「よし!」
ドンピシャ。流石稟……いや、行軍速度を調整してた星が凄いのか? どっちにしても凄ぇ。
交差法みたいに入れ替わりに突撃した霞の軍を見送りながら、俺はグッと拳を握る。
後は俺たちも反転して……とか考えていると、
「うあぁっ!」
後ろから悲鳴が聞こえて、頬に温かい液体……血が飛んだ。
「北郷っっ一刀ぉぉー!!」
「っ!?」
さらにその直後に耳を叩いた大音量に、何事かと振り返れば……一人の女が、剣で俺たちの軍の兵士を斬り倒しながら、馬を全力で走らせていた。
桜色の髪、褐色の肌、青い瞳……おまけにあの剣。
「っっ孫策か!?」
「あ、やっぱりあなたが北郷なんだ?」
あ………しまった。
「こんな簡単なカマ掛けに引っ掛かるなんて……あなた自身は結構馬鹿?」
「余計なお世話だ! 大体、こんな敵軍のど真ん中に単騎駆けするような奴に言われる筋合いねえよ!」
「あら、それなら平気よ。私、強いもの」
何でもないようにそう言って、孫策はまた二人斬り倒して俺に迫る。
そこからさらに、俺を守るように突っ込んだ騎兵三人も一振りで斬り倒す。
……冗談じゃない。甘く見てた。華琳と同じように見ようとか思ってたけど、個人で考えたらこいつの方がよっぽど怖いぞ。実力も大胆不敵さも。
「どっちにしろ、これで呉軍は撤退だけどね。土産はもらってくわよ」
「もらうっつわれて素直にやれるか!」
日頃、超豪華な面子にコーチしてもらってるからわかる。こいつ、星や霞あたりと互角にやり合えるだけの実力がある。
捕まったら殺られる。
それはわかってるのに………相手が、疾い!
「だから無理矢理獲るんじゃない」
さらりと俺にとっての死刑宣告を告げた孫策……って、やべえっ!
後数歩で孫策の間合いに入っちまう。再び後ろを見て、その事実に気付いた頃には、既に孫策は剣を振り上げていた。
「はぁああ!」
「くっ……そっ!」
咄嗟にこっちも後ろに剣を振るう。ガギィッ! と固い衝突音が響いて、何とか受けとめた。
……が、
「おぉぉっ!?」
体制が悪かった事と、そもそも一撃が重すぎる事が合わさり、俺は馬上で大きくバランスを崩す。そこを、狙い澄ましたように孫策の二撃目が襲う。
受け止められねぇ! ええぃ!
「ままよ!」
「! ……っと」
とにかく何がなんでも剣を躱すべく、崩れた体制から、そのまま思いっきり体を反らす。
そうすると………
「ッ……がはっ! ぐぅぅ……!」
当然のように落馬するわけで、地面に叩きつけられる瞬間に何とか受け身を取って、ゴロゴロと転がるが、背中を強打して息が詰まった。
全身にジンジンと響く鈍痛を噛み締める暇もなく……
「っ!」
誰かの馬蹄が、顔の真横の地を蹴った。さっきから何回死にかけてんだ俺。
なんて、そんな事考えてる余裕も当然ない。
「背中なんか見せて逃げてるからよ」
正面向いてたって勝てるかよ。ついさっき俺を素通りしたくせに、もう反転してこっちに向かってくる孫策。その間にも阻む兵士を斬り倒しながら。
とにかく、俺もすぐさま立ち上がって剣を構える。
馬を狙う? いや、そんな事して剣を下げた瞬間に俺の首が飛ぶ。
とにかく、上段に構えながら横に動いて攻撃を……
ギィン!
「捌く!」
「捌けてないわよ」
一撃止めて横に跳んだ俺の動きに合わせて、孫策はぴったりと俺を正面に捉えていた。
くそっ! 馬術も半端じゃ……
「っあ……!?」
また振られた一撃が俺の剣を弾き飛ばし、俺は顔面に切っ先が届く寸前に大きく仰け反って……尻餅をつくようにまた転んだ。
完全な無防備。
「だらしないわよ、男の子!」
それを見逃してもらえるわけもなく、剣先が俺に向かって伸びる。何故か妙にスローに映るそれに、俺が恐怖や後悔を感じる間すらなく、
「やらせはせん! やらせはせんぞおぉー!」
「「っ!!?」」
風を切る豪撃が、孫策の斬撃を弾き返していた。
「舞无!」
「ふんっ、別にお前を助けに来たわけではないからな!」
どこぞの野菜王子並にわかりやすい言い訳をして、バシッ! と、再び戦斧を構え直す舞无が、これ以上なく頼もしく見える。
つーか、こいつさっき自分が爆弾発言した事に気付いてないな。
「漆黒の華旗……ああ、誰かと思えば、母様相手に尻尾を巻いて逃げた負け犬さんか」
「親の自慢はそれだけか? 武人なら、己自身の武を誇るんだな」
そんな普段の馬鹿っぷりを帳消しにするような、ぴりぴりと痛い緊張感が、戦場の中で、さらに別の空間を作り上げていた。
華雄が……行ったか。
全く、あんな馬鹿はそうそう転がってはいないと思ったが……英雄というものは、容易くこちらの認識の上を行く。
腕が立つのは一目でわかるが、王自らが単騎駆けとは恐れ入る。
「おぬしも苦労が絶えんだろう。案外、話が合うかも知れんな」
「孫策様と貴様の愚君を同列であるかのように語るな」
取り付く島の無い石頭、か。訂正、話は合わんかも知れん。
「……愚君、か。確かに、正直に言うと私もあやつはよくわからん」
「己が主君を貶されて反論も無しか。ならば何故、暴君とされる男に手を貸す?」
「よくわからんと言っただろう。知りたければ、直接あやつと話してみるんだな」
「必要ない。貴様も北郷も、ここで果てるのだからな」
……やれやれ、面白みのない。
「我、北郷が一の家臣、北方常山の趙子龍。名を訊いておこうか」
「孫策様の妹君、孫権様の近衛、甘興覇だ。その減らず口、今すぐ叩けなくしてやろう」
言って、両者武器を構える。
幅広の曲刀を逆手に持つ、変わった構えだ。一撃一撃に体重を乗せるためでも、相手の攻撃を捌くためでもない。
間合いを読み辛くして、刃すら合わせずに相手を斬り倒す……将というより暗殺者を彷彿とさせる。
その予測に違わず、いやそれ以上に……
「(疾い!)」
一足飛びにこちらの間合いの内側に入り込む甘寧の動きに、しかし反応出来ないわけでもない。
槍の穂先よりも近い間合いで石突きを繰り出し、それが甘寧の曲刀にぶつかる。
そこから半歩下がって間合いを取り、繰り出した斬撃を、甘寧はさらに後ろに跳ねて躱す。
「っ!」
その時、僅かに舞った砂塵が、一瞬より短い時間、私の視界を奪う。
そして……
「ど……」
私は甘寧を見失った。しかし、「どこに行った」と言うより早く見つける。
「っ……と!!」
横合いから振るわれた曲刀を、槍の柄で受ける。そのまま滑らすように、甘寧に穂先を突き出して、僅かに肩を捉えた。
しかし、それも皮一枚。
「ふむ、まるで猿だな」
「…………」
私の率直な感想に眉一つ動かさない甘寧に、今度はこちらから攻める。
姿勢をほとんど崩さずに、突きを一つ、二つ、三つ。それを体をよじって逸らすように受ける甘寧が、そのまま横に飛ぶ動きを……
「はっ!!」
「っっぐぅ!?」
私の、舞うように回転させた槍が捉えた。柄が甘寧の腹を強打する。
……ふむ、少し間合いを図り間違えた、が。
「どうやら、私はお前とは相性が良さそうだ。怪力頼みの猪武者相手ならば、その動きも有効だったろうが、私には見えている」
「ッ……知った風な口を叩く、な! まだ私は負けてなどいない!」
膝を着いたまま、強い瞳のままで咆える甘寧に、私は再び槍を向ける。
「おおおぉぉー!!」
「はぁああー!」
舞无の渾身の豪撃が空を切り、孫策の剣が突き出される。
それを舞无は肩の防具で受け、逸らして、再び戦斧を振り回す。
「すげぇ……!」
前の世界でも、愛紗とそれなりに渡り合うほどの実力者だったはずだが……この孫策相手には分が悪いのでは。などと思っていたが、完全に互角に渡り合っている。
「(ぴくんっ……)」
あ、舞无の肩が少し揺れた。
「はっはっはっ! どうした江東の猫よ! やはり親の背に隠れるだけの小兵かぁ!?」
舞无は、大笑いしながら暴風のように戦斧を振るう。
舞无の、遠心力を味方につけた強力な斬撃。その大振りの隙を突くように孫策も斬り掛かるが、間合いの優位が、舞无にそれを躱す余裕を与えている。
「ちぃっ……! こいつ、また速くなった……!?」
「当たり前だ! 私を誰だと思っている! 北郷軍第一の将、華雄だぞ!」
石突きをドンッ! と地面に打ち付けて胸を張る舞无が、俺の方をチラッと………って馬鹿っ!!
「前見ろ前ぇー!!」
「もらっ………」
「わせるかぁぁー!」
俺の懸念通りに隙を突こうとした孫策に向けて、舞无の戦斧が再び唸る。
僅かに髪先を掠めたその一撃に、孫策は大きくバックステップ。
「ふふんっ! この私が戦いの最中に隙など見せると思ったか! 愚か者め!」
………いや、思いっきりよそ見してたんだけど。
「……何なのよ、こいつ」
呆れてる孫策に、ちょっとだけ共感できる。
「雪蓮っ!!!」
「「「ッ………!?」」」
そんな最中、乱戦の喧騒の中でなお響く怒声が、俺たちを打つ。
「めっ、冥琳!? 何でこんなと……」
「それはこっちの台詞だ!! 敵の奇襲を受けた乱戦の最中に王が飛び込んで一騎討ちですって? ふざけるのも大概にして!!」
前の世界ではほとんど直接の面識は無かったけど……周瑜だ。めっちゃ怖いんですけど、孫策も小さくなってるし。
「ッ……貴女に何かあったら、私たちはどうすればいいの……!?」
まくし立てるような説教から、涙ぐんでそう言う周瑜。
「わかった! わかったから!」
さすがの孫策も完全に反省モードに。
「退きましょう。これ以上は無駄な犠牲にしかならない」
「ぶー……。は~~い」
「待て! そう簡単に逃がすと……」
撤退しようとする二人を威嚇する舞无の肩を……俺が掴んで止める。
その間に、孫策たちは馬に乗って背を向け、走り始める。
「孫策ぅーー!!」
その背に、大声で呼び掛けて、放り投げる。
目を丸くしている孫策の手に、上手い具合に納まった。
「舞无、追撃は無しだ。俺たちはこのままシ水関まで退く」
「何故だ! 何故見逃す! 何故背を向ける敵に追撃を掛けん! 最大の好機ではないか!」
「その方が都合がいいからだよ。……多分ね」
「???」
「後で説明したげるから」
ぽんぽんと頭を撫でると、俯いたまま「う~っ」と唸る舞无を連れ、撤退の準備に向かう。
「……ところで、さっき投げたあれは何だ?」
「ん~……時限爆弾、って所かな」
(あとがき)
風邪気味(?)だったのもすっかり回復し、今日も更新。
感想板で博識な読者様方の意見を受け、前話、前々話を“微”修正しました。
浅い知識で書こうとすると当然のようにこういう事になりますね。猛省。