「……私、前に北郷が『袁紹に気をつけろ』って言ってた意味、何となくわかった気がするんだよなぁ……」
「……そんな事言われたんだ。白蓮ちゃん」
活動停止状態の連合。私は今の状況に辟易して、桃香の陣地を訪れていた。
「洛陽も結局平和みたいだし、私たち一体何しに来たんだろうなぁ」
そもそも、この連合自体がはりぼてのようなものだ。それをつくづく思い知らされた。
けど、これが本当に朱里が言うように、北郷の仕組んだ事だって言うなら……ちょっとえげつなさすぎる。
とはいえ、洛陽が平和だって言うなら一方的に責められる状況じゃないけど。
まあ、どっちにしても、今の連合じゃ勝ち目なんかなさそうだし……
「解散、だな」
「これだけ好き放題やられて、手ぶらで帰れるわけがないでしょう」
「手ぶらって言ったって、そもそも洛陽の民を助けるって目的自体がでたらめだったわけだし………」
………って、
「「曹操(さん)!?」」
こいつ、いつの間に天幕の中に……!?
「あっ、愛紗ちゃんが入り口にいたはずじゃ……」
「ああ、今も表で春蘭と騒いでるわよ」
困惑しきりの桃香に、涼しい顔で応える曹操。って言うか、何でこいつこんな冷静? 夏侯惇が騒ぎ起こすのって日常茶飯事なのか?
「まあ、虎が戯れ合ってるようなものでしょう? 構わず話を続けましょう」
「虎が戯れ合ってて無視できるか!」
っていうか、夏侯惇とか愛紗とか以前に礼節の問題だろ! 礼節の!
「……今の言い方だと、曹操さんも都の実状を知っていたように聞こえますけど」
桃香! 流すなよ!
「当たり前でしょう。むしろこの時期に王都の状況を把握するように努めていなかったあなたたちの方に驚いたわよ」
ッ……こいつ、無視した挙げ句にいけしゃあしゃあと……!
「だったら何で連合なんかに参加したんだよ! 北郷の無実は知ってたんだろ!?」
「この先の大陸で生き残るため、ひいてはこの大陸を救うためよ。……もっとも、こうなってしまっては参戦しなかった方が得策だったのかも知れないけどね」
……大陸のため? また意味のわからない事を。
「大陸を救う……。曹操さんにとって、そのための手段が、これですか?」
桃香……? 曹操のわけのわからない発言の意味をわかっているのか、桃香は妙に何かを悟ったような表情で曹操に訊ねる。
「そうよ。あなたも言っていたわね、『みんなが笑顔で過ごせる平和な世界にしたい』と。……まさか、何の覚悟もなしにその言葉を口にしていたわけでもないのでしょう」
「ッ………!」
……ちょっ、何だ何だこの会話は!?
何で反・北郷連合の話からいきなり大陸救済の話に飛ぶんだよ!
よくわからんけど……口を挟めない雰囲気だ。私も太守なのに……。
「……まあ、その話は今はいいわ。今回はただ、頼みごとをしに来ただけだから。……“連合軍の同志に”、ね」
友好的な言葉を、高圧的な態度で言う女だった。
「……桃香、あれで良かったのか?」
白蓮ちゃんの言葉には、どこか気遣わしげな色が濃い。立場は……同じとは言えないけど近いのに、私を気遣う。
やっぱり優しいんだ、白蓮ちゃんは。
「……うん。これでいい」
私たちみたいな弱小勢力じゃ、断るに断れない。という事ももちろんある。
何より、私たちは盟約を交わして、連合に参戦した。
『情に捕われ、義を忘れるわけにはいかない。そうですよね?』
「ッ……!」
愛紗ちゃんの言葉が、胸に痛く突き刺さる。
いくら野望のために集まった連合でも、いくら仲間同士で殺し合っていても……仲間を見殺しにするわけにはいかない。
そんな事をしたら、誰にも私の言葉なんて伝わらなくなる。
「(……理想が私を、押し潰す)」
一刀さんと戦うのは、辛い。それでも戦わなきゃいけない。
戦う必要なんてない。それでも戦いは止まらない。
どこまでも私の想いを置いていく現実を前にして……愛紗ちゃんの『夢の言葉』が、痛いほどに実感出来ていた。
「ふぁ……おはよう。今日はどう?」
「どうもこうも、見ての通りや」
シ水関の上から見下ろす戦場に、金ぴかの鎧が暴れていた。
シ水関、虎牢関は、聳え立つ両脇の断崖の間の道を阻むように建てられた不動の要塞。
要するに、前方からの攻撃にだけ注意してればいいわけで。守りやすいったらありゃしない。
「………シッ!」
また一人、指揮官っぽい男の首のど真ん中に、矢が吸い込まれるように突き刺さる。
砦の上から放った、恋の矢だ。
「恋って……弓も凄かったんだなぁ」
「そら、伊達に“飛”将軍やなんて呼ばれとるわけやないからな」
若干得意気に霞が胸を張る。前の世界じゃ、戟を振ってる所しか見た事なかったもんなぁ。
まさに百発百中、下手すりゃ紫苑より凄いぞ。
「! ………一刀?」
と、こちらに気付いた恋が、無造作に弓を放り捨てて、トコトコとこっちに………って、
「恋、サボっちゃダメだってば!」
「……遊ぶ?」
……話聞いてたか? 恋。
「今は味方を守るために戦ってるの! 今日は恋の当番だろ?」
「……さっき、恋を褒めてた」
言いながら、悲しげに眉を落とす恋。それは反則!
と、そんな俺の慌てふためく様子に、何か嬉しい予感でも感じ取ったのか、触角がピクッと揺れた。
ああもうっ!
「撫でる?」
「撫でる!」
ぐりぐりと頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細める恋。しかし、その誘惑に負けてはいられない。
「ほら戻る! 皆恋の事頼りにしてるんだから!」
「……もっと、撫でる」
「あーとーで!」
不満そうな恋の背中を押して、持ち場に戻らせる。
いかにも不承不承という体で、恋は弓を拾い、ものぐさな様子で……百発百中。
恋……恐ろしい子。
「ま、気ぃ抜けるんもわかるけどな。相手はもうこっちより少ないくらいやし、何より指揮が、このシ水関に無謀な突撃を繰り返すだけ。ビビる要素が無いもんなぁ」
両掌を上に向け、拍子抜けといった仕草で肩をすくめる霞。
油断大敵、ってのはわかってるけど。実際こうやって籠城戦してれば被害はほとんど出ない。
この間袁紹が挑発しに来たけど……レベルが低すぎて怒る気にもならなかった。
「孫策が、上手くやってくれたみたいだからな」
実際、孫策を餌に連合の誰かを釣り上げて、連携を壊せれば成功。くらいに思ってたけど………
「袁術まで巻き込んで盛大にやってくれるとは思わなかった」
おかげで連合は予定以上の完全崩壊。功を焦った袁紹(その他)が連日突撃してきてくれる。
もちろん、前に皆に話した『コンビニアタック』じゃない。
あれは、指揮官が多い“連合という長所”を活かす事が前提の作戦だ。
今の連合じゃ、他勢力との連携はまず無理だろう。
ただ………
「……………」
全く行動を起こさない、桃香と華琳、ついでに伯珪が気になる。
密偵曰く、連合本営にはいるらしいのだが……何か不気味だ。
この守りやすい地形は、密偵を出すのにはあまり向いてないって事実も、不安を助長させる。
もちろん、すでにこの戦いを無益だと判断して静観してる可能性もあるんだけど………。
「……何か不安なんか?」
「……いや」
杞憂なら、それでいいし。何より、あやふやな言葉で皆にまで不安を与えてもしょうがない。
……ってか、
「顔に出てる時点でダメじゃねえか」
「!?」
俺の心の声の台詞を先取った霞が、呆れ顔を向けてくる。
「今さら一刀が威厳ある王様になんかなれやせんのやから、似合わん事せんと思った事は素直に話したらええねん」
「ぐっ……!」
おのれ。俺の今までの数々の葛藤(意味があったかについては保留)を無に帰すような言い方をしやがって。
「何なら、出撃して下の連中蹴散らしてきたろか? そんで洛陽に帰ったら要らん不安なんぞ無くなるやろ♪」
「馬鹿言わないの」
確かに今の状態なら負けるとも思えないけど、無駄な被害を出すわけつもりはない。
相手が突っ込んできてくれる内は、出撃は無しだ。
「ちぇ~~……つまらん」
口を3の形にしてぶーたれる霞に嘆息しながら、俺は今度は倍の密偵を出そうと決めた。
(あとがき)
今回はいつもよりちょっと短め。
前回の感想で、孫策軍の兵数が不自然だ、という意見を頂き、私も「全くだ」と思ったので修正しときました。
お騒がせして申し訳ない。