『孫策も袁術もいない。今の状況では、北郷に対抗出来るのはあなただけね。麗羽』
『か……華琳、さん……?』
『昔から喧嘩してばかりだったけれど、本当はあなたの事、認めていたのよ』
『え? そ、そんな……急に、わたくしどうしたら………』
『この連合の希望、あなたに託すわ。私と劉備、公孫賛が今から南の間道に向かって囮になるから、あなたは正面から北郷軍を打ち破ってね』
『か……華琳さん! わたくし、今まであなたの事を誤解していましたわ!』
『後は……頼んだわよ』
「……自分自身に鳥肌が立ったのは生まれて初めてよ」
「主殿や桂花から聞いた袁紹の人物像を考えると、ああ言うのが一番ノせやすいと思ったのです」
音々音……だからってねぇ!
……いや、私相手でも無遠慮にこんな策を進言出来るのはむしろ長所か。
「……ああ、おいたわしや華琳様。ねね! あんた華琳様に何言わせるのよ!」
「? 元々同性同士で発情出来るのですから、特に問題はないのでは?」
「「発情って言うな! そしてあんなの(袁紹)と一緒にするな!!」」
憤る桂花に対するねねの返答に、桂花と春蘭が綺麗に言葉を重ねる。
……あなた達、案外気が合うみたいね。
「しかし、見返りとして得られたものは大きいかと。結果的に、袁紹を上手く釣り上げた北郷一刀への意趣返しにもなります」
秋蘭は、音々音の作戦を評価しているらしい。
確かに、“北郷と同じように”麗羽を利用した反撃というのは面白そうだ。
でも……
「“得られた”と判断するのは早計よ、秋蘭。本営に置いた虚兵がいつ見破られるかわからないし。それが言えるのは、この先の関を抜けて………」
北郷軍の度肝を抜いてからだ。
『じゃんけんぽん! あいこでしょ! あいこでしょ!』
「…………」
あまりに不毛、しかも延々と続けられる袁紹の攻撃。そして動かない曹、劉、公孫陣営を怪しく思って、密偵を多数放ち、密に探った結果……本営で動かない華琳たちの旗の下には、将どころか老兵ばかりしかいない事がわかった。
そして、それに気付いた時には、大軍が通るには不向きな間道の関を破り、洛陽に迫っている事もわかった。
明らかに遠回りで小回りの利かないルートを、既に結構な日数を消費した後に、だ。
最初に、俺たちが東の最前線で構えて連合軍を誘き寄せた事が、逆に『他の場所から来て欲しくない』事に気付かせてしまったらしい。
華琳たちか、あるいは朱里かはわからないが、そこに気付かれた。
袁紹を焚き付けたやり方から考えると……華琳たちの説が有力か。
……で、袁紹相手に籠城戦を続ける役と、急いで迎撃に回る役とに分かれなきゃならなくなったわけだが………
『あいこで………』
じゃんけんが長いんだよ、君たち。
『っっしょ!!』
そして……ようやく決着。
「あ………」
「よっっしゃああーー!!」
「♪」
「くくくっ、悪いな華雄。精々おとなしく留守番をしているがいい」
負けたのは、舞无。
居残り一人決めるのにどんだけ時間食ってんだよ。洛陽に向かわれたら風が大変だぞ。
にしても……舞无か。前の世界の経験上、そこはかとなく不安なんだけど。
「雛里……舞无の押さえ役、頼んで大丈夫?」
「むっ……無理ですぅ!」
小声での確認に対するあまりの即答に、思わずガクッとうなだれてしまう俺。
せめて善処するとか言って。やる気くらいは見せてくれ。
「私たち全員の手綱を握れるのは、結局ご主人様だけなんです」
「……………」
これは、認められてると喜ぶべき所なんだろうか? 何か微妙に誤魔化されてる気もするけど……まあ、雛里の言いたい事は何となくわかった。
「くっ、この“ちょき”が……このちょきがぁ……!」
この子に釘刺してから行け、と。
「舞无」
「何だ!? やっぱり私も行っていいのか!?」
声を掛けただけで都合良く解釈して瞳を輝かせる舞无。……の、両肩に手を置き、真っ正面から見つめる。
「かっ、一刀……?」
肌が出ている部分(肩)を捕まれたからか、あからさまに狼狽する舞无。……何か俺の真剣具合が伝わってない気がするけど、まあいいか。
「舞无は、『江東の小覇王』なんて呼ばれてる孫策を、一騎討ちで追い払った、凄く強い武将なんだ」
「い、いきなり何を……」
もじもじと視線を逸らす舞无の両頬を掌で包んで、強引に眼を合わせる。
敵が愛紗ではなく袁紹とはいえ、関から飛び出して自滅、という前の世界の現状を繰り返しちゃいけない。顔良はまだ残ってるし。
……何より、前の世界で、舞无はそれで命を落としたんだ。
「自信、持っていいと思う。舞无は強いんだ。俺が保証する」
「ばっ、馬鹿よせ! こんな……皆の見ている所で……」
当人は何か別ベクトルに盛り上がってる気がするが、悪いけどこっちはマジだ。
「だから、何言われたって鼻で笑い飛ばしてやればいい。余裕でどっしり構えてた方が、カッコいいぞ?」
「わ、わかった! わかったから離れろ! で、でないと、私は……」
わかってくれたらしいので、沸騰しかけている舞无を放す。
何か湯気的な物を出しながらへなへなと座り込んでしまったが、いい加減時間が無い。
「雛里、いざとなったらシ水関と虎牢関も放棄していいから。雛里の判断に任せる」
「はい!」
そのまま早足に背を向けて、出陣する。
「行こう」
「……鬼畜」
「……外道」
「……色魔」
「……恋も」
……たまには格好良く締めさせてくれ。
「やはり来たわね」
遠方からもうもうと立ち上る砂煙を視界に認めて、華琳は口の端を引き上げる。
その、元々の華琳の予測が的を得た事に、桂花は苦々しげに表情を歪めた。
当然、主君の読み、それ自体が気に入らないわけではない。その読みが当たる事で、“対象の評価の正当性”までが実証されてしまうのが気に入らないのだ。
「やれやれ……物事を様々な視点から見極める軍師が嫉妬に狂う様は、正直見るに堪えませんなー」
「何ですって! もう一度言って見なさいよこのちんくしゃ!」
「痛たたたたた!? ネコミミがいじめるのですー!!」
そんな桂花の様を嘲笑う音々音は、当然の報いとして、頭を拳でぐりぐりといたぶられる。
桂花にとって、自分以外で主君の関心を向けられる者、その全てが敵なのだ。
一方、普段ならば同類の行動を取るはずの春蘭は、両の瞳を閉じて、常からは考えられないほどの緊張感を発していた。
「……華琳様、呂布は」
「……構わないわ。思う存分戦いなさい」
一つの懸念。華琳の才能を愛する性質から、天下無双を欲する、という可能性は、これで消えた。
それでも纏う緊張感を欠片も緩めず、春蘭は再び瞳を閉じて方膝を折る。
その春蘭に要らぬ声を掛けず、華琳は秋蘭に話し掛ける。
「張遼の方なら、捕らえられるかしら?」
「……華琳様、お言葉ですが……」
「冗談よ」
前方の北郷軍十万、そして華琳と桃香、そして白蓮の軍は総勢は約七万。
この状況で敵の勇将を捕縛しろ……という無茶を、さすがの華琳も言いはしない。
ただ、こうやって一度口に出しておく事で心の片隅に留めてくれる。……という未練のような気持ちがあったのも事実だろう。
迫る敵軍を前に、戦いの意志が漲る曹操軍。そんな中で、それは起こる。
「止まってください!!!」
『!!?』
お腹から思い切り声を張り上げる、まるで舌戦でもするかのように距離を見計らって。
この戦い自体、本来なら起こるべきじゃなかった。けど、それを今さら言っても仕方ない。
だけど……まだ止められる。
だって、北郷軍は止まってくれた。
「私たち、反・北郷連合は、北郷軍に停戦を申し入れます!!」
馬蹄が幾つも響いて、こっちに近づいてくる。曹操さん達だ。
当然だ。曹操さんは私たちを、都合の良い追加戦力として連れてきたつもりだったんだろうから。
でも、私には私の戦いがある。連合を見捨てずに戦いを止めるには、これしか無いと思った。
「劉備! あなたいきなり何を言いだすの!?」
馬から降りて、怒りも露に歩いてくる曹操さん。その前に……
「曹操殿、悪いがここは下がっていてもらおうか」
「関羽!?」
愛紗ちゃんが、青龍刀を提げて立ちはだかる。
刃を向けてはいない。
……ありがとう。
「この戦いは! 一部の人間の野望と誤解が生み出したものです! これ以上無益な血を流す必要はありません!!」
その間に、私は大声で北郷軍に呼び掛ける。
一刀さんなら、きっとわかってくれる。
止められる。今からでも遅くない。
「だから、話を……」
「北郷一刀!!」
そう……信じていた。
「この戦いの発端は敢えて問うまい! だが、貴様が帝を抱え込み、話し合いの場も作らず、諸侯連合に牙を剥いた事は紛れもない事実!!」
私の声を遮るように叫んだ曹操さんの言葉が、朗々と響き渡る。
「その胸に餓虎の野望を秘めているのはわかっている! 何より、血盟を結んだ我が同志たちに数多の血を流させた貴様に、帝を守る資格などありはしない!!」
それは、宣戦布告。
「待っ………」
事前に言っても、止まってくれない事はわかっていた。だから、こうして戦いを止めれば、曹操さんは“騙し討ち”を良しとはしないんじゃないかって。
もっと上手いやり方があったのだろうか?
それとも、やっぱり私の理想は、理想でしかないのだろうか?
どちらにしても……
「全軍、突撃ぃーー!!」
私は、止める事が出来なかった。
(あとがき)
今回、何か華琳たちが瞬間移動してるみたいに見えるかも。
袁紹と結構長い事戦ってる、という感じにしてるつもりなのですが。不安。
そして謝罪を。
真の蜀√で、会話の中で軽く選択肢に入ってた『凾谷関』。実際にはあり得ない配置だったようなので、修正しました。
頂いた感想によると、まあこれでも不自然さは消えないかと思われますが……それを助長させる単語だけでも除きました。
浅い知識で書いてるツケ、ってやつですね。お騒がせして申し訳ない。