ち着く所だったんだよ!
「劉備の停戦の提案は、どうやら独断で行なったもののようです。それを曹操が遮って宣戦布告にすり替えたのでしょう」
あ〜……弱小勢力だから連合内でも立場弱いわけね。前の世界の経験上、それは痛いほどにわかる。
しかし、それでもなおこの土壇場で停戦を強行しようとするとは……さすが桃香というべきか。
「考える時間などありませんよ。結果的には上手くこっちの勢いを殺されてしまった」
……って、確かに感心してる場合でもないか。このまま黙って突撃食らうわけにもいかない。
「星、霞、恋。行けるな!?」
「ぃよっしゃ! 待ってましたーー!」
「無論だ」
「(……コクッ)」
心強い返答。だけど、下手すれば愛紗や鈴々だって相手にしなきゃならないんだ。
「皆の力は信じてる。だけど……無理はしないでくれよ?」
その言葉に、呆けるように一拍置いて、
「「応!」」
「(コクコク!)」
了承を得る。後は、信じるだけだ。
「聞け! 北郷軍の勇者たちよ! 敵は強大、さりとて恐れる事はない! 我らは神に遣わされた天兵なり!!」
自分でも胡散臭いと思う口上にも、もう慣れた。これで皆が少しでも奮い立つなら、それに越した事はない。
「皆の前には天下に轟く猛者が在る! 神算鬼謀の軍師が在る! 恐れず進め! 薙ぎ払え! 皆の命、この北郷一刀が預かる!」
高らかに叫んで抜いた剣の動きに合わせて、全軍が各々の武器を構えた。
「全軍、突撃ぃーー!!」
「桃香さま! お下がりください!!」
「でも………」
「早く!!」
やられた。……いや、元々博打のようなものだったのだ。
北郷軍が止まった時は、成功したように思った。このまま停戦としての体裁が成り立てば、誇り高い曹操は攻撃出来ないだろうと。
だが、それはその逆も成り立つという事。
桃香さまの宣言を遮り、曹操が宣戦布告を告げた今、当然北郷軍も突撃の構えを取っている。
「もはや北郷軍は、我らも敵と判断しています! このままでは……」
「ダメだよそんなの!」
多少混乱状態になっておられるのだろう。私の言葉を中途で遮る桃香さまに……ああもうっ! 上手い説得が出てこない。
と、その時……
「桃香さま! 停戦を押し通す道なら、確かに両軍を救う事も出来ました。でももう違います! ここでの撤退も、もちろん北郷軍への加勢も、連合軍である曹操さんへの裏切りになります!」
朱里が、必死で桃香さまに言い聞かせる。
そうだ。“仲裁”なら、まだ裏切った事にはならないが、見捨てて逃げる事は完全な裏切りだ。
桃香さまの気持ちは、痛いほどに理解出来る。だが……ここで撤退を選べるくらいなら、最初からこの場に同行などしない方が良かった。
そして、このままぼやぼやしていては、むざむざ我らが同胞が討たれる事になる。
「あ………」
途方に暮れるように言葉を失う桃香さま。……仕方ない。
「……処罰は後ほど、如何様にも受けます」
短く呟いて、私は軍馬に飛び乗った。
「行くぞ鈴々! 無益な戦いとて、指をくわえて見てはおれぬ!」
「……わかったのだ」
鈴々は、子供ではあっても一軍の将。どこか納得がいかない声で、しかし賛同してくれた。
桃香さまの願いが届かなかった、起きてしまった戦い。それでもそこに、身を投じるしかなかった。
覚悟を決めて見据えた先で、白い衣が翼のように靡いていた。
「星、霞、恋。敵将は任せる! その間の指揮は俺と稟が預かる!」
呼び掛けに応じて、三人が一気に先駆ける。
兵の数はもちろん、練度だって負けてはいないはず。武将の数は完全に負けてるが……恋がいる。
「一刀殿!」
「稟! どうした!?」
星たちの正面衝突の合間に、部隊の一部を左右に岐けて挟撃しようか。とか考えていた矢先に、稟の焦った声が届く。
「おかしい……。敵軍の数が妙に少ないのです」
「? ………あ」
言われてみれば、報告によれば敵は総勢七万以上のはず。よく見なければわからないが……少ない気もする。
「ここまでの強行軍で脱落した。とかは?」
「あり得ない話ではありません。しかし……あの曹操がこの兵力で洛陽に攻め込もうとしていたというのは、少し不自然です」
確かに、虎牢関とかに比べれば多少は楽だろうけど、洛陽だって籠城すれば易々と制圧なんて出来やしない。脱落者が続出した状態で、華琳が無理にやるような博打か?
と、そこまで考えた。その時………
『っ!?』
遠く、しかし激しく馬蹄が響く。戦場から僅か離れた渓谷の所から、もうもうと砂煙が立ち上っている。
「伏兵!?」
「……やられましたね」
華琳は、『袁紹を囮にして、その間に洛陽を落とそうとしている』。それが俺たちの認識だった。
華琳たちは一刻も早く洛陽を目指し、俺たちはそれを一刻も早く阻む。
だから策も何も講じる暇もなく、ひたすら急いだ。
それが、こんな所でわざわざ兵を伏せていたという事は………
「最初っから“こっち”狙いかよっ!」
「………一刀殿、兵力差が埋まったわけではありません。私が一軍を率いて伏兵を迎撃します。貴殿は本隊に」
焦る俺と対称的に、稟は努めて平静に事に対処している。けど……
「稟、“気にするなよ”?」
その背中は、どこか怒りを内包している様に見えた。それも……腑甲斐ない自分への。
「今回、洛陽を攻められる事を怖れて、虚兵に騙されてた事に焦って、行軍を急がせたのは俺だ」
俺には完全には理解出来ないけど、多分軍師としての誇りに障ったんじゃないか、と思う。
でも、今は……
「そんな事を、この非常時に考えるものですか」
「っ……!」
俺の懸念を、平気な顔であっさり否定して、少し稟は呆れた顔を見せる。
「“そんな事”より、貴殿にはしっかりしていてもらわないと困ります。星たちの手が塞がれば、兵力差を活かせるのは貴殿の手腕一つにかかっているのですから」
「お……おう! 任せろ!」
冷静な態度が何とも頼りになる稟に触発されるように、ドンッと胸を叩いて強気を示す。
「………ます」
「え……?」
去りぎわ、微かに弛んだ口元から零れた言葉は、聞き取れなかった。
とはいえ、いつまでもぼーっとしてもいられない。
「伏兵の存在に動揺するな! 迎撃に向かった仲間を信じ、前の敵を見据えろ! 先んじた将たちに遅れるな!!」
「(桃香……止められなかったのか……)」
風を切る駿足に揺られて、想う。
戦いを嫌う、心優しい友達を。
私には事の詳細まではわからないが、失敗の原因は一つ……いや、一人しかなかった。
「(けど、ここで曹操を見殺しにも……出来ないだろ)」
発端はどうあれ、真実はどうあれ、自分たちは連合に参加してしまった。
それを今さら見捨てる事など出来ない。それでは、袁紹や袁術と大して変わらない。
桃香は、辛いだろうけど……!
「行くぞ、我が無敗の『白馬陣』! その眼に篤と焼き付けろ!!」
「痛ッ………!?」
「流琉!?」
敵陣から伸びた一矢が、流琉の足に突き刺さる。
「呂布だ! 皆、畳み掛けろ!!」
足ならば、ひとまずは心配は要らない。駆け寄った季衣に任せて、今は敵に狙いを定める。
でなければ、被害は広がるばかりだろう。
武人として、一対一で戦いたいという思いは、当然ある。
だが、そんな悠長な事を言っている場合ではない。それは……私よりずっと呂布と正々堂々と戦いたいはずの姉者もよくわかっている。
いや、わかっているというより、感じているのだろう。
姉者、凪、真桜、沙和と、次々に飛び出す。季衣もすぐに参戦するだろう。
「………シッ!」
しかし、その接近する間にも次々と放たれる矢の一本が……
「うあっ………!?」
「真桜!!」
躱しきれなかった真桜の肩を捉えた。
「おのれ!」
味方に当たらないように今まで矢を放てなかった私は、ようやく呂布を狙える立ち位置を得て、矢をつがえ………
「待てやぁ!!」
「ッ………くっ!」
別方向から迫っていたもう一人に、反射的に放っていた。挙げ句躱される。
「あ〜〜あ、また弓使いかぁ〜……。ウチ、ホンマは刃と刃でガンガン打ち合うんが好きやねんけどなぁ……」
「……弓使いと戦いたい者など、同じ弓使いくらいのものだと思うぞ」
「それもそか」
近くで見た事はないが、間違いない。神速の、張文遠だ。
「どいつもこいつも恋にばーっか向かいよるし、関羽は星に取られるし、ツいてへんわ。ホンマ……」
「……私も、随分と舐められたものだな」
言うに事欠いて余り物扱いか。そして、呂布にあれだけの人数が向かってもまるで焦っていない様子が、なお腹立たしい。
「いや、舐めてへんよ? ただ何ちゅうか……好みの問題?」
戦いを無上の喜びとしているのが、一目でわかる。華琳さまはこの者を欲していたようだが……その余裕はない。
既に流琉と真桜は戦えまい。数人がかりとはいえ、姉者たちも危ないかも知れない。
「…………なぁ」
そんな内心を見抜かれたのか、
「舐めとんの、どっちや?」
射殺さんばかりの鋭い眼光が、私を打った。
「(………二人)」
無表情。否、冷淡とさえ言える雰囲気を纏って、恋は迫る敵将を見据える。
急所から外した二人を“それなりに”評価しながらも……当たったから良しと、軽く判断する。
「(……もう一人、いける)」
弓を構えて、一番動きが鈍い……剣を二本持った沙和を狙う。
近づかれる前に、矢でもう一人……、その思惑は………
「恋ーーーっ!!」
「っ!?」
その瞬間、横から響いた怒声が、思考を遮る。
まるで防衛本能に任せたような迷いない挙措で、恋は弓を放り出し……
「「ッ!!?」」
拾い上げた方天画戟で、その豪撃を受けとめた。
「……鈴々」
「……恋。鈴々は戦うよ。もう理由なんてよくわからないけど……でも、守るために戦う」
短い間とはいえ、共に戦った小柄な姿。そしてその言葉を認めて、恋はコクリと頷いた。
「構わない。恋も、一緒」
恋は戟を肩に担ぐように構えて、眼を鋭く細めた。
その間に、三人の曹軍の将も距離を詰めていた。
四面楚歌。そう呼んでもいい状況でも、恋の表情は欠片も揺らがない。
燕人張飛と曹軍最強の夏侯元譲を含めた四人を前にして……何の気後れも感じていない。
ただ淡々と、しかしどこか自信と強さに溢れた声で………
「……来い。恋の本気、見せてやる」
静かに、無双演舞の幕が上がる。
(あとがき)
前回は私の無知で醜態を晒したようで申し訳ないです。
前回の華琳の宣戦布告は、桃香の狙いを阻止するために咄嗟にそれらしい事を言っただけで、内容自体にあまり意味はなかったりします。